魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
その日の放課後、ティファニアはアルヴィーズの食堂の一角に身を置いていた。
一人だけでいると他の男子達が集まってきて、色々と疲れる破目になるのでカトレアにくっついて一緒にいるのが日課だったが、今日ばかりは違う。
「どう? テファ。他に何か文字が見える?」
テーブルに就くティファニアの隣にはルイズがおり、さらに向こう側からキュルケが覗き込んでいた。
一行の後ろでタバサは自らの杖を片腕で抱えたまま突っ立って本を読んでいる。
杖の先端には一枚の張り紙が貼りつけられていた。――『テファは勉強中。話しかけるな。邪魔したらぶっ飛ばす』と、物騒な一文が書き殴られていた。
もっとも、今は一行の周りはサイレントの魔法で外からの雑音が遮られているので、男どもがいくら喚こうが無意味なのだが。
ティファニアは目の前に開かれた一冊の書物のページを一枚一枚、静かに捲り続けていた。
一見すると、ただの白紙の本でしかない。
が、あるページに達した所でピタリと手が止まる。
「――あ。ありました……」
「何て書いてあるの? ちょっと貸して」
と、ルイズはティファニアが捲っていた手を取ると、その指につけている指輪を外しだす。
ティファニアの亡き母の形見とは別のそれは、元々ルイズがアンリエッタから譲り受けた、大事にしている水のルビーだった。
そして目の前に開かれる始祖の祈祷書を凝視するが……。
「何よ。何にも見えないわ」
開かれるページはルイズには、今まで通りの白紙のページしか見えない。
「あれ……本当ですか? 確かにたった今、ここに……」
困惑するティファニアはちらっとテーブルの向かいの席に視線を移した。
カトレアがきょとんとしながらこちらを見返すその横で、スパーダは隣のシエスタに錬金術の教授をしている真っ最中だ。
他のメイド達も後ろから覗き込んでおり、シエスタもスパーダに色々と質問をしている様子だが、サイレントの魔法の影響で向こう側の声もこちらには届かない。
「デルフ。これってどういうこと?」
「ああ。今このページにある呪文はエルフの娘っ子にしか使えないってことさ。虚無の魔法は担い手の個人個人で別だからな。使える時が来ないと、いくら呪文を予め知ってたとしても、他の担い手は使えねえのさ」
「じゃ、テファは
「ああ。なあ、エルフの娘っ子。そこに書いてあるのはどんな魔法だい?」
ティファニアはルイズから水のルビーを受け取ってもう一度指に嵌めてみる。
すると、途端に白紙だったページには文字が浮かび上がりだしていた。
「〝
「そいつだな。例の学院荒らしの時に使ったっていう魔法は。本来は、誰かの記憶を消しちまうっていうものなんだが……ガーゴイルみたいな奴でも、魔法の命令を消す芸当もできちまうんだ」
以前、この学院がアルビオンからの刺客に襲われたあの騒動の中で、ティファニアは自らの魔法によって敵を無力化させてしまった。
あの時、初めて使った魔法の正体が本人にとってもずっと謎のままだったが、スパーダから薦められてルイズの祈祷書に記されているであろう虚無の魔法を調べてみることになったのだ。
自分の力を何も知らないままでいるよりはずっとマシだろう、と言うのが彼の言い分だった。
「何か、虚無の魔法って色々と面倒ね~」
頬杖をつくキュルケは軽く手を振りながらため息を漏らした。
「担い手の役割を分担させてんのさ。虚無の魔法は攻撃の系統から移動の系統って具合に、色々分類分けされてるからな」
「ねえ。もう一つの虚無の魔法はどうなの? もっとページを開いてみなさいよ」
「は、はい」
ルイズに急かされたティファニアはさらにパラパラとページを捲っていく。
途中、ルイズがしおりを挟んであるページが開かれたが、やはりティファニアには〝
「どうなのよ?」
最後のページまで達してティファニアはそっと祈祷書を閉じてしまう。
溜め息を漏らすその表情は一気に暗く沈み込んでいた。
「〝
ティファニアにとっては思い出したくもない魔法だった。だが祈祷書には確かに、オルゴールから聞こえた呪文と全く同じ一文が記されていたのだ。
「そいつぁまた、えれぇ虚無を覚えたもんだね。それは物質の元素を一番最初の状態に戻しちまうってものなんだ。簡単に言やあ、虚無の元素ってことだな」
「虚無の……元素」
ティファニアにはいまいち伝わりにくく、きょとんとするばかりだった。
「じゃあ、ギーシュのゴーレムとかに使ったら?」
「ま、文字通りこの世から跡形もなくなっちまうな。ある意味、娘っ子の〝爆発〟より怖ろしい魔法だぜ。そもそも、本来は人に使ったりするもんじゃねえからな」
キュルケの問いにデルフはあっさりと物騒なことを口にしだす。
それを耳にするティファニアの肩は、次第に震え始めていた。
文字通りに何もかも〝無〟に還す……そんな恐ろしい魔法である事実を知って、心の奥に刻まれた恐怖がまた呼び起こされようとしていた。
「あんた、しっかりしなさいよ。それでも虚無の担い手なの?」
肩を強く掴まれて、ティファニアはルイズの顔を見つめだす。
「ルイズさん……」
「スパーダだって言ってたでしょ? 自分の力を信じて正しい使い方を学べって。あたしもあんたも、一歩間違ったら本当に恐ろしいことになる力があるけど……これはもう、あたし達の一部なんだからね。怖がってばかりじゃ、良いことにだって使えないわ」
毅然と語るルイズの言葉に、ティファニアの表情から徐々に負の感情が薄れていった。
ちらりとスパーダの方を見る。彼はこちらには一瞥も暮れないまま、熱心に実験を行っているシエスタを眺め続けている。
「そういうこった。今の世界は魔界の悪魔達もいて物騒だからな。そのためにエルフの娘っ子は〝分解〟を覚えたんだろうさ」
「あんたの虚無のおかげで、姫様も、ちい姉さまも、学院のみんなも救われたんだから。もっと自分に自信を持ちなさいよ」
「そうねえ。ルイズみたいに爆発させてうるさくはしないだろうし……」
「何よ。それ、どういう意味?」
悪戯っぽく笑うキュルケにルイズはムッとした。
(わたしの魔法が伝説の存在だなんて……)
ティファニアには、自分が伝説の虚無の魔法の担い手だなどと何かの間違いとしか思えなかった。
だが、現に目の前には同じ系統の魔法が使えるという少女がいるし、自分が使える魔法が伝説の存在であることがこの白紙の書によってほぼ証明されてしまった。
(あれを最初に使ってれば良かったな……)
それがティファニアの抱く正直な想いだ。
もし、最初に使った虚無の魔法が〝分解〟ではなく〝忘却〟だったら?
自分を害そうとした者達を傷付けることなく、自分への敵意も含め記憶だけを奪って難を逃れていたかもしれない。
正直な話、母が殺される前に使えていれば、誰も傷つくことはなかったのだ。
何故、あの時にそれを使おうとしなかったのか。それはティファニア自身も分からない。
もっとも、今さら過去を後悔しても何もかも遅い。
(こっちの魔法なら、ちゃんと使えそう……)
あの時は騒動と混乱の最中で使ったのもあってか、学院の誰も気に掛ける者がいなかった。
〝分解〟の魔法は、ティファニアの心に決して消えることのない恐怖を植え付けた。しかし、〝忘却〟の方は違った。
誰も傷つけることなく、大切な人達を救うことができた魔法は、少しずつティファニアに勇気を与えつつあった。
◆
スパーダがシエスタへの指導を終えたため、外の空気を吸いに一行は中庭へと出て来ていた。
「はいはい。それじゃあ、みんなにもおやつをあげましょうね」
庭に出てきた途端、周りから次々と動物達が駆け寄ってきてカトレアの元へ集まっていく。
カトレアは伴っていたシエスタが押してきたワゴンの上に並ぶいくつもの袋の中から、動物達に与える餌を手に取っては差し出していく。
「きゅる、きゅる」
集まってくるのはカトレアの連れている動物達だけではない。
生徒達の使い魔も何匹か獣の集会に混ざっており、タバサとキュルケのシルフィードやフレイムの姿までもあった。
「悪いですわね。うちのフレイムもお世話になってるみたいで」
キュルケが苦笑する横ではタバサもクッキーを砕いたようなおやつを自分の使い魔に与えている。
「きゅい、きゅい」
他の動物達と同じく満足そうにシルフィードは喉を鳴らしていた。
「良かった。みんな気に入ってくれたみたい」
動物達の姿を見てカトレアは嬉しそうに微笑んだ。
先日、スパーダからアウレオルス=ベリの〝エスカ〟と呼ばれる獣に与えるための錬成薬の作り方を教わり、今与えている餌に塗してあるのだ。
「はあ……」
少し離れた所で佇むティファニアは溜め息を零していた。
ルイズは憮然とした顔でティファニアを見てムッとした。
「まだそんな顔してんの? いい加減にしなさいよね」
「ごめんなさい。もう、自分の魔法のことは良いんです……」
「じゃあ、何なのよ?」
男子達に纏わりつかれているのでもないのに、一体何で気分が滅入っているのか。ルイズにはさっぱり分からなかった。
他にティファニアの心配事と言えば、彼女の母の形見の指輪のことくらいしかない。
何しろギーシュの命を救う場面を多くの生徒達が目撃しており、以前にもモンモランシーや興味を持った生徒が何人か指摘してきたことがある。
ティファニア本人は母の形見の先祖代々伝わるマジックアイテムとしか答えられなかったが、一緒にいてくれたカトレアもフォローしてくれたので、最近は気にしたりする者もめっきり減っているのだが……。
「ミス・ロングビルのことが気になるのよね」
微笑を浮かべるカトレアに指摘されてティファニアはハッとした。
「あの秘書さんって、ずーっとアルビオンに残りっぱなしなのかしらね~」
フレイムに餌をやりつつ、あっけらかんとキュルケは呟いた。
ティファニアの保護者だったロングビルことマチルダは、レコン・キスタの愚行で取り残された罪なき人々を見捨てられず、魔の領域と化していたアルビオン大陸に留まっているのだ。
ティファニアにしてみれば心細いし、何より当人が心配でならない。
「ホッホッ……より一層、降臨祭まで待ち遠しくなるのう」
「学院長先生」
と、ティファニアの後ろから現れたのは学院長のオスマンだった。
「どういう意味ですか? オールド・オスマン」
ルイズは怪訝そうに尋ねると、本人はにこやかな表情を崩さぬまま頷きだす。
「なぁに。つい先程、手紙が届いたのじゃよ。ほれ、読んでみなさい」
オスマンが袖の中から取り出したのは一通の便箋だった。
ティファニアは受け取ったそれを静かに開き、中を検めてみる。
オスマンに宛てた手紙のようなのだが、書いてある内容に目を通していく内にそれまで浮かなかった表情に輝きが戻り始めていた。
「マチルダ姉さん……無事なのね」
送り主はロングビル――この学院におけるマチルダ・オブ・サウスゴータの仮の名だったのだ。
何でも仕事が一段落がついたので、降臨祭の期間中に学院に戻ってくるというのである。
「な、何か……すごいことを書いてますね……」
横から覗き込んできたシエスタが唖然として目をパチパチとしばたかせていた。
手紙には向こうで何をしているかまでは書かれていなかったものの、「テファに手を出したらぶっ殺すから、覚悟なさいよ。エロジジイ」という一文で〆られていたのである。
心なしか、その部分だけ力んでいるのか筆跡がやや乱れていた。
「ま、ミス・ロングビルがおらんでも、ミス・フォンティーヌやウェストウッド君がいてくれるだけでも、ワシは眼福だったんじゃがのう。また楽しみが増えそうだわい」
と、言いながらオスマンはティファニアの横から背中へと回ってカトレアの傍へジリジリと移動し始めていた。
(降臨祭か……今回は、ちい姉さまと一緒に新年を送れるのよね)
ルイズにとっても喜ばしいことだった。
家族と新年を祝えるのは、魔法学院に入学する以前以来だ。
去年は親しい友人が作れなかったのもあって、一人寂しく降臨祭を過ごしたものだが、今回ばかりは違う。
「オールド・オスマン。今回も何か催し物でもやるんですか?」
ルイズに尋ねられてオスマンは髭を指先でいじり始める。
「んん~……その予定なんじゃがのう。まだ決まってはおらんのじゃよ」
「まあ。降臨祭で一体何をするつもりですの?」
興味津々なカトレアは小さく目を輝かせだす。
「前の降臨祭は、三年生が魔法で芸を披露してたんです」
「そうそう。……ま、今にして思えば単なる見せびらかしだったわねぇ。あれって、確かシュヴルーズ先生とミスタ・ギトーの企画でしたわね」
ルイズが説明すると、キュルケはつまらなそうに首を傾げてみせた。
「まあ……前の奴はちと堅苦しかったからのう。今年はもっと
どこか渋い顔でため息を漏らすオスマンだったが、後ろ手に組んでいた左手がそっとカトレアの尻へと伸びていき……
――ガゥッ!!
「おおわあぁっ!?」
突如、素っ頓狂な悲鳴と共に激しい咆哮が響いた。
それまでティファニアの足元で大人しく寝そべっていた犬が突然、カトレアに触れようとしたオスマンの手に噛みつきだした。
「あだだだだっ!!」
狼のような白い犬はつぶらな瞳で穏やかそうな顔だったのに、打って変わって牙を剥き出しにしてオスマンの手を引っ張っている。
「えっ……!」
「ちょっと、何よ!」
「わわっ!」
ティファニアもルイズもシエスタも突然のことに呆気に取られた。
他の猛獣達も次々に起き上がり、オスマンに襲い掛かっていくのだ。
トラは背中に飛び掛かってのしかかり肩に牙を突き立て、大蛇は鎌首をもたげてカトレアの足元を駆け回る一匹のネズミに齧り付こうと追いかけ回す。
「ああっ! モートソグニルがぁっ……!! ――うげっ」
鈍く重い殴打音と共にオスマンの体が吹き飛び、地面に強烈に叩きつけられた。
立ち上がったクマが咆哮と共に全体重を乗せた張り手をオスマンの顔面に叩き込んだのだ。
「あらあら。乱暴しちゃ駄目よ」
きょとんとしつつもカトレアは何ら慌てる素振りすら見せずに動物達を宥めていた。
その一声だけでオスマンへの攻撃を止めるものの、唸り声を上げながら威嚇の姿勢を崩さない。
「わ、わ! だ、大丈夫ですか!?」
シエスタはあたふたとしながら地べたに昏倒したオスマンに駆け寄った。
クマの渾身の一撃が特に効いたようで、見るも無残な有り様になっていた。微かに痙攣しているが白目を剝き、ほとんど虫の息である。
シエスタは錬金術で緑のハーブから作った傷薬の入った小瓶を取り出し、傷だらけのオスマンの顔にすり込んでいった。
予め作ってあった治療薬は先刻の実験でさらに増殖の錬成を行ったので、量は充分にあった。
(下手すりゃ、秘書の姉ちゃんにしばかれるより前に殺されちまうかもなぁ)
助兵衛な老人が見誤ったのは、ラ・ヴァリエール家の次女にも彼女の身を守る事実上の使い魔がいることを失念していたことだった。
時は
新年を祝う始祖の降臨祭までちょうど半月を残す所であった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定