魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
広場はスパーダ達が仕留めた鎧騎士達の残骸で溢れかえっている。
その中心でネロは横たわるキリエの体を抱えたまま跪き、ルイズとタバサは横から見守っていた。
「キリエ……」
「気絶してるだけみてえだな。ま、大丈夫だろ」
デルフの言うように失神しているだけだが、ネロは唇を噛み締めたままキリエの顔を見つめていた。
髪が解けると元々肩にかかる程の長さだったが、少し短くなってセミロングになっている。
アグナスにあのまま乱暴にされ続けていたら、もっと酷いことになっていたかもしれないと思うと、ぞっとしてしまう。
「ごめん。キリエ……」
そっと頬に左手で触れながらネロは呟き、横から見ている二人の少女を見やった。
「ありがとう……キリエを助けてくれて」
小さな微笑を浮かべて感謝を口にするネロにルイズは目を丸くした。
その頬を小さな雫が伝っているのだ。
「な、何泣いてんのよ。あんた、男でしょ」
「良いじゃねえか。嬉し涙って奴だろ?」
思わず戸惑うルイズにデルフは軽く茶化すように笑いだす。
ネロは涙が滲む目元を手で拭いながらも嗚咽を漏らしていた。
「俺だけじゃ……キリエを助けられなかったよ……」
ネロ一人だけだったら、キリエを人質に取られたその時点で手も足も出なかったに違いない。
タバサ達のサポートが無ければ鎧騎士達に阻まれて近づくこともできなかっただろう。
ルイズの魔法が無ければ、キリエは真っ逆さまに海へ落ちていた。
あり得たであろう最悪の可能性は、全て仲間達がいてくれたからこそ跳ね除けることができたのだ。
悔しい話だが、自分だけの力ではどうにもならなかった。
「ありがとう……みんな……」
そう、仲間……。
ネロは今、初めて仲間がいることの充実感を自覚していた。
単独で汚れ仕事を押し付けられ、仲間外れにされ、加勢しても疎まれていた今まででは決して味わうことができなかった。
この涙はキリエを救えたことだけではない。自分には今、信頼できる仲間がいてくれることを、仲間と共にあることの恩恵を強く噛み締めることができた。
(キリエ……ありがとう)
そして何より、ネロの心の中に湧き上がる安堵と喜びはキリエ自身が与えてくれたものだった。
自分を悪魔ではなく、人間として認めてくれたのだから。
「お、男なら涙は滅多に流すもんじゃないでしょ」
こうまで素直に感謝を表すネロにルイズは気恥ずかしそうにしつつもツンと澄まし、そっぽを向く。
「泣いていい」
タバサは逆にネロの隣に腰を下ろしていた。
「あなたは自分の大切なものを取り戻した。その涙はあなたの喜びの証。我慢する必要なんてない」
「……」
無表情ながら優しげな……そしてどこか憂いを帯びた眼差しをネロは呆然と見つめる。
その間にもネロの目は涙で潤んでいた。
「キリエ……」
広場の脇に離れた所からクレドはネロ達を眺めていた。
力尽きた副長の顔に兜を被せて弔っていたクレドは妹の無事な姿に安堵する。
先の戦いで傷だらけだった体は回復し何とか動けるようにはなったものの、妹の元に歩み寄ることはできなかった。
「どこに悪魔がいる」
冷厳な声が真横から響く。
「お前と妹を助けたのは誰だ」
クレドは振り向きもしないまま、その声に耳を傾けていた。
「あの小僧が一度でもあの腕で誰かを傷つけようとしたか。……今まで何を見ていた?」
立ち尽くしたままネロを見据えるクレドの横でスパーダは腕を組んでいる。その視線は氷のように冷たく辛辣だった。
「貴様は悪魔はおろか同じ人間すら、上辺だけでしか見ていない。……妹と違ってな」
詰るようなスパーダの言葉にクレドは何も言い返すことができない。
咎めるスパーダはちらりとネロが抱えているキリエの顔を一瞥する。
クレドに向ける冷酷なものとは違い、その眼差しは穏やかなものだった。
「貴様の理想は、教皇の理想を叶えることか? それともより多くの民と妹を守ることか?」
「……」
「……馬鹿か。貴様は?」
黙り込むクレドにスパーダは容赦なく言い放つ。
「地獄門を開けば、この地がどうなるか知らぬはずもあるまい」
呆れたように小さく溜め息を零したスパーダは、本部の建物を見上げだす。
「教皇の理想がどんな物なのかは知らぬが……民のことなど
立ち呆けるクレドの眉間には深い皺が寄せられていた。
そんな馬鹿な、嘘だ、信じられない、信じたくない……様々な不審と疑念に満ちている。
そんなクレドにスパーダは非情にも彼の耳には痛いであろう言葉を浴びせ続ける。
「教皇は陰で嘲笑っているだろう。貴様のような愚直な奴は操りやすいとな」
「お前は一体……何者だ……?」
忠誠を誓う相手の名誉を汚す言葉を口にするデビルハンターに、クレドは絞り出すように語り掛けた。
反論する気概も湧かず、自分の心を見透かし、抉ってくるようなこの男に底知れない恐怖を感じていた。
とても人間とは思えない程に。
「貴様が知ったことではあるまい」
冷淡にスパーダが突っぱねると、クレドはふらりと覚束ない足取りで本部の方へ振り返った。
「クレド、どこに行くんだ」
ハッとして振り返ったネロは本部の方へ進もうとするクレドを呼び止める。
「教皇様の所へ戻る……行って、真意を確かめる……」
「ちょっと待てよ。キリエはどうするんだよ!」
きっと教皇にキリエを陰謀に利用したことを問い詰めようとしているに違いない。だが、教皇にしてみればキリエはおろかクレドですら利用価値の無くなった邪魔者に過ぎないはずだ。
任務の失敗者でもある以上、大人しく戻った所で何をされるか堪ったものではない。
「ネロ。キリエを頼むぞ……」
振り返りもせずに言い置いたクレドはその姿をまた悪魔の姿へと変える。
隻翼を広げ、宙に浮かび上がると本部に向かって羽ばたいていった。
「くそっ……!」
キリエを抱えたまま立ち上がるネロは佇んだままのスパーダに歩み寄る。
「なあ、〝
「良いだろう」
ネロの懇願をスパーダは二つ返事で引き受ける。こんな場所にいるよりは街にいた方が安全である。
キリエの体をスパーダに預けたネロは本部に向けて駆け出そうとする。
「待て」
だが一歩を踏み出す直前にスパーダは呼び止めてきた。
「何だよ」
顔を顰めたネロが振り返ると、スパーダは閻魔刀を差し出していた。
ネロが先程放り捨てたものだが、スパーダは即座に回収して鎧騎士達を迎撃するのに使わせてもらったのである。
「力よりも自分の大切なものを選んだのは大したものだ」
薄く笑みを浮かべるスパーダにネロはキョトンとする。
「だが剣はともかく、鞘まで捨てるのは感心せんな」
別に咎めている訳ではないようだった。皮肉交じりだが、むしろネロの取った行為を賞賛しているようだ。
「と、咄嗟だったんだよ……仕方ねえじゃねえか」
口籠りつつもネロは閻魔刀を受け取る。
右腕にギルガメスの籠手を発現させて装備すると、さらに閻魔刀も再び装着させた。
「お前達もこれを持っていけ。ネロをサポートしてやれ」
今度はルイズ達の方を振り向いたスパーダは片手をかざし、二つの光球を浮かべだす。
光の中からパンドラとルシフェルの魔具が現れ、足元へと置かれる。
「教皇はクロムウェルの奴と同じだ。遠慮はいらん」
「……判ったわ」
パンドラの箱の取っ手を両手で持つルイズは真顔になって強く頷く。
教皇が魔に魅入られた外道である以上、容赦なく成敗すべきなのは明らかだ。
ルイズとしても異世界とはいえ、このような所業をする輩など決して許す訳にはいかなかった。
「おい、どこ行くんだ?」
キリエを抱えたまま歩き出すスパーダだが、来た道を引き返すのではなく広場の脇へと進みだしている。
声を上げるデルフにスパーダは振り向きもしないまま一言だけ返した。
「近道をする」
「近道……?」
ネロ達も怪訝そうにする中、スパーダは足元に転がるものを軽く蹴り上げてひっくり返す。
それは鎧騎士が背中に装備していた盾兼翼のパーツだった。しかもアルト・アンジェロのもので、墜落した時に外れたものがそのまま転がっていたのだ。
「おお!?」
素っ頓狂にデルフは声を上げた。
スパーダが片足を乗せると翼の推進機が小さく高い唸りを上げて動き出す。
「おいおい、大丈夫なのかよ?」
ネロはスパーダの意図を察して少し不安そうにしていた。
「説明書なら見ている」
肩越しに振り返り、スパーダは小さく微笑んだ。
鎧騎士達の設計図には目を通しているが、この翼は本来上に乗る物ではない。かと言って、スパーダ自身が装着する気にはならない。
「スケボーじゃねえんだぞ……って、おい!」
スパーダを乗せたアンジェロの翼は甲高い唸りを響かせて少し浮かび上がると前へ徐々に進みだし、広場から飛び出していた。
だがほんの数メートル進んだ所でフラフラと高度を落としていき、一気に下へ落ちていった。
ネロは慌てて縁まで駆け寄ると、海上を見下ろす。
後に続いたルイズとタバサも下を見ると、遥か下の海の上を進む影がはっきりと目に入っていた。
遠目ながら、翼の上で平然と立っているのが分かる。
「お前達の保護者も無茶苦茶だよ……」
勘弁してくれと言わんばかりに顔を歪めるネロにルイズは苦笑しだす。
「彼って、案外ああだから……」
「不可能を可能にする男だからなぁ。ま、心配あるめえよ」
◆
魔剣教団本部北棟の上層部には技術局長アグナスのラボがある。
フォルトゥナ城の地下施設は実験体の保管やアンジェロシリーズなどを製造する設備が設けられていたが、こちらにはテストを行う大規模な実験場がある。
「ゆ、ゆ、ゆ、許さんぞ。あのガキどもめ……!!」
アグナスは激しくいきり立ったまま実験場の大広間に戻ってきていた。
閻魔刀を回収できなかった挙句、せっかくの人質まで奪われてしまったのだ。クレドだけでなく自分までも失敗してしまった。何たる無様なことか、実に不愉快な気分であった。
「忌々しいデビルハンターどもめ……もう容赦はせんぞ……!」
台の上に置かれた制御盤を操作するアグナスは何百匹もの苦虫を噛み潰しながら荒々しく指を動かしていた。
目の前に魔法陣が二つ浮かび上がり、その中から巨大な円柱状のカプセルが姿を現わす。
巨漢のアグナスが見上げるほどの大きさをしたその鉄のカプセルは、表面に文字が白くペイントされていた。
一つは〝T-A〟、もう一つには〝T-B〟。
この中には帰天実験の副産物で出来上がった兵器が収められている。
実戦で用いるのはこれが初となるが、忌まわしい連中を始末するにはこれが最適だと踏んでいた。
特に〝T-A〟のカプセルに収まっているものは、ダンテ相手でも充分に通用するであろうと予測している自信作だった。
『アグナスよ。小僧は捕らえられなかったようだな』
唐突に響いた教皇の声にアグナスは狼狽えた。
振り返ると広間の壁に開いた大きな吹き抜けにアルト・アンジェロが一体、浮遊しているのが見えた。
「も、も、も、申し訳ございません、教皇様……」
アグナスは這いつくばりたい衝動に駆られたが、頭を深く下げるまでで辛うじて理性を保っていた。
アルト・アンジェロは帰天によって悪魔化した者が本来身に着けるものだが、ビアンコ・アンジェロとは別の手法で遠隔操作することもできる。
教皇は違う場所からこの鎧を操り、自分の声も届けているのだ。
『良い。あの小僧は我が元に来ることを望んでいるようだ。望み通りにしてやろう。結果は変わらぬ』
教皇はアグナスを咎めることなく失態を不問にしていた。
「し、し、しかし……あのデビルハンター……私の見立てではダンテにも匹敵するかと……」
アグナスもあの銀髪のデビルハンターをどうにかして無力化できる手段を一応考えてはいたのだ。
ネロの時のように二人の娘の内のどちらかを人質にできれば良いのだが、青い髪の方は相当に手強い。桃髪の方は本人は大したことはなさそうだが、身に着けているあの生きたペンダントが守護をしている。
どちらも全く隙が無く、容易に手が出せそうにないのが現状だった。
『あやつのことなら心配はいらぬ。小娘達を残して街の方へ戻った。お前は、ネロと小娘達のことを考えれば良い』
あの忌まわしいデビルハンターがいなくなったという事実に内心、アグナスは安堵した。ダンテでさえ手に余るというのに、これ以上厄介な敵が増えては面倒極まりない。
しかも、魔剣士スパーダの遺物を二つも手にしているのだから。
「しかし、せっかくの人質も奪われました。我ながら、不覚にございます……」
『案ずることはない。お前はまだ、切り札を手にしたままであろう』
教皇の指摘にアグナスは一瞬、意味が分からずに目を丸くした。
自分の体をあちこちと見つめるアグナスは肩に小さな細くずが数本くっ付いていることに気付く。
『急ごしらえだが、できるか?』
その赤みがかった茶色く細長い毛のような物をアグナスは手に取り眺めていた。
しばしの沈黙が続き、モノクルの奥の目は薄く細まりだす。
「……使える時間は、1分程度ですが」
『それで良い』
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定