魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
浮遊する力を失った巨神像はフォルトゥナの市街地と沖合いの小島のちょうど中間に位置する海上で片膝を立てている。
その左方に位置する小島に降り立っていたルイズ達はぽつんと建っている灯台の展望台から、海上で繰り広げられる戦いを見届けていた。
遠目からではよく見えないので、タバサの遠見の魔法で映した風景を介さなければいけなかったが。
「何よ、スパーダの真似してんの?」
ルイズが見たのは、二人の魔剣士達が空中を自在に飛び交う姿だった。
スパーダはまた鎧騎士の一体から剥ぎ取った翼の上に乗って巨神像の肩の周りを飛翔しており、その横にダンテも付いてきている。
ただ、ダンテの場合は勝手が違い、パンドラの箱を変形させてよく似た形の乗り物としていることだ。
「何か楽しそうだな、あのヤロ」
二丁拳銃でグラディウスの群れを撃ち落としていくダンテははっきりと笑顔を浮かべている。
苦笑気味にぼやくデルフが言うように愉快そうにしているが、別にふざけているのではない様子だった。
「スパーダが父親って分かってるのかしら?」
「さあ、どうかねえ」
先程もデルフが茶化した時だって彼の方を意味ありげに見ていた。
目の前にいる男はあくまで〝
(この世界のスパーダって、そういえばどうなってるのかしら)
ダンテは魔剣士スパーダの息子だという。だが今一緒にいるのはあくまで別の世界から訪れた別人に過ぎない。
そもそもこの世界におけるスパーダは今どこで何をしているかなど、ルイズ達にはさっぱり分からない。
もしダンテが子供の頃に家族と一緒に過ごしていたのなら、今のスパーダの姿がそのまま少年時代の記憶に焼き付いていたのだろうか?
(お父様とは呼ばないのね)
だがダンテはあくまで目の前の彼のことはあくまで仮初めの名でしか呼ぼうとしない。
その微妙な態度が、ルイズには何とも複雑に思えていた。
そしてスパーダは今、ダンテの真横でレヴェナントとスパルタンによる二丁拳銃で鎧騎士達を蹴散らしている。
それぞれ|正面や横、さらには肩越しに背後へ向けて発砲し《トゥーサムタイム》、時には鎧騎士の突進を|側宙でかわしながらレヴェナントの至近弾を叩き込んだり《バレットウィール》と、ダンテにも負けない射撃術で敵を翻弄していた。
ダンテは自分の頭上を騎乗する翼ごとアクロバティックに飛び越したスパーダに口笛を小さく鳴らしている。
――あんたの銃も、中々イカした腕前だ。
――お前ほどではない。
向こうの会話はデルフにしか直接聞こえないが、冷徹な態度を崩さないスパーダに対してダンテの声は場違いな程に明るい。
『卑しき銃を手にするなど、旧き神も穢れたものよ』
二人が巨神像の死角となる後頭部まで回りこんでくると、教皇の声が響いてきた。
侮蔑を隠そうともしない罵りにダンテは得意げな顔でスパーダと視線を交わし合っている。
――剣士が銃を使ってはならないという法はどこにもない。……魔剣教団の教義にもな。
――そういうことさ。坊やや騎士団長が使ってた剣だって、機械仕掛けだろ。……そういやあ、あの燃えたワンちゃんも見た所、銃か何かを合体させたみたいだがな?
「お、中々ウマいこと言うねえ」
「何よ。二人とも何て言ったの?」
「皮肉さ」
魔剣教団の騎士達はネロ以外は銃器を邪道だとして剣を武器として扱っている。
だがそれは魔剣士スパーダの伝説を神聖視した者達が抱くこだわりに過ぎない。
デルフにしてみればハルケギニアのメイジ達が魔法を絶対視して、武器を軽視するような安いプライドでしかなかった。
しかも裏では蔑むはずの銃火器を用いている以上、ただの二枚舌なのは確実である。
――Just meet!!(ジャスト・ミート!!)
跳躍した二人の魔剣士達はまたも己の魔力を込めた剣を巨神像へ叩き込んでいた。
巨神像の頭のデザインは肩にかかる長髪のような意匠となっているが、スパーダとダンテの一撃によって削られた後頭部の抉れを基点にボロボロと崩れていく。
「お?」
「どうしたの?」
「頭の上」
タバサが指差す先を見てルイズは目を見張った。
巨神像の頭頂部の光輪にパリパリと小さな電光が迸ったかと思うと、さらにその真上の空間が陽炎のように歪みだしているのだ。
まるで今、タバサが使っている遠見の呪文のように。
それと同じように、やがて歪みの中には別の光景が映り込んでいた。
「……!?」
「〝天使〟様が本性を現わしやがったぜ」
ルイズは絶句した。
巨大な幻の風景の中に映り込んでいたのは、異形の存在に成り果てた醜悪な老人の姿だった。
◆
巨神像の内部は薄気味の悪い肉壁の洞窟がどこまでも続いている。
ネロはひたすら上に向かっていたが、奥に進むにつれて右腕の疼きは強さを増していくのがはっきり分かる。
他の悪魔達とは違う、ジリジリと焼けつくような気分の悪いこの反応こそ、あの教皇のものに間違いない。
しかも先刻に一戦交えた時よりさらにその力は強さを増している。
これだけ強い気配を向こうが発し続けているなら、悪魔の存在を嗅ぎ付けてくれるこの右腕が反応しない訳がない。
「うおっ……!」
やがて頂上らしき場所まで昇ってきた所で突如、激しい衝撃と震動がネロを襲った。
先程から何度か揺れていたのだが今のは一際強い。
激しくつんのめり、危うく転びかけてしまった。
「揺らすんじゃねえよ……」
周りの壁を見やりながらネロはぼやく。
外ではあの二人の魔剣士達がこの巨神像を壊そうとしているに違いない。
ネロが今いる場所がちょうど巨神像の顔だからこそ、後頭部に叩き込まれた衝撃が伝わって来た訳であるが、本人は自分が今どこにいるかなど知ったことではなかった。
「おのれ。悪魔どもめ……神聖な〝神〟の身体を……!」
聞き覚えのある声がすぐ近くから響いてきている。
目の前は行き止まりだったが、壁一面に薄い光の膜のようなものが覆っている。
ネロは迷うことなくその中へ飛び込んでいった。
「……来たな」
一転して起き上がったネロがいたのは十数メートル四方の広い部屋のような空間だった。
相変わらず巨大な目玉のような気味の悪いものが壁の至る所から浮き出ている。
その中にただ一人だけ佇む老人がいた。足元には今の衝撃で落ちたのであろう司祭帽が転がっている。
「まるっきり悪魔だな。ペテン師の教皇様には似合いの姿じゃねえか……」
背中のレッドクイーンの柄に手をかけ、ネロは目の前に立つ異形の存在を睨む。
姿形はまさしく教皇サンクトゥスそのものだった。だが同時にかつての原型を留めてもいない。
帽子が無くなったその下は老人らしく白髪が後頭部まで後退するほどに禿げており、まだ残っている髪が大きく広がっている。
しかし頭頂部には巨神像のような半円の光輪が伸び、額には青い宝石が、眼に至っては白目が完全にどす黒く染まりその中に赤々とした瞳が煌めいているのだ。
極めつけは背中から生えた巨大な角のようなもので、一対になったそれは翼を彷彿とさせているシルエットである。
「口を慎むがいい、小僧。我はもはや魔剣教団などという矮小な組織の長などではない。……偉大なる〝神〟と共にこの穢れ腐った世界を導く〝救世主〟にして〝魔皇〟なのだ」
全身から禍々しいオーラを湧き上がらせながら陶酔するサンクトゥスにネロは冷めた目付きで顔を顰めだす。
「何が〝魔皇〟様だ。いい歳したジジイが、かっこつけてんじゃねえ」
人間と悪魔の姿が中途半端に入り混じったその風貌は、仮にも教団が天使と呼んでいた神々しさには程遠かった。
まだクレドやアグナス、さらに鎧を被ったままとはいえ他の幹部達の方がマシだったと言える。
サンクトゥスは片手をかざすと、すぐ隣の壁面の光の膜から巨大な剣のようなものが浮き出てくる。
(この剣……)
右腕を押さえてネロは思わず呻いた。
鎌のように鋭く曲がった刀身に禍々しい肉塊が張り付いたようなその巨剣はサンクトゥスの身体よりもずっと大きい。
この剣から感じられる魔力ははっきり言ってサンクトゥス本人とは比べ物にならなかった。
(あいつの剣と一緒だ……)
不思議なことに、〝
いや、もっと言えば剣の持ち主そのものと――
「貴様一人なら我だけで充分……
サンクトゥスが巨剣を手にすると、ネロも咄嗟に右腕をかざして発現させた閻魔刀を握り締める。
「魔剣、スパーダ……?」
伝説の魔剣士スパーダはかつて一振りの剣をもって魔界の悪魔達を斬り伏せ、世界を救った。その時に使った愛剣こそ、彼自身の名を冠したものだという。
孤児院の子供達ですら知っているおとぎ話にも載っているし、ネロも言い伝えは耳にタコができる程に聞かされたことがある。
(迷信じゃなさそうだ……)
伝承が決して眉唾でないことをネロは悟らざるを得ない。
目の前にある魔剣こそ、紛れもない伝説の一部であると。
「――貴様ごときにその剣は使いこなせん」
サンクトゥスが魔剣を誇らしげに目の前にかざしていると、冷淡な声が響きだす。
壁のすぐ向こう側から聞こえてくる声にサンクトゥスは顔を顰めながらぐるりと首を回して周りの壁を見渡していた。
「ま、あの野郎よりかは使えてるみたいだがな。自分を保ててるのは褒めてやるよ」
紛れもなく、今のは〝
「坊や。こっちはもう片付きそうだ。そろそろ決めるぜ」
「No problem!(上等っ!)」
もはや難しいことを考える必要はない。相手がどんな怖ろしい力を持とうと、ただ目の前の敵を倒すのみだ。
ネロは即座に閻魔刀を大きく振りかぶり、叩きつけるように振り下ろした。
鋭い剣閃が一直線に突き進むが、サンクトゥスが軽く突き出す魔剣から飛び出た赤い魔力の塊に衝突し、爆ぜる。
「……!?」
爆風に煽られて思わず顔を腕で覆うが、気が付けば目の前からサンクトゥスの姿が消えていた。
サンクトゥスはこの巨神像の中を自由に移動できる。そのために自分は一度不覚を取った。
だが一度種が判ってしまえば何のことはない。敵は不意討ちを狙っているに違いないのだ。
大いなる力を手にしてそれを自慢しながら正面から堂々と戦おうとしないなど、姑息な人間など所詮その程度の器である。
「concentrate on the moment. Feel,don't think.(今、この時に集中しろ。――考えるな。感じるんだ)」
〝
「I will!(分かってるさ!)」
応えると同時にネロはレッドクイーンを抜き放ち、振り向き様に薙ぎ払う。
「ぬっ……!」
イクシードの騒音と衝撃音が轟き、サンクトゥスが振り払ってきた魔剣を受け止める。
確かに重い一撃だが、それでも愛剣で受けきれないものではない。
「Fuck you, ass hole.(失せな。このマヌケ野郎)」
不遜な笑みを浮かべながら閻魔刀を握る右手の中指を突き立てる。
と、同時に背後に青白い光と共に魔人の幻影が浮かび上がっていた。
◆
フォルトゥナの住民達は歌劇場の裏手に位置する高台へ続々と集まりだしていた。
大海原を見渡せるこの場所からは灯台島がよく見え、さらに先刻まで空に浮き上がっていた巨神像が海上に跪いているのだ。
「教皇様……?」
「あれが、教皇様なのか……?」
「そんな……教皇様が悪魔に……?」
住民達は一様に動揺を隠せなかった。
巨神像の頭上に浮かび上がった立体映像のようなもの。その中に映し出される光景に困惑はおろか恐怖すら覚える者もいた。
先刻、住民達を高らかに叱咤していたはずの教皇が見るもおぞましい姿を晒している。
それはまさしく悪魔そのものであり、一介のフォルトゥナの住民達からすれば目を背けたくなるほどの怖ろしさしか感じられない。
「ネロの腕が……!」
「ネ、ネロまで悪魔に取り憑かれたのか?」
「そういえば、最近ずっと右腕に包帯をしていたけど……」
警邏をしていた末端の騎士達は一緒に映っている銀髪の少年にもまた畏怖の感情を向けていた。
教皇に比べればまだ住民達が知る姿そのものだったが、やはり異形と化しているその右腕は何も知らない者達からしてみれば奇怪なものでしかない。
教皇は手から稲妻の嵐を放ち、ネロは走り回りながら銃で反撃する。それに合わせてネロの背後に浮かぶ青白い魔人は無数のブーメランを教皇に放っている。
ネロが右腕を突き出すと魔人の腕が伸び、教皇の持つ剣を鷲掴みにした。
『ええい、触るな! 汚らわしい悪魔め!!』
『てめえこそ、悪魔だろうが!』
両者の争いと罵り合いを住民達は呆然と見届けていた。
先刻は教皇が祈るように言ったが、無辜なフォルトゥナの民にしてみればあのような巨人が突如現れ、それを操っているのが教皇というだけでもさっぱり理解できず、ただただ戸惑うばかりだった。教皇の演説もまともに聞いてすらいない。
「ネロ……」
ただ一人だけ、全てを理解する者がいた。
観光客向けの安宿〝FORTUNA INN〟の主人が唖然とする横で、キリエは不安な面持ちで浮かび上がる映像を見つめていた。
「こりゃあ一体、どうなってるんだ……教皇様もネロも悪魔に取り憑かれたのか?」
(違うわ……ネロは、悪魔じゃない……)
キリエが目覚めたのはほんの少し前のこと。ちょうど巨神像が街の上空に姿を現わした時だった。
気を失う前に起こったことを全て憶えていた彼女は、今目の前の出来事の背景を全て悟ることができたのである。
(父さん……母さん……どうか……ネロをお守りください……)
首から下がるネックレスを握り締め、キリエは祈りを捧げていた。
たとえこの街の住民全てが愛する人を恐れようとも、キリエだけは信じていた。
ネロは紛れもなく心優しい人間であると。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定