魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
スパーダ達の行程は実にややこしかった。
フォルトゥナ城から麓のフェルムの丘まで降り、さらに引き返して城の裏手のフォリスの滝から続く洞窟を通ることで、ようやくミティスの森へと辿り着いていた。
森の中のルートは獣道も含めてスパーダの頭には入ってはいるものの、当然ながら2000年の間に木々は成長し、風景はおろか地形までも大きく変化しているので役には立たない。迷うのがオチであろう。
なので、アグナスの書斎から失敬していた地図を見て、教団本部へ向かうことにした。
「暑いわ……」
一行は石造りの橋が架かっているラピス川で小休止を入れていた。
真冬の寒さだったラーミナ山脈から一転して、ミティスの森は真夏の暑さである。
橋の手すりに寄りかかって座り込んでいたルイズは蒸し暑さに参ったように溜め息を漏らしている。
冷気を操るケルベロスの魔具があれば、こんな暑さなどとはおさらばだったのだろうが、残念ながらスパーダはネヴァンと一緒に持ってきてはいない。
代わりにタバサが雪の混じった涼しい風を吹かせていたのだが、それでも暑さを打ち消せるほど快適とはいかなかった。
「ねえ、この暑さも悪魔の仕業なの?」
隣に立つスパーダとタバサはこの森に入って来てから頻繁に周りを警戒している。今の所、悪魔達とはここで遭遇してはいない。
「エキドナが来ているな。この森は奴の支配下にあるらしい」
周りの木々に目を配るスパーダは、ここがかなり魔界化が進行していることを認めざるを得なかった。
本来、ミティスの森は針葉樹の木々が主に生い茂る落ち着いた風景なのだが、それに混じって亜熱帯を思わせるような雰囲気に変えている奇怪な植物は人間界のものではない。
間違いなく上級悪魔の干渉によって大きく浸食されており、気候などの環境ばかりか空間までもが大きく変異しているのだ。
最初、スパーダは閻魔刀を使い亜空間を通って一気に森を抜けようと考えていたのだが、森の空間もかなり歪んでいることに気付き、取り止めたのである。
地図通りに進んでも違う場所に出てしまったりと、思うように進むことができない状態だった。
「それはどんな悪魔?」
タバサの問いにスパーダは冷笑を浮かべだす。
「ネヴァンの方がマシだ」
〝樹龍妃〟エキドナは魔界の密林を支配する植物悪魔の女王だ。
一際プライドの高い上級悪魔であり、かつては魔帝ムンドゥスはおろか覇王アルゴサクスにすら組しようとはせず、自らの勢力の独立を維持していた。
同じ女悪魔のネヴァンに言わせてみれば「いけ好かない女」と、かつて口にしたことがあり、実際にひと悶着を起こしたことがあった。
「ふ~ん。つまりは、ヒステリックな野郎ってことか」
「間違ってはいないな」
デルフの言葉にスパーダは小さく頷く。
実際、エキドナは落ち着いた物腰のネヴァンと比べるとジョガトグゥルムのように短気で口喧しい印象だった。
自分の勢力の拡大しか興味がなく、他の上級悪魔すらそのための餌にしか過ぎないので、忌み嫌われているほどである。
ムンドゥスにとっても自分に従わない者が勢力を拡大することを良しとせず、討伐を何度も試みている。だがその度に取り逃がしてしまうため、今の所は元の世界でも完全に勢力を駆逐するには至っていない。
「じゃあ、そいつがこの森に建てられた地獄門から出てきた悪魔なの?」
フォルトゥナ城やフェルムの丘のように、ミティスの森にも魔剣教団が建てた地獄門があるはずである。
ここまで森の魔界化が進行している以上、エキドナはその地獄門を通ってこの人間界に現れたのは確実だろう。
「ああ。……だが、もうここにはいないようだな」
「どうして分かるの?」
「森の邪気は無くなりつつある。地獄門は既に壊されたようだな」
確かに森自体は魔界の浸食を受けてはいるものの、同時にそれが徐々に薄れているのも感じられるのだ。
それは森を支配していたエキドナの魔力が、この地に影響を及ぼさなくなっているのを意味していた。
もう少し時間が経てば、森の空間もある程度正常に戻ることだろう。そうすれば閻魔刀で亜空間を通ることができるはずである。
「じゃあ、ネロがやっつけてくれたのかしら?」
「少なくとも、魔界に追い返すぐらいまではやったかもしれん」
いずれにせよ、エキドナは退けられてもうこのフォルトゥナの地には存在しないのは明らかである。
あるいは、あのダンテが倒した可能性もなくはない。
結局、あの男はフォルトゥナ城では見つけることはできなかった。
「もっとも、奴の落とし子までは始末しきれんようだな」
そう呟きつつ、スパーダはずっと手に握ったままだったレヴェナントを頭上に掲げて発砲する。
「気をつけろ! 上から来るぞ!!」
デルフが叫び、ルイズとタバサがハッとすると、真上の木々の上から何かがボトボトと橋の上に落下してきていた。
レヴェナントの散弾はその巨大な卵か種のような物体の一つを粉々に砕いたのだ。
「アイス・ストーム!」
タバサが杖を振るって氷の嵐を巻き起こし、降り注ぐ種を橋の上から吹き飛ばす。
だが種は雨のように次から次へと落ちてくる。
「何、こいつ!?」
種は殻を破ると中から何かが姿を現わし、ルイズは目を見張った。
無数の触手に覆われ蜘蛛のような鋭い前足を生やした、苔に似た奇怪な生物である。
種自体がルイズやタバサの小さな体ほどもある大きさであり、その生物はさらに一回り小さいくらいだったが、ハッキリ言って薄気味が悪い。
「このっ!」
とはいえ、ルイズが軽く突風をぶつけてやっただけで紙のように吹き飛んでしまうくらいに弱々しいのが幸いである。
「エキドナの撒いた種だ。他の生物を養分にして奴の森を作り上げる」
そう言いつつスパーダはエキドナの種――キメラシード達にレヴェナントの散弾を叩き込んでいった。
一体がスパーダ目掛けて飛びかかってきたが、レヴェナントの弾を再発射するには僅かに時間が足りない。
なので、そのままレヴェナントを軽く振るい、分厚い銃身で叩き払ってやった。
「おい、あれを貸しな! 試すのにちょうど良いじゃねえか」
魔人を発現させたデルフが叫ぶと、スパーダは魔人に向けて片手をかざす。
小さな光球が浮き上がり、魔人へと一直線に飛んでいって吸い込まれていく。
膨れ上がった光が晴れると、魔人の肩から背にかけて金属製の翼のようなシルエットが取り付いていた。
「そんじゃあ行くぜ! サーシャ!!」
肩当の先端にそれぞれ装着される鞘から赤いオーラに包まれた小剣が抜きだされ、それを掴んだ魔人はキメラシード達に投げ放つ。
「そらそら! そのまま吹っ飛びな!!」
突き刺さった小剣は小さく爆ぜ、キメラシードはあっさりと砕け散っていく。
魔人はルイズとタバサたちに前に立ち塞がり、キメラシードの大群達に抜き放った小剣の束を次々に投擲していった。
早朝、スパーダ達が訪れたフェルムの丘には確かにネロが言ったように地獄門がそびえ立っていた。
周辺にはネロが言っていた悪魔と争ったらしい形跡があったものの、肝心の悪魔自体の姿はどこにもなかった。
スパーダは地獄門を破壊するにあたっては、起動装置の中に収められていた魔具を用いていた。
フォルトゥナ城にあったものはパンドラを大砲に変形させて粉砕し、フェルムの丘のものも、そこにあった魔具を遠慮なく使わせてもらった。
その魔具こそが、今ガンダールヴの魔人が装備している無尽剣ルシフェルだった――
元の世界で、あのジョゼフが手に入れたものと全く同じ代物を今スパーダも手中に収めているのである。
スパーダの個人的な使い心地としては、「癖が強い」という評価だった。
爆発する剣を無限に生成する能力自体は目を見張るものがあるが、スパーダも幻影剣で同じことができるので、正直な所無用の長物でもある。
「おらおらおらおらぁ!!」
だが、デルフにとってはまさに水を得た魚同然だ。
魔人はガンダールヴの能力によってルシフェルを完璧に使いこなし、キメラシード達を蹴散らしていった。
飛びかかってきたキメラシードに直接小剣を突き刺すと、剣と一緒に橋の外へと放り飛ばす。
川に落ちる前に、キメラシードは小剣の爆発で砕け散っていた。
「GO!(行け!)」
橋の片側を塞いでいたキメラシード達を蹴散らすと、スパーダは二人にそう命じた。
タバサはルイズに頷くと、手を引っ張って橋を駆けていく。
キメラシード達は絶えず頭上から降り注いでくるが、ルイズに付き添うガンダールヴの魔人がルシフェルの剣だけでなく、大剣までも振るって払い除けていた。
背後ではショットガンの銃声や爆音が絶えず轟いている。
だが、スパーダならあんな雑魚程度にやられるなどあり得ないだろう。
ルイズは自分のパートナーを信じて後ろを任せることにした。
「きゃっ!?」
小さな谷に囲まれた緩やかな坂道を進んでいた二人だったが、いきなり目の前の地面が勢いよく噴き上がりだす。
「!?」
「痛っ!」
タバサは咄嗟にフライで後ろに飛び退ったが、引っ張られるルイズは体勢を崩し尻餅をついてしまった。
「おおっと!?」
魔人が正面に立ち塞がり、大剣を正面にかざす。
土煙の中から飛び掛かって来た無数の影は魔人の剣にぶち当たり、甲高い衝撃音を響かせていた。
「ア、アサルト……!?」
兜や盾を身に着けるトカゲによく似たその悪魔は、魔帝ムンドゥスの尖兵に間違いなかった。
ブレイドとアサルトはよく似ているのだが、両者の違いはアサルトには体にいくつか鰭が付いていることである。
その鰭があるので、これはアサルトの方となる。
奇襲を仕掛けてきた三体のアサルト達は振り下ろした爪が防がれ、咄嗟に後ろへと飛び退くとけたたましい鳴き声を響かせて威嚇してきていた。
「上等だ! かかってきな!」
「ウィンディ・アイシクル!」
タバサとガンダールヴの魔人が放つ小剣と氷の矢の雨がアサルト達に殺到していく。
だが相手は腕に装備した円盾を構え、兜と一緒に攻撃を弾いてしまう。
そればかりか防御をしたまま片腕を盾の陰から突き出すと、指先の爪が針のように鋭くなり、矢のように射出されてきた。
「アイス・ウォール!」
タバサが地面に杖を突き立てると氷の壁が一瞬にして出来上がり、アサルトの放った爪の弾丸を阻む。
「野郎、舐めやがって……」
デルフが毒づき、魔人が再び大剣を構えたその時だった。
「――下がってろ!」
突然、頭上から叫び声が響きだした。
立ち上がっていたルイズが見上げると、崖の上に立つ人影が見える。
「あ……! ネ――きゃっ!」
それが何者なのかすぐに分かったものの、フライで飛び退くタバサに手を掴まれ引っ張られてしまう。
「オラアッ!!」
ドゴッ、と鈍い音が響くと共に、崖の上からは巨大な玉のような大岩が転がり落ちてきた。
爪をふりかざすアサルト達はルイズ達に飛びかかるべく身構えていたが、小さく跳ねつつ落ちてきた大岩はその進路を阻んでしまう。
しかもアサルト達は坂道の下側にいたため、そのままさらに転がっていく岩の下敷きになってしまった。
「ネロ!」
傾斜になっている崖を滑り降りてくるのは間違いなく、先導していたネロだった。
崖下に降り立ったネロは背中のレッドクイーンを抜き放つと、足元の潰れたアサルト達を見下ろしだす。
呻き声を上げつつ微かに動いていた一体を踏みつけると、容赦なくレッドクイーンを突き立てていた。
「怪我はないよな?」
トドメを刺したネロはルイズ達の方を振り返りだす。
そう言う本人も見た所、怪我をしているような様子は見えない。
「お前さん、その腕どうしたんだい?」
魔人を消したデルフが切り出し始めるが、ルイズとタバサも彼の右腕に注目していた。
赤い外殻で覆われた悪魔の右腕が露わになっているはずが、銀色の籠手が装着されているのだ。
「さあね。勝手にこうなりやがった」
ネロは強く握り締める拳を見つめながら苦笑を浮かべだす。
「……ギルガメスか」
いつの間にかルイズ達の後ろではスパーダが二丁のショットガンを携え佇んでいる。
右手のレヴェナントを肩に担ぎながら、ネロの右腕を眺めて感嘆としていた。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定