魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
「それじゃあ、本はちゃんと元の所に戻しておいてね」
「Yeah.(ああ)」
そう言い置いてルイズは図書館を後にしていく。
ルイズからいくつかの本を見繕われたスパーダはテーブルについたまま一冊目の本を開いていた。
「あらルイズ。新しいパートナーはどうしたのかしら?」
図書館から一階へと降りる螺旋階段の途中で出会ったのはキュルケだった。隣にはタバサもおり、相変わらず自分の読む本に目を通している。
「図書館で勉強中よ。平民だけど、ちゃんと教養だってあるわよ」
感心したようにルイズは答える。
積極的にハルケギニアのことを学ぼうとしていたその姿勢はルイズも不思議と好感が持てたほどだ。
「ふうん。お勉強中かぁ……なら邪魔しちゃ悪いわよね。親交を深めるのは明日にしましょうか」
「ちょっと。勝手に人のパートナーに色目使ったりしないでよ」
「別にちょっと話すくらいだったら良いでしょ? ハルケギニアとは違う異国の貴族と出会えるなんて、滅多にないことなんだし」
楽し気に語るキュルケにルイズは面白くなさそうに顔を顰めた。
異国人のことを知りたいのはルイズだって同じなのに、それをキュルケに先に越されてしまうというのも気に食わないことだった。
「タバサ。どこ行くの? もうすぐ夕食の時間よ」
ルイズ達が下へ降りていくのに対してタバサだけはキュルケの呼びかけにも応じず上へと昇っていく。
「あの子も彼に興味あるのかしらね? 珍しいじゃない」
タバサは基本的に親友のキュルケ以外の人間とは口を聞くことがない。
いつも持っている本を黙々と読んでばかりで、周りを無視する彼女が誰かに興味を持つようになるなど初めて見る光景だった。
「あ……彼の食事とかどうしよう……」
一階まで降りてきた所でルイズはふとそんな考えが思い浮かぶ。
食堂での食事は学院の生徒、教師とで別々の席で用意されるのだがスパーダはそのどちらでもない。
彼はとりあえず魔法学院の客人という扱いにすべきであるが、かといって学院で勤めている平民の給仕達と一緒の食事という訳にもいかないだろう。
とはいえ、今のスパーダは図書館で勉強を続けている。今日は一晩中、入り浸るつもりだとも言っていた。
寝床に関しては本人曰く、学院内を散策している最中に良い場所を見つけたのでそこで眠る等と言い残している。
一体、どこで寝ようというのかルイズは気になったが今日に関してはまず彼の食事をどうにかしなければならない。
「ねえ、そこのあなた」
「はい? 何でございましょうか?」
本塔内にあるアルヴィーズの食堂へ入ると、ルイズは仕事をしている最中だった一人のメイドに声をかける。
「ちょっとお願いがあるんだけど……」
◆
魔法学院の生徒達が食堂で夕食の時を過ごす中、図書館に残ったままのスパーダは一人読書を続けていた。
実を言うと一人だけではない。向かいの席でも別にもう一人おり、彼と同じように本を読んでいる。
少し前にふらりと姿を見せたタバサはスパーダに話しかけるでもなく、持参している本を読み始めたのである。
(まだ警戒しているか)
本人の真意は定かではないが、スパーダの邪魔をするでもない様子なので特に気にもかけず自分の学習に集中していた。
今、スパーダはこのトリステイン王国の法律に関する本を読んでいる最中である。
(しかし、読み難いな)
ハルケギニアの文字を見ていてスパーダは僅かに渋い顔を浮かべる。
このハルケギニアで使われている言語は現代における人間界の言語とは明らかに異なるものだった。
何千年もの昔に用いられていた古代語と少々似ている部分はあったので、スパーダはその記憶を頼りに意思相通を図っている。
文字自体は読むことはできるし、ルイズ達とも会話自体はどうやら通じるようだったのは幸いというものかもしれない。
学習と読書をお互いに続ける中、ひたすらに時だけが沈黙と共に過ぎていく。
(ん?)
微かに感じた気配に、次のページを開こうとしたスパーダの手がピタリと止まった。
図書館の外から誰かが中に入ってくる。ちらりと視線を横に流すと、一人の女がスパーダ達のいるテーブルに近づいてくるのが見て取れた。
「あの……ミスタ・スパーダでございますね? ミス・ヴァリエールからの申しつけで食事をお持ちしました」
現れたのは学院で働くメイドだった。抱えていた大きなトレーをテーブルに置くと、食事の盛られた皿や食器を並べていく。
「ミス・タバサの分もお持ちしたのでどうぞ」
彼女は食堂でルイズだけでなく、キュルケからもタバサの食事を持っていくように言いつけられていたのだ。
(貴族の食事、か)
用意されたパンやスープ、肉の料理などが目の前にあっても食欲など湧かなかった。
スパーダにしてみれば正直に言うと、普通の食事を取ること自体にあまり意味はない。
人間が日々を生き抜くために食べ物を口にしなければならないのは必然だが、悪魔であるスパーダでは勝手が異なる。
せいぜい水さえ飲んでいれば、数か月ほどは絶食のままでも特に問題は無い。
言ってみれば人間の普通の食事はスパーダにとっては嗜好品のようなものでしかないのだ。
悪魔の本来の食事とは、それこそ弱肉強食の世界を体現した血生臭いものなのである。
「それではまた後で食器を下げに来ます」
「待て」
二人の食事を並べ終えたメイドが立ち去ろうとしたのをスパーダは呼び止めた。
「名は何と言う?」
「はい……シエスタと申しますが?」
突然名前を聞かれたことにメイド――シエスタは戸惑った様子だった。
「昼間は見かけなかったな」
スパーダは昼にルイズと契約を済ませて一時別れた際、学院内を一通り回っていた。
学院内の人間達とは生徒や教師、さらには給仕のメイド達ともすれ違ったりしていたがこのシエスタの姿を見るのは今が初めてだったのだ。
「わたし、さっきまでトリスタニアの街の方まで買い出しに行ってまして……でも、ミス・ヴァリエールが授業で貴族の方を召喚したという話は聞いております」
シエスタは同僚のメイド達から外国の貴族が新しくこの学院で滞在することになったという話を聞かされていた。
相手が平民出身でメイジではないということから平民でも貴族になれる隣国のゲルマニア出身なのかと当たりをつけている。
ちなみにそのメイド達によるスパーダの第一印象は「ちょっと怖そう」というものであった。
「そうか。……いや、時間を取らせたな。また後で頼む」
シエスタは目を丸くしつつも一礼を返すと、踵を返して図書館から去っていった。
その背中をスパーダは見えなくなっても注視し続ける。
(シエスタ……か)
今日一日、魔法学院で見てきた人間達の中で彼女は明らかに印象が異なっていた。
他のメイド達と異なり髪の色が黒いという特徴はあったものの、そんなことは些細なことでしかない。
彼女は当然、ルイズらメイジとは違う平民であり、魔法を使うことはできない。だが同時に他の平民達とも微妙に雰囲気が異なるのも明らかだった。
彼女がここを訪れた時に感じた微かな気配――それは人間のものではなかったのである。
(いずれ答えは出るな)
だが今のスパーダには彼女が何者だろうと特別重要視することでもないのも事実だ。
タバサが黙々と料理を口にし始めているので、差し当たってスパーダも自習を中断して自分に用意された夕食へと手をつける。
異世界で初めて食したその料理は素直に美味いと感じられるものだった。
◆
「ふあ……」
翌日の朝、寮の自室で目覚めたルイズはいつものように寝間着から制服へと着替えていく。
「……そういえば、使い魔を召喚したんだっけ」
ネグリジェを脱ぎ、ブラウスの袖に手を通す中でふと呟いた。
自分が昨日行った使い魔召喚の儀式で異国の貴族を呼び出していたことを、起きてすぐの今一瞬だが忘れてしまっていた。
昨晩、寝る前に図書館へ寄ってみたらスパーダは相変わらず読書を続けていたのだ。
どこまで捗ったのか尋ねてみたら、この国の法律については大体理解できたという。
ルイズが渡したのは辞書の他、地理や魔法の基礎に関するものなど、最低限このハルケギニアで生活するにあたって必要だと思うものばかりだ。
「普通の使い魔だったら、どうしてたのかしら」
他の生徒達のような普通の動物を召喚していたら、きっとこの部屋に置いていたことだろう。
ベッドの横に藁束を敷いてそこを寝床にさせていたかもしれない。
だがルイズが召喚したのは異国の貴族。男女が一緒に部屋で過ごすなんてことはいくら何でも色々とまずい。
第一、ベッドは一つしか無いのだからここではルイズしか普通に眠ることはできないのだ。
「そういえば、寝床を見つけたとか言ってたわね……」
スパーダが学院内を散策中に見つけたという寝床とやらが何なのかルイズは激しく気になった。
そもそも客人という扱いなのだから、学院長に頼めば空き部屋でも用意してもらってそこで寝泊りしてもらうこともできたはずだ。
まさか外で眠っているなどということはあり得ないはずである。
何はともあれ、使い魔として自分のパートナーとなってくれた彼に今日は授業に付き合ってもらわなければならない。
ずっと図書館に引き籠ってもらっても困る。
「よしっと……」
制服に着替え終え、マントも身に着けたルイズが部屋を出た直後だった。
「……って、何!? あんた誰!?」
廊下の壁に一人の男が腕を組みながら寄りかかっていたのだ。
ここは女子寮。男子禁制という訳でもないが、こんな朝っぱらから男がこの場所にいることにルイズは混乱してしまう。
「まだ寝ぼけているか」
喚き立てるルイズに対して落ち着いた声が廊下に響く。
「もぉ~……なあに? 朝からうるさいわねえ」
同時にルイズの後ろから気ダルそうな声が聞こえてくる。
ルイズの部屋のすぐ隣の扉を開けて出てきた赤い髪の生徒はキュルケであった。
起きたばかりの彼女はルイズのものより派手なベビードールを身に着けている。
男達を簡単に魅了してしまいそうなスタイルの良い体を惜しげもなく披露するが、スパーダの方はまったく眼中にない。
「あら、おはよう。ルイズ、それにミスタ・スパーダ」
気さくに挨拶をしてきたキュルケの態度にルイズは自分の目の前に立つ男を改めて見つめ直す。
紛れもなく、昨日自分が召喚した銀髪の貴族その人だった。
スパーダは無表情のままルイズのことを見返していた。
「ど、どうしてここにあなたがいるのよ?」
「ルイズのことを起こしに来てくれたんじゃないの? 気遣いのできる紳士じゃない?」
くすくすと面白おかしそうに笑ったキュルケは自分も制服に着替えるべく部屋に引っ込んでいった。
実際、スパーダは早朝の五時くらいからここを訪れていた。
既に朝の勤めを始めていたメイドのシエスタからルイズの部屋がある場所を聞いてここまで来ている。
「そ、そうなの……。それで、あなたの勉強の方はどう?」
「君に渡された本は全て読み終わった。礼を言おう」
「ま、まあ……あれくらいはしっかり読んでもらわないとね。外国人とはいえ貴族らしい立ち振る舞いを期待させてもらうわ」
「うむ」
突然の感謝の言葉に少し照れつつもルイズは余裕を見せようとする。
「それじゃあ、今日の朝食はアルヴィーズの食堂でとってもらうわ。あたしの隣に座ってもいいから。付いてきて」
歩き出すルイズに続いてスパーダもゆっくりとした歩調でついていく。
「ねえ。その背中の剣、ずっとそのままで持ち歩くつもりなの?」
寮の入口まで降りてきた所でルイズはスパーダの方を振り向いた。
「いくら何でも目立ちすぎるのよ。ここは学校で、戦場なんかじゃないのよ」
スパーダがずっと背負ったままでいる大剣はルイズにははっきり言って邪魔にしか見えない。
腰に差している小さい方の剣のように鞘に収まっている訳でもないので余計に目立ってしまうし、何よりデザインもかなり威圧的な雰囲気が感じられて気になってしまう。
「どこかしまえる所にしまってちょうだい。必要になった時だけ持ってれば良いでしょ?」
「考えておこう」
気にした風でもなく答えるスパーダだが、ルイズの言に一理あることは認めざるを得なかった。
愛剣の一つであるリベリオンは確かに閻魔刀に比べると目立ちすぎる。昨日、学院内を散策していた際もほとんどの人間達から奇異な目で見られていたのだ。
スパーダの悪魔としての力と魂の一部を魔具として具現化させている二つの愛剣の取り扱いも少し考えておく必要があるだろう。
魔具である以上、手軽に保管と携行を両立させるのにもちょうど良い手段がある。
(これでいいな)
本塔へ辿り着く頃、背中のリベリオンは薄い光に包まれて縮んでいき忽然と姿を消していた。
魔力を込めることでこうして圧縮し、物理的に持ち歩く手間が省けられる。
使う時がくれば魔力を展開して本来の姿に戻してやればいい。
前を歩くルイズに気付かれることなくリベリオンは格納したが、二人から少し距離を取りつつ後ろについてくるタバサだけがその光景をただ一人目の当たりにしていた。
◆
朝食の後、食事休憩を挟んだ後に午前の授業が開始される。
段差のある広々とした教室に設けられた長いテーブルにルイズら学院の生徒達は席につくのだ。
生徒達が召喚したばかりである各々の使い魔達も同伴しており、主人の足元やテーブルの隅等で寛いでいる……はずだった。
「おい、どうしたんだ?」
しかし、使い魔達は全てが何かに怯えたように緊張し縮こまり、静まり返っていた。
つい先ほどまでは生気に満ちていたというのに、どうしてしまったのか使い魔の主である生徒達は首を傾げるばかりだ。
(あ、悪魔……)
(怖い……)
(恐ろしい……)
言葉にならない使い魔達の恐怖の声は同じく同伴するスパーダにだけ届いていた。
ルイズの席の後ろで立ったまま腕を組んで俯いている。
すぐ近くの席ではキュルケとタバサの姿もあったが、タバサだけはスパーダに対して相変わらず警戒の眼差しを送っていた。
やがて教室の最下段にある教壇に一人のメイジが姿を現す。
紫のローブを纏い、つばの広い三角帽子をかぶったふくよかな中年の女性だ。
「おはようございます。皆さん。春の使い魔召喚の儀式は成功したようですわね。ちょっと元気が足りなさそうですが……」
にこにこと満足そうに教室を見回す彼女は生徒達の使い魔が大人しすぎる様子を見て怪訝そうにする。
「ミセス・シュヴルーズ! 一人だけ使い魔を召喚できてないのがいます!」
「そうです! ゼロのルイズは召喚ができないからって、ゲルマニアから平民上がりの貴族を呼んでいたんです!」
一人の生徒が立ち上がり、茶化すように声を上げるとそれに続いて別の者も堂々と悪口を口にし始めていた。
その言葉にクラス中の生徒達からクスクスと笑いが漏れる。
ルイズは恥ずかしそうな、ムッとしたような複雑な顔で俯きだす。
朝食の席でも他のクラスの生徒達にも「自分の家庭教師を連れてきた」等と同じような感じでからかわれていたのだ。
黙々と食事をしていたスパーダは全く意に介さなかったものの、その時のルイズは自分にちょっかいをかけてきた生徒に思わず噛みついてしまったほどである。
名目上はちゃんと自分が召喚した使い魔ではあっても、やはり他の生徒達とは違い過ぎるのもあって嘲笑のネタになってしまうようだ。
「どうせ金でも掴ませて自分の使い魔になってもらうよう頼んだんだろ? これだからゼロのルイズは――」
悪意に満ちた嘲笑は途中で遮られ、生徒の口にはいつの間にか赤土の粘土が押し込まれていた。
しかも一人ではなく、ルイズを馬鹿にした他の者も同様に口を文字通りに塞がれている。
「お友達を馬鹿にしてはいけませんよ。ミス・ヴァリエールはちゃんと儀式は成功させたでしょう? 他の人の使い魔を比べたりするものではありません」
厳しい顔で杖を手にするシュヴルーズの態度に他の生徒達も失笑をやめて完全に静まり返った。
コホン、と軽く咳ばらいをするシュヴルーズはルイズの傍らに立つスパーダへと視線を向け、穏やかな笑顔を浮かべる。
「オスマン学院長より事情は伺っておりますわ、ミスタ・スパーダ。遠い異国よりトリステイン魔法学院へようこそお越しくださいました」
自らへの冷笑も無視し続けていたスパーダは目を開けるとシュヴルーズと視線を交わし合う。
「この学院に滞在する間、どうぞミス・ヴァリエールや他の生徒達の授業を見守ってあげてくださいね」
スパーダの立場を気にすることなく友好的に接してくるシュヴルーズにルイズはホッと安堵の溜め息をつく。
認められた当の本人も無言のままだが軽く頷きを返していた。
学院の教師達とは昨日に学院内を散策した時に何人かと擦れ違っていたが、シュヴルーズのように歓迎されているとは言い難かった。
『誰だこいつは?』といった感じで、余所者を見るような視線を浴びせられていたのだ。
今の所、スパーダに友好的な教師はオスマンにコルベール、そしてこのシュヴルーズくらいなものである。
もっとも、スパーダ自身は悪意だろうが敵意だろうが自分に向けられる視線など全く気にも留めなかったが。
「申し遅れましたが、私は『赤土』のシュヴルーズ。これから土系統の魔法を一年間、皆さんに講義をします」
それからシュヴルーズの授業は問題なく進められていった。
まずは基礎知識のおさらいで〝火〟〝水〟〝土〟〝風〟の魔法の四大系統。失われた系統である〝虚無〟それら魔法と生活との密接な繋がりなどが説明される。
そして、それらの魔法は組み合わせる事が可能で、単体のみの〝ドット〟から〝ライン〟〝トライアングル〟〝スクウェア〟というランクに分けられている事も話された。
大方はスパーダも図書館で読んだ本で学んだことではあったが、復習もかねてシュヴルーズの講義を集中して聞いていた。
シュヴルーズはスパーダが真剣に講義を聞いているのに感嘆し、満足しているようである。
「それでは実際に錬金の実演をしてみましょうか」
教壇に取り出されたのは小さな石ころだった。
シュヴルーズは手にした杖をそれに向け、呪文を唱えると瞬く間に異なる光沢のある黄金色の物質へと変化していた。
「ゴ、ゴールドですか!? 先生!」
(真鍮だな)
生徒達が驚きの声を上げる中、スパーダは実演の結果を平然と見抜いていた。
形は違えど、この手の違う物質へと変成する錬金術は古代から人間界でも成されているものだ。
「いいえ。真鍮ですよ。ゴールドを錬金できるのはスクウェアクラスのメイジだけですから。私はただのトライアングルですので、これが限界です」
(自慢話をしてどうする)
講義の内容自体はスパーダも聞いていて悪い気はしない。
だが所々でシュヴルーズは土魔法の優位性やら自分の能力を誇示しているのであることが察することができていた。
無論、シュヴルーズ本人は別に悪気がないであろうことも理解できているので、失笑する気にもならなかった。
(真面目に先生の話を聞いてる……)
ちらりとスパーダの方を見るルイズは意外そうな顔を浮かべた。
学生でもメイジですらないというのに、ここまで真剣に魔法の講義に耳を傾けているその姿はここにいる他の生徒達よりも勤勉に見えた。
遠い異国から呼び出された身で、自分の領地に戻る途中で忙しかったはずなのに全く気にしていないその態度や感覚が実に不思議である。
本当に元は忙しかったのだろうか? と薄ら疑問が湧き上がるほどだった。
「ミス・ヴァリエール。余所見をしてはいけませんよ」
スパーダの方に意識がいっていて授業を聞いていなかったのをシュヴルーズに見咎められてしまった。
我に返ったルイズは慌てて姿勢を正す。周囲からはまたもクスクスと失笑の声が漏れ出すが無視した。
「それでは、こちらへ来てあなたに錬金をやってもらうとしましょう」
シュヴルーズの指名に生徒達の失笑がピタリと止んだ。ほぼ全員……タバサ以外が困ったような顔を浮かべだす。
「あ、あの……ミセス・シュヴルーズ。ルイズにするのはやめておいた方が……」
「そうです! 危険です! ルイズがやるくらいならわたしが……!」
「ま、まあ待ちたまえよ! どうせならこの僕が錬金を成功させてみせますとも……!」
珍しくキュルケも焦った様子で立ち上がり、薔薇の造花を手にする金髪の男子生徒も芝居がかった仕草で志願しだす。
だがルイズは周りからの反対の声にムッとして立ち上がった。
「やる。やります!」
そう強い意志の込められた真剣な表情でルイズは教壇の方へ向かっていく。
途中、ちらりと後ろを振り返ったルイズは全く無表情なままのスパーダと視線を交わした。
――見てなさいよ。
そんな思いが込められていることをスパーダははっきりと受け止める。
教壇に上がった所で他の生徒達が慌ててテーブルの下に隠れだす。タバサだけは席についたまま立て掛けている自分の杖に手を伸ばしていた。
「それでは錬金したい金属を、強く心に思い浮かべてごらんなさい」
「はい」
横に立つシュヴルーズに言われ、深呼吸をしたルイズは杖を手に呪文を口ずさんでいく。
机の上には用意された別の石ころが置かれている。
先ほどシュヴルーズが唱えたものと全く同じルーン文字によるもので、それは古代語に精通するスパーダも知っているものだ。
確かにそのルーンの組み合わせなら錬金としての効果は発揮できるはずである。
(ん?)
だが、スパーダは僅かな違和感に気付いた。
先ほどシュヴルーズが錬金で発した魔力と、今ルイズが解放しようとしている魔力は明らかに性質が異なる。
呪文自体は間違っていないはずなのに、全く別の力が働こうとしているのだ。
しかもその力は彼女自身の制御を受けつけておらず、向かうべき方向を失って暴走しつつある。
「……っ!」
ルイズが杖を振り下ろした途端、轟音と共に教壇の机が爆風に包まれた。
その爆風はスパーダ達の方にも及び、教壇に近い机や椅子が軽く吹き飛んでしまう。
爆風を間近で受けたシュヴルーズが黒板に叩きつけられて目を回していた。
やがて煙が晴れるとそこには服装は少し焦げついてはいるものの、無事なルイズが立っていた。
「ちょっと失敗したみたいね」
事もなげにルイズは呟いた。
「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」
「なにがちょっとだ!」
「いつだって魔法の成功率、ゼロじゃないか!」
「だから言ったんだ、ゼロのルイズにやらせるといつもこうだ!」
だが、次々と彼女に向けて悪口や誹謗中傷の声が飛び出す。
(これだけでゼロ、か……)
スパーダは周りの非難の声に細く溜め息をつく。
魔力を直接見て、感じ、正確に判別することができるスパーダにはルイズが決して『ゼロ』などではないことが理解できていた。
◆
その後、教室の惨状から講義は中止となった。
己の不始末ということでルイズは気絶から立ち直ったシュヴルーズから教室の片づけを命じられた。
スパーダも教室に残っていたが壁に寄りかかりながら腕を組んで瞑目している。シュヴルーズからはルイズ一人で片付けることを命じられているため、ただ黙って佇むだけだ。
爆発によって粉々になった机の破片を拾っては集めて袋に詰め、埃で汚れた机を雑巾で拭いていくルイズ。
だがその表情は先ほどから鬱屈としたものとなっている。
「ねえ、何で何も言わないの?」
沈黙が続く中、掃除の手を止めたルイズはスパーダに語りかけだす。
「何の事だ? それより、さっさと終わらせた方が良い」
だが本人は冷然とした態度で返すだけだった。
「……気を遣わなくたっていいわ! 言いたいなら言いなさいよ!」
突然にして喚きだすルイズをスパーダは不思議そうに見やった。
「パートナーだからって、対等の関係だからってあたしを馬鹿にしてるの!? 良いわよ! 言ってやるわ! あたしの二つ名は〝ゼロ〟! 魔法の成功確率ゼロ! それで付けられたあだ名が〝ゼロ〟のルイズなのよ!」
自暴自棄に叫びだすルイズは雑巾を投げ捨て、ずかずかとスパーダの前までやってきて彼の胸を叩きだす。
「馬鹿にしたいならすれば良いじゃない! 魔法もろくに使えない癖に何を偉そうにしてるんだとか! 何で何も言わないのよ!?」
「別に言う必要もあるまい」
「何ですって!」
スパーダの態度があまりに冷淡に感じられてルイズの神経を逆撫でてしまう。
「君は少なくとも、『ゼロ』ではないからな」
「どういうことよ……」
「私がここにいるだろう」
その言葉にルイズは呆気に取られて彼を見つめた。
「君は召喚の儀式で私を呼び寄せ、使い魔とやらの契約も成功させた。これでも自分がゼロだというのか?」
確かにルイズはスパーダを結果的に召喚することができた。それはルイズが魔法を成功させた初めての経験であることには間違いない。
だが、それでも自分はまたも魔法を失敗してこのような結果を招いてしまったのだ。
失敗は失敗である以上、使い魔召喚という魔法を成功させた自分を誇ることもできやしない。
「だ、だって……他のみんなは魔法で宙に浮くことだってできるのに、あたしは……」
「そもそも、何をもって魔法が成功したと言える? 教師達が教えたことを寸分違わず実行することか? 周りと全く同じことをしなければ魔法として認められんのか?」
スパーダの問いかけにルイズは複雑そうな顔で俯いてしまう。
「私はこちらの魔法のことなどよく知らん。だが、君はどんな結果であれ魔法の力を発揮したことは間違いあるまい」
「あんな爆発なんて……ただ馬鹿にされるだけよ。他の皆は爆発なんてしないのに」
「ならばあの爆発も君自身の新しい魔法として受け入れてやればいい。周りの声など気にし続けても何にもならん」
「だけど……」
「では聞こう。君は魔法を使えないというのであれば平民だとでもいうのか?」
屈みこんで真っ直ぐと顔を見つめてくるスパーダの言葉に、ルイズは震えながら黙り込む。
「その平民が魔法を使おうとすれば、先ほどのように爆発が起きるというのか」
「そんな訳ないじゃない……貴族を先祖に持たない人間が魔法を使おうとしたって、何も起きやしないわ」
「ならば結果はどうあれ、あの爆発も君がメイジである何よりの証だ。決してゼロではない」
立ち上がったスパーダはルイズを見下ろしながら言葉を続ける。
「周りにはせいぜい言わせておけばいい。他の者達を気にしていては、己自身も信じられなくなる」
呆然としながら、ルイズは自分の手を見つめ続けていた。
あの爆発を自分の力として受け入れるなどできるはずもない。
他のメイジ達ができることを自分もできないと、誰も受け入れてくれない事実が痛いほどに分かっているのだから。
だがスパーダの言葉を何故か完全に否定しきることもできなかった。
「って、大変……! 全然掃除終わってないじゃないの!」
我に返ったルイズは慌てて振り返り、掃除を再開しようとする。もう昼近くなのに半分も終わってないのだ。
だが、目の前の光景に呆気に取られた。
「あれ? いつの間に……」
見れば教室は綺麗に片付いており、しかもゴミまで全部袋に詰め込まれ、投げ捨てたはずの雑巾まで一か所に纏められているではないか。
「君が自分でやったのだろう」
不思議そうに教室を見回すルイズにスパーダは平然と告げる。
彼の足元には影のようにどす黒い煙のようなものが床を這い寄ってきて、その底へと音もなく沈み込んでいた。
作品の良かったところはどこですか?
-
登場人物
-
世界観
-
読みやすさ
-
話の展開
-
戦闘シーン
-
主人公の描写・設定
-
悪魔の描写
-
脚色したオリジナル描写・設定