魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
Mission 12 <プリンセス・オブ・アンリエッタ>
フリッグの舞踏会から既に、二週間もの時が過ぎていた。
スパーダは相変わらず昼間はギーシュと剣の稽古を行うのだが、他にも数人の男子生徒達も練習用の木剣を握って共に訓練を行っていた。
ルイズ達と同学年であるマリコルヌやレイナール、ギムリを筆頭とした一部男子生徒達はスパーダとギーシュが行う訓練に興味を持つようになっており、自分達も参加を願っていた。
何しろ、ギーシュはスパーダにみっちりと剣術を教え込まれてからその実力をめきめきと向上させているのだ。
初めはみっともないへっぴり腰で剣を振るっていたのが、まだ荒削りの三流程度ではあるものの剣士としてしっかり成長しているのは確かなのだ。
もっとも、本人の性格上、動きに無駄なポーズを付けたりしているのだが。
メイジである彼らは本来、剣などという物は野蛮な武器だと軽視していたものの、その剣でもってあの土くれのフーケのゴーレムを相手に恐れることなく立ち向かった勇猛なスパーダに男として憧れを抱くのは当然と言えた。
一部は女子にモテたいという理由もあったそうである。
そんなこんなで、スパーダは弟子入りを志願してきた生徒達を共同で訓練させることにしてやったのである。
もっとも、それを良く思わない男子生徒も多く、「所詮は平民上がりの没落貴族の技」などと嘲る者もいたが。
スパーダがルイズの受ける授業に同行するかどうかは定まっていない。
生徒達が授業中は図書館で読書をしていたりするものだが、ほとんど気紛れに近い感じであった。
そして、その気紛れにより今回の授業には顔を出していなかった。
しばらくすると教室の扉が開き、長い黒髪に漆黒のマントを纏った男の教師が入ってくる。
お喋りをしていた生徒達は一斉に席へとついて静まり返る。
「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は〝疾風〟。疾風のギトーだ」
教室中が、しん……と静まり返る。その様子を満足げに見回し、ギトーは言葉を続けた。
が、ほんの一部の生徒がそんなギトーを陰でおかしそうに笑っているが、本人は気づいていない。
「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
「〝虚無〟じゃないんですか?」
「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」
「〝火〟に決まってますわ。ミスタ・ギトー」
いちいち気に障る言い方をするギトーにキュルケが髪をかき上げながら答える。
「ほう。どうしてそう思うね?」
「全てを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない」
ギトーは腰に差した杖を引き抜くと、そう言い放った。
「試しに、この私にきみの得意な〝火〟の魔法をぶつけてきたまえ」
キュルケは驚嘆してギトーを見返す。仮にも今は授業中であるというのに、この教師はいきなり何を言い出すのか。
「どうしたね? 君は確か〝火〟系統が得意なのではなかったのかな?」
なおも彼女を挑発するギトーの言葉に、キュルケの形のいい眉が吊り上がる。
「火傷じゃすみませんわよ。それでもよろしくて?」
「構わん。本気で来たまえ。その有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのならね」
ギトーの挑発に乗って、笑顔を消したキュルケが杖を手にし、呪文を唱え始める。
瞬く間に直径1メイルほどの火球を作り上げると、生徒達は危険を感じて机の下に隠れる。
キュルケが緩やかな動作で手首を回転させ、ギトー目掛けて火球を放った。
唸りを上げて自分めがけて飛んでくる火球を避ける仕草もせず、ギトーは剣を振るようにして薙ぎ払う。
途端に鋭い突風が舞い上がり、瞬時にして火球を掻き消し、その向こうにいるキュルケをも吹き飛ばしていた。
だが壁に叩きつけられる寸前、その体がふわりと浮かぶとそのまま床の上に静かに下ろされていた。
「ありがと、タバサ」
席に戻ってきたキュルケは隣のタバサに笑顔を向ける。
杖を軽く上げてレビテーションの魔法をかけていたタバサは何の返答もしないまま、持参する本に目を通し続けていた。
その光景にギトーは目を細めつつも、悠然とした態度を崩さず喋り続けた。
「諸君、〝風〟が最強たる所以を教えよう。簡単だ。〝風〟は全てを薙ぎ払う。火も水も土も、風の前では立つ事すらできない。試したことはないが、〝虚無〟さえも吹き飛ばすだろう」
キュルケが不満そうに肩を竦めるがギトーは気にした風もなく言葉を続ける。
「目に見えぬ風は見えずとも諸君を守る盾となり、必要とあれば敵を吹き飛ばす矛となろう。それが風なのだ」
「では何故、土くれのフーケの討伐へ行かれなかったのですか?」
一人の生徒が手を上げてそんなことを言い出した。
途端にギトーのこめかみに青筋が浮かびだす。
フーケを討伐する捜索隊を編成する際、彼がスパーダに言い負かされた挙句フーケに怖気づいたという話は生徒達の間で話題となっていた。
この件からいつも気に障る物言いばかりしているギトーは大したことがないということがはっきりしたため、この程度の持論を語られた所で何とも思わない者が多くなっていた。
「そうですよ。怖気づいてミスタ・スパーダに任せるのでしたら、先生の言う〝風〟が最強という話は信憑性が薄――」
他の生徒もギトーを嘲る物言いをしたが、途端に鋭い烈風が舞い上がってその生徒達を次々と吹き飛ばし、壁へと叩きつけていた。
顔を顰めて杖を手にするギトーの剣幕に生徒達は肝を潰したように目を見張り、唖然とする。
「授業に関係の無いことを口にするのは慎むように」
不機嫌に鼻を鳴らしながらギトーは低い声で諫める。
「相当根に持ってるみたいね……」
「ダーリンにあそこまで言われたらねえ……ま、ギトー先生が悪いんだけど」
ルイズとキュルケが小声で密かに囁き合う。
ギトーが見せる悔しさと嫉妬、敵意に満ちた瞳は明らかにこの場にいないはずであるスパーダへと向けられていた。
フーケ討伐の捜索隊を編成する時、誰よりも初めに志願していたスパーダを目の敵にして出しゃばり、逆に言い負かされてしまったあの光景はルイズ達にも忘れられない。
ギトーはあれ以来、通りがかるスパーダの姿を見るなり、いつも敵視した目つきでじっと睨んでくるのだ。
もっとも、スパーダ自身は彼に眼中がないので無視していたが。
無論、大人同士であるしギトーも教師としての矜持があるのか、喧嘩を吹っかけるようなことは一切しなかったのでルイズも少し安心していた。
(スパーダももう少し言い方があったんじゃないかしら……)
この学院の中で敵を作ったって、何の得もない。
スパーダの言は正論ではあったのだが、それ故にこそ他人からは余計に反感を買ってしまう。
自分の立場ももう少し考えて欲しいものだとルイズも溜め息をつくのだった。
「では、教科書の16ページを……」
気を取り直したギトーが授業を再開しようと声を上げた所……。
「ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」
突然、慌てた様子でコルベールが教室へと飛び込んできたのはその直後だった。
◆
「王女が来訪する?」
「そうさ。恐れ多くも、先王陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下がゲルマニアへのご訪問からのお帰りにこの魔法学院に行幸するのさ!」
ヴェストリ広場のベンチに腰掛けるスパーダにギーシュは薔薇の造花を構えながら酔ったように語りだす。
王女の来訪によって歓迎式典が行われることになり、その日の授業は全て中止となった。
ギーシュ達には正午に剣術の指南を行う約束になっていたが、それも今日は取り止めざるを得ない。
「ああ……まさか、あのアンリエッタ姫殿下がお出でなられるとは……! すらりとした気品ある顔立ち……優雅なお姿……神々しい気高さ……!!」
勝手に盛り上がるギーシュは薔薇を手にしながら酔い痴れ、喜んでいる。
(王女……か)
スパーダはこの国の王族とやらにはあまり関心がないので、式典に参加する気はこれっぽちもありはしない。
教師や生徒達が式典の準備をし、学院正門に整列していくのを尻目にスパーダはヴェストリ広場で一人寛いでいた。
軽く左手をかざすと左腕を淡い光が包んでいき、光が晴れると篭手のデルフが装着される。
スパーダは装着した篭手をまじまじと、様々な角度から見つめだす。
つい先日まで、この篭手は新品ではあるが単なる安物でしかない銀製の篭手に過ぎなかった。
だが、今装着しているこの篭手は何もかもが違う。
光沢を帯びた表面には青みがかかり、手甲の部位には鋭い牙のようなスパイクが逆三角状に並び、指先も鋭い爪のような形と化して研ぎ澄まれている。
さらに手首部分はスパーダの手の動きに合わせて、装着前と変わらないような柔軟に動く造りとなっている。
「へぇ……居心地は前よりマシだけどやっぱりこんな姿になったって、嬉しくねえぜ……」
相変わらず篭手に宿しているデルフがいじけたように呟いていた。
先日、時空神像にこの篭手を放り込み、大量のレッドオーブを捧げる事で神像が記憶していた古代の錬金術によって、デルフの篭手へ魔具に匹敵する力を付与させることに成功していた。
魔具は大まかに分けると三種類が存在する。一つはパンドラのように魔界の技術で製造された兵器。
もう一つは、強い魔力と魂を持った上級悪魔が姿を変えたもの。
そして、存在そのものが魔具である上級悪魔だ。これはアグニとルドラが該当する。
このデルフの場合はアグニとルドラに割と近い存在だったが、それでも厳密には魔具ではないのである。
デルフリンガーは外部からの魔力を自分自身が宿っている器に貯めておくことができるが、今回はその器を魔界の技術で改造してさらなる能力を付加させたのだ。
「お前はそんなに〝剣〟でいたかったというのか」
「当然だぜ。これでも6000年もの間、〝剣〟として通して生きてきたんだからよ……。俺にだって〝剣〟としてのプライドもあったんだぜ……」
またも嘆くように呟き、さめざめと泣き出したデルフにスパーダは顎に触れて考え込む。
初めにデルフと会った時も、スパーダのことが手練れの戦士だと分かっていたからあんなに必死に自分を売り込んで存分にスパーダの手で振るってもらおうとしていた。
スパーダには既に、リベリオンと閻魔刀という二振りの愛剣があると知った上でだ。
確かにレンタルした日の夜、一度だけデルフを手にして振るっていたがあの時はかなり喜んでいた。
それだけデルフは手練れの使い手に飢えていたのだろう。
今まで剣として生きていた以上は、これからも〝剣〟としての生き方とプライドを貫きたい。その気持ちはスパーダにも分からなくはない。
おもむろにスパーダは篭手のデルフを魔力へと変えて体内へと戻した。
篭手ごと魔力として内包されたデルフはスパーダの魔力の一部と化している。
……ならば、その魔力の形を変えてみればどうか。
デルフが満足してくれるかは分からないがスパーダは今、二振りの愛剣以外にもう一つだけ〝剣〟を使うことができる。
スパーダは学院の外堀の壁を正面に据えつつ、後ろへと下がっていく。
一面が石である壁面を離れた所からじっと睨み、己の魔力の欠片を外部へと放出した。
音色を奏でるような高く澄んだ音と共に、赤黒いオーラを纏った魔力の剣――幻影剣が現れる。
右と左、それぞれ二本ずつを正面に向けて配置した。
『『『おおっ!? 何だぁ!?』』』
同時に幻影剣から一斉にデルフが狼狽し驚愕する叫びが聞こえていた。
そのやかましさに思わず顔を顰めるスパーダ。
『『『うわ――』』』
射出された幻影剣が壁に突き刺さるとガラスのように砕け散って消滅し、デルフの声も掻き消えた。
『な、何だ! 何をしやがった!?』
今度は目の前に一本だけ、幻影剣を作り出す。しかし、今までとは違い、魔力の密度を高くしたので色はより濃い赤となっていた。
スパーダはその幻影剣を掴むと、リベリオンを振るう時のように豪快な動作で振り回していた。
密度を高くした幻影剣ならば耐久力も上がるので普通の剣として振るうこともできる。
『うへぇ! こりゃたまげた! すげえぜ、相棒! 何をしたってんだ!? こんなもんを隠してたってのか!?』
幻影剣から響き渡る、やかましいほどに驚き興奮しつつも嬉しそうに声を上げだすデルフ。
だが、スパーダはその問いに答えず手にする幻影剣を顔に近づけた。
「お前が私の中にいる間は、これで我慢しろ」
そう言うと手にする幻影剣を元の魔力に戻し、赤黒いオーラの塊へと変えて消滅させていた。
篭手とそれに宿るデルフを魔力へと変えてスパーダの魔力の一部としている間、魔力の一部を剣にして放つ幻影剣にデルフの意思と人格を複製してやったまでのことだ。
複製された意思と人格は元のデルフと同調しているため、当然喋ることもできるし、複製が体験したことは本体も同時に体験することになる。
幻影剣もとりあえずは〝剣〟であるため、一応デルフは気に入ってはくれたらしい。
本来ならばこんなことはしたくないのだが、デルフ自身の能力を生かすためにもいつまでも落ち込んでもらう訳にはいかない。
もちろん、篭手としてのデルフも存分にこれからも使わせてもらうが。
◆
結局、スパーダはアンリエッタ王女の歓迎式典には参加せずに誰もいない図書館で日が暮れるまで過ごし、ルイズの部屋へと戻ってきた時には夜になってしまっていた。
部屋には既にルイズがおり、ベッドに腰掛けていたのだが、様子がいつもと違うことに気づく。
スパーダが式典に参列しなかったことで怒りだすのかと思われたがそんなことはなく、むしろスパーダが戻ってきたことにさえ気づいていないようだった。
その動作も非常に落ち着きがなく、立ち上がったと思ったら再びベッドに腰かけ、枕を抱いてぼんやりとしている。
スパーダは別に気にするでもなく、椅子に腰をかけると図書館から拝借してきた一冊の本を読み始めていた。
彼女が何を考えているのかは知らないが、スパーダはその考えを深く知ろうとはしなかった。
人間がこのように呆然と何かを考えている時は、邪魔をしないのが一番だ。
互いに何も言葉を交わさぬまましばらく時間を過ごしていると、不意にドアがノックされる。
初めに長く二回、それから短く三回と規則正しく叩かれる。
その音にはっと我に返ったルイズが反応して小走りで扉へ向かい、ドアを開けた。
スパーダも椅子に座ったまま、視線だけをちらりと向ける。
そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女であった。
きょろきょろと辺りを伺い、誰もいないことを確認した後、そそくさと部屋に入り、扉を閉める。
ルイズが声を出す前に、少女がしっと口元に指を立てる。
魔法の杖を取り出し呪文を呟くと、光の粉が部屋に漂う。
「……ディテクトマジック?」
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
部屋のどこにも監視されている部分がないことを確認すると、少女は頭巾を取った。
栗色の髪を覗けていたのはすらりとした気品のある顔立ちに、薄い碧眼の瞳。高い鼻が目を引く瑞々しい美女だった。
こんな人間が学院にいたかとスパーダは僅かに顔を顰める。
「姫殿下!」
ルイズが驚きの声を上げると、急ぎ膝をついていた。
「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」
(姫……と、いうことはこの少女がアンリエッタか)
アンリエッタは感極まった表情を浮かべ、膝をついたルイズを抱きしめる。
「ああ、ルイズ、懐かしいルイズ!」
「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へお越しになられるなんて……」
「ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたとわたくしはお友達! お友達じゃないの!」
「もったいないお言葉でございます。姫殿下」
「やめて! やめて頂戴、ルイズ! ここには枢機卿も母上も、欲の皮の張った宮廷貴族達もいないのです。ああ、もうわたくしには心を許せるお友達はあなたしかいないわ! あなたにまで、そんな他所他所しい態度をとられてしまったら、わたくしは死んでしまうわ!」
「姫殿下……」
何やらお互い、大袈裟に瞳を潤ませている二人にスパーダは細く息を吐く。
アンリエッタはルイズの幼馴染であるらしく、幼少の頃は一緒に遊んだり取っ組み合いの喧嘩をしたりしたとのことである。
かつての思い出を振り返りながら、二人の少女は自分達の世界へと入って楽しそうに会話を続けて盛り上がっていた。
スパーダは二人の邪魔はしないよう、椅子に腰掛けたまま黙々と本を読み続けていた。
(何をしている……)
だが扉の向こう側から気配を感じ、本を読みながらも僅かに顔を顰める。
そんな中、アンリエッタの視線がちらりとスパーダの方へ向けられた。
「あの……失礼ですが、あなたがルイズが召喚したというスパーダ殿でございますか?」
スパーダは本を片手で閉じ、横目でアンリエッタを見やる。
初対面であるはずだがアンリエッタは自分を知っていることに、スパーダは訝しげに彼女を凝視していた。
単に貴族と見間違えるのではなく、ルイズの使い魔だということまで彼女は認識している。
「姫様、彼をご存知なのですか?」
ルイズも自分の使い魔にして、パートナーであるスパーダの存在をアンリエッタが既に存じていることに驚いていた。
アンリエッタはつい先ほどまでの憂いの表情を一転させ、微笑を浮かべだす。
「ええ、もちろんよ。スパーダ殿は東方からお越しになられたという異国の貴族なのでしょう? そして、その方をあなたが使い魔として召喚したと……」
「と、と、東方!? あなた、ロバ・アル・カリイエ出身だったの!? いつからそんな話になったのよ!」
驚き、狼狽するルイズがスパーダに詰め寄った。
そういえば、その作り話はまだルイズには話していなかったか。
だが、この作り話をアンリエッタが知っているということは……。
「ルイズ。先日、トリスタニアの城下で汚職の事件があったのはご存知かしら?」
「は、はい。何でも、宮廷の徴税官が不正をしていて捕まったとか……」
二週間前にトリスタニアの町へとスパーダが一人で向かった数日後、魔法学院にもあの醜い豚が捕まったという報せが届いていた。
宮廷の役人が汚職によって捕まったという話を聞いて、ルイズは貴族にあるまじき行為だ、と憤慨していたのだ。
「そうよ。本当に悲しくなるわ……宮廷の貴族達はみんな、欲深い人達ばかり。己の私腹を肥やしている人達を諌め、糾すのが王族の役目だというのに……わたしには何の力もありはしない……」
「姫様、お気を落とさずに……」
再び沈み込んでしまうアンリエッタの手を取るルイズ。
アンリエッタはルイズの顔を見つめながらこくりと頷き、スパーダの前まで歩み寄ると頭を垂らしていた。
「スパーダ殿。彼らの不正を糾して頂き……この無力な姫から、貴公に感謝を申し上げます」
「へ? ス、スパーダ。あなた、一体何をしたというの?」
「あら、あなたは知らないの? その役人達を懲らしめてくれたのはスパーダ殿なのよ」
汚職事件が起きた翌日、貴族でありメイジであるはずの役人に平民が真っ向から立ち向かえるはずもなく、では誰がやったのかという話が宮廷で持ち上がっていたそうだ。
捕まったチュレンヌ達への尋問や魅惑の妖精亭での聞き込みで、「東方から来たという異国の貴族がチュレンヌらを叩きのめした」という事実とその貴族が魔法学院にいるという話を聞いたらしい。
枢機卿のマザリーニよりこの話を聞かされていたアンリエッタは魔法学院へ訪問した折に、オスマンよりスパーダの詳細を聞いて彼がルイズの召喚した使い魔にして、パートナーであるという事実を知ったわけだ。
全てを聞かされたルイズは口をあんぐりと開けて呆然としながらスパーダを見つめていた。
「ああ、あなた……あ、あたしの知らない所で何をして……」
「薄汚い豚を片付けただけだ。大したことはしていない」
スパーダの言葉にアンリエッタは恥ずかしそうに、そして残念そうな表情を浮かべる。
「ルイズ、あなたは本当に素晴らしいパートナーを手に入れたみたいね。人間を使い魔にするなんて変わっていると思ったけど、こんなに素晴らしい方が共にいてくれるなら文句なしね。……本当に羨ましい。この方のような貴族がもっとこのトリステインに……いいえ、ハルケギニアに多くいれば良いというのに」
アンリエッタが再び大きな溜め息を吐きだすと、ルイズは怪訝そうにその顔を覗き込む。
「姫様、どうなさったのですか?」
「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……。いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに頼めるようなことじゃないのに……」
(何を隠している)
アンリエッタがわざとらしい仕草で悩んでいる姿を見て、スパーダは僅かに顔を顰める。
この王女は何か問題事を持ってきたことを察していた。
「おっしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんな風に溜め息をつくということは、何か大きなお悩みがおありなのでしょう?」
「いえ、話せません。悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい、ルイズ」
「いけません! 昔はなんでも話し合ったじゃございませんか! 私をお友達と呼んでくださったのは姫様です。そのお友達に、悩みごとの解決を託せないのですか?」
そして、その演技もかかった仕草にルイズは過剰に反応し、興奮しだす。
アンリエッタはその言葉を聞いて、嬉しそうに微笑みだすがスパーダはさらに顔を顰めた。
◆
「わたくしをお友達と呼んでくれるのね……ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」
アンリエッタは何かを決心したかのように頷いて、語り始めた。
「今から話すことは、誰にも話してはいけません」
現在、外国のアルビオン王国では内乱が勃発している。これまで王家に従ってきたはずのアルビオンの貴族達は王家に牙を向き、今にも倒れそうなのだという。
反乱軍が勝利を収めたら、次は小国であるトリステインを攻めてくることが予測されるために、トリステインは隣国のゲルマニアとの同盟を画策しているらしい。
その同盟の条件としてアンリエッタとゲルマニアの皇帝の結婚があるのだという。いわゆる政略結婚だ。
アンリエッタ自身はそれを望んではいないが、好きな相手と結婚などできないことなど物心がついた時から分かっているため、王族としての責務を果たすべくその結婚を受け入れるのだそうだ。
だが、アルビオンの反乱軍も政治的にそれを望んでいない。そのため、婚姻を妨げるための材料を血眼になって探しているのだという。
「始祖ブリミルよ……どうかこの不幸な姫をお許しください……」
アンリエッタが顔を両手で覆い、床に崩れ落ちる。
スパーダはその光景を無表情だが、厳しい視線でじっと睨んでいた。
大袈裟に芝居がかった仕草をする彼女は明らかに自分に酔っているのが見て取れた。
アンリエッタによるとアルビオンの皇太子、ウェールズ・テューダーという人物に送った手紙があるらしく、それがゲルマニアに対して明るみになった場合、即座に結婚は破談になり、トリステインは一国でアルビオンの反乱軍と戦わねばならなくなるらしい。
手紙の内容は何なのかとルイズが問いただすが、アンリエッタはそれには答えようとはしなかった。
(まあ、大方決まっているだろうがな)
もっとも、この場合はその内容にほとんど見当がついておりスパーダも薄々察していた。
「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は、遅かれ早かれ、反乱軍に囚われてしまうわ! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 破滅なのです!」
「では、姫様、私に頼みたいことというのは?」
「無理よ、ルイズ! わたくしったら、混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがありませんわ!」
(この女狐め)
あまりにもわざとらしい、興奮した態度で戯言を口にしている。
スパーダはより厳しい視線をアンリエッタに送り、眉間に僅かな皺を寄せていた。
興奮したように膝をついて恭しく頭を下げるルイズにもその視線を向けだす。
「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫様の御為とあらば、何処なりと向かいますわ! 姫様とトリステインの危機を、ラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけにはまいりません! 土くれのフーケを倒した、このわたくしめに、その一件、ぜひともお任せください!」
もはや熱狂にも等しい口調で言うルイズはアンリエッタの手を握る。
そろそろこの興奮を冷めさせてやらねば取り返しのつかないことになりそうだった。
「姫様! このルイズ、いつまでも姫様のお友達であり、理解者でございます! 永久に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」
「ああ、忠誠。これが誠の友情と忠誠です! 感激しました。 わたくし、あなたの友情と忠誠を一生忘れません! ルイズ・フランソワーズ!」
二人は互いに自分の言葉に酔いながら抱擁し合って〝友情〟を確認し合っているが、それを見せられ続けるスパーダとしては不愉快極まりない光景だった。
おまけにその目には涙を滲ませているが、それは本物の涙ではないのも拍車をかける。
「アルビオンへ赴きウェールズ皇太子を捜して、手紙を取り戻してくれば良いのですね?」
「ええ、その通りです。〝土くれ〟のフーケを討伐したあなた達なら、必ずこの困難な任務をやり遂げると信じていますわ」
「断る」
今まで黙り込んで傍観していたスパーダが突然口にした一声に、ルイズは耳を疑うと同時に不快を露にした表情を浮かべた。
アンリエッタもスパーダの言葉が予想できなかったのか、面食らっていた。
「ちょっと! パートナーであるあなたも一緒に行くのよ!」
「私が行く、行かないの問題ではない。それ以前に、君がこの任務を無理に受ける必要もない」
「何ですって! 姫様の期待に背けと言うの!?」
スパーダの冷たい言葉に憤慨し、ルイズは詰め寄る。
だが、スパーダはルイズの方を見ずに未だ動揺しているアンリエッタの方を見やった。
「何故、ルイズにそれ程の危険な任務を押し付ける。彼女の立場が分かっているのか」
「姫様に対して何よ! 無礼な口を聞いて!」
ルイズが二人の間に立ち、スパーダを真正面から睨みつける。
スパーダは椅子から立ち上がり、ルイズを無視したままアンリエッタの顔を見据えながら続けた。
「己に酔い痴れるのも大概にするがいい。お前は自らの掛け替えのない〝友〟を死なせる気か」
その言葉にアンリエッタはハッと気づいたように目を見開く。
「スパーダ!!」
「お前はミス・ヴァリエールの何に期待しているというのだ?」
声を荒げるルイズを無視してスパーダはさらにアンリエッタへ問いかける。
「彼女は戦いの訓練も受けていないただの学生に過ぎない。本来ならばそれだけ危険な、国の命運を左右するほどの任務は宮廷にもいるであろう実戦も豊富な手練のメイジが適任のはずだ」
「それは……わたしは……」
スパーダの厳しい言葉に、アンリエッタは沈み込む。
ルイズはアンリエッタに対して無礼な発言をするスパーダに我慢ができず、引き抜いた杖を突きつけていた。
「何よ! スパーダだって知っているでしょう! あたしは〝土くれ〟のフーケだって倒せたのよ! だったら、あたしにだってこれくらいの任務はやり遂げてみせるわ!」
憤るルイズへスパーダはちらりと視線を向けると、微かに溜め息を吐く。
「思い上がるな。君は確かに自らの力の使い方を学んだ。その力でフーケを倒すという成果も出した。だが、悪く言えばそれだけだ」
スパーダの冷たい視線がルイズを射抜く。
氷のように冷め切ったその瞳にルイズは思わず、身をすくませる。
「あたし、命なんて惜しくないわ! 姫様のためだったら、喜んでこの身を捧げる! それが貴族として、王家に捧げる忠誠なのよ!」
「そんなもの忠誠でも何でもない」
「何ですって!」
先ほどからルイズとアンリエッタのやりとりを見ていたが、彼女は幼馴染であるアンリエッタとの友情に目が眩んでいるだけに過ぎない。
ルイズは自分自身の力量を弁えず、ただ幼馴染であるアンリエッタの力になりたい、望みを叶えたいという一直線の思いと勢いだけでそのような危険な戦場へと突っ込もうとしているのだ。
それはもはや忠誠でも何でもない。ただ主の命令に意味もなく頷くだけの盲従、都合の良い駒に過ぎない。
「お前は本当にミス・ヴァリエールを頼ろうとしていたのか? そうではあるまい」
スパーダに射抜かれたアンリエッタは恐る恐るルイズの方を見やり、すぐ後ろめたそうに顔を背けてしまう。
「お前が頼ろうとしたのは私の方なのではないのか?」
「な……!?」
その指摘にアンリエッタだけでなく、ルイズまでもが驚愕の顔で絶句する。
「たかが盗賊の一匹を捕らえる小さな手柄を立てたくらいでこのような重要な任務を与えようとするはずがあるまい。ましてや、ただ友人だからということもあり得ん。私の素性やルイズの使い魔である話を聞いて、期待を抱いていた。違うか?」
「黙りなさい! 無礼者! 姫様はあたしのことを信じて任務を授けてくれたのよ! それを横取りでもする気!?」
激しく憤るルイズにはまだこのハルケギニアに来て日が浅いスパーダの方へ気にかけているなど認められる訳はなかった。
友人だからこそ、誰にも話せない秘密を打ち明けてくれたというのに。この男はそれを否定するのだ。許せることではない。
「ではアンリエッタ。お前の友である彼女の何を頼ろうとしているのか、言ってみるがいい」
スパーダは二人の顔を交互に見つめながらそう問いかけた。
アンリエッタは唇を噛み締めたまま、何も答えることができなくなってしまう。
「何も言えんか。それが真実という訳だな。お前はやはり彼女に何かを期待している訳ではない。にも関わらず、幼馴染との〝友情〟をエサにし、彼女をダシにしようとした。〝友人〟と聞いて呆れるな」
絶えず続けられるスパーダの容赦のない言葉に、表情を曇らせたアンリエッタはもの悲しそうに俯いた。
それを見つめるルイズは全身をワナワナと震わせ、杖を握る手に力を込めだす。
何故、ここまでこの男はこんな無礼なことを言い続けるのか。それも、まるで〝悪魔〟のようにいたぶるかのごとく。
「私に用があるなら、最初からそう言えばいい。それなのにお前はミス・ヴァリエールの忠誠と良心を利用し踏み躙り、裏切ろうとしている。そのような、偽りの〝心〟を示すような愚か者の頼みなど断じて受けはせん。無論、彼女をアルビオンに行かせる訳にもいかん」
「スパーダ……いい加減にしなさい!!」
激昂したルイズが杖を振り、スパーダの立っている場所に爆発を起こした。
吹き飛ばされはしなかったものの爆風に包まれたスパーダは僅かに顔を腕で覆っていた。
それまで読んでいた本がテーブルの上から吹き飛ばされ、床に落ちる。
アンリエッタを庇うようにスパーダの前に立つルイズは杖を突き付けたまま、詰め寄って来る。
「これ以上、姫様を侮辱するのは許さないわ! あんたは! あたしの! 使い魔! 使い魔は!! 大人しく!! 主人に従っていれば!! それでいいのよ!!」
一言一言、けたたましい怒りの言葉を吐き出す度に杖をさらに強く突き付けて来るルイズ。
パートナーだからと、同等の関係だからと調子に乗って。
本来ならば自分は彼の主人であり、彼はそれに従う使い魔のはずだったのだ。
なのに、彼は対等のパートナーとして接するために自分の思うように動いてくれない。
今まで心の奥底で感じ続けていたスパーダに対する不満と苛立ちが、親友であるアンリエッタを侮辱されたことで爆発していた。
「……やめて。ルイズ」
スパーダの厳しい糾弾を黙って受け止め続けていたアンリエッタは、毅然とした声音でルイズを制する。
その表情は悲痛と自責の念で満ちていた。先ほどまでの興奮の熱に浮かれ、大袈裟に演じていた芝居のようなものではなく、自分の心を正直にさらけ出している。
「でも、この男は姫様を!!」
「いいえ……この方の言う通りよ」
アンリエッタはふるふると首を横に振った。
「わたくしはスパーダ殿の話を聞いて、この方なら危険なアルビオンでの任務もこなせるのではないかと思っていたの。でも……見ず知らずの方にいきなりこんなお願いなんて、できる訳がないもの。あなたのパートナーで使い魔ということも知ったから、ルイズを介すれば一緒に付いていってくれるかもしれないと期待していたのよ……」
その場に崩れ落ちて座り込んだアンリエッタにルイズは慌てて自分も屈みこみだす。
スパーダは二人の少女に冷然とした視線をぶつけていた。
「そのためにわたくしはルイズを都合の良い駒のように利用しようとした……。どんな言葉で飾り立てようと、それは変わらない……」
「姫様、そんなことは……」
「わたくしは、あなたの友達である資格もないのかもしれない……。許して、などとは言わないわ……。でも……あなたの気持ちを踏みにじってしまったことは詫びます……。ごめんなさい……ルイズ・フランソワーズ……」
今にも本当の涙を流しそうなアンリエッタはルイズに向かって、深く頭を下げていた。
アンリエッタがとった思いもせぬ行動にたじろぎ、ルイズは慌ててその肩を掴む。
「いいえ! いいんです! わたしはずっと姫様の友達です! 姫様を責めたりなんか致しません! ですからどうか、お顔を上げて下さい!」
「……こんなわたくしを、まだ友達と呼んでくれるのね……ありがとう……」
アンリエッタの目元に薄っらと涙が浮かぶ。
紛れもなく、陶酔とロマンチシズムによる偽りの涙ではなく心を震わせて流した、本当の涙だった。
スパーダはちゃんと涙を流せたアンリエッタを見て嘆息すると、扉の方を見やった。
(まだいるのか)
その向こう側に先ほどから気配を感じた。アンリエッタが入ってきた直後、扉を隔てた同じ場所に何者かが聞き耳を立てている。
微かに感じる魔力の特徴から誰なのかは分かっている。
「いつまでそうしているつもりだ。ギーシュ」
扉の向こう側にいるであろう人間に向かって声をかけると、ルイズとアンリエッタもその言葉に反応して扉の方を振り向く。
ガチャリと音を立てて扉がゆっくりと開いた。そこには……。
「ギ、ギーシュ!? あんた、どうしてここへ!?」
異世界におけるスパーダの弟子、第一号であるギーシュ・ド・グラモンが立っていたのだ。
「い、いやあ……薔薇のように見目麗しい姫殿下が、この部屋に入っていくのを見かけたものでね」
ギーシュは気まずそうに後頭部を掻きながら、ハハハと乾いた笑みを浮かべていた。
「それにしても、スパーダ君。この像は何とかならないのかい? 君の所有物だっていうのは聞いているけど、邪魔でしょうがないよ」
薔薇の造花で、部屋の外のすぐ横に堂々と置かれている時空神像を指して不満そうに言う。
「そこに置くのが一番都合が良いのでな。お前はこの寮の人間ではないのだから、関係あるまい」
「だからって、あたしは困るわよ。大きすぎて邪魔だし、やたらと目立つし。……っていうか、何でギーシュがここにいるのよ!」
喚くようなルイズの言葉に、ギーシュは何かを思い出したかのようにハッとすると、部屋の中にズンズンと押し入ってきた。
そして、アンリエッタの前で恭しく跪きだす。
「姫殿下! 話は聞かせてもらいました!! その困難な任務、ぜひともこのギーシュ・ド・グラモンに――あたっ!」
熱く語るギーシュの頭をスパーダは閻魔刀の鞘で軽く小突いた。
「お前は話を聞いていたのか?」
「な、何をだい?」
叩かれた頭を押さえてギーシュは横に立つスパーダに尋ねる。
「この任務は、ミス・ヴァリエール……いや、この学院の生徒には荷が重すぎると言ったはずだ。実戦をまともに経験したこともないお前達が無理にアルビオンへ行く必要はない」
厳しい言葉にギーシュは泣きつくようにスパーダへと縋ってきた。
「し、しかしだねぇ……姫様が困ってるんだよ? 僕だって、確かにまだ未熟だけど……トリステインの貴族として姫様のお役に立ちたいんだよぉ」
「あの……グラモン、ということはあなたはグラモン元帥の?」
「はいっ!息子でございます。姫殿下」
アンリエッタが覗きこむようにギーシュを見つめると、本人は振り向くと同時に気障ったらしく態度を一辺させて跪いた。
そういえばアンリエッタに対して憧れを抱いているということらしいが、ここまで酔うものだろうか。
「あなたも……わたくしの力になりたいと?」
「はい! そのような大任の一員に加えてくださるなら、これはもう望外の幸せにございます」
アンリエッタはニコリと、憂いを帯びた笑みを浮かべる。
「……ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようね」
「もったいないお言葉でございます! 姫殿――」
「でも……ごめんなさい」
唐突に頭を下げたアンリエッタにギーシュは呆気に取られる。
「へあ?」
「わたくしは、危うく大切な友達を死地へと追いやる所でした。ならば、その学友であるあなたも同じように、死地へと追いやるわけにはいきません」
「姫様!」
「姫殿下!」
ルイズとギーシュが信じられない、といったような表情で同時に叫んだ。
「国の未来を担うあなた達を危険な目に遭わせる訳にはいきません。今、ここで話したことは全て忘れてください」
「姫様! では、件の手紙はどうなさるのです!」
「王宮内で信頼できる手練れの者に任せることにするわ。ルイズ、今日は本当にごめんなさい。あなたにとんでもないことを押しつけようとして……」
三度、頭を下げたアンリエッタを見てルイズは唇を噛みしめる。
確かに自分は実戦経験など皆無に等しい。それはスパーダの言う通りだ。
しかし、大切な友人が困っているというのに友人である自分が何も力になれないでいる、というのはどうしても我慢ができなかった。
何でも良い。戦えなくたって良い。大切な友人である姫様の力になりたいのだ。
俯いていたルイズは意を決したように息を吐くと、その場で再び跪いた。
「ルイズ?」
「姫様。……では、そのアルビオンへの密使の補佐としてわたくしめをお使いください」
ルイズの言葉にアンリエッタは怪訝そうな顔をしだす。
スパーダは腕を組んだまま壁にもたれかかり、目を伏せていた。
「わたくしはずっと姫様のお友達でございます。そして今、姫様は国の命運を左右する障害に困っております。ならば、ほんの僅かながらでも、わたくしは友人である姫様の手助けとして、お力添えをしたいのです」
「でも……」
「もちろん、決して無理はいたしません。密使の方が〝帰れ〟と言えば、すぐにでもここトリステインへと戻ってきます。ですから、どうか……」
「わたくしも、ミス・ヴァリエールと同じ考えでございます」
ギーシュまでもアンリエッタに跪いてきていた。
アンリエッタは目を伏せ、熟考する。しばしの沈黙を置いて――。
「……わかりました。ですが、決して無理をしてはなりません。必ず、帰ってきてください。任務の詳細についてですが明日の朝、わたくしが任を命じる密使に伝えておきます。あなた達はその方の補佐、となりますのでこの場で話す訳には参りません。後日、その方より聞いてください」
そう言って、アンリエッタは右手の薬指から指輪を引き抜くと、ルイズに手渡す。
「これは……?」
「母から頂いた〝水のルビー〟です。せめてものお守りですわ」
ルイズは恭しく指輪を受け取ると、頭を下げる。
そして、アンリエッタは未だ腕を組んだままでいるスパーダの方を振り向いた。
感情や考えがまるで窺えない表情でアンリエッタは緊張した面持ちで息を飲む。
「あの……スパーダ殿」
「私は偽りの〝心〟を示すような人間の頼みは受けん」
「ちょっと――」
ルイズは顔を顰めてスパーダに詰め寄ろうとする。
「だがお前は今、自分の本当の〝心〟を示したな」
僅かだが穏やかな口調のスパーダの言葉に、アンリエッタは呆気にとられたような顔を浮かべた。
「ならば、私はお前の友であるミス・ヴァリエールの身を守らせてもらおう」
スパーダは決して、人間同士の純粋な争い事に関しては干渉しようとはしない。
その争いが悪魔の暗躍によって起こされたものであるなら、その裏で動く悪魔達を片付けたりはするが人間同士の戦争には絶対に関与しなかったのだ。
稀にどこかの国が傭兵などを集める過程でスパーダに自軍の味方について欲しい、などと誘ってきたりすることもあったが当然、拒んでいた。
だが、今回はあくまでパートナーを護衛するというだけ。決して、直接人間同士の争いに関与するわけではない。
そして、ルイズが積極的に戦線に立つのではないなら、密使とやらの補佐として決して無理をしないのならば構わない。
「よろしくおねがいします、スパーダ殿。この二人を、どうか守ってあげてください……」
アンリエッタは立派な貴族としての威厳を示したスパーダに深く頭を下げていた。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定