魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
海上に膝をつく巨神像は力なく項垂れて完全に沈黙していた。
文字通りにただの木偶の坊と化した巨神像の胸元には巨大な風穴が開けられている。
ダンテとスパーダ、二人の魔剣士による全身全霊を込めた一撃は動力の要となる心臓部を完全に破壊したのだ。
両腕さえも失ったその姿は仮にも〝神〟としての威厳や壮麗さは欠片も残っていない。
巨神像が無力になったのを見届けた二人は海面に漂う破壊した腕の残骸の上に立っていた。
「久しぶりにキレちまったな……」
ダンテは魔人から人間の姿に戻り、ふと囁くように吐露する。
元よりダンテは感情的なタイプではない。若い頃は悪魔やその力を利用しようとする邪悪な人間を目の当たりにすると明確に腹を立てることもあったが、歳を重ねる毎にあからさまに怒るようなこともなくなっていった。
だが今回ばかりは例外だった。家族を蔑ろにする者、嘲笑する者に対してだけは怒りを抑えることはできない。
ここまで憤慨したのはほぼ10年ぶり……魔界の帝王とやり合った時以来だった。
スパーダは腕を組んだままじっと巨神像の顔を見つめている。
額のコアとその周辺は内部から突き破られた穴が開いており、完全に喪失していた。
その穴の中から小さな影が這い出て来るのが見える。
穴の縁から見下ろしていた人影は数十メートルもの高さにもかかわらず躊躇なく飛び降りだした。
二人が佇む場所へと一足に着地――する寸前で青い光の円盤が足元に現れ、それを蹴ると一転しながら軽やかに降り立つ。
「ちょっと遅かったが、ギリギリ間に合ったみたいだぜ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるダンテにネロは一瞬、目を丸くしたがすぐ合点がいったように小さく頷く。
「ああ、そういえばそうだったっけな……」
約束の時間のことなどすっかり忘れていたのだ。時間が経つのもまるで意識していなかったので、気味の悪いあの巨神像の中にどれくらいいたのかまるで分からない。
「こいつもあんたのなのか? 重えんだよ……」
ネロは背中に愛剣のレッドクイーンと交差させるように魔剣スパーダを背負っていた。
重いと言いつつ悪魔の右腕は軽々と巨大な魔剣を抜き放ち、ダンテへ差し出される。
「ずいぶん派手にやりやがったな……こっちは中で揺らされまくったぜ……」
魔剣スパーダを渡したネロは巨神像を振り返ってぼやくように溜め息を漏らしていた。
実際、サンクトゥスの元へ辿り着く間に何度も外からの衝撃による激しい震動で倒れそうになったのである。
「そりゃ悪かった。何せ、神様だけあってタフだったもんでね」
苦笑するダンテにつられてネロも小さく失笑する。
こんな巨大で頑強な木偶の坊が二人にここまでボロボロにされてしまうなど、〝神〟も形無しである。
サンクトゥスが目の当たりにしていたらどんな顔をしていただろうか、さぞ見ものだっただろう。
「もう行くぞ。みんながお前を待っている」
スパーダが静かに促すと、ネロはハッとして陸の方を振り返りだす。
街の上空に浮いていた鎧騎士達の影は巨神像の沈黙と共に失せていた。
向こうの様子をデルフを介して見ていたスパーダだったが、ネロにとっては決して好ましい状況とは言えない。
「そんなことも出来んのか」
ダンテが取り出したパンドラの箱を海面に放ると、光に包まれながら瞬く間にジェットスキーのような乗り物へと変形していた。
目を丸くするネロの横でスパーダは天使の翼に片足を乗せて上がろうとする。
『Gu……a……』
「……んん?」
突然、低い呻き声が響きだし、乗り込もうとしたダンテは微かに顔を顰めだす。
三人がゆっくり振り返ると、沈黙していたはずの巨神像に異変が起きていた。
「まだ生きてやがる……」
巨神像が僅かに顔を持ち上げて一行を見下ろしていることにネロは鬱陶しげに舌を打つ。
ダンテも苦笑交じりに溜め息を漏らしていた。
「……しぶとい爺さんだな」
見れば巨神像の顔はそれまでとは完全に一変していた。
歌劇場に飾られていたモニュメントのように無機質ながら中性的で神々しい印象だった顔は見る影もない、顎髭を蓄えた老人のものになっていた。
そう。紛うことなき教皇サンクトゥスそのものと化しているのだ。
無表情で薄目だったはずの瞼が開いており、本性を現わした時のように黒目と赤い瞳を露わにして三人を見下ろしてきている。
「No body.(もう何者でもない)」
冷たくスパーダは切り捨てた。
〝帰天〟によって悪魔の力をその身に宿したサンクトゥスの亡骸も、巨神像の肉体を構成する幾万もの悪魔達の血肉の中に溶け合ったのだろう。
自分自身が、それまで狩ってはかき集めてきた有象無象の悪魔達の集合体の一部と化すなど皮肉でしかない。
曲がりなりにも魔力が強いからか、その影響で顔が変化したのだ。
偽りで塗り固められ、隠されていた教団の本性や醜さが露わになったのを象徴しているようなものである。
『Ah……Gu……Gu……』
文字通りの木偶の坊はサンクトゥスでも〝神〟ですらなかった。〝偽神〟とでも呼んでやった方が相応しい醜態である。
もはや人としての意思も何もなく、〝偽神〟はただ苦しげに憔悴し喘いでいるだけだ。
両腕を失い、心臓部も完全に破壊されたので巨体を身じろぎさせることすらできないでいる。
それでも開いた口から覗ける喉奥から荒い喘息と共に薄っすらと光が漏れ出ているのが窺える。
「Let's do it?(やるか?)」
ダンテは魔剣スパーダを肩に担ぎながらちらりとスパーダと視線を交わし合った。
「This's trash.(ゴミは始末するに限る)」
再びフォースエッジを抜き放ちながらスパーダもバッサリと言い切った。
互いに同感した二人の魔剣士が剣を構えようとした、まさにその時である。
『Ga……!!』
突如、〝偽神〟の顔面を巨大な光の手が鷲掴みにしたのだ。
いつの間にかネロは眩い光を放つ右腕を突き出し、幻影の腕を伸ばしていた。
今までとは比べ物にならない、己の身体の数十倍にも膨れ上がった光の腕は破壊された巨神像の巨腕よりもさらに一回りも巨大になって〝偽神〟の顔面を包み込む。
「I'm fed up with you……!(てめえは、しつこいんだよ……!)」
口も塞がれてムグムグと呻いている〝偽神〟をネロは心底嫌悪に満ちた表情で睨みつけていた。
さらに右手に力を込めて握り締めると、ミシミシと鈍い音が響きだす。
「Now……Fuck off!!(……とっとと、消えな!!)」
怒号と共に右腕を力一杯に捻ると、ボキリと呆気なく〝偽神〟の首がへし折れた。
もぎ取られた〝偽神〟の顔面はさらに光の拳の中で握り潰され、爆散する。
舞い散る粉塵の中、顛末を見届けていたダンテとスパーダは呆然と目を丸くしていた。
二人がかりで、しかも互いに本気を出し合うことでようやく致命傷を与えられたものを、ネロはたった一人だけで二人の働きに匹敵する……いや、それ以上の成果を見せたのである。
まだ不完全ながら、このネロというまだ成人もしていない若者が秘める絶大な力は、まさしく魔剣士スパーダの血を引く者でなければ成せないものだった。
(パワーだけだったら俺より上だな、こりゃあ……)
(若さゆえか……)
「終わった。……早く行こうぜ」
ぶっきらぼうに言い捨てる若き同族に、二人の魔剣士は賞賛と驚嘆の眼差しを送っていた。
◆
海に面した高台の広場の一角にフォルトゥナの住民達は集まっていた。
そこにはたった今まで飛び交っていた鎧騎士達を相手に奮戦した一人の天使の変わり果てた姿がある。
「兄さん……!」
蹲るキリエは悲しげな顔で、横たわる兄・クレドを介抱していた。
周りでは住民達が遠巻きに静観し、一様に困惑の眼差しを向けている。
「何よ……! 血が止まんないわ……!」
クレドの傍らではルイズが苛立ちながらタバサと一緒に杖をかざして呪文を唱え続けていた。
胸に腹、と身体の至る所を貫かれて血を溢れさせているクレドの顔からはますます血の気が失せていく。
巨神像が沈黙したと同時に鎧騎士達は糸の切れた人形のように動きが止まり、次々に墜落してはバラバラになっていた。
そして、幾度となくその身が傷つきながらもキリエを守らんと戦い続けていたクレドもまた力尽きてしまったのだ。
悪魔から元の人間の姿に戻ったクレドにキリエは躊躇なく駆け寄り、加勢していたルイズ達もクレドの傷を癒そうとした。
(こりゃ駄目だなぁ。普通の治療魔法じゃ埒が明かねえぞ)
だが、二人がかりでいくら治療の魔法をかけても流れ出る血が止まる気配はない。
「みんな、どいてくれ!」
そこへ群衆を押し退けて現れたのはネロだった。
ネロが顔を出すと住民達はおろか警邏の騎士達すら戸惑いながら彼を避けるように道を開けていく。
「あれは……やっぱり本物?」
「ネロも教皇様も、悪魔……?」
「どういうことなんだ……?」
狼狽する彼らの視線は露わになっている異形の右腕へと向けられていた。
だがネロは周りからの眼差しなど気にも留めず、ルイズ達の元に駆け寄っていった。
「クレド!!」
「ネロ……」
駆けつけてきたネロにキリエの顔には悲しみつつも僅かに安堵の色が浮かび上がる。
「スパ……〝
ネロの後ろから付いてきたダンテとスパーダの姿にルイズはタバサと共に立ち上がり、彼の元へ行く。
もはや自分達には手の施しようがない以上、頼れるのは自分のパートナーしかいないのだ。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定