魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
フォルトゥナの市街地の地下深く――住民達にはその存在すら知られていない空間がある。
2000年もの遥か昔に埋没した古代の遺跡の入口は、ほんの十数年前に建てられた歌劇場の真下に存在していた。
魔剣教団は教皇となったサンクトゥスの指示により、古い文献を元に密かに発掘を続け、近年になって入口が見つかったのである。
さらに技術局長アグナスが開発した疑似魔界による転送技術によって密かに行き来することが可能となったことで、内部の調査が住民達に知れ渡ることはなかった。
その秘密の地下遺跡の最奥は聖碑と呼ばれる巨大な石板、地獄門の真下に位置している。
アグナスは所々設置された松明の炎のみが照らす薄暗い通路を遅々とした足取りで進んでいた。
「――ついに、この日が訪れた……」
どこか芝居がかった口調でアグナスは陶酔に浸っていた。
その手には一本の刀が抜き身のまま握られ、刀身の峰や腹を指先でなぞったりして手慰みをしている。
「長かった……ようやく、我々の理想郷を実現する時が来たのだ……」
うっとりとアグナスは手にする閻魔刀の刃に見入っていた。
つい先程、〝神〟の内部からここに転移する際に教皇から託されたこの刀こそが地獄門の封印を解く鍵。
見つけた時は折れて使い物にならず、修復を試みても直せず、そして一度は奪われたはずの物が今、再び己の手にあるのである。
この復活した魔剣士スパーダの遺物を用いて、地獄門の封印を解く大任を教皇から命じられたのだ。
「さあ、蘇れ……そして、思うがままに暴れるがいい……魔界の悪魔どもよ……」
やがてアグナスの前には開けた空間が広がっていた。
水路の上にぽつんとそびえる祭壇に向かって一本の細い橋が伸びている。
アグナスは一歩また一歩と橋を進み、祭壇へと辿り着いていた。
2000年以上も前、魔に魅入られた時の領主は悪魔達の協力を経て地獄門と、それを起動するこの儀式の間を建造した。
フォルトゥナの地の魔力をこの場所に集中させることで魔界と人間界を繋ぐ巨大な入口を開いたのである。
その場所に魔剣士スパーダは儀式を施し、閻魔刀を鍵とすることで封印したのだ。
「お前達のもたらす災いと、罪なき人々の悲鳴こそが、我らの礎となるのだ……」
独り言を呟きながらアグナスは祭壇の中央に立つ。
祭壇の床一面には文様が刻まれ、その中心には仄かな光が煌めく小さな穴がある。
これこそが、地獄門の封印を解くために閻魔刀を差し込む鍵穴なのだ。
「その破壊と混沌の果てに、我らが築く真の楽園が――」
興奮しながらアグナスは閻魔刀を逆手に持ち、高く掲げだす。
その刃先は鍵穴へピタリと合わせられていた。
もはや待ちきれないとばかりに恍惚な表情で、大きく口角を吊り上げる。
「生まれるであろう――!!」
一気に閻魔刀を祭壇に突き立て、アグナスの雄叫びが儀式の間に響き渡った。
真の地獄門ほどの巨大な魔界との出入口は、完全に解放されるまでに時間を要する。だが、それも魔力の濃度を高めることで一気に開くこともできる。
アグナスが建造し駆動していた三つの小型の地獄門は破壊されてしまったが、それでもこの地には充分な魔力で満ち溢れていた。
これだけの魔力であれば地獄門であっても瞬時に魔界との出入口は開かれ、悪魔達は人間界になだれ込んで来るに違いない。
今こそ、審判の時が訪れる――はずだった。
「――な……?」
困惑と共にアグナスは辺りを見回す。
鬱屈とした地下の空間には沈黙と無為の時が過ぎるだけで、何も変化が起こらない。
「な……な、な、な、なな……何……?」
それまでの興奮が一気に冷め、狼狽を隠せずアグナスは目の前に突き立てられている閻魔刀に目を落とす。
祭壇はおろか魔力すらも不変だった。とても地上で地獄門が動き出したような気配も感じさせない。
「な、な、何故だ……!? 何故、な、な、な、何も起きぬ……!?」
閻魔刀をさらに深く突き立てようとしても既に限界まで刺さっている。
アグナスは困惑に不安、動揺とあらゆる混乱が入り混じった表情でそわそわと動きながら祭壇の一帯を見回していた。
「や、や、や、閻魔刀は地獄門の封印を解く、か、か、か、鍵のはず!? 何故、封印が解けぬのだ!? 馬鹿な! ば、ば、ば、馬鹿な!? あり得ん! あ、あ、あ、あり得ん……!? こ、こ、こ、こんな……こんな、は、は、は、はず……!」
「――曲芸は終わったか?」
パニックに陥ったアグナスの耳に、突如冷たい声が響いた。
ハッとして振り向くと、つい今まで自分が立っていたはずの場所に男が一人佇んでいる。
銀髪に紫紺の装い、そして肩越しに見える背中に携えられた剣、アグナスと同じようなモノクル――
「き、き、き、きさ――」
アグナスの顔面に横合いから強烈な一撃が叩き込まれる。
巨体はそのまま横飛びに吹き飛んで水路の中へと落ち込み、空しい水音を立てていた。
「返してもらうぞ。貴様らには過ぎた玩具だからな」
横に打ち払ったレヴェナントをスパーダは懐へと戻すと、突き立てられている閻魔刀へと向き直る。
あっさりと抜き放ったスパーダはさらにもう片手を祭壇の上で軽くかざしだす。
文様の床の中から小さな光球が湧き上がるとスパーダの手に吸い込まれていき、みるみる形を変えていった。
それはスパーダの愛剣の一つであるリベリオンだった。
「……You're an idiot.(……馬鹿が)」
軽く鼻を鳴らして冷笑すると、二振りの剣を手にしたまま祭壇から悠然と立ち去っていく。
デルフを通してルイズ達が教皇を仕留め損なったのは見届けていた。
だがそれは予測の範疇だ。三人がそのまま討てたのならそれで良いが、仕損じた時に備えて予め保険は打っておいた。
地獄門に封印を施したのはスパーダだ。故に、それに手を加えてやることなど造作もない。
閻魔刀を封印の鍵にしたように、リベリオンもまた封印の鍵にしたまでである。
魔を分かつ力を持つ閻魔刀に対し、リベリオンには魔を繋ぎ合わせる力を有している。その力をもって、閻魔刀で断ち切られようとしていた封印はピッタリと繋ぎ止められていた。
封印はプラスマイナスゼロになるだけでしかないのだ。
――ざまあみなさい! 変態眼鏡!!
――あのクソ眼鏡野郎に直接言ってやりたいもんだねぇ。
――やれやれ、可愛いお嬢ちゃんには似合わねえセリフだな。
『お、お、お、おのれえぇぇぇえぇっ!!!』
水路から飛び出したアンジェロ・アグナスだったが、スパーダは既に閻魔刀で斬り裂いた時空の裂け目の中へと消えていた。
遥か地上のさらに上で馬鹿にされていることなど、アグナスには知る由もなかった。
◆
市街地にそびえ立つ地獄門は普段と何一つ変わらぬ雄大な姿を保ったままだった。
その頂上でスパーダは腕を組み、抜き身の閻魔刀を手にしたまま佇み続けている。
小型の地獄門と比べ物にならない巨大さを誇る真の地獄門は、何人もの人間が並んで立てる程の厚みがあるのだ。
(来たな)
ちらりと脇に視線を流すと、遠く空に小さな影が浮かんでいるのが見える。
それこそルイズ達が乗り込んでいるパンドラの
一行と合流してこの刀をひとまずダンテに預けておこうかとも考えていたが、そうもいかない。
『やはり、我らの計画の障害となったようだな』
突如、スパーダがいる一帯に硬質な声が響き渡る。それは教皇サンクトゥスのものだった。
気付けば周囲の空域には無数の鎧騎士、ビアンコ・アンジェロ達が翼を広げて飛び交っている。
そして、スパーダの真正面にはアルト・アンジェロが一体、浮かんでいた。
声を発したのはこの鎧騎士だがサンクトゥスの気配は感じられない。恐らく、遠くから操っているだけなのだろう。
『よもや、伝説の魔剣士がこの地に再び舞い戻って来るとは思わなかったわ。あの小僧にしろ、まさか四人までも魔剣士スパーダの血族が集うとはな……』
どうやらサンクトゥスはスパーダの素性に気が付いているらしい。だが、仮にも信仰するはずの相手に敬意を抱いている様子は微塵もない。
『我らが理想郷の最後の障害が、魔剣士スパーダとは実に皮肉なものよ……』
「貴様らはこの世界を救済したいのだろう。やりやすいようにしてやったまでだ」
皮肉を込めてスパーダは言い放った。
何も異変が起こらず平和な時が維持できれば、それこそフォルトゥナの民にしてみれば最大級の救済と言えるだろう。
それをぶち壊しにしようとしているのが他でもない今の魔剣教団であり、サンクトゥス自身なのである。
『所詮、旧き神に過ぎぬという訳だな。この世界が腐敗していることを理解せぬとは……』
サンクトゥスは失望と軽蔑が入り混じった溜め息を漏らしていた。
『平和は人間を堕落させる。神への祈りを忘れ、怠惰と享楽に耽る愚か者どもが増えるばかりだ。貴様の息子、ダンテも同じくな。奴には心底失望した……魔剣士スパーダの血も、所詮無為な時の中で腐っていくのみよ』
――そういやあお前さん、素行不良なんだってな。教団の連中が監視してたみてえだが、居酒屋に相当ツケを溜めてるらしいな。クソ眼鏡の野郎、だらしねえ奴だってはっきり書いてやがったぜ。
――放っとけ。
『我らは腐りきったこの世界を正すために、立ち上がったのだ。堕落した者達の心を目覚めさせるためにこそ、破壊と混沌が必要だというものを……。2000年前に、貴様がこの世界を救済した時のように――』
歌劇場の時以上に空虚な語りにスパーダはうんざりしたように顔を顰める。
自ら世界に破壊と混沌をもたらし、自ら正義を演じることで人々を〝救済〟する。
……教団への信仰心を人々に植え付けるための三流の詐欺でしかない。
「そんなに信仰を世に広めたいのなら、せいぜい地道に布教でもしてろ。貴様の前任者の方が余程賢明だったな」
『所詮、あの男は無能者よ。我らこそが、この堕落した世界に救いをもたらせるのだ……』
サンクトゥスが冷笑する中、アルト・アンジェロは徐に剣を掲げだしていた。
周りのビアンコ・アンジェロ達も背後に集まりだすと浮遊したまま整列しだす。
ふと、スパーダの耳にはざわめきが微かに届いている。
地上の方では住民達が騒ぎだしているが、その原因ははっきりしていた。
『……もはや、旧き神の伝説など、この世界に不要だ。絶大なる力と威光こそが、信仰となる。……どちらが真の神であるか、今こそ証明してみせよう』
遥か空を見上げると、立ち込める雲間の中から巨大な影がゆっくりと降下してくるのが見える。
(神、か……)
魔剣士スパーダを模しているという教団の
直接目にするのは初めてだが、とても自身の今の仮初めの姿はもちろん、真の姿と似ても似つかない。せいぜい、下向きの角のシルエットが近い程度である。
魔剣教団にしてみれば崇拝する神を自らの手で生み出したというのだから、それを操る自分達こそ神であると気取っているに違いない。
(ムンドゥスと良い勝負だな)
むしろ、その一見神々しい姿はかつてスパーダが仕えていた魔界の帝王を彷彿とさせていた。
もっとも、あちらに比べれば露骨に威光を誇示しているが。
『フォルトゥナの民よ。恐れることはない!』
高らかにサンクトゥスの声が街全体に響き渡る程に轟いていた。
見ればサンクトゥスが巨神像の頭上に現れているのが窺える。
『今、このフォルトゥナの地を脅かす悪魔を滅ぼすため、〝神〟は降臨したのだ! ――さあ、信徒達よ! 祈るのだ!! 皆の祈りが、我らの〝神〟に力を与えん!』
サンクトゥスの物言いにスパーダは思わず失笑した。
仮にも神として崇めていたはずの存在を、彼らが最も憎む悪魔として貶めるなど実に滑稽極まりない。
所詮、信仰のために威光を利用していたに過ぎないのだ。だから本人が現れようとも畏敬も感謝も微塵も抱きはしない。
もっとも、その方がスパーダ自身としては気が楽なのだが。
――結局、連中にとっての神様はそんな程度のものかよ。
――あいつら、一体今まで何を崇めてた訳……?
――あの野郎も言ってたろ? 連中は自分達が思い描いた偶像を崇めてるだけだってな。それが、あの神サマって訳さ。
ルイズ達までもがサンクトゥスの演説に呆れ返っている。
何も知らない人々、純朴に神を信仰していた者達にとっては一体どのように受け止められているのだろう。
少なくとも一望する限りだと彼らは突然現れた巨神像の威容に、ただただ困惑しているだけのようだった。
『旧き神に別れを告げ、新たなる〝神〟こそが救い手となる! 我らの偉大なる真の〝神〟が、悪魔に鉄槌を下すであろう!!』
「神など、元より
冷徹に吐き捨てたスパーダは閻魔刀を構え、さらにもう片手で腰の鞘から逆手で刃を抜き放つ。
閻魔刀と閻魔刀、柄の装飾こそ違うが全く同じ二振りの刀はスパーダの両手の中で鋭く煌めいていた。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定