魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 17 <虚空の栄誉>

頭領が部屋を出て行って、数分が経っていた。

船内は慌ただしさが収まりかけているようであり、先ほどまでバタバタと聞こえてきた数々の足音も今ではほとんど途絶えている。

部屋に取り残されていた一行の中、ルイズは扉に耳を張り付けたまま緊張な面持ちで何かを確認し続けている。

ギーシュやキュルケは扉の左右に張り付いたまま、部屋に置いてあった調度品を適当に手にして身構えていた。

そんな三人を尻目に、ワルドは部屋に置かれている物を観察し続けている。

「来たわっ」

扉の向こう側から、複数の足音が重なって聞こえてくる。こちらに向かって徐々に近付いて来るのが分かる。

ルイズは扉から離れると、ギーシュの隣でこれまた適当に手にした調度品を構えだす。

杖がない以上、メイジは平民と何も変わらないただの人に過ぎない。

だが、決して無力という訳ではない。

人である以上、魔法以外の行動を取ることもできるのだから。

逆に言えば、残されたのはそれだけしかないということにもなるのだが。

だが、何もしないでいるよりはマシだ。

扉の取手が動いた……と思ったらまた元に戻る。少しの間を置いてまた動きだし、扉がゆっくりと開けられる――

 

チャンスは一度。三人は己が手にする物を振りかぶろうとし――

「ふぎゃっ!」

「ぐえっ!」

突如、乱雑に勢いよく開けられた扉がルイズとギーシュの顔面に衝突した挙げ句そのまま完全に開け放たれた扉と部屋の壁の間に挟まれてしまったのだ。

思いもしなかった展開に、反動で返っていく扉の裏で二人は顔を押えて蹲る。

「だ、ダーリン!?」

痛みに門絶する中、キュルケが驚いた声を上げているのが聞こえてきた。

その叫びに悶えていた二人がハッと我に返り、同様に驚いた顔をする。

跳ね返った扉は九十度の角度で止まっており、向こう側を見ることはできない。

二人が扉の蔭から顔を出すと、そこには今となっては懐かしいとさえ思える姿があった。

「スパーダ!」

「スパーダ君!」

扉の向こうに堂々と立っていたのは紛れもない、ルイズの使い魔にしてパートナーであるスパーダであった。

二人の表情は驚きと喜びの色で染まっていた。

「やはり君だったのか。よくここに僕達がいるのが分かったものだね」

「苦労はしたがな」

ワルドの言葉に平然とした態度で答えながら入ってくると、その後ろからも二人の人間が部屋の中へと入って来る。

一人はこの空賊の頭領……だが、それまでとは恰好がまるで異なり、バンダナなどは外し軍服を着こなしている。

おまけに態度や雰囲気も先ほどまでとは大違いで威厳に満ちている。

「あら、タバサ! あなたも無事だったのね!」

さらにもう一人はスパーダと一緒に残ったタバサであった。キュルケは友人との再会に嬉しそうに抱きつきだす。

「もう! バカ、バカ! 遅いのよ! パートナーをほったからしにして!」

癇癪を上げながらスパーダの胸をポカポカと両手で叩くルイズ。

「すまんな。少し手間取ってしまった」

何の抵抗もせずにそう述べたスパーダはルイズの頭に手を置き、机の方に向かう青年の方へ顔を向ける。

スパーダとタバサを除く四人は椅子にかける青年を訝しい視線で見つめていた。

「失礼したね、大使殿。話が中断してしまったが、改めて続けるとしよう」

「あ、あなたは一体……?」

机の前に立つルイズが、呆気に取られた様子で尋ねる。

無理もない。先ほどまの荒々しさはまるで無い、威厳と毅然さに満ちた態度を取っているのだから。

「貴族が相手ならば、こちらから名乗るのが筋だったな」

それから青年は、先ほどスパーダに対して名乗った時と同じように自らの名を告げた。

 

アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダー、と。

 

空賊の頭領の予想打にしなかった正体に、何も知らない三人の子女達は完全に肝を潰してしまっていた。

 

「まだ信じられないみたいだね。……無理もない。任務だったとはいえ、あのように身をやつしていたからね」

ふと、ウェールズの視線がルイズの右手の指にはめられている指輪へと注がれる。

席を立ったウェールズは、未だ呆けているルイズの前まで歩み寄ってくると自らの人差し指にはめている指輪をかざしてきた。

「我が王家に伝わる、風のルビーだ」

ルイズの指輪と自分の指輪を近づけて添えると二つの指輪のルビーが反応し、仄かな光を放ちだす。

すると、二つの指輪の間で小さな虹が出来上がっていた。

「君の水のルビーも本物のようだ。これが王家の間にかかる虹の橋であり、証というわけだな」

紛れも無く、彼は本物のウェールズ皇太子だ。

その証明がはっきりとなされた途端、ルイズは慌てて深々と頭を下げだす。

「も、申し訳ありませんでした! 皇太子殿! あのような無礼を……」

「良いのだよ、大使殿。こちらも君を疑ってしまったのだからね。さて、改めて用件を聞かせてもらうよ」

ウェールズが促す中、ルイズは未だに頭を下げたままであったが、即座に動いたのがワルドだ。

元々、今回の任務を直接承ったのは彼なのだから、彼が応えるのは当然である。

「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵です」

先ほどからワルドだけはあまり驚いた様子もなく、淡々とした様子で彼の前へと移動し、帽子を取って一礼する。

さらに、ざらりと後ろに控えているルイズやキュルケ、ギーシュの三人のことも紹介してくれていた。

「この度、アンリエッタ姫殿下より皇太子殿へ、密書を言づかって参りました。……ルイズ」

「――あっ! こっ、こちらが、姫殿下からの密書にございます!」

ワルドが促すと、ようやくハッとしたように顔を上げたルイズが慌てふためきながら

肌身離さず持っていた手紙を取り出し、ウェールズに手渡す。

椅子に腰を下ろし、それを読み始めたウェールズであるが、少しすると衝撃を受けたような驚きの表情がはっきりと浮かび上がっていた。

「何と……アンリエッタが……? 私の可愛い従妹姫が、結婚するというのか?」

愕然と、陰りに染まった表情のまま手紙に目を通していくウェールズ。

その様子を見ていたルイズは何かを感じとったのか、僅かに眉を顰めていた。

「……事情は分かった。そういうことなら、あの手紙をお返しせねばならないな」

溜め息を吐いたウェールズが、手紙を大事そうに懐へとしまいこむ。

「それで、件の手紙とはこの船に?」

ワルドが尋ねるが、ウェールズは首を横に振った。

彼曰く、ニューカッスルという場所にあるそうで、これからそこへ向かうのだそうだ。

 

一行が甲板に出ると、目の前には濃い白い雲で覆われたアルビオン大陸の底部が広がっていた。

濃い霧のように視界が悪いが、イーグル号はその中を迷うことなくまっすぐと進んで潜り込んでいく。

「ここに、我らしか知らない秘密の港があるのだ。そこからニューカッスルへと向かう」

「どうして普通の港を使わないのですか?」

ルイズがウェールズに尋ねるが、そこにスパーダが口を挟んできた。

「アルビオンの制空権を握っているのは反乱軍だ。私が乗り込んだ時も、港近辺の空には反乱軍の戦艦が何隻も飛び交っているのを見た。この艦ではあれだけの数を相手にはできん」

腕を組みつつ、スパーダはイーグル号を包む雲をじっと睨んでいた。

「そういうことだよ。おまけに戦艦だけじゃない。敵はありとあらゆる、空を制することのできる幻獣まで操っているのだ。とてもじゃないが、我々では対抗することはできない」

スパーダの言葉を引き継ぐようにウェールズが答える。

その顔は僅かに悔しさが滲んでいるように見えるが、彼は自嘲したように苦笑を浮かべていた。

 

やがて、イーグル号およびその後ろに付けられた輸送船マリー・ガラント号は大陸の底に開けられている、

直径300メイルはあろうかという巨大な穴までたどり着いていた。

戦艦はその穴をゆっくりと垂直に浮上していくと、淡い白い光が放たれる苔が所々に密集した広大な鍾乳洞が広がっていた。

大陸の底から城へ戻る。それはあまりにも珍妙で型破りな手段とも言えるだろう。

「ここが秘密の港ですか。まるで空賊ですな、殿下」

この光景をワルドは感心した様子で笑いながら、ウェールズの隣に立つ。

「その通り。我々は空賊なのだよ。子爵殿」

ウェールズはさらに悪戯っぽく笑っていた。

 

 

一行がイーグル号より降りていくと、先頭のウェールズの元には幾人のメイジ達が駆け寄ってきた。

「ほほ、これはまた大した戦果ですな! 殿下!」

初めに出迎え、彼らの労をねぎらってきたのはパリーという老メイジだ。彼はイーグル号の後ろに見える輸送船を見て、顔を綻ばせている。

「喜べ! パリー、硫黄だ!」

積荷が硫黄であることをウェールズより伝えられ、パリーは喜びに涙を流し始める。

他のメイジ達も、これで王家の名誉と誇りを反乱軍に示すことができる、と喜びを露にしていた。

おまけに彼らは自分達が敗北することを完全に理解しているようだった。

 

だが、そんな光景をワルドを除いてルイズ達は眉を顰めざるを得なかった。

彼らは、敗北することが分かっていてまだ戦い続けるらしい。

今にも全滅してしまいかねないほどに戦況は悪いと聞いているのに、どうしてここまで明るくしていられるのか、

こんな異様な光景が彼女達には理解できなかった。

「あの人達、負けることが分かっているのに戦うの?」

「らしいね……」

ルイズの言葉に、ギーシュも曇った表情で呟く。

彼の実家の家訓には「命を惜しむな、名を惜しめ」というものがあり、いつ如何なる時でも貴族らしく振舞うように元帥である父から教えられてきた。

名誉は命よりも価値がある――これはグラモン家だけでなく、ハルケギニアの貴族における理念であり、規範でもある。

実際にギーシュもこれまでその理念に基づいて行動し、いつかはグラモン家の誇り示しながら戦場で活躍し、そして最後には命を惜しまずに進んでいき、戦死することさえ考えていた。

 

……しかし、何故だろう。

こんな光景を目にした途端、今まで正しいと思っていたその規範が異常なものであると思ってしまう。

 

(誇り、か……)

スパーダもルイズ達と同様に彼らを見つめながら、肩をすくめていた。

弱肉強食の世界である魔界においては、力こそが全てを制する。

力ある悪魔は覇者として君臨し、力なき者達を支配する。それこそが悪魔の名誉であり、誇りだ。

だが、時にさらなる力を手にした悪魔にその座を奪われた時、かつては誇りを示していた悪魔は滅ぼされる運命にある。

如何にそれまで功績があろうと、結果が全て。滅びれば全ては無に帰す。

 

力ある覇者として支配する……その誇りを捨ててまで魔界を裏切ったスパーダにとっては、「今を生きる」ことだけが唯一残された誇りであった。

 

 

 

 

一行は秘密の港からニューカッスルへと招かれ、ルイズとスパーダ、そしてワルドの三名はウェールズの居室へと通されていた。

そこは皇太子の部屋とは思えぬほど、あまりに質素な部屋であった。家具もほとんどなく、ベッドと机があるだけだ。

ちなみにキュルケとタバサは元々、正式な大使ではないために別の客室で待機している。

ギーシュは一応、ルイズ達と共にいる権利があったが先ほどの光景で気が滅入ったのかあてがわれた客室で大人しくしていた。

ウェールズは机の引き出しから宝石が散りばめられた小箱を取り出した。首からネックレスを外し、その先についていた鍵で小箱を開ける。

蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれており、小箱の中には一通の手紙が入っていた。

ウェールズはその肖像に口づけをし、中からボロボロになった手紙を取り出す。

幾度も読まれてきたのであろう手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れてルイズに手渡した。

「これが姫からいただいた手紙だ。確かに返却したぞ」

「ありがとうございます……」

意気消沈した様子でルイズはウェールズより手紙を受け取ると、面を上げて尋ねだす。

「あの、殿下……。先ほど「栄光ある敗北」とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」

「我らは三百、敵は五万……どう足掻いても勝ち目は無い。万に一つの可能性すらね。我々にできる事は勇敢な死に様を連中に見せつけるだけのことだ」

「殿下の討ち死にされる様も、その中には含まれるのですか?」

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

あまりにもはっきりと断言するウェールズに、ルイズはさらに沈み込む。

スパーダはそんなウェールズを見て、思わず溜め息を吐きたくなるのを堪えていた。

ワルドは腕を組みながらも、無表情のままである。

「殿下……失礼をお許し下さい。恐れながら、申し上げたい事がございます」

「なんなりと、申してみよ」

「……姫様からの手紙を読んでおられた時の素振り、先ほどの小箱の内蓋の姫様の肖像、接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい……もしや、姫様とウェールズ皇太子殿下は……」

「恋仲であったと言いたいのかね?」

「そう想像いたしました。とんだご無礼を、お許しください。してみるとこの手紙の内容とやらは……」

「恋文だよ。君が想像している通りにね。彼女が始祖ブリミルの名において永久の愛を私に誓っているものだ。この手紙が白日の下に晒されればゲルマニアの皇帝は重婚の罪を犯した姫との結婚を破棄し、同盟は成り立たなくなり一国で貴族派に立ち向かわなくてはなくなる」

 

やはり、そうだったのか。アンリエッタとウェールズは互いに愛し合っていたのだ。

だとすれば、あの時読んでいた手紙には――。

ルイズは思わず顔を上げ、叫ぶ。

「殿下! どうかトリステインに亡命なさってください!」

「ルイズ……やめるんだ」

ワルドが肩に触れてくるが、ルイズは構わず言葉を続ける。

「殿下、これはわたくしだけの願いではございません! 姫様の願いでございます! どうか、わたし達と一緒に――」

「それは出来んよ」

ウェールズは首を横に振り、拒否する。だが、ルイズは諦めずに食ってかかる。

 

「……姫様の願いだとしてでもですか? 姫様がご自分の愛した人を見捨てるとは思えません! 姫様の手紙には、あなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」

「そのような事は一行たりとも書かれていない」

「殿下!」

「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓って言うが……本当にそのような文句はない」

だが、ウェールズの苦しそうな表情は彼女の言葉を肯定していることを表していた。

 

それを見て、ルイズはとうとう肩を落として俯く。

ウェールズは絶対に決意を曲げないことがわかった。

自分が亡命すれば、反乱軍にトリステインを攻撃する絶好の口実を与える、そう考えてのことだろう。

そして、アンリエッタが国事よりも私情を優先させる女と見られるのを避けようとしている。

「ラ・ヴァリエール嬢、君は正直ないい子だ。だが忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりなさい」

寂しそうに俯くルイズに、ウェールズは微笑んだ。他人に安心を与えるような魅力的な笑みだった。

「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰よりも正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他には無いのだから」

ウェールズは自分の手から風のルビーを外すと、ルイズの手に握らせた。

「これをアンリエッタに渡してくれたまえ。何があっても、決して私のことを忘れないで欲しい、と」

ウェールズはルイズの肩を優しく叩いたが、ルイズの悲痛な表情は元には戻らない。

「そろそろ、晩餐会の時間だ。君達は我らの王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」

ルイズは納得がいかない様子ではあったが、スパーダに連れられて部屋を後にする。

スパーダは部屋を出る直前、肩越しにちらりとウェールズの方を振り返った。

ワルドだけは残って、ウェールズと何か話をするようだ。

「まだ何か御用がおありかな、ワルド子爵?」

「おそれながら、殿下にお願いしたい議がございます」

「何かな? 私に出来ることであれば、なんなりとうかがおう」

そんな会話が閉じられた扉の向こうから聞こえていた。

 

 

 

 

その後、パーティは城のホールで行われた。玉座には年老いたアルビオン王、ジェームズ一世が腰掛け、皇太子ウェールズがその脇に控えている。

そのジェームズが初めに演説をしており、貴族達に対して今までこの無能な王に仕えてくれて感謝するだとか、明日の最後の戦いは一方的な虐殺になるが栄光ある敗北だ、などとほざいていたがスパーダは僅かに顔を顰めながら睨み続けていた。

(彼女にとっては、身内の仇か)

あのアルビオン王は、四年前に自分の弟とその妻を殺したという。

妾がいたくらいで何故、身内の命を奪ったのかは知らない。だが、その胸中はどうだったのだろう。

そして、この事実をあのウェールズは知っているのだろうか。

 

それほど長くはない演説の後、「アルビオン万歳!」という貴族達の叫びと共にパーティは始まった。

ルイズ達、学院の子女達はこのパーティをあまり楽しんでいる様子ではなかった。

ルイズは下手に威勢の良い会場の貴族達に料理や酒を勧められていたが困惑するばかりであり、キュルケも男達を相手に酌をして回っているがいつもの元気はない。

ギーシュは憂鬱な気分を吹き飛ばそうと酒をガブ飲みするが、その飲みっぷりを周囲の貴族達に騒ぎ立てるので逆に自分が滅入ってしまうだけであった。

タバサは黙々と大量の料理を食しており、それを見た周囲の貴族達はギーシュと同様にはしゃぎだすのだが、無視していた。

そんな一同とは異なり、ワルドは普通に貴族達と談笑したりしてパーティを満喫しているらしい。

スパーダはワイングラスを手にして軽く啜りながら会場の隅で寄りかかっていたが、その鋭い視線は未だジェームズ一世へと向けられたままだ。

彼は玉座に座したまま優雅にワインを飲んでおり、他の貴族達がパーティを満喫している様子に満足しているようだった。

(無責任な男め)

自分の弟を殺しておきながら、ああも悠々としていられるのが腹立たしくなる。

あの男のために犠牲になった者は数多い。もしもその件について何も思っていることがなければ首を斬り落としてやりたい所だ。

民を犠牲にするような人間に、王の資格はない。

おまけにあの男は完全に開き直って、それを理解しているようであるからなお腹が立つ。

 

「ウェールズ・テューダー。少し、時間はあるか?」

「ああ、良いとも。いくらでも付き合おう」

ワインを飲み干したスパーダはウェールズを見つけると、バルコニーへと連れていく。

「どうかな。最後の晩餐会は楽しんでいるかい?」

「さてな。他の者達と同じ思いかもしれんし、そうでないかもしれん」

曖昧な答えを示すと、ウェールズは苦笑しながら溜め息を吐く。

「そうか、残念だな。……で、話とは何かな」

ウェールズと向き合うスパーダは、無表情ながらもいつになく真剣な態度であった。

「先ほどの手紙、ミス・ヴァリエールにはああ言っていたが……実の所どうなのだ」

もはやスパーダには分かりきっていることだが、あえて尋ねる。

「はっきりと言おう。手紙の回収など、単なる口実に過ぎん。秘密裏に処分してしまえば済むことだ。全ては、あの手紙を渡すことが目的。王女が君を愛していたのであれば、手を拱くことはない。ミス・ヴァリエールの指摘は当たっているだろう」

ウェールズは苦しそうな表情で一度顔を背けるが、少しの間を置いて溜め息を吐いて向き直った。

「その通りだよ。……確かに、アンリエッタは私に亡命を勧めた。……だが、決して口外はしないでもらいたい」

ウェールズからの頼みにスパーダは頷く。

「では何故、それを拒む。君は彼女を愛していないのか」

スパーダからの問いにウェールズは小さく首を振る。

「……愛しているさ。できることなら今すぐにでも彼女の顔をこの目で見たい。だが、私には王族として生まれた者としてやらねばならぬことがある。決して、私情を優先させるわけにはいかんのだ」

ウェールズは毅然とした態度と表情で言葉を続ける。

「我々の敵である反乱軍、レコン・キスタはハルケギニア統一をしようとしている。聖地を取り戻すという理想を掲げて。理想を掲げるのはいい。だが奴等はその過程で流されるであろう民草の血を考えず、荒廃するであろう国土の事を考えていない、だからこそ勝てずとも勇気と名誉の片鱗を見せつけハルケギニアの王家は弱腰ではないと示さねばならぬ」

「誇り、か。……連中にとってはそんなものを示した所で何とも思わぬだろうな。いくら勇気と名誉を示した所で、結果は結果だ。すぐに歴史の隅に埋もれる」

悪魔として生きてきて見届けてきた、魔界における摂理だ。敗者は消えるのみ。

「厳しいことを言うね。……だが、それでも我々の義務を果たさなければならない」

もはや何を言っても同じだろう。スパーダは諦めたように嘆息した。

 

「もう一つ聞きたいことがある」

「何かな?」

腕を組んだスパーダはやや厳しい表情になって、ウェールズと向き合った。

「……四年前のことを知っているか」

その話題がスパーダの口から出た途端、ウェールズはすぐにその意味を悟ったように目を見開いていた。

「私の友人が、四年前にこの国で起きたことについて話してくれたのだがな。君はどう思っている?」

ウェールズはスパーダの横を通り過ぎると、バルコニーの縁に寄りかかり、月を見上げていた。

その背中に向かって、スパーダは声をかける。

「君の父は、何故自分の身内を手にかけた」

「詳しいことを、父は話してはくれなかったのだが……」

どこか哀しそうにウェールズは語り始める。

「我が叔父、モード大公はある女性を妾にしていた。話によれば、その方との間に子供もいたらしい。……だが、その妾は噂によれば亜人であったそうなのだ」

亜人――ハルケギニアにおいてそう呼ばれる存在は、エルフと同様に先住の民族で人間達には偏見の目で見られているらしい。

そして、エルフまでとはいかぬものの精霊の力を借りることができるようだ。

そんなことは、ロングビルは話してはくれなかったのでスパーダも少し驚く。

「ハルケギニアの王族が、まさか亜人を愛していたなどということが公に知れれば名誉に関わる。父はそのことを深刻に思い、何度となくその方を追放するよう命じていた。だが……」

ウェールズはさらに辛く寂しそうな表情を浮かべる。その後に何があったのかは、スパーダも知っている。

「私は、たとえ身内が亜人でも構わない。しかし、父はそれを良しとはしてくれなかった。父は確かに誇りある古き王族の考えを持つ方だ。私は父を尊敬している。……だが、同時に暗愚な方であることも、認めざるを得ない。そのようなことで叔父上達を死に追いやったのだから」

あの男は自分達とは異なる存在を認めず、それに関わる者さえ許さない偏屈な人間だ。

だが、その息子は違う。愚かな父とは異なり、異種族であっても受け入れようとしていた寛容な心を持っている。

「もしも、どこかで生きていればどうする?」

スパーダからの言葉に、ウェールズは振り返った。

その表情は哀しさに満ちてはいたが、それでも彼は微かに笑みを浮かべていた。

「そうだね、会ってみたいな。だが、それは叶わぬよ。もう、この世にはいないのだから」

それは思い違いである。……だが、どうせならば言葉ではなく実際にその目で確かめさせてやった方が良い。

これからアルビオンを去るまでの間に、少しでも機会があるならば。

 

 

ウェールズとの話を終えた後、スパーダはあてがわれた部屋を目指して廊下を歩いていた。

(父と違って、子はまともだな)

考え方が古い王とは異なり、その息子は一目でも良いから会ってみたいと言う。

恐らく、ロングビルは今日の朝にラ・ロシェールから出るはずだった別のフネに乗ってここへ来て待っているだろう。

だとすれば、彼女の依頼を為すのは他の者が寝静まってからになる。

ここから待ち合わせ場所まではタバサのシルフィードに乗ればすぐだ。

「もう戻るのかい、ミスタ・スパーダ」

すると、いきなり背後から声をかけられた。立ち止まり振り向くと、そこにはワルドが立っていた。

「ああ。先に休ませてもらう。お前は何の用だ」

ワルドはスパーダの目の前まで歩み寄って来ると、何故かしたり顔のまま言う。

「君に言っておかねばならない事がある。明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」

「ほう」

普通にしてみれば、驚くべき発言だがスパーダは対した反応もなく生返事だけだ。

「再会してからそれほど経ってもいないのに、性急だな」

「是非とも僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も快く引き受けてくれた。明日の朝、決戦の前に僕たちは式を挙げるよ」

ずいぶんと余裕があることができるものだ。会ってから三日程度しか経ってもいないのに唐突に結婚とはあまりにも気が早すぎる。

「ぜひ、君にも出席してもらいたいのだが……」

スパーダは顎に手をやり、考え込む。

明日の朝に式を挙げる、というのであればこれから一仕事をする自分が間に合うかどうかは微妙な所だ。

せいぜい、始まる前には来られずとも途中出席になるだろう。

 

「出席できるかは微妙だな」

「どういうことだい?」

「城を囲んでいるレコン・キスタの軍とやらを見物しようと思ってな」

「おいおい、ずいぶんと大胆なことを考えるものだね。まさか、ちょっかいでもかける気かい?」

「シルフィードを使って空から眺めてみるだけだ。手出しをするほど蛮勇ではない」

呆れたように肩を竦めるワルドにスパーダは涼しい顔で答えた。

「……まあいいさ。遅刻はしないでぜひとも出席してもらいたいな」

「努力はする。とりあえず、おめでとうと言っておこう」

二人はどこかぎこちない握手を交わしていた。

 

スパーダが部屋に戻ると、そこには既に先客がおり、ソファーの上で蹲って泣いていた。

「あの人たち……どうして、どうして死を選ぶの? 姫様が逃げてって言っているのに……。恋人が逃げてって言っているのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」

その少女、ルイズはスパーダがいることに気づいているのかどうかは分からないが、顔を伏せたまま悲しそうに呟いている。

スパーダはただ黙ってルイズの言葉を聞いていた。

「愛する人より大事なものが、この世にあるって言うの? 負けて、死んで、後に何が残るのよ……? 残される人たちのことなんて、全然考えてないじゃない……みんな、自分のことだけしか考えてなくって……。あれじゃ姫さまが……」

スパーダは愛剣を壁に立てかけると椅子に腰かける。

ルイズは顔を上げると、スパーダの方を振り向いた。

目から涙がとめどなく溢れており、目の周りを真っ赤に腫らしている。

「スパーダ、あなたの故郷は……フォルトゥナではどうだったの?」

唐突な質問に、スパーダは首をかしげる。

「どう、とは?」

「命よりも、名誉や誇りを大事にしていたの? 教えてよ! どうなのよ!? 異国の貴族は、こういう時にどうしていたというの!?」

スパーダの傍まで来るなり、その膝に顔を埋めて先ほどみたいにして泣き出した。

 

本来ならば、彼女も誇りや名誉を命よりも大事にしていた存在だ。

だが、それまで正しいと思っていた理念がウェールズ達の姿を見て崩壊してしまい、結果的に自分ではどうすれば良いのか分からなくなったのだろう。

だから、スパーダに縋ってきたのだ。

 

スパーダは自分に縋りついたまま号泣しているルイズを見つめながら、静かに語る。

「如何に功績が過去にあろうと、結果が全てだ。死ねば全ては無に帰す。だから、私の故郷では生きることが何よりもの名誉であり、誇りだ。たとえ今は敗北が決まろうとも、いつか力をつけて挽回すればそれもまた誇りとなる」

捲土重来――少なくともそれがスパーダなりの悪魔としての有り様だ。

悪魔には個々で様々な生き方や誇りがある。

力による勝利だけにこだわる者、卑劣な策を弄して敵対者を蹴落とす者、自らの命よりも敵を滅ぼすことしか考えず道連れにしようとする者……。

中には負けに負け、逃げに逃げ続け、同胞から弱者や臆病者呼ばわりされても最終的には大きな勝利を手にした悪魔さえいるのだ。

面を上げて立ち上がったルイズはスパーダの顔を間近で睨みつける。

「あたし、もう一度、ウェールズさまを説得してみる! スパーダも一緒に説得して! あなたの故郷の考えを、ウェールズ殿下に――」

「もうやった」

にべもなく告げられたスパーダの言葉に、ルイズは愕然とする。

「だが、やはり決意は変わらんようだ。しかし、彼はアンリエッタ王女のことを愛しているという。愛しているからこそ、彼女を振り向くことなく己の義務を果たさねばならんそうだ。悲しいものだな」

「そんな……そんな……」

俯いていたルイズは膝をつき、再びスパーダの膝に顔を埋めて、悲鳴に等しい叫びを上げる。

「どうしてよっ! そんなの分からないわよ! 何でなのよおっ!」

籠った声で部屋中に慟哭が響き渡っていた。

いつまでも続く彼女の慟哭を聞きながら、スパーダは静かにその頭に手を置いている。

まるで泣き縋る娘を慰める、父のような姿であった。

 

 

 

 

あれから10分近くもの間、泣き続けていたルイズはやがて泣き疲れて眠ってしまった。

スパーダはソファーの上に彼女を寝かせ、彼女のマントを毛布代わりでかけてやった。

しばらく部屋で寛いでいたが、やがて愛剣を手にして部屋を後にする。

既に夜は更ける直前だ。ニューカッスルのほとんどの人間は極一部の衛兵などを除いて寝静まっている。

あれだけ晩餐会で騒がしかったのが嘘みたいだ。

スパーダはタバサにあてがわれている部屋の前まで来ると、扉を静かに叩く。

「私だ」

確認の言葉をかけた途端、扉が開けられ中からタバサが姿を現していた。

まるでスパーダが来るのが分かっていたようで、既にその手には杖が握られている。

あまりにも用意周到なタバサに感心し、スパーダは頭を撫でてやった。

 

二人はニューカッスルの裏まで来ると、タバサが指笛を吹き、シルフィードを呼び寄せていた。

暗闇の中、ニューカッスルを取り囲んでいるのであろう反乱軍の陣屋の篝火が目に付く。

これからシルフィードで飛んでいく訳だが、奴らに追跡されないようにしなければならない。

「待て」

シルフィードに乗り込もうとするタバサを呼び止めるスパーダ。

何事かと、タバサはスパーダを振り返っていた。

「君はここに残ってもらう」

「どうして?」

予想外のスパーダの言葉に、タバサは何故なのか納得できないようで不満そうにする。

もちろん、これには理由がある。

「もしも彼女達に何かあったら彼女達を守ってもらいたい。この任務の裏を知っているのは私達だけだからな。何も知らぬ彼女達では対応もできんだろう。私もなるべく速く仕事を終らせて戻る」

「……分かった」

そうスパーダに告げられ、僅かに逡巡するタバサであったが納得してくれたのか頷いていた。

「それからワルドを見張っていろ。奴は風のスクウェアだ」

その言葉にまたも沈黙するタバサはすぐにスパーダの意を汲み取って再度頷く。

 

(きゅいーっ! きゅいーっ! 嫌なのね! 悪魔と二人きりなんて嫌なのね! お姉様と一緒じゃないと嫌なのねーっ!)

シルフィードがぎゃあぎゃあ喚きだし、抗議しだすがタバサは「うるさい」と言わんばかりにポコン、と杖でその頭を叩く。

そんな滑稽な光景を無視するスパーダは懐から色とりどり星形の石を取り出してタバサに差し出していた。

 

緑色の光を放つのは、毎度おなじみ癒しの霊石バイタルスター。これが今回持ってきた最後の一つであり、魔力の純度は並だ。

 

紫色の光を放つのは、消耗した魔力や精神力を回復させるデビルスター。

精神力を回復させるのでメイジに使っても有効なはずである。魔力の純度はこれも並だ。

 

黄金の光を放つのは、魔力による防御障壁を一定時間持続的に発生させるアンタッチャブル。

効果がある間は精神力も供給されるので役立つだろう。

 

そして最後に、赤い光を放つのは外部からの攻撃に反応して瞬間的にアンタッチャブルよりも強力な結界を発生させるスメルオブフィアーを結晶化させたものだ。

 

スパーダはそれぞれ使い方を簡潔に教え、タバサに手渡す。

「君に渡しておこう。よく考えて使え」

数々の道具を受け取り、まじまじと見つめていたタバサはこくりと頷いた。

未だ嫌がりつつも渋々と従うシルフィードにスパーダは乗り込み、空へと舞い上がっていった。

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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