魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
学院の生徒はもちろん、給仕達も時折仕事の手を止めては空に浮かぶそれに目を奪われてしまう。
「羽も無いのに、よく飛べるよなぁ」
魔法学院の上空を旋回しているのは、二艘のボートだった。
片方はハルケギニアで一般的な空を飛ぶ帆船を模したものだが、もう片方は全く違う形である。
船体の後ろには大きな鉄の箱のようなものが置かれ、それを囲むように設けられた塔状の骨組みの先端では
低く風を切る轟音は、そのボートが出しているようだった。
(お前さんのせがれが乗ってた、ヘリコプターとかいう奴か)
(いいや、それより一段下らしいな)
スパーダもルイズの横で腕を組みながら同じく飛翔するボートを見上げている。
ボートはよく見ると帆船の方にはタバサが、もう一方にはコルベールが乗っていた。
以前、魔法学院の夏期休業が終わった直後に所用でアルビオン大陸まで赴いて戻って来た後日、コルベールはスパーダに大発見だと言って、新しい発明の構想を見せてきたのだ。
タルブ村に設置した風車小屋の様子を見に行った折に、その風車からヒントを得たらしい。
コルベールの発明品である火力を用いた動力装置と風車の回転によって生まれる風の力を利用し、魔法を用いずに船を飛ばせるのではないかというのである。
そうして数ヶ月がかりで研究を続けて作られたのが、あの風車が取り付けられたボートだ。
さらに従来の風石を利用した飛行船と比較するために、それを再現したのがタバサが乗っている方の帆船のボートである。
「コルベール先生が作ったのって、ダンテが乗ってたのとどう違うの?」
ボートを目で追いつつ、ルイズはスパーダに尋ねていた。
「あれは普通は真上には浮き上がれん」
未来の世界でいう『オートジャイロ』とかいう乗り物に相当するらしく、ダンテがパンドラを変形させた
ボートに取り付けられた動力装置の後部には別の小さなプロペラが取り付けられ、底部には三脚と木の車輪が増設されていた。
上部の大きなプロペラで揚力を得て浮き上がり、後ろのプロペラで推進力を得るという仕組みになっているようだが、肝心の上部のプロペラは動力装置で直接動かす訳ではない。あくまで後ろのプロペラの推進力で船体を動かし、その風力を利用して上部のプロペラを回転させて浮き上がるのだ。
故にあのボートは地上では増設した車輪で走らせ加速しなければ浮くことさえできないのである。
とはいえ、今回は実験のために浮上にはタバサの乗るボートと同じく風石を用いているのだが。
「それにしてもうるさい音ね~」
キュルケは渋い顔を浮かべながらコルベールのボートとタバサのボートを見比べていた。
風石の魔力で浮き上がり、静かに飛翔する従来の船と違って、コルベールの船はプロペラの音が明らかに騒音となっている。
動力が駆動する以上、その音ばかりはどうにもできないのがコルベールの船の欠点と言えるだろう。
「時間だ」
スパーダが小さく呟くと、ルイズとキュルケはハッとして後退っていく。
他の生徒達も続々と学院の本塔の方へ下がっていく中、上空を飛び続けていたタバサのボートは徐々に高度を下げ始めていた。
コルベールのボートも続いて滑空していき、二艘のボートは広場の真ん中へと緩やかに着地する。
「やあ、ありがとう。ミス・タバサ」
ボートから降りたタバサはコルベールに歩み寄ると、手にしていたものを差しだしてきた。
彼女の掌の上には小指よりもさらに小さい透き通った石が乗っている。
そして、コルベールも同じ石を手にしていたが、親指の半分程と大きさはまるで違う。
「見てくれたまえ、スパーダ君」
ルイズとキュルケを伴って歩み寄ってきたスパーダに、コルベールは満足そうに顔を綻ばせながら二つの石を見せつけてくる。
スパーダは小さい方の石を摘むと、顔に近づけて見つめだしていた。
「私の計算通り、風石の消耗をかなり抑えられているよ」
「そのようだな」
今回の実験でボートを飛ばすために使われた風石は、従来の船では浮上も含めて数分で力が尽きてしまう程度のものだった。
しかし、同じ飛行時間なのにコルベールのボートに使われた風石は明らかに消耗してはいない。
「どうしてこんなに差が出るんですか?」
「うむ。普通の船は、風石の力だけで空に浮き上がる所から、推進力や飛んでいる間の揚力も全部賄っているのだが、こっちの船は、あの風車でそれらの力を補っているから、それだけ消耗も少なく出来る訳ですな」
と、コルベールは満面の笑みと共にルイズに説きつつ自分が作ったボートを見やった。
「ただ魔法で飛ばすだけなら実に簡単だ。だが、前にもスパーダ君が言ってくれたように、それを維持し続けるのに何人も我々メイジの力が必要では疲れてしまう。だから、私はこの装置を使って、その負担を軽くしてあげてるということです。異なる力同士が組み合わさることで、より効率的に効果的な力を発揮できるのですぞ」
周りで聞いている他の生徒達はコルベールの熱心な講釈にどこかぼんやりとした表情だったが、ルイズは感嘆と頷いていた。
(しかしまあ、まさか異世界の乗り物を作っちまうとはねえ)
正直な話、異世界の遥か未来の乗り物を独自に再現出来てしまうのは本当に凄いと感じられるのだ。
スパーダにしてもコルベールの技術力やそれを生み出す発想は心から感服できるものだった。よもや自分が元の世界から持ち込んだ技術から、このハルケギニアにはオーバーテクノロジーな代物を作り出すなど、まるで想定していなかったのだから。
はっきり言って、元の世界では数世紀未来でなければ完全に異端者のレッテルを貼られるのは目に見えていた。
「あの~、コルベール先生」
と、そこへ数人の生徒達が前に出てきた。ルイズ達とは違うマントを身に着けた彼らは、三年の上級生だった。
「こういう実験とかも退屈凌ぎには良いんですけど……そろそろ、授業の方でも本格的な火の使い方を教えてくれませんか?」
「そうそう! あの時の先生の火の魔法は凄かったですよ。僕達も、あんな炎を操れるくらいのメイジになりたいんですよ」
一人が口火を切ると意気込むように懇願してくる。
コルベールは授業においては火の魔法の基礎や応用などをメインに生徒達に教え込んでいる。反面、ギトーやシュヴルーズらのように自分の技を実演してみせるといったことは一切しない。
〝炎蛇〟の二つ名を持つコルベールの炎の技は、彼が怒った時くらいにしか見られないものだが、アルビオンの賊に襲撃を受けた際に生徒達は彼の本気を目の当たりにしたのだ。
敵を一撃で葬り去った巨大な炎の蛇の竜巻――コルベールの二つ名に相応しい大技は、生徒達の心と記憶に強く刻みつけられたのである。
「ギーシュ達みたいに、俺達も賊を倒してやりたかったですよ」
「そうそう。先生までとはいかなくても、せめてキュルケくらいには火の魔法を磨き上げてれば、あの時に僕達も……」
「……私の真似などすることはないよ。君達は君達なりに、自分の火の技を磨き上げたまえ」
憧憬と尊敬の眼差しで奮い立つ彼らに対し、コルベールの表情は打って変わって険しいものになっていた。
「ええ。ですから、先生の技を手本にしたいんですよ」
「いや、あんなものを学んではいけない」
教え子の懇願をコルベールは頑として拒んでいた。
「〝火〟に限らず、魔法の力は時として他人を意図せず傷つけてしまう危険も孕むものだ。私は君達に火の力を……いや、魔法を破壊や争いのためだけに使って欲しくはないんだ。ましてや、人の命を奪うことに使ってはいけない」
「でも、あの時に先生は敵を倒してたじゃないですか」
いつになく真剣な態度で説くコルベールだが、教え子達は気にも留めない様子だった。
「……情けないものですわね」
「キュルケ?」
押し黙るコルベールに向けて冷ややかな一声が溜め息と共に浴びせられていた。
成り行きを見守っていたキュルケはつまらなそうな顔でコルベールを見据えている。
「ミスタ・コルベール。私も、あなたの火の技は直接では無いですが拝見させてもらいましたわ。同じ火の系統の使い手として、本当に感服致しました」
キュルケに限らず、ルイズ達はアルビオンから戻ってきた後、時空神像で賊の襲撃に遭ったこの学院の出来事を垣間見ていた。
その際にこの庭でコルベールがモデウスと共にアルビオンからの刺客と戦う場面を見届けたのだ。
コルベールの火の魔法はアンドバリの指輪で偽りの命を与えられた刺客に対して絶大な効力を発揮し、ついには屍すら残さない程に焼き尽くしてしまった。
その容赦のない大技にはキュルケも大いに感服したのだ。コルベールのことも他の生徒達と同じように見直したものである。
少なくとも、今までは。
「学院やみんなの危機を救う……貴族として、これ程名誉なことはありませんわ。何故、あなたはそれを誇らしくなさらないのですか?」
キュルケのコルベールに向けられる冷たい視線の中には、軽蔑の感情がはっきりと込められていた。
ギーシュ達と同じく魔法学院の危機を救った立役者の一人だが、自らの活躍をやたらと誇示しないのはギトーのような凡庸なメイジとは雲泥の差というもので、大いに評価できる。
だがコルベールの態度は謙遜どころか、もはや卑屈と言うべきであり、同じ火の系統のキュルケにしてみれば苛立ちを感じずにはいられないのだ。
「……本当は、私は戦いが怖いのだよ。この火の力を、できれば戦いのために使いたくなどなかった」
小さく吐息を漏らしてコルベールは心苦しそうにするが、キュルケはますます苛立ちを隠さない顔を浮かべている。
「あれ程の炎で敵を葬っておきながら、戦いが怖い? 馬鹿馬鹿しいですわね。ミスタ・コルベール、あなたは一体何様のつもりですの?」
きつく責め立てるキュルケの迫力に周りの生徒達は思わず気圧されてしまいそうだった。
「戦いが怖いのはあなただけじゃありませんでしたわ。ギーシュも、マリコルヌも、レイナールも、ギムリも……みんな、その恐怖を乗り越えたからこそ、今ここにあるのですわ」
そのギーシュ達はキュルケに名指しされたことで呆然と目を丸くしている。
「あなたが戦いが怖いと思うのは結構です。ですが、彼らだってみんな自分なりに戦いの恐怖を乗り越えようとしているのに、先生はそれを蔑ろになさるつもりなの? それとも、自分の技は私達のような未熟者には扱えないから、教える意味はないとでも仰るつもり?」
「ちょっと、そのくらいにしなさいよ。キュルケ」
見かねたルイズが思わず止めに入る。
キュルケは不機嫌そうに小さく鼻を鳴らして髪を掻き上げていた。
「……拍子抜けだわ」
吐き捨てるように呟き、コルベールから離れていった。
周りの生徒達は最初は暇潰しがてらに実験を見学するだけのはずだったのに、唐突な展開に困惑していた。
「スパーダさん!」
と、そこへスパーダの元に小走りで駆け寄ってきたのはメイドのシエスタだった。
「トリスタニアの王宮から、お客様がいらしてます! 門の方でお待ちです」
手短に用件を伝えられたスパーダはちらりと正門の方へ視線をやった。
見れば数頭の馬と共に武装した女達の姿が見える。
「あれって、王宮の銃士隊じゃないか?」
「本当だ。何しに来たんだろ」
生徒達も存在に気付いたその一団の中には一際目立つ白いマントに、大剣を背負う金髪の女剣士が佇んでいた。
「例の奴を用意してくれ」
スパーダは悄然と立ち尽くしたままのコルベールにそれだけを伝え、正門の方へと赴いていった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定