魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 19 <伝説の魔剣士、降臨>

 

「さて、ガンダールヴよ。貴様は異国の没落貴族と言えど、その力は本物だ。それは認めねばならん。故に私も本気を出させてもらうが、異存はないな?」

不敵な笑みを浮かべながらワルドは言うが、スパーダは答えない。

既に彼は目の前の敵を倒すことだけを考えている。今は彼にこちらから話しかけても何も答えはしないだろう。

だが、ワルドのあの自信は何だ? 既に自分が勝利することを確信しているようだ。

そもそも、ワルドは先ほどの戦いでも本気を出していなかったのか。だが、あの自信がハッタリとも思えない。

「あれをやる気ね……」

ティファニアを連れてルイズ達の元まで来ていたロングビルが顔を顰めて呟いた。

まるで何か汚いものでも見るような忌々しい視線でワルドを睨んでいる。

 

ルイズはそのことを問おうと思ったが、目の前で起きている出来事の方に目を奪われる――

 

ワルドの全身が、見る見るうちに光へと包まれていき、その瞳もまるで血に飢えた獰猛な獣のように鋭く、赤く変わっていった。

ディテクトマジックをかけなくとも、トライアングルクラスのメイジであるキュルケとタバサ、そしてウェールズはワルドの魔力がより大きく膨れ上がり、そして強靭なものへと変貌していくのを感じていた。

やがて、ワルドを包んでいた光が静かに収まり……。

 

ルイズ達は唖然とした表情で絶句していた。

 

「ワ、ワルド……なの?」

恐る恐る、ルイズが口を開く。

バサッ、と風竜かグリフォンなどの幻獣が大きな翼をゆっくりと広げるような音が響き、ワルドが立っていたはずの場所には見たことのない亜人の姿があった。

精悍な肉体は魔法衛士隊のマントと同じ黒で蜥蜴のような尾を生やし、足先も鋭い鉤爪が付いていた。

その背には羽先が刃のごとき銀色でグリフォンの物と同じ双翼を生やし、猛禽類の頭と人間の頭が融合したような頭部の横には後ろに向かって湾曲した角が伸びている。

そして、左腕全体を覆うように巨大な盾のようなものが装備され、右手には馬上槍のように鋭く、肥大化した銀色のレイピアが握られていた。

その亜人の姿にルイズ達は恐ろしい物でも見るかのように目を見開き、愕然としていた。

 

『その通りだよ。ルイズ』

その亜人の口から、響きがかかってはいたがはっきりとワルドの声が聞こえてきた。

「に、人間じゃ……ない?」

タバサの体を抱えるキュルケの声が、震えている。

『偉大なる始祖に選ばれし者のみが――人を超え、生まれ変わるのだ。……天使としてな!!』

ワルドはレイピアを薙ぎ払い、礼拝堂に一陣の烈風が巻き起こる。

その烈風は礼拝堂のありとあらゆる物を吹き飛ばし、さらには壁や床にヒビを入れるほどの威力だった。

スパーダはその烈風を全身で受け止めるが、微動だにせずワルドを睨み続けている。

ルイズ達は逆に烈風に耐えられず容易く吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

ロングビルだけはティファニアを抱えて必死に持ち堪えている。

 

ワルドの体がふわりと、宙へ浮かび上がっていく。

『レコン・キスタの崇高なる目的のために、私は盟約により力を手に入れた!! 偉大なる始祖が与えたもうたこの力を持って……ガンダールヴよ! 貴様を倒す!』

スパーダを見下ろしながらワルドはレイピアを突きつけてくる。

当の打倒宣言を受けたスパーダはそんなワルドを睨みながら、ぼそりと呟いた。

「……哀れな男だ」

それは決して、天使の力などではない。――自分と同じ、悪魔だ。そのことに、ワルドは気づいていないようである。

今までワルドから感じていた奇妙な魔力の正体はこういうことだったのだ。

メイジとしての魔力と混ざってしまってこれまではよく分からなかったが、今はすっかりその悪魔の力を感じることができる。

人間が悪魔の力を行使する……魔に魅入られた人間達が無数に生み出した数々の秘術にはそのようなものがある。

その狂気の秘術が、この世界にも存在していたというのか。

……それとも、何者かがこいつらにその知識と技術を与えたか。

 

天使のような姿を模している悪魔と化したワルド――アンジェロ・ワルドは左腕の盾を構えながらスパーダ目がけて突撃してきた。

先ほど、タバサとギーシュを相手にしていた際に使っていたフライの魔法よりも遥かに速い。まるで、風竜のようだ。

だが、スパーダは突き出された巨大なレイピアを体を横に逸してあっさりとかわす。

外れたレイピアは床に激突し、1メイルほどの穴を開けて砕き、抉り、陥没させていた。

アンジェロ・ワルドは間髪入れずに体を反転させながらレイピアを薙払ってくる。

スパーダはそれをリベリオンを振り回して弾くと、後ろへと跳躍する。

弾かれたリベリオンをそのまま片手で振り上げると刀身に赤いオーラが纏わりつき、すぐに一気に振り下ろした。

いつも使う剣圧の衝撃波だが、力を溜めていないためかそれほど威力はない。突撃してくるアンジェロ・ワルドの盾によって容易く防がれる。

残像を残し、一瞬にしてスパーダの目の前まで距離を詰めたアンジェロ・ワルドは恐らくブレイドの魔法をかけたのであろう、青白く光るレイピアで目にも止まらぬ速さの連続突きを繰り出してきた。

タバサでさえ捉えられないその攻撃を、スパーダは最小限の動きで全てかわし、時にリベリオンを盾にしていなしている。

 

突如、突きをかわしていたスパーダの姿が煙のように掻き消えた。

アンジェロ・ワルドは即座に残像を残しつつ、滑べるような動きで大きく後退していった。

その直後、アンジェロ・ワルドが立っていた場所の上方からスパーダがリベリオンを振り下ろしながら急降下してきた。

兜割りはズガン、と鋭い音を立てて激突し、床を砕く。

 

『Power of an angell!(これが、天使の力だ!)』

アンジェロ・ワルドの右手からレイピアがつむじ風に包まれ煙のように消えた代わりに、つむじ風と共に現れたのは3メイル近くもある巨大で鋭い銀色の矛だった。

その矛をアンジェロ・ワルドは軽々と振り上げ、豪快に投げつけてきた。

真空が渦巻くように纏わりつく矛は一直線にスパーダ目がけて飛んでいく。

リベリオンを収めていたスパーダは閻魔刀を構え、片手で振り抜く。

手が僅かに動いたようにしか見えない神速の居合いはスパーダとアンジェロ・ワルドの間にある空間を歪ませ、斬撃が発生していた。

投げ放たれた矛はその斬撃に呑み込まれると同時に微塵に斬り刻まれ、跡形もなく消滅する。

さらにスパーダは絶え間なく連続で居合いを繰り出し、アンジェロ・ワルドのいる場所に次々と斬撃を放っていく。

対するアンジェロ・ワルドも自分のいる空間が歪み始めた途端に閃光のごとき速さで移動し、更なる矛を連続で投げ放っていた。

閻魔刀を収めたスパーダは向かってくる矛を即座にリベリオンを袈裟に振り下ろし、明後日の方向へと全て豪快に打ち返した。

弾かれた矛は礼拝堂の壁、天井、果ては始祖の像さえも一撃で粉砕してしまっていた。

 

 

「きゃあっ!」

「うひゃあ!」

礼拝堂の隅にまで届く烈風に先ほどからルイズとギーシュは悲鳴を上げてばかりいた。

亜人と化したワルドは先ほどよりも激しい攻撃を次々とスパーダに仕掛け、スパーダもその攻撃を的確にいなしつつ反撃を行っていた。

もはやこの戦いに、自分達が入り込む余地などない。無理して入った所で、一切の容赦がない攻撃に巻き込まれるのがオチだ。

タバサでさえ、目の前で行われる次元の違う激闘に目を奪われていた。先ほどまでの自分達の戦いなど、まるで子供の遊びみたいに生ぬるい。

これが本物の、戦士と戦士の戦いなのだ。

その戦いのすぐ側に自分達がいるのに、未だこちらに被害が出ないのも不思議である。

「あれが……スパーダ殿の力か」

つい先ほど、タバサの魔法で傷を癒されて幾分楽になっていたウェールズは目の前で起きている戦いに嘆息を吐く。

「参ったな。彼ほどの戦士が、君の使い魔とは。トリステインの貴族も、まだまだ捨てたものではないな」

「こ、光栄でございます」

思わずルイズは頭を下げて跪く。

ルイズもスパーダがあそこまで強いことに、嬉しさを感じていた。

自分よりも遥かに大きなゴーレムでさえも物怖じせずに立ち向かい、返り討ちにしてしまうどころか、あのような

おぞましく強力な怪物となってしまったワルドとさえも互角に渡り合っている。

豪然たる力を持った異国の剣豪であり、立派な貴族でもあるあの男が自分のパートナーだなんて、何だか誇らしく思ってしまう。

今度、実家に戻る機会があればスパーダのことを父や母、そして姉達にも自信を持って紹介することもできる。

「……でも、何だかおかしくない?」

キュルケが怪訝そうに呟く。

「どういうこと?」

「彼にしては、何だか動きが固い気がするよ」

ルイズの問いに答えたのは、スパーダの弟子であるギーシュだった。

 

ブレイドをかけたワルドの巨大なレイピアをスパーダはリベリオンを振るって次々と弾いており、時に自分からリベリオンの連続突きを繰り出し、ワルドはそれを盾で防ぐ。

どちらも一歩も引いていない。あれがどうしたというのか。

 

「それに彼は、さっきから右手だけで戦っている。左手を全く使っていないんだ」

その通りである。スパーダは右手だけでリベリオンを振り回したり、閻魔刀を抜いたりしているのだ。

両手を使えば、ワルドの防御などとっくに崩したり、レイピアをその手から弾いてしまってもおかしくはない。

なのに、スパーダは何故か両手を使おうとしない。つまり、全力を出していないことになる。

……いや、出したくてもあれは出せない、という方が正しいか。

「どうしたのかしら……」

ギーシュの言葉に、ルイズは心配した表情でスパーダの戦いを見つめていた。

 

(ルーンが、光っている?)

二人の戦いに怯えているティファニアを抱えるロングビルは戦っているスパーダの左手に注目する。

その手袋に包まれている手の甲が僅かに光り始めていることに気づいていた。

 

 

(邪魔な……)

右手でリベリオンを振りながらアンジェロ・ワルドと切り結ぶスパーダは忌々しそうに自らの左手をちらりと睨んだ。

先日、力を封じたと思ったルーンがこんな時に限って復活しだしたのだ。

やはり自身の力を封じてしまった以上、全盛期の頃と比べて力は衰えてしまっているのは仕方がない。

もっとも力を封じてからスパーダもそのままにしていた訳ではなく人間界で千年以上もの間、自らを鍛えてきたのでかつての時よりも三分の一以上は取り戻すことには成功した。

だが、やはり力が不完全であることには変わりないため、このルーンの力を封じても一時的なものにしかならないようだ。

今もまた、ルイズに隷属するように自分を洗脳しようと力を働きかけてきており、それを悪魔としての本能が抑え込んでいるために戦いに集中できないし、左手を自由に使うこともできない。

実に目障りなルーンだった。こんな時に限って自分の邪魔をするとは。

 

『どうした? 動きの切れが悪くなってきているようだが?』

距離を取って浮遊するアンジェロ・ワルドが嘲笑ってくる。

スパーダはリベリオンを収め、銃を一つ手にするとアンジェロ・ワルドに向けて連続で発砲した。

『ハアァァァッ!!』

アンジェロ・ワルドは盾を構えてあっさりと防御すると、力ある叫びと共に双翼を大きく広げる。

銀色の羽が次々と舞い散り、そしてその羽は肥大化しつつ鋭い刃へと変わっていく。

手投げ用の小さな槍のような形に変わった無数の羽はアンジェロ・ワルドに付き従うように浮んでいると、次々とその切先をスパーダに向けてきた。

連続で射出されてきたその槍をスパーダは銃で撃ち落としていく。

すると、今度はスパーダの周りを旋回し取り囲むように槍が現れる。

スパーダは即座にリベリオンを手にすると一気に周囲を薙払うように振るい、突風を巻き起こした。

槍を全て吹き飛ばした途端、アンジェロ・ワルドはスパーダ目がけて突撃してきた。

さらに、突き出しているレイピアの先からウインドブレイクの魔法が放たれ、ついにスパーダを捉えた。

 

「スパーダ!」

始祖の像に吹き飛ばされていくスパーダにルイズが悲鳴を上げた。

スパーダは即座に受身を取り、始祖像の上に着地した途端、そこへ目がけて稲妻の嵐が襲いかかる。

さらに羽が変化した銀の投げ槍が次々と飛来してきた。

「!」

スパーダは閻魔刀を正面で回転させて盾にし全ての攻撃を防いだが、今度はあらぬ方向から矛が投擲されてきたたために、空間を転移して始祖像の下へと瞬時に移動する。

外れた矛は始祖像の首に炸裂し、粉砕していた。

『今のをかわすとは、さすがはガンダールヴ』

『だが、そろそろ遊びは終わりだ』

ワルドの声が別々の場所より響き渡る。

スパーダは礼拝堂の宙を浮かぶ二人の同じ姿をしたアンジェロ・ワルドに顔を顰めていた。

ルイズ達もいつのまにかワルドが二人に増えているこの状況に一瞬、混乱している。

『我が系統は風だ! 何故、風の魔法が最強と呼ばれるのか、その所以を教えてやろう!』

一人のワルドが叫ぶと、その背後の空間がブレるように揺らめき、さらに二人のアンジェロ・ワルドが姿を現していた。

「風の偏在か……」

ワルドの数が増えだしたこの状況に、ウェールズが呟く。

スクウェアスペル、ユビキタス。風は遍在し、風の吹く所、何処となくさ迷い現れ、その距離は意思の力に比例するという。

つまりは、分身だ。しかも分身の一体がそれぞれ本体とは別に意思はおろか力を有するという。

「ちょ、ちょっと! いくら何でもあんなの反則だわ!」

思わずルイズが叫ぶ。

四対一、明らかにスパーダの方が不利だ。今まで一対一でも互角だったのが、あれだけの数で一気に攻められてはなぶり殺しもいい所だ。

 

『本気の戦いに、そんなものは関係ない!』

『全ては、力なきガンダールヴの責任だ!』

散開した四人のアンジェロ・ワルドがスパーダの全方位から次々と容赦なく攻撃を仕掛けてきた。

スパーダが一人のアンジェロ・ワルドの攻撃を防ごうとすれば、別の方向からもう一人のアンジェロ・ワルドが魔法を放ち、吹き飛ばされてしまう。

如何に全盛期ほどの力が失われているとはいえ、培ってきた技術までは失われはしない。

アンジェロ・ワルドの悪魔としての力は純粋な悪魔達と比べてみれば上級悪魔の中では中の下といったレベルであり、単体であれば問題はないが、こうも四人に増えられて同時に攻められると多少はてこずるが倒せなくはないはずだった。

しかし、左手のルーンに邪魔をされてしまって思うように戦うことができない。

 

『『『『This's the end!(これで終わりだ!)』』』』

四人のアンジェロ・ワルドが一斉に叫んだ。

一人目がまず、スパーダの正面上方からウインドブレイクを放ち、スパーダはリベリオンの風圧でそれを掻き消す。

そこへ背後に回った二人目がライトニング・クラウドを仕掛け、スパーダの背中に稲妻が直撃した。

「スパーダ!」

ルイズが悲鳴を上げる。

『『Now, Die!(死ねぇ!)』』

怯んだスパーダの正面から、二人のワルドが同時に至近距離からエア・ハンマーとウインドブレイクを叩き込み、スパーダを半壊している始祖像へと吹き飛ばした。

その拍子に手からリベリオンが落ちてしまう。

始祖像に背中から叩きつけられたスパーダの四肢を、間髪入れずにアンジェロ・ワルドが放った投げ槍が縫い付けていた。

 

――ドスッ! 

 

そして、投げ放たれた巨大な矛が、始祖像の胴体で縫い付けられているスパーダの腹に突き刺さった。

おびただしいほどの量の鮮血がスパーダの腹から噴出し、矛が突き刺さった衝撃でスパーダの顔が持ち上がり、そしてがくりと項垂れた。

スパーダの血が、腹に突き刺さる槍を伝い、床へと滴り落ちていく。

 

「「スパーダ!!」」

ルイズとロングビルが、同時に悲痛な悲鳴を上げていた。

目の前で起きた、信じられぬ光景。決して、受け入れられない光景。

一瞬、ルイズ達の視界に映る全ての景色の時間が止まった。

 

特に、ルイズは目に大粒の涙を溢れさせて。

 

嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 

スパーダが、負けるだなんて。あんな、悪魔みたいな男に……スパーダが負けるはずはがない。

 

だが、これは夢ではない。現実だ。

 

スパーダは……負けたのだ。

 

あの、悪魔のような男に。

 

着地したワルドは全ての偏在を消滅させると、床に突き刺さっていたリベリオンを拾い上げる。

そして、それを容赦なくスパーダ目掛けて投げ放っていた。

リベリオンはスパーダの胸に突き刺さり、更なる鮮血が噴出する。

 

「スパーダぁ!」

思わず立ち上がったルイズは始祖像のスパーダに駆け寄ろうとするが、ワルドがレイピアを突きつけてきたため、立ち止まっていた。

恐ろしい亜人の姿となっているワルドの表情は一体どうなっているのか、ルイズには分からない。

だが、この威圧感にはこれまで感じたことのない恐怖を感じざるを得なかった。

『分かっただろう、ルイズ。奴では、君を守れぬ』

感情が読み取れない、冷酷な声でワルドは言う。

ルイズはじりじりと迫ってくるワルドに、恐る恐る後ずさる。

『素晴らしいぞ、この力。私は始祖の従えた伝説の使い魔さえも凌駕したのだ』

自らに酔ったような口調で言葉を続けるワルド。

『私と共に来れば、君にもこの力を授けてあげたというのに。残念だよ……』

冗談ではない。こんな、悪魔みたいな力なんか欲しくない。

そして、その恐ろしい力を自ら望んで手に入れたワルドはもはや人間ではない。

――悪魔だ。

 

『もはや、お前達を守れる者はもういない。これで、最期だ……。裏切り者もろとも、始末してやろう!』

激しい稲妻が散りだすレイピアにルイズ達は慄き、ロングビルがティファニアを庇うように抱きしめる。

 

『死ねぃ!』

 

今度こそ、もう駄目だ。

この悪魔のような男に、如何にスパーダと言えども歯が立たなかった。

もはやこの男に、人間では太刀打ちできないのだ。たとえメイジであろうとも。

無力な自分が憎らしい。自分にも、もっと力があれば……スパーダを助けられたかもしれないのに……。

こんな悪魔に対して、自分の力は無力なのだ。

 

無力、絶望、虚脱――全てを諦めたルイズは力なく膝を折り、涙を流した。

きっと、自分の体を稲妻が貫いても痛みさえも感じずに死ぬのだろう。

ここにいるみんなも、一緒に。

結局、自分は何の力にもなれずにここで死ぬのだ。

 

姫様の願いも、叶えられずに。

 

『ぐあっ!』

突如、ワルドが呻き声を上げた。

無力感に苛まれていたルイズはそれに気付くことはなかったが、他の者達は目の前の光景に呆気に取られる。

ワルドの腹部から赤い片刃の剣が突き出ていたのだ。

『な、何だ!』

あまりの出来事に、膝をつき困惑するワルドは自らを貫く剣に手をかける。

 

『おい……待ちな。兄ちゃんよ……』

その赤い剣から、キュルケ、ギーシュ、タバサに聞き覚えのある声が響いてきた。

『相棒は……まだ、くたばっちゃあいねえ……』

それは、明らかに元インテリジェンスソードであり、今は篭手となっているはずだったデルフリンガーの声だった。

だが、その声は何やら何かを恐れているようで震えているのが分かる。

ルイズを除く一行は、恐る恐る始祖像の方を見上げた。

困惑するワルドも同じように振り向く。

 

始祖像に縫い付けられていたスパーダの全身から、禍々しい赤色のオーラが静かに湧き出ているのがはっきりと分かる。

そして同時に、いつの間にか礼拝堂全体が静かに揺れていることに気付いた。

その揺れは徐々に強くなっていき……やがて、スパーダの胸を貫くリベリオンもカタカタと震えだす。

 

一行は何かは分からないが、底知れぬ恐怖と戦慄を、スパーダからはっきりと感じとっていた。

今すぐにでもここから逃げ出したい。だが、足がすくんでしまって立つことはできない。

 

故に、今目の前で起きる光景を見届けることを強制されていた。

 

リベリオンの骸骨の意匠の目が赤く煌めきだす。

同時に、彼を縫い付けるワルドの武器が全て砕け散った。

 

次の瞬間、スパーダから全てを薙ぎ倒さんとする奔流が衝撃となって溢れ出し、礼拝堂を震感させた。

 

 

 

 

上級悪魔の生命力は、人間はおろかそこらの幻獣や巨大な竜を遥かに凌ぐ。

故にちょっとやそっとの傷はすぐに癒えてしまうし、心臓を貫かれたり脳天を撃ち抜かれたり、人間なら致死量の血を流しても死ぬことはない。

もっとも、痛みだけはそれなりに感じるのだが。

己の四肢を四つの槍で串刺しにして縫われ、腹を巨大な槍に、そして心臓を愛剣が豪快に貫いている状況の中、スパーダは深く溜め息を吐いた。

そして、心底不快感を露にしながら横目で左手を睨みつける。

このルーンは実に邪魔な存在だ。もはや奴隷を服従させるための枷にも等しい。

常日頃から自分を洗脳しようとしつこく力を働きかけてくるので集中力が削がれる上、戦闘になればルーンが勝手に自分の体を動かそうとするので、スパーダ自身が慣れた動きで剣を振るうことができない。

ガンダールヴのルーンはあらゆる武器を自在に扱いこなす力を与えるとされるそうだが、はっきり言ってスパーダには不要な代物だ。

 

だが、このルーンそのものを消し去ってしまうとルイズに迷惑がかかるようなのでそれはできない。

……とにかく、今はこのルーンの影響が及ばないようにする必要がある。

 

さすがのガンダールヴのルーンも、全盛期よりは衰えたとはいえスパーダが力を解放すれば制御することもできなくなるはずだ。

(貴様の奴隷などではないことを思い知らせてやる)

スパーダは全ての意識を集中させ、己の奥底で眠らせている力を解放し始めた。

それは久しぶりとなる、全力の発揮だ。普段は人間としての活動に支障を来たすために自ら封印しているのである。

全盛期ほどの力があれば、人間はおろか何万もの悪魔の軍勢でさえも剣の一振りで薙ぎ倒すことだろう。

 

純粋なる、悪魔の力――

 

それを自らを縛りつけるルーンに、そして悪魔の心を持つあの男に思い知らせてやるとスパーダは決意した。

 

 

(な、何?)

全てを諦め、絶望し、放心していたはずだったルイズはその重く砕け散る音で我へと返った。

気付くとキュルケもタバサもギーシュもウェールズもロングビルも、そしてワルドでさえも始祖像に縫い付けられているスパーダを見上げていた。

亜人と化しているワルド以外の全員が愕然とした表情を浮かべていた。特にあのキュルケは恐怖に顔を歪ませ、目を見開いている。

見ればスパーダを縫い付けていたはずだったワルドの武器は全て跡形も無く消えており、胸を貫くリベリオンだけとなっていた。

そして、スパーダの全身からは何やら禍々しい赤黒いオーラが煙のように湧き出ている。

 

スパーダに一体、何が起きているのだ。

 

ルイズが困惑する中、スパーダの胸を貫いていたリベリオンが突如、勝手に抜け出した。その拍子にスパーダの血が一気に噴き出す。

抜け出したリベリオンはスパーダと共に落下し、床に突き立てられた。

静かに着地したスパーダの髪はいつの間にかオールバックから前髪を額に垂らしたものになっている。

「い、生きている……?」

あれだけの致命傷を負い、血を流したのにも関わらずスパーダは死んでいない。

本来ならばスパーダが生きていたことに喜ぶべきであろうが、そのあり得ない光景に喜ぶことはできず、逆に恐怖を感じていた。

 

全身から未だ赤いオーラが生じる中、スパーダは突き立てられたリベリオンを静かに引き抜き、手にしだす。

『は、はは……ま、まさか……相棒が……悪魔だったってのか……?』

アンジェロ・ワルドを貫いている赤い剣から、恐怖に震えたデルフが蚊の鳴くようなの声で呟く。

スパーダが人間でないことはあの武器屋で触れられた時にも分かっていた。

だが、どうにも懐かしく、同時に思い出したくない何かをスパーダから感じてもいたのだが今まではそれが分からなかった。

それが今、確信へと変わった。そして、6000年という時の彼方の記憶に封じられていたものが次々と蘇った。

かつて始祖ブリミルとその使い魔達が恐れた、あの忌まわしい化け物だった……。

 

『き、貴様……何故だ……! 何故、死なんのだ……!?』

ワルドもあれだけの致命傷を負わせたにも関わらず生きているスパーダに愕然としていた。

だが、スパーダはその問いに答えない。手にするリベリオンを無造作に垂らしたまま立ち尽くしている。

異常な事態に困惑するワルドだが、すぐにある結論へと思い至っていた。

『まさか……貴様も〝帰天〟しているのか!?』

レコン・キスタとの盟約によって手に入れた、人の身を超える存在へと生まれ変わるという秘術。

その力でワルドもこうして人を超えた力を手に入れることができたのだ。

その秘術をこの男も行っているからに違いない。それならばこれほどの生命力も考えがつく。

 

「ひっ……」

スパーダがゆっくりと顔を上げ、こちらを振り向いた時、ルイズは底知れぬ恐怖に力なく尻餅をついていた。

「ス、パー……ダ……?」

恐怖に怯えて震えた声が漏れ出す。

その表情は今まで見てきたものとはあまりにもかけ離れていた。

無表情ではあるが……凍てついたその雰囲気は、恐ろしい気迫に満ち溢れている。

全てを威圧し、押し潰さんとする冷酷な表情……。

この表情にルイズは見覚えがあった。

それは確か、夢で現れたスパーダが浮かべていたもの。

この世のものと思えぬ化け物達を斬り伏せても全く変わることがなかった、あの悪魔の表情と同じであった。

 

 

『……ハハハッ! そうか! これは面白い! 同じ天使の力を得た者同士、存分に――』

タネが分かったと思い込んでいたワルドの思考に余裕が戻り、腹を貫く剣を抜き捨てて笑いを上げていたその時だった。

スパーダの姿が忽然と消えた途端、突如自分の目の前へと迫っていた。

リベリオンを手にする手を後ろに引き――

『グハッ!』

空を切る音を響かせ、赤い閃光が走った。

突き出されたリベリオンはワルドの腹を豪快に貫いていた。盾で防御することも、レイピアで切り結ぶ暇もなかった。

腹から大量の血が噴き出し口からも血を吐き出す中、スパーダは両手でリベリオンを豪快に振り回し、

ワルドの体を先ほどまで自分が縫い付けられていた半壊している始祖像目掛けて放り飛ばす。

『お、おのれ……!』

叩きつけられる寸前に翼を広げ受け身を取ると、舞い散る銀の羽を無数の投げ槍へと変え、次々とスパーダ目掛けて飛ばしていく。

だが、スパーダはワルドを睨みつけたままその場から微動だにしない。

彼の周囲に澄んだ音を鳴らしつつ次々と現れた幻影剣が射出されていき、ワルドの放った投げ槍を撃ち落していく。

『我が天使の力が! 貴様に劣るはずがない!!』

叫ぶワルドがレイピアを振り上げるとその全身が一瞬、ぼんやりと歪みだす。

ワルドは偏在により先ほどと同じように分身して数を増やし、五人となっていた。

天使の力を得たことで普段よりも増強された魔力は、スクウェアクラスの魔法を唱えてもラインクラスの魔法を唱えた時程度しか精神力を消耗しない。

故にこれだけ乱発をしてもまだまだ精神力に余裕がある。

天使の力を得た自分が、人を超えた自分が、負けるはずがないのだ。たとえ自分と同じく天使の力を奴が得ていようと。

『死ねぃ! ガンダールヴ!!』

本体のワルドが叫ぶと同時に散開し、多方向からスパーダを取り囲んだ五人のワルド達がブレイドの魔法をかけたレイピアで斬りかかる。

スパーダは本体のワルドから視線を外さぬまま、リベリオンを無造作に垂らしていた。

見るからに隙だらけだ。これだけの一斉攻撃をかわすことも、弾くこともできやしないはずだ。

『……!!』

突如、荒れ狂う嵐のような衝撃がワルドの全身に襲い掛かった。

エア・ハンマーのような真空の槌で打たれたのとはまるで違う、言葉では表現できないほどに強力な衝撃で打たれたワルドの体は人形のように軽々と吹き飛ばされた。

しかも、偏在による分身達はその衝撃を喰らっただけで跡形もなく消滅してしまう。

『グギャア!』

さらに、スパーダから次々と放たれた無数の幻影剣が容赦なく空中で受身を取れないワルドの全身と翼を貫いていた。

『……兄ちゃんよ。相棒は、天使なんかじゃあねえぜ……』

己を貫く幻影剣から一斉にデルフの声が響きだす。

『グギャアッ!!』

 

ワルドの全身は深く傷つけられ、さらに右の翼が一列に刺し貫く幻影剣によって引きちぎられていた。

矢で撃ち落された鳥のように床にぼとりと墜落していくワルドだが、スパーダの容赦ない追撃は終わらない。

赤いオーラを纏ったリベリオンを振り上げて巨大な衝撃波を放ってきたのだ。

死の恐怖に怯えたワルドは慌てて左腕の盾を構え、衝撃波を受け止める。

先ほどの一振りで放たれた衝撃以上に強力なだった。そのあまりに強すぎる力に盾が耐えられず、砕け散ってしまう。

それでも助かったことに一瞬、安堵したワルドだったが、すぐに更なる衝撃と恐怖を味わうことになる。

 

『グアアアアアアッ!!』

瞬時に目の前まで迫ってきたスパーダがリベリオンを振り下ろし、ワルドの左腕を肩もろとも一刀両断にしたのだ。

いかに天使の力を得たとはいえ、これほどまでの傷に痛みを感じないわけがない。

『腕が……腕がああああっ!』

耐え難い激痛に絶叫を上げ、悶絶するワルド。

床に着く寸前、スパーダは閻魔刀の柄を打ちつけワルドの体を床に突き飛ばしていた。

『ひっ……』

左腕を失い、無様に床に転がるワルドはすぐに体を起こすと、スパーダがリベリオンを手にゆっくりと迫ってくる。

『――ライトニング・クラウド! エア・カッター! ウィンド・ブレイク!!』

迫ってくるスパーダにレイピアを向け、死に物狂いで次々と魔法を放つ。

スパーダはその攻撃を避けることもなく堂々と体で受け止め、物ともせずに歩いてくる。まるで効いている様子がない。

多少は傷つきはしたが、すぐにその傷が絵の具で塗り潰すかのごとく塞がっていく。天使の力を得ていても、この再生力はあまりに異常だった。

あり得ない光景に、ワルドの心は絶望で支配されていく。

『貴様……! に、人間ではないのか……!? な、何者だ!?』

恐怖ですっかり震え上がり、慄くワルドが叫ぶ。それまでの威勢は完全に失せていた。

迫ってきていたスパーダの足が目の前まで来た所で止まる。

 

その時、朧げながら全身にオーラを纏うスパーダの姿と共に何かが浮かび上がるのをワルドははっきりと目にした。

幻のように浮かび上がったもの……それは禍々しい角や多重の翼をマントを纏うように背中に収めている、黒い体の悪魔であった。

悪魔の姿と、スパーダの姿が交互に重なっている。

ワルドを睨み続けているその冷たい冷酷な瞳には、一切の慈悲は宿っていなかった。

あるのは、目の前に立ち塞がる敵は全て葬り去るという殺意だけ。

その冷酷な瞳に、ワルドは魂の底から恐怖を感じていた。

 

『いつまでも調子に乗るな。人間よ』

 

地の底から響くような、恐ろしい声をスパーダは発していた。

だが、同時にその声には何者も侵すことはできない威厳に満ちている。

 

『過ぎた力に溺れ……人の心を捨てた愚か者め――』

 

静かにリベリオンの剣先をワルドに突きつける。

 

『な、何を言う! 貴様だって人間なんかじゃない! 貴様こそ、本物の悪魔――』

 

喚くように反論するワルドの言葉を遮り、スパーダはリベリオンを軽く薙ぎ払った。

それだけで礼拝堂に嵐のような突風が吹き荒れ、その間近にいたワルドを紙切れのように容易く吹き飛ばし、壁に叩きつける。

呻きながら体を起こし、スパーダを見やるワルド。

『ひ……』

スパーダは相変わらずの冷酷で無慈悲な表情を浮かべたまま、じっとこちらに目を合わせている。

それだけで、ワルドは己の心臓を掴まれ握り潰されてしまいそうなプレッシャーが襲い掛かる。

 

こいつは、悪魔だ。

 

天使の力を得た自分でさえ、まるで歯が立たない。

 

この恐ろしい悪魔には……何者も打ち勝つことはできない……。

 

メイジも、竜も、エルフも。果ては、神さえも。

 

『……た、助けてくれえええっ!!』

完全に戦意を失ったワルドは地を這いつくばり、スパーダから背を向け、片翼と左腕を失くした痛々しい姿のまま礼拝堂から逃げ出した。

あまりにも惨めな姿であったが、スパーダはそれ以上追い討ちを仕掛けることはなく静かにその姿を見届けていた。

 

 

 

 

「な、何なの……あれ……」

「本当に……スパーダ?」

「人間じゃあ……ないの……?」

「……」

「あ……あ……」

トリステインの四人の生徒達、そしてウェールズとロングビル、ティファニアらは目の前で起きた出来事と目の前に存在に恐怖した。

特にルイズは、朧げながら浮かび上がった悪魔の姿が、前に夢で見たものと全く同じであったことに愕然としていた。

おぞましい姿に目を背けたくても、金縛りにあったかのように体が動かない以上、それはできない。

スパーダは、人間ではないのだ。……あれはまさしく、悪魔と呼べる姿。

先ほどのワルドなどとは比べ物にならない、真の悪魔だ。

 

自分は悪魔を使い魔に、パートナーにしていたというのか……? 

 

ならば今までの彼は何だったというのだ?

 

本物の悪魔ならば自分達を守るために戦うことなどないはずだ……。

 

悪魔は人間を堕落させ、時にはその命を、魂を狙うとされる凶悪な存在。スパーダが悪魔なら、今までもあんなに自分に気にかけることなども……。

 

 

『――ギャアアアアアアアアッ!!』

突如、礼拝堂の外、ワルドが逃げ去っていった入り口の向こうからけたたましいワルドの悲鳴が聞こえてきた。

何事かと入り口の方を見ていると、その入り口から次々と地を這うように姿を現したのは目にするのもおぞましい化け物達だった。

姿勢は低いが体の大きさは1.5メイルから3メイルほどまでと様々だった。

しかし、その化け物の本来足が生えている部分からは長大な手と腕が伸びて足の代わりとなっている。

おまけに背中からも腕を生やしている上、体の所々に筋肉や背骨が露になっているし右腕に至っては全体の筋肉が剥き出しになっている。

そして、最もおぞましいと思ったのは左の脇腹から顔ほどもある巨大な眼球がぎょろりと剥いていることだった。

「う……」

あまりのおぞましさに耐えられなかったのか、ギーシュが吐き気を催す。

 

魔界の最下級悪魔――あまりにも知能が低過ぎたが故に名前すら与えられなかった種族。

だが、その力は弱肉強食な魔界で生き残るには充分過ぎるほどに強く、時には上級悪魔でさえも返り討ちにし兼ねない。

その名も無き悪魔達は、ノーバディ――〝誰でもない者〟と呼ばれている。

 

――ヘッヘッヘッヘ……。

 

――ヒャッハッハ……。

 

――ヒャッヘッヘ……。

 

知性の欠片も無い、気味の悪い奇怪な笑い声を上げながら次々と礼拝堂に侵入してくる化け物達。

よく見ると、その中の一体の背中から生えた手が人間の頭を掴んでその体を無造作に吊るしていた。

左腕を完全に失っていたそれは紛れも無く、人間の姿に戻っていたワルドであった。

 

無残に逃げおおせた力なき敗者に待つのは、力ある者の餌食となるだけ。

既に戦う力もないワルドが弱肉強食の世界を生きる者の餌となるのは当然と言えた。

 

「……レコン・キスタがついに攻撃を始めたな。あれは奴らの放ったものだ」

ウェールズが化け物達の姿を見て忌々しそうに呻いた。

気付けば外から馬の蹄や大砲の音、竜の羽ばたく音などが響いてきているのが分かる。

もう外では王軍とレコン・キスタとの最後の戦いが始まっているのだ。

 

ここにこれ以上いてはいけない。だが、あの化け物達がいては逃げることもできない。

……そして、何よりも恐ろしい存在がいては――。

 

『ギーシュ。お前の使い魔をすぐに呼べ』

スパーダがじりじりと迫るノーバディ達と対峙し、リベリオンを構えながらそう命じる。

「……ヴェルダンデ!」

隅で嘔吐していたギーシュはスパーダの言葉を聞くと、先日イーグル号を降りてからずっと地中に潜り、自分達の下の地面に潜んでいたヴェルダンデで呼びつける。

床の一角が盛り上がると、そこには彼の使い魔たるジャイアント・モールがひょっこりと姿を現した。

『逃げ道を確保しろ』

ワルドの死体をゴミのように放り捨て、次々と襲い掛かるノーバディ達を斬り伏せながらスパーダはさらに命じた。

スパーダがリベリオンを振る度に突風が巻き起こり、ノーバディ達を吹き飛ばしていく。

だが、ノーバディも軽やかに受け身をとり、さらに中にはリベリオンをその長大な手で器用に白刃取りで受け止めてもいた。

スパーダの悪魔の姿と一面に恐怖しつつも、一行はその穴の中へと入っていく。

 

始めにギーシュ、次にキュルケとタバサが穴へ入っていった。

最初の二人は穴に入る寸前、自分達のために剣を振るっているスパーダを恐ろしい物でも見るような視線と共に、畏敬の思いが込められた視線を送っていた。

 

『Blast off.(消し飛べ)』

残り三体となったノーバディ達に、振り上げたリベリオンから衝撃波を放つ。

その巨大な一撃は生き残っていたノーバディ達はもちろん、床に無残に転がる亡骸さえ塵一つ残さずに消し飛ばし、礼拝堂の入り口さえも粉砕してしまう。

 

 

やがて、静寂が訪れた。

いや、外からは未だ大砲の音や兵達が攻めている音が静かに響いてきているために純粋な静寂は訪れてはいない。

だが、それまで壮絶な戦いが繰り広げられていた時に比べればとても静かだ。

礼拝堂は壁や柱、床の全てが砕かれているこの光景が、その戦いの爪跡として残されている。

 

リベリオンを背に収めたスパーダの全身から、禍々しいオーラが徐々に失せていく。

同時にスパーダから発せられていた威圧感も先ほどまでとは違って嘘のように消え失せ、普段の毅然とした雰囲気に戻っていた。

礼拝堂に残っているルイズ達は呆然としながらこちらへ歩み寄ってくるスパーダを見つめ、立ち尽くしていた。

「あ、あの……スパーダ……なのよね?」

「他に誰がいる」

恐る恐る話しかけてくるルイズに、スパーダは何事も無かったかのように平然と答える。

その言葉を聞いた途端、不思議とルイズの表情と心には安堵が蘇っていた。つっけんどんな態度だが、いつものスパーダだ。

安心して思わず体中から力が抜けてしまう。へなへなと、床にへたり込んでしまった。

「何を呆けている。早く脱出せねば命がないぞ」

「あ……え、ええ……」

今まで混乱していた思考が徐々に正常に戻ってきたルイズはある疑問を思い出した。

 

「……っていうか、何であなたがミス・ロングビルと一緒に戻ってきたのよ! それにその子誰なのよ!」

先ほどまでの恐怖はどこへ行ったのか、喚き立てるルイズがロングビルとティファニアを指差した。

「ミス・サウスゴータ。何故、あなたがここに?」

全てが終わったことで、ウェールズもようやくその件についてを問いただすことができた。

ロングビルは眉を僅かに顰めたままティファニアを庇うように抱き締める。

 

「その娘はモード大公の忘れ形見だ」

ロングビルに代わって、スパーダが平然とそう告げた。

元々、スパーダがここを訪れたのはワルドからルイズ達を救うためでもあったのだが、同時にウェールズにティファニアを会わせようともしていた。

ロングビルは始め、それに反対していた。ティファニア自身は抵抗は無かったものの、彼女やティファニアにとっては仇であるアルビオン王家の人間などと会わせるなどとんでもないことだったからだ。

だが、ウェールズは老害な父親と違ってモード大公の忘れ形見と会いたいと願っていることを知っていたため、少しだけ会わせることにしたのである。

討ち死にしようという、ウェールズへのせめてもの手向けとして。

 

「君が、我が叔父上の……」

スパーダから事の説明を聞かされ、唖然とするウェールズはロングビルに抱きついているティファニアをじっと見つめる。

しばしの間、ティファニアを見つめていたウェールズだったが突然、床に片膝を突いて深く頭を下げていた。

「ウェールズ殿下?」

話を聞かされて同じように驚いていたルイズが、ウェールズの行動に困惑した。

「我が従妹君、ティファニア。そして、マチルダ・オブ・サウスゴータ殿。我が父、ジェームズがあなた達に行った暴挙を……心より詫びる」

真摯な態度でいきなり謝罪をしだすウェールズに、当の謝罪される本人達も呆然とした。

「我が王家が犯した行いを、決してあなた達二人は許してはくれぬだろう。だが、今の我らにできることはこれしかない……。我らは憎まれても当然だ。この内乱も、元を正せばあの行いが元凶なのだからな……」

「あ、あの……そんなに謝らなくても良いんです。わたし達はこうして生きているんですから」

ロングビルはつまらなそうに鼻を微かに鳴らすが、ロングビルから離れたティファニアはウェールズの前で屈んでそう答えた。

「ウェールズさんは何もしていないんですから、そんなに頭を下げないでください」

「……私を憎んでくれても構わなかったのにな」

自分を全く憎んでいないティファニアの姿に、ウェールズは乾いた笑みを浮かべて顔を上げた。

 

そっと、フードの上からティファニアの頭を撫でる。

「ティファニア、君は生きてくれ。我が王家は間もなく潰え、歴史の片隅に追いやられることだろう。

だが、その血筋だけは未来に託しておいてもらいたい。始祖ブリミルが6000年にも渡って伝えてきた王家の血筋だけでも、守って欲しいのだ」

「……ウェールズ殿下。やはり、わたし達と共に亡命される気はないのですね?」

ルイズが物悲しそうに言うと、ウェールズは苦笑しながら頷いた。

「ああ。私はここに残らねばならん。王家の人間として、最後の務めを果たさねばならん。君達はもう行きたまえ。間もなく第二波がここへ突入してくるだろう」

「殿下……」

「ミス・サウスゴータ。こんなことを頼める立場ではないが、我が従妹を……どうか守っていただきたい」

「……言われなくてもそうするよ」

「ティファニア。君と会えて良かった。どうか、元気で」

優しい笑みを浮かべるウェールズに、ティファニアの表情が曇る。

彼女としても、初めて出会った従兄とこのような別れをしなければならないのが辛い。

孤児の子供達はみんな殺され、そして従兄であるウェールズもこれから死に行くというのだ。

大切なものが、どんどん失われていく……。

 

「スパーダ殿。彼女を救い出してくれたことに感謝するよ」

立ち上がり、最後にスパーダに頭を下げて礼を述べた。

腕を組んだまま見守っていたスパーダは嘆息する。

「アルビオン王家、皇太子ウェールズ・テューダーは今日ここで死んだ」

いきなりのスパーダの言葉にウェールズは目を丸くする。

「今、ここにいるのはただのメイジ……ウェールズだ。もはや王家とは何の関係もない」

「スパーダ、何を……」

「これから討ち死にをするか、ただのメイジとして生きるかはお前次第だ」

それだけを言い、スパーダは背を向けて穴の方へ歩き出す。

「だが、決して死に急ぐな。死すのであれば、命ある限り生き続けろ。……行くぞ」

振り向かぬまま威厳に満ちた言葉を発するスパーダに、ウェールズは一瞬呆然としていたが乾いた笑みを浮かべつつ微かに頷いていた。

「早く行きたまえ。……もう時間がない。穴は私が潰しておく」

入り口の向こうからバタバタと足音が小さく聞こえてくる。レコン・キスタの兵士達が攻めてきたのだ。

「ウェールズさん!」

「行け!」

杖を手にし、入り口の前で堂々と仁王立ちするウェールズ。

ロングビルはティファニアの手を引っ張り、スパーダの後を追って穴の中へ入っていったルイズに続いていった。

 

自分だけしかこの礼拝堂に誰もいなくなったことを確認し、ウェールズは穴の上の天井を風の魔法で崩し、下敷きにする。

「異国の剣士、スパーダよ。彼女達を、頼む……」

礼拝堂に兵達が現れたのは、それからすぐのことであった。

 

 

穴の先はアルビオン大陸の真下へと続いていた。その外ではタバサの使い魔、シルフィードが先に出ていた三人を乗せたまま待っていた。

ヴェルダンデはシルフィードの口に咥えられたまま、ジタバタと暴れているのを主であるギーシュがなだめている。

「遅かったじゃないの!」

スパーダ達もシルフィードに乗り込むと、キュルケがホッと安心しながら叫んでいた。

明らかに定員オーバーであったが、地上であるトリステインまでは滑空していけば問題なく辿り着けるはずだ。

「脱出」

タバサが短く命じると、一行を乗せたシルフィードが白い雲の中を緩やかに降下しながら進んでいった。

雲を抜けると、疾風のように飛ぶシルフィードの背中から見るアルビオンは次第に小さくなっていった。

短い滞在ではあったが、様々な出来事があったアルビオンが風と共に遠ざかっていく。

シルフィードの上では、誰も何も喋らない。無言のままだ。

全員の視線は腕を組んだまま瞑想しているスパーダに注がれたままだった。

「スパーダ、あの……」

「その話は魔法学院で話そう」

ルイズの言葉を遮り、そう答えてすぐに話を打ち切るスパーダ。

悪魔としての本性を見られた以上、面倒ではあるが話さねばなるまい。

だが、口で全てを話すのも手間がかかりそうだ。

……となると、真実は聞いてもらうよりは見てもらった方が手っ取り早い。

 

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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