魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Another Mission <タバサの冒険-亡者と呪い人形> 後編

 

悪魔――その単語がアイーシャの口から出た時、タバサは眼鏡の奥にある目を僅かに細めていた。

それまでヨシアの語った村と翼人達の事情やのろけ話にも一切、関心を抱いていなかったのが一転し、アイーシャの話に興味を惹かれていた。

シルフィードは悪魔という言葉に唖然とし、あんぐりと口を開けている。その口から、竜としては可愛らしい顔に不釣合いな牙が覗けてしまう。

「あ、悪魔?」

ヨシアは一瞬、アイーシャの言葉がよく理解できなかった。

「わたし達はずっと、彼らに追われているのよ。……あの恐ろしい悪魔達に」

アイーシャはとても怯えた様子で、表情を曇らせだす。

翼人の氏族は古くからこのアルデラ地方の大森林に住み着いており、季節ごとに巣となる木を転々とし、今まで平穏に暮らしていた。

この近辺に巣を作る数ヶ月も前、遠く離れた別の場所の木で暮らしていた彼女達の元に突如、その異形達は現れたのである。

彼ら――すなわちこの世のものではない、異形の悪魔が。

そして、血に飢えた悪魔達は手加減も容赦も、否応もなしに翼人達を襲ってきたという。

 

「わたし達は彼らに襲われる度に住む場所を変えて逃げ続けてきたわ。でも、どこへ逃げても彼らはわたし達の居場所を嗅ぎつけて追ってくるの。もう何人もの同胞達が彼らの餌食になってしまったわ……」

悲嘆にくれるアイーシャは膝の上に置いた拳を握り締める。

「それじゃあ、その傷も……」

「そう。……三日前、あなたと森で別れた後よ。彼らがわたしを襲ったのは」

アイーシャは傷ついた己の翼にそっと手を触れる。痛みを感じているのか、僅かに彼女は呻いていた。

ヨシアは愕然とした表情で、力なく床に膝をつく。

「そんな……僕が、僕があの時に君と会っていなければ、こんな……」

「良いのよ、ヨシア。たとえあの時に襲われなくても、いずれはこうなっていたことよ。その時が早まってしまっただけ。これも大いなる意思の思し召しなの。だから、あなたが気に病むことはないわ」

自責の念に駆られるヨシアをアイーシャは優しく宥める。

「悪魔達はいつ姿を現すか分からない。昨日も彼らにあの木が襲われたの。森の精霊の助けを借りて何とか彼らを退けて、わたしもここへ来たけど、それももう限界だわ。わたしが無事にあの木へ戻れるかどうかも分からない」

「そんな! どうして!」

アイーシャは死を覚悟でヨシアに別れを告げにきたと言外に含められていることを察し、ヨシアは彼女に詰め寄る。

 

「きゅい! 命知らずも良い所なの! 奴らは精霊の力なんか物ともしない、とっても恐ろしい連中なんだから!」

シルフィードはアイーシャの話を聞くと、血相を変えて声を上げだしていた。

アイーシャもシルフィードの言葉に同意し頷く。

「そう。彼らには精霊の力はほとんど意味がないの。精霊の守りは平気ですり抜けてくるし、下手をすれば精霊が悪魔に恐れをなしてしまって力を貸してくれないのよ」

「そんな……」

アイーシャの告白にヨシアは衝撃を受けていた。自然に満ち溢れた力を行使するという先住の魔法が、悪魔には効かないだなんて。

「悪魔につけられたこの傷も、精霊の力では治し切れないの。彼らの力は精霊の力を蝕んでしまうから」

「でも、あなた達があの木を離れるってことはその悪魔達はこの村を襲ってくるんじゃないの?」

目先の獲物を失えば、すぐ近くに存在する獲物――すなわちエギンハイム村の人間達を狙って押し寄せてくるのではないだろうか。

シルフィードの指摘にヨシアは震え上がる。先住の魔法でも歯が立たない恐ろしい悪魔達が、自分達を襲ってくる?

それを考えるだけで背筋が凍りついてしまいそうだ。

「大丈夫です。彼らの狙いはあくまでもわたし達の氏族だけみたいですから。またどこまでも追ってくるだけです」

まさに自分達は悪魔達に狩られようとしている鳥そのものだと、言外に含めてアイーシャは自嘲する。

「それじゃあイタチごっこじゃないか!」

「でもしょうがないの。わたし達では彼らをどうすることもできないわ。これも大いなる意思の思し召しと受け取るしかないもの」

声を荒げるヨシアは、ぷるぷると拳を震わせる。

アイーシャは怪我をした自分を助けてくれた。ならばその恩に報いるためにも、今苦しんでいる彼女達のために何かをしてあげなければならない。

だが、相手は悪魔だ。魔法の力も持たない平民で、しかも肉体的にもひ弱な自分では何の役にも立たないだろう。

ヨシアは己の無力さを呪った。だが、一体どうすればいいのか。

 

俯き、体を震わせていたヨシアは突如としてベッドの上で座ったまま沈黙していたタバサの前で深く頭を下げ、土下座をしていた。

「ヨシア?」

アイーシャも突然のその行動に驚くばかり。タバサは相変わらず、無表情のままヨシアを見つめていた。

先ほどから彼女はアイーシャの話を聞きつつも、一人熟考を続けていたのだ。

「騎士様! お願いでございます! どうか、どうか彼女達を……助けてあげてください! あなた様のお力で悪魔を倒してください!」

結局、力なき者が縋れるのはより強い力を持つ存在しかないのだ。

シュヴァリエの称号を持つ花壇騎士であり、メイジとしての力を持つタバサが、ヨシアにとってはもはや最後の希望だった。

 

タバサは頭を下げるヨシアをじっと見つめたまま答えを返さないのだが、その姿を見てシルフィードは不安が生じていた。

「きゅいぃ……もしかして、お姉さま?」

よもや任務で悪魔絡みの事件に出くわすだなんてまるで予想していなかった。

スパーダが関わる悪魔絡みの仕事に数度も首を突っ込んだことのあるタバサのことだ。この村で起きようとしている悪魔との一悶着にも積極的に関与しようとするかもしれない。

シルフィードとしては悪魔とまともに関わるなんて冗談ではない。奴らとまともに関わってしまえば絶対にただでは済まないし、不幸になってしまうのだ。

 

使い魔が主人に対して不安を抱き続ける中、やがてベッドから降りたタバサは頭を床に擦り付け続けるヨシアの前でちょこんと屈みこんだ。

じっとヨシアを覗き込み、そして隣にいるアイーシャの方もちらりと視線を向ける。まるで何かを見定めようとするように。

「これでいく」

やがてタバサはポン、と手を軽く叩き呟く。

顔を上げたヨシアは、アイーシャは、そしてシルフィードは呆然とタバサを見つめていた。

「きゅい……お姉さま、まさか……」

シルフィードは主の考えを察し、元々青い体をさらに青ざめさせた顔で、心底恐怖に震えていた。

「お姉さま。シルフィとお姉さまは確かにガリアきっての花壇騎士なのね。できないことはない、って言いたいけどこればかりはシルフィも嫌なのね!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐシルフィードだが、ヨシアとアイーシャには何のことだかさっぱり分からず顔を見合わせる。

「きゅい……。お姉さまはね、ただ悪魔を倒すだけじゃなくて、翼人達とお互いに協力しなければならないこともあるっていうことを村人達に見せてあげようとしてるの……」

そうして訝しむ二人を見て、シルフィードは諦めたように結論しか言わぬ主に代わってその考えを伝えていった。

 

 

 

 

エギンハイム村の一角にあるその民家では木こりの夫婦が暮らしている。

壁に吊るされたランプからの仄かな明かりに照らされながら、夫婦は質素な夕食をとっていた。メニューは山菜のサラダにスープ、そしてパンである。

夫は毎日森へ愛用の斧を持って木を切りに行き、そして村から街へと運ぶ作業を繰り返している。

そうした肉体労働のおかげで彼の体は木こりらしい立派で逞しいものとなっていた。

「あんた、本当にあの貴族様に任せて大丈夫なのかい? まだ子供じゃあないか」

妻は心底心配であるという思いを顔に出していた。

「心配いらねえよ。いくら子供と言ったって、メイジであることに変わりはねえんだから」

彼は昼間、自分達ではまるで歯が立たなかった翼人と互角に渡り合ったタバサの力を目にしていた木こりの一人だった。

やはりメイジの力は恐ろしくもあり、そして頼りになると彼は感じている。

「本当だったら今頃は、翼人どもはあの貴族様に始末されて、俺達の手であの木を切り倒せていたはずなんだよ。……それを、ヨシアの野郎が」

彼は不愉快を露わにした顔を歪めて舌を打つ。

 

妻はそんな夫の姿を見て溜め息を吐きながらスプーンを動かし、スープを口にする。

「あたしはねえ、今のままの生活でも充分なんだよ。村のみんなは翼人達が巣を張っているあの木を欲しがっているけど、あんたがいつものように他の木を切ってそれを売って、稼いでくれればそれでいいんだよ。翼人なんて放っておけばいいのに」

「何を言ってるんだ。あれだけ立派な木はここらにはねえ。あれがどれだけ高く売れると思っているんだ。他の木なんて目じゃない」

テーブルを叩き、夫は目をぎらつかせながら声を上げる。

木こりとしての本分を忘れたような発言に妻は不安を感じていた。

「それで危険な目に遭ってちゃ、命がいくつあっても足りないじゃないか」

「とにかく、明日になりゃきっとあの貴族様が翼人どもを始末してくれるさ。そうすれば、あの木を売って俺達の暮らしはもっともっと良くなるんだ。大丈夫、うまくいく」

にやにやと笑う夫であったが、やはり妻としては心配でしょうがない。

あのライカ欅の木に関わってからというものの、嫌なことばかりしか起こらない。

そのうち、とんでもないことでも起こってしまいそうな気がして不安で仕方がなかった。

 

――ギイィ……ギイィ……。

 

突如、外から聞こえてきたのは重々しく引きずるような音だった。

「何だ?」

鉄が擦り合うような異様な音に夫は顔を顰めると、椅子から立ち上がり壁に立てかけてある斧を手にしだす。

音は徐々に大きくなり、近づいてくる。妻は当惑した顔で入り口の扉を見つめていた。

愛用の斧を手にした夫は扉を開けようと手を伸ばした。

「ぐえっ!」

夫の呻き声と共に扉が、その横の壁がまるで大砲を食らったような衝撃で粉々に吹き飛ばされていた。

持っていた斧が手から離れ、勢いよく回転しながら部屋の中を飛び、壁に突き刺さる。

「あんた!」

横飛びに吹き飛ばされ、豪快に壁に叩きつけられた夫に妻が駆け寄る。

「あ……あ、ぐ……」

床に崩れ落ちている夫は、ほとんど虫の息だった。

左半身へまともに衝撃を受けたおかげで骨は砕かれ、左肩は外れておかしな方向にひしゃげてしまっている。

 

扉の外にいたのは、見たこともない怪物だった。

形は人そのものなのだが、生気がまるで感じられない灰色の肌、長身だが痩せ細った体の所々に黒い帯を巻きつけ、それによって目も覆い隠している。

極めつけは軽く2メイル以上はある巨大な鉄製の棺桶を両手で脇に抱え、重そうに引きずっているのだ。

化け物は言葉にならないおぞましい呻き声を発しながら家の中に侵入してきた。

「ひっ……」

いきなり姿を現した怪物に妻は恐怖に引き攣った声を漏らす。

身の毛のよだつ恐怖に打ち震える中、怪物は棺桶を引きずりながら夫婦へと迫っていた。

頭巾で覆われた片目が不気味に赤く光り、夫婦を捉える。

 

直後、この家の木こりの夫婦は全身の骨も内臓も砕かれ、血まみれになって床に倒れていた。

 

 

 

 

タバサが奴らの存在を察したのは、村人と翼人達を和解させるための計画を話し終えた直後のことだった。

先住の民族である韻竜、シルフィードと翼人のアイーシャは精霊の声を聞くことができるという。

彼女達が耳にしたのは、「精霊がざわめき、怯えている」というものだった。

それが意味するのはただ一つ。……悪魔達の存在だ。

「た、助けてくれえええぇっ!!」

「怖いよぉ! お母さぁん!」

杖を手にし寝巻きから着替えもせずに窓の外へ飛び出た途端、村の一角からその悲鳴は聞こえてきた。

広場の方へ逃げてきた三人の家族。その後ろから重々しい金属質な騒音を立てて迫り来る影が見えた。

女性の姿を模った巨大な棺桶を引きずる悪魔の姿に、タバサは険しい顔をする。

「ヘル=グリード……」

初めて目にする悪魔の名を、タバサは呟いた。

 

タバサは先日、魔法学院の図書館にいたスパーダを捕まえ、これまでに自分の遭遇した悪魔達の生態について聞き出していた。

狡猾で残忍、邪悪な存在である悪魔と戦うにあたって多少は予備知識を持った方が良いと考え、自分からスパーダに悪魔達の生態を教えて欲しいと頼んでいたのである。

スパーダは悪魔達に関する知識に精通しているため、実に明瞭にタバサに悪魔達の生態について教えてくれた。

 

ベルゼバブ、シン・シザーズ、シン・サイズ……。

下級の悪魔達は現世では直接肉体を維持することができないほど魔力が弱いため、現世に存在する別の何かを魔力の依り代にして仮の肉体を得るらしい。

中でも砂を依り代にして現世で肉体を持つのが、『セブンヘルズ』という七つの地獄にそれぞれ住まう亡者達だという。

スパーダはそのセブンヘルズについて、これまでにまだタバサが遭遇していないものも含めて多くを語ってくれた。

 

何でも奴らは七つの大罪を犯して地獄に堕ちた人間の魂を責め続け、いたぶるということで、死者に永遠の苦しみを与えるために存在しているという。

そして時にはその罪を犯している生者の魂を狩るため、現世に姿を現すのだそうだ。

 

その七つの大罪とはすなわち、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。

 

人間の負の感情、堕落した魂、浅ましい業を目印にして奴らは大罪を犯した者を地獄へ引きずりこもうとするのだ。

先日、モット伯が悪魔達に殺されたのも彼が『色欲』の罪を犯していたため、標的にされたのだとか。

ちなみに、これらセブンヘルズを管理し統括しているのが、先日平民の女剣士アニエスと共に一戦を交えたヘル=バンガードという中級悪魔だそうだ。

 

そして今、タバサの目の前にいるのは『強欲』の罪を犯した者を狙う地獄の亡者、ヘル=グリード。

スパーダから特徴を聞いていたタバサはヘル=グリードの姿を見て、一気にケリをつけるべく立ち向かっていた。

「エア・ハンマー」

まずは吹き飛ばして怯ませた上で畳み掛けるため、風の槌を放つタバサ。

ヘル=グリードは抱えている棺桶が重いせいかとても鈍重であり、あっさりと命中する。

だが、その一撃にヘル=グリードはまるで怯んだ様子はなく僅かだけ身じろぎ、体を構築する砂が飛び散るのみであった。

ヘル=グリードは棺桶を持ち上げるとそれを地面に突き立てる。すると、頂点の女性の顔の部分が上にスライドして中が開かれる。

 

薄い光が溢れる棺桶の中から次々と白い煙のようなものが出てくると、ふわふわと地面に向かって吸い込まれていく。

タバサはその光景を目にして一瞬、焦りの表情を浮かべたがすぐに気を取り直してヘル=グリードに対してエア・カッターを連発していった。

「とにかくこいつを真っ先に倒さねば始末が悪くなる」とスパーダはそう言ってヘル=グリードの最大の難点をタバサに教えてくれた。

 

棺桶を薙ぎ払うように左右へ振り回し、持ち上げて叩きつけたりと反撃をしてくるヘル=グリードであったが、軽やかに回避するタバサは死角から十発以上の風の刃を次々と命中させ、撃破していた。

砂を撒き散らしながら棺桶ごと砕け散り、おぞましい断末魔を上げて跡形もなく消え去っていく。

だが、タバサは戦闘態勢を維持したまま身構える。

すると、先ほど棺桶から出てきた煙が吸い込まれていった地点の砂が一気に吹き上がると、そこには幾体ものぼろ切れやローブを身に付けた悪魔達が姿を現していた。

 

「ヘル=グリードの持つ棺桶はとても小さいが地獄の出口となっている。その出口を通って他のセブンヘルズの魂を呼び出す」

スパーダはヘル=グリードについてそのようなことを言っていた。要するにヘル=グリードは仲間を次々と呼び出し、物量で攻めてくるという。

真っ先にヘル=グリードを倒さねば永久に戦い続ける羽目になることに他ならない。しかも、呼び出されたセブンヘルズ達の数に押されて叩きのめされてしまうのだ。

 

広場に新たに現れたセブンヘルズ達の数は十体近く。ヘル=プライド、ヘル=スロース、ヘル=グラトニー、ヘル=ラスト。

それぞれが傲慢、怠惰、暴食、色欲の地獄を司るという亡者達である。鋭い鎌やスタッフを武器にする彼らはタバサを取り囲み、おぞましい声を上げながらじりじりと迫ってくる。

(あいつは……)

その中でタバサが最も目に付いたのは、無数の大きな釘を打ち込まれた巨大な心臓のような肉塊を掲げている悪魔である。

スパーダによればあいつはヘル=レイスという『憤怒』を司る亡者だそうで、頭上に掲げているのは爆弾だという。その威力は軽く5メイル四方を吹き飛ばすらしい。

単純に話を聞くならば恐ろしい存在であるが、スパーダはこの個体に関してこんなことを言っていた。

「こいつの使う爆弾は確かに恐ろしい。だが、同時に利用できる存在でもある」

その意味を聡明なタバサは聞くまでもなく、理解していた。

このセブンヘルズ達を短時間で、そして少ない攻撃で全滅させるにはどうすれば良いのかを。

 

――シャアッ!

 

二体のヘル=スロースの姿が砂となって散り、消えた瞬間、タバサの背後と左で肉体を再構成して現れた。

振り上げた鎌を振り下ろし薙ぎ払うが、タバサは彼らが姿を現した瞬間にフライで空中へと飛び上がっていた。

攻撃をかわすタバサに対し、ヘル=グラトニーは大きく息を吸い込むと、大気中に散っている塵も含めて砂を吸引する。

そして、タバサ目掛けて一気に吐き出し、体内で圧力を高められた砂の塊を放っていた。

タバサは宙を素早く飛び回り、砂の弾丸を回避する。別のヘル=グラトニーが砂を吐き出すが、ひらりと容易くかわしていた。

「エア・カッター!」

セブンヘルズ達の外側へと着地したタバサはすかさず風の刃を放った。狙いは、ヘル=レイス。

不可視の風の刃はヘル=レイスの掲げる爆弾に次々と命中し、切りつけていく。その度に爆弾の脈動は激しくなり、表面も赤く変色していった。

だが、ヘル=レイスはいきなりその爆弾をタバサ目掛けて投げつけていた。

慌ててタバサは再度フライを唱え、その場から急速離脱する。

 

 

鋭い轟音と共に地面に叩きつけられた爆弾は爆発した。

スパーダの言葉通りの範囲をヘル=レイスの爆弾は一瞬にして吹き飛ばし、焼き尽くしていた。まともに食らえばタバサは粉微塵にされていただろう。

ヘル=レイスの頭上の空間が歪むと、そこに穴が開き何かが落ちてくる。それは新たな爆弾だった。

「ジャベリン!」

杖を構えたタバサは即座に呪文を唱え、鋭い氷の槍を放った。

 

氷の槍が爆弾を一撃で貫いた瞬間、爆弾はヘル=レイスの頭上で一気に膨張し爆ぜた。

ヘル=レイスはもちろんのこと、他のセブンヘルズ達を爆風が包み込む。

爆発に巻き込まれたセブンヘルズ達は当然、その肉体を砕かれて吹き飛んでしまった。

ヘル=レイスの爆弾は上手く利用すれば敵を倒すための武器にもなるのである。スパーダからの予備知識があったからこそ、タバサはこの行動を取ることができたのだ。

 

 

 

 

セブンヘルズを全滅させ、もう気配がないことを確認するタバサは一息をつく。

何故、奴らが……ヘル=グリードがこの村に姿を現したのか、スパーダから聞いた話で既にその答えは出ている。

「騎士様! 一体、何が起きたんですか!? 怪物が出たとかで……」

騒ぎを聞きつけたらしい村長の家の長男、サムが他の木こり達を引き連れて駆けつけていた。

彼らはヘル=グリードから命からがら逃げてきた家族の知らせを受けていたのである。

「もう終わった」

結果だけを伝えると、タバサは何の後腐れもなくその場から立ち去ろうとする。

村長の家へ戻ろうとする彼女は、背後で彼らの話し声がするのを耳にした。

「ちくしょう。翼人どもの野郎。化け物なんか送りこんできやがったな」

「もう我慢ならねえ。明日は、騎士様と一緒に俺達も奴らをなぶり殺しにしてやろうぜ」

「そうだ、そうだ!」

村人達の翼人への敵愾心は、身勝手な考えを生じさせ、結論付けるのである。

村社会の陰湿さ、狂気。自分達の考えこそが正しく、それに相容れない者は敵、そして自分達の敵に対しては様々な根拠のない理不尽な理由や因縁をでっち上げて排除しようとする。

「……愚か」

ぽつりと、タバサは彼らの『傲慢』な結論に対して呟いた。

奴らを呼び寄せたのは、村人達の卑しい欲望――『強欲』が原因だというのに。

 

 

「きゅい! お帰りなさいなのね! お姉さま!」

部屋へ戻ってきたタバサを窓から顔を突っ込んだままのシルフィードが出迎えていた。残っていたヨシアとアイーシャも同じく、彼女の無事に安心する。

「さ、さすが騎士様ですね。あんな悪魔達をいとも容易く倒せるなんて!」

ベッドに座り込んだタバサにヨシアが感服した様子で語りかけると、隣のアイーシャに顔を向ける。

「でも、これでアイーシャ達の敵はいなくなったんだね。君達はあいつらに追われることもないんだ」

満面の笑みを浮かべるヨシアだったが、アイーシャの顔は暗い。

「……残念だけど、違うわ」

頭を振るアイーシャにヨシアは呆気に取られる。

「あの悪魔達はわたし達の氏族を襲ってきたものとは全く別よ。ただのカカシみたいな姿だったけど、精霊が恐れをなすくらいに恐ろしいの。彼らを操っているリーダーもいるのよ。その力は、もう精霊の力では手に負えられないわ」

アイーシャの言葉を聞き、ヨシアは残念そうに項垂れる。

「そうくよくよすることないのね。だから、明日は作戦を決行するんでしょ? ……シルフィは気が進まないけど」

シルフィードは揚々と喋るのだが、タバサは先ほどからじっとシルフィードの顔を見つめたまま、何かを考え込んでいる様子だった。

主の視線に気付き、シルフィードは顔色を変える。何か変なことを、無茶なことを言い出すのではないだろうかと。

「な、なんなのね?」

「作戦変更」

村人達の翼人へ抱く敵愾心があの様子では、当初立てた計画では翼人との和解を達成するのは難しいだろう。

最初に立てた計画は翼人を襲うという悪魔達を村に誘き寄せた上で、村人達と翼人の共通の敵として奴らを撃退させることで、和解へと導く算段だった。

『翼人達は村の生活に必要であり、討伐は不要である』という事態にしてしまえばこれもまた一つの解決となるからだ。

だが、村人達のあの様子では悪魔達が現れ、翼人が村人達を助けようとしても「悪魔をけしかけたくせに今更なんだ」とか、逆に翼人が悪魔達から攻撃されても「飼い犬に手を噛まれていい気味だ」などと言われかねない。

よって、自分が立てた計画のシナリオは少し改稿と訂正せざるを得なかった。

そのためにも、シルフィードの力が必要だった。

 

 

 

 

翌朝、村長の長男サムを筆頭とした木こりに猟師達は各々の得物を手に、タバサが翼人の討伐に向かうのを今か今かと待ち続けていた。

昨夜、突如村に現れた身の毛もよだつ怪物。そいつのおかげで木こりの一人であるリックとその妻が惨殺されてしまった。

とうとう犠牲者まで出してしまったこの事態に彼らが黙っていられるわけがない。

きっとその怪物はあの森の悪魔である翼人が送り込んだものであると決め付け、もはや我慢がならないとサム達は翼人をタバサと共に仕留めてやろうと息巻いていた。

といっても、翼人への攻撃はタバサに任せ、自分達はそのとどめを刺すのである。忌々しい森の悪魔たる翼人達を自分達の手で殺せるというのであれば、それ以上に理想なことはない。

 

だが、その時が来る前に恐ろしい自体がこの村で起きた。

村の広場でタバサが現れるのを待ち続けていたサム達は、それに出くわした。

「おい、騎士様のガーゴイルだ!」

木こりの一人が空を見上げると、サム達も同じように上を見上げた。

村のすぐ上空を飛んでいるのは紛れもなく、タバサが騎乗する竜の形をしたガーゴイルである。だが、その背にタバサはどうやら乗っていないようだ。

それに、何か様子がおかしい。

シルフィードはサム達を睨みつけると、その瞳をぎらつかせていた。

「ぎゅいいいぃっ! ぎゅいいいぃっ!!」

昨日までの可愛らしい声が一転し、荒々しい……そしてどこか間の抜けた咆哮を上げている。

シルフィードはサム達を踏み潰さんとするかのように彼らに向かって真っ直ぐと一気に降下してきた。

「う、うわあっ!」

「何だぁ!」

慌ててサム達は散り散りになり、シルフィードの巨体をかわす。

ズシン、と広場に着地したシルフィードは竜らしい咆哮を上げながら広場で暴れ狂う。小さなブレスを吐きかけ、村人達の家を微かに焼いた。

「ぼ、暴走ガーゴイルだ!」

「は、早く騎士様に知らせるんだ!」

ガーゴイルが暴走し、村が破壊されかねない騒ぎへと発展する。こうなってはもはや翼人どころではない。

サム達は慌ててタバサを呼びに走っていた。

 

 

「騎士様! 大丈夫ですか!」

「不覚……」

シルフィードが村で暴れ続ける中、膝をつくタバサにサムが駆け寄っていた。

タバサはたった今、暴走ガーゴイルとして暴れ回っているように見せているシルフィードに体当たりを見舞われたように見せかけ、地面に倒れていた。

「あのガーゴイルには、何か弱点はないんですか?」

「……今、あれは何かの呪いにかかっている。その根源を断てば……」

杖に体を預けて立ち上がろうとするがよろけてしまい、もはや戦えそうにないように見せかけたタバサはがくりと再び地に倒れ伏す。

 

「そんな、騎士様が……」

手練れの花壇騎士であるタバサが戦闘不能に陥ったと思い込んでいる村人達の間に絶望が走る。

頼りの騎士さえ失った自分達に何ができるというのか?

「逃げろ、逃げるんだ!」

「村を捨てて? 馬鹿言うな! そんなことできるわけがないだろう!」

「ああ、こうなったら村と一緒に死ぬしかないんだ!」

絶望に煽られ、村人達は気力を失っていく。もはや死を待つしか他にないという思いで支配されていた。

 

計画は順調だ。

シルフィードが暴走ガーゴイルとして村を荒らし、タバサはそれに挑んでやられたと見せかける。暴れている原因は、当然悪魔達という設定だ。

そうすることでこうして村人達に不安と絶望を与え、もうこれ以上頼れるものはないと思わせる。

そして、ここからが計画の山場となる。この演劇の主役達はもうすぐ動き出すのだ。

村人達に新たな拠り所を与えんがために。

 

「きゃああっ!! 化け物、化け物よ!!」

村人の一人が悲鳴を上げた。

タバサはちらりと顔を上げてみると、村の外から無数の異様な影が次々と姿を現し、荒らされた村の中へと侵入してくるのが見えた。

一見すると奇抜な服を身に着けたカカシのような姿をしたものだった。その両手にはナイフや三日月状のギロチンの刃を握り、中にはマスケット銃やクロスボウなどといったもので武装しているものまでいる。

おまけに何もない空間から垂れ下がっている糸のようなものが手足を吊り操っているように見え、さながら操り人形『マリオネット』のような異様な光景であった。

突如現れたマリオネットの大群は人形らしいぎこちない動きで迫ってくる。だが、村人達は恐怖に打ち震え、絶望に支配され、動くことができない。

 

「ひいっ!」

クロスボウとマスケット銃で武装したマリオネット達が矢を射掛け、そして発砲してきた。

幸い、狙いは外れていたおかげで誰も傷は負っていないようだ。

「……あの悪魔達が、ガーゴイルに呪いをかけている。あいつらを倒せば、何とかなる……」

息も絶え絶え……のように見せかけてタバサは呟きよろめいたように立ち上がると、杖を手にしてマリオネット達に突っ込んでいく。

ナイフとギロチンの刃を振り回し、クロスボウとマスケット銃を撃つマリオネットに囲まれるタバサは村人達からは苦戦しているように見えていた。

 

「あれじゃすぐにやられちまうよ!」

「だからといって、俺達じゃどうすることもできねえんだ……ちくしょう!」

無力さに悔しがるサムに村人達。マリオネット達と必死になって戦うタバサを見つめるだけで何もできない。

もう死しか道は残されていない。誰もがそう考えていたその時だった。

「これは罰だよ!」

突然響く叫びに村人達は一斉に振り向く。そこには誰もが膝を折り絶望する中、一人立ち上がるヨシアの姿があった。

「分かっただろう! 翼人を追い出そうとしたから罰が当たったんだ! 住む所を追い出そうとした報いなんだよ!」

「何だと! それとこれとは話が別だ! だいたい、あいつらを送り込んできたのだって、翼人どもじゃないのか!」

兄のサムが弟に掴みかからん勢いで詰め寄る。だが、ヨシアは臆せずに言い返す。

「勝手なことを言うなよ! まだ分からないのか! 何であいつらが、あの悪魔がこの村を襲ってきたのか!」

それまでひ弱な少年でしかなかったヨシアとは思えぬ剣幕にサムも含めて村人達は黙りこくる。

「あいつらは僕らの欲望に惹かれて現れたんだ! 翼人達を追い出してあの木を手に入れようと欲を出したから、悪魔達は僕らの醜い邪念を嗅ぎつけたんだ!」

自分達の非を、醜い心を糾弾するヨシアはびしりと迫り来るマリオネット達を指差す。

「それに、翼人だってあいつらにずっと苦しめられていたんだ! 奴らは僕達の共通の敵なんだよ! 互いに協力し合えば、あんな悪魔達だって倒せるはずなんだ!」

ヨシアが言い切ると、茂みの中から一人の翼人の女性、アイーシャが恐る恐る姿を現す。

少々後ろめたいような、居心地が悪そうな不安の表情を浮かべている。

 

アイーシャの姿を見た途端、サムが怒りに顔を歪ませてヨシアに掴みかかった。

「てめえ、まだその翼人の女と……!」

「今はそんなことを言ってる場合じゃない! 奴らには翼人も人間も関係ないんだ! ここで彼女達もろとも皆殺しにされても良いのか!」

兄の手を振り払い、ヨシアは翼人を含めて自分達に迫る危機を指摘する。

「僕達でガーゴイルを引きつける! 兄さん達は騎士様を助けるんだ! 行こう、アイーシャ!」

見つめ合う二人の人間と翼人は互いに頷き、アイーシャはヨシアの脇を背中から抱きかかえて持ち上げる。

宙に浮かび上がり、家々にブレスを吐きかけているシルフィードに向かって飛んでいく。

だが、人間一人を抱き上げているためか這うような飛び方である。おまけにアイーシャは片翼に傷を負っているため、とてもぎこちない。

相当辛そうだが、アイーシャはめげずに翼を必死に広げ羽ばたかせている。

「あんなヒョロヒョロした飛び方じゃあ、やられちまうだろ! 第一、あの女怪我してるじゃねえか!」

顔を青くするサムは何故か自分でも気付かぬうちに傷つきながらも空を舞う翼人の女を気にかけていた。

と、その時、茂みから次々と何人もの翼人達が飛び出し、宙に舞い上がっていた。

「ぎゅいっ! ぎゅいいいいっ!」

シルフィードが荒々しい咆哮を上げながら、ヨシア達に向かって飛んでいく。

翼人達はシルフィードの周りを飛び回り、幻惑する。そしてさらに何人かは上手く飛ぶことができないアイーシャを守るように付き添っていた。

 

 

サム達が空を見上げながら呆然とする中、突如銃声が轟く。

さらに翼人達目掛けて地上から次々と矢が射掛けられている。

見ればタバサが戦っているマリオネット達の何体かはマスケット銃とクロスボウで翼人達を狙い始めていたのだ。

慌てて翼人達は銃弾と矢を回避する。……よく観察していれば、シルフィードも避けているのが分かっていただろう。

アイーシャもぎこちないながらもかわすが、その拍子でヨシアを落としそうになる。

「ヨシア!」

思わずサムが叫ぶと、茂みからさらに何人かの翼人達が姿を現し羽ばたいていた。

アイーシャと同じ一人の女性の翼人が呆然とする村人達に向かって怒鳴る。

「私達が援護をするから、猟師は矢を射掛けて! 木こりは奴らに突撃をして!」

凛々しさに溢れたその言葉に村人達は我に返る。今、自分達の目の前で起きているこの光景。そして、その中で戦う者達の姿。

彼らは誰と戦っている? そうだ。自分達に、そして翼人達を仇なす悪魔ではないか。

翼人達はその翼で空を飛んで悪魔達から逃げればいいものを、わざわざ人間達と力を合わせて悪魔達と戦おうとしている。

ここは誰の村だ? そうだ。自分達の村だ。それを守れるのは誰だ?

翼人と繋がっていた村の恥さらしだと言われていた一人の少年ですら、異形の悪魔達に立ち向かおうと勇気を見せたのだ。

ならば、自分達にできることは一つだけしかないではないか。

「そうだ! ここは俺達の村だ! 悪魔が何だ! 木こりの意地を見せてやる!」

啖呵を切ったサムは斧を拾い上げると、タバサと距離を取っているマリオネットの大群目掛けて突進していった。

「弟が必死に戦っているのに、俺が何もしないんじゃ兄の恥だ!」

弾を込め直し、矢を装填し終えたマリオネット達は狙いを迫ってくるサムへと変える。

ぎこちない動作でマスケット銃を、クロスボウを一斉に向け、引き金を引いた。

「止まって!」

翼人の叫びに、勢いで前へつんのめりながらも立ち止まったサムに次々と銃弾と矢が迫る。

「大地は噴き上がり、彼の者を脅かす力を受け止めし盾となる」

別の翼人が手を突き出し、詠うように精霊の力を行使する呪文を口ずさんだ。

サムの目の前の地面の土が突如盛り上がり上へ伸びると、サムに放たれた銃弾と矢を次々に受け止め、阻んでいた。

 

本来ならば翼人達は矢や銃弾といった自分達に降りかかる攻撃は風の精霊の力を借りて防ぐのであるが、今回ばかりはそれができなかった。

悪魔達の禍々しい魔力が込められた攻撃は精霊の力を侵食し食い荒らしてしまうため、防ぎきることができないのだ。

よって、精霊の力で直接防ぐのではなく、物理的な作用も用いて悪魔の攻撃を受け止めることにしたのである。

分厚い土ならばあの悪魔達の矢や銃弾をああして受け止めるのも容易である。

「今だ! 矢を放って!」

未だ呆気に取られていた猟師達は果敢に悪魔達へ挑んでいったサムの姿に我に返ると、矢をつがえて放ち始める。

射掛けられた矢は遠距離武器を手にするマリオネット達に次々と突き刺さり、帽子を、頭巾を、さらには上手く当たれば武器をも吹き飛ばしていった。

当然、マリオネット達もマスケット銃とクロスボウで応戦してくるものの、サムの時と同じように先住魔法による土の壁が村人達への攻撃を阻んでくれていた。

「どおりゃあっ!」

サムが力いっぱいに持ち上げた斧を、マリオネットの体に叩き付けた。

木こりの力で振り下ろされた斧に、その木でできた脆弱な体は呆気なく叩き割られ、崩れてしまう。

「騎士様! 俺達も加勢しますぜ!」

「そうだ、そうだ! ここは俺達の村なんだ! 悪魔どもに好き勝手されてたまるもんか!」

サムに続いてやってきた木こり達は次々と己の斧を振るい、マリオネット達を叩き切っていった。

ナイフやギロチンの刃で武装したマリオネット達は応戦するものの大きくなった操り人形のような存在でしかないため、その動きは遅くぎこちなく、木こり達の斧によって次々と切り伏せられていった。

おまけに彼らは精霊の力、先住魔法を操る翼人によるバックアップも受けている。

さすがに精霊の力で直接、悪魔を倒すことは難しいので彼らは村人達の後方支援に徹していた。

「おっと、お前達の相手は俺達だ!」

マリオネットが矛先を翼人達の方へ変えると、直ぐ様木こり達は彼らの行く手を阻む。

 

突如、数体のマリオネット達が耳障りな叫び声を上げた途端、幾人もの村人と翼人達はその体を動かすことができなくなっていた。

「な、何だ!?」

「動けない!」

マリオネット達を動かす無数の糸のようなものが彼らの体を吊り上げ、空間に固定させている。

村人と翼人達は必死にもがいて逃れようとするが、マリオネットの魔力による金縛りから逃れることができない。

翼人がマリオネットらを恐れている最大の要因は精霊の力でも歯が立たないこの魔力なのだ。この魔力に捕らわれれば、もはや成す術がないのである。

獲物を足止めにしたマリオネット達はいざそれを狩ってやろうと、武器を手にして近づいていく。

操り人形を操り師が大きく移動させるように、マリオネットは足を引きずらせながら浮くようにして滑っていった。

 

 

「ウインド・ブレイク」

強烈な突風が吹き荒れ、金縛りで動けない村人と翼人達に迫るマリオネットらが吹き飛ばされる。

片膝を突いた体勢で杖を構えていたタバサが魔法を放ったのだ。

マリオネットらが吹き飛ばされた途端、金縛りに遭っていた者達はみんな、体の自由を取り戻し動けるようになっていた。

「ちくしょう、キリがない!」

マリオネットは単体での強さは村人と翼人が力を合わせれば何とか倒せる程度のものであった。

だが、いくら倒してもマリオネットは後から次々と現れるのである。空間に穴が開くと、その中から落とされるようにして新たなマリオネットは出現するのだ。

 

 

 

 

(大元を倒す)

計画は見事、上手くいった。村人と翼人達は悪魔に立ち向かおうと団結している。

彼らの間には絆が生まれ、互いに無くてはならぬ存在となっているのは明らかだ。

だが、そろそろ幕引きをしなければならない。そのためにも、こいつらを統率する者達を倒さねばならない。

立ち上がったタバサはマリオネットが未だ次々と現れる森に向かって駆け出していった。

襲い来るマリオネットらを魔法でいなし、森の中へ飛び込むとその奥へ奥へと一直線に突き進んでいく。

 

森の中はまさに、マリオネット達の巣窟であった。何十体もの呪いの人形達はタバサに襲い掛かり、その命を狩ろうとしている。

マスケット銃の銃弾が、クロスボウの矢が、投げつけられるナイフとギロチンの刃が、タバサに集中的に浴びせられていた。

タバサはフライを使って軽やかにその攻撃をかわす。反撃で放ったジャベリンが、木でできた悪魔の体を容易く貫いていった。

囲まれてしまった場合はアイス・ストームによる氷の竜巻を発生させ、奴らの攻撃もろともその体を吹き飛ばす。

 

マリオネットはタバサでも簡単に倒せる下級悪魔だった。ただ、その中にいる夥しい血に塗れた個体だけはやけにタフであり、何とジャベリンの氷の槍でも一発では仕留められず、逆に砕かれる羽目になった。

(血の魔力……)

スパーダの話によれば、血というものは特別な魔力を有した存在だという。

特に死の寸前で恨みを残したり、生への執着を抱いて死に絶えた者の流した血は強力な魔力と呪術的な作用を生み出す。

下級の悪魔はその血を利用して己の力を数倍にも高めてしまうことがあるのだそうだ。

実際、メイジ達が使うマジックアイテムでも血を用いて機能する代物もあるのでタバサもその理屈は理解できる。

 

その代表的な例が、タバサが相対するブラッディマリーというマリオネットの亜種である。

こいつらはどうやら肉体に付着した血を一種の鎧として利用しているようだ。そのために村人達でも壊せる脆い体の強度を高めているのだ。

が、それでも絶対的な防御を持つわけではない。故にタバサの魔法を受けて倒される結果となった。

 

 

何かが空を切り裂くように回転するような異様な音が聞こえた途端、数体のブラッディマリーを仕留めたタバサはフライを用いながら、咄嗟にその場で身を翻した。

直後、森の奥から鋭い回転と共に飛来するそれは自分の真下を通り過ぎて行き、引き戻されていく。

着地したタバサが身構えると、茂みの奥からそいつらは姿を現した。

 

マリオネット達はいわば人の姿に似せたカカシそのものとも言うべき奴である。

だが、そいつは人の形は残してはいるものの、クチバシを有していてまるで鳥のような異様な風貌であり、文様が刻まれた無数の包帯が巻きつけられている。

さらに後頭部や体の所々には無数の色とりどりの羽毛の飾りが付けられ、不気味な模様が全身に刻み付けられている。

マリオネットらよりも遥かに禍々しいこの人形は、呪術で用いられる人形のような異様な姿を持ってタバサの前に姿を現した。

(糸がない?)

そして、こいつらはマリオネット達とは異なり誰かが操っているような糸が見受けられないことだ。

動きも操り人形そのものと言えていたマリオネットらに比べるとかなり生物的である。

糸もないのに動いているということは、こいつらは完全に自立していることを意味している。

「大抵の下級悪魔達は現世で本体を持って現れられる奴はほとんどいない。だが、その上位となると稀に本体で現れる奴もいる」

確か、スパーダは悪魔達についてそのようなことを言っていた。

 

悪魔自らの手により生み出された邪悪な人形の器は、フェティッシュと呼ばれる中級悪魔で、下級悪魔のマリオネット達を統括する役目を担っている。

彼らが翼人を付け狙っていた何十体もの呪い人形達の指揮官なのである。

先日、アイーシャを襲い翼に傷を付けたのは彼らであった。

 

タバサはリーダー格の悪魔の存在と居場所を既にアイーシャから聞き及んでいる。

つまり、こいつを倒せばあの人形達は全滅させることができるのだ。

 

 

三体のフェティッシュの両手には車輪に無数の松明が組み合わされたような奇妙な武器が持たされている。

その松明の部分に炎が点火されると手首もろとも器用に横へ回転させて、カラカラと奇妙な音を立てていた。

「ウィンド・ブレイク」

威嚇をしてくるフェティッシュにタバサは容赦なく突風を見舞う。

だが、フェティッシュはおぞましい呻きを上げながら三方に分かれ、それを回避する。動きは奇妙だがマリオネットらに比べると柔軟でしなやかなもので、ほとんど人間そのものだ。

フェティッシュは両手の炎を纏った車輪を縦へ回転させると、それを各自時間差でタバサ目掛けて投げつけてきた。

タバサはフライを駆使して回避し、三体目の投げた車輪はエア・ハンマーを当てて弾き返す。

車輪はまるでヨーヨーのような軌道を描いてフェティッシュの手元へと吸い込まれるように戻っていく。

フェティッシュが操るその車輪はまさにヨーヨーそのものとも言うべき代物であり、糸が無いにも関わらずまるでフェティッシュの手と繋がっているような動きを見せていた。

横へ薙ぐように投げつけられた車輪はタバサの左右から襲い掛かる。さらに別のフェティッシュが直線上に投げつけ、回避するタバサを追撃する。

 

マリオネットらよりも知能に優れているらしいフェティッシュは連係プレイでタバサを攻めていき、反撃させる隙を中々与えてくれない。

「ジャベリン!」

木々の生い茂る森の地形を活かして回避を続け、ようやくそのチャンスを見つけたタバサは氷の槍をフェティッシュに放つ。

だが、フェティッシュが大きく体を後ろに反らした途端、その口元から赤々とした息が溢れ出すのをタバサは目にした。

体を前に突き出すと、その口からは紛れもない火炎のブレスが吐き出されたのである。

フェティッシュの口から吐き出された炎はまるでサラマンダーのように強力なもので、タバサの放った氷の槍を包み込み瞬く間に溶かしてしまう。

さらにはタバサ本人にも炎は向かってくる。他のフェティッシュも同じように炎を吐きかけてきていた。

「アイス・ウォール!」

咄嗟に氷の壁を作り出し、防ぐもののやはりフェティッシュの炎は強烈ですぐに溶かされてしまう。

だが、その一瞬でも攻撃を防げればいい。タバサはその氷の壁を作ってすぐにフライで移動すると、フェティッシュの一体の側面へ回り込んでいた。

「ブレイド!」

杖に纏わせた魔力の刃を、フェティッシュの青い光が溢れている胴体に突き刺す。

それはどうやらフェティッシュの心臓だったらしく、断末魔を上げたフェティッシュの体はバラバラに崩れ去っていた。

 

フェティッシュは突如、両腕を水平にさせると胴体を勢いよく回転させ、そのままタバサ目掛けて突進してきた。

「エア・ハンマー!」

さながらコマのような勢いで回転し迫るフェティッシュの突進をかわすと、回転し続けるその一体の背中に向けて風の槌を叩き付けた。

「ウィンディ・アイシクル!」

あっさりと勢いよく吹き飛ばされたフェティッシュは太い木の幹に衝突する。間髪入れずに無数の氷の矢を放ち、フェティッシュの全身を釘付けにしていた。

口から炎を吐き出しながらもがくフェティッシュであるが、タバサはそれ以上そちらを見ることはなく、もう一体のフェティシュへの攻撃を開始する。

吐き出された炎を飛び上がって回避し、頭上からその背後に回りこむ。

 

――ガキン!

 

「!?」

再びブレイドで斬り付けようとしたタバサであったが、フェティッシュはその行動を予測していたかのような動きで即座に振り向きながら、タバサの杖を右手の車輪で弾き返していた。

先ほどのタバサの攻撃を見て、どうやら学習されてしまったようだ。それだけフェティッシュの知能が高い証拠である。

さらにフェティッシュは反撃の準備もしていたらしく、振り向き様に炎を吐きかけていた。

咄嗟にマントで庇い、体を覆ったものの、まともに炎を浴びてしまったタバサの全身は炎で包まれる。

まるで地獄の業火のような凄まじい熱さに思わずタバサは苦鳴を漏らした。

「アイス・ストーム……!」

素早く自分を氷の竜巻で覆い、炎を掻き消す。だが、マントは完全に焼き尽くされ、もはや使い物にならない。

着ている服の所々が焦がされ、タバサ自身も火傷を負ってしまい、髪も少し焦げてしまった。

「うっ!?」

おぞましい声を上げながら飛び掛ってきたフェティッシュはタバサの体に足を巻きつけると、そのまま地面に押し倒していた。

馬乗りになったフェティッシュは奇声を上げながらそのクチバシでタバサを啄ばもうと叩きつけてくる。

タバサは頭を左右に動かして必死にそれをかわしながら、呪文を唱えていく。

「ウインド・ブレイク!」

フェティッシュの口元から炎が覗けた瞬間、突風によってフェティッシュを吹き飛ばし、拘束から逃れていた。

もう一瞬でも遅れればフェティッシュの炎に焼き尽くされていたことだろう。

「ジャベリン!」

吹き飛ばされ、体勢を崩していたフェティッシュに二発の氷の槍を放つ。

一発目は胴体に浅く突き刺さるのみだったが、二発目が確実に貫通し、フェティッシュを仕留めることに成功した。

 

「っ!」

突如、背中に熱く鋭い衝撃を受け、タバサの体は前に突き飛ばされ倒されていた。

ふらつきながらも体を起こしたタバサが背後を振り向くと、木の幹に貼り付けにされていたはずのフェティッシュが右手の拘束を解いていたのだ。

手にしていた車輪を投げつけたらしく、手元へと戻っていく。

思わぬ痛恨の一撃を食らってしまったが、それでも致命傷というわけではない。直ぐ様タバサは立ち上がり、最後に残った身動きの取れないフェティッシュに杖を突きつけた。

背中の傷がズキリと痛む中、タバサは淡々と呪文を唱えていく。真っ直ぐと、フェティッシュに氷のように冷たい視線を向けながら。

「ウィンディ・アイシクル」

放たれた氷の矢は、再度フェティッシュ目掛けて殺到していた。

 

 

 

 

かくして、エギンハイム村を襲った異形の悪魔達の脅威は去った。

タバサがリーダー格のフェティッシュを撃退したのを視界を共有していたシルフィードが見届けた後、村人と翼人達は残ったマリオネット達を傷つきながらも全滅させることに成功した。

その直後、悪魔達の呪いがかかっている演技を続けていたシルフィードはその呪いが解けたように大人しくなり、暴走は治まったように村人達に見せかけていた。

こうして、暴走ガーゴイルと悪魔達の襲来の事件は収拾したのである。

互いに力を合わせ団結し、悪魔達に立ち向かった二つの種族は、この件を機に和解することが決まった。

これでもう、翼人達は恐ろしい悪魔達から逃げ惑う必要もない。もちろん、村人からの翼人の討伐願いも取り下げだ。

村人達は自分達の浅ましさと愚かさを悔い改め、翼人達にあの大きなライカ欅を提供し、村の作物を分け与えることになった。代わりに翼人達は空を飛べるその特性を活かし、村人達の手助けをするのである。

人間の力でなければできないこと、そして翼人でなければできないこと――互いに協力し合えば生活は楽になることを二つの異種族は学んだのである。

異なる文化と生活習慣は障害になるかもしれない。もしかしたら、ちょっとしたことでいがみ合うこともあるだろう。

だが、二つの種族を間を掛け渡す橋の役目を担う二人の男女がいるのだ。

 

事件解決から三日後、復興が進む村の広場ではヨシアとアイーシャの結婚式が執り行われていた。

今回、悪魔達を退けられたのはこの二人の活躍があったからこそである。人間と翼人、どちらか片方だけが奴らに挑んでは決して勝つことはできなかっただろう。

だが、互いに団結すれば悪魔にも勝てる。悪魔に手も足も出なかった翼人達も人間の力を見直してくれたのだ。

地を這う虫けらかとしか見ていなかった存在の底力は、自分達では手に負えない悪魔達を倒す力を発揮したのだから。

 

村では陽気な騒ぎで包まれる中、その外れでタバサはシルフィードに跨っていった。

式にどうしても出席して欲しいと願い出たヨシアとアイーシャに言われ、村に残っていたのだがとりあえず出席はしたので、式の終了を待たずして出発しようとしていた。

何しろ、先日のフェティッシュに手痛い傷を負わされたのだ。

村に戻り、アイーシャに先住魔法で傷を癒してもらったが、やはり悪魔に負わされた傷は精霊の力でも治しきれなかったのだ。

多少、痛みは治まってはいるものの三日かかってもまだ残るとは、やはり悪魔の力は侮れない。

「ありがとうございます、騎士様!」

「このご恩は絶対に忘れません!」

上空へ飛び上がっていくシルフィードに向かってヨシアとアイーシャは何度も感謝の言葉をかけていた。

タバサはそれに見向きもせず、持参してきた本に目を移している。

 

「まったく、お姉さまがあの悪魔達にやられそうになった時はハラハラしちゃったんだから! 今回は仕方がなかったけど、もう悪魔と関わるのはやめて欲しいのね!」

しばらく飛んでいると、シルフィードが今回の件に関して抱いていた不満をぶつけていた。

「分かったでしょ? あいつらは精霊の力なんて何とも思わない罰当たりな奴らなのね! あんな奴らを相手にしていたら、命がいくつあっても大変なのね!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐシルフィードの言葉に対して、タバサは今回の任務から悪魔達に対してある結論を導き出していた。

(先住魔法は効かない……でも、わたし達の力は通じる)

そう。奴らはメイジの系統魔法よりも強力だという自然の力、先住魔法では歯が立たないが、逆に系統魔法そのものは通じるのだ。

どういう理屈でこの関係が生まれているのかはよく分からないが、とにかくそういうことになる。

何にせよ、今回は思いもせぬ敵が現れてくれたおかげで、タバサに更なる経験と力を与えてくれた。予期せぬ収穫だった。

今後も、奴らと戦い続ければ自分の力を更に高めることができるだろう。

母を救い、そして仇を討ち倒す絶対の力を。

 

「I need more Power…….(もっと、力を……)」

杖を握る手に力がこもり、更なる力を渇望していた。

「きゅい……お姉さま、少しは遠慮ってものを知るのね……」

主の考えがあまりにも堅いことに、シルフィードは不満げに、そして心配そうに呟いていた。

 

 

 

 

『見るがいい。あれが、貴様の娘の今の姿よ』

 

男とも女とも区別の付かない神々しい澄んだ声は言う。

 

『もはや見る影もないな。貴様からすれば可憐だったのだろうが、今となってはただの人形。皮肉なものよ。貴様が我を望んだように、奴もまた魔を、力を求めて腐心している。何故だか分かるか?』

 

その声は嘲笑し、問いかける。

 

『奴は貴様を殺めたことになっている奴の伯父を、貴様の兄を討たんとしている。仮面を被っていた貴様に踊らされていた衆愚どもも同じくな』

 

更に嘲笑は深く濃くなり、神々しさの中に悪意と残酷がこもった声は続く。

 

『我はアレを新たな玩具にしてやることに決めた。無論、奴に与えられるのは最上級の絶望。奴が信じ、求め続けていた道を終着点まで進めさせた所で、貴様と同じように一気に突き落とす。さすれば、奴からは最上級の絶望と業が得られる。我が力はそれを糧に、より高まるのだ』

 

残酷な言葉を呟きかける神々しい声に答える者はいない。だが、決して独り言を呟いているわけではない。

 

『雪風よ。もっとあがくがいい。そして、我に貴様の絶望を献上するのだ。拒否権はない。……我が貴様に与えてやるのだから』

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  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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