魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
『ぬうっ……何事だ……!』
教皇が狼狽する中、バランスを失った巨神像は徐々に高度を下げながら崩れ落ちていく。
巨体を支えるべく疎らに浮かんでいる瓦礫や浮き島に手を伸ばし、寄りかかろうとしていた。
「ありゃま。沈んでやがんな」
「何? 一体、どうしたっていうの?」
困惑するのはルイズ達も同じだった。デルフだけでなくタバサですら微かに眉根を寄せて凝視している。
体の各所に点在していたコアはほぼ破壊したため、それで巨体の制御が狂ったのだろうか。
「……坊やがお目覚めみたいだな」
「分かるの?」
ルイズはダンテとスパーダを交互に見やる。
二人の魔剣士は巨神像の内部からはっきりと強い魔力の波動を感じ取っていた。それは同じ血を持つ者同士でなければ分からない感応だ。
見れば巨神像の胸元のコアの表面に僅かだがヒビが走っている。たった今までは無かったはずのものだった。
「閻魔刀の鞘は手放さなかったようだな」
したり顔のダンテと共にスパーダも微笑を浮かべていた。
「〝人〟と〝魔〟を分かつ刀……なるほどね」
ちらりとダンテはスパーダの両手に握られる刀を見つめだす。
教皇が閻魔刀を奪った時、鞘は一緒になかった。
ネロは閻魔刀の鞘をギルガメスと一緒に右腕に装着していたが、ダンテが回収した時に鞘は付いていなかった。
つまりあの時点でネロはまだ鞘を手放してはおらず、一緒に巨神像の中に吸収されたのだ。
「鞘が坊主を守ってくれたって訳か。お前さん、まさかそこまで見越してたってえのか?」
「いいや。たまたまだ」
スパーダが鞘を作ってやったのは単に抜き身のままでは不便だったからに過ぎない。
だが鞘も閻魔刀の一部である以上、持っているだけなら決して損は無い。
事実、ネロはあの悪魔の血肉の集合体の一部になってしまったが、完全に取り込まれた訳でもない。それも閻魔刀の鞘を持っていたが故の奇跡なのだ。
そして今、彼は内部からはっきりと抵抗したに違いない。
(鞘だけではまだ足りんな)
それでもネロが自力で脱出できた訳でもないこともスパーダは察していた。
鞘は所詮、閻魔刀の副産物に過ぎない。その力だけで自らを解放するのは到底無理である。
「……そろそろ出してやらねば窮屈だな」
言うや否や、スパーダは一気に飛び出していった。
浮遊する瓦礫を次々に跳び渡り、まだよろめいたまま動けないでいる巨神像に向かっていく。
「さあて、もう一踏ん張りといくか!」
ダンテも飛び出していき、スパーダとは別のルートで続いていく。
周囲にはいつの間にか鎧騎士達が飛び交っていたが、二人の魔剣士は目も暮れないまま文字通りに一蹴していった。
「ハッハァーーッ!!」
ダンテは高揚した声を響かせる中、スパーダは冷徹に敵を迎え撃つ。
二丁拳銃に二刀流――互いに身体を錐もみさせながら敵を撃ち落とし、切り刻んでは蹴散らしていった。
「娘っ子、あそこを狙え!」
「分かってるわよ!」
ルイズはケブーリーを構えて狙いを定める。狙うはもちろん、胸元のコアただ一つだ。
大量のニードル弾を放ち、次々に殺到してはコアの表面に貼り付かせていく。
「おらおら! 邪魔すんじゃねえ!」
鎧騎士達はルイズ達にも襲いかかってくるが、タバサのライトニング・クラウドで動きを止められては魔人の投げ槍で貫かれていた。
――バリンッ!!
鋭い爆音と共に巨神像の胸元が爆ぜ、無数の青い破片を撒き散らす。
「フンッ!」
己の愛刀を鞘に納め、スパーダは両手でもう一つの閻魔刀を握り締める。
砕けて薄くなったコアに飛びかかり、一気に刃を突き込んでいた。
確かな手応えと共に鋭い刃は深く沈み込んでいくが、2/3程に達した所でピタリと止まってしまう。
『無駄なことを……! お前達の剣ごときが、〝神〟には通じぬのがまだ分からぬか!!』
巨神像の左腕が払い除けようと振り払われてきたため、スパーダは一気に後ろへ跳躍して離脱する。
「確かにな! そこん所だけは、掃き溜めの野郎と良い勝負だ!」
瓦礫の上に着地したダンテは四肢にギルガメスを展開すると、苦笑しだす。
かつて戦った魔界の帝王は父の力を借りることでようやく微かな傷をつけることができた程の圧倒的な強固さを誇っていた。
この巨神像は防御力だけなら魔界の帝王にも匹敵するのは認めざるを得ない。
「外からぶっ壊すのは、骨が折れそう――だっ!!」
一気に高く跳躍したダンテはそのままキックを繰り出す体勢で飛び込み、急降下していく。
猛烈な勢いで突き進むその先は巨神像の胸元――コアに突き立てられたままの閻魔刀の柄頭だ。
足に装着されたギルガメスは鋸刃の拍車が轟音を立てて回転し、細部からは光を放っている。
「Just meet!!(ジャスト・ミート!!)」
急降下の一撃はピンポイントに閻魔刀の柄頭に衝突した。
ギルガメスに蓄えられていた衝撃は閻魔刀を一気に押し込み――不意に吸い込まれるようにして消えた。
ダンテとスパーダ、二人の魔剣士達は身を翻しながらルイズ達がいる浮き島へと一足飛びに戻っていく。
「ねえ、見て!」
ルイズが驚きに声を上げて指を差しだす。
巨神像はこれまで以上にバランスを大きく崩しながら見る間に高度を落としていき、背中の光輪も輝きを失っていくのだ。
水飛沫を立てながら海面に降り立った途端、前のめりに膝を折って這いつくばるような格好になっていた。
『き、貴様――何をした……!?』
巨神像は両手で上体を支えながら顔を上げ、目の前の浮き島に立つ一行を睨んでくる。
「外から壊せないなら、中から壊すまでだ」
冷たく言い放ったスパーダは腕を組みながらダンテの方へ視線を流す。
ダンテもちらりと横目で視線を一瞬交わすと微笑を浮かべ、再度巨神像を見返していた。
「坊や! もう起きてんだろ! そろそろ、俺達と一緒に遊ぼうぜ!」
「ネロ! 生きてんの!?」
高らかにダンテは呼びかけると、ルイズも続いて声を上げていた。
巨神像の胸元のコアの一点には閻魔刀が突き刺さっていた痕が残っている。
その向こう側からは何の返答もなく、沈黙だけが続いていた。
「坊主! 狸寝入りしてないで、何とか言いな!」
「ネロ!!」
デルフばかりかタバサまでもが叫んだその時だった。
轟音と共に巨神像が痙攣するように激しく揺らいだのだ。
叩きつけるような衝撃音が響く度に胸元のコアはさらに砕け散り、もはや原型を留めていない。
「良い返事だ」
口元を綻ばせてスパーダは満足げにほくそ笑んでいた。
◆
巨神像の胸元のコアの裏側に位置するその内部には小さな空洞が広がっている。
何万もの悪魔達の血と肉が凝縮して構成された石とも肉塊ともつかない奇怪な内壁の一部から、光を纏った一本の腕が突き出ていた。
最初は肉壁の中に潜り込んでいたが、ネロは必死に内側からもがいて外に抉り出させていたのだ。
(来た……!)
肉壁の中に取り込まれたままだったネロは鋭い気配を感じた。
唯一動かせる異形の右腕を伸ばし、たった今外壁を突き抜けて飛んできた閻魔刀の柄を鷲掴みにする。
そのまま引き寄せると右腕のちょうど真下辺りの壁に刃を突き刺し、一気に斬り裂いていった。
「この、野郎……!」
不思議なことにそれまで身じろぎすらできなかった身体が嘘のように自由となり、裂け目から容易に外へ這い出ることができた。
「だりぃ……」
ようやく自由の身となったネロは膝を突いたまま蹲っていた。
全身が不快な倦怠感に包まれている。まるで何十日もベッドの上で重病で眠っていたかのようだ。
悪魔達の肉体の一部になるなどという訳の分からない体験は、一刻も早く忘れてしまいたい嫌悪しか感じられなかった。
「坊や! もう起きてんだろ! そろそろ、俺達と一緒に遊ぼうぜ!」
「ネロ! 生きてんの!?」
壁の外から篭り気味だが声が届いてきている。
「坊主! 狸寝入りしてないで、何とか言いな!」
「ネロ!!」
赤いコートの不良中年に、桃色の髪のお転婆娘。
そのお転婆娘のペンダントに宿る、えらく気風の良い精霊みたいな奴。
無口だが心優しかった、青い髪の少女。
――起きろ。まだ終わってはいないぞ。
二人の少女の保護者の声までもが、頭の中で響いてきたような気がした。
「狸寝入りなんてしてねえっての……」
ネロとしては共に戦ってくれた仲間達に何とかして応えてやりたかったが正直な所、大声を出すのは辛かった。
「これが一番だな……」
薄い笑みを浮かべたネロは閻魔刀を手にする右拳を強く握り締めると、空洞の天井に近い壁面の一点を睨みつける。
「……オラァッ!!」
振りかぶった異形の腕を突き出すと巨大な幻影の拳が飛び出し、壁面に激突する。
凄まじい衝撃音と共に地響きが起こり、空洞全体を大きく揺るがした。
先程も肉塊の中から辛うじて右腕を抉り出した時も素振りで幻影のパンチを繰り出してみせたが、この衝撃が果たして外まで伝わるか。
一発、二発、三発と立て続けに幻影の拳で殴りつけていき、激しい震動で思わずネロ自身がよろめいてしまった。
「どうだよ……これで……」
これが今のネロにできる精一杯の意思表示だった。
「ネロ! 無事なのね!」
「この分なら、ちゃんと動けるみてえだな」
少しすると、ルイズの声がデルフと一緒に届いてくる。
「その刀はもう三十分だけ貸してやるよ。思いっきり楽しんで来い! 坊やの鬱憤を爺さんにぶつけてやんな!」
「楽しんでこい、か……」
ダンテの言葉に思わずネロは失笑してしまう。
そういえばこの刀は元々はあの男のもので、しかも家族の形見だという。
そんな大切な代物をあっさりと貸し与えてくれたが、結局教皇に奪われる破目になってしまった。
それが今、ここにあるということはあの男か……〝
「いいぜ……今度はしくじらねえ……」
本来なら約束も果たせなかったはずの自分に今一度、貸してくれるという。それは、彼らが自分のことを信じてくれているからだ。
ならば、その想いに今度こそ応えねばならない。
閻魔刀を左手に持ち替え右手をかざすと、その手の中に一本の鞘が現れる。
取り込んだままでいた閻魔刀の鞘だ。この鞘が共鳴していたからこそ、ネロは飛んできた閻魔刀をタイミングを外さずに掴むことができたのだ。
「待ってろよ。ジジイめ……」
刃を鞘に納め、再び右腕の中に取り込むとネロは薄気味の悪い空洞の中を歩きだした。
◆
「なあ嬢ちゃん。俺の仕事道具をもう一つ預かってたろう? 返してくれるかい?」
「ルシフェルのこと?」
背中のリベリオンを抜き放ったダンテはちらりとルイズの方を見ながら切り出してきた。
確かにダンテは地獄門から回収した三つの魔具の中で、ルシフェルだけは手元にないはずである。
「ああ。坊やが爺さんをぶっ倒すまでは、俺も少しばかり本気を出さなきゃいけないんでね」
そう言っている間にもルイズの背後にガンダールヴの魔人の姿が浮かび上がっていた。
魔人がかざす手の上にはルシフェルの肩当てが乗っており、ダンテに差し出されている。
「ほらよ、不良中年。娘っ子にはたっぷり感謝しな」
「中年じゃねえよ」
ダンテは手を伸ばして光球に変えたルシフェルを収納しつつ苦笑した。
「あんた達、いい加減にしなさいよ」
ルイズは少々うんざり気味に溜め息を漏らした。
一体、このやり取りはこれで何度目だろうか。デルフがダンテのことは決して名前では呼ばずに変なあだ名を付けてしまっているのだが、当の本人は気に入っていない。
一々反応するダンテもそうだが、デルフもいい加減彼をからかっているようにしか思えないので、同じやり取りを繰り返されるとさすがに鬱陶しい。
「髭を剃れよ。お前さんはまずはそれからだぜ」
デルフの突っ込みにダンテは僅かに目を細めると、顎を軽く摩りだす。
ダンテはまだ四十路ではないと断言していたが、ルイズ達にしてみれば三十代にしては老けて見える。
髭や皺も一つないスパーダと比べてみても、やはり無精髭があると実年齢よりも老けて見えがちだ。
「……全然老けてねえ」
横目でスパーダの方を見ながら、ぼそりとダンテは呟いていた。
「あんたがだらしないんでしょう? だから中年呼ばわりされんのよ」
「ずぼら」
「チェッ……」
タバサにまできっぱりと言われてダンテは溜め息交じりに舌を打つ。
「与太話はそこまでだ。――〝
ずっと黙っていたスパーダは冷淡に呟きかけていた。
「何よ、そのディー・ボゥイって?」
きょとんとしてルイズはその奇妙な呼び名に目を丸くしだす。
「ま、
デルフの茶化しに新たなあだ名を付けられた本人もまた呆然とスパーダを見返していた。
確かにいい歳をした大人にしては子供っぽいし、
だが、〝
「……光栄だね。――デビルハンター、〝
と、ダンテはスパーダに小さく微笑み返していた。
〝
デルフが口にしたような
(……未来の息子、ってことなのかしら?)
〝
生きる世界は違っても、このダンテという男はまだ生まれぬ
ひょっとしたら、二人の関係にあやかって付けられたあだ名なのかもしれなかった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定