魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 28 <ラグドリアンを侵す者>

 

「スパーダ! モンモランシーなんかに何の用があるの!? あたしだけを見てって言ったじゃない!」

翌日の早朝、誰よりも早く起きたはずのスパーダは自分から離れようとしないルイズを引き連れて女子寮のモンモランシーを起こしに来ていた。

ノックをしてモンモランシーが出てくるなり、ルイズはさらに喚きだす。

「……相変わらず苦労しているのね」

「すぐに用意しろ。出発する。……それと、眠りのポーションか何かはあるか」

他人事のように呟くモンモランシーであるが、スパーダは用件だけを伝えて促すと同時に要求した。

「一応あるけど、どうしてよ? ……まさか、ルイズ達も着いてくるって言うんじゃ」

「あたしはスパーダから離れないわ! ずっと一緒にいるの!」

がしりとしがみつくルイズの姿を見て、モンモランシーは納得したようにうな垂れる。

自室の棚の中から不眠解消用に作っておいた眠りのポーションの瓶をポケットに押し込んでいた。

「一応、持っていくか……」

スパーダはついでにルイズの部屋へ戻ると破壊の箱こと――災厄兵器パンドラも持っていくことにする。

「ミス・ロングビルはどうしたの?」

「置いていく。気にするな」

まだ眠りに就いたままなロングビルは既にホーリースターの一つを使って精神的治療は済ませているのだ。

正気を失った二人をまとめて連れて行っては昨日のように争い合って、大騒ぎになっていたことだろう。

とはいえ、そのルイズ自身がこのような状態では騒がしいのは収まらないだろうが。二人いるよりはマシである。

 

次にスパーダ達はギーシュを起こしに本塔の男子寮へ向かう……ことはなかった。

ドッペルゲンガーを分離させて眠っているギーシュを正門前に連れ出すように命じており、既にその命令は果たされていた。

「ちょっと、ギーシュ。何でこんな所に寝ているのよ?」

「う~ん……むにゃむにゃ。モンモランシー……だめだよ。……こんな所で」

一体、どんな夢を見ているのか。寝言を口にするギーシュに顔を羞恥に紅潮させたモンモランシーはギーシュの体を蹴りつけた。

「ぐはっ! な、な、な、何だい!?」

「さっさと起きなさいよ!」

寝ぼけ眼で飛び起きたギーシュに、モンモランシーが話しかける。

「あ、あれ? どうしてこんな所に……」

状況が理解できないギーシュはきょろきょろと辺りを見回すが、大柄なトランクを担ぐ師匠のスパーダと惚れ薬を飲んでしまったルイズを目にすることでようやく覚醒した。

もっとも、ルイズはつい先ほどモンモランシーの眠りのポーション……正確にはお香のようなものだが、それを使うことで眠らせている。スパーダに体を抱きかかえられたまま深い眠りに落ちていた。

「起きたな。では、出発する」

「出発って……馬はどうするのよ? ここから歩いてなんて何日もかかっちゃうわよ。馬でさえ半日はかかるのに」

ギーシュを一瞥したスパーダが言うと、モンモランシーは彼に食ってかかる。

だが、スパーダは右手を前に突き出すと掌から現れた蒼ざめた光球を浮かべだした。

その光球はゆっくりとスパーダ達の目の前で浮遊していたが――

 

――ヒヒィーーーンッ! 

 

「うひゃあっ!」

「きゃあっ! 何ぃーーー!?」

ゆらゆらと浮かんでいた光球がたちまち大きくなり、巨大な蒼ざめた馬へと変わってしまったのだ。

二人は先日、ゲリュオンが暴れる所を目撃していなかったため、初めて目にする威圧感溢れる巨体の幻獣の姿に唖然とした。

「モ、モンモランシー! 僕の後ろに下がるんだ!」

即座に立ち上がったギーシュは蹄を鳴らしているゲリュオンの前に立つと、造花の杖を振り上げた。

「あだっ!」

「落ち着け。害はない」

スパーダの閻魔刀の鞘がギーシュの頭を小突く。

既にスパーダを主としているゲリュオンは、自らの意思で暴れるようなことはない。

ゲリュオンの足はそこらの馬よりも速いので、より早くラグドリアン湖に到着するはずだ。

スパーダはゲリュオンが引いている馬車の荷台にルイズを乗せて席に腰を下ろした。

「……い、一体何なのよ。あなたの師匠は……」

「はは……か、彼はとても偉大な男なのさ」

乾いた笑みでモンモランシーの言葉を受け流すギーシュ。スパーダが悪魔であると、正直にいうわけにもいくまい。

 

――ヒヒィーーーンッ! 

 

高く嘶いたゲリュオンは、一行を乗せた馬車を引いて駆け出した。

「きゃああっ!」

「うわっはぁ! すごいな! これは!」

朝の草原を力強く駆ける〝妖蒼馬〟ゲリュオンの上でギーシュとモンモランシーは歓声を上げた。

こんな大きな馬車を引きずっているというのに、その速さは馬などとは比べ物にならない。それどころか魔法衛士隊が乗っている幻獣さえも凌ぐ。

あまりの爽快さに思わず二人は楽しくなってしまっていた。

 

 

馬で約半日という距離を、ゲリュオンはその半分に満たない時間で到着することに成功した。

ただ速いだけでなく、ゲリュオンの空間干渉能力によって本来ならば自由に走れないはずの鬱蒼と茂った森の中であろうと、亜空間を移動することで何の苦もなく走り続けたのだ。

トリステインの南方、大国ガリアとで挟まれている場所に位置するラグドリアン湖は600万平方キロメイルにもなる巨大な湖である。

比較的高地に位置するこの場所は周囲が緑豊かな森に囲まれ、さらに澄んだ湖水が織り成すコントラストによってまるで絵画のように美しい光景であった。

 

昼過ぎの陽光を受け、宝石のように輝く湖の少し手前の丘の上で一行を乗せたゲリュオンは停止していた。

何故なら、既に目の前は湖の岸辺であったからである。

ゲリュオンの馬車から降りたモンモランシーは怪訝な表情でじっと湖面を見つめていた。

スパーダはゲリュオンを魂に変えて体内に戻すと、周囲を注視するように見回している。

「これが音に聞こえたラグドリアン湖か! いやぁ、なんとも綺麗な湖だな! ここに水の精霊がいるのか! 感激だ!」

一人、旅行気分のギーシュは初めて目にするラグドリアン湖を前に浮かれ、はしゃぎ回っていた。

「変ね……水位が上がっているわ。ラグドリアン湖の岸辺はもっと向こうのはずなのに……」

「村も水没しているな」

スパーダが顎で指した先、湖面にはここら一帯の村のものであろう藁葺きの屋根が見えた。

立ち上がったモンモランシーは困ったように首を傾げる。

「どうやら水の精霊はお怒りのご様子ね」

「君は水のメイジだったな」

「そ、我がモンモランシ家は代々トリステイン王家とここに住む水の精霊とを旧い盟約で結びつける交渉役を務めていたんだから」

腰に両手を当て、どこか得意げに語るモンモランシー。そこにスパーダから厳しい一言が突き刺さる。

「だが、今は他の貴族がその任を預かっている」

その言葉にがっくりと力なくうな垂れるモンモランシー。

「……そう。あたしが小さい頃、父上が領地の干拓を行なう時にここの精霊に協力を仰いでもらったわ。でも、父上ったら失礼な態度を取ってしまって、精霊を怒らせてしまったのよ。おかげで我が家は事業に失敗して、今じゃ領地の経営が苦しいの。……だから水の精霊は怒らせるとただじゃすまないわ」

「それで交渉はできるのか」

「うん。ちょっと待って、って……何をやっているのギーシュは」

見ると、はしゃいでいるうちに足を滑らせ湖の中に落ちて溺れかけているギーシュの姿がそこにあった。

「た、助けて! 僕は泳げないんだよ! モンモランシー! スパーダ君! 助けてくれ!」

ばしゃばしゃともがきながら必死に助けを求めていた。

その情けない様を目にし、モンモランシーは頭を抱えた。

「……付き合いを変えた方がいいかしら」

「さてな」

 

湖から何とか這い上がってきたギーシュを無視し、モンモランシーは腰に下げていた袋から何かを取り出す。

それは鮮やかな黄色い体に黒い斑点がいくつも散っている一匹の小さなカエルであった。

モンモランシーが従える忠実な使い魔、ロビンである。

「いいこと、ロビン? あなた達の旧いお友達と連絡がとりたいの」

掌の上に乗るロビンにそう命じ、モンモランシーはポケットから針を取り出すとそれで自らの指先を突いた。

赤い血の玉が膨れ上がり、その血をロビンの体に一滴垂らす。

「血による契約か。中々高等なものを使うのだな」

「そうよ。これで相手はあたしのことが分かるはずだわ。覚えてればだけど」

指先の傷を魔法で治療し、モンモランシーはロビンに再び顔を近づけた。

「それじゃあロビン、お願いね。この湖に住まう旧き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主の一人が話をしたいと告げてちょうだい」

ロビンは小さく頷き、ぴょんと跳ねて水の中へと消えていく。

 

「でも、そう簡単に水の精霊が交渉に応じてくれるかしら」

「クビになったとはいえ代々、水の精霊との交渉役を務めていた一族だ。しっかりやれ」

モンモランシーの肩をポン、と叩くスパーダの注意は湖などではなく、周囲へと向けられていた。

この場に僅かに残されている魔力の残滓……そして、異様な禍々しい気配。どうやら、これから一悶着がありそうだ。

「あーっ!」

突然、後ろの方から叫び声が響いた。

眠り薬の効き目が切れたルイズが目を覚ましたのだった。

スパーダとその傍にいるモンモランシーを指差すなり、ずんずんと近づいてくる。

「他の女の子と一緒になっちゃだめって言ったじゃない! 離れてよ! モンモランシー!」

「え? ちょっと! きゃあ!」

ドン、とモンモランシーはルイズに突き飛ばされて湖の中に落とされてしまった。

「ああっ! モンモランシー!」

ずぶ濡れになった服とマントの水を搾り出していたギーシュが再び飛び込み、モンモランシーを救おうとするが……。

「うがばぁ! 助けてぇ! ガボガボ……」

「泳げないくせして何やってるのよ!」

逆に水泳が得意なモンモランシーに助けられ、岸に上がった二人はびしょ濡れになってしまった服の水を搾り出していた。

 

そんな二人を尻目にルイズはスパーダに縋るように抱きつき顔を見上げていた。

「ねぇ、スパーダ。あたしとこのラグドリアン湖とどっちが綺麗?」

「分からん」

少なくとも、今の状態のルイズとを比べた所で何の意味もないのだ。

にべもない返答にルイズは拗ねたようにむくれる。

「うぅ~っ……やっぱり、あたしのこと嫌いなの? だからそんな風に冷たくするの?」

「知らん」

ルイズがどのように話しかけてもスパーダは冷たい反応しか返してこなかった。

 

「もう~……あたしを無視しないでよ~……。いいもん、スパーダが相手してくれないって言うなら、ラグドリアン湖に飛び込んじゃうんだから」

「モンモランシー」

溜め息をついたスパーダはルイズを顎でしゃくった。

「まったくもう……貴重な秘薬をこんなことに使う破目になるだなんて」

嫌々とモンモランシーはポケットから取り出した眠り薬の瓶を開け、その口をルイズの鼻先に突きつけた。

「ふにゃ……」

崩れ落ちたルイズは再びまどろみの中へと落ちていく。

ここにいては邪魔になるのでスパーダはルイズを少し離れた林の中の木陰へと運んでいった。

 

 

 

「あっ、来たわ!」

モンモランシーが声を上げる。岸辺より30メイルほど離れた水面の下から眩い光が溢れ始めていた。

水面がごぼごぼと音を立てながら蠢き、徐々に膨れ上がるようにして盛り上がると、巨大な水柱が飛沫を上げながら立ち上った。

ぐねぐねとまるで意思を持つスライムのように形を変え始めた。

湖からモンモランシーの使い魔のロビンが上がってきて、ぴょこぴょこと跳ねながら主人の元に戻ってくる。

「ありがとう。きちんと連れてきてくれたのね」

屈みこんだモンモランシーは己の使い魔を迎えると、指でその小さな頭を撫でると立ち上がり、水の精霊に語りかけた。

「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、わたしたちに分かるやり方と言葉で返事をしてちょうだい」

その言葉に反応し、水の精霊らしき水の塊は大きく蠢き、形を変え始める。不定形なものから人間……モンモランシーを模した姿へと変わっていた。

(ちょっと恥ずかしいわね……)

モンモランシーは自分より一回りほど大きい、透明な裸の己の姿にちょっと恥ずかしくなった。

ギーシュも初めて目にする精霊の姿に呆気に取られている。

水の精霊はさらに蠢き、笑顔、怒り、泣き顔と様々な表情に変わっていく。

 

『覚えている。単なる者よ。貴様の身体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が五十二回交差した』

どこから喋っているのかは全く分からないが、水の精霊は透き通った女の声で言葉を発する。

「良かった。水の精霊よ、お願いがあるの。あつかましいとは思うけど、あなたの一部を分けて欲しいの」

モンモランシーからの願いに対して水の精霊は沈黙する。

これですんなり交渉が成立すれば良いのだが。

 

しばしの沈黙、未だ答えが返ってこない中、スパーダが林から戻ってきた。

(ほう。これが水の精霊か)

初めて目にする精霊とやらの姿にスパーダは感嘆と頷く。メイジ達とは全く性質の異なる強い魔力をありありと感じ取っていた。

二人の傍らまでやってきたその時、水の精霊の身に異変が起きた。

『――――――――――!!』

「えっ! ちょっと、何よ!」

言葉にならない高い悲鳴を上げだす水の精霊はモンモランシーを模した姿から一変、水飛沫のようにあらゆる方向へ弾けだしたのだ。

「ど、どうしたんだね? 一体」

「あ、あたしに聞かないでよ!」

予想しなかった事態にギーシュとモンモランシーは困惑する。

『――――――――――!!』

未だ悲鳴を上げ続け、弾けては戻るのを繰り返していた水の精霊であったが、再びモンモランシーの姿に戻りだす。

さらに突然体の一部を伸ばし、その先を鋭利な槍のような形に変えていった。しかもモンモランシー目掛けて突き出してきたのである。

「危ない! モンモランシー!」

即座にギーシュがモンモランシーに飛びつき、伏せさせると水の精霊の攻撃が頭上をかすめていた。

外れた攻撃は地面に突き刺さるが、やがてするすると収縮して戻っていく。

「な、何をするのよ!」

ギーシュと共に起き上がったモンモランシーが突然の攻撃に文句を言った。

もしかして、怒らせてしまったのか? やっぱり、自分の体を分けてなどと言ったからだろうか?

 

『断る。単なる者よ』

ようやく先ほどの願いの答えが返されてきた。

やっぱり、そうらしい。これで明確に怒りを表していなければ諦めて大人しく立ち去る所だったが、あまりの恐ろしさに動けないでいた。

こんなことなら、やっぱりついてくるんじゃなかった……。

だが、次に精霊が発した言葉にモンモランシーは不審を抱くことになる。

『貴様は忌まわしき魔の眷族と共に我が前に現れた。魔の眷族と契約する者に我が一部は渡さぬ』

「ま、魔の眷族ってどういうことよ?」

いきなりそんなことを言われたって何のことだか分からない。

困惑するモンモランシーとは逆にギーシュはちらりと、平然と水の精霊を見上げているスパーダを見やった。

(ま、まさかスパーダが悪魔だって分かるのか?)

(ほう。私が分かるのか)

スパーダは顎に手をやり、水の精霊を睨みつけた。

『貴様もこの地を脅かす奴らと同じ魔の眷族。我が守りし秘宝を盗みし、忌まわしき者。これ以上、この地を汚させるわけにはいかん』

 

「性急なことだ」

水の精霊は問答無用と言わんばかりに無数の触手を槍のように伸ばしてきた。

だが、そこには既にスパーダの姿はなく、空しくも大地に突き刺さるのみである。

連続で空間転移を行い、モンモランシーとギーシュを岸から離れた場所に運んでいた。

「お前達はここにいろ。決して動くな」

そう告げ、パンドラを預けるとスパーダは再び空間転移で水の精霊の前に立つ。

「Shall we dance.(少し遊んでやろう)」

水の精霊は沈黙したままさらに己の体から次々と鋭い触手を伸ばし、スパーダに突き出していった。

背中のリベリオンを抜いたスパーダは軽々と両手で力強く振り回し、水の精霊の攻撃を捌いていく。

騎兵槍のごとき太い槍のように突き出された攻撃を身を翻してかわすと、そのままリベリオンを大上段から振り下ろして水の精霊の触手を叩き斬っていた。

だが、水の精霊に単純な物理的攻撃を加えようと、元々形を持たぬ水であるためすぐに再生してしまう。

変幻自在な水は時にあらゆる攻撃を防ぎきる無敵の盾となり、あらゆる鎧をも貫く強靭な矛となるのである。

スパーダは容赦なく繰り出される水の精霊の攻撃をかわし、リベリオンでいなし続けていた。

 

「もう! 何でこんなことになるのよぉ!」

離れた位置からスパーダと水の精霊の戦いを見届ける二人であったが、モンモランシーが癇癪を上げていた。

いきなり訳の分からない因縁をつけられて攻撃をされてしまうだなんて、実に不愉快である。

「しかし、スパーダ君も怖いもの知らずだなぁ。……水の精霊に正面から戦いを挑むなんて」

乾いた笑みを浮かべる顔を引き攣らせ、ギーシュは師匠の勇ましい戦い振りに息を呑んだ。

もっとも、彼が悪魔である以上、人間とは思考が違うのかもしれないが。

水の精霊は自らの体を槍だけでなく、無数の水の鞭として振るって四方八方から攻撃を仕掛けている。

手練れのメイジでさえ決して対処できないであろう手数でありながら、それらの攻撃をスパーダは難なくあしらい続けていた。

 

水の精霊はそうした直接攻撃だけでなく、大気中の水蒸気を一瞬にして大量の水の塊にして集めると何筋もの高圧の水流として撃ち出したり、スパーダの頭上から巨大な滝を降らせるなどしていた。

それさえもスパーダはよけるなり、頭上でリベリオンを回転させるなりして防ぎきっている。

「どっちも化け物ね……」

思わずモンモランシーが呟く。強力な水の先住魔法を操る水の精霊を相手に魔法もなしにああまで互角に戦うことができるだなんて、もはや人間の常識を超えている。

「あれがスパーダ君の力なのさ。僕はそれに惚れこんでしまったんだ」

伝説の悪魔である彼なら、このまま水の精霊を倒してしまいそうでギーシュは思わず武者震いをしてしまった。

 

突如、水の精霊の攻撃がぴたりと止んだ。一方的な攻撃を全て捌ききったスパーダはリベリオンを肩に乗せたまま静かに佇む。自ら攻撃を仕掛けようとはしない。

どうしたのだろうとギーシュ達は目を見張っていた。

すると、水の精霊が浮かんでいる穏やかな水面の手前に変化が現れる。

水面には徐々に小さな渦が出来上がっていき、みるみるうちにその勢いと大きさが増していく。

そして、ついにはその渦が巨大な水柱となって噴き上がった。

高さはゆうに20メイルに昇り、しかも竜巻のような渦は未だ巻いたまま、勢いは止まるどころかさらに激しさを増すばかり。

まるで巨大な大津波が押し寄せてくるかのような威圧感であった。

「ちょっ、ちょっと! 何をする気!?」

モンモランシーは水の精霊がとんでもない攻撃を仕掛けようとしているのを目にして肝をつぶしていた。

あんなものが直撃すれば、人間はおろかちょっとした城さえひとたまりもないだろう。

「に、逃げましょうよ! ギーシュ!」

「いや! 僕はスパーダ君を信じるぞ!」

モンモランシーが叫ぶが、ギーシュは決してこの場から動きはしない。

自分の師、スパーダはあんな恐ろしい攻撃を前にしながらも、堂々と佇んだまま微動だにしない。

伝説の魔剣士である彼なら、あの巨大な水の竜巻さえもきっと打ち砕いてくれるに違いない。

彼の弟子である以上、その戦いの場から逃げることは、決して許されないのだ! 

(そこまで、彼を信じているんだ)

モンモランシーはギーシュの真剣な顔を目にして、ここまで彼から人望と信頼を得ているスパーダが羨ましかった。

いつものギーシュであれば、恐れをなして逃げ出してしまうというのに、今の彼は違う。尊敬する師匠がこうして目の前で戦っているからこそ、安心できるのだ。

……それに勝る安心を、自分は彼に与えられるのだろうか。

 

(相当気が立っているな……)

スパーダは先ほどから肩に乗せているリベリオンに己の魔力を注ぎ込んでいた。

さすがに彼とて、これほどの一撃を食らえば無傷とはいかない。悪魔とて決して不死身ではないのだから。

だからといって、このまま自分を飲み込もうと押し寄せてくるであろうこの竜巻を正面から受け止める気はこれっぽちもない。

不可能ではないが、今のスパーダはそんなつまらないことをしている暇などないのだ。

リベリオンの刀身には徐々に赤いオーラが纏わりつき、さらに濃くなっていき、やがて刀身を完全に包み込む。

その間、バチバチという魔力が弾け散る音と共に、魔力が唸りを響かせていた。

溜めた魔力を全て一度に開放して放ち、竜巻を打ち消すこともできただろうが、今回はそんなことはしない。

 

スパーダは膨大な魔力を内包させたリベリオンを、激しく荒れ狂い、渦巻く竜巻に目掛けて投げ放つ。

竜巻とは逆の向きに激しく回転するリベリオンは空を切り裂く音を響かせながら飛んでいき、竜巻の中へと潜り込んだ。

その直後、より巨大となった竜巻は動き出し、スパーダ目掛けて殺到してくる。

「「危ない!」」

後方で見守ることしかできなかった二人は一斉に声を上げる。

だが、それでもスパーダは臆することなく水の竜巻を睨んだまま腕を組み、動かない。

そして、スパーダを飲み込んでしまうと思われた竜巻は急激にその激しさと勢い、回転力が衰えていき、最後にはただの水の塊と化し、滝のようにばしゃんと湖と陸の間で崩れ落ちた。

未だ全く衰えない激しい回転を続けながら留まっていたリベリオンは、役目を終えたと言わんばかりに主の手元へと戻っていく。

スパーダは掴み取ったリベリオンを、静かに背中へ戻すと、再び目の前に現れた水の精霊を見上げていた。

水の精霊は攻撃をすることもなく沈黙している。先ほどまでの殺気は感じられない。

「ほら、僕の言った通りだろう」

「……もう常識外ね。あなたの師匠は」

師を信じた甲斐があったと言わんばかりの笑みを浮かべるギーシュはモンモランシーを連れ、スパーダのパンドラを運びながら傍へと近づいた。

とんでもない光景を見せられて、モンモランシーは唖然とするしかなかった。

 

『……貴様、あの魔の眷族の者共とは違うのか』

ようやく水の精霊が発した言葉は、困惑と驚愕であった。

『貴様の体、そして貴様の振るいし剣からは邪まな気配が、我への敵意は感じられぬ。何者だ』

「さてな。どう思うかはお前次第だ」

腕を組むスパーダは冷徹にその問いを一蹴する。

『……何にせよ、貴様達が忌まわしき魔の者達と関わりがないことは明らかだ。我が非礼をここに詫びよう』

と、精霊の姿が再びモンモランシーを模したものへと変化していった。

態度を一変させた精霊にモンモランシーはほっと安心すると同時に、怒らせた精霊をここまで静めてしまったスパーダに驚くばかりだった。

『旧き盟約の一族たる、単なる者よ。貴様は先ほど、我の一部を欲すると言ったな』

「え!? ……え、ええ。そうよ」

いきなり自分に話を振られてしまい、モンモランシーは焦る。

『ならば、貴様と共にする高潔なる魔の眷族の力を見込み、我は願う。我に仇なす貴様達の同胞を、退治してみせよ』

「た、退治?」

突然の精霊からの願いにギーシュが声を上げた。

「さよう。我は今、水を増やすことで精一杯で、襲撃者の対処にまで手が回らぬ。その者どもを退治すれば、望み通り我が一部を進呈しよう」

そのくせに、自分達にはあんなに積極的に攻撃してきたくせに。

モンモランシーとギーシュは目を細めて水の精霊を見つめていた。

「良いだろう」

スパーダが精霊からの願いを聞き入れ、首肯していた。

「ちょっと! 言っておきますけど、あたしはケンカなんて嫌ですからね!」

「大丈夫だよ、モンモランシー。彼の弟子の、僕がいるからにはね」

抗議するモンモランシーの肩に手を回したギーシュはバラの造花を手にし、得意げに笑っていた。

 

 

 

 

水の精霊曰く、襲撃者というのは二人組のメイジであり、深夜になると魔法を用いて水中に潜り、ラグドリアン湖の遥か湖底を住処にする水の精霊を襲うという。

また、そのメイジはトリステイン側ではなくちょうど反対側のガリア側から現れるそうだ。

未だ夕方にさえなっていないため、一行はひとまず日が落ちるまでトリステイン側の湖畔で待機することにした。

ルイズはモンモランシーの眠りのポーションのおかげで未だ目を覚ますことはない。

「……へっくし! しかし、その襲撃者とやらはどうやって水の精霊のいる湖の底まで潜るんだろうね」

ギーシュは濡れてしまった服とマントを乾かすために焚き火の傍で座り込んでいた。モンモランシーも同じようにギーシュの傍で火に当たっている。

スパーダは地面に突き立てたリベリオンに凭れながら腰を下ろし、閻魔刀を抱えて目を閉じていた。眠っているようである。

「たぶん、風の使い手よ。自分達の周りに空気の球を作って水を遮っているのよ。水の使い手なら水中でも息ができる魔法を使うでしょうけど、水の精霊を相手に水に触れるなんて自殺行為だもの。よほどの風の使い手じゃなきゃ無理だわ」

「しかし、あんな水の精霊をどうやって攻撃するんだろうね? 水なんだから傷はつかないんじゃないかい」

「きっと近づいて、強力な炎であぶって蒸発させるんでしょうね。いくら水の精霊だって、気体になっちゃったらどうにもならなくなるもの」

「うーむ……」

すらすらと答えるモンモランシーにギーシュは唸った。

しかし、その襲撃者とやらはとんでもない命知らずだ。たとえ水に入らずに陸から攻撃しようと、先のスパーダの時のように精霊は湖の水はおろか大気の水蒸気さえ先住の魔法で利用して怒涛の攻撃を仕掛けてくるのだから。

 

「……ねえ、ギーシュ。ミスタ・スパーダって本当に異国の貴族なの?」

「何だい、突然」

モンモランシーが眠っているスパーダを見つめながら怪訝そうに尋ねていた。

「さっき、水の精霊が言っていたじゃない。〝魔の眷族〟って。……それって、彼のことでしょ? 一体、何者なの?」

「あ~……いやぁ、そのぉ……」

顔を引き攣らせたギーシュは狼狽し、視線を泳がせている。

まずい。スパーダが悪魔であることがバレる。もし、そんなことにでもなれば……。

「じ、実はだね。スパーダ君は、異国では剣豪であると同時にちょっとした魔法も使えるのさ。ほら、さっきだって一瞬で移動したりしただろう。あれがそうなんだ。

それに彼が従えていた巨大な馬! あれはいわば彼の使い魔なのさ! 僕達メイジとは全く違う魔法を使うから、そのことについて言ったんだよ」

何とか誤魔化そうと、しどろもどろになりながらもギーシュはそのように説明した。

彼は悪魔だから、あながち間違いでもあるまい。

「……あっ、そう」

モンモランシーはどこか納得しきった様子ではなく、訝しんでいたがそれ以上の追求はしてこなかった。

 

やがて、完全とはいかなかったが二人が衣類を乾かした頃には日が落ち、さらに六時間が経過していた。既に深夜だ。

スパーダも起きだし、湖畔の反対側へと行くために再びゲリュオンを呼び出し、一行は馬車に乗り込もうとする。

これから湖畔を迂回して向こう岸へ向かう。ゲリュオンならば三十分とかからないはずである。

「どうしたんだね、スパーダ君。早く乗りたまえよ」

レビテーションの魔法で未だ目を覚まさないルイズを静かに馬車に乗せたギーシュは、未だ乗り込まないスパーダに呼びかける。

パンドラを肩に担ぐスパーダは何かを確認し、警戒するかのように湖畔を見回していた。

(気配が消えているな……。いや、移動しただけか)

昼間にスパーダが感じ取っていた悪魔達の気配は、日が落ちる前から全く別の場所に移動しているようだった。その痕跡からして、どうやらガリア側の湖畔へと移動したようである。

いつ、自分達に攻撃してくるか分からない状況であったが結局、襲撃さえしてこなかった。

だが、反対側へ移動したということはすぐに出くわすことになるだろう。

夜空に浮かぶ二つの月は天の頂点を挟んで光っている。

その月光に照らされる静かなラグドリアンの湖面を見つめながら、スパーダもゲリュオンの馬車に乗り込んだ。

 

 

 

 

ラグドリアン湖のガリア側の湖畔に、二人の人影が姿を現していた。

ローブを身に纏い、深くフードをかぶっている二人は一人が長身、もう一人は反対に背が低い。

その背の低い方が、手にする節くれだった大きな杖をふりかざし、呪文を唱える。

これから自分達の周りに風の障壁をまとい、湖底に潜む水の精霊を退治するのだ。少しでも集中が途切れれば水に触れてしまい、水の精霊に心はおろか魂さえ奪われてしまう。

昨夜と同じように、水の精霊を背の高い方が火の魔法で攻撃することになる。

決して、油断はできない。

 

――ゲハハハハ……。

 

――グハハハハ……。

 

突如、どこからともなく響き渡る不気味で濁った笑い声。

背の低い方が真っ先に反応し、呪文の詠唱を中断すると背後を振り向き、身構えていた。

「ちょ、ちょっと。何よ、今の声は」

長身の火のメイジ――キュルケは突然聞こえてきた謎の笑い声に狼狽する。

背の低い風のメイジ――タバサは湖畔の周囲や林などを注意深く見回していた。

今の笑い声は間違いない、悪魔達のものだ。

水の精霊を退治するためにこの湖を訪れていたのだが、まさかの予期せぬ敵の存在に息を呑む。昨夜は現れなかったというのに。

奴らはそこらの亜人や怪物などと違って、絶対に油断ができない相手なのだ。少しでも気を抜けば、殺される。

 

――グハハハハ……。

 

――ゲハハハハ……。

 

凶悪な笑い声はまるで二人を嘲笑うかのように続いていた。しかし、肝心の悪魔の姿はどこにも見えない。

タバサと背を向かい合わせるキュルケもいつでも己の炎の魔法を放てるように杖を構えていた。

「な、何!?」

「……!?」

突如、二人の周りに落下してきたのは数本の、タバサが持つような大きな杖だった。それらは地面に突き立てられるなり先端から幾筋もの漆黒の魔力の紐が伸び、他の杖からも伸びた魔力の紐と繋がり、やがて二人を取り囲む巨大な檻が出来上がった。

閉じ込められたようだ。どうやら、確実に自分達を仕留めようとしているらしい。

 

「おでましのようね」

魔力の結界による牢獄の外、陸の地中と湖面の中からすり抜けるようにして姿を現した二体の悪魔達。

その悪魔達は傷だらけの漆黒のマントを身に纏い、頭は血にまみれている湾曲した角を備えた牛と羊の頭蓋骨という恐ろしい姿であった。

一体は弧を描いた鋭い刃を持つ長大な鋏を、もう一体は文字通りに巨大な大鎌をそれぞれ手にしている。

全身から赤黒いオーラを炎のように揺らめかせ、まさしく死神と呼ぶにふさわしい禍々しさに満ちていた。

(あの悪魔の亜種?)

タバサは以前、スパーダの悪魔退治の仕事に付いていった際に似たような悪魔を目にしたことがある。

そいつらはシン・シザーズ、シン・サイズという仮面を着けた死神のような下級悪魔だった。

だが、今目の前にいるこの悪魔達はそいつらよりも格上のようであることは明らかだ。

 

――ゲハハハハ……。

 

――グハハハハ……。

 

宙に浮かびながら二体の死神、中級悪魔のデス・シザーズとデス・サイズは凶悪な笑い声を上げながら結界の中に閉じ込めた二人を威嚇している。

「ファイヤー・ボール!」

「ジャベリン!」

キュルケがデス・シザーズを、タバサがデス・サイズに対して攻撃を行なった。

キュルケが放った火球はデス・シザーズのマントをすり抜けてしまい、全く効果がなかった。

逆にタバサはデス・サイズの頭を狙って氷の槍を放ったが、デス・サイズは即座に反応し鎌を正面で回転させて弾いていた。

「もう! 何で当たらないの!」

「頭を狙って」

以前、タバサは倒したことのあるシン・サイズは着けている仮面が弱点だという話を聞いていたため、亜種らしいこいつらも頭が弱点だと踏んでいた。

「え? ――きゃああっ!」

再び呪文を唱えようとしたキュルケとタバサであったが、突如として足元に数メイルに昇る竜巻が発生し、二人を宙へ打ち上げていた。

 

――グハハハハ……。

 

そこへデス・サイズが大鎌を構えて体の自由が効かない二人目掛けて結界をすり抜けて突進してくる。

「ブレイド!」

大鎌が薙ぎ払われようとする寸前、タバサは杖に魔力の刃を宿した。

デス・サイズの大鎌を弾き、軽く相手は怯んだがすぐにタバサはフライの魔法を唱えて体の制御を効かせるとキュルケの体を掴んでさらに上空へと舞い上がった。

 

――ゲハハハハ……。

 

その時間差で二人の真下をデス・シザーズの巨大な鋏がジャキンッ、と音を立てて閉じられていた。

少しでも回避が遅ければ二人の体は真っ二つに両断されていたことだろう。

「ファイヤー・ボール!」

フライで浮かぶタバサに体を持ち上げられながら、キュルケがデス・シザーズの頭めがけて火球を放った。

 

――グガアッ! 

 

今度は先ほどのタバサの助言通りに頭を狙ったために見事命中し、火球が炸裂した。だが、それでも一撃で倒すには至らない。

タバサは今のうちに体の自由が効く地上へと降下すると、体勢を整えたデス・サイズを迎え撃とうと杖を構える。

ふと、足元に目をやると奇妙な渦状の文様が刻まれていることに気がついた。

「避けて」

咄嗟にタバサはその場から飛び退き、キュルケも慌てて反対側へと移動する。

二人がいた場所、地面に刻まれていた文様から先ほどと同じ竜巻が巻き上がっていた。

 

――グハハハハ……。

 

そこへ両手に大鎌を握ってタバサに斬りかかってきたデス・サイズだがブレイドの魔法をかけた杖を振るい、応戦する。

二刀流の大鎌による攻撃はリーチが長い上に手数が多いが、タバサも持ち前の身軽さでかわしながら隙を突いてデス・サイズの頭を狙って攻撃していた。

「これでどう!?」

キュルケは結界の外でゆらゆらと浮遊しているデス・シザーズ目掛けて炎の渦を放ったが、ヒラリと横に移動されてかわされる。

さらにそのまま鋏の刃を開きながら突進してきたため、キュルケは慌ててその場に屈んでかわす。ジャキンッ、と鋭く鋏の閉じる音が頭上で響いていた。

「後ろがガラ空きよ!」

そのまま地面を転がり、デス・シザーズの背後に回ると近距離からファイヤー・ボールの火球を放った。

またしても見事に直撃し、今度はデス・シザーズの右の角を吹き飛ばしていた。

 

さらに追撃しようとしたキュルケだったが、上空へ浮かび上がるデス・シザーズの全身から湧き出るオーラが突如としてより濃くなりだす。

 

――ゲハハハハ……。

 

デス・シザーズは頭上に閉じた鋏を構え、その刃先をキュルケに向けたまま己の体を高速で錐揉みさせだし、そのまま突っ込んできたのだ。

背後には自分達を閉じ込める結界。追い詰められていたキュルケは横に飛び退ってかわす。突っ込んできたデス・シザーズは地面をすり抜けていった。

「後ろ!」

デス・サイズの頭をブレイドをかけた杖で斬りつけていたタバサは、地中からキュルケの後方に飛び出してきたデス・シザーズを見て叫ぶ。

未だ錐揉みしながら突撃してくるデス・シザーズをキュルケは必死にかわし続けていた。しかし、あらぬ場所から突撃を仕掛けてくるため、ほとんどが間一髪の回避であった。

そして、回避に夢中でデス・サイズが地面に設置している風の精霊の罠には気づかない。

「きゃああっ!」

再び竜巻に打ち上げられてしまったキュルケ。

そこをデス・シザーズが逃がすはずもなく、錐揉みから体勢を戻すと鋏を広げて更なる追い討ちを仕掛けてきた。

宙を舞うキュルケの体が、デス・シザーズの鋏の間へと入る――。

 

――ズダンッ!!

 

――グガアアアッ……!

 

突然、何処からか轟く鋭い銃声。それと共にキュルケを両断しようとしていたデス・シザーズの頭が砕け散り、断末魔が響き渡った。

霊体であったマントもデス・シザーズの撃破と同時に消滅し、落下した鋏も地面に突き刺さった後に砕け散っていた。

「痛たっ」

そのまま地面に落下してきたキュルケは体を起こすと自分達を閉じ込めていた結界が消滅し、その源であった杖も消えたことを確認する。

それにより行動範囲が広くなったため、タバサは容赦なくデス・サイズへの攻撃を激しくしていた。

何だか分からないが当然、キュルケも炎の魔法で援護を行なうことにする。

「何の音?」

「馬」

二人は遠くから馬の蹄の音が届いてくるのをはっきりと耳にしていた。

 

 

 

 

「すごいわ、すごいわ! さすがあたしのスパーダね!」

スパーダ達を乗せるゲリュオンが間もなくガリア側の湖畔へと辿り着こうという時、止まっている馬車の上で先ほど目覚めていたルイズが歓声を上げながら抱き着く。

馬車の上で立膝を突いていたスパーダは遠眼鏡を覗き込み、キュルケとタバサがデス・サイズと戦っている様を窺っていた。

もっとも、それはただの遠眼鏡ではない。ハルケギニアで使われる一般のマスケット銃よりもさらに長大かつ大柄で全体が鈍い輝きを放つ金属で出来ている銃に付いているものであった。

マスケット銃よりも二回りも大きい口径の銃口からは硝煙が静かに棚引いている。

それはスパーダが持参していた災厄兵器パンドラが彼のイメージに合わせて変化した姿であった。

「はは……。初めて見るけど、すごいな……」

「一体、どうやってあんな箱が変わるっていうのよ……」

ギーシュとモンモランシーは唖然としながら、パンドラを構えるスパーダを見つめていた。

 

あと少しで反対側へと辿り着こうとしていた時、スパーダ達はその湖畔で誰かが戦っている所を目撃していた。

遠目の上にこの暗さでは正体が分からなかったものの、スパーダは微かに感じていた魔力からその二人がタバサとキュルケであると即座に理解していた。

そして、同時に二人が悪魔達を相手にしていることも察していたため、取り出したパンドラをこの遠距離狙撃用の銃に変形させて窺ってみたのだ。

すぐには手を出さずに戦いを見届けていたスパーダであったが、キュルケが危うくやられそうになったため、ここから狙撃を行なったのである。

そのためにイメージを膨らませ、こうしてパンドラを狙撃できる銃に変形させたのである。おまけに確実に狙撃をするため、三脚付きだ。

「後は二人でも大丈夫だろう。行くぞ」

パンドラを元の箱に戻すと、ゲリュオンは再び走り始めた。

「しかし、キュルケとタバサがその襲撃者だって言うのかい?」

「う~ん。どうかしら」

ギーシュとモンモランシーが首を傾げる。

本来、襲撃者と戦う予定だったのはスパーダの弟子であるギーシュであり、彼も意気込んでいたのだが思いもせぬ正体を知って気合いが空回りしていた。

また、ルイズもスパーダに自分達の力を見せて気を惹こうとしていたが、同様にがっくりしていた。

「二人から聞けば分かることだ」

「だめよ、スパーダ! キュルケなんかと話をしちゃ! ツェルプストーは代々、あたし達ヴァリエール家の恋人を奪ってきたんだから! あんな雌豚にスパーダは渡さないわ!」

走る馬車の上でルイズはスパーダに引っ付き、キュルケに対する罵りを口にしていた。

夜遅くだというのにあまりにもやかましいこの状況に、スパーダは頭を痛めたくなった。

これはもう、水の精霊の涙を受け取り、モンモランシーに解除薬を作らせる暇はないかもしれない。

 

 

 

ゲリュオンがガリア側の湖畔に到着した時、キュルケとタバサはデス・サイズを撃退し終えた所だった。

一行はゲリュオンから降りると、二人の元に歩み寄っていく。

「ほ、本当に君達だったのか」

「こんな所で何してるのよ」

「それはこっちのセリフよ。どうして、あなた達が……」

ギーシュとモンモランシーが開口一番に問うと、キュルケも驚いていた。

「ちょっとした野暮用だ」

「だめっ! キュルケと話をしちゃ! スパーダはあたしとだけしか話をしちゃいけないんだもん!」

スパーダが答えると、ルイズが頬を膨らませながら食って掛かった。

その様子をキュルケは目を丸くして見つめる。この子ははこんなにスパーダに積極的であっただろうか?

だが、面白そうなのでちょっとからかってみることにした。

「ダーリンってば女の扱いがとても上手だったのね。ルイズをここまで手懐けるだなんて」

「そんなことはどうでも良い。それより、水の精霊を襲っていたというのはお前達だな」

無視するスパーダは、ここまでに至った経緯を説明する。

 

モンモランシーが惚れ薬を作ってしまったこと。

 

それをここにいるルイズが飲んでしまったこと。

 

解除薬を作るために水の精霊の涙が必要なこと。

 

それを得るためには襲撃者とやらを撃退しなければならないこと。

 

そして、その襲撃者が二人なのかを問い詰めた所、どうやら間違いないようであった。

「でも、惚れ薬だなんてどうしてそんな物を作ったの?」

事情を聞かされたキュルケが問う。

「実はだね、愛しのモンモランシーが僕を……あだっ!」

「ちょっと作ってみたかっただけよ!」

身振り手振りに説明しようとしたギーシュの足をモンモランシーが踏みつけ、誤魔化していた。

キュルケは困ったように隣のタバサを見つめる。本人は無表情のままキュルケを見返す。

「参っちゃったわね……。ダーリンと戦うわけにもいかないし、そもそも勝てる相手じゃないし……」

何しろ、相手は伝説の悪魔。キュルケとタバサがどんな手段を使おうが相手になるわけがない。

「でも、水の精霊を退治しないとタバサが立つ瀬がないし……」

「何で君達は水の精霊を退治しようと?」

「ええと、その、タバサのご実家に頼まれたのよ。水の精霊のせいで水かさが増えて、タバサの実家の領地も被害にあっているから」

ギーシュが尋ねると、キュルケは慌ててまくし立てる。

スパーダはルイズにしがみ付かれたまま、タバサを見つめていた。

「……そして、例の悪魔達と遭遇したわけか」

「そういうこと。あんな奴らと戦うなんて、あたしも初めてだったわ。でも、ダーリンのおかげで助かったわよ」

キュルケはスパーダにウインクをすると、ルイズが彼女を睨みつけていた。

「なら、解決の糸口が見つかった。水の精霊が増水している理由を問い詰め、その上で交渉を行なう。お前達も増水が治まれば問題はないな」

腕を組み、ふむと唸るスパーダが提案する。

タバサはその提案にこくりと頷き同意した。

 

 

 

 

その後、数時間前と同じようにモンモランシーがカエルのロビンを使って水の精霊を呼び出していた。

またしてもモンモランシーを模してその姿を現す精霊。昼間とはまた違う、精霊の神秘的な姿が夜景に映る。

「精霊よ。お前を襲う者はもういない。安心しろ」

今度はモンモランシーではなく、スパーダが直接交渉を行なっていた。

『礼を言う。高潔なる魔の眷族よ。襲撃者だけでなく、忌まわしき魔の眷族共も屠ってくれたことに感謝する』

「お前は何故、湖の増水を行なう? お前を襲う人間も、悪魔達が現れるのもお前が増水をするのが原因だ。それではまた奴らが現れるだろう。一時凌ぎにすぎん」

悪魔達は精霊が発する魔力に惹かれてこの地を縄張りにしているらしかった。故に水の精霊が大人しくすれば、少なくとも中級の悪魔達はこの地に現れなくなる。

水の精霊はモンモランシーの姿を模したまま、様々な仕草をとり始める。

『高潔なる貴様ならば信用して話してもよいと思う。……数える程も愚かしい程月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、単なる者達の同胞と忌まわしき魔の眷族が盗んだのだ』

そう言えば、昼間にケンカを売られた際もそのようなことを言っていた。

精霊の言葉からして、犯人は人間と結託した悪魔のようだ。

『その秘宝が盗まれたのは、月が三十程交差する前の晩のこと』

「およそ二年前ね」

モンモランシーが呟く。

正確には二年と六ヶ月ほどになるだろうが。

「お前は人間達に報復でもする気か?」

『我はそのような目的は持たぬ。ただ秘宝を取り返したいと願うのみ。ゆっくりと水が浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう。水がすべてを覆い尽くすその暁には我が体が秘宝のありかを知るだろう』

ずいぶんと気の長いものである。スパーダも不死というわけではないが、既に何千年という時を生きている。

だが、精霊は完全に不死の存在だ。故に明日も昨日も違いなどないのだろう。

『しかし、そのために忌まわしき魔の眷族共を引き付けてしまった。奴らは常々、我を滅ぼさんと攻め入ってきたのだ。単なる者達のように心を持たぬ奴らには、我が水の力も通じはせぬ』

水の精霊でさえ、悪魔達に手を焼いていた事実にギーシュ、モンモランシー、キュルケ、タバサが驚いていた。

 

『高潔なる魔の眷族よ。我が頼みを聞いてはもらえぬか』

「何だ」

『我はこの湖の水を元に戻そう。その代わり、我が秘宝を取り戻してもらいたい。そうすれば、我も水かさを増やす理由はなくなる』

まさかの精霊からの依頼にスパーダは顎に手を当てる。

「その秘宝とは何だ」

『アンドバリの指輪……我が共に、時を過ごせし指輪だ』

精霊が発した言葉にモンモランシーが何かを思い出そうとするかのように考え込みだす。

「何よ、それ?」

「聞いたことがあるわ。確か、水系統のマジックアイテムで偽りの命を死者に与えるとかいう……」

キュルケからの問いにモンモランシーは答える。

『その通り。誰が作ったものかはわからぬがな。死は我にはない概念ゆえ理解できぬ。死を免れぬお前たちにはどうやら『命』を与える力は魅力と思えるかもしれぬ。しかし、アンドバリの指輪がもたらすものは偽りの命。旧き水の力に過ぎぬ、所詮益にはならぬ』

「でも、誰がそんなことを?」

『風の力を行使して、我の住み処にやってきたのは数個体。眠る我には手を触れず、忌まわしき魔の眷族の力を借り秘宝のみを持ち去っていった』

ギーシュが呟くと、即座に精霊は返してきた。

『個体の一人はこう呼ばれていた。〝クロムウェル〟と』

その単語に、キュルケが反応した。

「聞き間違えじゃなければ、確かアルビオンの新皇帝の名前ね」

「レコン・キスタか……」

その男は悪魔達の力を借りて秘宝を盗み出したのか。レコン・キスタの裏には悪魔達が暗躍している以上、そんなことは造作でもないだろう。

これから連中とは相手になる以上、本当にそいつが指輪を持っていれば取り戻すことは不可能ではない。

『引き受けてもらえるか。高潔なる魔の眷族よ』

「覚えておくとしよう。一年以内には取り戻せるよう努力をしてみる。それまで待てるか」

『それで良い』

交渉は成立した。スパーダが暇があればアンドバリの指輪を奪還し、その代価として精霊は水かさを元に戻すことになる。

これで全ての用事が済んだため、水の精霊はごぼごぼと水の中へ姿を消そうとする。

 

「待って」

その時、タバサが前へ歩み出て水の精霊を呼び止めた。

スパーダ以外の全員が少々驚いたようにタバサを見る。彼女が他人を呼び止めるなんて初めてだからだ。

「水の精霊。あなたに一つ聞きたい」

『なんだ?』

「あなたはわたしたちの間で誓約の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」

『単なる者よ。我とお前たちでは存在の根底が違うゆえ、深く理解はできぬ。しかし我が思うには、我の存在自体がそう呼ばれる理由であるのだろう。我に決まった形はない。しかし、我は不変の存在。お前たちが目まぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの水と共にあった。変わらぬ我の前ゆえ、お前たちは変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう』

タバサは頷き、それから瞑目して両手を合わせる。

誰に何を約束しているのかはスパーダにも分からないが、キュルケは彼女の肩に優しく手を置いていた。

その様子を見たモンモランシーは隣のギーシュを突こうとしたが、既に彼はタバサと同じように手を合わせていた。

「我、ギーシュ・ド・グラモンはここに誓います。これから先、このモンモランシーだけを愛し続けることを……」

その言葉に、モンモランシーは口を手で覆い、驚いていた。思わず嬉し涙が出てしまいそうだ。

「そして我が師、スパーダのように強くなることを。……あだっ! 何をするんだね!」

スパーダの名が出た途端、思わずモンモランシーはギーシュを殴ってしまった。

自分だけに誓約をして欲しかったのに、余計なことまでしてくれたのがムカついたのだった。

「あらあら、お熱いことねぇ」

二人の様子を見てキュルケが楽しげに笑っていた。

 

「誓って」

ずっとしがみついていたルイズがついついとスパーダのコートを引っ張り、不安そうな顔で見つめてきた。

だがスパーダは腕を組み水の精霊を見上げたまま沈黙し、見向きもしようとしない。

「祈ってくれないの? あたしに愛を誓ってくれないの?」

目に涙をたたえるルイズだが、本人の口から出たのはあまりにも冷徹な一言だった。

「偽りの愛になど興味はない」

所詮は惚れ薬によるまやかしの愛情。そんなものには何の価値もないのだ。

本当の愛というのは、互いの本物の心を通わせることで育まれるものである。スパーダはその人間の心を知ったからこそ、今のルイズのまやかしの愛情を拒絶していた。

「う……うぅ……」

あまりに冷たい悪魔の言葉に、ルイズは哀しげな表情でうな垂れていた。

 

 

『では、高潔なる魔の眷族よ。さらばだ』

「あっ! あっ! ちょっと!」

そう言い残し、今度こそ水の精霊は湖の中へと姿を消していく。それをモンモランシーが呼び止めるが、既に遅かった。

焦ったように湖面を覗き込むと、すぐに立ち上がってスパーダに食って掛かる。

「ど、どうするのよ! 水の精霊の涙を採るの忘れちゃって! これじゃあ二人とも元に戻らないわよ!」

ここへ来た本来の目的を果たさなかったスパーダに全力で抗議した。これでは学院に戻ってもいずれ自分が惚れ薬を作ったことがバレてしまう。

「そうよねぇ。どうするの?」

「案ずるな。手はある」

キュルケからの問いに平然と答えるスパーダは懐を探り、中から青い星形の石を取り出す。

それを目にした一行、時空神像について知っているタバサやキュルケ、ギーシュはすぐにそれで作られたものだと察したが、モンモランシーだけは事情が分からず首を傾げるのみ。

「何よ、その石は」

モンモランシーが尋ねるが、スパーダは掌の上で弄びながら悲しみに暮れて蹲っているルイズに近づいた。

「うぅ……ひっく……」

まずは嗚咽を漏らすルイズに、スパーダは青い霊石ホーリースターをかざした。

するとホーリースターから淡い光が放出され、ルイズの全身を包み込んでいた。

それが約十秒ほど続き、ホーリースターは青い光を発したままスパーダの手の中で溶けるように消えていく。

その様子を四人の生徒達は神秘的なものでも見るような眼差しでじっと見守っていた。

 

ホーリースターが消えた後、ルイズは地面に座り込んだまま魂が抜けてしまったかのように呆然としている。

「いやああああああああぁぁぁぁっ!!」

顔面を羞恥と屈辱に真っ赤に染め上げ、ルイズは絶叫した。

「へ? も、元に戻った?」

モンモランシーは目の前の光景に唖然とする。水の精霊の涙はいわゆる先住の魔法そのもの。先住の力を打ち消せるのは同じ先住の魔法のみ。

それをスパーダが取り出したあの石は一瞬にして無力化していた。あれは一体、何なのだ? 

水のメイジであるモンモランシーは驚きの中に興味と不満を交えてスパーダを睨んだ。

同じように見届けていたタバサもまた、魔法の薬で正気を失っていたルイズが一瞬にして完治してしまったことに驚いていた。

ギラギラと光る視線がホーリースターを使ったスパーダへと向けられる。

「……ねぇ、タバサ」

キュルケが小声で耳打ちをしてきたが、無言で頷いていた。

 

「馬鹿! 馬鹿!! 馬鹿!!! 馬鹿!!!! 何てことするのよ!」

ルイズは惚れ薬の呪縛であったとはいえ、自分があそこまで惚れこんでしまったこの悪魔に怒りをぶつけていた。

本来ならば怒るべきはスパーダの方だというのに、当人は全く平然としたままだ。

ポカポカとスパーダの胸を殴りつけると、今度は怒りの矛先をモンモランシーへと向けだす。

「モ ン モ ラ ン シ イ ィ ィ ィ……!!」

全身から憤怒のオーラを発するルイズ。先日、ギーシュとモンモランシーが目にしてしまった恐ろしい悪魔のような形相を浮かべていた。

思わず、二人はびくりと身を竦ませてしまう。

「な、何よ! 元はと言えばあなたがグラスを横取りなんかしようとするからでしょう!」

「うるさい、うるさい、うるさい!! あんたが禁制品を作ったのがそもそもの原因でしょうが!!」

モンモランシーに突っかかろうとするが、そこへギーシュが庇うように前へと出てきた。

「待ってくれたまえ! モンモランシーは何も悪くないんだ! やるなら僕を……ぎええええええっっっ!!!」

ギーシュの股間を思い切り蹴り上げ、突き飛ばしたルイズはずんずんとモンモランシーに詰め寄っていく。

「そこを動くんじゃないわ! あんたもスパーダも殺してあたしも死んでやるぅ!!」

顔を羞恥と怒りで真っ赤に染め、杖を取り出したルイズは呪文を詠唱しようとする。

 

「モンモランシー」

そこにスパーダが冷静に一声をかけた。

もはや阿吽の呼吸と言っても過言ではない動作で、モンモランシーは慌てて眠り薬のポーションを取り出し、今にも杖を振り下ろさんとするルイズの鼻先に突きつけた。

「ふにゃ……」

間一髪、ルイズはまたしてもその場に崩れ落ちて眠り込んでしまった。

半殺しにされかかったモンモランシーがぜえぜえ、と息を切らしていたがやがてスパーダにずんずんと歩み寄ってきた。

「ちょっと! 何なのよさっきの石は! あんなの持ってるんだったら、わざわざここに来ることなんてなかったじゃない!」

不服そうに睨みつけて食って掛かる。だが、スパーダは腕を組んでどこ吹く風と言わんばかりの無表情であった。

「元々は君が騒動の原因だ。即座にあれを使っても、君は自らの行為を悔いはせん。私は最低限の責を果たさせたまでだ」

「今までの苦労は一体、何だったのよおぉーーっ!」

腹立たしく憤慨するモンモランシーの絶叫が、ラグドリアン湖に虚しく響き渡っていた。

「良い経験になったな。では、学院に戻るぞ」

そう冷徹に一蹴し、スパーダは再びゲリュオンを召喚していた。

スパーダが眠っているルイズを抱え上げ、モンモランシーがレビテーションで股間を押さえて蹲っているギーシュを浮かべて馬車に乗せていく。

 

スパーダもゲリュオンの馬車に乗り込もうとするがその時、コートをくいくいと誰かが引っ張ってくる。

振り向くと、そこにはタバサの姿があった。隣に控えるキュルケも何故か真面目な顔になっている。

タバサはいつものように無表情ではあるが、その瞳には強い関心が込められていた。

「何だ」

「さっきあなたが使った石。あれは何?」

「ホーリースターだ。肉体を侵す毒物を浄化することができる。効能は先に見た通りだな」

淡々と語るスパーダに、タバサはさらに言葉を続けた。

「それは、魔法の毒薬にも効き目がある?」

「特に問題はない」

あっさりと返答をしてきたスパーダに、キュルケが何故か喜ばしそうに顔を明るくしていた。

「どうしたの? 早く乗りなさいよ。あなたがいないと、この馬動かないのよ?」

と、馬車に乗っていたモンモランシーが声を上げて急かしていた。

ちらりとスパーダは肩越しに振り返り、荒く息を吐いて蹄を打ち鳴らしているゲリュオンを見やる。

「先に学院へ戻って待機していろ」

 

――ヒヒィーーーンッ!! 

 

「ちょっと!? きゃあっ!!」

その命令だけでゲリュオンは高く嘶き巨体を持ち上げると、湖畔の岸辺を駆け出し、トリステイン方面に向けて疾走していった。

モンモランシーは激しく揺れる馬車の上で翻弄され、絶叫を上げ続けていた。

ゲリュオンがあっという間に遠目に小さくなっていくのを見届けると、スパーダは残っていた二人に顔を向ける。

「帰りはシルフィードに乗せてもらう。いいな」

こくりと、タバサは頷く。その表情はいつになく真摯なままであった。

 

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  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
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