魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Another Mission <昇天-Last wish> 59章

 

「しっかりしろ、クレド!」

キリエの向かいにしゃがみ込んだネロはクレドの身体を抱き起こす。

手酷い深手を負い、制服が夥しい血に塗れたその有り様は思わず目を覆いたくなる程の惨状だった。

おまけに右腕まで失っているのはあまりに痛々しく、目を覆いたくなる。

「無事……だったか……ネロ……」

弱々しく荒い息を吐きながら、クレドはネロの顔を見つめていた。

「すまない……俺がもっと早く、奴にトドメを刺していれば……」

苦渋の表情を浮かべてネロは謝罪しだす。

本来、サンクトゥスを捕まえて引きずり出した時にトドメを刺せていたはずだったのだ。だが、ネロが抱いていた怒りはただ倒すだけでは収まりそうになかった。

サンクトゥスのせいで犠牲になってきた仲間や恩人達、みんなの無念を仇にぶつけてやろうと戦いの前から考えていたのだ。

だからこそ、あの時にすぐトドメを刺すことができなかった。

そのザマがこれである。

「俺のせいだ……またあんたに……余計な世話をかけちまった……」

教団騎士でありながら協調性に欠け、命令違反も平気で犯すネロのことをクレドは顔を顰めつつもいつも尻拭いをしてくれていた。

だがそれによってクレドに危害が及ぶことまでは望んではいなかった。

ましてやこのような最悪の事態など……。

 

「……どうにかならないの?」

群衆より近くから見守るルイズは縋るようにスパーダのコートを掴む。

だが、当人は目を細めて顔を顰めるだけだった。

「もう手遅れだ」

悪魔の答えはあまりに非情だった。

クレドが無理をして戦っていたのはルイズ達にもはっきり判っていた。

彼が技を繰り出す度に火花や雷光が弾け、教団本部の時より明らかに動きは精彩を欠いていた。

街はスパーダが張り巡らした結界で包まれている。その力が作用しているのだとすぐに察することができた。

おまけにここまで重傷を負わされては尚更である。

 

(……よくここまで持ったもんだ)

スパーダの隣で眺めるダンテも同様に苦い顔を浮かべていた。

既に帰天で得た悪魔の生命力をもってしても致命傷であり、しかも魔力まで失われている。

無理をして悪魔の力を行使した代償は大きかった。バイタルスターの力をもってしても救うことはできない。

 

「ごめん、キリエ……俺は……」

「ネロ……」

またも詫びるネロの表情はキリエ以上の悲しみと、何よりも深い後悔に満ちていた。

仮にも教団騎士でありながら、騎士にあるまじき愚行を犯してしまった。

本来であればキリエにも合わせる顔がない。それ程までに恥ずべきことをしてしまったと思い詰めてしまう。

キリエはどう答えれば良いのか分からないまま困惑し続けていた。

「……ネロ」

クレドは絞り出すように声を吐き出し、真っ直ぐにネロの目を見つめだす。

「そんなに……自分を責めるな……」

「だけど……俺は……」

「こうなることは……既に分かっていた……因果応報というものだ……外法に手を染めておきながら……私だけが生き残る訳にはいくまい……」

自責の念に駆られるネロだったが、クレドは小さく首を横に振る。

 

「それに……私は誇りに思っている……キリエを……この街を……お前と守れたことに……」

「違う……みんなを守ったのはクレドやルイズ達だ……! 俺は結局……悪魔どもを倒すだけだ……」

右腕の拳を固く握り締め、ネロは苦々しくそれを見つめていた。

「どんなに力があったって、大切な人も守れない……それじゃあ、意味がないんだよ……!!」

感情に任せて右拳を足元に叩きつけると石畳が衝撃と共に小さく砕けた。

遠巻きに見守る衆人観衆は思わずビクリと震え上がりだす。

「ネロ……」

ルイズやタバサは感情を爆発させるネロを哀れみの眼差しで見つめていた。

その姿はとても戦いを生き残った勝者には見えない。むしろ敗者にしか見えなかった。

 

「お前は守れただろう……? この右腕で……キリエを……っ」

喋るのも辛そうなクレドは小さく咳き込み、血を吐き出していた。

「兄さん……!」

キリエは思わず兄の手を握り締め、さらにその身を案じだす。

「私こそ……お前一人にだけ……ずっと重荷を背負わせてしまったな……」

今度はクレドの方から謝罪の想いが吐き出されていた。

何もネロばかりクレドに借りを作っていた訳ではない。クレド自身も、ネロには魔剣教団の暗部の後始末をずっと押し付け続けていたのだ。

ネロが作った些細な負債に比べれば、それは遥かに重いのである。

「これは……報いだ……お前達を……フォルトゥナの民を……謀ったことのな……」

ちらりとクレドの視線はネロから外れ、数人の男女達へと向けられる。

ネロと同じ銀髪をした赤と紫の魔剣士達は静かに佇んだままこちらを見据えている。

申し訳なさそうにクレドはスッと目を伏せて目礼を送ると、再びネロの顔を見上げだす。

自分を見下ろす少年は、今にも泣き出してしまいそうな程に悲痛な表情を浮かべていた。

 

「教団は……多くの民を欺き、陰で犠牲にしてきた……それが間違った道であると知りながら……私は教皇の理想の世界を築く為ならと……さらに大きな罪を重ねてしまった……断じて許されることではない……」

「あんたは、ずっと奴とアグナスに騙されてただけじゃないか! 教皇の野郎は、クレドの真面目さに付け込んで良いように操ってただけだ!」

クレドはさらに眉間に皺を寄せて目を伏せ、唇を噛み締めだす。

「だが……父と母の死は……教団の暗部が……原因であることを……知っていたことに……変わりない……」

兄の告白にキリエは愕然と目を丸くしていた。

キリエだけではない。周りで見守る住民達も同様に激しく困惑していた。

巨神像の頭上に浮かんだ映像を通して、魔剣教団の暗部は白日の下に曝されたのだ。

サンクトゥスは巨神像の不調で内部の様子が外に漏れていたことに気付いてはいなかったに違いない。知らず知らずの内に卑劣で醜悪な本性を曝け出していたのは何とも滑稽過ぎる。

これで魔剣教団の権威と信用は大きく失墜することは免れないだろう。

第一、魔剣教団があのような怖ろしい巨神像を造り上げていたという事実だけでも、善良な信徒達が強い疑念を抱くには充分だったのだ。

 

「すまない……キリエ……私は、本当に愚かな兄だ……」

兄に謝罪されてキリエはさらに狼狽しだす。

「お前だけでも……無垢な心のまま……楽園を歩んで欲しいと願っていた……そのために……私は、悪魔に魂を売り渡してしまった……」

ネロと同じく後悔してもし切れないような苦渋に満ちた表情で、困惑するキリエを見つめていた。

「私を悪魔と責めても構わない……だが、ネロは違う……決して私と同じ外法で悪魔の力を宿しているのではない……それだけは信じて欲しい……」

周りで住民達と共に見守る警邏の騎士達は激しく戸惑っていた。

今も露わになっているネロの異形の右腕は明らかに悪魔である証である。

そして自分達、騎士団の長であるクレドもまた異形の姿をはっきりと曝していた。

不思議なことに教皇サンクトゥスの醜悪な魔性の姿に比べれば、遥かに恐怖や不安は薄かった。

 

「悪魔じゃないわ……」

はっきりと呟くキリエは真っ直ぐに兄の顔を見つめ返していた。

「兄さんも、ネロも……悪魔じゃない。だって、私達のために精一杯戦ってくれたんだから……」

ずっと握り締めたままの手を離さぬまま、キリエは微笑んでいた。

「悪魔の力を持っていても、心は人間よ。……何も怖いことなんてないわ。みんなだって、きっと分かってるはずよ……」

「キリエ……」

悲しくも優しさに満ち溢れた笑顔はクレドだけでなくネロまでも驚嘆し、安堵させていた。

正直な話、二人ともキリエが誰かを口汚く罵るような姿など見たくはなかった。

いつまでも清らかで他人を思い遣る心は、何が起ころうとも決して失われることがない。

そればかりか罪を犯した兄の懺悔を許し、逆に包み込もうとしている。

まさしくフォルトゥナの民が讃える女神そのものだった。

 

妹の言葉に呆然としていたクレドの目は静かに閉じていく。

「クレド……!」

「兄さん……!」

「ネロ……私などが……こんなことを言えた義理でないことは……分かっている……だが……頼む……キリエを……このフォルトゥナを守ってくれ……」

もはや虫の息だった。ここまで致命傷を負いながらも持ち堪え続けたのが不思議なくらいである。

ひょっとしたらルイズ達の治療の魔法が少なからず功を奏していたのかもしれない。

「もう……魔剣教団は必要ない……真実も……お前の……望むままに……だが……神を……スパーダを信じる心だけは……失わせないでくれ――」

「クレド……?」

ネロは言葉が途切れたクレドの顔を見て愕然とした。

微かに、笑っているのだ。

クレドの両親が亡くなってから一切見せなくなった笑顔。

彼がまだ騎士団長になる前、幼いネロに見せてくれた、キリエとはまた違う優しい微笑みだった。

 

クレドは小さく深呼吸をして、はっきりと言葉を口にしだす。

「――それが、私の望みだ」

言い切る前にクレドの身体を仄かな光が包み、瞬く間にその中へと溶けていく。

「クレド!」

二人の手の中から光の粒が無数に舞い上がり、霧散した。

目の前にあったはずのクレドの姿は跡形もなく消え去ってしまった。衣服すら残さず、全てが光となって散ってしまう。

それは、クレドという一人の人間の存在の死を意味していた。

 

「……にぃ……さん……っ……!!」

堪えきれなくなったキリエは顔を両手で覆い、慟哭する。

「クレド……」

手をついて力なくへたり込むネロもまた嗚咽を漏らしていた。

「嫌だよ……行かないでくれよ……! 俺……あんたまで失いたくないよ……!!」

額を地に擦りつける程に蹲りながら、ネロは号泣する。

激しく泣きじゃくるその姿は、まるで幼い子供のようだった。

だが亡骸も消滅した以上、もはや縋りつくことさえできない。

 

涙を流す二人の男女を、周りの人々も悲しげに見つめていた。

ルイズはもちろん、タバサも同じくやるせない面持ちを浮かべている。

とても悪魔の力を得たとは思えなかった。

クレドはサンクトゥスやアグナス、他の幹部達とは違って純粋にこのフォルトゥナを守りたい、ただその一心だけだった。

純粋な想いが悪意と欺瞞で歪められたとしても、根本的な願いだけは変わらなかった。

それ故に、その姿が異形と化しても悪魔の醜悪さは微塵も無かった。

その最期すら、悪魔に相応しくない神々しさに満ちていたのだ。

(マジで天使になりやがったってか)

フォルトゥナを守るために命を賭けて戦い抜いたその清廉な生き様は、まさしく天使と呼ぶに相応しかった。

 

――Dante…….(ダンテ……)

 

――Sparda…….(魔剣士スパーダ……)

 

天使の最期を見届けた二人の魔剣士は、声にならない呟きをそれぞれ耳にしていた。

たったそれだけで何かを伝えようとしている訳ではない。

ただ、純粋な祈りだけが強く込められていることを感じていた。

「Rest in peace.(安らかに眠れ)」

「……Adios.(……あばよ)」

道は誤っても、大切な物を守るために命を散らした一人の男に敬意を込めて、二人の魔剣士は共に黙祷を捧げた。

 




ここまでが想定していた最終章となります。
クライマックスだけにかなり長引きました…。毎週投稿で12月には終わらせる予定でしたが、やっぱり内容の濃さもあってスケジュールにも無理があったようです。
残りは3、4話ほどのエピローグをもって、外伝は終了となります。
どうか最後までお付き合いをお願いします。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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