魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
突然現れたキリエにルイズも目を丸くしていた。
「あの歌姫……!? 何でここに……」
キリエは傷だらけの兄の姿に絶句すると共に、剣を振り下ろそうとしていたスパーダを恐怖に満ちた表情で見つめていた。
自分の兄が今にも殺されようとしているのだから、衝撃を受けるのは当然というものだろう。
「ネロ……」
そして彼女の視線はネロの方へと移った。
ネロは思わず右手を引っ込めると、スパーダを掴んでいた幻影の腕も引っ込んで消え去る。
キリエは困惑しきった眼差しのまま、ネロの右腕を注視している。
「その腕……大丈夫なの?」
「これは……その……」
右腕を脇に隠してネロは気まずそうに俯きだす。
明らかにキリエは動揺している。その姿はネロが一番恐れていた光景だった。
絶対に見られたくなかった相手にこの異形の腕を見られてしまったのだ。彼女が抱いている不安と恐怖が膨れ上がったその時のことを想像したくなどない。
副官はともかく、クレドにすら疎まれた。この上、彼女にすら疎まれてしまっては、もうネロにはどうすることもできない。
「ほぉら、私の言った通りだっただろう?」
キリエの背後から一回り以上も大きな巨体が姿を現わした。
「あんたは……!」
「でかアゴ野郎じゃねえか」
ルイズはムッとして現れたアグナスを睨みつける。
アグナスはキリエの肩に触れたままにんまりとしたり顔を浮かべていた。
フォースエッジを背中に戻すスパーダはアグナスを見据えながら目を細めだす。
(あの転送装置を使ったか……)
キリエにしろアグナスにしろ、その存在はたった今まで影も形もなく、スパーダにも全く気配を感じさせなかった。それが忽然と何処からともなく現れ、今ここにこうしているのだ。
考えられるのは、フォルトゥナ城でも使っていた転移装置――資料にあった疑似魔界の技術を用いてここに直接現れたのだろうということだ。
「やはり来たな……デビルハンターども」
忌々しそうにアグナスはスパーダ達を見て呻きだす。
「……下衆が」
開口一番にスパーダはアグナスを吐き捨てた。
何故、ここに彼女を連れているのかその意図などすぐに察せられる。
「閻魔刀がもう一つ……それに、その剣……」
スパーダが手にする剣を怪訝そうに流し見ていたアグナスだったが、そこへ倒れたままのクレドが声を上げた。
「何の真似だ、アグナス……! 何故、キリエをここに連れてきた……!!」
咎めるクレドをアグナスは軽く一瞥しだす。片眉を吊り上げ、馬鹿にしたように小さく笑っていた。
「教皇様のご命令だ。万が一、お前が敗れた時に備えて連れてくるようにとな」
「何……!?」
クレドは立ち上がろうとするが、力及ばず跪いてしまう。だが、顔を上げたままアグナスを睨みつけていた。
「馬鹿なことを言うな! 教皇様が、キリエを利用するなどと……!! 私を謀る気か……!」
「負け犬どもは、そこで大人しくしているがいい。後は私に任せてもらおう」
既にアルト・アンジェロの鎧を身に纏っていた副官は事切れている。
クレドはそれでも力を振り絞るが、叶わずにまた膝と両手をついていた。
「兄さん……! あっ……」
兄に駆け寄ろうとしたキリエはアグナスに腕を掴まれ、引き戻されていた。
「こらこら、前に出ると危ないぞ。相手は恐ろしい悪魔なのだからな」
「てめえ……! キリエを離せ!」
いきり立つネロは踏み出そうとしたが、アグナスはサッとキリエの後ろへと移動しだす。
「これは心外だな。私は魔剣教団の司祭として恐ろしい悪魔から、か弱き民を守っているだけだぞ」
「どこがよ……!」
「誰がどう見ても人質だよなぁ」
だがその光景は明らかにキリエを盾にしているようにしか見えない。
ネロはもちろん、ルイズもその卑劣な手口に歯を食い縛った。
スパーダに至っては汚い物でも見るような冷たい視線で一瞥する。
「よく見たまえ。あの小僧の腕を。あんな恐ろしい腕をしている奴が人間であるはずがないだろう?」
アグナスはキリエの耳元で囁き、これ見よがしにネロのことを誹っていた。
「てめえ……」
「あんた……!」
「おっと、うっかり手を出さん方がいいぞ。この娘も巻き添えになるかもしれんからな」
ネロだけでなく、ルイズにまで嘲笑をぶつけてくる。
「こ、こ、こ、こ、このデカアゴ眼鏡……」
その嫌味たらしい態度は実に腹立たしく、ルイズは今にも爆発しそうな形相を浮かべていた。
だが二人はもちろん、タバサもスパーダすら下手に手を出すことはできない。
ルイズの傍に立ったタバサはちらりとスパーダの方を見やったが、小さく指を振ってそのまま待機するように合図を送られる。
「もっとも、デビルハンターのお前達にとってはこの娘は関係無いのだったな。好きにするがいいさ。小僧が怒り狂って、その恐ろしい悪魔の腕でお前達を嬲り殺しにしてくれるのなら、好都合だ」
人質という優位を得ているとはいえ、アグナスの余裕に満ちた態度は決してハッタリでもないことをスパーダは悟っていた。
(奴も使っているな……)
スパーダの見立てでは今のアグナスに単純に一発や二発攻撃を当てた所で傷一つ付けることはおろか、微動だにすらしないだろう。
ゲリュオンの能力で時空を操ることができれば、動きを止めてその隙に救出もできたかもしれないが、まだ憑依しているゲリュオンは回復していないのでその力を行使することはできない。
(さて……どう隙を突くか……)
「ネロは悪魔じゃないわよ!」
懐に片手を突っ込んだまま思案する中、ルイズはアグナスに激しく食いついていた。
「あんた達は見た目だけで人を悪魔って決めつける訳!? 最低だわ!」
「神に選ばれもしない奴が悪魔の力をその身に宿すなど、いつ暴走するか知れたものではない。そいつ自身も悪用するかもしれぬだろう?」
「あんた達こそ、こそこそ隠れて悪魔の力を悪用してるじゃない! この卑怯者!!」
「……それは違うな。我らは悪しき力を正しき力として昇華させているのだ。その小僧の腕などとは訳が違う。心正しき者が使えばそれはもはや悪魔ではあるまいよ」
「思い上がるのも大概にしなさいよ! 神に選ばれたですって!? あんた達なんかをスパーダが認める訳ないじゃない!! この悪魔!!」
激しい舌戦が繰り広げられる中、ネロは呆然とルイズのことを見つめていた。
倒れたままのクレドも重い顔で俯き、キリエはそもそも何が起こっているのか、何が何やら分からずに混乱している様子でそわそわとしたままである。
「さっきからギャーギャーと喚いて……実にう、う、う、うるさい小娘だ……」
アグナスは鬱陶しそうに顔を顰めて興奮が治まらないルイズを睨み返すが、気を取り直すとネロの方へ向き直った。
「……さて小僧。閻魔刀を渡してもらおうか」
「やっぱりそう来たか……」
舌を打ちながらネロは右腕にそっと触れた。
「お前がその腕の中に閻魔刀を隠しているのは判っている。閻魔刀は一つもあれば充分だ」
ちらりとアグナスはスパーダの方へ視線を流しだす。
今、この場に魔剣教団が望む魔剣は二つ存在する。
だが、スパーダが手にする方ではなく、あくまでネロが持つ方を望んでいた。
スパーダの実力を知ってか知らずか、力尽くで奪おうという気にはなれないらしい。
第一、あんな人質を用意したのもネロを大人しくさせる目的なのだ。ならば、御しやすい方から手に入れる方が容易だろう。
「それを使って、あの地獄門から悪魔を呼び出すつもりでしょう。そうなったら、どっち道みんな殺されちゃうじゃない!!」
またもルイズはアグナスに食って掛かったが、アグナスは小さくせせら笑うのみで取り合おうとしなかった。
「無視すんじゃないわよ! この変態眼鏡!!」
「やめろよ。奴とは俺が話す……!」
癇癪を上げるルイズをネロは諫めると、アグナスの方へ真っ直ぐと向き直った。
右腕をかざすと、その手の中に光と共に閻魔刀が発現される。
「そんなにこいつが欲しいんだったら、俺が直接教皇に渡してやる。だから、彼女は離せ」
「ちょっと、あんた本気なの!?」
ネロの傍まで駆け寄ってルイズは叫んだ。
ちらりと背の小さいルイズを一瞥したネロは再度、アグナスの方へ向き直り――キリエを見つめる。
未だ動揺するキリエに優しく微笑みかけたネロはアグナスを鋭く睨みつけた。
「俺も教皇の奴には用があるんだ。奴の所へ連れて行ってくれるんなら、都合が良い」
「貴様……教皇様に狼藉を働くつもりだな? 顔に書いてあるぞ」
敵意を隠そうともしないネロの態度にアグナスは眉間に皺を寄せだす。
事実、ネロは教皇をぶん殴るつもりだったし、ついでにこの閻魔刀をお望み通りにあの老体にくれてやる腹積もりだった。
あの老害を生かしていてはこの先災いが起こり続けるのは明らかだし……既に起こしているのだから。
「この娘が大事なら大人しく閻魔刀をそこに置け。それとも、悪魔には人間の女など何でもないか?」
明かな挑発と侮蔑にネロもルイズもはっきり顔を顰めた。
悪魔は心無い悪意の塊でしかない。それが魔剣教団の教えだ。
だが、そんな物は所詮、杓子定規でしかない。
悪魔にだって色々なものがいるし、無害のものさえいるのに、魔剣教団はそれを受け入れようとも、知ろうとすらしない。
そればかりか、自分達のことは美化するなど身勝手にも程がある。
それはある意味、彼らが〝神〟として崇めるスパーダに対する侮辱にも等しいのだ。
(ありゃま、あれはマジでキレてるなぁ)
デルフが心中で嘆息する中、スパーダは先程から冷酷な表情を全く崩さなかった。
「嘘よ……」
ネロがまごつく中、ぽつりとキリエが呟きだしていた。
「やっぱり嘘よ……ネロは、悪魔じゃないわ……」
突然のキリエの言葉にネロはおろかアグナスまでもが目を丸くしだす。
見ればキリエは今までと違って落ち着きを取り戻しつつあり、表情に動揺の色は見えなかった。
「何を言っている? あれこそ悪魔に取り憑かれた証拠だ。もはや君が知るネロなどではないのだよ」
指まで差してくるアグナスだが、キリエは強く反論した。
「違うわ! ネロは、兄さんを助けようとしてくれたもの! 絶対に悪魔じゃないわ!」
「キリエ……」
はっきりと叫ぶキリエにネロは呆気に取られてしまう。
彼女の口からネロが一番恐れていた言葉が飛び出るのではと不安で仕方がなかった。
だが副官がはっきり拒絶したのとは全く正反対の言葉は逆にネロを驚かせた。
「ネロ! この人の言うことを聞いちゃ駄目!」
キリエは何一つ変わらなかった。どんな時でも、自分よりも他人を気遣う清らかな心は失われない。
その現実は、ネロの心から全ての不安を消し飛ばすのに充分だった。
「あぅ……!」
「こ、こ、こ、この女……! 余計なことを言うんじゃ、な、な、ない!!」
アグナスは乱暴にキリエの結っている後ろ髪を掴んで引っ張り上げる。
「アグナス! てめえ!!」
「ネロ!」
ルイズが呼び止める暇もなく、ネロは一気に駆け出していた。
一番大切な人が目の前で男に乱暴されている。ネロにとっては見るに堪えぬ光景であり、もはや躊躇などできようもなかった。
「このガキが……!!」
迫るネロを睨んだアグナスはキリエの髪を掴んだまま左手を振り上げだす。
ビアンコ・アンジェロ達が翼を広げて背後から飛び出し、次々とネロへ殺到していく。
大砲のような重い銃声が轟いたのもその時だった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定