魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
スパーダと別れたルイズ達は帰還報告のためにシルフィードで直接、王宮の門前へと降り立ったのだが現在は王宮上空の飛行は禁止されているらしく、魔法衛士隊の一つであるマンティコア隊に取り囲まれ、警告されてしまった。
せっかく命を掛けた密命を成してきたというのに少々残念な出迎えだったが、ルイズは毅然とした態度で自分の身分を明かしつつアンリエッタ王女への謁見を取り次ぐように頼んだ。
マンティコア隊に初めは疑われはしたが、すぐにアンリエッタ本人が現れたことで一行の疑いは晴れることになった。
入城したルイズ達はアンリエッタに事の報告を行った。手紙を取り返したこと、ワルドが裏切り者であったこと……。
アンリエッタはショックを隠せなかった。国内に裏切り者がいたという事実、そしてウェールズが亡命してくれなかったことに。
彼女はやはりウェールズに亡命を勧めていたのだ。だが、ウェールズはアンリエッタの思いに反し、玉砕の意思を貫いた。
彼が生きていてくれるのであれば名誉を捨ててでも亡命して欲しかったと、ウェールズへの思いを口にし、彼女は涙を流していた。
ルイズはウェールズから預かった風のルビーを形見としてアンリエッタに渡し、彼からの遺言であるの言葉を伝えた。
――何があっても、決して私のことを忘れないで欲しい。
その遺言を聞きアンリエッタは誓った。自分はこれからウェールズの分まで強く生きて行こう、と。
報告を終え、魔法学院へと戻ってきた一行を待っていたのは、いつもと変わらぬ平和な時間だった。
先に戻っていたらしいスパーダは何事も無かったように男子生徒達に剣術の指南を行っていた。
いつもならその指南に真っ先に加わるギーシュであったが、今度ばかりはそれができなかった。
ルイズもまた、学院長のオスマンにも報告を終えた後、スパーダと一言も言葉を交わすことはできなかった。
あの時に見てしまった、彼の姿。それを思い浮かべるだけで恐怖を感じてしまうからだ。とてもいつものように振舞うことはできない。
だからこそ、彼の全てを知らなければならなかった。そうしなければ、この心の曇りが晴れることはないのである。
男子生徒達の指南を終えた後、彼は日が落ちるまで図書館で入り浸っていた。
タバサも同じく図書館へと訪れ、彼の近くで本を読んでいたのだが、元々無口である彼女から積極的に話すことなどないし、その逆も然りだった。
彼女の使い魔、シルフィードはスパーダのことを〝悪魔〟と呼んでいた。その真実が、あの時に目にしたあの幻影の姿のことだったのだろうか。
いずれにせよ、彼女もスパーダの全てを知りたかった。本当に彼が人間なのか悪魔なのかを。
結局、夜が更けた頃になって一行は約束通りにルイズの部屋へとこっそり集まってきていた。
ルイズは元々、部屋の主なので集まるも何もない。隣人のキュルケ、同じ寮塔のタバサ、男子寮から来たギーシュ、そして窓からレビテーションの魔法で入り込んできたロングビル。
五人の生徒と秘書は、腕を組みながら椅子に腰掛けているスパーダの近くに集まった。
部屋の中には、廊下に置かれていた時空神像がいつの間にか運び込まれている。
全員が来たことを確認すると、盗み聞きなどがされないようにタバサが部屋の壁や扉などにサイレントの魔法をかけていった。
「スパーダ、聞かせてちょうだい。あなたは一体、何者なの? あなたは人間ではないの?」
初めに口火を切ったのはルイズだった。単刀直入に問いただそうとするその表情には僅かな恐怖と不安が入り混じっている。
目を開いたスパーダは腰を上げると、時空神像へと歩み寄る。
「この時空神像は時の傍観者と呼ばれ、世界のありとあらゆる出来事を記憶している。その記憶を私達が見ることも可能だ」
ルイズの問いには答えずスパーダが手をかざすと、その掌の上には淡い光と共に無数の赤い晶石・レッドオーブが乗っていた。
スパーダが取り出したレッドオーブを時空神像へとかざすと、神像が掲げている砂時計の中に光となって吸い込まれていった。
『汝、魔族の血を捧げし者よ。我に何を望む』
時空神像から威厳に満ちた声が響いてくる。彼がバイタルスターなどの秘薬を作る際にも聞いたことがある声とはいえ、やっぱり怖い声だ。
神像からの問いに対し、スパーダはちらりとルイズ達の方を振り向くとその顔を値踏みするかのように見回していた。
やがてその視線がタバサで止まる。
「お前が見た彼女の記憶を見せてもらう。なるべく最近のもので構わん」
『承知した』
時空神像の目が赤く光ると、抱え上げている砂時計の中から壁に向かって光が放射された。
一行がそちらを振り返ると、光が放射されている壁一面に何かが映し出されていく。
「これって、タバサ?」
そこに映し出されたのは、紛れも無く杖を手にして魔法を放っているタバサの姿であった。
映像の中の彼女は日が射し込んでくる森の中におり、彼女が放ったジャベリンの魔法が見たこともない異形の怪物を串刺しにしていた。
まるでかかしのような姿形をしているその人形のような怪物は、ロングビルがスパーダと一緒にティファニアを助け出す際に目にしたマリオネットという奴に間違いなかった。
無数に群がり、まるで操り人形のような動きでタバサを取り囲むマリオネット、及び全身が真っ赤な血に塗れることで力が増強されているブラッディマリーは各々が手にする様々な武器でタバサに襲い掛かっていた。
タバサは杖を構え、アイス・ストームの魔法を発生させると次々と人形達を吹き飛ばしていく。
人形達も反撃でナイフを投げてきたり、マスケット銃を発砲してきたりするもののフライで素早く飛び回るタバサには当たらない。
「あ、あんな怪物相手によく戦えるなぁ……」
あの礼拝堂でも姿を見せた怪物も恐ろしかったが、こいつらもまた恐ろしい姿だ。ギーシュは今の自分の力では決して太刀打ちなどできないことを見ただけで自覚していた。
「タバサ、あなたあんな化け物を相手に何をしてたの?」
キュルケが驚いたようにタバサに話しかけるが、本人も愕然と目を見開いたままその映像に映る自分を見つめたまま答えない。
これは一週間ほど前に、タバサの祖国であるガリアとゲルマニアとの国境近くにあるエギンハイム村で行った任務での一場面だ。
元々、エギンハイム村周辺を治める領主からの依頼で黒き森に住みついた翼人達を討伐するために王宮からの命令でタバサが向かわされており、訪れた当初は本当に村人と翼人達はとある事情で衝突していたのだ。
だが、その任務の最中に現れたのがあの異形の怪物――悪魔達である。
翼人も村人も関係なく次々と殺戮を始めたその悪魔達に村人はもちろんのこと、先住魔法を操る翼人達でさえ手も足も出なかった。
さすがにこの状況ではいがみ合っていた村人も翼人達も共闘することになった。
実は翼人の少女と村人の少年が密かに恋仲になっていたという事実もあってすぐに彼らは一致団結し、悪魔達を討伐しようと力を合わせて戦ったのだ。
結果として悪魔達の討伐は成功し、この件で翼人と村人達は和解することになったのである。
ちなみに恋仲であり、悪魔達の討伐を主導していた二人の翼人と村人はその後、結婚式を挙げて晴れて結ばれていた。
何にせよ、この任務は思いもよらぬ敵が現れてくれたおかげでタバサのスキルアップに拍車をかけていた。
壁に映し出される映像は空間に穴が開いて更なるマリオネット達が落ちてきた場面で突如として消え、神像から放射されていた光も失せる。
一行はスパーダの方を振り向くが、タバサだけは自分の秘密を勝手に見られることになってしまったためか不満そうにスパーダを睨んでいた。
「こいつは無数の分身を世界のあらゆる場所に放ち、千里眼でああして様々な出来事を見届け、記憶している」
タバサの射抜くような視線を気にせず再び時空神像に手を触れながら淡々と語るスパーダ。
ルイズ達はあの像が秘薬を作ってくれるマジックアイテムという認識しかなかったので、思いもせぬ利用法に目を丸くしていた。
「その記憶は何千年もの遠い昔より蓄えられている。無論、私のこともな」
砂時計から再び光が壁一面に放射されると、そこには全く別の映像が映し出される。
「何よ、これ……」
ルイズが震えた声を喉の奥から絞り出した。
彼女だけではない。キュルケもタバサもギーシュも、ロングビルでさえも映し出される映像に言葉を失う。
スパーダも無表情のまま腕を組みつつ時空神像の隣で壁に映し出される、神像の記憶を眺めていた。
そこに映し出されているのは、この世の物とも思えぬ禍々しさに満ちた大地であった。
不気味な色をした空と暗雲には絶えず雷光が瞬き、時に地上へと落ちている。
荒れ果てた大地は所々から灼熱の溶岩や毒々しい瘴気が噴き出してきており、実際にその場にいるように感じてしまうほどに生々しかった。
その荒地の一面に蠢くものがある。
それはオークやトロールといったハルケギニアでも見かけるような獰猛な亜人達とは比べ物にならない程に醜悪でおぞましい、異形の怪物達だった。
その怪物達は互いに傷つけ、殺し合い、血肉を食らっていく。大小はおろか姿さえ区別がつかないその怪物達の争いにルイズ達は目を背けそうになった。
「ハルケギニアとは全く別の次元に存在するこの場所は〝魔界〟と呼ばれる世界だ。そこに住まう者達は〝悪魔〟と呼ばれ、弱肉強食の毎日が繰り広げられている」
スパーダは悪魔達が争う光景を指しながら静かに語る。
「私はその魔界で生まれ、生きてきた」
その言葉に一行はスパーダの方を振り返った。
それは彼がハルケギニアや東方のロバ・アルカリイエなどが存在するこの世界の住人ではないことを意味している。
つまり彼も、その魔界という世界からやってきた悪魔ということになる。
礼拝堂で目にした禍々しい異形の姿の幻影、人間ならば生きてはいられない致命傷を負っても死なない強靭な生命力がそれを表していた。
「そこは力だけが全てを制する非情な世界だ。力ある悪魔のみがこの過酷な世界を生き残り、やがて覇者として君臨し、己より力なき悪魔達を支配する」
映像が切り替わり、映し出されたのは今まで映し出されていた荒地と似たような険しい岩山のような場所だった。
そこには夥しいほどの数の悪魔達の軍勢が蠢いているが、どれも有象無象の下級悪魔達である。
その下級悪魔の軍勢の遥か後方――切り立った岩山の頂上に一際巨大な体躯の悪魔の姿があった。
――グオオオアアアアァァッ!!
「きゃあっ!」
「うわあっ!」
30メイル以上はあろうかという巨体を震わせ、恐ろしい咆哮を上げる悪魔の全てを吹き飛ばさんとする破壊に満ちた迫力にルイズ達は思わず恐れ慄く。
ギーシュとルイズは思わず尻餅をついてしまうし、キュルケはおろかいくつもの修羅場を経験しているタバサやロングビルでさえ目を見開き、息を呑んでいる。
頭に湾曲した角を生やし、黄金色の屈強な肉体に無数の赤い線の模様を走らせ、腰から巨大な翼を広げているその悪魔は目つきから何まで凶悪さで満ちており、まさしく悪魔に相応しい顔をしていた。
その巨大な悪魔の咆哮と共に何万もの悪魔の軍勢が一斉に動き出し、恐ろしい咆哮を上げながら攻めだしていた。
「魔界では、遥か昔より覇権を争う無数の悪魔の勢力が存在した。今、見ているのはその勢力の内の一つ。そいつは魔界の統一者候補だった〝羅王〟アビゲイルという――」
スパーダの言葉にルイズ達の背筋が凍る。
今、映し出されているこの悪魔がその魔界のトップだというのか。……確かに、有象無象の悪魔達と比べれば威圧感は半端なものではない。
睨みつけられただけで戦意を失ってしまいそうな気迫で満ちており、人間など軽く捻り潰してしまいそうだった。
アビゲイルの口から放たれた眩い光線が、敵と思われる悪魔の軍勢を一撃で吹き飛ばし、薙ぎ倒している。
「私もまた、別の最上級の悪魔が率いる勢力に属する悪魔だった」
すると、映し出される映像に迫り来る悪魔達の軍勢を前にして立ち尽くす三つの人影が見えていた。
「あれ、スパーダ?」
映像には背負っている剣の柄に手をかけるスパーダと共に、肩を並べて敵軍を睨む二人の男の姿があった。
顔の上半分を覆い隠す二本の角が生えた兜をかぶり、引き締まった体に鎧とマントを身に着け、尻尾を生やしたスパーダと同じくらいの歳の騎士。
精悍な肉体に詰襟の黒いコートをまとい首から白いストールを垂らし、篭手と具足を身に付けている黒髪をオールバックに逆立てた偉丈夫。
「あら、素敵な殿方ね……」
キュルケは思わず、逞しい姿をしているその男達に見蕩れてしまっていた。
その様子を見たルイズが密かに溜め息を吐く。スパーダが悪魔である以上、あの二人も悪魔ということになるはずだが……。
迫りくる悪魔達に対し、映し出されるスパーダは背中からリベリオンとは違う刃広の長剣を抜き出し、鎧を着ている男の右手に雷光と共に竜の頭と翼の意匠で細工された大剣が握られる。偉丈夫の男が僅かに腰を落とし身構えると、その両手両足に赤々と燃え滾る炎が宿りだした。
タバサは鎧を着ている男が持つ剣に見覚えがあった。
あれはいつかスパーダの仕事を手伝った際に目にしたアラストルとかいう大剣だ。
スパーダはどこか懐かしそうな目付きで映し出される光景を眺めていた。
かつて共に属していた勢力で腹心の一人として共に戦ってきた盟友にして戦友である上級悪魔。
猛る稲妻を自在に操る〝雷将〟アラストル。
爆ぜる紅蓮の炎を従える〝炎聖〟イフリート。
アビゲイルが放った数万もの悪魔の軍勢はその三人によって次々と薙ぎ倒されていった。
アラストルが振り上げ突き出した大剣の先から轟音と共に稲妻の嵐が吹き荒れ、悪魔達の体を焼き焦がしていく。
さらに大剣を天に向かって高く振り上げると、剣先から放たれた巨大な稲妻が天に向かって伸び、槍のように鋭い無数の落雷が地上の悪魔達を貫いていった。
熟練したスクウェアクラスの風メイジによりも遥かに強力で、それでいて美しい光に一同は魅せられていた。
イフリートの両の拳から交互に次々と繰り出される爆炎の塊が爆ぜる度に多数の悪魔達を豪快に吹き飛ばしていく。
勢いよく燃え上がる炎を纏った篭手と具足による猛々しい体術が繰り出される度に悪魔達の体が砕かれていった。
極めつけは、飛び上がり降下してきたイフリートが今にも爆ぜてしまいそうな炎を纏った拳を大地に叩きつけた途端に巨大な爆炎が巻き起こる。
彼を取り囲む悪魔達を地獄の業火は容赦なく飲み込み、跡形もなく焼き尽くしていった。
(これよ……これこそが〝炎〟の使い手の戦いだわ!)
火の系統は〝破壊〟と〝情熱〟を象徴するという。火のトライアングルメイジであるキュルケはイフリートの破壊的な炎を操る姿を、子供のように魅入っていた。
スパーダが後ろへ大きく引き絞りオーラを纏わせていた剣を一気に振り上げると、巨大な衝撃波が地を走り、目の前の悪魔達を飲み込んでいく。
……たった一振り。それだけで、何万もの数の悪魔達が一瞬にして薙ぎ倒されていった。
その剣を振るったスパーダの表情は、礼拝堂やルイズが夢で見た時と同じ氷のように冷たい表情であった。
(これが、スパーダの力……)
ロングビルは一瞬にして何万もの悪魔達を消し飛ばしたスパーダの姿に戦慄する。
もしもこの映像のスパーダに、ハルケギニア中の兵士やメイジ達が挑んだとしても、今のように消し飛ばされるのがオチだろう。
あまりに壮絶な戦いだった。始祖ブリミルが伝えてきた系統魔法によって6000年もの古の時代より戦争を繰り広げてきたであろう自分達メイジの戦いが霞んで見える。
三人は圧倒的な数を誇る悪魔達を相手に臆することもなくひたすらに己の力を持って戦い続けていた。
映し出される映像を何も考えずに見るならば、三人の人間の戦士が共に敵を倒していくという光景なのだが、彼らが人間ではないということを映像の所々で窺うことができた。
ちょっとやそっとの傷を負おうと、すぐにその傷は塞がってしまう人間ではあり得ない回復力がその証拠だった。
迫り来る敵は全て討ち滅ぼす。それだけしか行われていないのにも関わらず、一行はその戦いに魅せられていた。
「やがて、私の属していた勢力は他の勢力を打倒し……かつての我が主、〝魔帝〟ムンドゥスは魔界の統一を成し遂げた」
さらに映像が切り替わり、どこかの神殿のような場所が映し出された。
厳かな造りをしているその場所は魔界という場所には似つかわしくないほどに神々しく、光に満ち溢れている。
神殿の奥には、巨大な石像が鎮座していた。
王のように堂々と深く腰を下ろしている聖人の姿を象ったその像は座しているだけでも20メイルはあろうかという巨体だ。
その像の前に、数人の男達が跪いている。人間の姿をしているがそれは仮初であり全員が上級悪魔の中でも主君が最も信頼する腹心の悪魔達だ。
もちろん、そこにはスパーダの姿もあった。だが、アラストルとイフリートの姿はない。
何故なら、あの二人は勝利寸前の激闘で惜しくも命を落としてしまったからである。
――我が忠実なる腹心達よ。
その聖人の像から発せられたのは、悪魔とは思えぬ神々しさと威厳に満ちた男性の声だった。
――幾千年の長きに渡り続いた戦いは終わり、魔界の統一は成された。ひとえに貴様達の働きに感謝する。特に、我が右腕〝魔剣士〟スパーダ。
スパーダの名が呼ばれ、頭を垂れていたスパーダが面を上げる。いつもと大して変わらない無表情だが、真摯な態度が窺えていた。
――貴様の力がなければ、我は魔界の統一を成し遂げることはできなかったであろう。大義であった。
かつての主からの感謝の言葉に、スパーダは再び頭を下げていた。他の悪魔達もまた、頭を垂れたまま主君に平伏している。
「魔帝ムンドゥスは、魔界で最も偉大で全能の力がある悪魔だった。どちらかと言えば〝神〟と呼んでも差し支えなかったな」
スパーダはかつての主、魔帝ムンドゥスに思いを馳せていた。
ムンドゥスは無から有を自在に生み出すこともできる全知全能の悪魔だ。いかに悪魔と言えど、そこまで高度な創造の力を持つ者はいない。
実際にムンドゥスの手によって生み出された悪魔も多く、ムンドゥスの精鋭部隊として従えられている。
そして、その身に満ち溢れる力はその気になればたった一人で魔界全土を掌握できる程に強大であり、まともにムンドゥスと対等の力を持っていた悪魔はスパーダの知る限り〝羅王〟と〝覇王〟くらいしかいない。
それほどまでに絶大な力を持つムンドゥスを、スパーダは今でも認めると同時に、畏怖してもいた。
……あそこまで悪魔らしい悪魔もいないのだから。
壁に映し出される映像が終わり、時空神像から放たれる光も消える。
映像を見せられた一行は平然とした表情で腕を組み、神像に寄り掛かるスパーダの方を振り返った。
全員が愕然とした表情のまま、彼を見つめていた。
「本当に……悪魔だったの……」
「あの、魔王っていう奴の直属の部下……ってことは、エリート中のエリートってことじゃないか。君はそんなに凄い悪魔だったのかい……?」
ルイズが声を震わせ、ギーシュがガチガチと歯を鳴らし、青ざめた表情で指を差してくる。
スパーダは否定も肯定もせずに沈黙する。
確かに自分は魔界でも三大勢力を率いる悪魔達にも並ぶ力を持っていたのは確かだが、今となってはそれも過去のものである。
「……全部、嘘だったの?」
「嘘?」
ルイズが顔を伏せて落胆したように呟いてきたのでスパーダも顔を顰める。
「あなた、言ったじゃない。自分は東方のフォルトゥナっていう土地の領主だったって。貴族だったって話も、全部嘘だったの?」
自分が目指すべき真の貴族だと思っていたスパーダが、実は貴族ではなかった。それどころかハルケギニアではないどこか、地獄のような世界からやってきた悪魔だったということに気を落としてしまっていた。
そして、悪魔というとんでもないものを召喚してしまったという事実に。
「いや、私は確かにフォルトゥナの領主だったな。何百年も昔の話だが」
「どういうことよ」
ルイズが問い返した時、キュルケが何か府に落ちない面持ちでスパーダに尋ねてきた。
「ねぇ、さっきあの魔王のことを〝かつての主〟なんて言っていたけど、それはどういうこと? 今はもう仕えていないということなの?」
その指摘にルイズ達ははたと気づく。
そういえば彼は、あのムンドゥスとかいう悪魔のことをキュルケの言う通り、過去形で呼んでいた。
それは今はあの悪魔の部下ではないということを意味していることになる。
キュルケの指摘にスパーダは目を閉じ、しばしの間沈黙していたがやがて静かに口を開く。
「……今の私は、魔界とは決別した身だ。魔帝はおろか、魔界で生きる全ての悪魔が私の敵となっている」
「全ての、悪魔?」
「ど、どういうことだい? それは」
一同はスパーダの言葉に困惑しだす。
スパーダは魔界の頂点に立つ悪魔の右腕だったという。メイジの二つ名のように〝魔剣士〟という立派な二つ名でも呼ばれるほどの地位に就いていたはずだ。
だが彼は今、主君はおろか全ての悪魔達と敵対しているという。それはあまりにも矛盾している状況だ。
悪魔である彼が、勢力も関係なしに何故同じ悪魔達と敵対しているのか。
しかも、魔界の全ての悪魔を敵に回しているということは、彼には誰一人味方はいないことになる。
◆
キュルケからの指摘にスパーダは軽く鼻を鳴らし、自嘲の笑みを浮かべていた。
果たして、この異世界の人間達はどこまで信じてくれるだろうか。このハルケギニア以外にも、彼らのような人間が住まう別の世界が存在するという事実を。
そして、その世界でかつて起きた出来事を、自分が起こした行動を全て信用してもらえるか。
スパーダが再び時空神像に手を触れると、砂時計から三度光が壁に放射され、新たな映像が映し出される。
ルイズ達の目に映りこんだのは、先の映像と同じく無数の悪魔達が大地や空を蹂躙する光景だった。
ただ、今回は先ほどのとは何かが違う。
翼を生やし、空を舞う悪魔達は魔界の禍々しい雰囲気がまるで感じられない、夕日が照り、赤々と焼けた夕焼けの空を飛び交っている。
大地を闊歩する悪魔達が足をつけているその地面は、瘴気や溶岩などを噴き出していた魔界の毒々しい大地とは異なり、草木が生えている肥沃で豊かなものであった。
そして、悪魔達が喰らっているのは弱肉強食の世界で互いに争い合っている同族ではない。
――きゃあああっ!
――助けてくれぇ!
――お母さぁぁん!!
――ああああああっ!
燃え盛る炎の光景の中、幾多も響き渡る悲鳴と断末魔。そして、炎の中を悪魔達から逃げ惑う無数の人影。
それは紛れもなく、人間であった。
血に飢えた悪魔達は力のない人間達を容赦なくその爪牙で引き裂き、血肉を喰らっていく。
老いも若きも、男も女も、子供も大人も関係なく、ただひたすらに見るに耐えない殺戮を続けていた。
「ひどい……」
あまりに惨く、残酷な光景にルイズは思わず顔を背けそうになった。
「魔界を統一した魔帝ムンドゥスは魔界とは別の次元に、人間達が住まう異世界が存在することを知っていた。その異世界を侵略することを企てたのだ」
顔を顰めながらスパーダは語る。
「元々、魔界と異世界との間には分厚い壁のような境界が存在し、互いに干渉することはできない。だが、力のない悪魔達はその境界の極小さな隙間を潜って人間界を行き来することができる。如何にムンドゥスと言えど、自分のような上級悪魔達が通れるほどの穴を力づくで無理矢理押し広げることは難しかった。だが……」
映像が変わると、そこには天高くそびえる巨大な塔とそれを崇めるように囲む何百人もの人間の姿が映っていた。
荒野の中に建てられているその塔は山のように大きく、そして魔界のような禍々しさがありありと感じられていた。
天高くそびえる塔の遥か頂上から、暗雲が広がる空に向けて赤い光が伸びている。
暗雲を突き破り、薄暗い空の中に大きな穴がぽっかりと開けられていた。
その穴を通って、幾多の悪魔達が次々と大地へ降り立っている。
「ムンドゥスは下級悪魔達を利用し、人間達を堕落させていった。魔に魅入られた人間達は魔界と自分達の世界を繋ぐために塔を建てた。それが、このテメンニグル――〝恐怖を生み出す土台〟と呼ばれたものだ」
映像に映る禍々しいテメンニグルの塔、そして飛び交う悪魔達にルイズ達は目を疑った。
人間が魔界の扉を開き、悪魔達を招くためにこんな物を作り出しただなんて、狂気としか思えない。
いや、その狂気へと駆り立て堕落させたのが、魔界から送り込まれた悪魔なのだろう。
人間達はまんまとムンドゥスに利用され、悪魔達が侵略するための道を開いてしまったのだ。
「これはいつの出来事?」
映像を見ていて僅かに顔を顰めていたタバサがスパーダに尋ねていた。
「そうだな。今からおよそ1500年以上も前のものだ」
「……そんな話は、ハルケギニアの歴史には残っていない」
普段から様々な本を読んでいる彼女は、たまにハルケギニアの古い歴史書に目を通すことがある。
始祖ブリミルがハルケギニアに降臨したのは6000年も昔だということだけは伝えられているが、今スパーダが話し、ここに映し出されている出来事はどこにも記録などされていないものだった。
だが、先ほど時空神像が見ていたらしい自分の姿を見せられた以上、これも神像が見届けたものなのだろう。
決して、この出来事が作り物であるとは思えない。
だが、ハルケギニアの歴史には過去に悪魔によって侵略されたという記録も残っていない。
これほどの出来事が起きたのであれば、歴史書に載せられていてもおかしくはないはず。
「あたしも聞いたことないわねぇ」
キュルケもタバサに同意し、他の者達も同様であった。
「どういうこと、スパーダ?」
「当然だ。この出来事は、ハルケギニアで起きたものではない」
腕を組むスパーダが発した言葉に一同、目を丸くする。
「このハルケギニア以外にも、お前達のような人間が住まう異世界が存在する。そこで起きたものだ。信じる、信じないかはお前達次第だがな」
「い、異世界?」
ルイズは一瞬、その言葉が信じられなかった。ハルケギニアとは全く別で自分達と同じ人間が生きている世界が存在するだなんて。おとぎ話もいい所だ。
だが、スパーダが生まれた魔界という異世界が存在する以上、その話は信じざるを得なかった。
「あたしは信じるわよ。こんな凄いものを見せられちゃあね……」
キュルケが乾いた笑みを浮かべて未だ悪魔達が飛び交うテメンニグルの映像を見やった。
「テメンニグルによって開けられた魔界の扉を通って、ムンドゥスは下級悪魔はもちろん腹心の上級悪魔達を次々と送り込んできた。人間界に降臨した悪魔達、そして悪魔を崇拝する魔に魅入られた人間達はテメンニグルを拠点に各地へと侵攻し始めたのだ。多くの人間達はそれに対抗したが、ほとんど劣勢だった」
「スパーダも……それに加わってたの?」
恐る恐る、ルイズが問いかける。
スパーダがムンドゥスの右腕だったならば、彼もまた人間界侵略の尖兵として送り込まれたことになる。
ルイズはスパーダが他の悪魔達と同様、人間達を容赦なく手にする剣で斬り伏せていたのではないかと、不安であった。
スパーダはルイズの問いに対して、何も答えなかった。ただ腕を組んだまま目を瞑り、顔を僅かに伏せている。
その沈黙は、肯定を意味しているのか。それとも答えあぐねているのか。
ルイズはもちろん、一行はその沈黙が肯定でないことを願った。
スパーダは何も語らない。……が、突然また自嘲の笑みを浮かべていた。
――魔剣士スパーダ。何のつもりだ。
突如、響いた禍々しく凶暴そうな悪魔の声。
映像には長剣を肩に担いでいるスパーダが強靭な黒い巨体に頭頂部にはトサカのような角を一本生やしている獣人のような姿の悪魔と対峙していた。
その巨大な悪魔の他にも様々な下級悪魔達がスパーダを取り囲んでいる。
だが、ルイズ達が目に入ったのはその巨大な悪魔でもスパーダを取り囲む悪魔達でもなかった。
周囲に転がる無数の悪魔達の亡骸、それらはスパーダ自身の足元にも転がっている。
悪魔達みんな、剣か何かで斬り捨てられたようだ。
――我らの目的はこの世界の制圧にある! 偉大なる我らが主を裏切る気か!?
怒りに燃える巨大な上級悪魔、〝豪閃獣〟ベオウルフは獰猛で凶悪な眼を赤く光らせながらスパーダに向かって吼える。
――裏切り者。
――逆賊め。
すると、周囲の悪魔たちも同様にスパーダに対する呪詛を口々に吐きかける。
スパーダはそんなことを同胞達に言われてもまるで気にしておらず、無表情のままベオウルフを睨みつけていた。
(あれ? このスパーダ……)
ルイズは映像に映るスパーダを見て、今までの映像のスパーダとは少し異なる印象に気づいていた。
前の映像のスパーダは悪魔らしく冷酷さに満ちた表情だった。だが、この映像のスパーダはその冷酷さが薄れているような気がした。
そして何より、悪魔達が口にした言葉が気になった。
(裏切り者? 逆賊?)
悪魔達が一斉に、スパーダに襲い掛かった。
スパーダは剣を大きく薙ぎ払うと、向かってきた悪魔達を次々と吹き飛ばしてしまっていた。
ベオウルフはスパーダの剣風を受けても堂々と立ち尽くし、怒りに燃え盛った瞳をスパーダに向け続けている。
――それが貴様の答えか。……逆賊スパーダ!! 裏切り者は決して生かしてはおかん!!
荒々しい悪魔の咆哮を上げ、ベオウルフはスパーダに飛び掛った。
同時に雷鳴が弾けるような音と共にスパーダの姿が今までの人間の姿から、あの悪魔の姿へと変わっていた。
豪腕を振り上げるベオウルフに対し、スパーダも長剣を両手で構え、正面から迎え撃っていた。
「私は魔界の軍勢を裏切り、人間達を救うためにかつての同胞達と戦った」
その言葉にルイズ達は驚き、目を見張った。
スパーダが魔界を裏切った? しかも、同胞である悪魔達を全て敵に回して?
映像は次々と変わっていき、どの映像もスパーダが悪魔達を相手に己の剣を振るって一人で戦う勇ましい姿だった。
人間の姿の時であれば悪魔の姿で戦うこともあり、猛々しくも華麗な剣技以外にも拳から発する細かな赤い光弾を連射し、悪魔達を撃ち抜く。
剣を突き立て、悪魔達が蠢く大地に着地した途端、巨大な衝撃波が何万もの悪魔の軍勢を一瞬にして全滅させていた。
時に見るからに強靭そうな上級悪魔達と戦う姿もあったが、どの悪魔達を相手にしてもスパーダは一歩も引かない戦いぶりを見せていた。
そして、多くの場面でスパーダは悪魔に襲われる人間達を守るようにして戦っている。
時に人間の戦士がスパーダに加勢し、共に悪魔を相手に攻防を繰り広げていた。
「正直、私も同胞達はできるだけ魔界に追い返そうと努力はした。そのまま斬り捨ててしまった者達も多かったがな」
やがて、さらに映像が別のものに切り替わった。
暗雲が広がる空、どこまでも続く血の池、無残に転がる瓦礫の山、そしておぞましい姿をした鎌を手にする悪魔達。それを容赦なく斬り伏せていくスパーダ。
(これは、あの時の……)
ルイズはその場面に覚えがあった。
これは以前に夢で目にした光景。恐らく、魔界での出来事だ。
確か、あの悪魔達を倒した後に……。
「どうしたの、ルイズ?」
ルイズが青ざめた表情で映像から目を背けだしたのを見てキュルケが声をかけた。
「どうしたんだい、ルイズ。しっかりしたま――」
まるで発作を起こしたように呼吸と声を震わせるルイズの様子に心配したギーシュだったが、映像に映った物を目にして言葉を失った。
スパーダが見上げる暗雲の空に浮かび上がる、稲光を散らしながら不気味に光る三つの光。
目のように睨んでいるその光に、ルイズやギーシュはおろか他の者達も底知れぬ恐怖を感じていた。
ただの映像に過ぎないのに、この威圧感は何なのだ? どうして、ここまで恐怖を感じてしまうのだろう。
タバサでさえ、表情には出さないもののその三つ目の光に心の底から恐怖を味わっていた。……三年前、自分が初めて任務へと駆り出された時以上の恐怖だった。
「私は魔界の軍勢に抗う人間達の協力を得て、魔界を、テメンニグルを封じることに成功した」
テメンニグルを封じる際、スパーダは〝穢れなき巫女〟と呼ばれていた人間の女性の血と自分の血を用いて塔を地中深くに沈めて封印した。
その際、ベオウルフの他、スパーダが直接従えていた上級悪魔なども共に塔の中へ幽閉したのである。
「そして、かつての我が主、魔帝ムンドゥスを魔界の深淵に封じるべく戦いを挑んだ」
映像のスパーダが長剣を手にして三つ目の光――魔帝ムンドゥスに向かって駆け出した。
あの夢で、ルイズは必死にスパーダを呼び止めた。絶対に戦いを挑んではいけない、勝てるわけがないと精神が警鐘を鳴らしていたからだ。
だが、スパーダは決して止まらなかった。
その姿を彼本来の悪魔の姿へと戻し、手にする剣もまた今までとはまるで違う、禍々しく巨大な異形の剣へと変えて。
そこで映像が終わり、時空神像からの光も消え失せていた。
魔界、悪魔、そして魔帝ムンドゥスの恐ろしさを存分に味わったルイズ達は憔悴し切った様子で、スパーダを振り返っていた。
「私のことは、説明するとこんな所だ」
「……でも、どうして悪魔のスパーダが人間の味方を?」
誰もが最も不思議に思う疑問。悪魔であるスパーダが自分よりも力の弱い人間を守ろうとしたのだろう。
顎に手を当てつつスパーダは少し考え込む仕草を見せるが……。
「……さてな。私にもよく分からん」
「え?」
あまりに意外すぎる返答で、一同は面食らってしまった。
「気が付いたら人間達に味方をして、かつての同胞を敵に回していた」
決定的に魔界と決別するきっかけとなったのは、悪魔の群れを相手に孤軍奮闘しつつも劣勢に陥っていた一人の戦士の戦いを見ていた時だ。
自分の家族を殺された怒りに燃える彼は傷つきながらも次々に敵を屠っていった。多勢に無勢で力及ばず結局は命を落とすことになったのだが。
残酷にもトドメを刺されようというその時だった。スパーダは気が付けば自らの剣を振るって彼を虐げようとした悪魔達を残らず滅ぼしたのである。
「だが我が主には少し不満があったからな。それもあったのかもしれん」
「不満?」
「我が主は、あまりにも残酷で無慈悲だった。主はたとえ自分の腹心であろうと、戦力にならないと分かればすぐに切り捨てる。……あそこまで悪魔らしい悪魔もいない」
かつて魔界で起きた三大勢力の戦いの最中、ムンドゥスの腹心が他の悪魔の勢力の悪魔に幾度も敗北した時、たとえ忠臣であろうと容赦なく自らの手で消し去る。
ムンドゥスにとっては、他の悪魔達も自分の手駒に過ぎない。役に立たなくなった手駒はこれ以上、自分の手にあっても邪魔なだけ。
ならば、早々に消えてもらった方が都合が良い。
スパーダはムンドゥスの右腕として仕える中で、同胞が葬られるその光景を何度も目にしてきたのだ。
そんなものを何度も見続けていて、良い気分など皆無だった。
スパーダが珍しく意気消沈している様子を見て、ルイズ達は初めてスパーダの心の一部を垣間見たような気がしていた。
たとえ悪魔でも、他者を思いやる心を持っている悪魔がいるなんて意外だ。
「私も他の悪魔達と同様に、主の命を受けて人間界へ送り込まれた。人間達は悪魔達の攻撃を受け、次々とその命を奪われていった。……それを見続けていると何故か気分が悪くてな」
そして、その心は同胞だけではない。全く別の力のない人間達にさえも向けられていたのだ。
「私も何故自分が人間に味方するようになったのか……よく分からなかった。……だが、少なくとも人間達は我ら悪魔には無いものを持っていることを知った。……それに惹かれのかもしれんな」
「人間にあって、悪魔にないもの?」
「それは、何なんだい?」
ルイズとギーシュが問いただし、他の者達も強く興味を持ってスパーダの答えを待った。
スパーダは自嘲の笑みを消し、真剣な顔になるとルイズ達を見回しながら自分の胸を拳で叩いた。
「〝心〟だ」
「心?」
「〝力〟を制し、他者を虐げることしか能がない我らとは違い、人間には〝心〟というものがある。確かに人間は弱い。単純な力だけならば我らよりも劣るかもしれん。事実、多くの人間が抗うことはできなかった。……だが、他者を思いやり、愛する者を守るために心を奮わせることで人間は思いもよらぬ力を発揮する。時に心が生み出し、爆発させた力は我ら悪魔をも凌駕した。私は、人間の持つ可能性というものを思い知らされた……」
スパーダは人間が発揮した、〝心〟の力を思い起こした。
悪魔に襲われる家族や仲間、恋人を命がけで守るために戦った人間。そして、愛する者の命を奪われた者達。
彼らは愛する者を思う心を爆発させ、時には上級悪魔さえも人間の心の力に敗れ去ることもあったのだ。
その時に目にした人間の可能性、自分達悪魔にはない〝心〟が発揮する力、そして愛する者のために流した涙……。
「あれを見せられては、私も魔界と決別するしかなかった」
自嘲しつつ、どこか嬉しそうに笑っているスパーダにルイズ達は呆気に取られた。
一人の悪魔が人間の〝心〟を、〝愛〟を知り、人間のために故郷と決別する。まるでおとぎ話のような話である。
だが、ルイズはこれまでのスパーダとの交流を思い返していた。
スパーダはつっけんどんながらも、魔法に失敗してばかりいる自分を気にかけてくれた。そして、自分の失敗を新しいものにするという方向へと導いてくれた。
そして、何千年にも渡って培ってきたのであろう魔の剣技で自分達を守ってくれた。あの勇ましい姿は、決して忘れられない。
ギーシュもまた、スパーダと剣を通して彼の厳しくも父親のような包容力に惹かれていた。
タバサは以前、スパーダが悪魔の巣窟と化した屋敷からメイドのシエスタを助け出した時のことを思い返した。
悪魔の血と力を宿す己を恐れていたシエスタを、スパーダは人間であると諭していた。
――Devils Never Cry.(悪魔は泣かない)
その言葉を口にして。
「全てを終えた後、私はずっと人間界に留まり人間達を見守っていた。フォルトゥナの土地を治めていたのは、それからずっと後のことだ」
スパーダはかつての主を、故郷を裏切り人間達を守るために戦った。
そして、同胞達を魔界へと追い返し、挙句の果てにはムンドゥスさえも封印してしまったのだ。
あまりにも凄まじい偉業だった。その異世界ではきっと、スパーダの活躍は始祖ブリミルのように伝説として語り継がれているのだろう。
……だが、ルイズはスパーダの偉業に感服すると同時に彼に対して不満を抱いていた。
「……何で」
絞りだすような声でルイズは声を出す。
「何で、あたしに黙っていたの? どうして、あたしに嘘をついたの?」
今まで人間だと思っていた男が実は悪魔だった。それをパートナーとなった自分に何も教えてくれなかったことがショックだった。
自分の正体を知られるのを恐れていたというのであればまあ仕方がないかもしれないが、スパーダはそのような恐怖などまるで抱いていないのだ。
それはこうして堂々と自分の正体を明かしていることが意味している。
それだったら素直に自分に話してくれても良いはずなのに、そうしてくれなかったため、ルイズはやはり自分が信頼されていないと思い込んでいた。
だが、スパーダは小さく溜め息を吐きながら言う。
「君は一度も聞かなかっただろう」
「メイジは使い魔の、パートナーのことは何でも知ってないと駄目なのよ!」
癇癪を上げながらその場で立ち上がるルイズをスパーダはじっと見つめた。
他の者達もルイズのその態度に思わず驚いてしまう。
「あたしは、あなたが人間じゃなくても全然構わないし、誰にも言わないわ。だから、パートナーに隠し事なんてされたくないのよ! あなた、あたしを信じていなかったの!?」
凄い剣幕でスパーダに詰め寄るルイズ。その目元には薄らと涙が浮かんでいた。
スパーダは子供のように喚くルイズを見つめていたが、やがて溜め息を吐く。
「私の素性で混乱されるのを避けようとしたまでだ。……だが、君の思いを踏み躙った無礼は詫びよう」
軽く頭を下げるスパーダに、ルイズは嗚咽を漏らしつつも目を逸らさずに見つめたままだった。
「これからは、隠し事は許さないわ」
「分かった。……だが、どうするのだ。ミス・ヴァリエール?」
「どうするって?」
「私はこのように悪魔だ。だが、始祖ブリミルという奴の残した教義では私のような悪魔は忌み嫌われるはずだろう。私をこれまでのようにここに置き、もしも私が悪魔であることが他の者に知られれば君とてただでは済むまい」
「そ、それは……」
確かに、悪魔を使い魔にしただなんて知られればとんでもないことになる。
そして、自分は周囲から馬鹿にされる所か、悪魔を召喚した忌まわしいメイジとして虐げられるかもしれない。下手をすれば実家の家族からも……。
如何にスパーダが人間のために命がけで戦った正義の悪魔だとしても、人が本能的に恐れる悪魔そのものであることに変わりはないのだ。
「私を拒むのであれば、早々にこのルーンを排除してここを去る」
そう言い、スパーダは閻魔刀を手にして扉に向かって歩き出した。ルイズは慌ててスパーダの背中に声をかける。
「ス、スパーダ」
「しばらく時間をやろう。ゆっくり考えると良い」
パタン、と扉が閉められ、スパーダは部屋を後にしていた。
(スパーダが、いなくなる? あたしの元から……)
そう考えると、ルイズの心は痛んだ。
スパーダは大切で頼もしいパートナーだ。彼がこれからパートナーとしていてくれるならば、あれだけ心強い者は他にいない。
だが、彼は悪魔だ。彼がこれからもパートナーとして自分と共にいてくれるのはあまりにリスクが大き過ぎるのだ。
そして、その決断を下すのは彼のパートナーである自分に他ならない。誰にも、相談できることではない。
「まさか、ダーリンにあんな過去があったなんてねぇ」
ルイズが決断に悩む中、キュルケがあっけらかんとした様子で言った。
あまりにも平然とした態度にルイズは当惑する。
「キュルケ、あんたスパーダが悪魔だって知って何とも思わないの?」
「それはもちろん驚いたわ。でも、ダーリンはいわば正義のヒーローよ。あれこそ、まさしくイーヴァルディの勇者と呼んでも過言じゃないわ」
「イーヴァルディの、勇者……」
ぴくりと、タバサが反応する。
始祖ブリミルの加護を受けた勇者が剣と槍を用いて龍や悪魔、亜人や怪物など様々な敵を倒すという物語。
タバサも幼い頃、よく愛読していたものだ。
「とにかく、あたしはダーリンを信じるわ。人間の愛を知って正義に目覚めるなんて、こんなにロマンチックなことはないもの」
そう言うと、キュルケは部屋を後にしようとする。タバサもその後を付いていった。
「僕もキュルケと同じだよ。彼は決して悪魔じゃない。紛れも無く人間だよ、あれは」
ギーシュは何故か満足した様子で部屋を後にしていった。
「ギーシュ! 何でアンタがルイズの部屋から出てくんのよ!!」
「モ、モンモランシー! いや、これは……うわあああっ!!」
その直後、部屋の外でそのようなわめき声が響いてくるのが聞こえていた。
ロングビルは何も言わずに窓からレビテーションの魔法で飛び降り、外へと出て行ってしまった。
一人部屋に残されたルイズはベッドに突っ伏し、悩み続けた。
これまでと同じようにスパーダと共にいるか。それとも彼と別れるか。
そのどちらを選択しても、自分に待つのは決して楽にはならない現実だ。
絶対に、後悔しない選択をしなければならない。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定