魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
研究室は無残な有り様だった。
実験室の広間を隔てていたガラス窓は無論のこと、ネロが蹴散らした人造悪魔達の残骸が至る所に転がり、壁もボロボロで配管も千切れて蒸気が漏れ出ている。
アグナスが使った転移装置も壊れたようで、壁の紋章も崩れ落ちていた。
「はぁ……」
スパーダが持っているバイタルスターで完全に回復したネロは床の上で行儀悪く膝を立てて座り込んでいた。
一緒に腰を下ろすルイズとタバサはその膝の上に置かれた異形の右手に注目する。
ネロは二人の視線に気まずそうにしながら、ちらりと佇んでいるスパーダの方を見やる。
彼はネロから受け取った閻魔刀を刀身に触れながらまじまじと眺めていた。
「あんた、その手はどうしたのよ?」
「……俺が知りたいくらいさ」
目を丸くするルイズにネロは微かな苦笑を浮かべだす。
一ヵ月も前、ネロの右腕はまだ人間の姿のままだったという。
当時、悪魔退治の任務で右腕を負傷したものの、掠り傷程度のものだった。
ところが数日も経たない内に腕に疼きを感じたかと思えば、包帯を取ってみると変わり果てた異形のものに成り果ててしまったというのだ。
「何か腕がそうなっちまうような心当たりはあるのかい?」
「ん……まあ、一応な」
デルフの問いかけにネロは片眉を吊り上げながら、ルイズの首から下がるアミュレットを見つめていた。
どうやら人語を喋るアクセサリーが珍しいようだ。
「あの時は、いつもは全然見かけない悪魔がいきなり現れたんだ。兜や盾をつけたトカゲみたいな奴だったけど、そいつの毒にでもやられたのかなって……」
「それって、ブレイドかアサルトじゃない?」
「ああ。間違いねえな」
フロストやブリッツがこのフォルトゥナに現れた以上、ネロが言う悪魔も魔帝ムンドゥスの尖兵の一種であると確信が持てた。
「お前ら、あいつのことを知ってるのか。他の場所でも出会ったのか?」
「そうよ。そこらの雑魚悪魔なんかより、全然強いわよ」
とはいえ、まだルイズ自身は直接戦ったことはないのだが。
「ねえ……〝
スパーダは閻魔刀の刀身から視線を外し、ネロの右腕を見つめだす。
「その腕と力は、紛れもなくお前自身のものだ。ブレイドは関係ない」
「何だって?」
怪訝そうにするネロをスパーダはじっと凝視していた。
「お前は紛れもなく人間だ。……だが、その体には悪魔の血が流れているようだな。その力が解放されている」
「何……?」
冷徹に断言するスパーダにネロは狼狽しだす。
ルイズとタバサもちらりと視線を交わし合って戸惑った。
「この閻魔刀を直したのがその証拠だ。こいつはお前に宿る悪魔の力に呼応して、自ら再生した。お前を使い手として選んでな」
閻魔刀が壊れた状態でこんな場所に安置されていると知った時にはスパーダも少々驚いたものだった。
リベリオンに閻魔刀と、世界線が異なるとはいえ二つの愛剣が離れ離れになっているのはこちら側の自分自身が手放したからに他ならない。
その片割れを何故、赤い男が持っているのか。何故、壊れた状態でこの地にあるのか……。
様々な可能性を考えるにしろ、ある事実だけはスパーダの中で既に結論が出ている。
「笑えねえな……」
乾いた笑いを漏らしてネロは顔を伏せだす。
(笑い話にもならんな……)
スパーダも内心、失笑するしかなかった。
閻魔刀はリベリオンやフォースエッジと共に、元々スパーダの膨大な魔力を分割して生み出した魔具であり、今回の閻魔刀のような多少の破損であれば自ら再生することもできる。
だが、それには所有者たるスパーダ本人の魔力が必要だ。
この閻魔刀が再生したということは、ネロが覚醒させた魔力は同じ性質を持つということになる。
「お前の両親はどんな奴だ?」
「さあね……捨て子の俺にはさっぱりさ。街の住人じゃないってことぐらいしか分からねえよ」
「あなた、孤児なの?」
「ああ……フォルトゥナじゃそんなに珍しくはない」
ネロが語る所によれば、生まれて間もない赤子だった頃に孤児院の前に捨てられていたというのだ。
それ故に両親がどんな相手なのかさっぱり分からないという。
ただ、当時は街の外から娼婦が訪れていたそうで、もしかしたら母親はその流れ者の娼婦なのかもしれないとのことらしい。
「あんた……まさか、俺の親父かおふくろが、悪魔だとでも?」
「少なくとも、片方は可能性が高いな」
スパーダを見上げ、睨むネロの瞳には困惑の色が渦巻いているのが分かる。
確かにネロは悪魔の血を引いているが、純粋な悪魔ではない。
シエスタが曾祖父たる悪魔のブラッドの血を受け継ぐように、このネロもまた悪魔の血を受け継いだ人と魔の混血なのだ。
しかもブラッドとは比べ物にならない高位の悪魔――
(笑えん冗談だ……)
そこまで考えて、スパーダは複雑な顔を浮かべていた。
「あなたのその手のことは、他の人は知っている?」
「こんなザマ……話せるもんかよ」
タバサの問いにネロは右腕を見つめながらため息を漏らした。
ただでさえフォルトゥナの住民は排他的な気質な上、信仰の関係でより悪魔を忌避する。
ネロのこの右腕を目にすれば、たちまちパニックに陥るだろう。
その先に待つ最悪の展開を、ネロは考えたくもなかった。
「だからずっと隠してたのね」
「まあ、ここまでハッキリしてりゃあなあ……坊主がマジになれないのも納得だなぁ」
ネロが右腕をひた隠しにしようとする理由がルイズ達にはよく分かった。
一部分とはいえ、他の人間とはあまりにも違い過ぎる異形の姿。
それが誰かに知られれば自分は悪魔として拒絶されるかもしれない。
その恐怖がずっと彼を包んでいるのだ。
(テファと一緒ね……)
ハーフエルフであることを隠し通さねばならないのと同じく、ネロも悪魔であることを誰にも知られる訳にはいかない。
そのために心身共に多大な苦労をしているのだ。
「正直……この腕自体は結構便利だったんだ。悪魔どもとの戦いにも役立ったしな」
煌めきを保ったままの右腕を掲げながら、ネロは拳を握り締める。
「悪魔や魔法の道具が近くにあったりすると、こうして腕が疼くんだ。多分、あんたの魔法の剣にも反応してるんだと思う」
「そうか」
だが見た所、悪魔の魔力の気配を察知するだけでスパーダのように正確に相手を判別することまではできないようだ。
何しろ目の前にその純粋な悪魔たるスパーダがいるというのに、ネロは全く気付いていないのである。
(まだ完全ではないか)
そもそもネロは自らの悪魔の力を完全に制御できていないことがスパーダにはよく分かる。
こうして体の一部分だけ悪魔の力を解放し、かつ自力で戻せていないことから明らかだ。
「なあ……あんた、デビルハンターなんだろ?」
「それがどうした」
冷たく応じるスパーダにネロはルイズ達も見回しながらどこか戸惑っている様子を見せていた。
「お前達も……俺のこんな姿を見て、何とも思わないのか?」
と、ネロは右腕を見せつけるようにかざしだした。
どうやらルイズ達が悪魔の右腕をはっきり見せている自分と普通に会話をしていることが不思議に思っているようだ。
ルイズは目を丸くしてちらりとスパーダの方を一瞥する。
「まあ、最初はちょっと驚いたけど……」
「俺らも色んな連中を見てきたからなあ」
ルイズ達にしてみれば、一緒に過ごして来た伝説の魔剣士スパーダという悪魔の存在の方がインパクトがあった。
しかも元の世界にはティファニアやシエスタのような存在もいる。
今さら、ネロが悪魔の血を引く人間だと知っても大して驚けなかった。
「お前自身はどうなのだ?」
床に閻魔刀を突き立て、スパーダは腕を組みだす。
「お前のその腕は確かに悪魔のものだ。なら、お前は自分をどう思っている?」
「俺は……」
ネロは自分の右手を見つめながら言葉を詰まらせた。
「その腕は確かに恐るべき力を秘めているだろう。お前は、その力をどう使いたい?」
黙りこくるネロはグッと拳を握り締め震わせていた。
「お前はルイズにその手を差し伸べただろう。それで充分だ」
「そ、そういえば……あの時に掴んだのって、やっぱりその手なのよね」
「まあ正確には、さっきの光る手だけどな。あの魔人が伸ばした物なんだろうよ」
ネロが劇場でルイズを助けたのも、悪魔の腕だった。
本来なら隠し通さなければならないはずの力を、迷うことなく他者のために用いていた。
その行動だけでも、ネロが自らの力を何のために振るいたいのかを証明している。
「お前自身が自らを否定すれば、お前を拒む者達と同じになる」
「……っ」
それはネロ自身が考えたくなかったことだった。
自分を悪魔と呼ぶ者達。親しい人達にすら拒絶される光景。
キリエにすら悪魔と罵られる最悪の未来……。
そんな現実を起こさせないためにこそ、今までこの右腕を隠し続けてきたのだ。
だが、もうそれもできそうにない。
「なら、証明してやればいい。お前の心が〝人間〟であることをな」
「それで……駄目だったら?」
「今、この時に意識を集中しろ。未来ばかりに目を向けても何にもならん」
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定