魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
その日は、スヴェルの夜であった。
赤と青、二つの大きな月が重なり、赤い月が青い月の後ろに隠れ、一つだけとなった月が青白く輝いており、幻想的な光景を見せている。
女神の杵亭一階の酒場では、ギーシュとキュルケがメインとなって酒盛りをしていた。
明日はいよいよアルビオンに渡るということで、大いに盛り上がっているようだ。
タバサはテーブルの隅の方で黙々とはしばみ草のサラダを食べ続けており、ワルドはルイズ、スパーダと共に同じテーブルで酒を交わしながら、騒いでいるギーシュ達とは対照的に穏やかに談笑していた。
もっとも、スパーダはいつものように無表情のままだったが。
「フォルトゥナか。聞いたこともない土地だね。君はそこの元領主と、そういう訳か」
「大した所ではない」
「いやいや、その若さでまともに統治できたとは、すごいじゃないか。僕は十六の時に父が戦死して領地を受け継いだんだが、すぐに魔法衛士隊の見習いに入ってしまってね。ずっと家臣に経営を任せっぱなしだったんだ。今戻っても、まともに領地の経営なんてできないかもしれないな」
ワルドは決闘を終えてからというものの、すっかりスパーダのことが気に入ったのか、こうして親交を深めようと積極的に話しかけているのだ。
スパーダも無視するでもなく、生返事で受け答えをしている。
彼との会話を楽しんでいるのかそうでないかは、よく分からない。
「ミスタ・スパーダ。僕とルイズが結婚しても、ぜひ彼女の使い魔として一緒にいてもらいたい」
突然、ワルドがそんなことを言い出して、隣で茶を飲んでいたルイズがブハッと豪快に吐き出す。
「二人は婚約者だったな」
何の感慨もなさそうに、平然と答えるスパーダ。
「ワ、ワルド……だから、それはまだ……」
「ああ、そうだったね。でも君が一人前のメイジになるのはそう遠くはないだろう?」
顔を真っ赤に染めながらルイズは俯いた。
スパーダはただの使い魔でありパートナー、それだけだ。本人もそのようにして接している。
だが、彼は自分に自信をくれた大切な人だ。
そのことを思うと、何故か胸の奥が妙に熱くなってしまう。
「私と彼女、どちらかの命が尽きるまでが使い魔としての契約だ。ならば、私が彼女の元にいるのは当然だろうな」
「ははっ、そういえばそうだね。よろしく頼むよ。ミスタ・スパーダ」
すがすがしい笑顔を浮かべて、ワルドはワインの注がれたグラスを呷った。
ギーシュやキュルケ達が大いに騒いで酒場はさらに盛り上がる。
スパーダとワルドも大人同士で親交を深めて(ほとんどワルドの方からだが)、この穏やかな一時を楽しんでいた。
だが、その空気は一瞬にして崩される。
「いたぞ! あいつらだ!」
突然、酒場の玄関から響いたある一声。
さすがに騒いでいたギーシュ達はおろか、店内がその声にしんと静まりかえる。
「相手は子供とはいえメイジだ! 油断するなよ!」
玄関から次々となだれこんできたのは、武装した傭兵達だった。全員が剣やら弓やらを装備しており、それを目にした店員達はパニックとなる。
「ちょ、ちょっ、何だぁ!」
「え、ええ!?」
ギーシュとルイズが一瞬、状況を理解できずに硬直していたが、即座に反応していた残りの四人はそれぞれ行動に移りだす。
キュルケがテーブルの上の皿やグラスを一気に払い飛ばし、杖を手にしたタバサが床と一体化している岩のテーブルの脚を錬金によって砂に変えて折り、それを立てて盾にする。
傭兵達が矢を射かけてくるも、スパーダが閻魔刀を片手でクルクルと正面で高速回転させてルイズ達へ飛んで来る矢を防いでいる。
その間に、キュルケ達と同じことを一人で行ったワルドがテーブルの蔭にルイズを隠す。
ギーシュは危うく矢に当たるところだったが、慌ててキュルケが引っ張り込むことで間一髪、事無きを得ていた。
「な、何なのよぉ!」
「恐らく、アルビオンの手先だろうな。たぶん、昨日の奴らもそうだろう」
テーブルの蔭で喚くルイズに、ワルドが杖を抜きながら答える。
あの傭兵達は明らかに、自分達だけを狙っている。他の貴族の客達もカウンターやテーブルの下で震えているというのに、そちらにはまるで眼中がない。
第一、奴らの一声は自分達に向けてのものだった。
「ねぇ、どうするの? 相手は結構な手錬れみたいよ」
「明らかに対メイジの戦術まで使っているよ。うわっ!」
未だ矢の雨が止まない中、キュルケとギーシュが言う。すると、バスッという湿った銃声と共にギーシュのすぐ横、テーブルの端を削って銃弾が飛来してきた。
ギーシュは己の杖を手にして花びらを二枚舞わせ、それを青銅のゴーレム・ワルキューレへと変える。
ワルキューレは矢を受けても一発や二発程度では怯みはしない。ギーシュの命令を受け、傭兵達に突撃していく。
だが、手錬れの傭兵達は単調な動きしかできないワルキューレをいとも簡単にねじ伏せ、バラバラに壊してしまった。
「ああっ、僕のワルキューレが……」
ギーシュが悔しそうに声を上げる中、さらにワルキューレを召喚しようとする。
「待ちたまえ。それ以上は無駄だ」
別のテーブルの蔭からワルドがギーシュを制すると、さらに低い声で何かを告げようとした。
「ぐあっ!」
「うぐっ!」
「ぎゃあ!」
傭兵達の悲鳴と同時に店内に響く激しい騒音に、五人は驚きながらも顔を上げた。
適度に手拍子を打つような間隔で連続で響き渡るのは紛れもなく、銃声である。
そして、その銃声を発しているのは――スパーダだった。
テーブルの蔭に隠れず、閻魔刀で攻撃を防御し続けていたはずの彼の両手には、いつの間にか二丁の短銃が握られていた。
先日、トリスタニアの武器屋でスパーダが購入していた火打ち式の銃だ。
その銃口から次々と火炎を吹きながら銃弾が放たれ、傭兵達の武器を撃ち落としていく。さらに完全武装しているはずの彼らの腕や肩、脚、鎧をも撃ち抜いていった。
銃弾を浴びた傭兵達は悲鳴を上げながら次々と倒されていく。
スパーダは無表情のまま、両手に握る銃の引き金をそれぞれ交互に引き、弾丸を放ち続けていた。
「……何、あれ?」
「じゅ、銃だろう?」
キュルケとギーシュが唖然としながらスパーダの射撃を見つめている。
銃は一発撃てばそれでおしまい。また新しい弾を込めなければならないために時間がかかり、一撃で相手を倒すことに向いている代物だ。
だが、スパーダはそれらの常識を完全に覆していた。一体、何発撃ったのかも分からないほどの銃弾を次々と連射している。
時には腕を交差させて狙いを変え、確実に傭兵達を撃ち抜いていく。と、言っても急所は外しているようだ。
「あれって、ゲルマニアの最新式なんでしょう。あんなに撃てる物なの?」
「し、知らないわよ」
ルイズも驚きながら、あの銃の製造元の出身であるキュルケに尋ねるが本人も呆然としていた。
やがて、銃声が止むとスパーダは硝煙が銃口から棚引く二丁の銃を指で回転させながら両の懐へと戻した。
あれだけの連射であったにも関わらず、不思議と火薬の臭いがしない。
傭兵達は全てが床の上で呻き声を上げており、身動きができないでいる。
「ここにこれ以上いても狙われるだけだな」
腕を組みながらスパーダは静かに告げる。
それだけを言い、スパーダは倒れている傭兵達を跨いで店の外へと出ていってしまった。
「あ、ちょっと! 待ちなさい!」
慌ててルイズが立ち上がり、スパーダの後を追う。ワルドとタバサも素早く立ち上がってルイズ達を追い、一瞬、呆気に取られていたキュルケとギーシュも我に返り、その後へと続いていた。
「待ちなさいよ!」
すぐに外へと出たばかりのスパーダに追いついたルイズはスパーダの背中に飛びかかる。
立ち止まったスパーダは体を軽く捻り、ルイズを見下ろしてきた。
「何とかして、船を動かしてもらうように交渉するしかあるまい」
「うむ。その方が良いな。ならば、交渉は僕が行おう」
こともなげに言うスパーダに、追いついたワルドも同意したようだ。
貴族派に居場所がバレたことが面倒に思っているのか、眉間に皺を寄せていた。
一行は桟橋へと向かうべく月の光が降り注ぐ夜闇の中、丘の上へと続く階段を登っていく。
ワルドはルイズを自分のグリフォンに乗せて進んでおり、その後ろをスパーダ達が付いていた。
「ねぇ、ダーリン。あなたの銃、それってゲルマニアの最新式よね?」
「そのような触れ込みらしい」
階段を登っていく道中、キュルケがスパーダの銃について質問してくる。
「それ、どういった仕掛けなの? あんなに弾を撃てる銃なんて聞いたことないわ」
「さてな。私にもよく分からん」
しらばくれるスパーダだが、この銃は時空神像を用いて錬成を行い、スパーダの魔力を銃弾として放つ依り代として改造していたのだ。
ケシ粒ほどの魔力とはいえ、そのままではスパーダの魔力に耐えられないからだ。
もっとも、スパーダにできるのはそれが限界だった。弾自体は無限に等しいが、やはり元が人間の手によって作られた代物であるため、その程度の魔力にしか耐えられない。
より強い魔力を銃弾として放ったり、あまりに速い間隔で連射すれば使い物にならなくなる。
「もしかしてその銃、ペリ卿が作った物なの?」
「何だそいつは」
「何年か前に、ゲルマニアにやってきた銃職人を名乗る貴族らしいの。その人、いつも変わった銃をよく作ったりするものだから、ゲルマニアでは有名なのよ。わざわざ、特注で武器を作ってもらう人もいるくらいなんだから」
「私にも分からん」
武器職人と言うと、スパーダが思い出す悪魔が一人いた。
そいつの名は〝マキャヴェリ〟。魔界では五本の指に入る銃の名手であり、屈指の腕前を誇る銃工だ。
いつも匠と呼ばれるほどの品々を作り出せる悪魔であり、あのパンドラを作ったのもそいつだ。
基本的に人間界に存在している武器等をベースにして作ったりするのだが、稀に常識外や規格外としか言い様のない仕組みの武器を作ったりするので悪魔達は、奴の作った武器を喉から手が出るほど欲しがることが多い。
奴は魔界にも人間界にも属さないアウトローでもあるため、顧客相手は人間、悪魔を問わないはずだ。
もしも、出会えたならば奴に特注で銃を作ってもらいたいのだが……。
◆
やがて階段を登りきり、丘の上に出た一行の目の前には山ほどの大きさがある巨大な樹が現れた。
これが古代の世界樹、イグドラシルと呼ばれるものらしい。
その巨体さに見合った太い枝にはそれぞれ船がぶら下がっている。これがアルビオンへと向かう船が係留する桟橋だ。
一行は樹の根元にある、アルビオンのスカボロー港行きの駅へと続く階段を登ろうとする。
「どうしたの?」
ワルドが一度グリフォンを下りて階段を上がっていく中、スパーダだけはその手前で足を止めていた。
タバサが語りかけても、本人は無表情のまま腕を組み続けて沈黙している。
「おおーい、何をやってるんだい? 早くしないと……」
ギーシュが階段を登りつつ呼んだ、その時だった。
ズシン、ズシン、という重い地響きが轟いている。自分達が登って来た山道の方から何かがやってくるようだ。
ちらりと、スパーダはそちらを振り返る。
「な、何だい? あの音は」
ギーシュが狼狽する中、タバサが杖を構えて臨戦態勢に入っていた。スパーダも背中のリベリオンに手をかけている。
山道をゆっくりと登って来る、巨大な影。
それは人ではなかった。
「ひえええっ! 何なんだい、あれは!」
思わずギーシュが叫び、階段の上で尻餅をついてしまう。
ギーシュが錬金で作り出せるようなゴーレムよりも遥かに巨大な体を有した、岩のゴーレムが姿を現したのだ。
「どうしたの!? ……ゴ、ゴーレム?」
異変に気づいたルイズが戻って来て、その視線の先に巨大なゴーレムがいることに驚いていた。
まるで、あの〝土くれのフーケ〟が操っていたゴーレムのような巨体であり、ゆっくりとこちらへ近付いて来る。
見ると、そのゴーレムの肩に誰か人が乗っていた。
大きな月明りのおかげで遠目でもはっきりと見えるその人影は全身にローブを纏い、顔には白い仮面をかぶっているようだった。
「先に行け」
「ちょ、ちょっと! あなたはどうするのよ!」
「シルフィードで追いつく」
リベリオンを抜きながら言うスパーダに向かってルイズが叫ぶが、タバサがぽつりと呟いた。
「ルイズ! ここは彼に任せるんだ! あのゴーレムを足止めせねば、どの道アルビオンへは行けない!」
「でも! でも!」
ワルドがルイズの腕を無理矢理引っ張って上へと連れて行く。ルイズは悲痛な喚き声を上げながら、引っ張られていった。
「早く行け」
キュルケとギーシュも参戦しようと杖を手にしたが、ここは自分達だけで充分なので再度促す。
二人はしばしの間惜しみつつも、ルイズ達を追って階段を駈け上がっていった。
◆
四人が上がっていったのを確認すると、リベリオンを肩に担いだままスパーダはゴーレムに向かってゆっくりと歩を進めていく。
タバサも杖を手にしたままその隣をついてきていた。
「あのメイジは殺さずに生かしておけ」
「どうして?」
「やれば分かる」
スパーダの言葉の意味が分からず、タバサは僅かに首を傾げるが、向かってきたゴーレムが振り上げた拳を叩き付けようとしてきたため、二人は左右に分かれて回避する。
「エア・ストーム」
右に分かれたタバサが肩のメイジ目がけて竜巻を発生させるものの、ゴーレムがもう片方の拳でガードしてきたために阻まれていた。
そこへ左に分かれたスパーダが片手で斜に構えるリベリオンに魔力を込めていくと、刀身は徐々に赤いオーラを帯びながらバチバチと音を立てだす。
スパーダが一気に袈裟へリベリオンを振り上げると、魔力が鋭い剣風と絡み合い、巨大な衝撃波として放出される。
放たれた剣風の衝撃波は、肩のメイジを守るゴーレムの拳を粉々に粉砕していた。
さらにスパーダは振り上げたリベリオンを腰だめに構えながらゴーレムの足元に向かって突進し、その足に次々と連続で突きを繰り出していく。
岩でできているゴーレムの足は一突き入れられる度に砕かれていき、次第に巨体がグラグラと揺れてバランスを失っていく。
ゴーレムが地面に両手を突くと、肩の上のメイジもバランスを崩して落ちそうになったが、何とか持ち堪えていた。
そこへフライで上がってきたタバサがゴーレムの肩の上へと着地し、仮面をかぶったメイジと対峙する。
そのメイジは杖を手にして身構えようとするが、タバサの方が早かった。
「エア・ハンマー」
スパーダの技のように、タバサは突き出した杖の先から真空の槌を放ち、メイジを吹き飛ばす。
宙を人形のように舞ったメイジだが、自分にレビテーションをかけて空中で浮遊し、体勢を立て直していた。
タバサも追撃するべくフライを唱えようとしたその時、ゴーレムの片手が自分を叩き落とそうと振り払ってくる。
咄嗟に地上へと飛び降りて回避し、自分にレビテーションをかけて緩やかに着地した。
その間にメイジは再び、ゴーレムの肩の上へと戻っていく。
すると、桟橋の方から船が一隻宙へと浮かび出し、空に向かって飛んでいくのがスパーダ達の目に映った。
どうやら、ルイズ達の乗った船が発進したらしい。
とりあえず、発進の時間稼ぎはできた。
(さて、次は……彼女か)
ゴーレムから離れていたスパーダはその肩の上に乗っているメイジをじっと見つめていた。
ちょこまかと周囲を駆け回るタバサを倒そうと、躍起になっているらしい。
(何をあそこまで焦っている)
ふと考えつつも、右足を退かせながら腰を落とすスパーダはリベリオンを再び片手で斜に構えて魔力を込めていく。
今度は、先ほどの三倍以上の量の魔力だ。
リベリオンの刀身には先ほどよりも濃いオーラが纏わりつき、魔力が唸る音まで響かせている。
だが、それを全て一度に放てば、彼女もろともゴーレムを破壊してしまうだろう。
それはスパーダが望むことではない。
「――Break Down!(砕けろ!)」
スパーダのその叫びに、タバサが咄嗟にゴーレムから離れる。
三回連続、交差させる形で振り上げ切り返したリベリオンから放たれた三重の衝撃波はゴーレムの下半身、腹部、そしてメイジが乗っているのとは反対の肩に炸裂し、一撃で砕いていた。
さすがのゴーレムもこの攻撃には耐えられず、バラバラに崩れていく。
「きゃあああっ!」
そのメイジは崩れゆくゴーレムから足を踏み外し、悲鳴を上げていた。
ゴーレムから落ちていくメイジはあまりの衝撃に杖を落としてしまっており、レビテーションを唱えることもできない。
高さは15メイル。このまま地上に落ちれば悪くて即死、良くても重傷は確実だ。
そこへ、タバサが杖を振るってそのメイジの体にレビテーションの魔法をかける。
メイジの体がふわりと、ゆっくりとした速度で地上へと落ちていき、やがて崩れたゴーレムの山の上に下ろされていた。
メイジが立ち上がろうとすると、そこへスパーダが閻魔刀を片手にメイジの目の前まで瞬時にして猛烈な勢いで駆けてきたため、動きを止めてしまう。
その剣先はメイジの仮面へと突き付けられた。
少しでも動けば殺す。無表情なスパーダの瞳は、そう語っているようだった。
タバサもスパーダの隣に来ると、同じようにメイジに杖を突き付けていた。
メイジは身動き一つ取らずに閻魔刀とスパーダ、そしてタバサを見つめ返している。
両者の間に漂う沈黙と緊張……それを破ったのは、スパーダだった。
「こんな所で何をしている」
突然、スパーダが口にした言葉にタバサがちらりと、何を言っているのか分からない様子でスパーダを横目で見てきていた。
「前に言ったな? 私にはそんなことは無意味だと」
閻魔刀を一度、ゆっくりと鞘に納めながらスパーダは言う。
メイジ達の魔力を直接、見たり感じたりすることができるスパーダにとって変装という行為は意味のないことだった。
そのため、このメイジの姿と共に見ることができた魔力には覚えがあり、だからこそ彼女を殺すことは避けようとしていたのである。
「……帰省していたはずの君が、何故ここにいる。ミス・ロングビル」
名を呟くと共にスパーダは再び閻魔刀を抜刀した。
閻魔刀の一閃は仮面を袈裟に斬り裂くと、パクリと綺麗に切り口を残しながら落ちていく。
仮面の下にあったのは、緑色の髪を覗かせた二十代前半の若い美女の素顔であった。
理知的で物静かそうな雰囲気を漂わせる魅力があるが、同時に幾多の修羅場を潜り抜けてきたことも覗える。
眼鏡こそつけてはいないが、それは紛れも無く魔法学院の長、オスマンの秘書にして、かつて〝土くれのフーケ〟と呼ばれていた人物、ロングビルであった。
彼女は愕然とした表情のまま、スパーダの顔を見つめ返していたが、やがて観念したように息を吐いて自嘲の笑みを見せていた。
「まったく、あなたには敵わないわね……」
◆
吹き付ける夜風は今の時期だと肌寒さを感じるものである。
しかも今、その風の強さは普段よく浴びるそよ風などというものではなかった。
何しろここは空の上。地上から軽く1000メイル以上も超えた高さなのだ。
ルイズ達が乗船した船はラ・ロシェールを離れ、夜空に広がる大海原へと飛び出していた。
乗船した際、本来は明日に出航する予定であったために船員達は何の準備もしておらずに甲板で寝込んでおり、おまけに酒まで飲んで酔っているという有様であった。
初めはいきなり乗船してきたルイズ達にも失礼な態度で応対していたが、そこをワルドが凄みを利かせてやることで船員達を正気に戻し、船長への交渉を行った。
まず、直接密命を賜っているワルドが自分の身分を明かして早急に船を出航させるように命じたが、それは無理な話だと船員達も反論してきた。
何しろアルビオンがラ・ロシェールに最も接近するのは翌日であり、船が動力源として積載している風石の量ではアルビオンまでの最短距離分までしか飛べないのである。
だからと言って、それ以上を積もうものならばそれは不法となるために足が付いてしまうのだ。
さすがにその言い分は通るため、ワルドは自分の風の魔法で風石の足りない分を補うということになった。
スクウェアクラスのメイジである彼ならば、それくらいは朝飯前だろう。
さらにワルドは船の上からでも見える異変を指摘したため、船員達は血相を変えて大急ぎで出航の準備を進めていた。
……港のすぐ近くで、巨大なゴーレムが暴れているのを目にすれば誰だって腰を抜かすはずだ。
ルイズ、キュルケ、ギーシュは船の上から巨大なゴーレムを相手に立ち回っているスパーダとタバサを眺めることしかできないことを歯痒く感じており、それは船が出航してからも同様だった。
出航した船は見る見る内にラ・ロシェールを遠ざかっていき、すぐにゴーレムやスパーダ達も見えなくなっていたが、ルイズだけは未だに甲板から身を乗り出して港があった方向を見つめ続けている。
その落ち着きがない曇った表情は、明らかに不安で満ちていた。
「ルイズ。大丈夫かい?」
側に歩み寄ってきたワルドが肩に触れてくるが、ルイズは振り返らなかった。
「大丈夫さ。ミスタ・スパーダのことだ。あんなゴーレムごときにやられはしない。それに、タバサ君はトライアングルのメイジだそうじゃないか」
スパーダは確かに、あれだけの巨大なゴーレムの攻撃さえも剣で受け止めてしまうほどの実力の持ち主。
おまけにタバサはシュヴァリエの称号を賜わっている、まだ学生ながらエリート中のエリート。
ワルドの言う通り、そんな二人があの程度のゴーレムにやられるわけがない。
……だからこそ、悔しいのだ。
「でも、あたしは本当は彼のご主人様で……パートナーなのよ……」
本当はパートナーであるはずなのに、自分は何の力にもなれないことが。
「ならば、そのパートナーを信じて待とうじゃないか。彼がいない間は、僕が君を守る」
ワルドが肩を抱いてきて、ルイズを甲板から船内の方へと連れて行こうとする。
途中、ギーシュが何かに抱きついて頬を擦り寄せている姿が目に入った。
「ああっ、ヴェルダンデ! ごめんよ、君を置いて来たりして!」
そう。ギーシュが抱きついているのは彼の使い魔であるジャイアントモール、ヴェルダンデだったのだ。
ヴェルダンデは頬を擦り寄せるギーシュにモグ、モグ、と鳴きながら甘えている。
「こんな所まで追ってくるなんて、ずいぶんと主人思いなのねぇ。いつの間に乗り込んだのよ?」
ルイズが目を丸くする中、ギーシュの隣で呆れた様子でそれを眺めていたキュルケが尋ねる。
「ああ、実は出航する直前に港の階段を上がってくるのを見たんだ」
「……ずいぶんと器用なモグラね」
ギーシュが嬉しそうに感心する中、キュルケは嘆息を吐いて肩を竦めていた。
(ギーシュの使い魔は、主を追ってここまできた……)
使い魔と戯れるギーシュの姿を見て、ルイズは胸に置いていた拳を握り締める。
本来ならばこんな場違いとも言える使い魔でさえ、主を追ってやってきたのだ。
だったら、スパーダ達もきっと自分達を追ってきてくれるはず。
ルイズは自分のパートナーが必ずまた、自分達の前に現れてくれることを心より願った。
パートナーである彼を信じること。
今、自分にできることはそれしかないのだ。
◆
ほんの十数分前まで戦場だった女神の杵亭では、未だにスパーダに倒された傭兵達が床に倒れ伏していたままだった。
急所こそ外れているものの、負わされた傷ではまともに動くことはできない。
客達は既に店を後にするか、自分の部屋に閉じ籠ってしまっている。店員達の姿もない。
そんな中、被害に遭っていない隅のテーブルで席につく三人の男女がいた。
スパーダは自らの愛剣を側に立てかけ、その隣の席につくタバサは黙々と本を読んでいる。
「奴らや君を送り込んだのは、アルビオンだな?」
スパーダは傭兵達を顎で指しつつ向かいの席についているロングビルに語りかけた。
「……ええ、そうよ」
両手を膝に置いたまま俯いているロングビルは苦悩に満ちた表情で答えると、この数日の出来事を語り始めた。
彼女が帰省と称して学院を出る前の日、アルビオンの貴族派から派遣されたメイジが自分の力を欲して仲間になるよう持ちかけてきた。
おまけに、そいつはロングビルが〝土くれのフーケ〟であったことや、かつてはアルビオンの貴族であったことまで知っていたのだ。
もちろん、ロングビルはそれを拒んだ。……だが、彼女がアルビオンの故郷で大事にしている身内が人質に取られてしまい、結果的に彼らへの協力を強いられることとなったのだという。
彼女には、選択の余地はなかった。
実にありきたりな脅迫だと、スパーダは呆れた。
「……ああ。君はまだ知らないのだったな」
ロングビルがフーケである真実を知らないタバサがちらりとスパーダに目配せをしてきたが、既に足を洗っていることも話してやると、すぐにまた本に視線を移していた。
「それで、その身内とやらは無事なのか」
「ええ、ひとまずはね」
ロングビルの表情はますます苦しく、痛ましいものへと変わっていく。
「……でも、あいつらは本気であることを示すために、その子以外の孤児達を皆殺しにしていた。一度、協力を拒んだ罰だと称してね……」
唇を噛みしめ、拳も強く握り締めるロングビルは顔を背ける。
よく見ると、泣いているようだ。僅かに嗚咽を漏らしているのが聞こえてくる。
スパーダはそんな痛ましい姿を見せるロングビルをじっと見つめ続けていた。
「あいつら、やっていることが人間じゃない。あの子達を……魔物を作る材料にしていたのよ? しかも……〝失敗作〟とか何とか言って、ゴミを始末するみたいに……」
その子供達は相当、えげつない方法で処分されたのだろう。それを彼女は見てしまったのだ。
彼女が守ろうとしていた者達をそれほどまでに残酷な手段で殺されたのだ。相当、ショックを受けたに違いない。
それほどまでの残酷なことを平気で行えるアルビオンの貴族派とやらは相当な外道らしい。
「あいつら、悪魔よ……」
「だろうな」
「だから、たった一人残ったその子を守らないといけなかった。私はそいつらの命令に従って、野盗や傭兵達をけしかけたのよ。……あなた達を分断させるために」
「分断?」
「本来の計画では、ここであなた達の中から極少数をアルビオンへ行かせるようにする手筈だった。でも、あなたがあいつらを全滅させたから、私が出ることになったわ。あなたを足止めにするか、倒すためにね」
何故、スパーダを直接狙ってここで足止めにしたり倒す必要があるのか。
「連中にとって、計画の障害になるものは確実に廃したいのよ。あなたは私のゴーレムも倒せる力があるから、それが目障りだったんでしょうね」
ロングビルは、フッと口元を歪めて苦笑しだす。
「何故、アルビオンの貴族派が私のことをそこまで知っている?」
その外道などに知り合いはいないはずだ。
なのにどうして、スパーダの情報を詳しく知り得ているのか。
「……もしかしたら、身近であなたの力を見た奴がいるのかもね」
力なく、意味深げに微笑を浮かべるロングビル。
その言葉を聞いたスパーダは顎杖を突き、顔を僅かに顰める。その言葉が意味するのは……。
すると、隣のタバサがぽつりと呟いた。
「わたし達の中に、アルビオンの手先がいる」
「やはり、そうなるか」
スパーダも考えていたことを彼女が口にし、本人も頷いた。
「大方、正体はこいつという訳か」
言いながらスパーダは肩越しにちらりと店の入り口に視線をやった。
同時に徐に取り出した拳銃を振り向き様に脇越しに構え、いきなり銃撃を行う。
「ぎゃあッ!!」
外の方で呻き声が響き、タバサとロングビルが驚いて立ち上がる。
銃をしまいながら立ち上がり、リベリオンも背に戻して店の外へ出て行こうとするスパーダの後を二人はついていった。
「こいつ……」
ロングビルは愕然と目を見開いた。
店先の広場で一人の人間が仰向けに倒れていたのだ。
全身をローブとマントで覆い隠し、さらには顔まで先ほど自分がつけていたのと同じマスクを被っている。
「どうやら君への監視役らしいな」
相手は気配を消していた様子だったが、メイジだったらしく魔力を察知できるスパーダは存在が認識できていた。
だが今の銃撃で胸を撃ち抜かれており、既に事切れている様子である。
「殺したの?」
「人間の気配ではなかったのでな。……ん?」
ロングビルににべもなく答えるスパーダだが、仮面のメイジに異変が起きる。
小さな風が吹くと共にその姿が幻のように跡形もなく消えてしまったのだ。
「何だこれは」
「恐らく風の偏在。風のスクウェアメイジが作った分身」
タバサの説明にスパーダは嘆息する。
確かに感じられた魔力はスクウェアクラスのメイジのものだった。
分身だろうと本来なら生かして情報を聞き出すところだが、スパーダにはもう意味のないことである。
今の偏在のメイジが有していた魔力と同じ性質のものを知っているからだ。
敵が監視役と称してわざわざ真実をスパーダにもたらすことになったのは相手が悪かったと言わざるを得ない。
顔を隠そうがメイジを的確に判別できるスパーダにはまるで意味のないことなのだから。
「……まあいい。これで君も気兼ねなく話せるな」
監視役はもういない様子であることはスパーダにもはっきりしており、ロングビルがどんなことを喋ろうが不都合は起きない。
「これからどうする気だ? まだ、奴らの元にいるのか」
スパーダに問われ、ロングビルは苦渋に満ちた表情を浮かべる。
「できることなら、あの子を助けだして逃げたいわよ。……でも、私の力じゃそれはできないわ」
悔しそうな彼女の言葉を聞いたスパーダは何かを決断したように頷く。
「助け出す気は、あるのだな」
こくんと弱々しくロングビルは頷く。
しばし黙ったまま、ロングビルを睨むように見つめていたスパーダだが小さく頷きを返す。
「そろそろ行くぞ。君の使い魔を呼べ」
命じられたタバサは指笛を吹き、自分の使い魔であるシルフィードを呼び寄せる。
騒動の間、ずっと上空で待機していた風竜が着陸するとタバサは手早くその背に乗り込んでいく。
(きゅいーっ! 悪魔も一緒に乗るなんて絶対、嫌なのねーっ!)
だがスパーダも乗り込もうとするとシルフィードはブンブンと首を振って喚きだし、拒絶しだす。
「乗せてあげて」
タバサは抑揚のない声で返しながら自分の杖でシルフィードの頭をポン、と小突く。
「身内を助けたいのであれば、いつでも訪ねに来い。もっとも、今はこちらの用があるからすぐにとはいかん」
スパーダもシルフィードの背に飛び乗ると、明らかに嫌そうな低い鳴き声を上げていた。
残されたロングビルは俯いていた顔を上げると、今にも飛び立とうと翼を羽ばたかせるシルフィードに向けて声を上げる。
「アルビオンの、シティオブサウスゴータの酒場で待っているわ」
見下ろすスパーダは無言のままこくりと頷くと同時にシルフィードは空へと舞い上がっていく。
ロングビルは哀願の眼差しで、月明かりの中を飛び交い遠ざかっていくシルフィードを見送り、ぼそりと呟いた。
「……もう、頼れるのはあなただけよ」
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定