魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 29 <深淵の魔女> 後編

 

 

炎の中から姿を現したのは、先ほどまで彼らを楽しませてくれていた娼婦だった。

だが、客達は誰も娼婦の無事に喜ぶことはない。むしろ、恐怖を湧き上がらせていた。貴族の客も同様である。

それまでの美しい色白であった娼婦の肌は、まるで死人のような土気色へと変貌していた。

纏っていたショールやドレスかと思われていたのは大量の小さなコウモリ達が密集することで出来上がっているものであった。

全身から発する色気と魅力こそ全く変わりはないが、その異様な姿と殺気は彼らの心臓を鷲掴みにしてしまうほどの恐怖を与えてしまう。

周囲を飛び交う無数のコウモリ達は娼婦に付き従うかのように侍らされていた。

誰しもが戦慄する。この女は……人間じゃない。化け物だと。

 

それはもはや彼らを楽しませてくれた妖艶な娼婦ではない。血に飢えた、異形の魔女と呼ぶに相応しい。

「ば、化け物……」

「化け物だああぁぁぁっ!」

「魔女だ! 悪魔だぁ!」

一人が口にすれば、それに乗じて恐怖に満ちた声と叫びが次々に上がっていく。

平民も貴族の客も我先にと入り口に押し寄せ、一分と経たない内にあれだけ大勢の客がいた店内はすっかり閑古鳥となってしまった。

人が出払ったことで動きやすくなり、スパーダは閻魔刀に手をかけたまま舞台に佇んでいる魔女へと近づいていく。

アニエスは既に新たな弾をランチャーに装填しており、アラストルも鞘から抜き出していた。ルイズも杖を突きつけたまま身構えている。

(何よ。やっぱり平民に任せてられないわね)

魔女は傷一つ負っていないことに、ルイズはアニエスのことをさらに見くびっていた。

平民の武器と力ではやはり悪魔は倒せないのだと。

 

魔女は殺気を発しているアニエスやルイズと相対しても余裕の態度を崩さず、腰に手を当てていた。

それどころか今の爆発と炎で体に付いてしまったホコリや煤をパッパッ、と手で払っている。

「! 何だ?」

アニエスがアラストルで斬りかかるべく踏み出そうとした途端、スパーダが無言で肩を掴んで押しとどめてきた。

「何をやってるのよ、スパーダ! こいつが例の悪魔なんでしょ! ……なっ! 離してよ!」

ルイズも前に出て杖を振るおうとするが、スパーダに掴まれて止められてしまった。

せっかく人が出払って遠慮なく戦えるというのに、スパーダは何故か魔女に対して戦意を抱いていないことにアニエスもルイズも首を捻りそうになった。

スパーダならば相手がどんな悪魔だろうが、容赦なく手にする剣で斬り伏せるはずだというのに。どうして今回ばかりは? 

(……因縁?)

ふとアニエスは先ほど、スパーダが呟いた言葉が頭をよぎっていた。この悪魔とスパーダは、顔見知りだと。

「ずいぶんと過激な女達と一緒なのね」

魔女はその赤毛の髪と身に纏うショールを緩やかに揺らしながら親しげな態度でスパーダに語りかけてきた。

「お前もそう変わらんだろうが」

スパーダは舞台に一番近いテーブルの傍で転がっていた椅子を蹴り上げた。

クルクルと宙で二転、三転しながら床の上に立つと、堂々とその上に腰を下ろし膝を組んで魔女と向かい合った。

(なっ……どういうつもりよ?)

あまりの意外な行動にルイズとアニエスは呆気に取られてしまう。

魔女は自分の周りにコウモリ達を侍らせながら舞台から下りてくると、スパーダのいるテーブルの前に立つ。

スパーダは態度こそ戦意を露にしてはいないものの、その冷徹な瞳はまさに獲物を狙う狩人そのもので、刃のような鋭さを蓄えていた。

「あら? 私は違うわよ? 私はそこの女達みたいに野蛮じゃないし、せっかちでもないわ」

「だ、誰が野蛮ですってぇ!? この淫乱女ぁ!」

こんな淫魔そのものと言わんばかりの悪魔にいきなり野蛮と言われ、激昂したルイズは杖を振り上げようとした。

「あっ!」

その途端、ヒュンッという空を切る音と共にルイズの体はスパーダに軽く突き飛ばされていた。

アニエスが咄嗟にアラストルを振るい、魔女の振るったショールを弾き返す。

「せっかくのダーリンとの再会に水を差さないでもらいたいわ」

床に倒れたルイズを睨みつける魔女の赤い瞳には、殺気が宿っていた。邪魔する者は許さない。そう語っている。

「……!」

魔女の発する悪魔としての威圧感にルイズは思わず息を呑む。

その殺気は長姉が自分を叱ったりする時よりも遥かに恐ろしいもので、身動きが取れないでいた。

 

「最近、この街で起きているという事件はお前の仕業だそうだな」

テーブルにつくスパーダは目の前にいる魔女……〝妖雷婦〟ネヴァンに対して単刀直入に問いただしていた。

気を取り直したネヴァンは妖艶な笑みを浮かべ、スパーダの方を振り向く。

「そんな噂は知らないわ。私はこのお店の準備前と閉店した後に食事をしていただけよ」

ネヴァンの食事は人間の精を貪るというものだ。しかも男も女も関係ない。

相変わらず、その嗜好は変わっていないらしい。

スパーダが僅かに眉を顰めると、ネヴァンは悩ましげな顔を浮かべてスパーダの頬に手を触れる。

「そんな顔をしないで……ハンサムな顔が台無しだわ……。せっかく久しぶりに再会できたんだから……楽しみましょう?」

顔を間近に近づけてきた途端、アニエスがスパーダの背後から短銃をネヴァンに突きつけてきた。

「黙れっ! この悪魔め! 貴様がスパーダとどんな因縁があろうと、この街の者達を害してきたのは明らかだ!」

「本当に無粋な女ね……。邪魔よ」

つまらなそうに鼻を鳴らしたネヴァンはアニエスに手を向けると、その指先から雷鳴と共に稲妻を発していた。

「ぐっ!」

咄嗟にアラストルを構えて盾にし、稲妻を天井へと逸らしていた。軌道を変えられた稲妻は天井で弾け散る。

「その辺にしておけ」

スパーダが一声を発するとようやく腰を上げ、閻魔刀に手をかけていた。

ネヴァンはスパーダの足元から頭まで、舐めるようにして見つめながらフフッ、と笑った。

「お前が退屈なら、相手をしてやる」

「また私に刺激を味あわせてもらえるかしら?」

その問いに、無言でスパーダは閻魔刀を指で押し上げ鞘から刃を覗かせる。

満足そうに唸るネヴァンは踵を返し、舞台に上がるとコウモリ達が彼女を守るようにして密集し始めた。

起き上がったルイズは杖を突きつけ、アニエスもまたアラストルを構えだす。

ネヴァンはその二人にも視線をやり、楽しげに笑った。血と刺激に飢えた獣のような瞳がきらりと光る。

「いいわよ。久しぶりに、楽しみましょう」

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

夜のチクトンネ街の通りをティファニアは全力で駆けていた。

ウェストウッドの森の中で暮らしてきたとはいえ華奢な体である上に元々体力があるわけではないし、おまけにこの修道服では思うように走ることができない。

走っては止まり、走っては止まり、と何度も繰り返していた彼女の体力はもう限界に近づいていた。

喉の奥からは荒い呼吸が絶えず吐き出され続けている。胸を押さえればはっきりと心臓が激しく動いているのが分かるくらいだ。

だが、ここで足を止めるわけにはいかなかった。

(スパーダさん……)

自分は決して、彼の力にはなれないのだろう。

戦う力もない自分が悪魔を倒すことはおろか、まともに相手をすることすらできないのだろう。

それでも、せめてその戦いだけは見届けなければならなかった。

 

……だが、あの三人は一体どこにいるのだろう。

裏通りは危ないとスパーダやマチルダは言っていたために人が多い通りを走り続けているのだが、

悪魔と争っているのであればどこかが騒然とした状態になっているはず……。

「悪魔だ!」

「魔女だ!」

「化け物だああぁっ!」

何度目か分からぬ小休止を行なっていた時、通りにいくつもの悲鳴が上がった。

何十人という男達が血相を変えて逃げ惑っている姿が道行く人はもちろん、ティファニアの目にも映っていた。

その騒ぎに酒場からは何事かと僅かな客が顔を出し、外の様子を窺いだす。

相当混乱しているのか、勢いあまって倒れてしまう者まで出る始末だ。

「邪魔だっ! どけぃ!」

その中には貴族の人間もおり、他の平民の男達を押し退けていた。

(悪魔……)

やがて、最後の一人と思われる男が足をもつれさせながら地べたを這うようにして逃げてくるのを見届けた。

ティファニアはまだ少し息を切らしてはいたものの、ゆっくりと歩いて前へ進むことにする。

どうやら彼らが逃げてきたお店に例の悪魔がいるらしい。彼らが逃げてきた跡にはうっかり靴や帽子などといった小物が落ちている。

胸元で重ねた手を、母の形見の指輪と共にぎゅっと握り締める。

未だ心臓は呼吸と共にいつもより強く高鳴っていた

 

 

〝妖雷婦〟ネヴァンは強力な稲妻の力を操る上級悪魔である。

格の上では中の上といった所であり、同じ稲妻使いだったアラストルとは同等の地位と力を持っていた。

身に纏うドレスや従えているコウモリ達は彼女の魔力から生み出されているものであり、主にこのコウモリ達を介して自らの稲妻を相手にぶつけたり己を守る盾や鎧、武器はおろか移動手段にも利用するという変幻自在な扱いができるのであった。

事実、今のネヴァンが纏うドレスはコウモリ達をさらに集めることによって3メイル近い高さにまで大きくなっており、

コウモリの群れによって運ばれて浮かんでいるネヴァンは酒場の中を素早く流れるように動き回っていた。

その軌跡を、アニエスのランチャーから放たれた砲弾が縫っていく。

「ちょこまかと!」

外れた砲弾は床に転がる椅子やテーブルを粉砕し吹き飛ばす。

アニエスは次の弾を込めようとせず、ネヴァンが腕を振るってコウモリ達と共に放ってきた無数の雷弾をかわしていった。

 

その稲妻の弾丸はアニエスだけでなく、舞台上にいるルイズ達にも向けられて放たれていた。

「How's this?(これはどうかしら?)」

さらにネヴァンがその美しい手を伸ばすと掌から轟音と共に稲妻の嵐が吹き荒れ、ルイズとスパーダに襲い掛かる。

ルイズの前に立つスパーダは正面で閻魔刀をクルクルと回転させてコウモリ達を弾き返し、ネヴァン自身が放った稲妻さえも受け止めていた。

背後ではルイズが杖を頭上に掲げたまま呪文を唱えている。

「――バーストっ!」

唱えたのはキュルケも使うライン・スペルのフレイム・ボールであったが、その呪文によって起こされた爆発はネヴァンをコウモリ達もろとも包み込んでいた。

爆風によってテーブルも椅子も豪快に吹き飛ばされ、四方に飛び散った残骸は三人に襲い掛かる。

スパーダはそのまま閻魔刀で防御を続け、アニエスはアラストルを振り回して叩き斬った。

煙が晴れると、そこにはあれだけネヴァンに従えられていたコウモリの群れはほとんどいなくなり、ドレスも小さくなっていつもの大きさに戻っていた。

 

(あの小娘……)

ネヴァンとしては攻防一体である己のしもべ達があんな小娘ごときに一瞬で全滅させられたことに驚いていた。

「はあああっ!」

そこにアニエスがアラストルを高く振り上げ、ルイズ達の方に注意が向いているネヴァンに斬りかかる。

急襲を仕掛けた獣のごとき気迫と勢いであったものの、ネヴァンはアニエスの方を振り向こうともせずにショールを振り上げて弾き返し、さらに振るった手を捻るようにして突き出すと、掌から雷光が迸った。

攻撃を弾かれたばかりのアニエスは咄嗟に態勢を立て直そうとするが、間に合わない。

 

 

不気味な唸りと共にアニエスとネヴァンを挟んだ空間が大きく歪み、ネヴァンの放った雷撃がその歪みの中で刻まれた無数の斬撃によって阻まれていた。

その斬撃にネヴァンは感嘆とし、ちらりと舞台上で閻魔刀による居合いの構えを取っているスパーダを見やった。

千年以上も昔にも目にした、冷徹な魔剣士としての面構え。普段から冷たい表情しか浮かべなかったスパーダであるが、戦いとなれば冷たさはさらに力を増すのである。

その瞳は彼が手にする剣のように研ぎ澄まされ、目の前に立ち塞がる者は全て斬り伏せると言わんばかりの信念がありありと感じられていた。

(変わってないわねぇ……)

思わずぞくりと背筋を震わせてしまったネヴァンは、斬りかかってくるアニエスの猛攻を余裕の動作で避け続けると黒い影と無数のコウモリへと姿を変えて離脱した。

 

「何よ。やっぱり平民じゃ駄目ね」

アニエスの後方に姿を現したネヴァンを見てルイズが溜め息を吐く。

あのアラストルとかいう剣は先刻のスパーダとの会話からして、どうやらマジックアイテムか何かのようだがあれを使ってもあんなザマとは。

ここはやはり、メイジである自分の力を持ってあの悪魔を倒してやるしかないだろう。

ルイズは初めて直接、悪魔と戦うことになるわけだがスパーダがいてくれるだけで、恐れを感じずとても安心することができていた。

スパーダが一緒にいてくれれば負ける要素など何もないように感じてしまうのである。

杖を振り上げたルイズが、再び呪文を詠唱しようとしたその時だった。

 

ネヴァンが両腕を広げ高笑いを響かせながら、その身に稲妻を収束させてきたのだ。

何をやろうとしているか知らないが、すぐにでも吹き飛ばしてやれば良いだけのことである。

「きゃあっ! ちょっと、何をするのよ!」

ルイズは構わずに集中して呪文を唱えていたがスパーダが咄嗟に体を抱え上げてきたため、詠唱を邪魔されたルイズはスパーダの胸を叩きながら文句を言った。

その直後、ネヴァンの頭上から凄まじい轟音と共に巨大な稲妻が降り注いできたのだ。

まるで巨大な鉄槌が叩き込まれたような一閃は一瞬にして床一面に広がり、地上に転がる全てのものを焼き焦がしていた。

テーブルも椅子も黒焦げにされ、客が飲み残していった酒などは一瞬で蒸発してしまった。

スパーダはルイズを抱えつつ宙に飛び上がっていたために問題はなかったが、アニエスは地上に足を付けたままであった。

「……ぐっ」

膝をつくアニエスの体には、それほど大きなダメージはなかった。

床に突き立てられたアラストルが稲妻の力を吸い取り、彼女へのダメージを和らげてくれたのである。

ネヴァンが技を繰り出す直前、アラストルがアニエスに〝我を突き立てよ〟と語りかけてきたため、その言に従ったおかげで重傷を負うのは間逃れていた。

もっとも相手はアラストルと同格の上級悪魔であるため、それでも軽く火傷は負ってしまったのだが。

「まだ、まだだっ……!」

全身から僅かに煙を吹かせ、アニエスはよろめきつつも立ち上がっていた。

 

「ふぅん。平民にしては根性あるのね」

着地したスパーダに降ろされていたルイズは再びコウモリを纏ったネヴァンに斬りかかるアニエスを見て嘆息した。

ネヴァンが次々と放ってくる雷弾をアニエスはアラストルで叩き落しつつ一気に駆け寄り、ネヴァンを守るコウモリ達を斬り伏せていく。

女なのに男顔負けの気迫を発揮しながら繰り出す怒涛の猛攻はスパーダが愛剣のリベリオンを棒切れのように軽々と振り回すのに匹敵するほどの勢いであった。

一振りする度にコウモリ達は赤い血飛沫を散らせながら霧散し、徐々にネヴァンの防御を崩していく。

「お痛は駄目よ」

もちろん、ネヴァンも黙っているわけではなくその場でクルクルと回転すると、纏っているドレスの一部が巨大な刃となってアニエスを斬り刻もうとする。

アニエスは咄嗟に後ろに跳び退ってかわし、すぐにまたネヴァンへの攻撃を再開した。

ああして諦めずに戦い続けるのは賞賛すべきだろうが、やはり平民では悪魔を倒せないのだ。

メイジである自分と、頼れるパートナーにして伝説の悪魔であるスパーダに全てを任せておけばあんな淫乱な悪魔など一捻りである。

……というか、どうあっても自分の手で叩きのめしてやらないと気が済まない。スパーダとあんなに親しげにしていたのがそもそも気に入らない。

スパーダが悪魔である以上、色々な悪魔と出会っていたのだろうが……よりによってあんな淫乱女と知り合いだなんて! 

「スパーダ! あいつのコウモリをひっぺがしてちょうだい!」

「いや、それは君の役目だ」

杖を振り上げ再び呪文を詠唱しようとしたルイズであったが、スパーダはこちらにも飛ばされてきた雷弾を閻魔刀を回転させて防御しながら言った。

アニエスから逃げ回るネヴァンはこちらとアニエスの両方に向けて次々と同時に攻撃を仕掛けてきている。

「奴の防御を崩すのは君の爆発の方が効率が良い。奴への直接攻撃はアニエスに任せろ」

そのスパーダの言葉に、ルイズは顔を顰めた。

スパーダは自分よりもアニエスにあの悪魔を倒させようとしている。それが気に入らない。

(何よ。何であんな平民の女なんか信頼するのよ!)

平民であるアニエスはあんなに苦戦していて倒せそうにないというのに、何故彼女に任せようというのか。

パートナーである自分に任せないなんて、どういうことなのだ。

 

「どうしたの? 前みたいに大胆に攻めてきてちょうだい」

ネヴァンが雷弾を放ちながらスパーダの方を見やってきた。

スパーダとしては自分が前に出るとルイズがネヴァンの攻撃の餌食になってしまうので、傍に付いて守ってやらねばならないのだ。

そのために攻撃をアニエスに任せ、ルイズにはそのための援護、スパーダはそのルイズを守るというポジションに付いているのである。

本来、使い魔という存在はこうした状況で主を守るとされているそうだが、今まさにそうした状況なのだ。

もっとも、ルイズが主でなかろがスパーダは彼女を守るのだが。

「そこの小娘が足手まといになってるのかしら?」

そのネヴァンの言葉に、苛ついていたルイズが溜めていた怒りが爆発する。

「な、何ですってぇ!? もう一度言ってごらんなさいよ!」

「何の因果でスパーダと一緒にいるのか知らないけど……スパーダが全然、攻めてこないんだもの。私はスパーダと刺激を味わい合いたいのに……。そんなザマじゃ、小娘が足手まといになっているものだわ」

つまらなさそうに呟くネヴァンは攻撃の合間を縫って斬りかかってきたアニエスの斬撃をショールで弾いていた。

「相手にするな」

スパーダがルイズの怒りを静めようと語りかけるが、あんな淫乱女にここまで馬鹿にされて黙っていられるわけがなかった。

 

パートナーである自分が役立たず? 

 

パートナーの足手まとい? 

 

スパーダはメイジでパートナーの自分より平民のアニエスを信頼している? 

 

……冗談じゃない。

自分は、役立たずなんかじゃない! 

あんな平民なんかに舐められてたまるものか! 

「言わせておけ」

プルプルと肩を震わせているルイズをスパーダが再度抑えようとしたが……。

「うるさい、うるさい、うるさい! うるさいぃっ!!」

けたたましい憤怒の叫びを上げたルイズはスパーダの制止も聞かずにずんずんと前へ出て舞台から下りていった。

「あたしはスパーダのパートナーよ! 足手まといなんかじゃ、役立たずなんかじゃないわっ!」

叫びながら杖を突きつけ、呪文を唱えようとするルイズ。

ネヴァンは横に伸ばした帯状の稲妻を両端に二匹のコウモリ達を付け、ルイズに向けて飛ばしてきた。

縦に三つほど並べられた稲妻の帯は上から順に放たれる。

 

同じように舞台から下りたスパーダが素早く駆け寄りルイズを抱えて共に床に倒れるように伏せ、稲妻の帯をかわした。

ネヴァンの稲妻はスパーダ達の頭上をすれすれで通り過ぎていった。

「離してよ! このままあんな悪魔に……平民なんかに舐められるわけにはいかないのよっ!」

完全に頭に血が昇り我を忘れてしまっているルイズはスパーダの腕を振り払って立ち上がり、アニエスと交戦しているネヴァンへ近づいた。

「待て。奴に近づくな」

起き上がったスパーダが呼び止めるも、突如足元が光りだしたのを目にし、即座に横転を行なった。

ネヴァンがスパーダがいた場所に轟音と共に巨大な稲妻を落とし、床を砕いてきたのである。

空間転移を使っても、避けたスパーダの移動先にも的確に落雷を発生させてくるため、中々ルイズの元へと行くことができなかった。

 

「平民っ! そこをどきなさいっ! そいつはあたしが仕留めるわ!」

ネヴァンを守るコウモリの群れはアニエスの猛攻によって大分剥がされている。これならば自分の爆発を直接叩き込むこともできるはずだ。

これまでスパーダの指導の下、自分の新しい魔法として特訓を続けてきた〝バースト(炸裂)〟は、唱える魔法の呪文の長さによって爆発の規模が変わるということが判明していた。

系統魔法は下から順にドット、ライン、トライアングル、スクウェアと分かれており、高位のランクほど呪文の詠唱が長くなる。

つまり高ランクの呪文ほど威力が増すので、今度はトライアングルクラスの魔法の呪文を唱えることにした。もちろん、その分精神力の消耗も大きくなってしまうが……。

「ヴァリエール殿! 待て! ……ちっ!」

アラストルの加護により身体能力が強化されていたアニエスはネヴァンの頭上を身を翻しながら飛び越えた。

当然、ネヴァンは頭上のアニエスに稲妻を放ってきたが、不安定な体勢であるにも関わらずアニエスは巧みにアラストルを振るって攻撃を逸らす。

反対側に着地したアニエスはルイズの前に立ち、スパーダの代わりに盾になろうとする。

「ヴァリエール殿。前に出ては危険だ」

「平民が貴族に命令するんじゃないわ! 黙ってなさい!」

だがルイズは貴族としてのプライドと意地を露にし、アニエスを威圧すると杖を振り上げ、呪文を詠唱しようとする。

「くっ! おのれっ……!」

アニエスはネヴァンが右手の掌から放ち続けている稲妻の嵐をアラストルで防御するので手一杯だった。

おまけにまるで獲物をいたぶるかのように徐々にその力を上げつつ一点に集中させてきており、先ほどのダメージで消耗していたのが祟って押されている。

ネヴァンは冷たいしたり顔を浮かべながら二人を見下ろしていた。

ちらりとスパーダの方を見ると、未だ落とし続けている落雷をかわしながらこちらへ向かってきている。

「ぐっ……ぬぬっ……くぅ……!」

吹き飛ばされぬように全身に力を込めるアニエスであったが、もはや限界だ。

 

 

「うあっ!」

「バース――」

ルイズが呪文の詠唱を終え、いざ爆発を叩き込もうと杖を振り下ろそうとした時、閃光と共に巨大な轟音が鳴り響いた。

喉からそれ以上の声が出ることはなく、漏れてきたのは呻きのみ。全身に、この世のものとも思えぬ激痛が駆け巡る。

ネヴァンがさらに力を上げて放った稲妻がアニエスの体を弾き飛ばし、盾が無くなったことでルイズにも襲い掛かったのだ。

風系統の魔法にも存在する電撃で相手を攻撃するライトニング・クラウドは直撃すれば人間の命を奪うことなど容易いものである。

だが、ネヴァンの放った稲妻の嵐はそれを遥かに超える威力であり、一瞬にしてルイズの全身に浸透し、その身を内側まで焼き焦がしていく。

稲妻に打たれたルイズは苦痛の悲鳴を上げることはおろか、自分の体が稲妻に焼かれていることすら認識できなかった。

やがて、その華奢な体がビシャンッ、という鋭い音と共に豪快に吹き飛ばされた。

舞台の上に無残に叩きつけられ、鞠のように跳ね、転げまわった。

アニエスはアラストルの加護により耐えることができた一撃が、何の加護も受けていない、平民となんら変わらない人間の肉体であるルイズが耐えられるはずもなかった。

仰向けに力なく横たわるルイズは服もマントも杖さえも焦がされ、それを握っていた右手は指先から腕までほとんどが炭化していた。

生気の失せた虚ろな目を開けたままのルイズの体は、弱々しくピクピクと痙攣している。

その小さな口からは、既に虫の息一つ漏れてはいなかった。

 

 

 

 

「This's the end.(これでおしまい)」

突き出していた手を下ろし、ネヴァンは呟いた。

生意気な小娘はこれで仕留めた。女剣士の方も生きてはいるが、あれではもう戦えまい。

吹き飛ばされたアニエスは崩れたテーブルと椅子の残骸に突っ込み、気絶している。手放されたアラストルは壁に突き刺さっていた。

「さあ、これで二人きり……っ!」

邪魔者を排除し、いざスパーダと刺激を味わい合おうと顔を向けた途端、ネヴァンは珍しく吃驚した。

いつの間にか目前に迫っていたスパーダが閻魔刀の柄頭をネヴァンの腹に打ち据えてきた。

「……!!」

ドコンッ、と音を立てて繰り出された一撃は上級悪魔であるネヴァンでさえ苦悶の呻きを漏らすほどに強烈だった。

以前はスパーダに剣で叩き斬られたり、貫いたりされたものだが、これも中々に堪える。

「……っ。ふふっ、その小娘は大事だったみたいね……」

後ろによろめき体を折りながらもネヴァンはスパーダの顔を見上げる。

千年以上も前のあの時、スパーダは何を思ったか人間達を守るために魔界を裏切り、剣を振るった。

その際、彼が浮かべていた時と同じ強い信念と戦意が込められている。

 

そして、今回はさらにもう一つの感情がその気迫ある冷徹な顔に刻まれていた。

……守るべきものを傷つけられた〝怒り〟という感情を。

 

スパーダが瞬時に懐から取り出してきた二丁の短銃。

ネヴァンに突きつけるなりスパーダの両腕には赤黒いオーラが湧き出て、握っている銃を包み込んでいった。

 

まるで大砲を撃ったような凄まじい銃声と共に、二つの銃口から通常より大きな魔力の弾丸が放たれた。

その反動と衝撃に耐えられず、スパーダの腕と共に跳ね上がった銃は粉々に砕け散ってしまう。

「はぐっ!!」

スパーダ魔力の全力を持って作られた弾丸は赤い光の尾を引きながらネヴァンの腹に直撃し、爆ぜた。

爆風に包まれるネヴァンはその強烈な一撃に耐えられず、床に倒れこんでしまう。

「……ああ、すごい。刺激的だわ……。前より力は衰えているはずなのに……」

その口から出てきた快感の呻きを漏らすネヴァンであったが、壊れた銃を投げ捨てるスパーダは静かに閻魔刀を鞘から抜き出し、歩み寄ってきていた。

ふと気付けば、朧げにスパーダの姿と共に彼本来の悪魔の姿が浮かび上がっている。

「っ……」

倒れこんでいるネヴァンの首を掴み上げ、無理矢理立たせたスパーダは閻魔刀を無造作に垂らしたまま冷たい目付きで睨みつけている。

見る者をゾッとさせる恐ろしさで満ちていた。

(ああ……素敵……)

思わず、ネヴァンは酔い痴れたように目付きをトロンとさせる。

『これ以上、他の人間達を傷つけてみろ。……三度は無い』

悪魔としての本性を露にした冷酷な声に、ネヴァンは更なる愉悦を感じていた。

 

 

ティファニアがある路地の近くまで来た時、凄まじい轟音が鳴り響いていた。

それは地の底から響いてくるような不気味な轟きであり思わず足を止めてしまったが、同時にそれが路地の奥から聞こえてくるものであることを察していた。

路地の奥で見つけた地下の扉を開け、恐る恐る中を覗き込んでみると、そこは地獄のような場所だった。

酒場とは思えない広さの空間には焼け焦げた椅子やテーブルが無残に転がっているのだから。

やはりこの中でスパーダ達は戦っていたことを確信するが、それにしてはとても静まり返っている。

(どうしたのかな……)

不安を感じ、そっと静かに扉を開けていく……。

そして、思わず目にしてしまった光景に絶句してしまった。

(ス、スパーダさん!?)

そこにいたのは紛れもなく、スパーダであった。

右手に持つ刀で土気色の肌をしている女の腹を容赦なく串刺しにしていたのだ。

ボタボタと刀からは体を仰け反らせている女の血が滴り落ちている。

(あれが、悪魔……なの……?)

悪魔というと、ティファニアも目にしたあのおぞましい姿ばかりなのかと思ったのに、今スパーダが貫いている悪魔は息を呑んでしまいそうに美しい姿をしていた。

その妖しい美貌を持つものであろうと、スパーダは容赦なくその身を手にする剣で貫いている。

悪魔を睨みつけるスパーダの表情は、一見するとどんな感情を抱いているのか窺うことができない。

だが、ティファニアは察していた。スパーダは……怒っている。

あれだけ自分に優しく接して父性を見せてくれた人が、今まさに悪魔らしい冷酷な姿を見せていることにティファニアは思わず恐怖を感じてしまった。

(大丈夫……。スパーダさんは、悪魔なんかじゃない……)

緊張で高鳴る胸を押さえ、ティファニアは店内へと足を踏み入れていた。

 

「ふふ、ふっ……。やっぱり、スパーダはスパーダね……。何一つ変わってないわ……」

その身を閻魔刀で刺し貫かれているにも関わらず、ネヴァンは妖しく笑いながら呟いて体を起こしスパーダの背と首に手を回していた。

スパーダはネヴァンを抱こうとはせず、閻魔刀を握る手を離さない。

「いいわ……。また一緒に付き合ってあげる……。これからも刺激を味わい合いましょう……ダーリン」

そう呟き、ネヴァンはスパーダの首を擦るとその頬にそっと口付けをした。

ネヴァンの体は雷光と共に眩い光に包まれ、消え去った。

代わりにスパーダの腕に抱えられていたのは、一振りの装飾を施された大鎌だった。

およそ140サントほどの長さで、鎌というだけあってその先端には鋭く弧を描く刃は備えられている。

 

〝電刃ネヴァン〟

 

上級悪魔ネヴァンの魂が肉体と共に姿を変えた魔具の一つであった。

スパーダがネヴァンの大鎌をじっと見つめて細く溜め息を吐くと、その手の中で淡い光に包まれながら小さくなっていく。

小さな光球へと姿を変えたネヴァンはそのまま透けるようにして消え、スパーダの魔力の一部となっていた。

 

(スパーダさんの、知り合い……?)

ティファニアはずいぶんとスパーダと親しげにしていたあの悪魔が鎌に変わってしまった光景に呆気にとられていた。

「付いてきたのか。もう終わったがな」

「あ、あの……ごめんなさい」

閻魔刀を鞘に収めつつ振り向いてきたスパーダにティファニアは思わず謝ってしまう。

「構わん。気にするな」

特に責めることもせず、スパーダは急いで舞台の方へと駆けていった。

「……ルイズさん!」

ティファニアは舞台の上で倒れているルイズの姿を目の当たりにすると、自分も思わず舞台へと駆け上がって行った。

全身を焼き焦がされたルイズの凄惨な姿に、悲痛な顔を浮かべる。

スパーダはルイズの体を抱え上げ、その顔に耳を近づけ、胸に手を触れた。

(呼吸が止まっている)

それどころか心臓さえも止まってしまっていることにスパーダは深刻そうに顔を顰めた。

バイタルスターは持ってきてはいるものの、これでは体の傷を治すことはできても助かる可能性は著しく低い。

肉体の外傷は治せても、蘇生させることはできないのだ。

死者の魂を再び肉体に繋ぎ止める魔力の結晶、ゴールドオーブでなければ不可能である。

「Damn it……!(くそっ……!)」

拳を床に思い切り叩き付け、スパーダは呻いた。

 

 

(スパーダさんがこんな顔をするなんて……)

ティファニアはスパーダが無念の顔を浮かべていることに驚いていた。

きっと、さっきのあの悪魔から守ろうとしていたのが守りきれなかったのだろう。それを後悔しているのだ。

そして、彼自身の手ではルイズの命を救うことができないことに。

ティファニアは自分の指に嵌められている指輪をじっと見つめた。

母は生前自分に言った。困っている人を見たら助けてあげなさい、と。

その時のためを思ったのか、母は自分にこの指輪を残してくれた。

そして今、自分の目の前で苦境に立たされている人がいる。その人達を救うために自分がすべきことは……。

(母さん……力を貸して)

意を決したティファニアは指輪を外すと、それを手にルイズの傍へと歩み寄り屈みこんだ。

「スパーダさん。ルイズさんを横にしてあげてください」

毅然とティファニアが告げると、スパーダは訝しそうにしながらも従った。

蘇生はできなくとも、せめて体に付けられた傷だけでも癒してやろうとバイタルスターを使おうとしたのだが……。

ティファニアは手にする指輪を横たえられたルイズの胸の上でかざし、意識を集中させる。

 

スパーダはティファニアが手にする指輪の宝玉から、強い魔力を感じ取っていた。

「旧き水の力よ……この者に流れる水と共に、この者を癒したまえ……」

まるでこれから起こるべき事象を読み上げるように静かに呟く。透き通るように澄んだ声も相まって、本物の妖精が詠っているように神秘的であった。

ティファニアの呟きと共に指輪の宝玉が仄かな光を発し始めた。宝玉から大粒の雫のような光が漏れ出し、ポタリとルイズの胸に滴り落ちる。

その雫を中心に光が広がり、ルイズの全身を包み込んでいった。

ネヴァンの稲妻で焼き焦がされ、炭化していた手の傷も、首から恐らく全身にまで走っているであろう帯状の火傷も、まるで絵の具で塗り潰すかのように癒えていく。

ものの数秒で、ルイズの全身に刻まれていた全ての傷は跡形もなく消え去っていた。

虚ろであった目は癒しと共に瞼が閉じられ、まるで眠っているかのような安らかな顔を浮かべている。

胸は小さく上下し、止まっていたはずのルイズの呼吸と心臓が再び動き始めたことを示していた。

(旧い水の力……先住魔法か)

ティファニアの指輪が水の先住魔法が封じられている代物であることを知り、スパーダは驚嘆していた。

ほとんど死んでいたに等しいルイズを一瞬にして蘇生し、傷さえも治してしまったのだ。

スパーダがティファニアを見やると指輪を嵌め直しながらにこりと嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

「おい、大丈夫か!」

気絶から立ち直ったアニエスがアラストルを手にして起き上がるとあの悪魔の姿は消え、舞台にはルイズの体を抱き上げているスパーダと修道女のティファニアの姿がそこにあった。

「奴はどこへ行った!?」

「心配はいらん。もう終わった」

スパーダは興奮しているアニエスの方を振り向き、毅然と結果を返していた。

どうやら、少し気を失っている間にスパーダがあの悪魔を仕留めてしまったらしい。

一息を吐いて己を落ち着かせたアニエスはアラストルを鞘に収めて背負い、スパーダ達の元へと歩み寄っていく。

「何だ。いつのまに来ていたんだ?」

「あ、ご、ごめんなさい……。皆さんのことが心配で……」

目を丸くしたアニエスにじろりと睨まれ、ティファニアは思わず詫びいっていた。

「そう言うな、アニエス。彼女のおかげでミス・ヴァリエールは救われた」

スパーダは片腕でぐったりとしているルイズの体を抱えたまま、ティファニアの頭をヴェールの上から撫でてやった。

優しく撫でられていたティファニアは横目でちらりとスパーダの顔を見上げてみる。

先ほどまで冷徹な悪魔のような顔、深刻な苦い顔を浮かべていたのが嘘のように、僅かながらも笑みを綻ばせていた。

(良かった。……スパーダさんの役に立てて)

ティファニアはスパーダにこうして彼に触れてもらうことで彼の持つ父性をその身ではっきりと感じていた。

 

アニエスは事情はよく分からないが、スパーダがこうまで彼女に謝意を示していることから大方、このティファニアもメイジか何かなのだろうということで納得をしていた。

「……そうか。しかし、ヴァリエール殿も無茶をしたものだな」

このヴァリエールという少女はいかにメイジといっても実戦経験がほとんどなかったのだろう。だからあんな無茶を起こしてしまったのだ。

おまけにあんな挑発にまで乗ってしまって。

だが魔法学院の生徒であり、まだ子供である以上、あのような無謀な行動を取ってしまうのも致し方なかったかもしれない。

それをフォローするのが、自分達のような経験者なのだ。

「だが、お前もずいぶんと手傷を負わされたようだ」

言いながらスパーダは懐からバイタルスターを取り出しアニエスに投げ渡す。

「悪いな」

アニエスは渡されたバイタルスターを自分の胸に当てると、体中に負っていた傷を治していく。

再びルイズの体を両手で抱えたスパーダはもはや長居は無用と言わんばかりに歩き出し、ボロボロになってしまった悪魔の店を後にした。

 

 

酒場の外からチクトンネ街の通りへ出るとそこに現れたのは街を警備している警邏達であった。

「アニエス殿! 何があったのだ?」

市民の誰かが通報したことで派遣されたようだが、スパーダ達と一緒にいるアニエスの姿を見るなり何事かと問いただしてきたのである。

どうやらアニエスとは顔見知りらしいので、彼女は任せろと言わんばかりに頷いて現場で起きた出来事を告げた。

最近、密かに発生していた怪事件とその調査、そして犯人である悪魔をスパーダと共に撃退したことなどありとあらゆる内容をだ。

話を聞かされた巡邏達は呆気に取られた様子でスパーダを見つめていた。

ついこの間、汚職で捕まったチュレンヌを叩きのめしたという噂の異国の貴族が悪魔をも打ち倒してしまうなど……信じがたい話であった。

魔法を使うメイジならまだしも、彼は剣を使うのだから。

「今回もすまんな、スパーダ。礼を言う」

「気にすることはない」

そう短く言葉を交わし、盟友の化身を預けた戦士と別れたスパーダは気を失ったままのルイズを抱えたままティファニアと共に通りを進んでいった。

気を失っているルイズを抱えているためか、道行く人達はちらちらとスパーダに怪訝な視線を向けてきていたが、それを無視する。

 

「その指輪はマジックアイテムだな」

「はい。これは母の形見なんです」

未だ騒ぎの燻りが続く街中をティファニアと並んで歩き、話しかけると即座に肯定していた。

愛おしそうに指輪を撫で、じっと見つめるティファニア。

ティファニアの母はエルフ。つまり、エルフの宝というわけだ。

「母は言っていました。〝困っている人を見つけたら、助けてあげなさい〟って。本当に助けることになるなんて、思ってもみなかったけど……」

ティファニアは目を細め、心底安心したような表情を浮かべた。

「スパーダさん達のお役に立てたなんて……嘘みたいです。わたしなんか、邪魔になるんじゃないかって思っていたのに」

もちろん、戦闘能力を持たないティファニアが戦いの場にいれば足手纏いになっていたのは間違いないだろう。

だが、それは彼女が救ったルイズにも同じことが言えたことだ。結果として手痛い目に遭ったのだから。

「君には君で、自分にできる役目がある。それを充分に果たした。それだけのことだ」

スパーダはティファニアとその指輪を見やった。

「ミス・ヴァリエールを救ってくれたことには心から感謝する」

「い、いえ。わたし、当たり前のことをしただけです。ただ、母の言い付けに従っただけで……」

恭しいスパーダからの謝辞にティファニアは慌てて謙遜する。

スパーダは素直にティファニアのとった行動には感服していた。

スパーダも他者に救いの手を差し伸べるがほとんどは戦いによって敵から守ることがほとんどだ。

ティファニアのように傷つき果ては命の灯火が尽きた人間を救うというのはさすがのスパーダとて至難の業である。

窮地に立たされた者に救いの手を差し伸べるのは当たり前のこと。たとえそれが戦いによるものでなくとも、この少女はそれを当然のこととして認識している。

そして、その心がけを彼女の母は娘に教えたのだ。

 

「……良い母親だったのだな。名は何と言う?」

「シャジャルと言います」

「シャジャル……か」

思えば何故、エルフがアルビオンにいたのかが分からない。エルフは砂漠の民であり、人間達の領土であるハルケギニアにはよほどのことが無ければ干渉などしないはずである。

だが何にせよ、そのシャジャルというエルフは人間と異種族間を越えた愛を育み、この少女に己の宝と意志を授けたのだ。

……だからこそ惜しまれる。そのような者が既にこの世にいないとは。

「ティファニア。母親からの教えは大切にしておけ。君には君でできる救いの術がある。……無論、無理はするな」

「は、はいっ。……その、スパーダさんもルイズさんも無茶はしないでくださいね」

逆にティファニアからもそのようなに心配され、スパーダは苦笑した。

自分はまだしもルイズにはこれからそれを伝えてやらねばなるまい。

「ルイズさんはこれからどうするんです?」

「一晩は休ませる」

トリスタニアへは学院の馬で来ている。このまま帰ってもいいが、やはり宿でルイズを休ませておいた方が良いだろう。

宿屋はどこでも構わないがせっかくだからスカロンの店にでも厄介になるとしよう。

ネヴァンの作った店が潰れた以上、再びチクトンネ街は活気を取り戻すことになるだろう。

「だが、その前に送ってやろう。……何かあったら、君の姉に申し訳が立たん」

「……そういえば、さっきのあの女の人の悪魔ですけど……スパーダさんとどういう関係なんですか?」

「ただの腐れ縁だ」

つまらなさそうに、そして疲れたような溜め息が吐き出されていた。

 

 

 

 

(……あ、れ……?)

一体、ここはどこなのだろう。確か、自分はスパーダやアニエスと共にあの淫乱な悪魔と戦っていたはずである。

バースト(炸裂)の魔法を悪魔に叩き込んでやろうとした途端、そこから突如として意識が吹き飛んでしまったのだ。

それからどうなったのか、自分が今どこにいるのかすら分からない。

……しかし、確かめようにも体が動かない。

いや、全く動かないのではなく体に力が入らないせいで思うように動かせないのだ。

手も、足も、腰も、華奢な体の全てが完全に萎えてしまっている。

まるで何十日も飲まず食わずで歩きに歩き続けたせいで、疲労が溜まってしまったような脱力感が体全体を支配している。

瞼が重いせいで上手く目を開けられない。薄っすらと僅かに目を開けようにも、すぐに閉じられてしまう。

(……ベッ、ドの……う、え……?)

かろうじて、自分がベッドの上で寝かされていることはその身に受ける感触で理解することができた。毛布もちゃんとかけられているようである。

魔法学院の寮のベッドと比べれば寝心地は良くなかったが。

ということは、ここはどこかの宿だろうか? 

だが、どうして自分がそんな場所にいるのか分からない。そもそも、スパーダはどこに? 

 

コンコン、と扉か何かを叩く音が聞こえた。

ルイズは精一杯の力を振り絞って首を動かし、音のした方を向こうとする。せめて、片目だけででも確認をしようと瞼を必死に上げ、目を開けようとした。

「ごめんなさぁい。お休みの所、失礼するわよん」

震えながらも首を動かし、薄っすらと目を開けると覚えのある気持ち悪い男の声を耳にした。

(ス、パー、ダ……)

ルイズの視界に微かに飛び込んできたのは、自分の横で椅子に腰掛けながら眠りについていたスパーダの姿だった。

かけがえのないパートナーが傍にいてくれたことに安心し、手を伸ばそうにももはやルイズにはこれ以上、体を動かす力は残っていなかった。

「ぁ……ぅ……」

彼の名を呼ぼうにも虫の息のように弱々しく漏れるだけで、どうしてもはっきりとした声が喉の奥から出てこない。

「無理はするな」

腰を上げたスパーダはその消え入りそうな声が聞こえていたのか、労わりの声をかけてくれた。

「……ス、パ……ダ……ま、て……」

そのまま背を向け扉の方へ向かっていくスパーダに、ルイズは必死に呼びかけようとした。だが、その弱った体ではまともな言葉を発することはできない。

「大人しくしてな、娘っ子。下手に動いてもどうにもなんねえぜ?」

視界には入らないが、デルフの諌める声が聞こえてきた。

 

「ルイズちゃんの具合はいかがかしら? 軽ぅ~くだけど、朝ご飯をお持ちしてあげようと思うんだけど。もちろん、スパーダ君の分もね」

「頼む」

現れたスカロンの提言にスパーダは即座に同意する。

昨晩、ティファニアを修道院へ送った後、この魅惑の妖精亭へとやってきたスパーダは部屋を一つ借りて運んできたルイズを寝かせていた。

いくら蘇生したとはいえ、肉体そのものは衰弱した状態であるため、ゆっくりと休ませてやる必要があったのだ。

バイタルスターで体力を回復させようにも、衰弱した状態から一気に正常に戻してしまっては反動に耐えられない恐れがある。

よってまずは一晩眠らせてある程度、自然に回復させた上でバイタルスターを使って正常にしてやるつもりだった。

「トレビアン。それじゃあ、すぐにお持ちしてあげるからねん。待っていてちょうだぁ~い」

ルンルンとした気分でスカロンは体をくねらせながら一階へと下りていった。

扉を閉めて振り返ったスパーダは再び椅子に腰掛け、懐からバイタルスターを取り出した。

魔力の純度は下位のものであるが、今のルイズの状態ではこれが妥当であろう。

ルイズは今、まだ弱っている体を必死に動かそうとしている。これ以上、それを続けさせてしまうのも忍びない。

 

「……ここ、どこ?」

バイタルスターで体力が少し回復し、とりあえず体は起こせるようになった。

まだ少し脱力感は残るもののつい先ほどまでとは天国と地獄もの差があり、快適だった。

「スカロンの店だ。一晩泊めさせてもらった」

部屋を見回しながら尋ねるルイズにスパーダは答える。

「っていうか、何でこんな所に……それより、あの悪魔は!?」

「心配はいらん。既に片は付いた」

淡々と結果を告げるスパーダに、ルイズは目を丸くする。あれから一体何があったのか、もっと知りたかった。

ルイズが尋ねようとしたその時、再び扉がノックされた後、スカロンが入ってきた。

「お待たせぇ~ん。あら、お目覚めのご様子ね? それじゃあ、ごゆっくりと――」

言いながらスカロンは部屋に備えられているテーブルに盆を二つ置いていき、退室していく。

朝食のメニューはシチューのようだ。今のルイズにはちょうど良い。

スパーダは皿が乗った盆をルイズの膝に置き、自分もテーブルについたまま食し始める。

 

だが、ルイズはスプーンを握ったまま呆けており、動かない。

「どうしたよ? さっさと食わねえと冷めちまうぜ」

声を上げるデルフの篭手はベッドの傍の小さなチェストの上にルイズのマントと共に置かれていた。

「お前さんはあの世に行く寸前だったんだからな。少しでも体力つけねえと身が持たないぜ?」

「……ちょっ! 死ぬ寸前ってどういうこと! スパーダ! 一体、何があったのよ!?」

デルフが口にしたとんでもない発言に、ルイズは黙々と食事を続けるスパーダに食ってかかる。

顔を向けないスパーダは食事を続けつつ、ネヴァンとの戦いで起きたことを話してくれた。

 

ルイズがネヴァンの稲妻に打たれた後、ネヴァンはスパーダの手によって倒されたこと。

 

稲妻に打たれたルイズは死んでいたに等しい状態であったがそこに付いてきたティファニアが現れ、マジックアイテムで蘇生させてくれたこと。

 

「あの子が、わたしを……?」

「その娘には感謝しな。貴重なマジックアイテムを惜しみなく使って、相棒ができねえことをやってくれたんだからな」

話を聞かされたルイズは愕然としていた。あのティファニアに、そんなことができただなんて。

そして、はたと気付く。自分の服やマントが所々に焦げ跡が刻まれてボロボロになっていることを。

ルイズはあの時、自分の身に何が起こったのかが分からなかった。その結果を知らされ、息を呑んだ。

悪魔の力は、メイジの力などよりも遥かに恐ろしいかを改めて認識させられる。

「とにかく無事でなによりだ。……む」

「何しやがるんでぃ!」

突然、ルイズがデルフの篭手を掴んでスパーダに投げつけてきたのだ。

スパーダは左手を動かし、それを掴みとるとルイズの方を振り向いた。

彼女は不満を露にしたように顔を顰め、スパーダを睨みつけていた。

「何であたしを守らなかったのよ! あなたはあたしのパートナーでしょ!?」

突然癇癪を上げるルイズを、スパーダは素っ気なさそうに見つめる。

「それなのにあんな役立たずの平民に任せるだなんて!」

全てを聞かされたルイズは昨日の出来事を何もかも思い出した。

スパーダは悪魔の討伐をルイズには任せず、あのアニエスとかいう平民の女剣士に倒させようとしたのだ。

それがどうにも許せなかったのだ。パートナーではなく、平民の方を信頼するだなんて。

 

「パートナー一人も守れないだなんて、何が伝説の魔剣士よ!」

「おいおい、娘っ子。俺は相棒の中から昨日の戦いを拝見させてもらったんだがよ……いくら何でもありゃないぜ?」

テーブルの上に置かれたデルフが呆れたように呟いていた。

「何がよ!」

「あのアニエスとかいう女はな、確かに魔法は使えねぇ。だが、悪魔どもとの戦いはかなり場数を踏んでいることは確かだ。だからお前さんと違って、正面からガチで戦ってもまず大丈夫ってわけよ」

「あたしだって! あんな悪魔くらい、正面からやったって!」

「そうやって死にかけたのはどこの誰だっけか?」

ぐっ、とルイズは言葉を詰まらせる。そして、スパーダを睨みつけた。

 

「スパーダがあたしを守らないからよ! パートナーはお互いに助け合って行動すべきなのに!」

「……はっきり言うがな。足を引っ張ってたのはお前さんだよ」

「な……!」

冷淡な声で答えたデルフにルイズは目を見開く。

「相棒は相棒でちゃんと考えがあったのに、お前さんはそれを無視して前に出てきて無謀なことをしちまった。いくら相棒でも、そんなことする奴のフォローなんて難しいもんだぜ? アニエスが平民だからって経験者であることにゃ変わりねえ。それを無碍にしたら命がいくつあっても足りねえ」

「あたしは……あたしは……!」

自分は役立たずなんかじゃない。そう言い返そうとした時だった。

「もう良い。デルフ」

ようやく喋りだしたスパーダは空になった皿にスプーンを置いた。

ちらりと、ルイズの方へ視線を向けてきた。いつもと変わらぬ冷徹な瞳だった。

 

「結果的に私がミス・ヴァリエールの身を守れなかったことに変わりない。それは詫びよう」

「スパーダ」

「だがこれだけは言う」

体ごと正面に向けてきたスパーダは両脚と腕を組んでいた。

「今の君が立つべき場所は、決して修羅場の中などではない」

「どういうことよ」

「つまりだな。今の娘っ子はまだ悪魔どもと戦うには経験も何もかもが不足してるってことだ。だから戦いの最前線に出る必要なんてないのさ」

デルフからの言葉に、ルイズは顔を伏せた。

前線に出ないということは、自ら敵とは戦わないことになる。それでは自分は役立たずに……。

「君は決して役立たずなどではない」

目を伏せ、スパーダは静かに言葉を続けた。

「君には君で、己の立つべき場所がある。アニエスにも、私にも、そしてティファニアにも、それがあるのだ」

「立つべき……場所?」

「それだけは自覚してもらいたい。己が立つべき場所を決して見失うな。……次に見失ったら、私では尻拭いをしきれん」

スパーダは立ち上がり、立て掛けてあった閻魔刀を手に取り、部屋から去っていった。

 

一人残されたルイズはぼんやりとしたまま、扉を見つめていた。

(あたしの……役目……)

「お前さんのその爆発の魔法はな。一見派手だが、せいぜい相手を吹き飛ばして怯ませるのが限界なんだよ」

テーブルに置きっぱなしにされたデルフがルイズに語りかけてきた。

「倒せるのは土メイジの雑魚ゴーレムとか、ガーゴイルとかその程度だぜ? ましてや、あんな悪魔なんかこけおどしにしかならねえ。

どちらかっていうと敵を倒すよりゃあ、相棒が言ったように前線で戦う相棒をサポートする方に向いてるのさ」

せっかく新しい魔法として特訓を続けているものが、その程度の力しかない? ルイズは顔を顰めた。

「六千年生きてきた俺からも言わせてもらうぜ。お前さんの立ち位置は敵に突っ込むことじゃねえ。それは相棒に任せれば良い。相棒だけじゃねえ。アニエスみたいに平民だろうと、場数を踏んでいる奴も同じことさ。

今のお前さんは相棒達の戦いをサポートして、相棒はお前さんを守る。そして平民だからって侮っちゃあいけねえ。それを忘れるなって、相棒は言いたかったわけよ」

まるでスパーダの思いを代弁するデルフからの言葉にルイズは己の手を見つめた。

スパーダがアニエスとかいう平民を信頼するのは身分などではなく、その目で彼女の力量を見極めていたから。

そして、自分にサポートを任せようとしていたのもルイズ自身の力がどのようなものかを知っているから。

……それが分からなかったのは、自分だけ。なんとも情けない結果ではないか。

パートナーのことを信頼していなかったのは、自分の方だったのだ。

それが結果としてパートナーと、共に行動する者達の足を引っ張ることになってしまった。

ルイズは己の晒した醜態に歯噛みした。それこそ自分が〝ゼロ〟のルイズだと示しているものだ……。

 

「それが分かったなら、さっさとその飯食っておきな」

デルフに促され、激しく落ち込んでいたルイズはぼんやりとしたままスプーンを再び手にし、細々とシチューを口にしていた。

「……しっかし、ルーンも封印されていて運が良かったよなぁ」

ぽつりと、誰にも聞こえない声でデルフは囁いた。

スパーダの左手に刻まれた〝ガンダールヴ〟のルーン。あれは今、スパーダの力によって封印されていわば仮死状態となっている。

本来、主人か使い魔のどちらかの命の灯火が消えた時、契約は途切れルーンも使い魔から消え去るという。

だが、スパーダに刻まれていたルーンは仮死状態であったがためにそのことに気が付かなかった。

故に、未だ彼の左手には刻まれたままだった。

 

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  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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