魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 14 <激突する衝撃>

 

ラ・ロシェールは岩山の中に築かれた港町である。

この町はスクウェアクラスのメイジが岩山より切り出し、削ることによって造られた建物が並んでいるのが特徴的であり、古代の世界樹と呼ばれる巨大な枯れ木をくり抜いて多数の船の係留と桟橋として利用されている。

アルビオン大陸は一定の周期でハルケギニアの上空を周回浮遊しており、基本的に接近している頃でなければ船は飛び立たない。

ルイズとワルドが乗船の交渉のために桟橋へ向かい、スパーダ達はラ・ロシェールでは最も上等な宿である〝女神の杵亭〟へと足を運んでいた。

「あ〜、やっと休めるよぉ」

女神の杵亭は主に貴族を相手にする宿であるため、岩から削り出されたといっても大理石のように磨き上げられた、かなり豪華な造りであった。

一番に席へとついたギーシュは、体をテーブルに横たえて心底安堵した様子であった。

スパーダは宿の受付で店員に宿泊の手続きを行うと、閻魔刀とリベリオンをテーブルに立て掛けて同じように席へとつく。

「ワルド子爵、どうでしたか?」

キュルケとタバサがすぐ隣のテーブルに席をつくと同時にワルドとルイズが戻ってくると、ギーシュが声をかける。

「アルビオンへ渡る船は明後日にならなければ出ないそうだ」

「もうっ、急ぎの任務なのにこんな所で足止めだなんて……」

ルイズは口を尖らせて不満そうで、ワルドも困ったような顔を浮かべていた。

「あたし、アルビオンに行ったことないから分かんないけど、どうして明日は船が出ないの?」

「明日の夜は〝スヴェル〟の夜によって、二つの月が重なる。その翌日にアルビオンはこのラ・ロシェールへと近づく」

キュルケの質問にワルドが答えようとする前に、スパーダが腕を組みながら口を開いた。

「風石を可能な限り節約するために、船が飛べる時期も限られている。そういうことだ」

「その通り。だから、明後日の出航まではここで駐留しなければならない」

スパーダの言葉を引き継いでワルドが言う。

「さて、と。少し食事を取ったら今日は休もうか。ミスタ・スパーダ、部屋はどれだけ確保できているかね?」

ワルドの問いに、スパーダは無言で鍵の束を取り出してテーブルの上へと置く。

とりあえず、三つ分を確保しておいた。人数は六人であるため、二人ずつ相部屋となる。

「キュルケ君とタバサ君。ミスタ・スパーダとギーシュ君。僕とルイズ――この部屋割りで良いね?」

満足そうに頷くワルドは鍵の一つを手にし、そう告げた。

スパーダも別に異論はない。婚約者同士、仲良くするのも悪くないだろう。

……そして、自分はギーシュに用がある。

「そ、そんな、駄目よ! まだ、わたし達結婚してるわけじゃないじゃない!」

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

そんなワルドの提案にルイズがハッとしながら反論するが、ワルドに優しく肩を叩かれてルイズも顔を赤くして詰まってしまう。

 

その後、一行は女神の杵亭の食堂で夕食を取っていた。

さすがに貴族が寝泊りする宿であるため、料理も豪華で上等な物ばかりだ。

ギーシュは相当疲れて腹も減っていたのだろう。てきぱきと手が動いて料理に手が付いている。

タバサも無表情ながらもフォークとナイフを動かして大量の料理を平らげていく。

「スパーダ君。そんな物だけで良いのかい? あれだけ走ったのに」

「お前程、消耗してはいない」

ギーシュやタバサが数人分の料理を注文した中、スパーダは後の三人と同じように一人分の料理を貴族らしい仕草で黙々と食器を動かしながら食事を進めていた。

「ははっ。さすがにあれだけ激しく走ったんだ。ギーシュ君には辛かったかな?」

帽子を脱いでいたワルドも軽快に笑う。

ギーシュは苦笑いを浮かべつつ頷いた。

「ミスタ・スパーダがそれだけ鍛えられている証拠だよ。魔法は使えずとも、それに代わる物で補っているんだな」

興味深そうな様子でワルドがテーブルに立て掛けているスパーダの愛剣を顎で差す。

「さぞかし、故郷では名のある武人だったのだろうね」

「さてな」

自分の故郷……それは人間界ではなく、血に飢えた悪魔達の蔓延る魔界だ。

かつての主であった〝魔帝〟の右腕として仕えて剣を振るっていた時よりスパーダの名は魔界中に知れ渡っており、一部の下位の悪魔達には憧憬を抱かせて指標とされたこともあった。

もっとも、その魔界を裏切った以上、もはやそんな名声など過去の遺物に過ぎないのだが。

「ところで君達、ルイズと一緒に土くれのフーケを討伐したのだよね?」

ワルドはキュルケとタバサの顔を見渡しながらそう言った。

「ええ、そうですわ」

キュルケが肯定し、タバサもこくりと頷く。

すると、ワルドはちらりとルイズの顔を見つめて残念そうにハァ、と大きな溜め息を吐いていた。

「やれやれ……実にもったいない。それだけの手柄を立てたのだから、〝シュヴァリエ〟の称号を与えても文句は無いのに……。いつの間にか、授与の条件として従軍が必須になったのだそうだ。アンリエッタ姫殿下も、とても残念そうだったよ。君達……特にルイズに何も授けることができなくてね」

そういえば、彼女達にあれから何の褒賞も届いてこなかったようだが、そういう事情があったのか。

結局、あの討伐の狂言で得をしたのは賞金を手にしたスパーダだけ、というわけだ。

 

 

 

 

夕食を済ませた一行はワルドが割り当てて決めた部屋へと入っていく。

ルイズとワルドの部屋は女神の杵亭では最も上等な部屋であるらしく、レースの飾りと天蓋が付いた大きなベッドがあったりと立派な造りだった。

「君も一杯、どうだい?」

テーブルに座ったワルドはワインをグラスに注ぐと、ルイズを促す。

言われたままにルイズはテーブルにつき、ワルドがもう一つのグラスにワインを満たすと、自分のグラスを掲げた。

「二人に」

恥ずかしそうに俯きつつ、ルイズはグラスを合わせる。グラスが触れ合う音が静かに響く。

「君に預けた姫殿下の手紙、きちんと持っているね?」

もちろんだ。ルイズは頷きつつ、ポケットの上から封筒を押さえた。

そういえば、ウェールズから返して欲しいという手紙の内容は何なのだろうか。何となく予想はつくのだが、それはまだ自分の思い込みに過ぎない。

やはり、本人と会わなければ分からない。

「ところで、大事な話って何?」

ルイズが本題を促すと、ワルドは急に遠くを見るような目になって言う。

「覚えているかい?あの日の約束……。ほら、君のお屋敷の中庭で……」

「あの、池に浮かんだ小船?」

ワルドは頷いた。

幼い頃、魔法の才能がある姉達と比べられて〝出来が悪い〟などと言われて両親に怒られたこと。

そして、いつもその後には実家の屋敷の中庭の小船で、まるで捨てられた子猫のようにうずくまりながら泣いていたこと……。

楽しそうに語り続けるワルドと、恥ずかしそうに俯くルイズ。

二人は昔話を、まるで昨日のことのように思い返しながら語り合っていた。

「でも僕は、それは間違いだと思っていたんだ。君は確かに昔は不器用だったかもしれない。だけど、今は違う。そうだろう?」

「それは……」

「さっきだって、見せてくれたじゃないか。君の魔法を」

つい先ほど、野盗達を吹き飛ばした魔法。

本当はあれも失敗の一つに過ぎないものだった。

だが、今はもう違う。違うのだが……。

「あ、あ、あれはね……その……」

やはり一般的な系統魔法とは全く異なるイレギュラーとも言うべき結果であるため、ルイズは慌てふためく。

「ははは。恥ずかしがることはないよ。君はあの爆発を、まるで自分の手足のように操っていたじゃないか。

他のメイジ達が使う魔法とは勝手は違うようだが、それを自分の物として扱うというのは普通は思いつかない発想だ。

それができる君は、やはり隠れた才能があったんだ」

ワルドはルイズのことを褒め称えてくる。

本当はスパーダがその発想を思いついたのだ。

もしも彼が口添えをしてくれなければ、自分はずっとあの失敗を生かすことはできなかったかもしれない。

 

「そして、君には他の者にはない才能以外に隠れた力もある。それが僕には分かるんだ」

「まさか」

「君の使い魔……ミスタ・スパーダ。彼だって只者ではない。彼の左手のルーンを見て、思い出したんだ。あれは始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔ガンダールヴのルーンだ」

ワルドの目が、鷹のように鋭く光る。

「……伝説の使い魔?」

今一理解できないといった具合にルイズが聞き返す。

「そう。それは誰もが持てる使い魔ではない。つまり君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」

「そんな……信じられないわ」

ワルドは冗談を言っているのだと思った。スパーダは確かに強い。あんな重そうな大剣を棒きれのように軽々と振り回すし、自分よりも巨大な存在に対しても全く怖気ずに立ち向かい、逆に返り討ちにしてしまう。

だが、それはきっと彼自身の純粋な力なのだ……多分。

もしも彼がそのガンダールヴとかいうのだとしても、何かの間違いだ。

自分は確かに力を付け始めたかもしれない。だがそれは、あくまでイレギュラーな道としてだ。

一般的な系統魔法さえもまともに扱えない自分にそんな力が、あるはずがない。

「ルイズ。君はきっと、偉大なメイジとなるだろう。……そう、始祖ブリミルのように歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」

やけに熱がかかった口調でワルドは語り、ルイズを見つめる。

「この任務が終わったらルイズ、僕と結婚しよう」

「え……」

いきなりのプロポーズに、ルイズはハッとして驚いた。

「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは、国を……このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」

「で、でも、あたし……まだ……」

「もう子供じゃない。君は十六だ。自分のことは自分で決められる年齢だし、父上だって許してくださっている。確かに、ずっとほったらかしだったことは謝るよ。婚約者だなんて、言えた義理じゃないことも分かっている。でもルイズ、僕には君が必要なんだ!」

とても情熱的なワルドの態度に、ルイズは戸惑った。

ワルドのことは嫌いではない。

しかし、だからといって素直に彼の言葉にそのまま頷けはしない。

スパーダは……何というか、自分のような子供にはあまり興味がなさそうな雰囲気がある。

実際、彼はコルベール先生やロングビルらのような大人とよく話をしていた。

もしもワルドと結婚したら、彼はこれまで通りに使い魔……パートナーとして共にいてくれるのだろうか……。

「……ルイズ?」

俯くルイズの顔を覗き込むワルド。

「あたし、まだあなたに釣り合うような立派なメイジじゃないわ。あなたがあたしを認めてくれるのは嬉しい。……でも、もっともっと修行をしてあなただけじゃなく、たくさんの人に認めてもらいたいの。学院の皆やお父様、お母様、姉様達にも……。だから、もう少し時間が欲しいの」

顔を上げたルイズは、じっと真剣な顔でワルドの顔を見つめる。

呆気に取られたようにワルドはルイズの顔を見返していたが、やがてフッと笑って肩を竦めた。

「分かった。僕は別に急がない。今、返事をくれとは言わないよ。ならばそれまで僕も君を応援しよう」

ルイズはこくりと頷き、グラスに残っているワインを飲み干した。

 

 

 

 

〝女神の杵亭〟はかつて、アルビオンからの侵攻に備えるための砦であったという。

中庭にはかつて貴族達が集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場が残されている。

もっとも、今となってはただの物置き場に過ぎず、樽や空き箱が積まれており、石でできた旗立て台が苔むして佇んでいた。

その日の早朝、その練兵場で剣戟がぶつかり合う音が何度も響き渡っていた。

「う、うわぁ!」

錬金によって造り出した剣を握るギーシュが血相を変えて背後を振り返りつつ、前へと自ら倒れこんだ。

彼の背後から風車のように回転しながら飛来してきたリベリオンが頭上を掠め、その先に立つスパーダの手元へと吸い込まれていく。

リベリオンを手にした途端、スパーダの姿が掻き消え……気づいた時にはギーシュの真上へと移動していた。

両手で握ったリベリオンを振り下ろし、ギーシュ目掛けて降下していく。

「ひぃ!」

必死に体を横へ転がし、リベリオンによる兜割りを回避する。

振り下ろされたリベリオンはギーシュがいた地面に激突し、火花を散らして抉っていた。

リベリオンを手にするスパーダの顔は無表情ながらも獲物を狩る狩人そのものだ。確実に、ギーシュを殺そうとしているかのように思えてしまう。

「ちょ、ちょっと待って……」

起き上がったギーシュが〝待った〟をかけるが、スパーダは地を滑るように猛烈な突進を仕掛けながらリベリオンを突き出してくる。

ギーシュは慌ててもう片方の手で薔薇の造花に似せた杖を振って花びらを二枚、正面に舞わせると錬金をかけて青銅のゴーレム、ワルキューレへと変える。

スパーダの猛烈な突撃による一撃はギーシュには届かず、縦に並んだワルキューレ二体を貫くだけに留まった。

「たああぁっ!」

立ち上がり、スパーダ目掛けて大上段に構えた剣を振り下ろそうとするギーシュ。

スパーダは左手で閻魔刀を逆手で抜き放つと、頭上に構えて受け止める。

 

 

夜が明け始めた早朝、誰よりも早く起きていたスパーダは未だ眠っていたギーシュを叩き起こしてこの練兵場へと連れてきていた。

先日、野盗に襲われた際に彼がまるで何もできなかったことを不満に思ったらしく、精神を叩き直してやるということで手合わせをすることにしてやった。

実戦の敵は自分達を殺そうとしている。だが、それに怖気づいてはただ死ぬだけだ。

ギーシュは野盗の襲撃に恐れをなして腰を抜かしたため、スパーダがいなければ死んでいた。

だから、スパーダもギーシュを殺す気でリベリオンを振るい、ギーシュが実戦で生き残るための精神を鍛えてやろうとしたのである。

そしてギーシュにも、自分を殺す気でかかってくるように仕向けていた。相手を倒さねば、何にもならないのだから。

約二週間、スパーダに剣を教えてもらったギーシュもスパーダの重い剣戟にある程度は耐えられるようになってはいたが、本気で自分を殺そうとしていた彼はあまりにも恐ろしく、まるで〝悪魔〟のようだった。

危うく失禁しかけたほどだ……。

 

 

「へえええぇぇ……し、死ぬ所だった……」

へなへなと体から力が抜け、尻餅をつくギーシュ。

「気にするな。死にかけても、バイタルスターで治してやったからな」

「うう……でも、あそこまで本気にならなくても……」

リベリオンに刺さったままのワルキューレを蹴り飛ばしたスパーダがさらりと言い、ギーシュは不満を漏らした。

「今の状況を忘れるな。敵はお前を殺そうとあらゆる手段を使う。それに対応ができなければ、死ぬだけだ」

「わ、分かったよ……」

ギーシュはよろよろと、まるで何十時間も歩き続けて疲弊したような足取りで宿へと戻っていった。

 

「精が出るね。ミスタ・スパーダ」

スパーダが二振りの愛剣を収めると、ギーシュが去っていった宿の入り口から声がかかる。

そちらを振り向くと、そこにはワルドが腕を組みながら興味津々といった表情を浮かべながら立っていた。

ワルドは軽快な笑みを口元に浮かべつつ、スパーダに歩み寄る。

「ギーシュ君をあそこまで痛めつけるなんて、君も厳しいのだね」

「ああでもしないと生き残れん」

「ははっ……まあ、それはそうだ。グラモン家の人間は軍人としての才能はあるのだが、いささか気弱な所があるからな。良い荒療治になっただろう」

苦笑しつつワルドは肩を竦めた。

「で、お前は何をしに来た」

「ああ、実は君に話があってね……」

ワルドはスパーダの間近まで歩み寄り、その横へ立つ。

「君は、伝説の使い魔〝ガンダールヴ〟なんだろう?」

「……何故そう思う?」

「僕はこれでも伝説や歴史を調べるのが趣味でね。君の左手のルーンを見せてもらった時、その形に見覚えがあってね。以前、王立図書館で見たことのある〝ガンダールヴ〟のルーンのことを思い出したのだよ」

それはそれは。勉強熱心なことだ。

「先ほどのギーシュ君との手合わせや昨日の野盗の時もそうだが、君は〝土くれ〟のフーケのゴーレムとも互角に戦えるほどの実力があるそうだね。ぜひ、手合わせを願いたい。船の出航まで、君も退屈だろう?」

「暇な奴だ……」

若干呆れながら軽く溜め息を吐く。

このような状況でそんなことをする余裕があるとは。

「まあ、別に構わん。私も少し試してみたいこともある」

言いながら、スパーダは左手の拳を握ったり開いたりするのを何度か繰り返す。

「そうか。では、朝食を取ってから始めるとしよう。お互い、調子は整えねばならんからな」

そうワルドが言うと、スパーダと肩を並べながら二人は宿の中へと入っていった。

 

 

「て、手合わせって何を考えてるのワルド!」

やがてルイズ達も起き始めて共に朝食を取っている中、ワルドがスパーダと仕合うことを告げるとルイズは大声で叫ぶ。

「ああ、彼の実力を少し試してみたくなってね。ミスタ・スパーダも快く受けてくれた」

「馬鹿なことはやめて。今はそんなことをしている時じゃないでしょう?」

テーブルを叩き、その場に立ち上がって身を乗り出すルイズがワルドとスパーダの顔を見回す。

「そうだね。……でも、貴族という奴は厄介でね。強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ。それに大丈夫だよ。別に命に関わるくらいの仕合いはしないさ。それでルイズ。君に立会人、というか介添人として見届けてもらいたい」

ルイズはスパーダの方を見るが、彼は無表情のまま茶の入ったカップを手にして啜っている。

これではやめるように説得しても、聞く耳を持たないだろう。

「ワ、ワルド子爵。本当に、ミスタ・スパーダと決闘を? 彼は本当に強いですよ」

弟子として、スパーダの強さと勇ましさ、そして恐ろしさをギーシュは身に沁みて理解していた。

「そうだろうね。だからこそ、血が騒ぐのさ。異国の武人と手合わせができるなんて、僕としては光栄だよ」

ギーシュの言葉に心底楽しそうに笑うワルド。

「ふぅん、面白そうねぇ。いいわ、あたしはダーリンを応援してあげる」

キュルケがスパーダにウインクをするも、本人はまるで眼中にない。

 

朝食を済ませた後、一行は再び練兵場へと戻ってきていた。

宿の入り口で観戦する四人の生徒達は、練兵場の広場で二十歩ほど離れて向かい合う二人の男を見つめていた。

ギーシュとルイズは緊張したように真剣な眼差しで、キュルケは楽しげにし、そしてタバサは一見興味がなさそうに見えるがその視線はスパーダへと向けられていた。

「ミスタ・スパーダ? 君の剣はどうしたんだね?」

スパーダがリベリオンや閻魔刀を持っていないことにワルドが疑問に思い、眉を顰めた。

顎でルイズ達の方を指すスパーダ。

見ると、彼の弟子であるギーシュは閻魔刀を抱えており、さらにその傍にリベリオンが突き立てられていた。

「おいおい。まさか、丸腰でやる気なのかい?」

「誰もそうは言っていない。試したいことがあると言ったはずだ」

ワルドが驚きながら言う中、スパーダは左手をコートの懐へと押し込み、何かを取り出すように〝見せかける〟。

コートから引きずり出されたのは、表面に青みがかかった光沢を帯びた、奇妙な形の金属製の篭手だった。

「何だよ相棒。何か用があるのか? あっちの姿の方がマシなんだけどよ」

篭手から発せられる声に、ワルドはおろかルイズ達も驚く。

そして、その声に聞き覚えがあるギーシュ以外の三人はさらに驚いたようであった。

「ちょっと、あれってまさかデルフリンガーなの?」

「あのインテリジェンスソード? でも、あんな篭手だったかしら?」

ルイズとキュルケが互いに首を傾げる。

驚くのも無理はない。彼女達の記憶では片刃の大剣であったはずなのだが、いつの間にか篭手となっているのだ。

「インテリジェンス……この場合は、ブレイスとでも言うべきなのか? 意思を持つ剣ならば聞いたことはあるのだが」

「兄ちゃん。それを言わんでくれないかねぇ……」

スパーダが篭手のデルフを装着する中、目を丸くして驚くワルドにデルフ本体からいじけたような突っ込みが返されていた。

 

 

 

 

「何でい、貴族と決闘するってぇのか。だったら、こっちよりもあっちの方が良いんだけどなぁ」

不服そうに呟く篭手のデルフを無視して装着し、拳の開閉を繰り返すスパーダを、ワルドは些か不満な様子で見つめていた。

彼としてはスパーダが最も得意としているらしい剣を使ってくると思っていたのだが、その当てが外れてしまった。

「……ミスタ・スパーダ。君は剣を使いこなしているのだから、あれを使った方が都合が良いのではないのかい?」

ギーシュが抱えている閻魔刀、そして傍に突き立てられたリベリオンを指すワルド。

「これでも体術には心得がある。たまにはこちらも使わねば鈍ってしまうからな」

言いながら、スパーダは篭手のデルフを装着した拳を固く握り締め、身構えた。

「本当に大丈夫なのかしら……」

「さあ? ダーリン、剣が無くても意外に強いのかもしれないわよ?」

「これは見物だなぁ……」

観戦するルイズ達はスパーダが普段から剣を手にして戦う姿しか見たことがなかったため、どのように己の体を武器にして戦うのかを不安に思いもしたし、逆に楽しみだと思う者もいた。

それに、あの篭手はどうやら形は違えど、デルフリンガーらしい。

デルフリンガーは魔法を吸収する能力があるということは、ギーシュ以外の三人も見届けているため、一体どのような戦いを繰り広げようとするのかまるで予想できない。

あのスパーダのことだ。剣以外の技も凄いのではないのかと、緊張していた。

特にタバサはじっとスパーダを食い入るように見つめている。

 

ワルドはようやく納得したのか、優雅な動作で腰からレイピア状の杖を引き抜く。

その目は先ほどまでとは違い、一人の戦士として、鷹のように鋭くなっていた。

「では、始めよう。互いに全力を尽くそうじゃないか!」

先に仕掛けたのはワルドだった。疾風と共に一気にスパーダとの距離を詰め、レイピアを突き出してくる。

それをスパーダは無造作に左腕を振り上げて篭手で弾く。

ガキン、と甲高い剣戟の音が響き渡り、一瞬だけだが篭手から閃光も発していた。

スパーダは篭手のデルフを盾にしながら少しずつ後ろに下がり、ワルドの閃光のごとき速さの連続突きをいなしていく。

ワルドがレイピアを突き出す度に、空を切る音が聞こえてくる。おまけにその突きを繰り出す彼の腕も、あまりに速過ぎて半ば残像と化していた。

普通ならば手練れの戦士でもその速さには対応できないだろうが、驚くべきはスパーダがピンポイントでその攻撃をまるで子供を相手にするかのごとく、余裕を持って全て軽くあしらっていることだ。

 

観戦しているルイズ達四人は、目を見張って目の前で起きている戦いに見入っていた。

スパーダが攻めではなく防御に徹しているというのは意外ではあるものの、その防御さえも剣を扱う時の彼と何ら変わりがないのは驚きだった。

ワルドがスパーダの手、肩、脇、どこを狙っても完璧に防がれてしまう。しかも、それで彼が怯んだりする様子もまるでない。

「す、凄いなぁ……ワルド子爵の攻撃を全部あしらってるよ」

「でも、ずっと防いでばかりだわ。あれじゃあスパーダ、何もできないじゃない」

ギーシュがスパーダとワルドの戦いに感嘆を漏らし、ルイズが心配そうに呟くと、そこへタバサがぽつりと一言漏らした。

「様子を見ているだけ」

一見すると、一方的に攻撃を仕掛けているワルドの方が有利に見える光景であるが、そうではない。

スパーダは防御をしながら、初めて戦うことになるワルドがどのような動きで攻撃を仕掛けるのかを見極めようとしていることにタバサは気づいていた。

実際、壁際へ追い込まれないよう円を描くような形で後退している。

何も知らずに無闇に攻撃を仕掛ければ相手に呑まれるだけ。きっと、それが分かっているのだ。

 

「おい、相棒! ちっとは攻めてくれよな! 盾にされてばっかりじゃあ、こんな姿にされちまった俺のメンツが立たないぜ!」

「その通りだよ! ミスタ・スパーダ! 受けてばかりでは何もできん! 少しは攻めてきたまえ!」

ワルドの攻撃を弾き続けているとデルフが苛立った様子で叫び、一方的に優勢に立って増長するワルド本人もデルフの言葉に同意しつつ挑発していた。

だが、スパーダはそんな挑発など耳に入っていないかのごとく、黙々とワルドの攻撃を受け流し続けている。

 

そして、スパーダの防御が一瞬だけ遅くなり、胸ががら空きとなる。その僅かな隙を、ワルドは逃さなかった。

既に彼は、攻撃の合間に呪文の詠唱を行っており、いつでも解放できる状態となっていた。

「もらった!」

勝利を確信してか、ワルドがスパーダに胸へ突き出した杖の先から魔法を放つ。

彼が唱えていたのは真空の槌で相手を吹き飛ばす、〝エア・ハンマー〟だ。

放たれた魔法はスパーダの体をまるで人形のごとく軽々と、吹き飛ばすはずだった。

「何っ!」

だが、その予想とは裏腹に至近距離から放たれた魔法はスパーダが瞬時に胸へとかざした篭手へと吸い込まれていき、跡形も無く掻き消されていた。

予想だにしなかった展開に驚くワルドをよそに、スパーダはその場でいきなり姿勢を低くし、水平蹴りを繰り出す。

足を払われたワルドの体は宙へ浮かび、そこへスパーダが左手を地面に突いたままアクロバティックな動きで体を捻らせるように回転させ、追撃の回し蹴りを繰り出していた。

まともにその変則的な蹴りを浴びたワルドは大きく吹き飛ばされるも、空中で体を捻って受け身をとり、身を翻しながら着地していた。

その拍子にワルドの帽子が外れ、フワリと地面に舞い落ちる。

「なるほど。その篭手、魔法を吸収するのか」

「説明しなくて済まなかったな」

「……いや。油断をし過ぎた僕のミスさ」

ニヤリと笑いながら、ワルドは瞬時に〝エア・ニードル〟の呪文を唱え、杖に真空の刃を纏わせる。

まさしく風のような速さで、残像を残しながらスパーダに接近すると真空の刃を纏った杖を突き出し、さらには小振りの剣のように優雅に、そして鋭い手捌きで振り回す。

先ほどよりも速い複合攻撃であったが、スパーダはそれさえも完璧に防ぎ切っていた。

エア・ニードルの魔法によって作られた真空の刃は篭手に触れる度に魔力を吸収されるものの、杖自体が魔法の発生元となっているために完全には掻き消せはしない。

 

「ねぇ、ダーリンもワルド子爵も人間よね……?」

「あ、当たり前じゃない……」

「今の動き……本当に人間か?」

観戦していたルイズ達は目の前で起きた出来事に唖然としていた。

二人とも、常人では決してあり得ない動きをしていた。

スパーダは異国の貴族にして武人、ワルドはトリステインが誇る魔法衛士隊のエリート。

互いに歴戦の戦士であることは分かってはいるものの、あまりに人間離れした動きで戦う姿にルイズ、キュルケ、ギーシュの三人は開いた口が塞がらなかった。

 

ルイズは思わず身震いする。

ワルドの動きと速さ。あれはまるで、〝烈風〟の名を持つ自分の母親にも匹敵するものだ。

彼は魔法衛士隊に入隊してからきっと、血の滲むような努力を重ねてあれだけの力をつけたのだろう。

 

タバサもまた、スパーダの常人を逸脱した動きに珍しく驚嘆していた。

彼の戦いはこれまで何度か見届けてきたことがあるものの、ここまで常識外の戦いを繰り広げるのを見るのは初めてだった。

……もしも今、彼と戦っているのが自分であったならばどうなっていたのだろうか。

そんな考えと好奇心が自然と湧いてくる。

 

「ぐおっ!」

一瞬、スパーダの防御が遅れたのでそこを突こうとしたワルドだったが、それを待っていたかのようにスパーダが篭手を振り上げ、杖を弾いていた。

だが、今までとは違い、激しい閃光を発したその防御は攻撃を仕掛けたワルドの方が大きく怯む結果となっていた。

 

この篭手には憑依しているデルフの魔力吸収能力の他に、衝撃を魔力に変換して蓄積することもできるように施してある。

もちろん、それを解放することも可能だ。

そのため、今まであれだけの攻撃を防御していたこの篭手には充分すぎるほどの魔力が蓄積されていた。

スパーダは少し距離を取ると、篭手を大きく振りかぶって足元の地面へと叩きつける。

地面を殴りつけた途端、篭手に蓄積されていた魔力が一気に解放され、閃光の魔力を帯びた衝撃波が爆発するかのごとく周囲に広がった。

「うぎゃあっ!」

あまりに凄まじい衝撃に、デルフさえも悲鳴を上げるほどだった。

 

「「きゃあっ!」」

「うわ!」

体勢を崩していたワルドはその余波で吹き飛ばされ、迫り来る突風にルイズ達は思わず顔をマントや腕で覆っていた。

タバサに至っては勝手にマントが顔にかかり、視界が覆い隠されてしまう。

あまりにも激し過ぎる戦い。本気で殺し合っているのではとも思える激闘は、彼女達を戦慄させた。

「あ……」

そして、次に四人の目に飛び込んでいたのは、吹き飛ばされていたはずのワルドと、地面を殴りつけていたはずのスパーダが、互いの急所に向けて武器を突きつけていた。

ワルドの杖はスパーダの心臓を、貫き手の形を取ったスパーダの篭手は刃のように鋭い指先がワルドの喉の寸前でピタリと止められていた。

「……引き分け、だね」

「そのようだ」

未だ攻撃の姿勢を解かない二人は、しばしの間至近距離で睨み合っていた。

「いやはや……驚いたよ。まさか剣なしでここまで強いとは」

「お互い様だ」

「久々に良い運動ができた。感謝するよ、ミスタ・スパーダ」

ようやく攻撃を解いた二人は互いに武器を下ろし、握手を交わす。

「今度はぜひ、剣を使う君とやり合いたいな」

「機会があればな」

互いの力を認め合ったらしい二人の武人に、呆気に取られていたルイズ達は思わずパチパチと拍手をしてしまった。

 

 

 

 

決闘を終えた後、スパーダはギーシュより閻魔刀とリベリオンを受け取り身に着けると、さっさと宿の方へと戻っていった。

ギーシュやキュルケが大絶賛をしてきたものの、本人は今の決闘の結果など気にしていないために軽く相槌を打って部屋へと戻っていく。

とりあえず魔具もどきとしての実験も上々の結果だ。この篭手はこれから防御と反撃をメインとして使うことになるだろう。

残る実験はもう一つ……それはまた、次の機会までお預けか。

「なあ、相棒。ちょっと良いかね?」

「何だ」

部屋へ戻ってきた途端、未だ左手に装着したままのデルフが語りかけてきて、スパーダは左腕を軽くあげる。

「俺は、相棒の一部となっている間に少し気になったことがあったんだ。相棒の左手のルーンについてなんだけどよ……」

篭手のデルフを外して簡素な造りのベッドに置き、手袋を付けたままの左手の甲を見つめるスパーダ。

「これがどうした」

「何で、ルーンを封じちまってるんだい?」

 

スパーダはこのガンダールヴのルーンを疎ましく思っていた。

初めに契約を交わして刻まれた時からこのルーンは自分を洗脳しようと隙あらば力を働きかけてくる。

スパーダの悪魔としての本能がルーンの力を抑えこんでいるものの、こう何度も自分に干渉しようとしてくるのは正直言って、目障り以外の何者でもない。

そのため、〝土くれのフーケ〟の件が済んで一週間が経った頃に自らの魔力を総動員してルーンの力を封印したのである。

魔を喰らい尽くし、切り離すことができる閻魔刀でルーンそのものを消滅させるのも手であったが、それだとルイズは形式上使い魔を失うことになり、彼女にも色々と問題が起きるため、封印するだけに留めていた。

今となっては、このルーンは何の力も発揮しないただの刻印に過ぎない。

「色々と思い出したんだ。そのルーンは武器さえ手にすりゃあ、たった一人で何百……いや、何千もの兵ですら倒せるほどの力が発揮できるんだ。相棒くらいの実力なら、その十倍の数を相手にしたって問題ないだろうさ」

「くだらん」

「いや、くだらんって……」

あまりにも冷徹な一言を口にしたスパーダに、デルフは戸惑う。

というより、ルイズの使い魔である以上はルーンの力を封じられていると色々と困るのだ。

何故、困るのかはデルフ本人も今一思い出せないのだが。だが、何かとても大事なことだったはずである……。

「所詮は借り物の力に過ぎん。私には必要ない」

スパーダが悪魔である以上、虎の威を借る狐のような真似は決してすることはない。

何千年以上もの時をかけて過酷な魔界で生き残り、生きるために己の力を地道に鍛え上げた結果、スパーダはかつての主である〝魔帝〟の右腕として仕えるほどの力を磨くことができたのだ。

決して、他者の力を借りてその力に頼りきるような真似はしない。

もしも人間が力を唐突に得ることがあれば、その力にばかり頼る結果となり、不意に失われでもすれば大きなしっぺ返しを食らうことになる。

「ま、まあ……相棒はルーンなんか無くても充分強いみたいだからな……。そもそも、人間じゃねえし……」

これ以上、無駄に会話を続けている必要はない。

スパーダは篭手のデルフを魔力に変えて自分の体内へと戻すと、部屋を後にした。

 

 

同じく一人で部屋へと戻っていたワルドは、テーブルにつくとワインを一杯、グラスに注いで一気に飲み干していた。

その表情は何故か固く顰め面であり、深刻そうにしている。

原因は先ほどの決闘にあった。

「……あれが、ガンダールヴか」

忌々しそうに低く呟くワルド。

あの男は、危険だ。

異国の貴族、そして武人であったらしいが所詮は平民上がりの没落貴族。

魔法をもってすれば、たとえガンダールヴであろうと容易く組み伏せられるであろうと考えていたが、結果は全く違った。

実力を半分程度しか出していなかったとはいえ、あの男は自分の攻撃を容易く受け流してきていた。

しかも奴自身、まるで本気を出してはいないのだろう。第一、奴の得物はあんな篭手ではなく剣らしい。

もしも奴が、自分の所属する組織と敵対すれば確実に障害となるだろう。

 

……だが、慌てることはない。

如何に伝説のガンダールヴであろうが、力があろうが、奴もただの人だ。

ワルドは己の右手を見つめると、拳を固く握り締めた。

拳の中から、仄かに光が漏れ出す。

自分が新たに所属することになった組織との盟約によって得た力。

この偉大な力を持ってして、あのガンダールヴは排除できる。

「……少し、計画を早めるか」

不敵な笑みを浮かべ、ワルドはさらにワインをグラスに注いでいた。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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