魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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魔剣士スパーダ日常編
Mission 23 <異邦者の軌跡>


 

ルイズは夜が明けるまで時空神像に記憶されていた異国の土地、フォルトゥナを見させてもらった。

海に浮かぶ小さな島。トリスタニアに劣らぬ美しさを誇る砦の町。鬱蒼と茂った緑あふれるミティスの森。山脈にひっそりと建つ壮麗なフォルトゥナ城。

そこを治めているスパーダの姿は、今と大して変わらなかった。

 

ベッドの上で寝そべったまま観賞し続けていたルイズはアルビオンでの任務で溜まりに溜まっていた疲労によって、自分でも気づかぬまま眠ってしまっていた。

時空神像から映し出されるフォルトゥナの様々な映像をルイズは度々質問してきたため、スパーダは昔を思い出しながら簡単に説明もしてやった。

フォルトゥナは外界と離れた島国という土地柄である以上、あまり外からの来訪がなく島の土着の人間しかほとんど住んではいなかった。

だが、スパーダは数年だけとはいえその島の領主として留まったのである。……そこでも、魔界の悪魔達が暗躍していたからだ。

ルイズは異国のフォルトゥナに強い関心を抱き、領主として統治していたスパーダの行動を見てははしゃぎ、それが余計に彼女を疲れさせることにもなっていたのである。

 

とにかく、この状況では今日の午前の授業には出られないことだろう。だからといって無理に起こすこともない。

スパーダは時空神像の映像を消し、完全に熟睡しているルイズを起こさぬように部屋を出ると、そのままアルヴィーズの食堂へと赴いた。

「おお、スパーダ君。おはよう」

食堂へ足を踏み入れた途端、現れたのは〝炎蛇〟と呼ばれている学院の教師、ジャン・コルベールであった。

「私の生徒達が世話になったようだね。君には感謝するよ。しかし、ミス・ヴァリエールはどうしたのかね?」

「まだ眠っている。昼までは起こさん方が良い」

「今日の授業は欠席、か。まあ、仕方があるまい。色々と大変な目に遭っただろうからね」

「それで何の用だ」

何やらやけに興奮している様子のコルベールだが、自分に用件があるのだということをすぐに察して問いただす。

「ああ、すまないね。こんな所で話すのも何だ。我々の席に来てくれたまえ」

そうしてコルベールは食堂の上階、教師用のテーブルへとスパーダを連れていった。

 

既に何人もの教師達が席についており、多くの者達がスパーダの姿を目にするなり嫌悪を露わにした視線で睨んでいた。

「……何故、あの男がここにいるのだ?」

「没落貴族め……」

多くの教師達はスパーダを異国から流れてきた平民上がりの没落貴族と見下しており、そもそも彼が貴族の食卓へと堂々と足を踏み入れるのが気に入らないらしい。

特に以前彼に言い負かされて大恥をかかされていたギトーは完全にスパーダに対して敵意を剥き出しにした視線を向けている。

今にも杖を抜いて追い出そうとしかねない殺気を放っているが、それでも飛び掛ろうとしないのはとりあえず貴族として、教師としての礼儀であった。

「あら、ミスタ・スパーダ。珍しいですわね、こちらで食事をなさるなんて」

反面、スパーダを快く受け入れるシュヴルーズをはじめ、秘書のロングビルや学院長のオスマンはスパーダがこの場にいることを特に問題としていなかった。

スパーダの正体を知るロングビルはもちろんのこと、彼を立派な貴族として認めているのはこの二人と、そしてコルベールだけである。

 

やがてスパーダはコルベールの隣の席へと招かれていた。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかなる糧を――」

スパーダも何度か聞く祈りの唱和とやらだが、ブリミル教徒ではないスパーダは唱和には参加せずにコルベールの隣で腕を組みながら軽く聞き流していた。

「不信者め……」

「所詮は流れ者。平民上がりだ」

ギトーを初めとする多くの教師達は祈りの唱和を行わないスパーダに対して非難と軽蔑の視線を浴びせていた。

 

「見てくれたまえ。昨晩、ようやく完成したのだよ!」

食事をしながらコルベールが楽しげにスパーダに見せてきたのは、小石程度の大きさをした緑色に光る星型の石。バイタルスターであった。

「ほう。やるものだ」

以前、スパーダがパンドラや時空神像の使い方などを教えてからというものの、研究者であるコルベールはスパーダがやって来たという異国の技術や学問に強い関心を抱いていた。

特に時空神像が作ったバイタルスターなどの未知の秘薬などには多大な興味を示し、アルビオンへ発つ前にはその作り方についても尋ねてきたのである。

魔界から人間界、数多の魔術や学問には精通しているスパーダは異世界の錬金術をコルベールに授けた。

スパーダから教えられた知識により、コルベールは自らの手で異世界の錬金術に手を染め秘薬を作ることに成功したのだった。

時空神像が作るものに比べれば魔力の純度はかなり低いのだが、スパーダが感心すべきは教えてからたった数日で低純度とはいえバイタルスターを自力で完成させたことにある。

 

コルベールはバイタルスターを製造する時の苦労や工程を、まるで子供のようにはしゃぎながらスパーダに語り続けていた。

研究者としての血が騒ぎ興奮しているコルベールの姿にスパーダは少しうんざりしたが、黙って最後まで話に付き合ってやったのである。

「今日はこれから私がミス・ヴァリエールのクラスの授業を受け持つのだが、スパーダ君も来てはくれないかね?」

「何故だ」

「私が長年続けていた研究を、生徒達に伝えてやるのだよ。だが、私は生徒達からも教師達からも変わり者と見られている。私はそれに不服はないが、簡単に私の研究を受け入れてくれるとは思えない。そこでスパーダ君、異国の人間である君の意見もぜひ聞かせてもらいたいのだ」

やや興奮を残しつつもコルベールは真摯な面持ちでスパーダに願い出てきた。

(研究、か……)

どうせルイズが授業に出られない以上、自分が代わりに出てやるしかないのだ。

コルベール自身がどのような研究を続けていたのかは知らないが、内容次第では少し述べてやるのも良いだろう。別に断る理由もない。

「いいだろう」

「おお! そうか! それでは頼むよ!」

 

朝食を終えると、上機嫌なコルベールは足早に食堂を後にし、何処かへと去っていった。これから行われるという授業の準備なのだろう。

一体、その授業で生徒達に何を教えてやろうというのか。それは授業に出てみなければ分からない。

「おおーい! スパーダ君!」

教室へ入った途端、高らかにスパーダを呼びかける声があった。

その声の主、ギーシュはスパーダの姿を見つけるなり、席から立ち上がっていた。

「ちょっと! 待ちなさいよ、ギーシュ!」

「すまない、モンモランシー! 後で!」

隣の席に座っていたモンモランシーが呼び止めるが、ギーシュは立ち止まらずスパーダの元へと歩いていった。

彼女は朝食の席から今まで、昨晩や数日間留守にしていた件について問い詰めていたのだが、ギーシュは一切口を割らなかった。

アンリエッタ王女からの密命はもちろん、スパーダの正体を簡単に口にするわけにはいかない。

 

「ルイズは君を受け入れてくれたみたいだね」

ギーシュの表情はとても清々しく、そして安堵に満ちていた。

たとえ悪魔でも、自分の師であるスパーダがこの学院に残ってくれることを心から望んでいたのである。

「……しかし、彼女はどうしたんだい? 朝食でも見かけなかったが」

「しばらくは休ませておく。用件は何だ?」

「実は先ほど、ミス・タバサに頼んで昼休みに手合わせを行うことになったんだよ」

「ほう」

突然のギーシュの宣言にスパーダはちら、と席について静かに本を読むタバサを見やった。

その隣にいたキュルケはスパーダの視線に気づくと、いつもと変わらぬ生き生きとした笑顔で手をひらひらと小さく振ってくる。

「それで、スパーダ君も立ち会って欲しいんだ。君にあれだけ鍛えられた僕の力を試す良いチャンスなんだよ」

スパーダに剣術を叩き込まれてから数週間、ギーシュの剣の腕はまだ荒削りではあるものの既に立派な戦士として成長していた。

腐っても魔法衛士隊の隊長であったワルドを相手にタバサと二人がかりだったとはいえ、ある程度善戦できたことからも明らかだ。

結局は負けてしまったが、ギーシュは自分がまともに戦うことができたことに自信がつき、更に自分を高めようと考えているのである。

そのためにも、シュヴァリエの爵位を有するほどの実力者であるタバサとの手合わせを望んだのだ。

何しろ、ワルドとの戦いはスパーダに見てもらえなかったのだから。傷だらけのギーシュの姿を見て、ある程度粘ったことは察していたようだが。

「いいだろう。どれだけ腕を上げたか、見てやる」

スパーダは冷徹な表情を変えぬまま、すぐにギーシュの願いを聞き入れた。

弟子がどれだけ力をつけたのか、存分に見せてもらうことにしよう。

「頼むよ!」

まるで父親に対してせがみ、それを受け入れられて喜ぶ息子のようにギーシュは歓声を上げていた。

 

「何よ……ギーシュったら……いつも、彼とばかり……」

モンモランシーからしてみれば、それはあまり面白くない光景だった。

ギーシュがスパーダの弟子になってからというものの、モンモランシーが彼と付き合う時間はめっきりと減っていた。

昼休みになれば他の男子達と共にスパーダから剣術を教わり、特にギーシュはそれ以外の時間でもしきりにスパーダに「剣を教えてくれ」とせがむのである。

確か先日アンリエッタ姫殿下がこの学院に訪れた日より二日ほど前、ようやくギーシュを捕まえて一緒の時間を過ごしたのだが、そこでモンモランシーは彼に

「ミスタ・スパーダから剣を教えてもらうのもほどほどにしなさい」と、言い聞かせようとしたが、ギーシュは憧憬と誇らしさに満ちた顔でこう答えた。

「僕にとって、彼は父にも等しいんだよ。彼は立派な貴族だ。あんなに男らしい貴族は他にいないと思うんだ。

ああして剣を交わして彼と接していると、彼の誇りが僕にも伝わってくるんだよ。……ああ、あれが異国の貴族の風格なんだな――」

 

異国の貴族にああも憧れ、惚れ込み、夢中となるギーシュの姿を見るのは初めてだった。

憧れるのは良い。父のように愛してくれても構わない。

だが、それでも自分を置き去りにはしないで欲しい。

モンモランシーは怖いのだ。

ギーシュがスパーダと共にいる内に変わってしまうのではないか、自分の手が届かなくなってしまうのではないかと。

他の女の子にデレデレされるよりかはマシだが、ああも夢中になっている姿を見ると、スパーダにギーシュを取られたように感じてしまう。

「何か、良い手はないかしら……」

どうにかしてギーシュの心を捕らえているスパーダから自分に振り向かせられないか、モンモランシーは考え込んだ。

 

 

 

 

スパーダは教卓横の壁際で寄りかかり腕を組んだまま、授業が始まるのを待っていた。

その間、生徒達はがやがやと談笑を続けていたが、コルベールが姿を現すと同時に静まり返る。

コルベールはスパーダの方をちらりと視線をやった後、教卓の上にでん、と妙な物をと置いていた。

円筒状の金属の筒、金属のパイプが金属の箱に繋がれ、その上部や側面には風車や車輪のようなものが取り付けられている。

その機械的な物体をスパーダは何の感情も窺えぬ顔でじっと見つめていた。

生徒達もまた、その装置を興味深そうに見守っていた。

「えー、どなたか私に〝火〟系統の特徴をこの私に開帳してくれないかね?」

妙にウキウキとしているコルベールは教室を見回すと、スパーダを除く教室中の視線が〝微熱〟の二つ名を持つ火のトライアングルメイジ・キュルケへと向けられた。

「〝情熱〟と〝破壊〟が〝火〟の本領ですわ」

だが、当のキュルケはというと興味がなさそうな様子で爪の手入れを続けており、さらにその作業をやめぬまま気だるそうに答えていた。

「良いかね、ミス・ツェルプストー。情熱はともかく〝火〟とは破壊だけではないのですよ。戦いだけが〝火〟の見せ場ではない」

魔界において、火とは全てを焼き尽くす地獄の業火を象徴する。まさにキュルケが言った通りだが、コルベールはそれを否定している。

「で、その妙なカラクリは何ですの?」

「よくぞ聞いてくれました。これは私が長年の研究をかけて開発した装置です」

コルベールは卓の上に置かれた装置を腕を広げて差し、得意げに言う。

そして、彼は足でふいごを踏み円筒の横から杖の先端を差し込み、〝発火〟の呪文を唱えた。

ふいごを踏むことで円筒の中に気化した油が入り込むらしく、その油を発火剤として円筒の中で小さな爆発を起こした。

円筒の上に取り付けられているクランクが動き出し、車輪と風車を回転させる。回転する車輪は箱に付いている鉄の扉を開け、中から歯車を介して蛇の人形が飛び出てきた。

外に飛び出ては戻り、飛び出ては戻る。その動作を繰り返させる装置に取り付けられた様々な部品が忙しなく動き続けていた。

「ほう……」

コルベールが長年の研究をかけて開発したという装置を見て、スパーダは珍しく感嘆の呻きを漏らしていた。

「ほら、見てごらんなさい! この金属の円筒の中では気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いている! 

その動力により車輪と風車を回し、こうしてヘビくんが! 顔を出してご挨拶するのだよ!」

自分で作ったからくりだというのに、コルベールは子供のように興奮しはしゃぎながら装置について力説していた。

だが、それを見せられている生徒達はと言うと……誰一人として全く関心がなく白けた様子で見つめていた。

「で? それがどうしたって言うんですか?」

「今はこうしてヘビくんが顔を出すだけだが、この装置を応用した物を荷車に載せて車輪を回させる。すると馬を使わずとも荷車や馬車は動くのだ。

それだけではない! 船の両脇に大きな水車を付け、この装置を使って回せば帆を使わずとも大きな船を動かすことができる!

そしてさらに! 改良を重ねればこの装置は魔法を使わずとも動かすことができるのだ! 今はこうして火の魔法に頼っているが、断続的に点火できる方法が見つかれば半永久的に動かし続けることも可能となる!」

研究者としての血が騒ぎ、自らの研究の持論を熱心に生徒達に伝えるコルベール。

 

だが、スパーダを除き誰も彼の研究の素晴らしさに理解を示すものはいなかった。

「そんな物、魔法で動かせば済むことじゃないですか。何もそんなヘンテコな装置をわざわざ使わなくたって……」

「そうですよ。魔法の力があれば何も困ることなんてありません」

「魔法とメイジの力にも限界がある」

生徒達が口々に反論する中、生徒達とは異なる一人の声が上がった。

その鶴の一声に、生徒達の視線がスパーダへと向けられた。

 

コルベールはスパーダが意見をしてくれることに期待を膨らませていた。そして、ついに彼が動き出したことでさらにその思いは膨れ上がっていた。

自分の研究を彼はどう思ってくれているのか、楽しみで仕方がなかった。

 

スパーダもコルベールの研究は素直に素晴らしいものだと評価している。

非常に原始的ではあるが、紛れもなくあれは熱を利用した動力機関だ。人間界では何百年も前から技術そのものは存在しているが、未だ大きな発展はしていない。

一応、彼からは意見を述べて欲しいように頼まれていたため、約束通り自分の意見を話すことにした。

「如何に魔法と言えど、それを使うのは人間だ。そして、魔法を持続的に使えば当然お前達メイジの精神力は削られるだろう。

途中で精神力も尽きるか途切れる。それこそ、コルベールが言ったような馬車や船を動かそうものならなおさらだ。メイジでは長時間、それらを動かし続けることはできん」

「あら? だったら、数人がかりで協力するか交代して動かせば良いんじゃないかしら?」

キュルケが意見を述べるが、スパーダはさらに続ける。

「そのためには人員が多く必要になる。そもそも作業を交代するという行為そのものが効率が悪い。お前は一々、そんなことをしてまで馬車や船を動かしてみたいか」

「嫌よ。そんなことするくらいなら、普通に座ってる方がマシだわ」

他の生徒達もキュルケの言葉に同意したのか、渋い顔を浮かべていた。

「コルベールの研究はメイジが数人がかりで行うことを、将来はあの装置一つで為すことが可能となる。

燃料さえあれば途中で作業を中断させずとも長時間に渡って持続させられる。発展させれば燃料の消耗を抑えることもできるだろう」

魔界においても、〝永劫機関〟という魔力の動力源を用いて大規模な装置を動かしたりもするのだ。

装置を動かすのに多数の悪魔達を回せばそれだけ戦力も減ることを意味する。その手間を省くためだ。

「でも結局、その燃料が切れれば動かなくなるんじゃないかい?」

「それじゃあ大して変わんないよなぁ」

「やっぱり、魔法で動かした方が手っ取り早いよ。その燃料だって用意するのが面倒だし」

マリコルヌの他、数人の男子生徒達が異論を唱えた。

「スクウェアの風メイジ四人が一時間おきに交代し、全力の魔法で巨大なフネを飛ばしたとする。

それに対し、約六時間おきに樽一杯分の燃料を交換するあの装置一つで今言った規模のフネを長時間飛ばす……。

乗るのであればどちらが良い?」

 

スパーダの主張に対し、他の生徒達はもはや反論ができなくなってしまった。

ただ動かすだけという結果論だけであれば生徒達が言うように魔法を使えば手っ取り早い。

だがそれを断続的に作業を続けるというのであれば話は別だ。

確かに短時間で作業を中断して交代するより、長時間おきに交代した方が実に効率が良かった。

そもそも長時間、馬車や船を動かすのは退屈でならないだろう。途中で精神力が切れれば止まってしまう。

それに対し精神力も必要ないあの装置は、燃料一つで延々と馬車やフネを動かすことができる。

スパーダが述べると妙に説得力があり、生徒達は複雑ながらも納得するしかなかった。

だが、やはり彼らは魔法至上主義の環境で生まれ育ったのだ。

「魔法の方が便利に決まっている」「あんな鉄クズなんかに魔法が負けるはずがない」などと反論を抱く者は多かった。

 

(中々良い発想をしている)

魔法至上主義社会の中でコルベールのような考えを持つ人間がいることにスパーダは強い関心を抱いていた。

コルベールのメイジとしての魔力はトライアングル……しかもキュルケなど全く足元にも及ばないであろうほどの力を有していることをスパーダは感じ取っていた。

それはもはや、スクウェアクラスにも達しようかというほどのものであった。

それほどまでのメイジとしての力を持つはずの人間が、やがては魔法を使わず平民でさえも取り扱うことができる技術を生み出そうとしているのだ。

 

コルベールはスパーダが自分の研究をここまで理解してくれていることに心から満足した。

しかもここまで深く考察していることにはコルベール自身も予想していなかったため、逆に驚かされもしたのである。

きっと、彼の故郷ではこのような技術が広まっているのだろう、そう思い込んでいた。

「そう! 良いかね、我らの魔法は確かに便利かもしれない。だが、それだけで満足していてはいけないのだよ。

常に技術は進歩しなければならない。技術は魔法と違い、才能がなくとも全ての人間が平等に扱うことができる。我らの生活は更なる発展を遂げることになるだろう!」

拳を握り締め、コルベールが熱く語っていた時、教室の扉が開かれた。

 

「おお、ミス・ロングビル。どうしたのかね」

現れたのは今はオスマンの秘書として収まっている女性、ロングビルであった。

「ミスタ・スパーダがこちらにお出でになっているそうですが……」

知的な秘書としての態度を装っているロングビルが事務的に用件を告げてくる。

「彼ならそちらに」

「ミスタ・スパーダ。アカデミーよりあなたに客人が見えています。すぐに学院長室へと来てください」

(客だと?)

確か、アカデミーというのは王都トリスタニアに設置されている王立魔法研究所の略だったかと思う。以前、コルベールと意見交換をしている中で聞かされた。

新しい魔法の研究やマジックアイテムの解析などを行う研究機関らしいが、研究のためにはあまり手段を選ばない傾向があるらしく、学院長のオスマンもあまり信用していないらしい。

伝説の使い魔たるガンダールヴを引き渡そうものなら躊躇せず解剖するなどのことは行うらしい。

コルベールもまた、その機関に対してあまり良い思い出がないのか浮かない顔をしていたのを覚えている。

もっとも、時折マジックアイテムの保管を依頼されてもいるらしく、あの時空神像も元々はアカデミーとやらから預けられたものだというが。

……そんなアカデミーが、自分に直接用がある?

「おお、ついに来たのか。スパーダ君、すまないが学院長室へ急いでくれないかね。君のことを待っているはずだ」

コルベールはそのアカデミーからの来訪者が来るのを知っていたらしい。

自分に用件があるのならば行かないわけにもいくまい。スパーダはロングビルと共に教室を後にし、学院長室へと向かっていった。

「アカデミーから客人など初耳だ」

「私だって同じよ。何でもあなた達がアルビオンに出発した次の日に来ていたみたいよ。

でも、客の一人はアカデミーの主席研究員。私もひと月前に一度会っているわ。彼女はね……」

「言わなくて良い。直接会うまでだ」

 

 

 

 

コルベールの授業が始まる直前、学院の敷地内には一台の馬車が停まっており、オスマンが控える学院長室にはその馬車から降りてきた二人の貴族の女性が足を運んでいた。

一人は眼鏡をかけ、黒髪を後ろに束ねた20代半ばの女性。もう一人もまた眼鏡をかけている見事に美しい豊かな金髪を伸ばした理知的な魅力で溢れた女性だった。

20代後半ほどのその女性の目付きはとてもきつく、見るからに高飛車な印象を感じることができる。

「いやあ、済まないね。エレオノール君、ヴァレリー君。何度も足を運んでもらってな」

「いえ、お気になさらずに。それより、私の妹が戻ってきているそうですね」

労をねぎらうオスマンに対し金髪の女性、エレオノールは凛とした冷ややかな声でまるで気にした様子もなく用件を尋ねる。

「ああ、昨日アルビオンから戻ってきたばかりでな」

「そしてルイズの使い魔という、異国の貴族の男も戻ってきていると」

「うむ。彼は今、ミスタ・コルベールの授業に出ておるはずじゃ。ミス・ロングビル、済まないがミスタ・スパーダを呼んできてはくれんかね」

「かしこまりました」

オスマンの横に控えていたロングビルが秘書の態度を装ったまま軽く一礼をすると、学院長室を後にする。

「ヴァレリー、少し落ち着きなさい」

「だって、いよいよあのマジックアイテムが使われる所を見られるのよ?」

まるで子供のように弾み、浮き立っているヴァレリーを諌めるエレオノール。

ひと月も前、彼女が勤務しているアカデミーがこの魔法学院に預けていたマジックアイテム――それはとても奇妙な形をした黄金像。

エレオノールも何度かその像を調べてみたりしたのだが、威厳に満ちた声を発して何かを要求してくるだけであり、結局は詳細が分からなかった。

やむを得ずこの学院で預かってもらい、半月に一度定期調査に訪れていたのだ。

 

そして、つい先日もその定期調査で訪問した際、オスマン学院長やコルベール先生が朗報を伝えてきた。

「例のマジックアイテムの所有者が現れた」

そう。あのマジックアイテムを使えるという人間が現れたのだ。

時空神像という名を持つあの黄金像は魔法の秘薬を作ることができる物らしく、コルベールは実際にそれで作られたという秘薬を見せてくれた。

その秘薬を見て、エレオノールとヴァレリーは驚愕してしまった。

 

星の形をした緑輝く神秘的な石。

色は違えど、二人はその石に見覚えがあったのだ。

 

だが、その様子をすぐに見ることはできなかった。所有者が不在であるからだ。

そのため、所有者が戻ってきたらすぐに手紙をよこしてくれるようにオスマンに頼んでおり、昨夜その手紙が届いたのである。

そうした経緯もあり、エレオノールとヴァレリーは再びこの魔法学院へ足を運んでいたのだ。

 

(まったく、勝手にアルビオンに行ったりして何をしているの。ちびルイズ!)

これから時空神像とやらの力が見られるというのに、エレオノールは憤慨していた。

定期調査で学院に訪問する際、ついでにこの学院に在学している一番下の妹の成果を観察してやっていたのだが、相変わらず魔法は失敗ばかりのようだった……。

誉れ高いヴァリエール公爵家の娘だというのに、どうしてああもあの子は魔法の才能が無いのだろうか。ヴァリエール家の恥である。

だからといって、エレオノールは慰めたりはしなかった。あえて突き放してやることで、失敗を恐れさせずに前へ進ませてやるしかない。

エレオノールもまた、どうしてあの子が魔法が使えないのかを調べたりもしていたが、未だその原因は分からない。

 

姉がこうして影ながら手助けをしてあげているというのに、あの子は勝手に内乱中だったアルビオンへ赴いたというのだ。

しかも、オスマンやコルベールに問いただしてみると、姫殿下からの密命を受けたのだという。

昔から世話を焼かせる困った子だと思っていたが、本当にもう今度ばかりは許さない。一度、実家に連れ帰って母様と父様に叱ってもらうべきかもしれない。

その前に、自分からも厳しく言いつけなければならないが。

 

「それに、あなたの妹の使い魔だっていう、スパーダ? どんな殿方なのか、楽しみじゃない」

(スパーダとやら……どんな従者なのか、たっぷり拝ませてもらうわよ)

そんな妹が春の使い魔召喚の儀で、失敗せずに使い魔は呼び出せたらしい。

……まあ、そこは褒めてやるべきだが、その使い魔はどうやら人間であり、しかも遠い異国から来た平民出身の貴族なのだという。

使い魔ではなく従者として見ることになるだろう。オスマンやコルベールはそのスパーダという男のことを絶賛していたようだが、実際はどうなのか。

(あまり期待はできないわね……)

本当にあの子はちゃんとした使い魔も呼べないのか。エレオノールは頭を痛めてしまう。

 

そしてその使い魔が、時空神像の所有者だということをエレオノールは聞かされていた。

 

 

 

 

ロングビルと共に学院本塔の階段を登りきったスパーダは学院長室の手前までやってきていた。

「ミスタ・スパーダをお連れしました」

ロングビルが一度、呼び出しの言葉をかけてから扉を開け、中へ入るように促す。

スパーダは既に扉を挟んで二つの魔力の気配が伝わってきたが、学院長室へ足を踏み入れるとその気配ははっきりと感じられる。

土系統と水系統、それぞれ異なる性質であった。

堂々と入室すると目の前には金髪と黒髪の女性が二人、こちらを向いて立っている。

「では、失礼します」

礼儀正しく頭を下げ、外にいるロングビルは扉を閉めた。

 

ヴァレリーは現れたスパーダの端正な顔立ちと威厳に満ちた姿を見るなり、仄かに頬を赤く染めて嘆息を漏らしている。

対して、エレオノールは相手を威圧するかのような表情のまま腕を組み、仁王立ちをしていた。

スパーダも自分を睨みつけているエレオノールを冷たい瞳で見返していた。

「やあ、スパーダ君。授業中に来てもらってすまんのぅ」

「気にするな。アカデミーとやらからの客人はこの二人か?」

「あなたがルイズの使い魔を務めている異国の貴族、スパーダね?」

スパーダが顎で二人を指すとオスマンが答える前にエレオノールはいきなりずい、前へ出て尋ねてくる。

「そうだ」

ルイズの名前が出てきたことに少し怪訝そうに眉を顰める中、エレオノールはじろじろとスパーダの足先から頭まで視線を這わせていた。

スパーダを品定めするかのごとき辛辣な視線であり、平民はもちろんのこと、並の貴族の男でさえその視線に思わず身を震わせてしまうだろう。

約十数秒ほど互いに何も喋らず沈黙を続けていたが、スパーダは冷徹な表情と瞳を全く動かすことはなく、エレオノールもまたその冷たい視線に何も感じてはいないようだった。

 

(何で喋らないのよ)

(息苦しいの)

何とも気まずい雰囲気である。ヴァレリーはどうして良いのか分からず困惑するし、オスマンはため息を吐くばかりである。

やがてスパーダをまじまじと睨んでいたエレオノールは突然フンッ、と小さく鼻を鳴らした。

「平民上がりにしては、堂々としているみたいね。あの子がどこの馬の骨か分からない貴族を使い魔にしたと聞いていたけど……」

エレオノールは怪訝そうな表情で未だスパーダからきつい視線を外さなかった。

「使い魔のルーンを見せなさい」

 

(……あっ! これはいかんぞい!)

スパーダに対するその命令にオスマンは内心で慌てていた。

伝説の使い魔、ガンダールヴの存在をアカデミーにでも知られればスパーダは人体実験の研究材料として目をつけられてしまう。

あのアカデミーのことだ。コルベールも興奮して王宮に報告しかけたことをしでかすかもしれない。

極秘事項であるガンダールヴの存在をアカデミーや宮廷の馬鹿共に知られるわけにはいかない。

「ああ――エレオノール君。彼を調べるより、まずは君も自己紹介はせんといかんよ。君は実家やこの学院で挨拶をしないという礼儀を習ったのかね? 

ワシらはそのようなことを教えた覚えはないが」

間一髪、無言でスパーダが左手の手袋を外そうとした寸前にオスマンは話題を変えるべく話に割り込んだ。

恩師であるオスマンにそう言われ、ディティクトマジックもついでにかけようと杖を抜いていたエレオノールは渋々と杖をしまい、軽く咳払いをする。

 

「エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールです。

あなたのことはオールド・オスマンより聞かせてもらっているわ。フォルトゥナという異国の土地の領主だったそうね」

「もはや過去のことだ。君はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの親族か」

「その通りじゃ。エレオノール君はラ・ヴァリエール公爵家の長女でな。十年前にはこの学院を首席で卒業したのじゃよ」

スパーダの問いに対して答えたのは彼女ではなく、オスマンであった。

適当に話に割り込んでとっとと彼女達の用件を済ませ、使い魔のルーンの話をはぐらかしてやるのだ。

エレオノールがルイズの姉であることを確認したスパーダであるが、ふむと唸るだけで大して驚いていない。

「君が先も口にしたように彼女はトリステイン魔法アカデミーに所属する主席研究員なのじゃよ。それから、こちらはエレオノール君の同僚のヴァレリー君じゃ」

「ヴァレリー・ド・ローエンと申します。お初にお目にかかりますわ、ミスタ・スパーダ」

黒髪の研究員、ヴァレリーは恭しく頭を下げる。

「……それで、アカデミーの研究員とやらが私に何の用だ」

エレオノールはきつい眼差しを送りつつスパーダを見据えて両腕を組んだまま、肩を一度竦ませた。

 

「あなたはあの時空神像というマジックアイテムの持ち主だそうね?」

エレオノールからの問いに無言で頷くスパーダ。

「あのマジックアイテムはひと月ほど前、トリスタニアのアカデミーの入り口にいつの間にか置かれていたものなの。

でも、私達ではあの像については何の詳細を得ることはできなかったわ」

なるほど。時空神像がこのハルケギニアに分身の一部を放った先がたまたま、アカデミーの入り口だったわけだ。

あの分身は何の前触れもなく出現する。確かに、いきなりそんな物が現れれば誰だって驚く。

 

それからエレオノール達は時空神像をこの学院に保管してもらい、自分達が定期的にここを訪れて時空神像を調べていたそうだが、結局詳細は分からないという。

つい先日も来ていたということは先ほどのロングビルとの話で聞かされていたため、スパーダは彼女達の目的を理解した。

「あの時空神像とやらの正しい使い方を、あなたは知っているそうね」

「そうだな」

高圧な態度で尋ねるエレオノールに対し、何の迷いもなくスパーダは平然と答えていた。

時空神像を使用できるスパーダが戻ってきたため、こうして自分の目の前に現れたのだろう。

そして、実際に時空神像を使用する所や他の能力も知ろうというのだ。

「では、実際に見せてもらうわ。ヴァレリー、行くわよ」

「え、ええ」

無駄な長話はせず迅速に話を進めたエレオノールは同僚を連れ、先に学院長室を後にしていった。

何やらエレオノールは相当不機嫌な様子であったことにスパーダは僅かに顔を顰めつつも、その後をついていく。

ついでにオスマンも同行していく。またルーンの件を持ち掛けられればすぐにでも話を逸らしてやるつもりだった。

 

「ところで、スパーダ。あなたは先ほどまでミスタ・コルベールの授業に出ていたそうね?」

「ああ」

ヴァレリーでさえ〝ミスタ〟と敬称で呼んでいたのに対し、エレオノールはそうは呼ばずに呼び捨てだ。

どうやら彼女はスパーダのことを貴族としてではなく、ルイズの従者として見ているのだろう。彼女からしてみればスパーダは他の教師達と同様に異国から流れてきた没落貴族と同じなのだ。

それでも一応、名前で呼ぶのは異国とはいえ貴族に対する礼儀だろうか。

「ルイズの様子はどうだったの? 従者のあなたが授業に出ていた以上、あの子もちゃんと出席したのでしょう?」

「いや、部屋で寝かせてある」

「あたっ!」

階段を降りきった所でそう答えた途端、エレオノールは突如ピタリと足を止めていた。ヴァレリーは突然の停止に彼女の背中にぶつかってしまう。

「……何ですってぇ」

プルプルと肩を、いや全身を震わせるエレオノールから怒りのオーラが発せられているのをスパーダは感じ取っていた。

そのどす黒い怒りに満ちた低い声にヴァレリーの顔から血の気が引く。

エレオノールはキッ、と肩越しに振り返りスパーダを睨みつけた。間近で彼女の顔を目にしてしまったヴァレリーはびくりと竦み上がり、「ひっ」と声を漏らした。

 

それからドスドスと大股で、更に早足で歩を進めるエレオノールはルイズの部屋がある女子寮へと向かった。

「あら、あの像がないわ」

ルイズの部屋の前の廊下まで来ると、ヴァレリーが声を上げる。つい先日はこの廊下に時空神像が置かれていたはずだったのだ。

「ルイズの部屋の中だ」

「ちょうどいいわ……。ちびルイズ、たっぷりとお仕置きをしてあげるわ」

エレオノールのかけている眼鏡が窓の外から射し込んできた光に照り返され、キラリと光る。

「ああ、エレオノール君。君の妹は連日の任務で疲れ切っておるのじゃ。無理をさせては……」

「いいえ。たとえ姫様からの密命を勝手に受けたとしても、ラ・ヴァリエール家の娘を怠けさせる訳にはいきません!」

オスマンからの諌止をいなしたエレオノールはルイズの部屋の扉を乱暴に開け、ずかずかと中へ入っていく。

スパーダ達、他の三人は扉の外から中の様子を見届けていた。オスマンとヴァレリーは哀れみの表情を浮かべている。

 

(な……何て、行儀が悪い寝方をしてるの? 起きられないだけでなく、こんな……)

エレオノールが部屋に入ってまず目に飛び込んだのは、制服の姿のままベッドの上で横になっている、一番下の妹の姿であった。

すやすやと気持ち良さそうに眠っているルイズの姿が、エレオノールからしてみれば実に無作法で見苦しい姿だった。

主をフォローするのが使い魔の役目だというのに、あのスパーダという男は何をやっていたのだ。主を放って自分だけが授業に出るとは……。

普段から気性の激しく表情もきついエレオノールの顔は、妹の醜態を目にして一層苛烈なものとなっていく。

 

乱暴に自らの杖を振り抜くとルイズの体がふわりと宙に浮き、ベッドの横へと移動させ――

 

「ぎゃんっ!」

 

魔法の念力で浮かべていたルイズの体を床の上へと落とし、叩きつけられたルイズが何とも言えない悲鳴を上げた。

「い……痛たた……。何なの……」

「お目覚めかしら? おちび」

いきなり何が起きたのか、まだ意識がはっきりとしないルイズの耳に入ってきた低い声。

まだ寝惚けているとはいえ、その聞き覚えのある声にルイズの表情は徐々に青ざめていく。

本来ならここにいるはずのない人物。ルイズが決して頭の上がらず、逆らうことのできない人物の一人。

……いやでもしかし、いくら何でもここにいるはずは――

「いだっ! ひだだだだっ!」

「ちびルイズぅ! ラ・ヴァリエール家の娘ともあろうものが、こんな醜態を晒すなんてぇ!! あなたには貴族としての自覚がないのぉ!?」

床の上で座り込んだままの寝惚けるルイズの頬を抓り上げ、先ほどから溜めていた怒りを解き放つエレオノール。

「や、やべでぐだざい、おねえざばぁ~」

ようやく状況を理解したルイズは、必死に懇願する。

「オスマン学院長から全て聞いたわよ!? あなたったら私達に何の相談もなく勝手なことをして!! 戦時中のアルビオンに潜入!? いつもいつも世話の焼ける子だわ!」

 

「あーあー、お可愛そうなルイズ……」

「本当じゃの……」

姉妹のコミニュケーションを外から眺めていたオスマンとヴァレリーは溜め息を吐きながら首を横に振った。

「This's a woman of violent temper a great deal.(ずいぶんと過激な女だ)」

スパーダも普段見ぬルイズの姿を目にし、激しい仕打ちを与える姉に対して思わず呟く。

「で、でぼ……あれはひべざばが……」

「いくらアンリエッタ姫殿下があなたに密命を頼んできたからといって! そんな勝手なことをして良いと思ってるの!?」

正確にはあの任務は一度、ワルドに対して密命を託したものであり、ルイズはその助手という形で付いていったのだ。

もっとも、ワルドが裏切り者であった以上、任務の責任者はあの時点でルイズに移っていたわけだが。

「そして、スパーダ!!」

ルイズから手を放し、振り向いたエレオノールの怒りの矛先がスパーダへと向けられる。

いきなり指を差されたスパーダはずかずかと自分の前まで歩み寄ってきたエレオノールによりきつく激しくなった眼差しで睨まれる。

「あなたがルイズの使い魔であるなら、主の行動をフォローするのが役目のはず! それなのにルイズをアルビオンに行かせたりして!」

あの時、ルイズに密命を託そうとしたアンリエッタをスパーダは咎め、結果的にルイズが直接密命を受けることはなくなった。

もしもスパーダがそうはせずにルイズが直接任務を受ければ、自分の力量も考えずに勢いだけでアルビオンへ赴き命を散らしていただろう。

スパーダなりにルイズの行動はフォローしたつもりだ。結局はアルビオンへ行くことになったがどちらにしろパートナーであるルイズを護衛してやったのだ。

「まあまあ、エレオノール君。君の妹はこうして無事に帰ってきた。それはスパーダ君が彼女を命がけで守ってくれたからじゃよ。

主を守るのは使い魔の役目。それはしっかりと果たしておる証拠ではないか」

「むぅ……」

オスマンに諌められ、エレオノールは怒りを徐々に鎮めていく。スパーダに怒りの視線は向けたままだったが。

そして、当のスパーダはこれほどまでに気性の激しい女に睨まれても全く動じていなかった。悪魔である彼にとって、この程度の威圧など全く意味がないのだった。

「まあいいわ。どこの馬の骨か分からない没落貴族とはいえ、ルイズを守りきったことは感謝するわ。今度からもしっかりルイズのフォローを務めなさい。何かあったら許しませんからね」

「Yeah.(分かった)」

相当に高圧的な態度であったが、その言葉と感情の裏側には紛れもなくルイズのことを心配する姉としての心遣いがあることをスパーダは察していた。

ああして頬を抓り上げたりしてきつい物言いはしていたが、別に妹のことは嫌っているわけではないのだ。

「ルイズ。近いうちに父様や母様に叱ってもらいますからね。覚悟しておきなさい」

「は、はいぃ……」

すっかり姉の気迫に呑まれて縮み込んでしまうルイズ。

 

「で、でも……どうしてエレオノール姉さまが……」

抓られて赤くなった頬を押さえながらルイズは恐る恐る話しかける。

「ああ、そうそう。忘れる所だったわね」

エレオノールはようやく、部屋の中に置かれている時空神像の存在に気がつき、その傍へと寄っていく。

ようやく本題に入れるということでスパーダ以下、オスマンとヴァレリーもルイズの部屋へと入ってきた。

「さぁ、では見せてもらおうかしら。スパーダ」

腕を組むエレオノールが顎で命ずるとスパーダは懐から、自分の魔力の一部としていたレッドオーブをいくつか取り出した。

スパーダの手の上に乗るレッドオーブにエレオノールとヴァレリー、そして初めて見るルイズも目を丸くしていた。

「それはコルベール先生やオスマン学院長の話によれば、血液を魔力で結晶化させたものだそうね。あなたの故郷の技術で作られたと聞くわ」

「そうなるな」

天然のレッドオーブは悪魔達が流す血が悪魔自身の魔力と合わさることで生み出されるものだ。人間の血からでも作ることはできるが、悪魔の血液で作られた物に比べれば純度も大きさも著しく劣る。

スパーダはそれらを時空神像に捧げると、レッドオーブは掲げる砂時計の中へと吸い込まれていった。

 

『汝、魔族の血を捧げし者よ。我に何を望む』

 

時空神像から響く威厳に満ちた声にエレオノールとヴァレリーは一瞬、竦み上がった。

以前は『我は時の傍観者なり』『我に魔族の血を捧げよ。さすれば、我の記憶、古の力と知識を授けん』という風に何か要求してきたので、新たな返答に驚いていた。

「さて、どうしたいのだ?」

「何でも良いわ。それで秘薬が作れるのでしょう?」

では、オーソドックスにバイタルスターを……いや、たまには別の物でも作ってみるとしようか。

「ホーリースターを一つ頼む」

スパーダの要求に対し、時空神像の砂時計の中から青い光が出てくるとスパーダはそれを掴む。

 

『汝、魔族の血を捧げし者よ。浄化の力の欠片を受け取るが良い』

 

スパーダの手の上には、ちょうど赤子の手と同じほどの大きさをした青色に光る星の形をした石が乗っていた。

その石を目にして、エレオノールとヴァレリーの表情が驚愕の色に染まる。

「ど、どうしたのですか? 姉さま」

姉が驚く姿を見て思わず尋ねるルイズ。

「これって、あの時の……」

「そうよ。やっぱりあれもこれで作られたのよ」

エレオノールとヴァレリーがホーリースターを目にして目を見張らせて驚嘆していた。

「スパーダ、それはどんな効果があるの?」

「ホーリースターは浄化の力を宿す霊石だ。肉体を侵している毒を浄化し、正常な状態に戻すことができる」

つまりは解毒剤のようなものなのだろう。

「何故、君達はこれの存在を知っている」

スパーダからの問いに対し、エレオノールとヴァレリーは顔を見合わせた。エレオノールは何故か気まずそうな表情であり、ヴァレリーを睨みつけている。何かを喋らせるのを制しているようだ。

やがて小さく咳払いをしたエレオノールが、

「私達は先日、ある男からその秘薬を貰ったの」

「ほう」

「使い方はその男から少し聞いていたのだけれど、今までにそんな能力のある秘薬なんて見たことも聞いたこともなかったのよ。

でも、こうしてあなたが作ってくれたおかげでようやく納得したわ。それも異国の技術で作られた秘薬なのね」

感嘆とした表情でエレオノールは時空神像を見やる。

「それにしても対したマジックアイテムね。こんな秘薬をこうも簡単に作ってしまうなんて。一体、どういう仕組みで秘薬を作っているのかぜひ聞かせてもらいたいわ」

「エレオノール姉さま。その秘薬はどんな男から貰ったのですか?」

ルイズが尋ねると、何故かエレオノールは羞恥心で染まった表情を浮かべるなりルイズをきつい目付きで睨みつけた。

いきなり姉に睨まれ、びくりと恐怖するルイズ。

「あなたは余計なことを聞かなくても良いの! ちびルイズ!」

「……その男と会ったのはいつだ?」

スパーダは彼女達が出会ったという男について気になった。

ホーリースターを持っていたということは、そいつは恐らくハルケギニアの住人ではない。

まさかとは思うが……。

「ええと、三日前の夜だったかしら。その時に――」

「ヴァレリー!」

余計なことを喋ろうとしたヴァレリーを睨みつけるエレオノール。

あの時のことを知られるわけにはいかない。そうなれば、自分が晒したという醜態をルイズに知られることに……。

「三日前の夜、だな」

納得して頷いたスパーダは再び時空神像にレッドオーブを捧げる。

「何をするつもり?」

「エレオノール姉さま。これはマジックアイテムを作るだけじゃないんです」

時空神像のもう一つの能力を見たことのあるルイズはしたり顔を浮かべて言った。

ルイズの言葉にエレオノールは首を傾げた。

 

『汝、魔族の血を捧げし者よ。我に何を望む』

 

「お前が見た彼女達の記憶を見せてもらう。時間は三日前の夜間だ」

 

『承知した』

 

スパーダからの要求に対し、時空神像の砂時計から光が壁に向かって放射されていく。

「おお、何と……!」

ずっと傍観していたオスマンも見たことがない能力を発揮する神像に驚いていた。

エレオノールとヴァレリーは怪訝そうに光が放射される壁を眺めていた。

 

そして、壁には三日前にエレオノールとヴァレリーの身に起きた出来事が鮮明に映し出されていく……。

 

酒場でヤケ酒を呷るエレオノール、その隣に座る平民らしき青年、その青年に担がれて酔い潰れたエレオノールは運ばれ、最終的にヴァレリーへと引き渡された。

「な……! な……!」

映し出される映像を目にしてエレオノールは目を点にして固まっていた。

自分はこんな醜態を晒していたというのか。酒を飲んだということしか覚えていなかったエレオノールは翌朝、ヴァレリーから伝えられたことで知ったのだが、それを聞いて自分はとんだ醜態を晒してしまったとあれから恥ずかしくてしばらく外にも出られなかった。

しかもあんな平民の世話になってしまっただなんて、ヴァリエール家の娘としてとんでもない恥だ。

初めはその事実を受け入れなかったエレオノールだが、その平民の男から渡された秘薬……スパーダが今作ったホーリースターを見せられ、認めざるを得なかった。

ちなみに酷い二日酔いのために体を起こすことすら間々ならなかったが、ホーリースターを使うことでエレオノールの二日酔いは嘘のように治ってしまったのだ。

こういった件で秘薬の効能を知ったエレオノール達だったが、この話は二人だけの秘密にするはずだった。

 

……そう、〝はずだった〟のだ。

 

「……エレオノール姉さま。バーガンディ伯爵との婚約、破棄されたのですか?」

「お、お、お黙り! ちびルイズぅ!」

何の気無しにルイズが尋ねると、エレオノールは顔を真っ赤にして癇癪を上げていた。

逆上するエレオノールを見て、オスマンはやれやれと呆れたように首を横に振る。昔から彼女はこんな感じだったのは未だに変わらないらしい。

「ひだい! ひだいでず! おねえざばあ!」

「スパーダ! この映像を早く消しなさいぃ! これ以上、わ、わ、わ……私の秘密を、醜態を……!」

生意気な口を利くルイズの頬を抓り上げながら命ずるエレオノールだが、スパーダは顎に手をやり映像を目にしたまま黙り込んでいた。

 

――待ちなさい、平民。一応、名前を聞いておくわ。

 

――モデウスです。

 

(奴が、ここに……)

彼女達が出会ったという男の姿にスパーダは珍しく驚いた表情を浮かべていた。

背中まで長く伸ばし、右目を前髪で隠す黒い髪。三十直前だが青年としての面差しが強く残り気品に満ちた端正な顔立ち。

その身に纏うのは燕尾に分かれた漆黒のロングコート……。

これらは、悪魔としての仮初の姿に過ぎない。

 

「スパーダ君、この男を知っているのかね?」

オスマンはスパーダが懐かしそうに映像に映し出される黒ずくめの男を見ているためにすぐにそう察していた。

「何ですって? この平民はどこの誰なの!? スパーダ、正直におっしゃいなさい!」

ルイズから手を放したエレオノールがスパーダに詰め寄るが、本人はエレオノールの言葉など耳に入っておらず映像を眺め続けていた。

やがて、男が夜の広場から立ち去っていった所で映像が消えていく。

「ミスタ・スパーダ? あの平民はあなたの知り合い?」

「……そうだ」

「どこの誰なの! さっさと……」

「私の弟子の一人だ」

激しく詰め寄るエレオノールを無視してスパーダは呟いていた。

「で、弟子って……スパーダ、他にも剣を教えている人がいたの?」

更に赤く腫れ上がった頬を押さえてルイズは問うた。

スパーダが教えるのはギーシュ達のように剣術だ。つまり、このモデウスという男はスパーダから剣を教えられた剣士ということになる。

だが、スパーダは悪魔だ。と、いうことはこの男ももしかしたら悪魔だということに……。

「ああ。私の一番弟子だ」

 

モデウスは魔界でも相当に名を馳せている上級悪魔であり、〝黒騎士〟の二つ名を持つ剣豪だ。

そして、スパーダが魔界にいた頃、魔帝ムンドゥスの右腕として仕えながらも、スパーダは見込みのある悪魔の双子に自らの技を教え込んだことがあった。

それがこのモデウス、そしてもう一人が〝白騎士〟バアルという上級悪魔。モデウスはバアルの弟だ。

特にモデウスは天性の才能を持った剣の使い手であり、将来はスパーダの後継者となるかもしれないと称されるほどの素質があったのだ。

バアルはモデウスには今一歩及ばないものの、悪魔の実力としては申し分はなく何千もの悪魔達を斬り伏せるほどの力はあった。

 

スパーダがかつて、魔界と決別する際に二人の悪魔とある誓いを立てた。

 

――互いの志を貫き、生きていこう。

 

スパーダは人間達のために剣を振るい命ある限り守っていくことを誓い、モデウスとバアルは魔界にも人間にも組することもなくいつかまた三人で剣を交えよう、と誓った。

 

あれからもう1500年以上も経つが、二人がどうしているかはスパーダでも分からなかった。

だが、モデウスはどうやらこの異世界に足を踏み入れていたようだ。

(どうやって、ここへ来た?)

だが、モデウスがこうして堂々とハルケギニアにいるということはやはりこの世界のどこかに魔界と繋がっている扉か何かがあるということになる。

……もしも会う機会があれば、再会も兼ねて本人から直接聞いてみるとしよう。

 

「ミスタ・スパーダの弟子? 何か教えてらっしゃるのかしら」

「おお、彼は異国では剣豪として名を馳せておったのじゃ。恐らく、魔法衛士隊が束になっても敵わんじゃろうな」

「あら、それほどまでに?」

オスマンが楽しげに答え、ヴァレリーは子供のように目を輝かせてスパーダを見た。

だが、その言葉にエレオノールが反論する。

「嘘おっしゃい! いくら異国で名を馳せたと言っても、所詮は平民でしょう? 平民上がりの貴族が、メイジに勝てるわけ――」

「エレオノール姉さま」

突如、低い声で呟いたルイズ。

今までにない毅然とした態度と声を発する妹にエレオノールは呆気に取られ、そしてその気迫に珍しく押されていた。

 

「スパーダはわたしのパートナーでございます。それを侮辱することは、わたしを侮辱することに他なりません」

自分に杖を突きつけてきた妹の姿に、エレオノールは愕然とした。

ついさっきまで自分には頭も下がらなかったはずのルイズが堂々と反発し、そして杖を向けている。

普通ならあり得ない光景、そして妹が豹変したことにエレオノールは顔を顰めていた。

いつもならこうして自分に反論してきた妹を叱りつけ、そして頬をつねり上げてやるのだが、あまりの気迫の強さにそれができない。

何がこの子をここまで変えたのだ? ……まさか、このスパーダが。

 

「ホッホッ……エレオノール君。君の負けじゃよ。スパーダ君は確かにメイジではない。だが、彼はワシらなんかよりもずっと貴族と呼ぶに相応しい男じゃぞ? 侮ってると恥をかくぞい」

プルプルと肩を震わせるエレオノールに対し、オスマンが諭した。

「……失礼したわね。スパーダ」

高慢な態度は変えないが、とりあえずスパーダに詫びるエレオノール。

当のスパーダ自身は自分に対する侮辱に何も気にしてはおらず無言のままだった。

(モデウス……バアルよ……誓いを果たす時が来たようだな)

 

 

 

 

時空神像は本来、アカデミーから預けられたものなので使用法が分かった以上、もう学院に保管しておく必要はなかったのだが、スパーダでなければ使えないために今後も学院に置かれたままとなることになった。

そしてエレオノールからしてみれば、自分の秘密を勝手に映し出した忌まわしい像などもう二度と見たくもなかったのである。

「いいこと? あれは見なかったことにしなさい」

学院の門の前で馬車に乗ろうとするエレオノールはルイズを睨みつけ、念を押す。

先ほどまで姉に歯向かっていたはずのルイズだったが今となってはその勢いも失せて言われるがままに頷いている。

「それから使い魔を頼らずとも今後はちゃんと自分の力で起きなさい。先生達の話もちゃんと聞くのよ?」

「は、はい……」

「スパーダ。ルイズの従者である以上、その子はしっかりと守りなさい。もしも何かあったら許しませんからね」

最後にスパーダにも苛烈な視線を向けるが、相変わらずスパーダは冷徹な表情のままエレオノールを見返していた。

その後、エレオノール達の乗る馬車は学院を後にし、トリスタニアへ続く街道を走っていく。

馬車が見えなくなるまで、二人はその後を見届けていた。

「ねぇ、あのモデウスって男……彼も悪魔なの?」

「ああ、魔界と決別してからずっと会っていない」

平然と答えるスパーダにルイズは馬車が去っていった方を半眼で眺めた。

「……それにしてもエレオノール姉さまったら、まさか悪魔の世話になるなんてね」

だが、あのモデウスという男はとても優しそうな顔をしていた。あれで悪魔だと言われても何だか信じられない。

「ねぇ、そんなに長く会ってないなら一度会ってみたら? スパーダの一番弟子なんでしょう?」

「どこにいるのか分からん」

「あの時空神像で分からないの?」

「あれは過去に記憶した物を私達に教えることしかできん」

学院の本塔へと歩を進めながら二人は会話を交わし続けていた。

「しかし、君に姉がいたとはな。初耳だ」

「エレオノール姉さまの他にもう一人、ちい姉さま……カトレアという人もいるのよ。ちい姉さまはとても優しいの。小さい頃は一緒にベッドに入って寝たりもしたし、昔からあたしのことを可愛がってくれたわ」

「……彼女は違うのか」

スパーダの問いに、ルイズの顔が曇る。

「スパーダも見たでしょ? エレオノール姉さまは……とっても厳しいのよ。昔から何かとああしてあたしの頬をつねったりするの」

「だが、君を嫌っているわけではあるまい」

「そうかしら……」

どうやらルイズは長女がしっかりと自分を心配しているということを自覚していないらしい。

まあ、無理もあるまい。表面上はあそこまで苛烈であり、時には乱暴な手段にも打って出るのだから。

「ねぇ、スパーダ。さっき作った……えーと」

「これがどうかしたか」

スパーダは懐から作ったばかりのホーリースターを取り出す。

「それ、病気を治すこともできるの?」

「何故、そんなことを聞く」

「ちい姉さまは昔から持病で体が弱いのよ。お医者様にも原因が分からなくて、未だに治っていないの。おかげで領地から一歩も外に出たことさえないのよ」

「無理だ。これはあくまで肉体を明確に侵している毒物を消すことしかできん」

「……それじゃあ、あの時空神像で病気に効く秘薬は作れないの?」

「可能だろうが、そもそも病状が分からなければこちらも作れん」

即座に返答してくるスパーダに対し、ルイズは渋い顔をした。

何もそこまではっきりと言わなくても……。

ハルケギニアとは違う異世界の技術に少し期待していたのだが、がっかりしてしまった。

 

 

昼頃にはトリスタニアの町へ戻ってきたエレオノール達は入り口で馬車を降り、一路アカデミーへと歩を進めていた。

楽しげなヴァレリーに対し、エレオノールは馬車の中から今でも不機嫌なままである。

「ミスタ・スパーダ。中々、良い殿方だったわよね」

「ふん、どうかしら……」

平民上がりだったとはいえスパーダは貴族としての風格は備えていたことは確かだろう。

それに何というか、どことなく幼き日に目にした父の若い頃とよく似た面差しであった気がする。髪の色こそ違うがモノクルを付けていたし、威厳に満ちていた。

だが、如何に貴族としての風格と威厳があろうと彼はメイジではない。異国のフォルトゥナから来た貴族だろうが、魔法が使えなければやはり貴族とは言えないのだ。

それなのにルイズときたら、彼を貴族として認めているようだ。

……何だか無性に腹が立つ。

こっちは婚約を破棄されたというのに、ルイズはいつの間にかあんな男と共にいるのだ。

しかも没落貴族であるということを省けばヴァレリーの言うとおり、かなり整った顔立ちである。

もっとも使い魔であり従者である以上、彼はルイズとはそれ以上の関係にはならないはず。

 

……ならない、はずだ。

あの男はあくまでルイズの使い魔であり、パートナーなのだ。いくら何でも、自分を差し置いてそんなことは。

それにルイズがスパーダを見ていた目は男としてではなく、どちらかと言えば父親を見るようなものだった気がする。

「エレオノール?」

「何よ。とっととアカデミーに戻るわよ」

考えるだけで苛々してくる。早く研究室に戻ってこんな思いは捨て去ってしまいたい。

「そうじゃなくて、あれ」

「え?」

ヴァレリーが指差すのは、ブルドンネ街の裏通りに続く路地の入り口。確か、あの先にはビエモンの秘薬屋があったはずである。

そこから現れたのは、蛇の絡み合う意匠が鍔に施された細身の黒い大剣を背負う黒ずくめの男。

エレオノール自身は全く記憶がないのだが、数刻前に見せ付けられた映像に映っていた平民の男。

そして、妹が従える使い魔の弟子であったという男。

確か名前は――モデウス。

「彼じゃない? この間、世話になった平民」

「……そこの平民!」

エレオノールは不機嫌に引き攣らせていた顔を羞恥に染めてずかずかと歩み寄り、高圧的に声をかける。

路地で何かいざこざでもあったのか、モデウスは自らの胸を手で払っている最中だった。

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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