魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
巨神像がダンテ達へ完全に向き直った瞬間、衝撃と共に大きく仰け反っていた。
ダンテはリベリオンを一気に薙ぎ払い、衝撃波を胸に炸裂させたのだ。
(ムンドゥスそのままだな)
巨神像の胸元が大きく抉れて空洞が出来上がっている。
その有り様はかつて戦った魔界の帝王そのものだった。スパーダも激闘の最中にあの巨神像のような傷を与えたのを微かに憶えている。
別にダンテと段取りをした訳ではないが、スパーダもフォースエッジに溜めていた魔力で衝撃波を同時に放って巨神像に致命傷を与えるつもりだった。
だがダンテの居合いのように振るわれたリベリオンの一閃は突発的なもので、全くタイミングは計れなかった。
(怒ってるな……)
スパーダは目を細めながらダンテを見据える。
サンクトゥスがクレドとキリエを嘲る言葉を口にした途端、ダンテの表情は一気に鬼気迫るものへと変わったのだ。
(家族のトラウマか……)
明らかに逆上して放たれたダンテの一撃はスパーダが予想していた以上の結果をもたらしたのである。
余程サンクトゥスの言い放った言葉はダンテの逆鱗に触れる程、彼の心の奥底に刻まれているであろう傷跡を刺激したのは明らかだった。
『おい、掃き溜め野郎』
ダンテの全身から溢れんばかりの赤いオーラが湧きだし、炎のように揺らめいている。
眉間に皺を寄せるダンテの瞳は今のネロのように、そして激しく煌めいていた。
――あんな生き物……母が欲しければ、何人でも創造してやるぞ。……トリッシュのようにな。
脳裏をよぎったのは宿敵たる魔界の帝王の残忍な冷笑だった。
人間はおろか同胞すら虫けらのように蔑む因縁の敵はかつてダンテの家族を弄び、嘲った。
教皇サンクトゥスが行ったことはまさにその時と同じだったのだ。
『お前に一つだけ教えておいてやる』
元より巨神像は魔界の帝王を彷彿とさせる姿であり、ダンテの心の奥底に眠る宿敵への怒りを再び燃え上がらせるのに充分だった。
『〝力〟を手に入れたってな……親父みたいにはなれねえんだ。……英雄にも、救世主にもな!!』
鋭い怒号に続き、轟音と共に赤い雷光が弾けた。
パンドラの足場の上に立っていたダンテは、スパーダの目の前で全く別の存在へと姿を変えたのだ。
――こ、これが……ダ、ダンテなの……?
――これが、あいつの本気か。ここまでビリビリ来やがるぜ。
鎧のごとく変質したコートのような赤い外殻を身に纏う悪魔がそこにいた。
皮膚は爬虫類のような鱗で覆われ、銀髪が逆立ったように硬質化し額を覆う兜状の外殻から覗かせている。
精悍な威容を示す〝鬼〟――人間であるはずの者がその身に宿す悪魔の血と力を解放したのだ。
だが魔剣教団が外法で得たようなものとは根本的に異なる。
人と悪魔の混血――さながら〝魔人〟と呼ぶべき存在だった。
(なるほど。確かに、私の力を継いでいるな……)
溢れんばかりの魔力の奔流にスパーダは思わず唸りだす。
気が付けば自身の身体にも小さな雷光がパリパリと弾け出し、薄っすらと本性の影が重なるように薄っすらと浮かびだしている。
同族同士でなければ感じ取れない感応と、魔力の共鳴だった。
魔人と化したダンテは騎乗していたパンドラを収納するとコートの裾が大きく広がり、その場に浮いたまま留まり続ける。
一見、コートのように見えたそれは紛れもない二対の大きな翼だった。
『行くぜ……! 〝
初めて目の当たりにするダンテという男が見せた純粋な怒り。
愛する者を侮辱した者に対する義憤は、スパーダにもはっきり伝わってくる。
実際、スパーダも先程のサンクトゥスの暴言は聞き捨てならなかった。
大昔、魔界の帝王が同胞を犠牲にしながらも平然と同じようなことを吐き捨てたのだから。
『良かろう。付き合ってやる』
同族の想いに応えてスパーダも剣を両手で構える。
紅蓮のオーラを纏うダンテと同じく全身に真紅のオーラを纏うと、翼に騎乗したままダンテと共に巨神像へ驀進する。
『おのれ……!』
サンクトゥスが戸惑う中、巨神像が右拳を突き出してきた。
『Get out here!(失せやがれ!)』
ダンテはリベリオンを一気に薙ぎ払い、真正面からぶつけ合う。
轟音と共に巨大な拳は大きく押し戻された。そればかりか中指と薬指の付け根が砕けてボロリと崩れ落ちる。
『Drive!(ぶち破れ!)』
瞬時にリベリオンに魔力を注ぎ込んで分厚いオーラを纏わせたダンテはさらに叩きつけるように振り下ろす。
スパーダもフォースエッジを振るい、同時に放たれた衝撃波は重なり合ってより巨大に膨れ上がり、右腕に突き進んでいく。
剣を振るった瞬間、その姿は本性である悪魔のものへと変貌していた。
――すごい……一発で……。
巨神像の右拳は赤い奔流に包まれ、爆散していた。
粉塵が収まると手首から先が完全に消え失せてしまっている。
『Next.(次だ)』
剣を振り切ったスパーダの姿は再び擬態した人間へと戻っていた。
『Yeah.(いいぜ)』
二人は並んだまま飛翔し、怯んだ巨神像の右腕へと一気に突進していく。
『Just meet!!(ジャスト・ミート!!)』
二人はまたも剣に溜め込んだ魔力を同時に、腕の関節へと叩き込んだ。
スパーダは再び本来の姿へと戻り、二体の悪魔の渾身の一撃は激しい轟音と共に巨神像の全身を激しく揺るがす。
さすがに強固な外殻ではあるが、ビシビシと瞬く間に亀裂が肘にまで渡って走ると、手首を失った下腕部がボロリと外れて海面に落下していった。
『Sick of you all.(お前らに用はないんだよ)』
周りに次々と魔法陣が浮かんで鎧騎士達が姿を現わすが、出てきた途端に暴風が吹き荒れ、吹き飛ばされていった。
二人が薙ぎ払った剣から広がった剣圧は紙のように人造の雑兵達を蹴散らしたのだ。
それでも鎧騎士達はまた次から次へと現れるが、二人は目も暮れずにバランスを崩している巨神像の正面へと引き返していく。
追い縋ってくる鎧騎士達だが、降り注いできた幻影剣の雨に貫かれて次々に墜落していった。
『……旧き神の分際で!!』
巨神像は左拳を大きく後ろに引き絞り、一気にフックを繰り出してくる。
右のストレート以上の速さで猛然と迫るが、二人は相手が構え始めた時から同じように剣を引き絞っていた。
三度、スパーダは仮初めから真の姿に戻り、背中に無数の翼を広げだす。
『ディアアアッッッ!!』
『オオオオオッッッ!!』
スパーダは騎乗する翼から蹴り跳び、ダンテと互いに咆哮を上げながら左フック目掛けて突撃していく。
突き出す剣に纏う濃厚なオーラは鋭い螺旋を形作り、一つに重なり合うと槍のようにさらに鋭く膨れ上がった。
巨神像の左フックはそのまま右肩まで勢いのままに振り切られていく。
だが二人が繰り出した渾身の突進突きは拳を容易く突き破り、腕の内部を抉り砕きながら肘先まで一気に突き抜けていった。
瞬く間に巨神像の下腕部全体にヒビが走ると、ボロボロに崩れ去ってしまう。
追従してきた翼に着地したスパーダとダンテは共にアクロバット飛行のように反転し、再び巨神像の正面へと躍り出る。
両腕を失った巨神像は見るも無残に変わり果てていた。
魔力を用いた攻撃もできず、もはやまともに抵抗することもできない。そればかりか、このまま倒れでもすれば起き上がることも叶わずに海の底に沈んでしまうだろう。
気が付けば、頭上に浮かんでいた映像も消え去っていた。
『次はどうする?』
『お前が選べ。〝
ダンテの問いにスパーダはそれだけを答えた。
だが、彼が狙う場所は既に決めているのは判っている。
先程、怒髪天を衝いて放った一撃で刻んだ胸の抉れを見据えているのだ。
『This is the end.(トドメと行くか)』
『OK.(良かろう)』
互いに剣を構えながらさらに激しい魔力のオーラを纏わせていく。
その間にもスパーダは本来の悪魔の姿の影が重なりだす。
――あれ?
――何だぁ? 今のは……。
ほんの一瞬、本来の姿とは別のものが浮かび上がり、スパーダは僅かに顔を顰めた。
(……これが限界だな)
今現在のスパーダの力はフォースエッジのままでもかつて魔帝ムンドゥスと戦った全盛期の頃に限りなく近い力を発揮できる。
フォースエッジそれ自体が解放できる魔力は本来の魔剣スパーダとは比較にならない程低い。
だが一千年以上、地道な鍛錬で僅かずつだが力を底上げしていたのだから、一度力を切り離した当時のままという訳でもない。
何より、フォースエッジを取りに一度魔界に戻っているおかげで魔力は相当充填されている。
それ故にこそ、スパーダは瞬間的に本来の姿に戻ることで周囲への影響を抑えつつ羅王アビゲイルを退ける程の力を発揮できた。
(これ以上はいかんな……)
フォースエッジの封印を解くのはやはり得策ではないことを改めてスパーダは実感した。
たった一日魔界に戻っただけでも予想以上に魔力を取り戻している。
下手をすれば、この世界に悪影響をもたらしかねない。……無論、ハルケギニアにも。
まして三つの魔剣全てを再び完全に取り込めば、自分は現世にはいられなくなるだろう。
◆
(もっと、もっとだ……!)
衝撃と震動で部屋が揺れる中、ネロは閻魔刀を脇に構えたまま沈黙していた。
〝
その内側にサンクトゥスは潜り込んでいるのだ。
伝説の魔剣とかいう大層な代物を自慢しておきながら、結局は姑息な手段に頼ることしかできない。
そんな陰険な輩だからこそ、実にしぶとい。
(もっと、力を……!)
身構えたままのネロの全身を包むオーラはより激しさを増していく。
一発で仕留めるには中途半端な力では駄目だ。
持てる全ての力を使って、最大の一撃を放たなければならない。
敵が外に気を取られている今、ネロは右腕にも閻魔刀にも湧き上がる全ての魔力を溜め込み続けていた。
「くたばれえっ!!」
一気に刃を袈裟に振り払い、瞬時に交差させるように切り返す。
眩いX字状の剣閃が刻まれ、さらにネロはその中心を一文字に薙ぎ払った。
三つに重なった巨大な剣閃はまるで翼を広げるような衝撃波となって、一気に突き進んでいった。
「ぐおあぁっ……!?」
衝撃波が直撃した天井と壁が、鋭い轟音と激しい震動を巻き起こしながら爆散する。
粉塵の中からは無数の影が飛び散りだしていた。
サンクトゥスの身体は四肢はもちろん、胴体に至るまでバラバラに四散して凄惨な有り様となっていたのだ。
「オラア!!」
魔剣スパーダがゴトンと重々しい音を立てて床に転がる中、ネロは閻魔刀を一直線に投げ放った。
「ぐぶっ……!!」
下半身に両手まで失ったサンクトゥスの上半身が落下する中、胸のど真ん中を鋭い刃が貫いた。
「こいつがそんなに欲しけりゃくれてやるよ……」
冷淡にネロが吐き捨てる中、サンクトゥスは困惑と驚愕、苦悶と複雑な表情を浮かべながらどす黒い血を吐き散らす。
床に落ちるまでもなく、他の肉片と共にドロドロに溶けて跡形も無く消え去っていた。
(終わったよな……)
ネロは宙に浮かんだままでいる閻魔刀を手にし、嘆息する。
断末魔さえ残さずにサンクトゥスが消滅した途端、周りを覆っていた殺気や気配が急激に薄れていくのが判る。
右腕も反応していない。間違いなく、サンクトゥスという悪魔は死んだことを意味していた。
「キリエ……クレド……」
ハッとしてネロは壁の膜の方を見やった。
街の様子を映していた映像は、気付けばとっくに消えていたのだ。
今、ネロの心にあったのは大切な人と仲間達の安否だった。
◆
『ぐおおおおおおっ!?』
歌劇場のホールにアグナスの苦悶の叫びが響き渡る。
舞台の上でのたうち回るアグナスの全身からはブスブスと白煙が立ち昇っていた。
『な、な、な、何だ……! な、な、何を……した……!?』
「あなたも魔剣教団なら知ってるでしょう? 教団騎士はあなたがあの機械仕掛けの剣を使う前は、清めの聖水を剣に浸して悪魔達を蹴散らしていたそうじゃない」
困惑するアグナスにトリッシュは拳銃を片手に溜め息を零しながら静かに歩み寄っていく。
アグナスと同じようにトリッシュの身体からも僅かだが小さな煙が上がっていた。
舞台上には無数の小さなガラス片が飛び散っているが、この劇場のステンドグラスではない。
『な、な、な、な……!?』
「忘れたの? 〝帰天〟で変化した肉体は、悪魔と同じだということを。……無論、弱点もね」
たった今、トリッシュは天井高く放り投げた小瓶を撃ち落としたばかりだった。
途端にホール内には青白い霧が一気に広がり充満し、瞬く間に消え去っていた。
霧に包まれたアグナスの人造悪魔達は一瞬で蒸発し、アグナスは御覧の通りに悶絶している。
「あなた、悪魔の力を研究していたなら、それくらいは判ってると思ったけど……」
悪魔祓いの聖水は太古の昔、人間達が魔界の悪魔に対抗するために錬金術で生み出した退魔の品である。
人間には無害でも悪魔の細胞にとって劇薬となり、酸を浴びせられるようなものだ。
それはトリッシュですら例外はない。
どうにもこのアグナスはしぶとい上に、得意技も使えないとなるとこうするしかなかった。
アグナス以上に純粋な悪魔であるトリッシュにとっても、この聖水の雨を浴び続けるのは結構堪えるのである。
「力に目が眩んで一番大事な所を見落とすようじゃ、研究者失格ね」
〝帰天〟の儀式で魔剣教団は人の身でありながら悪魔の力を宿すことに成功した。
だが、得られるのは決して力だけではない。悪魔の弱味までも受け継ぐのは極自然な道理というものである。
「ぐ……ぐお……お……お……」
「早く元に戻ったら? 少しは楽になるかもしれないわよ」
呆れたようにトリッシュは肩を竦めると、アグナスの全身を光が包み込む。
元の人間の姿へと戻ったアグナスは床に這い蹲ったまま激しく息を切らしていた。
「皮肉なものね。人間であることを捨てたツケが回るなんて。あなたが人間を辞めなければ、そんな苦しみを味わずに済んだでしょうに」
「だ、だ、だ、黙れ……! お、お、お前も……悪魔の、く、く、癖に……!」
面を上げたアグナスは屈辱の表情でトリッシュを睨んだ。
トリッシュの返答は言葉ではない。
一発の銃声と共にアグナスの眉間に風穴が開き、巨体は大きく仰け反った。
ドスンと倒れたアグナスの顔は舞台の縁から外にぐったりと逆さまに垂れ下がり、その死に顔を隠す。
「悪魔は完全無欠の存在じゃない……そういうことよ」
〝Luce & Ombra〟の刻印が刻まれた銃を亡骸に向けたまま、トリッシュは諭すように言い放った。
確かに悪魔は人間より遥かに強い力を持つ。
だが人間には持ち得ない弱点があり、それを持たない人間にとっては悪魔に勝る強みなのである。
悪魔の力に魅入られたアグナスは皮肉にもそれを捨て去ったのだ。
「……終わったようね」
銃を下ろしたトリッシュは頭上を仰ぎ、割れた天窓を見つめだす。
アグナスとの戦いで気が付かなかったが、外はすっかり静寂を取り戻している。
全ての騒乱が収束したことをトリッシュは悟っていた。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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悪魔の描写
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