魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
「俺の兄貴は……親父への憧れが強かったのさ……とっても真っ直ぐだったからな……」
ストロベリーサンデーを食べ終えたダンテは頬杖を突いて目を伏せだす。
兄・バージルもダンテのように悪魔達に襲われながら放浪する中で、父の正体と偉業を知ったに違いない。
ある意味では純粋だったが故に強い悪魔だった父の力に魅せられて、道を踏み外す結果になってしまったのだ。
「己を受け入れられん奴など、己すら超えることもできない」
薄い目付きでスパーダは冷たく吐き捨てる。
バージルは自分自身に対して強いコンプレックスを抱いているようだった。
悪魔の力を持ちながら、半分は人間であることに嫌悪を抱いているようで、どうやら人間の弱い部分を忌避しているらしい。
スパーダはちらりと横目でダンテへと視線を流す。
「きっかけはどうあれ、〝力〟の奴隷になり下がるなら、所詮はその程度だ」
バージルにしろ、ダンテにしろ、どちらも違いはあれど己の〝力〟に翻弄されているのが見て取れていた。
スパーダとしては別に自分の息子なり孫なりが、自分自身を超えて強くなる分には一向に構わない。
事実、このダンテという男はかつて魔帝ムンドゥスの魔手から人間界を救った頃のスパーダを超えているし、ネロも不完全ながら単純な馬力だけならダンテはおろかスパーダをも凌駕している。
それはスパーダとしては喜ばしいことだった。自分を超える力を持ち、同じ志を持つ者が人間界を守ってくれるなら願ってもない未来である。
「〝力〟の奴隷、ね……俺は、自分の力を持て余してるってか?」
「分かっているならそれで良い。お前はまだマシな方だ。一時でも心の拠り所がある分にはな」
自嘲気味に笑うダンテをスパーダは冷たい視線でじっと見据える。
ダンテは今現在のスパーダと同等の絶大な力をその身に秘めている。だが、その力を思う存分に振るう機会や互角の相手というものが普段はいないのだ。
スパーダはその気になればドッペルゲンガーやブラッディパレスで自らの力を発散させられるし、微々たるものながら力を高めることもできる。だが、ダンテにはそれができないのだろう。
行き場を失った〝力〟はダンテの中に燻ぶり続け、やがてその矛先を求めてダンテ自身を支配するようになるのだ。
今回のフォルトゥナでの事件の被害を大きくした要因の一つがそれなのである。
もし、ダンテに普段から戦いや使命以外に心の拠り所があれば、持て余していた自らの〝力〟を抑えることもできたかもしれない。
「どんなに大きな〝力〟を手にしようが、己を律せない奴は己自身の〝力〟に喰われる。己すら見失ってな」
小さく鼻を鳴らすスパーダは指先にナイフ程の大きさの幻影剣を浮かべだし、クルクルと回しだす。
「そんな奴は悪魔ですらない。……魔界の秩序さえも破壊するだけの怪物に過ぎん」
(バージルには聞かせられねえな……)
僅かに眉を顰めてダンテは父の話に聞き入っていた。
人間としてではなく悪魔としての生き様を貫こうとしたのに、それを他ならぬ悪魔である父自身に否定されるなど、さすがに無惨でしかない。
「お前の兄は、お前のようにささやかな心の拠り所も無かったらしいな」
幻影剣を掴み取ったスパーダはその刃を眼前で見つめていた。
閻魔刀に残っていた思念からバージルという男がもはや末期であることは確信せざるを得ない。
大いなる力を手に入れたダンテとは正反対で、バージルは強くなるためにより大きな力を求めている。
だがダンテやネロと違って誰かを守るためといった目的や志は持ち合わせていない。
初めこそ父であるスパーダを超えるという目標はあっただろう。どうやら家族の仇を倒すというのも目的だったに違いない。
だが、バージルにとってそれらはもはや副次的なものでしかなくなっている。
ただひたすらに、意味も無ければ際限もないままに〝力〟を求めて肥大化しているのだ。
それはバージルの無念により自らの〝力〟そのものが、ひたすら新たな〝力〟という餌を欲するが故である。
もはやバージルの〝力〟は、バージル自身を乗っ取っているに等しかった。
「お前は兄と何度か殺し合ってるだろう」
「昔のことさ……」
ダンテは切なそうに笑みを零した。
思えば子供の頃からバージルとは些細なことで争ってばかりいた。
もちろん、その時は血で血を洗うような殺し合いなどではない、微笑ましい子供の喧嘩に過ぎない。
だが魔界の帝王によって母を失い、生き別れたあの日から10年も時が経ち、再会した時にはもうバージルは目的のためなら肉親すら容赦なく手にかける冷酷な男と化していた。
スパーダの力を求めて魔界への道を開く為、テメンニグルの塔を解放するという暴挙までしでかした。
ダンテと互いに血を流し合いながら幾度となく争った果てに、魔界に自ら身を投じていったのだ。
(皮肉だぜ……よりによって掃き溜め野郎の玩具にされるなんてよ……)
そして10年前、兄は最も憎む魔界の帝王の傀儡と化して再びダンテの前に立ち塞がったのだ。
それすら制した今、もはやバージルはこの世のどこにも存在しない。
「お前達の父親は、今はどうしてる?」
「……さあね。ガキの頃にフラッといなくなっちまったよ」
片眉を吊り上げてダンテは失笑した。
世界は違えど、その父が今まさに目の前にいるのだ。
だがダンテ達のこの世界における父は、ある日忽然と家族の前から姿を消した。生きているのか、死んでいるのかすら判らない。
思えばあの頃の父は人知れず、どこかで悪魔達を狩っていたのかもしれない。
たまにフラリといなくなっても母は平然としており、二、三日経って夜遅く父が帰ってきても暖かく迎えていたのだ。
だが、あの時ばかりは違った。
一週間経っても父が戻らない中、幸せだった家族がズタズタに引き裂かれたあの悲劇が起こったのである。
「……そうか」
ダンテの重い表情を見てスパーダは目を伏せた。
どうやらこの世界における自分は家族を幸せにしてやることはできなかったことを悟っていた。
何よりダンテ達自身の境遇がそれを表しているのである。
幻影剣を消したスパーダは徐に腰を上げて席を立ちだす。
「あの地獄門と魔界が繋がらなかったのは幸いだった。……だが、テメンニグルやアビゲイルのように、そう幾度も魔界とこの世界が大きく繋がるのは望ましくない」
魔剣教団の記録によればこの20年以内に大きく魔界と人間界が明確に繋がったのは4回。
テメンニグルの塔の復活に始まり、マレット島を拠点にした魔帝ムンドゥスの再侵攻、大陸の大都市で羅王アビゲイルが復活した騒動、ウロボロスという企業がデュマーリ島で行っていた暗躍による魔界化。
いずれも規模はそれぞれ違えど、短期間で何度も魔界と人間界は繋がっていたことになる。
「下手をすると、魔帝ムンドゥスも再び現世に舞い戻るぞ」
そのスパーダの言葉にダンテはピクリと反応した。
この世界における魔界の帝王は、ダンテの手によって再び封じられたという。
だが、あまり何度も魔界と人間界が繋がるのを繰り返していては、二つの世界を隔てる境界が不安定になり、その封印も緩むはずである。
今の所、せいぜい数日以内の短時間しか繋がってはいなかったようだが、何週間も魔界と人間界が長く繋がるようなことでも起きれば、間違いなく再びムンドゥスは復活するだろう。
「……掃き溜め野郎が蘇るなら、何度でも潰すまでさ」
ダンテの表情はそれまでにない程の決意に満ちていた。
10年前、結局ダンテは母の仇を討ち取ることは叶わなかった。トリッシュの力を借りて、魔界と人間界の狭間に封じるのが精一杯だった。
それ程までに魔界の帝王の力は絶大だったのだ。
――Dante, I will return.(ダンテ、忘れるな)
――And I will rule this world!!(いつか必ず、現世に蘇るぞ!!)
ダンテの脳裏には、ムンドゥスが残した呪詛が時折過ぎることがある。
あの言葉通りにいつか再び対峙することがあるなら今度こそ、この手で討ち倒してみせると決心していた。
事実、ダンテは数年前にそれを実現したことがある。
「お前達自身が新たな災厄とならんことを願いたいものだ。……それこそ、ムンドゥス達のようにな」
かつてムンドゥス、アルゴサクス、アビゲイルの三大勢力が争った時と同じような争いが、この世界では起こりつつあった。
その当事者は他ならぬスパーダの血と力を受け継いだ兄弟である。
この二人が対立や殺し合いを続ける限り、いずれ魔界はおろか人間界さえも巻き込んだ終わりのない闘争に発展することだろう。
(双子は、二人が揃ってようやく一人前なのにな……)
そして、その兄の方はいまだ何処かで健在していることをスパーダは察していた。
「お前達の父親がどこにいるかは知らんが……もし、そうなるようならけじめをつけねばなるまい」
「……ああ、憶えておくよ」
父の言葉の先をダンテは痛いほどに理解していた。
それはかつて、兄のバージルの凶行を止める時にダンテ自身が覚悟したことと同じなのだ。
たとえ血を分けた肉親をこの手で殺すことになってでも、家族殺しの業と罪を背負おうとも……。
二度と引き返せなくなっても、ダンテはそう決めたのだ。
「あんた、家族はいるのかい?」
踵を返しかけたスパーダは、ふと語りかけてきたダンテを見下ろす。
「まだいない」
ダンテは顔を上げないまま、言葉を続けていく。
「それで心の拠り所はあるのかい?」
「今のところはな」
「そうか……」
即答するスパーダにダンテは目を伏せ、微笑みを浮かべていた。
人間界とは異なる世界だが、今のスパーダには帰る場所がある。
たとえ一時とはいえ、そこには自分を待つ者が、守るべき者達がいる。
自分が出来る限りのことで、魔界の脅威から身を守る術を教える生き甲斐もある。
少なくともそこを訪れる前よりは居心地が良い場所だった。
いつまで留まれるかは判らない。だが、いずれ訪れる別れの時までは、そこに生きる者達との時間は大切にしておこうと決めていた。
「あんたも、自分の使命にばかり生きるなよ……あの嬢ちゃん達にしろ、一番大事なものを守れなかったら、きっと後悔するぜ」
「……憶えておこう」
ダンテから背を向けたスパーダは入口へと静かに歩を進めだす。
気付けば香ばしい匂いが厨房から漂ってくるのが判る。どうやらダンテのピザがもうじき出来上がるようだ。
「Wipe the Tears from Your Heart.(もう、その涙は拭え)」
戸に手をかけたスパーダは振り向かないまま、穏やかに言い置くとそのまま去っていった。
一人店内に残されたダンテは席に着いたまま沈黙している。
(あんた達は……せめて、幸せになってくれよな)
それはダンテが抱くささやかな願いだった。
今のダンテ程の力があれば、あの時に母を守ることができただろう。父があの時にいてくれれば、家族を守れたはずだ。
今さら時計の針を逆転して、あの幸せな日を取り戻すことなどできはしない。それはダンテ自身がよく判っている。
(獣の首、か……トリッシュが言ってたような奴がこっちにもあるのかね)
数年前、デュマーリ島の仕事に赴くほんの少し前に、ダンテは獣の首を巡る事件に巻き込まれた。
その獣の首が持つ異能の力で、ダンテも別の可能性となる平行世界へと飛ばされたのだ。
だが、その世界は最悪な結末の一つだった。
父・スパーダは自分が救済したはずの人間達に裏切られ、その命をかつての同胞に売られて非業の死を遂げた。
母もまたムンドゥスの手にかかり、さらにはダンテすら同じ運命を辿った。
(思えば笑っちまうよな……バージルが俺の役目だなんてよ)
だが、その世界では兄のバージルが父の高潔な意志を継ぎ、魔界の帝王の軍勢に立ち向かったというのだ。
ダンテですら仰天するようなものだったが、結局バージルは無念の死を遂げてしまった。
ムンドゥスの手によって創造され、母の姿に似せられた悪魔……トリッシュの手によって。
自分が知る人の心を芽生えさせたトリッシュとは全く別物の、冷酷な悪魔はムンドゥスの忠実な人形でしかなかった。
その操り人形を、その世界のムンドゥス諸共討ち倒したのは、その世界へと渡った他ならぬ自分自身。
亡き母と同じ顔をした者を、この手にかけたのである。
あの悲惨で絶望しかない結末の世界の出来事など、思い出したくもなかった。
(あの親父には、どんな未来が待ってるのかね……)
まだ母・エヴァとも出会っておらず、二人の息子すら生まれていない。
一体、父と母はどのようにして出会い、愛を育むことになるのか、実に興味がある。
だが無限の可能性がある以上、今回出会った父はこの世界と同じような未来は歩まないのかもしれない。
ひょっとしたら、自分の母と結ばれるのではないかもしれない。
双子の兄弟は生まれないのかもしれない。
生まれるのは息子ではなく、娘なのかもしれない。
最悪、誰とも結ばれないのかもしれない。
そんな無限の可能性が……異なる世界にいくつも広がっているのだ。
次回が、外伝の最終章になります。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定