魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
(ちくしょう……)
意識を取り戻したネロは、声にもならない悪態を漏らしていた。
息の詰まるような深い闇に包まれ、みじろぎすらできない。
無理もない話だ。今、自身の肉体は何万もの悪魔達の血肉の一部と化してしまっているのである。
(クレド……キリエ……)
胸中に渦巻いていたのは、大切な人達の安否だ。
仲間に託しはしたが二人とも手痛く傷つけられており、そのことを考えるだけでもやるせない気持ちでいっぱいになる。
(クソジジイめ……よくも……よくも、キリエを……!)
自分が不甲斐ないせいでこんな所に閉じ込められる破目になるなど、我ながら情けなくなってくる。
一体、外はどうなっているのかネロにはさっぱり分からない。せいぜい僅かな震動が届くのみ。
何とかしてここから脱出しなければならない。だが、ネロ自身の力ではどうにもならない。
今の自分はあまりにも無力だ。何しろ指一本動かすことすら叶わず――
(腕……?)
無念と悔しさに歯を食い縛りたくなる中、ふと違和感が生じていた。
左手も当然、巨神像の一部となっているからほんの僅かに指先を曲げることもできない程な束縛感で窮屈だ。
だがその反対は違う。左手と同調させて右手の指を動かそうとしてみると、確かな手応えと解放感がある。
(動く……動くぞ……!)
数度、右手を開いたり閉じたりしてみてはっきりとその動作が伝わってくる。手首や肘も窮屈ながら曲げることができる。
どうやら右腕だけは、完全に取り込まれている訳ではないようだった。
(呼んでいる……あの刀が……)
悪魔の右腕ははっきりと何か強い力に感応して脈打っていた。
今、この腕の中にはあの銀髪のデビルハンター達から託された刀の鞘が吸収されている。
その鞘に収められるべき刀の存在を、分厚い壁のずっと外側から感じ取ることができた。
あの刀さえ手にすれば、こんな気味の悪い場所から抜け出すことができる。そうネロは確信していた。
(まだ動ける……! 俺は……まだ、やれる……!)
僅かに動かせる右腕だけで、ネロは肉の中を必死にもがいていた。
◆
クレドは未だアルブム大橋に留まり続けていた。
失った右手を庇いながら広場の縁に立ち尽くし、遠目に繰り広げられる戦いを見届けている。
〝神〟と呼ばれる巨神像に向けて一筋の光の帯が発せられ、叩きつけようとしていた拳が触れた途端に大きく弾かれていた。
それまで市街地の上空に浮かんでいた〝神〟は戦いの最中、徐々に海の方に離れていっているのが判る。
〝神〟と戦いを繰り広げるデビルハンター達……〝
(教皇は、民を守る気はない……)
先刻、〝神〟を操る教皇サンクトゥスの宣言はここまで届いていた。フォルトゥナの地を脅かす〝悪魔〟を滅すると。
だが、それは決して無辜の民を守ることを意味するのではない。
現に、〝神〟の攻撃の余波はすぐ真下の市街地にも及んでいるのだ。
あれ程巨大な〝神〟が力を振るえばどうなるかなど判り切っているのに、教皇は一切の迷いもなく平然と〝神〟の力を思うがままに振るって敵を倒さんとしている。
とても街への被害を考えているとは思えない。
(あの時からそうだった……)
立ち尽くすクレドの眉間に深い皺が生じていた。
教皇が民を犠牲にすることに何の躊躇いもなかったのは今に始まったことではない。
かつてクレドが両親を失った時、心に迷いが生じたことがある。
自分達が進む道は果たして正しいのか。理想郷を実現するという壮大な目的の中で何も知らぬ人々達が傷ついていくという事実に。
そんな心を見透かしたのか、サンクトゥスはクレドを宥めるように囁いたのだ。
――楽園が生み出されれば誰も傷つくことのない平和が訪れる。
――そのために今後も無益な血が流れようとも、それはより多くの人々を救うため。
――彼らはそのための、尊い犠牲なのだ……。
それ以来、クレドは迷いを捨ててきた。どれだけ民を欺き、多少は犠牲が出ようとも残された人々も、犠牲になった者達の魂も救われると信じて。
(犠牲……か)
あの時、気が付くべきだった。それがただの詭弁であり、欺瞞に過ぎなかったのだと。
――我らが信ずるべきは博愛や仁義ではない。
――絶対的な力……それだけなのだ!!
あの時の言葉がサンクトゥスという男の本心であり、だからこそ何の罪もない妹すら平気で捨て駒にしようとしたのだ。
――教皇の理想がどんな物なのかは知らぬが……民のことなど
――教皇は陰で嘲笑っているだろう。貴様のような愚直な奴は操りやすいとな。
まさしくあの男の言った通りだった。
本当はクレドも分かっていたはずなのだ。自分の進んでいた道は、最初から間違っていたことに。
その事実から目を背けていた愚か者に過ぎなかったことに。
――馬鹿か。貴様は?
――クレド……ふざけんなあっ!!
「馬鹿……か」
クレドは乾いた笑みを零していた。その笑みは何年かぶりに表した、今まで封じていた表情だった。
赤の他人はおろか、弟にすら罵られるなど愚者の極みだ。
彼らは自分が知り得ない、ひた隠しにされていた真実にすら辿り着いていた。
両親の仇に欺かれていた自分に救いの手を差し伸べようとしていたのに、それを拒んだ。
結果、あの〝神〟に弟は取り込まれてしまう最悪の結果を招いてしまった。
――貴様の理想は、教皇の理想を叶えることか?
そんなはずはない。教皇と自らの理想は最初から食い違っていたのだ。
些少であろうと、断じて罪なき人々を犠牲にして良い訳がない。
――より多くの民と妹を守ることか?
本当は何を望んでいたのか。今、自分が何をすべきか……ようやく思い出すことができた。
「キリエ……ネロ……お前達だけは……必ず守ってみせるぞ……」
その身を再び魔性のものへと変え、クレドは大きく翼を羽ばたかせていた。
◆
『お、お、お、おのれ……』
瓦礫の中から這い出てきたアンジェロ・アグナスは〝天使〟とは思えない程に無様な醜態を晒していた。
上空から墜落してきた先は歌劇場のホールで、天窓を突き破り舞台の中央に埋もれていたのだ。
『くそ……あの野郎……よくも、私の、天使の、つ、つ、つ、翼を……』
激しい激痛がジリジリと痺れるように全身を走っている。
高々度から真っ逆さまに落下し、しかも翅を斬り落とされたせいで浮力が足りず、まともに激突してしまった。
人間であれば間違いなく即死していたであろうが、帰天によって得た悪魔の生命力は逆にアグナスを死に損なわせていたのだ。
『お、重い……あの野郎の、し、し、し、仕業か……』
やたらと身体が重く感じるのは肉体に受けたダメージが原因ではないとアグナスは気付いていた。
先日、クレドからの報告でこの街一帯に結界が施されていることが判明しており、そのために下級悪魔達が魔界から直接現れることはもちろん、外部から侵入することもできなくなっている。
その結界の力は皮肉にも悪魔の力を発揮しているアグナスにも降りかかっているのだ。
まるで圧し掛かるような重圧感に加え、肉体へのダメージも重く、起き上がることさえ一苦労する始末である。
『チ、チ、チ、チキショウ……余計なことを……魔剣士スパーダめ……』
「神様の
呪詛を漏らしながら立ち上がる中、ホールに響いたのは女の声だった。
慌てて振り向くと、ホールの奥にそびえるモニュメントの石像の上に人影の姿がある。
『グロリア……き、き、き、貴様――』
姿形は似ても似つかぬが、その金髪の女がアグナスにとって憎たらしい相手であることは既に知れている。
「あんな高い所から落ちても死なないなんて、曲がりなりにも悪魔の力のおかげね」
感嘆と頷いたグロリア――トリッシュは腰を下ろしながら舞台の上へと降り立つ。
二丁拳銃を手に歩み寄って来るトリッシュにアグナスはわなわなとその身を震わせだす。
『し、し、知っているぞ……き、き、貴様……悪魔なのだな?』
「そうよ。私は悪魔よ。それじゃあ、あなたは何なの?」
『黙れ……! だ、だ、だ、黙れ黙れ黙れ黙れ……! だだ黙れ……!!』
グロリアことトリッシュの素性もある程度だが教団は把握していた。
稲妻の魔術を操る謎の女デビルハンターで、ダンテの一味だということは以前より知られていたが、人間ではないということも同時に判明している。
その女がまさか姿形まで変えてスパイとして潜り込んでいたことまでアグナスは気が付けなかったが、教皇は魔剣スパーダの現在の所有者と関連付け、魔剣を献上したグロリアの正体がトリッシュであることを裏付けていたというのだ。
『こ、こ、こ、殺してやる……殺してやるぞ……! 悪魔め……!!』
地獄門の復活を妨げられたことに始まる数々の屈辱が重なり、アグナスは完全に逆上していた。
半分になった翅が羽ばたきだし、アグナスの巨体は足先からほんの僅かに浮き上がりだす。
同時に背後には金色の光が煌めきだし、疑似魔界の魔法陣が浮かび上がる。
飛び出てきたのはグラディウスにカットラス、そしてバジリスク。
〝神〟の内部から転送されてきた数々の武器と悪魔の
「な……!! な、ななな……!?」
だがアグナスは愕然とした。
グラディウスもバジリスクもカットラスさえも、出てきた瞬間に床に叩きつけられていたのだ。
周りでのたうつようにもがいている小さな生物達を見回しながらトリッシュは肩を竦めだす。
「……やっぱり重いわよね」
僅かに口端を歪ませて苦笑するその表情には微かな倦怠の色が見え始めていた。
作品の良かったところはどこですか?
-
登場人物
-
世界観
-
読みやすさ
-
話の展開
-
戦闘シーン
-
主人公の描写・設定
-
悪魔の描写
-
脚色したオリジナル描写・設定