魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
深い坑道の底へとスパーダは一気に飛び降りていた。
ルイズ達はレビテーションの魔法を用いていたが、スパーダは金網の床に直接着地する。
本来は螺旋階段で降りていく構造になっていたとスパーダは記憶していたが、その階段は跡形もない。
長い年月の間に改築でもされて無くなったようで、代わりに昇降のための装置が壁際に見える。
ゆっくり立ち上がったスパーダは手にしていたケースを肩越しに背負いだす。
それは中庭の武闘場で見つけた代物だ。
設置されていた地獄門は動かすための動力として魔力が必要になる。安定して動かすには、やはり魔具を用いるのが最適だ。
スパーダは門を破壊する際に台座に収められていた魔具を回収したのである。
スーツケースのような形をしたそれは、紛れもなく魔界の銃工・マキャヴェリが生み出した災厄兵器パンドラだった。
元の世界ではアルビオンに残ったロングビルに貸している最中の代物であり、これはこの世界線におけるパンドラということになる。
あの地獄門にしろ、こんな場所にパンドラが置かれているのは明らかに人為的であることは疑いようがない。
だが、差し当たり今はそのことについてあれこれ考えている暇はなかった。
ルイズ達は今、窮地に陥っている。早く加勢してやらなければならない。
「……ん」
いざ先に進もうと一歩を踏み出した途端、スパーダはピタリと足を止めた。
ルイズ達はもう目と鼻の先にいる。壁を通しても、気配でそれが判る。
「……っ」
スパーダは薄く目を細めた。
その身に届いた魔力の波動は、ルイズ達のものではない。
「あいつか……」
ネロという青年は、その身に隠しきることのできない魔力を秘めている。
それは主に彼が隠している右腕から薄っすらと感じていたのだが、今届くそれは普段とは比べ物にならない魔力の奔流となって溢れさせているのがはっきり分かる。
「シエスタと同じか……」
ネロは間違いなく人間だ。それは断言できる。
にもかかわらず、人間では決してあり得ない悪魔特有の魔力を宿している。外法によって後天的に得たものではない。
それは生まれながらにして自分だけの魔力をその身に宿す者でなければ感じ得ないものだ。
シエスタが悪魔の血を引いているのと同じように。
――力が足りない。
――力が欲しい。
――もっと、力が欲しい。
魔力の波動に乗って、声が届いてくる。
それは魂の雄叫びだ。極限状態にあるネロの心に溜まっている強い想いがはっきりとスパーダの脳裏に響くのだ。
――力をくれ。
――俺にもっと力を。
――誰にも負けない力を!
――悪魔に魂を売ったって良い。
――みんなを守れる力を、俺にくれ!
力への渇望と、純粋な願いそのものだった。
そこには邪な感情は微塵も感じられない。
「……馬鹿な奴だ」
冷たく言い捨てながらも、スパーダの顔は自然と綻んでいた。
◆
フォルトゥナ城二階の西側に、かつての城主の私室が存在する。
天蓋付きのベッドから調度品とどれもが一級品の代物ばかりだった。
炎が灯る暖炉の前で一瞬、光が煌めき膨れ上がる。
晴れた光の中から一人の男が姿を現わしていた。
赤いコートを身に纏い、大剣を背に担ぐ銀髪の男は肩を竦めて苦笑を浮かべだす。
「……ずいぶん手間取っちまったな」
ダンテ――魔剣教団の幹部達からはそう呼ばれる彼は数時間前に仲間と別れてからそれまでの間、現世とは別の空間で……事実上遊んでいた。
今までも旅先で悪魔狩りの仕事をしている最中、ダンテは悪魔達と戦う以外に道草を食うことが多かった。
戦いを司る武闘神像に華麗な剣技を満足させるまで披露してやったり、旅人に試練を課す神の挑戦を受けて腕試しをしたりと、実に色々である。
それらの対価として得られるのが、今手の上で弾ませている生命の霊石の欠片、ブルーオーブだった。
「どうだい、試練の神サマ。俺も少しはやるもんだろ?」
手を腰に当て、誰ともなくダンテは得意げに呟いた。
今回もたまたまこの部屋で見つけた試練の神の挑戦を受けたのである。
試練の内容は場所によって様々だった。単純に敵を全滅させるもの、制限時間内に指定された場所まで辿り着くなど、どんな内容かは実際に挑戦してみるまで分からない。
ほとんどが条件付きで何かしら普段通りの戦い方ができなくなるので、実に面倒であった。
しかも今回の課題は『武器を使わずに全ての敵を倒せ』という無理難題だったのである。
得意とする剣術も、愛銃を使うことすら禁じられたダンテは丸腰で幾多の敵と戦うことを余儀なくされた。
そんなダンテに残された最後の技は、徒手空拳によるカウンターしかなかった。
防御一辺倒の戦いは実に面倒で退屈だったが、別の部屋を見物している時に挑んだ別の試練よりは遥かにマシだった。
何しろそちらは試練を突破しなければ異空間から脱出することさえ不可能な上、内容は文字通りの〝遊戯〟そのものだった。
賭け事はてんで弱いダンテは異空間で双六をさせられる破目になったが、全く良い目が出せずに悪戦苦闘してしまったのだ。
当たりのマス以外は全て振り出しに戻されるという理不尽なものだったのである。
もう二度とお目にかかりたくない、と心底うんざりする程だった。
おかげで脱出に相当時間を食ってしまった。
試練に手間取っている間、追手とニアミスをしていたことなど知る由もなかったが。
「一息でも入れるか……」
ちょうどこの部屋にはベッドが置いてあるので小休止にはちょうど良い。
呑気に肩を鳴らしながらそちらに歩み寄ろうとしたその時だった。
「ん?」
ピリピリと体が痺れるような感覚が全身を駆け巡った。
膨大な魔力の波動が、遥か下から這い上がって来るのが分かる。
「あの坊やか……?」
歌劇場で剣を交えた時にほんの僅かだが、ダンテは強い魔力の気配を感じ取っていた。
教団の青年と一緒にいた少女達のような魔法使いとしての物ではない。
その根源が彼がずっと隠していた右手であることは分かっていたが、今感じられる魔力は最初に会った時には無かった強い思念が混じっていた。
――Give me more, Power.(もっと、力を)
「この感じ……似てやがるな……」
飽くなき力への欲求。それと酷似した想いを宿していた男のことをダンテは思い起こしていた。
その男こそ、この城の地下に眠っているという魔剣――閻魔刀の持ち主。
もう既にこの世にはいないはずの、同じ血を分けた肉親だった。
◆
(あれは……)
自分達を取り囲む敵を見回していたタバサは異変を感じ取っていた。
まず第一に、ネロだ。激しく息を切らしながらも立ち上がろうとする彼から、凄まじい魔力が発せられているのが分かる。
見れば彼の右腕は袖越しでもはっきりと青白い光を放っているのだ。
(直っていく……?)
第二に、研究室の中央で浮かんでいる閻魔刀。
真っ二つに折れていたはずの刀身と柄はゆらゆらとひとりでに揺れ動き、やがて折れた部分からピッタリとくっついていったのだ。
「ど、どうしたの?」
「おお……!?」
「な、な、何?」
ルイズやデルフはおろかアグナスまでも閻魔刀の異変に気付き、各々が戸惑いだす。
完全に一本の剣へと修復された閻魔刀は光の柱の中から飛び出し、ルイズ達の元へ向かってきた。
飛んできた閻魔刀は一直線にネロの右手の中に納まり、がしりと掴み取っていた。
途端、ネロはカッと目を見開き――
『伏せてろっ!!』
「きゃっ!?」
怒号を響かせ、タバサは反射的にルイズを強引にその場で床に押し倒した。
「やべっ!?」
ガンダールヴの魔人がパッと掻き消えた途端、鋭い剣閃が煌めいた。
ネロはその場で体を勢いよく回転させながら閻魔刀を水平に薙ぎ払ったのだ。
剣風は分厚い衝撃となって部屋中に広がり、ルイズ達を取り囲んでいた敵は全て紙のように吹き飛ばされていく。
ビアンコ・アンジェロも、バジリスクも、グラディウスも、次々に壁にぶち当たっては砕け散っていった。
タバサと一緒に身を伏せるルイズは頭を押さえながらも顔を上げだす。
「あっ!?」
見れば一体だけ吹き飛んでいないビアンコ・アンジェロがいた。
大盾を正面に構え、アグナスを庇うように立ち塞がっていたのだ。
さらに盾は背面に移動して翼となり、ネロのレッドクイーンのように轟音を鳴らす槍を突き出して一気に突進してくる。
――ガキンッ!!
鋭く重い衝撃音が鳴り響いた。
(な、何……!? 腕で受け止めてる!?)
体を捻って頭上を見上げたルイズとタバサは唖然と目を見開いていた。
ビアンコ・アンジェロの槍は再びネロの胸目掛けて突き出されている。だが、今度はそこまで届くことはなかった。
ネロが庇うように前へかざした右腕がピタリと受け止め、阻んでいるのである。
『ウオオオオオオオッ!!』
ネロの咆哮と共にビアンコ・アンジェロは横合いに吹き飛ばされた。
槍を押し返した右手がそのまま裏拳を放ったのだが、拳自体は空を切っていた。
当たったのは青白く光る巨大な拳。それはネロの物ではない。
「ネ、ネロ……!?」
さらにネロの姿を目にしてルイズ達は呆気に取られていた。
気付けば彼の全身は青白いオーラに包まれている。
険しくなった目付きもさることながら、その瞳は赤く染まって光を帯びていた。
(やっぱり……)
タバサはじっとネロの右腕を見つめていた。
今まで覆い隠していた袖は破け散り、肘までが完全に露わになっている。
一見、赤い籠手か何かを装着していると思ったがそうではない。
そこにあったのは鱗か外殻を思わせるような異形の腕。鋭い爪の生えた指や所々から青白い光を発しているのだ。
「こ、こいつぁ……」
デルフはネロの背後に浮かぶ物を目にして愕然とする。
自分が召喚できるガンダールヴの魔人・サーシャのように、ネロとは別の姿がそこにはあった。
言ってみれば、物々しい出で立ちをした武人のような悪魔だ。
今、ビアンコ・アンジェロを殴り飛ばしたのはこの魔人の腕だった。
「ば、馬鹿な……!? 閻魔刀が……!? 私でさえ、直せなかったのに……!?」
尻餅をつくアグナスは狼狽しながらネロが手にする閻魔刀と、それを握る右腕を凝視する。
「その腕……ま、ま、まさか、悪魔の力……!? 帰天もしていない貴様が……な、な、何故、悪魔の力を使える!?」
『うるせえ……! 俺の知ったことか……!!』
ネロの声には妙な響きがかかっていた。
『だがな……俺は、守らなければいけないんだ――そう、誓ったんだ……!!』
フラフラとおぼつかない足取りで進みだすと、ルイズ達を背にしてその前に立ちはだかっていた。
『もう、誰も守れないのは、こりごりだ……!! だから、俺は強くならないといけないんだ――』
まるでうわ言のようにネロは呟いている。
アグナスはよろめきながらも立ち上がり、背にする壁伝いにそろそろと横に移動していく。
『そのためなら……悪魔に魂を売ったっていい。キリエを――みんなを――』
ゼエゼエと喘ぎながら、ネロはちらりと脇に視線を落とす。
そこにはルイズとタバサが、困惑の表情で自分を見上げる姿があった。
『この手で、守れるならな!!』
再び前へ向き直り、逃げ腰のアグナスを睨む。
無造作に閻魔刀を袈裟に振り上げると、刃から剣閃が風となって飛んだ。
だが狙いはアグナスから大きく横に外れ、壁の一部を砕くだけだった。
「ば、ば、ば、ば、馬鹿なぁ!! あり得ん! あり得んことだぁ!?」
あたふたと足をもつれさせながらアグナスは壁面の一部に刻まれていた丸い紋章に手を触れだす。
足元に現れた魔法陣から伸びた光の柱がアグナスを包み込み一気に細まると、その姿は消え去っていた。
「ハア……ハア……ハア……」
大きく肩で息をするネロはがくんとその場に膝を突いて崩れ落ちる。
「ネロ……? あんた、大丈夫……?」
タバサと共に立ち上がったルイズは疲労困憊のネロに歩み寄る。
二人の視線は彼の右腕へと注がれていた。
人間のものではない禍々しい異形の腕に戸惑いを隠せない。
たった今までのような煌めきこそ失せてはいるが、まだ仄かな光を宿している。
「一応、な……」
憔悴しきった顔でネロはゴロンと横になって仰向けになり、大きく四肢を広げていた。
――ドゴンッ!!
突如、凄まじい轟音が破られたガラス窓の向こうから響いてきた。
ハッとしてルイズとタバサはそちらを振り向く。
最初に入ってきた広間の入口を塞いでいた鉄板が周りの壁ごと吹き飛び崩れている。
「……〝
立ち込める粉塵の中から現れたスパーダの姿にルイズは顔を輝かせた。
肩にパンドラの箱を担ぎながら入ってきたスパーダは一直線にルイズ達の元まで進んできて一気に飛び上がってくる。
「よお。また遅刻だな」
「全くだ……遅えよ……」
デルフの茶化しに乗って、ネロは渋い顔を浮かべだしていた。
三人の前までやってきたスパーダは横たわるネロをじっと見下ろしだす。
「やっとその手を使う気になったか」
「うるせえな……あんたに……俺の……何が……分かる……」
途切れ途切れに悪態をつくネロはスパーダの視線を追って、さらに顔を顰めていた。
スパーダは露わになったネロの異形の右手をじっと眺めているのだ。
隠そうにも、もうネロは指一本動かせない程に疲れ果てていた。
ここまでのエピソードが、当初想定していた第二章となります。
当初の予定より3話ほどオーバーしました…。
3章はクレド戦までを予定としています。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定