魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 35 <闇を統べし、修羅の王> 中編

右手に握る拳銃、ルーチェの銃口を真っ直ぐと標的に向けて狙いを定める。

無数の鋭く細い棘で覆われた球体状の鉄格子に囲われた中で不規則に回転し続ける物体を凝視し、ルーチェの銃へ魔力をいつもより多めに注ぎ込んでいた。

スパーダの魔力を象徴する赤黒いオーラが銃に纏わりつき、バチバチと雷光を散らす。

「今だ、いけっ! 相棒!」

左腕に装備している篭手のデルフが大声を上げた。

だが、スパーダはその声につられることなく自分の意思で決めたタイミングに合わせて引き金を引く。

 

通常の三倍にも蓄積された魔力の弾丸が銃口より放たれ、床に乗っていた物体を大きく弾き飛ばす。

白、青、黄色、赤、紫――仄かな光を放つ何色もの丸い文様が所々に設置された床をその物体は跳ね回った。

跳ねる度に金属の騒音を立てているその物体をスパーダは腕を組みながら目線で追っていく。

「頼むから、『4』は出ないでくれよぉ……」

ぼそりと緊張気味に、そして不安げに呟くデルフ。

やがて勢いがなくなり、床の上で止まった格子の中で回っていた立方体もピタリとその動きを止める。

四つの赤く光る点が示された面が、一番上を向いていた。

「damn it.(くそっ)」

「ああっ! もうちっとだったのになぁ!」

舌を打ちながら悔しげに顔を歪めるスパーダ。デルフも同様に残念そうに声を上げた。

赤く光る丸い文様の上に乗っていた白い彫像――スパーダの姿を模したそれは瞬時に小さな光球へと姿を変え、床に刻まれた白く光る線で結ばれた別の色の文様の上を移動していく。

 

青、赤、白、そして止まったのは……黄色の文様。

さらにその文様より黄色の線で結ばれた別の黄色の文様へと光球は移動し、再びスパーダを模した彫像へと姿を変えた。

「これで七回目だぜ? ここぞという時に外してばかりじゃねえかよ」

デルフが呆れた声で言うと、スパーダは渋い顔で再びルーチェの銃を先ほどの物体――巨大なダイスへ向けて発砲する。

 

闇で覆われたそこは、聖堂のホールとよく似た広大かつ閉鎖的な空間。混沌の世界である魔界にはこうした部屋単位の閉鎖的な領域も存在するのである。

人も風景も、全てを映し返す鏡が迷い込んだ者を惑わす迷宮。

魔界そのものが生み出した呪われた遊戯にして生きた兵器が襲ってくる領域。

この領域もまた迷いこんだ者を苦しめる過酷な場所なのである。

人間界で楽しまれる盤上遊戯、双六を模したこの領域では迷い込んだ者は己の分身をマス目に沿って進ませ、最後のマス目へと移動させねば脱出することもできない。

 

既に通ってきた魔鏡も消滅している。こうした部屋単位の領域は魔界の中でも少々特殊であり、スパーダの力を持ってしても力ずくで道を作ることができない。

他の魔界の領域は隣接する領域同士の空間が一種の壁を隔ててくっついている状態となっている。

その空間の壁の向こう側へ移動できるように魔鏡が設置されたり、壁を力ずくで破壊することによって移動ができるのだ。

だが、この空間はその壁から離れて独立している領域であるため、魔鏡を通してでなければ行き来ができないのである。

 

ハルケギニアへ続く地獄門の入り口がある領域まであと一息という所で、スパーダは不幸にもこの呪われた領域へと入り込んでしまった。

全部で255マス。呪われたこのゲームを初めてからおよそ一時間。スパーダはようやくゴール目前というところまでやってきだのだ。

……だが、今のでその苦労も全て水の泡。残すは『8』マスだった所を『4』の目を出してしまったがために、一気に遠ざかり『34』となってしまったのだ。

マス目の色によって様々な効果がもたらされる。これはその結果に過ぎない。

この領域に置かれた碑文にはこう記されている。

 

赤き光は災禍の兆し。

 

青き光は幸運の萌芽。

 

黄色き光は変移の兆候。

 

白き光は不変の印。

 

妖しき光は修羅の一刻。

 

黄色のマス目に止まったおかげでダイスの目以上に大きく戻されてしまったのである。

もっとも、その逆でゴールより離れた地点からここに立てば近道も可能なのだが。

 

ルーチェによる連続射撃で宙を舞ったダイスが床に落とされ、出た目は……『3』だ。

移動する彫像は白いマス目で止まった。この色は特に何も変化は起きない。

さらにそれから出た目は『1』『3』『2』『4』『1』……と続いていく。

数分後、上手いこと自分に対する被害の少ない白いマス目と大量のレッドオーブなどが雨あられと降ってくる青いマス目を出し続けて残す所『2』となった。

これでちょうど『2』を出せばゴール。この領域から脱出できる。

 

ダイスの前に立ったスパーダはゆっくり腰を落とすと左手のデルフを腰だめに構える。

「へへっ、これで最後って訳だな! いっちょでかい花火を上げようぜ!」

デルフに全ての力を集中させスパーダの左腕を光が包んでいくと、一気に前へ踏み込み拳を突き出した。

繰り出された強烈な正拳突きは金属同士がぶつかる衝撃音と共にダイスを豪快に吹き飛ばす。

壁を、天井を、床を何度も大きく跳ね回っていくダイス。それはやがて力を失いスパーダの目の前へと落ちてきていた。

 

ダイスの目は『6』と出ている。

「……」

その結果を目にしてスパーダは渋い顔で低く呻いた。

2マス進んだ彫像がゴールのマスに一度止まると、余った4マス分だけ後ろへ下がっていく。

最終的に止まったのは、先ほどと同じ黄色のマス目。

彫像は隣接する別の黄色のマス目へと移動する。一気にゴールから遠ざかった。

 

……元の木阿弥である。

彫像を目で追っていたスパーダは溜め息を吐いた。

「相棒……つくづく運がねえな。いくら何でもあそこでこうもピンポイントで外すなんて運が悪すぎるぜ?」

「黙れ」

実際の所、スパーダ本人も自覚はしている。……どうも自分はギャンブル運が悪い性であることに。

ポーカーなどの駆け引きを伴う賭け事ならばまだ負けは少ない方だが、完全な運任せの賭け事に関しては壊滅的に弱い。

事実、このダイス博打もそうだ。ここぞという所で出すべき目が出ず、出したくない目が出てしまう。

コインの裏表を当てようものなら九割方、宣言した方とは逆の面となる。

 

「む?」

すぐに気を取り直し、再びダイスを転がそうと身構えた途端、違和感がスパーダを襲った。

何事かと思うと、重々しい低い唸りがどこからともなく響いてきていることに気付く。それどころか、この領域が地震のように揺れ動いているようだ。

だがこの領域はそんな現象が起きるような場所ではないはずである。

「な、何だ? 何がどうしたっていうんだ?」

デルフも突然起こった謎の現象に戸惑いだす。

揺れは徐々に激しくなり、やがて人間ならばまともに立っていられることもできないほどにまで激しさを増していた。

「おい、相棒! 何が起きたっていうんだ! 何かマズくねえかい? ……って、うわっ!」

スパーダは平然と床の上に立っていたままなのだが、デルフはその左腕で狼狽するばかり。

さらに、突如としてスパーダの姿が人間から本来の悪魔の姿へと変じだしたのを見て仰天しだす。

宙を見渡しているスパーダは魔力の弾ける音と共に悪魔の姿から人間の姿に、さらにまた悪魔の姿へと交互に変化していく。

別にスパーダは自分の意思で無駄に姿を変えているわけではない。本人の魔力が外部から届いてきた魔力の波動と共鳴しているだけなのだ。

(この感じは……)

スパーダはこの領域とは別の場所からその異質な魔力の波動が発せられていることを察する。

汚れきった水のほんの僅かな一部分のみが澄み切っているような感覚……。

そして、その波動に混じっているのは何千何万という下級悪魔達の殺意に満ちた魔力。それまで行き場を失っていたはずのものが突如としてそれを見つけ、雪崩込んでいく。

中でもスパーダも戦慄を覚えるほどの強大な悪魔の魔力の波動をその身ではっきりと感じ取っていた。

これだけの魔力の波動が別の領域まで届かせるということは……。

 

「いかんな……」

やがて空間の揺れは収まるものの、未だ魔力の波動はこの領域へと届いてきていた。

スパーダは深刻な顔で虚空を睨んでいたが、すぐに前を向き改めてダイスにルーチェの銃を向けるなり、引き金を引いて銃弾を放った。

「どうやら、魔界とハルケギニアが繋がってしまったようだ」

だがスパーダは冷徹な口調で確信したことを口にする。

もうハルケギニアでは日食が起こっていてもおかしくない時間のはず。あれからルイズの視界は見えなくなっていたため向こうの様子が分からないが、この魔力の波動で全て確信する。

どこかの悪魔の大勢力が、ついにハルケギニアへの直接侵攻を始めたことに。

しかもその勢力を率いているのは、やはり魔帝ムンドゥスにも匹敵するだけの魔力を備えた最上級の悪魔なのだ。

もっとも、魔帝ムンドゥスでないという安堵すべき確信もあったのだが……。

やはりスパーダが戻る前に侵攻を開始したとなると、もはや猶予はない。

ハルケギニアが魔界の勢力に侵略され尽くされる前に戻り、悪魔たちを迎え撃たなければ。

 

「お、おい! マジかよ! じゃあ急がねえとヤバいんじゃねえのか!? こんな所で遊んでる暇なんかねえぞ!」

「当然だ」

言いながらもスパーダは冷静にダイスに次々と攻撃を仕掛け、ゴールを目指して彫像を進めていった。

この周回でゴールをせねば、確実にハルケギニアへ戻る前に侵略され尽くされてしまう。

ハルケギニアの民が、悪魔達の爪牙の餌食になる。

それを防ぐためにも、まずはここから脱出せねばならないのだ。

「邪魔だ」

彫像が赤いマスに止まった瞬間、即座に腰の閻魔刀を床から噴出し始めた無数の光の柱に向けて抜刀した。

光の中には悪魔達の姿があった。赤のマスに止まると、別の領域から下級悪魔達が転送されてくるのである。

だが、スパーダが個体を確認する前に悪魔達は己の存在する空間もろとも砕け散り、文字通りに塵一つ残さずに消滅する。

神速の居合いにより繰り出された何十という無数の剣閃が悪魔達のいる空間に刻み付けられたのである。

空間そのものが斬り取られ、悪魔達はその無慈悲な破壊に容赦なく巻き込まれていた。

この間にも、スパーダは明後日の方向に転がるダイスに向けて幻影剣を射出し続けている。

もはや悪魔達をまともに相手にする一秒の時間さえ惜しかった。

 

 

 

 

ハルケギニアの大地は今や完全な日食により、黄昏にも似た仮初めの闇がもたらされている。

その闇の中で、様々な激しい音が轟いていた。

 

――ドォン! ドォン! ドォン! 

 

空に浮かぶアルビオンの戦列艦から地上に放たれる大砲の轟音。

「ぐわあっ!」

着弾し、その衝撃によって蹴散らされるトリステイン軍の悲鳴。

「怯むな! 敵も浮き足立っている! この機を逃してはならん!」

『うおおおーっ!』

艦砲射撃を受けながらも果敢に敵軍へ突撃を仕掛けるトリステイン軍の喊声。

「くそっ! くそっ! くそおっ!! たかがトリステインごときに――ぎゃあっ!」

「艦砲支援はどうなっている! もっと撃て! 敵を蹴散ら……うわあっ!」

「た、助けて! 助けてくれぇ!」

トリステイン軍の反撃、そして思わぬイレギュラーにより壊滅しつつあるアルビオン兵達の悲鳴。

軍勢の中心ではその巨体に見合った豪腕によって敵を薙ぎ払い、踏み潰していくゴーレムが暴れ続けている。

彼らは正面から迫り来るトリステイン軍だけでなく、この巨兵の相手もしなければならなかった。

だが既に最前線は罠に嵌ったおかげで壊滅状態であり、このままでは何もせずとも全滅することは間違いない。

 

戦いが始まっておよそ一時間。タルブの草原にてアルビオン軍と交戦を続けていたトリステイン軍は数で勝っていた敵の地上部隊を追い詰めていた。

十数分前まで、トリステイン側の圧倒的に不利な状況が続いていた。

空からの艦砲射撃によって500もの数を減らしてしまったトリステイン軍は進軍してくるアルビオン軍の地上部隊をいざ迎え撃たんとした所で、思わぬ異変が起きたのである。

目前にまで迫ってきた地上部隊は突如として現れた泥沼に嵌り、それ以上の進軍ができなくなっていた。

おまけに敵軍の中心では突然巨大なゴーレムが現れて次々と敵兵を蹴散らしていったのである。

それにより敵兵達は壊滅する寸前にまで混乱していたのだ。

誰もが唖然とした。何が原因なのか、誰がこうしたのかは分からない。

だが、目の前で起きているその状況を、この好機をトリステイン軍が黙って見逃すはずはなかった。

 

「我が軍の被害は?」

ユニコーンに跨るアンリエッタが隣に控えるマザリーニに問う。

「敵の艦砲射撃によって出た500を除きますと……100にも満たないとのことです。敵兵も次々と逃走しているようですな」

突撃によって巻き返したトリステイン軍は士気を高め、敵軍を押し潰さんとする勢いで攻め入っていく。

爆音は絶えず聞こえるものの、ほとんどがトリステイン軍の攻撃によってもたらされるものばかりだった。

「我らがここまで奮戦できたのは奇跡でございます。姫殿下のご友人方には、感謝をせねばなりませぬな」

二人は敵軍の中心で暴れ続けるゴーレムを、その上空を竜騎士隊と共に飛び回る風竜を見つめる。

この暗さと距離からでは竜の背に乗る者達をはっきりと確認することができない。

(本当に……本当にありがとう)

だがアンリエッタはその竜に乗る者達へ……いや、自分達に力を貸し、この国を守ろうとする全ての者達への感謝の気持ちで心は埋まっていた。

敵が沼に嵌ったのも、あのゴーレムも恐らくはルイズの仲間によるものなのだろう。

この戦いは自分達だけでは決して勝てぬ戦いであった。敵はあまりにも強大なアルビオン軍。

寄せ集めに過ぎないこのトリステイン軍では圧倒的な力の前に成す術なく蹴散らされ、今の敵軍のように浮き足立ち、瞬く間に全滅していたことだろう。

自分もまた、恐怖にかられて大将としての役目を見失っていたかもしれない。

だが幼き日からの友が、その仲間達が力を貸してくれている、その事実を認識するだけでアンリエッタの心は折れることはなかったのである。

 

「しかし殿下。ここからが本番でございますぞ」

マザリーニのその抑揚のない言葉に、現実に引き戻されたアンリエッタも頷く。

そう。戦いはまだ終わってなどいないのだ。

地上の兵は退けたとしても、まだ空には艦隊が残っている。あれを何とかしなければ、結局はトリステインの敗北は決まったも同然である。

「これより竜騎士隊が艦隊の砲撃の死角に入り、攻撃を行います。旗艦を落とすのは無理でしょうが、小さな艦を一隻でも落とせれば敵に動揺を与えられるでしょう」

つまりはこう言うわけだ。敵艦隊を全滅させる必要はない。艦隊に傷を与えることで敵に揺さぶりをかけ、撤退を扇動させると。

「その間、我らは徹底抗戦になりましょう」

地上の兵を失っている以上、敵艦隊はいつまでもこの領域に浮かんで攻撃を永久に仕掛けることはできない。

何しろ燃料である風石の力が無くなれば、あの巨大な艦隊も地上に落ちるしかない。そうなればただの無力な棺桶。それは彼らとて理解しているはずだ。

故に艦隊が燃料を心配して退却するまで粘り続ければいいのである。

「もう一息です。この戦い、何としてでも生き残りましょう」

だが、敵は地上の兵よりも圧倒的な力を持つ艦隊。その猛攻を耐え凌ぐのは容易ではないだろう。

恐らく、先ほど受けた以上もの被害が予想される。兵が傷つき、自分も傷つき、そしてルイズ達も……。

 

「な、何だ! あれは!」

「そ、空が!」

一人の兵がその声を上げた時、改めて始祖へ祈りを捧げようとしていたアンリエッタは艦隊が浮かんでいるはずの日食によりもたらされた闇の空を見上げていた。

「なんなの……?」

思わず声を漏らすアンリエッタの目には信じられぬものが映りこんでいた。

アルビオン艦隊が鎮座する空域――アンリエッタからはちょうど日食が見える位置。

今まで雲ひとつ無かったはずの空に不気味な暗雲が突如として現れだし、日食を中心にして集まりだしたのだ。

暗雲の中にはやがて稲光が生じ、日食を中心にした地点が陽炎のようにぼんやりと歪んで渦を巻いていく。

地上の兵を迎え撃ったトリステイン軍は、マザリーニは、アンリエッタは、何の前触れもなく生じ始めたその禍々しい現象に目が奪われていた。

「何が起きようとしているの……?」

不吉な戦慄を感じ取り、アンリエッタは身の毛のよだつ恐怖を覚えだす。

 

そして、彼女は……いや、このタルブの地に在る全ての人間達は我が目を疑った。

渦巻く暗雲の中に生じた空間の歪み――そこに突如として巨大なヒビがいくつも入り、凄まじい轟音を立ててガラスのように砕け散ったのだ。

タルブの空に散った空間の破片は風景に溶け込むように消え去り、そこに現れたのは巨大な『裂け目』だった。

その向こう側にあるのは『闇』――まるで深淵の底のように深く暗い、夜の闇など比にならぬ漆黒の闇である。

「あれは……なに?」

声を震わせるアンリエッタは見た。その巨大な裂け目の中から、次々と無数の影が飛び出してくるのを。

裂け目の闇の中から、禍々しい巨大な手が出てきたのを。

その両の手が裂け目を掴み、力ずくで押し広げた途端、さらに大量の異形の影が荒れ狂う津波のように溢れ出て押し寄せてきたことを。

 

 

――グオオオアアアアァァッ!! 

 

 

タルブ一帯はおろかその近辺数十リーグにまで轟くであろう恐ろしい咆哮。

大気を、大地をも震わせるほどの破壊に満ちた雄叫びは全てをひれ伏せんかというほどの凄みと迫力があった。

「嘘、でしょう?」

シルフィードの背の上で、ルイズ達は戦慄していた。

日食と共についに開かれた魔界の扉。空の中に別の異世界に続く穴が開かれるという異常な光景に愕然とする。

ぱっくりと開いた巨大な次元の裂け目から姿を現したのは、何万何千何百……いや、もはや言葉にできぬほど大量な悪魔の群れだった。

個体を個体として認識できない悪魔達の群れは激流と化して押し寄せてくる。それは瞬く間にタルブ一帯を覆い尽くしていた。

「ちょっと多すぎじゃない?」

口調はいつものキュルケらしい自信に満ちたもの。だが、明らかにその顔は強張り、声は乾き、震えていた。

確かにこの軍勢は恐らく、ハルケギニア中の兵を全てかき集めてもまだ足りないくらいに多いのだ。

だが、所詮それらは有象無象の下級悪魔に過ぎない。ルイズ達が真に恐れ慄いていたのは、まだ次元の裂け目にある。

 

「アビゲイル……」

杖を構えるタバサは息を呑みながら呟く。

次元の裂け目を抉じ開け、雄叫びを上げた巨大な悪魔が、闇の中から姿を現した。

40メイルにも達するかという屈強の巨体。頭から生やした湾曲した太い角。

黄金色の全身には無数の赤い線の模様が浮き上がり、腰から一対の巨大な翼を広げている。

かつて、スパーダが己の真実を語った際に見せられた悪魔の総大将の姿がそこにあったのだ。

「冗談じゃないわよ……何であんな奴がよりによって……」

アビゲイルの姿にルイズはパンドラの箱を抱えたまま、打ち震えていた。

あの悪魔はスパーダが遥か昔に魔界で戦っていた頃、当時の仲間達と一緒に死闘を繰り広げた相手だという。

彼はその時にはどうやって倒したのかは分からない。

だが一つ言えるのは……自分達人間の力では絶対に太刀打ちできない存在である。

 

何万ものメイジ達による魔法を、戦艦の大砲から砲弾をぶつけようが決して倒すことなどできないであろう。

かつて魔界の覇権を争ったという大勢力の親玉。人間の軍勢など指先一つで一掃し兼ねない強大な力を持つ大悪魔。

無論、アルビオンの戦艦に手出しができなかった自分達の力など通じるはずがない。

 

――勝てない……。

 

まだ現れたばかりだというだけなのに、その威圧感はルイズの気力を奪っていった。

果てしない失意が、ルイズを襲う。絶望が彼女の心を覆い尽くそうとしていく。

だが、同時にすぐにその失意はすぐに消え失せる。

(勝てない? ……何で最初からそう決まってるのよ)

少しでもそう感じてしまったことにルイズは己を恥じた。

確かに、今は勝てない。今の自分達だけの力ではあの悪魔と戦うことすらできない。

(帰ってくるって約束したんだから。一緒に戦ってくれるって、約束したんだから!)

自分は魔剣士スパーダのパートナー。このハルケギニアへ必ず戻ってくるであろう彼と共に、異界からの侵略を阻止するのだ。

 

そうだ。戦いはまだ始まったばかりなのだ。

 

この身が果てるまで、決して諦めてなどなるものか! 

 

再び闘志を燃やし、気力を蘇らせたルイズはスパーダの残したパンドラの箱を強く抱きしめながら面を上げる。

(見てなさいよ! スパーダが帰ってきたら、ギタギタにしてやるんだから!)

破壊の雄叫びを上げ続けるアビゲイルを睨みつけ、打倒を誓っていた。

「来るわよ!」

呆然はしても闘志は失わなかったキュルケが叫んだ。

次元の裂け目から溢れ出てきた悪魔の一群が、地上目掛けて飛んでくる。無論、その空域で留まっていたシルフィードにもだ。

 

ひたすら醜悪でしかない多彩な姿形の悪魔達が牙を剥き、破壊と殺戮を求めて襲い掛かってきた。

「バーストっ!」

パンドラを抱えながらも杖を振るうルイズ。スパーダのおかげで見出すことができた失敗だったはずの力を、倒すべき相手に向けて放つ。

空間で炸裂した爆風は悪魔達を容易に吹き飛ばしていた。

「炎よ!」

中には完全に倒しきれずに向かってくる悪魔もいたが、キュルケの放った炎がとどめを刺す。

「エア・カッター」

さらに四方八方から悪魔達は休む間もなく襲ってくる。

タバサは隙の少ない小技で悪魔達の頭や翼などの急所の器官を狙い、確実に仕留めていった。

 

(こいつらを倒せば……)

悪魔達の血液が魔力と溶け合い、結晶化することにより生み出されるレッドオーブ。

あれを集めることができれば、時空神像であらゆる毒を浄化する秘薬・ホーリースターを作ることができる。

……自分の母の心を元に戻すことが、母を救うことができる。

そのためにもこの戦い、何としてでも生き残らなければならない。そして、その最中で悪魔達を倒し、レッドオーブを手に入れるのだ。

もっとも、これほどまでの激しい戦いでは回収できるのは戦いが終わった頃になるだろうが。

今はとにかく、敵を退けることが最優先だ。

 

「きゅい! きゅい! きゅいーっ!」

シルフィードは必死に悪魔達から逃げようと全力で飛ばす。それを追いかけてくる悪魔達をルイズ達が迎え撃っていく。

「タバサ! あっちへ飛んで! 姫様が!」

ルイズは血相を変えてタバサに懇願する。

見れば、地上のトリステイン軍もまた悪魔達との交戦を始めていた。

先ほどまでアルビオン軍を追い詰めていた兵達が、竜騎士隊が、魔法衛士隊が容赦なく襲ってくる悪魔達を相手に応戦している。

トリステインからしてみれば突如何の前触れもなく現れた新たな敵の存在は予期せぬ事態であり、混乱するのは当たり前である。

だが、戦わねば殺される。戦場におけるその絶対の理を理解していた彼らは襲い来る敵はただ倒すのみであった。

 

しかし、やはり突然の異常事態に浮き足立ってしまったのか、次々と悪魔達の爪牙にかかっていく。

既に壊滅に陥っていたアルビオンの地上部隊の残兵など、何の抵抗もできず一方的になぶり殺しにされていた。

逃げ惑う兵を、ひたすらに怯える兵を、戦意を失った者達を悪魔達は容赦なく惨殺する。もはやそれは投げ込まれた餌に過ぎない。

生ある者を殺め、形あるものを破壊しようとする殺戮者達の凶行にルイズは戦慄した。

(姫様をお守りしないと!)

シルフィードが本陣に向けて飛翔していくが、悪魔達はルイズの思いなど知ったことではないと言わんばかりに立ち塞がる。

「邪魔よ! どきなさい!」

杖を突きつけ、ルイズは吼え、感情に任せて魔法を放った。

スパーダが戻るまで姫様を守り、何としてでも持ちこたえてみせる。

 

そうして自分達の戦いに必死であったルイズの右手。

パンドラを抱えたままの指に嵌められた水のルビーは仄かな光を放ち、彼女に何かを知らせようとしている。

だが、戦いに必死なルイズはおろかキュルケ達二人も気づきはしなかった。

 

 

 

 

地上のトリステイン軍に対して艦砲射撃を続けていたアルビオン艦隊のすぐ真上で、暗雲と共に巨大な次元の裂け目は現れていた。

その裂け目からは夥しいほどの濃い瘴気があふれ出てきており、思わず噎せ返り、吐き気と眩暈がこみ上げてきそうなほどに酷いものだった。

突如、巻き起こったこの現象に甲板で各々の勤務に励んでいた兵達は唖然としていたが、裂け目から流れ込んでくる瘴気に撒かれて苦しんでいる。

何人かは鼻と口を塞ぐことで、その瘴気を直接吸い込むのを防いでいたが、それでもまだ不快を感じているようだ。

現に、艦長のボーウッドも腕で鼻と口を覆いながらも顔を顰めていた。

(何という大群だ……)

案の定、姿を現した異形の怪物達の数は、ボーウッドの予想を遥かに上回るほどの大群だった。

次元の裂け目からは次から次へと、勢いが絶えることなく大量の怪物達が押し寄せてきている。

これまではほとんど散発的にしか現れなかったのだから、これだけの大群が一気に雪崩れ込んでくるなど全く想像していなかった。

下手をすれば、たった数時間でハルケギニア全土を覆い尽くしてしまうほどの勢いと質量だ。

「艦長……。こ、これは一体どういうことなのです?」

「あ、あの化け物達も……クロムウェル閣下が我らに授けてくださったガーゴイルなのでしょう?」

異常現象と怪物達の大群に、すっかり浮き足立ってしまった数名の兵達は憔悴し切った様子で恐る恐る尋ね、ボーウッドにその答えを求めてくる。

ボーウッドはどう答えれば良いか分からなかった。

奴が恐ろしい悪魔か何かに魂を売り渡したということは、分かっている。だが、本当にこれがクロムウェルの差し向けたものなのだろうか? 

この大群はこれまで自分達の前に現れては加勢してきた怪物達とは何かが違うのだ。

それを示すのが――

 

――グオオオアアアアァァッ!! 

 

「うわあっ!」

「ひいっ!」

再び轟く荒々しく、破壊に満ちた雄叫び。ほとんど間近くで発せられるがため、その衝撃は半端なものではなく兵達は甲板上に吹き飛ばされ、ボーウッドもよろけてしまう。

ボーウッドは空に開けられた次元の裂け目を見上げた。そこにはその裂け目を作り出し、この怪物の大群を率いる張本人の存在が見える。

(あれが、奴の魂を売り渡した悪魔なのか?)

ボーウッドはごくりと息を飲んだ。この世の物とも思えぬ凶悪な姿をした巨大な怪物。

ハルケギニア最強の幻獣とされている凶暴な竜が可愛く思えるほどに恐ろしく、威圧感を発する存在。

それが、あの黄金の巨体を有する悪魔だった。

この大群を率いているのも、あの巨大な悪魔なのだろう。たった一体で何万もの大群を支配し、統率できるであろう力と威厳が備わっていることをボーウッドは肌で感じていた。

(……奴よりも、『王』らしいかもな)

ボーウッドは巨大な悪魔の荒々しくも堂々とした姿に、乾いた笑みを浮かべた。

圧倒的な力と覇を持って他者を支配し、その上に君臨する。それもまた王の在るべき姿なのだろう。

クロムウェルに比べれば、あの悪魔の方がよほど『王』としての威厳を備えていると思えるのが不思議だった。

「あ、悪魔……」

「悪魔だ……」

兵達はあの悪魔の存在にすっかり気力を喪失させていた。敵なのか、味方なのかすら分からない強大な異形の存在がいきなり自分達の前に現われでもすれば当然だろう。

これからあの悪魔は何をするつもりなのか。ボーウッドは黙ってそれを見届けることしかできない。

だが、何をしようともその先にはとんでもない結果が待ち受けているのは間違いない。

 

悪魔が己の体を次元の裂け目から外に這い出させると、突如裂け目の淵を蹴りその巨体を宙へと舞わせていた。

あれだけの巨躯に関わらず悪魔は軽々と空に飛び上がり、艦隊を、遥か下のタルブ一帯を見下ろしている。

一体、何をするつもりなのか。ボーウッドは、兵達は悪魔の巨躯を下から見上げたまま沈黙を続けていた。

 

すると、悪魔の視線がすっとレキシントン号へと真っ直ぐに向けられる。

悪魔に睨み付けられ、兵達は身の毛のよだつ恐怖を感じていた。

だが、逃げようにも恐怖に支配されたその体は動かない。それ以前に、ここは遥か空の上。どこにも逃げ場などないのだ。

 

悪魔はそのままレキシントン号目掛けて降下してきた。

「ひ――」

「たすけ……」

40メイルもの巨体は、300メイルにも達する巨艦レキシントン号の甲板に難なく着地した。

逃げることのできなかった兵達の何人かはその巨体に容赦なく踏み潰され、呆気なく最期を迎える。彼らはもうそれ以上、恐怖を感じることはないだろう。

空の上なのに大地を揺るがす地震のような衝撃でボーウッドも、兵達も甲板上に倒れこんでいた。

 

甲板上で立膝を突く体勢を取っていた悪魔は尻餅をついてしまったボーウッドを真っ直ぐと見下ろしてくる。

間近で目にするその凶悪な姿から発せられる威圧と重圧感は半端なものではない。

(これまでか……)

体が、動かない。ただ近くで睨まれるだけで金縛りにあってしまったような感覚にボーウッドは観念した。

自分が消えた後、このハルケギニアの末路がどうなるのかを考えると、溜め息しか出てこない。

 

『貴様がボーウッドか』

何と、悪魔は地の底から響くような威厳と威圧に満ちた恐ろしい声をはっきりと発していた。

ボーウッドは自分の名を口にした悪魔に、呆然とする。

『我が力と知の欠片を与えし貴様の飼い主より、我は全てを知り得ている。新たなる戦いの火種をこの地に撒いたその働き、褒めてやる』

悪魔の言葉に兵達の間には動揺が走る。この巨大な悪魔は、あの怪物の大群はやはりクロムウェルが差し向けたものなのかと。

自分達の味方なのか、と。

『盟約により、我らが修羅なる眷属は貴様ら一団に力を貸し与えん。さあ、貴様もこの船の長ならば手駒を動かせ。そして、敵を打ち倒すがいい』

竜よりも恐ろしいドス黒い唸り声を上げながら悪魔はぐるりと、甲板上からレキシントン号の周りに浮かんでいる他の艦隊を見回しだす。

それまで砲撃を続けていた艦隊も、この出来事に呆気に取られてしまったのか攻撃が停止している。

悪魔は、その巨体をゆっくりと立ち上がらせると、両手を頭上に掲げだした。

 

『力なき者、戦意を宿さぬ者、敗者に生きている資格はない』

その手の中に突如として雷光を伴った光が生み出され、ビキビキと音を立てながら巨大に膨れ上がっていく。

数秒で10メイル以上の球体となった光を、悪魔は空に向けて打ち上げた。

 

その光球から発せられる眩い光は、まるで太陽のような輝きを放っており、日食により闇がもたらされている空と大地に光を与えていた。

ボーウッドは、兵達は、その光に照らされながらこれから何が起きるのかを見届ける。

 

突如、光球が甲高い轟音と共に爆ぜた。

それと共に何十、何百という巨大な光の矢が一斉に四方八方へと放たれていた。

意思を持つかのように、尾を引きながら宙を舞う光の矢は次々と他の艦隊へ向かって飛来すると、その船体に次々と直撃する。

船体で爆発し、船体を貫き、帆を焼き払い、たとえ外れてもくるりと軌道を変化させて容赦なく艦隊を襲い掛かり、炸裂していた。

 

あまりにも情け容赦のないおぞましい光景。レキシントン号の上で乗員達は自分達の前で起きている破壊と殺戮を目にして唖然とした。

悪魔の攻撃を受けた十数隻ものアルビオン艦隊は、ものの十数秒で旗艦だけを残して壊滅させられていた。

燃え上がり、粉々に砕かれた船体の残骸が、無残にも地上に墜落することなくこの空域で浮かび続けている。

その残骸の中には吹き飛ばされ、空域に投げ出されたのであろう乗員達の姿もあったが、この一帯を飛び交う怪物達に襲われ、その身を喰らわれていた。

 

『全ては、力だ。強き者こそが、真に全てを統べる資格を持つのだ』

そう呟いた悪魔は、再びその巨体を空へと躍らせ、自分の力で破壊した他の艦隊の大きく残っている残骸へと飛び移っていく。

レキシントン号の甲板上で、乗員達は絶句していた。

いきなり現れた悪魔は何の躊躇もなく、艦隊を一掃していた。

悪魔は一応、自分達の味方なのだろう。だが、奴は言っていた。戦わない者に生きる資格などない、と。

 

あの恐ろしい血も涙もない強大な悪魔を、神聖皇帝クロムウェルは味方につけたのか。

これほどの強大な力を見せ付けられ兵達はあの悪魔を、クロムウェルに戦慄と畏怖を感じ、圧倒的な力の前に平伏していた。

 

「……ば……ばんざい」

一人の兵が、霞んだ声で口ずさむ。

「アルビオン、万歳……」

一人が口にすれば、二人に、二人が口にすれば四人と唱和が上がっていく。

やがて、その唱和は活気と力を増していき、それまで下がっていた兵達の士気を上げていく。

「アルビオン万歳!」

「神聖皇帝クロムウェル万歳!」

レキシントン号に轟く歓声、朗唱。沸き上がる誰もが我を忘れ、取り憑かれたような瞳をぎらぎらと光らせている。

圧倒的な力、破壊と殺戮。そしてそれを味方につけた皇帝の存在。その前に、恐怖にかられた人間達は正常な思考を失っていた。

ボーウッドは狂ったように唱和を続ける兵達の姿に、諦めたように項垂れていた。

魔に平伏し、魅入られた人間の姿は、実に滑稽なものだと自嘲しながら。

 

 

 

 

「This was be come fun.(面白くなってきたわねぇ)」

地獄門の傍で控えていたネヴァンは日食によって暗くなった空を見上げながら妖艶な笑みをさらに深くする。

そこには膨大な数の悪魔の軍勢が空を埋め尽くさんばかりに飛び交っている。どれも大したことのない雑魚ばかりだが、これだけの軍勢は滅多に見られるものではない。

日食が始まった頃からネヴァンはこの一帯が魔界の魔力で満たされ始めていることをその体で感じていた。

魔具としてスパーダの中にいる間にネヴァンは色々な話は聞き及んでいる。

例の日食とやらが起きると魔界とこの世界が繋がるとかいう話を初めあまり信じてはいなかったのだが、それが事実であることを認めていた。

遥か上空では巨大な魔界の扉が開いているし、悪魔達がこの世界に雪崩れ込んできているのをその目で見届けているのだ。

「愚鈍な羅王様のおでましとはね……」

魔界とこの世界の壁を突き破り、次元の裂け目を引き裂いた巨大な悪魔の姿にネヴァンは目を細めた。

何千年もの太古より魔界での覇権を争い合った三大勢力の一角を率い、君臨していた最上級悪魔・羅王アビゲイル。

ネヴァンがスパーダと共に属していた勢力の覇者、魔王ムンドゥスに匹敵する強大な力を有していた魔界の統一者の候補だった奴である。

 

確か、あの頃はスパーダがアラストル、イフリートと共にアビゲイルの手勢を三人がかりで迎え撃ったはずだ。

ネヴァンはケルベロスらと共に後方に位置していたのだが、三人とも傷だらけになりながらも生還し、敵軍に甚大な被害を与えた。

それが結果的に勝利へと繋がったわけだ。

だが、その羅王がまさかこの異世界に姿を現すとは。

(スパーダもよく生きて戻ってこれたものよね。ま、当然でしょうけど)

思わず背筋がぞくりとするほどの強大な魔力の奔流。それをネヴァンは全身ではっきりと受け止め、僅かに戦慄を感じていた。

格も力も自らを圧倒する存在。並の上級悪魔など容易く滅してしまうであろう荒々しい力の奔流がネヴァンの悪魔としての本能を刺激する。

だが、さすがにその力に屈することまではない。だからこそ、ネヴァンはスパーダと共にムンドゥスの勢力下で共にあり続けた。

 

「別に何も言われてないわけだし……」

コキコキと首を鳴らすと、ネヴァンの全身にパチパチと雷光が散り始めていた。

日食が始まり魔界の魔力が濃くなるにつれてネヴァンは己の力が高まり、みなぎってくるのをはっきりと感じていたのだ。

今となっては精神が高ぶるほどに力が溢れてくる。この力を発散させてやれば、心地よい刺激が味わえるだろう。

その相手だってちょうど自分の前にいるのだし。……正直言って、ずっとこんな石版の監視ばかりしていても退屈なだけだ。

自分の魂の一部を具現化させたハープを奏でるのも飽きた。

「あなた達だって退屈でしょう? 少し遊んでいかない?」

ちらりとネヴァンは傍にいるゲリュオンを見上げる。

ゲリュオンもまた、魔界の魔力によって刺激を受けているようだ。荒々しい息を吐きながら蹄を鳴らし続けている。

ドッペルゲンガーも、ネヴァンの手の中にあるケルベロスも、同様に魔力が高まって興奮しているのが分かる。

 

同志達の様子を見たネヴァンは「じゃあ決まり」と言わんばかりにほくそ笑むと地獄門の方を振り向いた。

「ま、スパーダなら簡単に破れるわね」

手をかざすと、門に開けられた次元の裂け目にネヴァンは己の魔力で結界を張り巡らす。

魔界へと通じる裂け目に、薄らと紫に光る膜が出来上がった。上級悪魔でもなければ破れない結界だ。下級悪魔ごときなど通り抜けることもできない。

「それじゃ、楽しんできましょうか」

 

――ヒヒィーーーーンッ!! 

 

準備を終えたネヴァンの言葉にゲリュオンは巨体を持ち上げながら高く嘶いた。

純粋な人型の影の姿をとるドッペルゲンガーが馬車の上へ飛び乗ると、ゲリュオンは森へ向けて疾走していく。

森の木々をその巨体で薙ぎ倒す……こともなく空間に飛び込み、蒼ざめた炎の軌跡を残してその姿をかき消していた。

 

妖艶で、そして悪魔らしい好戦的な笑みを浮かべるネヴァンは心地良さそうに両手をいっぱいに掲げる。

周りに彼女の魔力そのものであるコウモリ達が密集しだすと、その全身を漆黒の影で包み込んでいく。

深淵の魔女のシルエットは頭から下へ無数のコウモリとなって散り、コウモリの大群は巨大な渦を作りながら悪魔達が飛び交う空へと舞い上がっていった。

 

 

 

 

「ば、化け物……」

「何で、あんなものが……」

森の入り口近辺に避難していた彼らはそこから戦場と化したタルブを窺い、怯えることしかできなかった。

焼き払われた村だけでなく、草原中を闊歩していた兵の姿。トリステイン軍と激突し、戦場に争いの騒音。

爆音、剣戟、怒号、悲鳴……それらは何の力も持たぬ農民でしかない村人達の恐怖を煽り続けていたのだ。

昨日まで……そう、本来ならば昨日までは田舎の農民として牧歌的な日々を送り続けていたはずなのに、いきなり戦乱に巻き込まれてしまっては無理もないこと。

 

そして、今度は日食と共に空に開いた巨大な裂け目。そこから溢れ出てきた悪魔の大群。

そのあまりに異常な光景と異形達の姿を目にした村人達は誰もが衝撃を受け、凍りついていた。

何故、このタルブでこうもこんな出来事が起きるのか。戦争を起こした者も、あの化け物達も、何の恨みがあって自分達を苦しめようとするのか。

恐怖と失意の中で村人達が抱くのは、ぶつけようのない怒りである。

「シエスタ。しっかりするんだ」

「お姉ちゃん! どうしたの!?」

同じく避難していたシエスタの家族達は、長女の周りに集まってその身を案じていた。

「あ……あう……う……」

蹲っていたシエスタは体をがくがくと痙攣させながら自分の胸を押さえ、苦悶に喘ぎ続けている。

発作のように息も絶え絶えな喘息を漏らし続け、どっと全身から冷や汗が滝のように滲み出ていた。

心臓は激しく動悸し高鳴り、息が詰まりそうだった。もはやまともに言葉を口にすることもできない。

 

魔界の扉が開かれ、そこから流れ込んでくる膨大な魔力はシエスタの身に流れる悪魔の血と魔力を刺激し、彼女の肉体を蝕んでいた。

悪魔であった曽祖父・ブラッドの血を受け継いでいるのはシエスタだけではない。弟妹達、そして母親も薄まりはしたが悪魔の血を宿しているはずだ。

だがシエスタの場合は諸般の事情で眠っていた血と力が覚醒してしまったがために、奥底に悪魔の血を眠らせている家族達と異なり苦しむ破目になっていた。

何より、薄まったとはいえ不運にもシエスタの悪魔の血は先祖返りによって他の親類達よりも多く発現することになってしまったのだ。

 

「お、おい! こっちに来るぞ!」

村人の一人が恐怖の悲鳴を上げた。

タルブ一帯を覆い尽くした悪魔の一群は地上に降り立っていた。

無数の派手なズタ袋や棍棒がくっ付き合い人の形を成したカカシのような姿の悪魔達は、一見フラフラとした動きで腕や脚を無造作に振り回している。

その腕や脚の先端には、貧相な姿には不釣合いなギロチンのように巨大な刃がくっ付いていた。

タルブの村人達を血の匂いを辿って見つけた悪魔達はその血肉を貪るべく、迫ってきていたのである。

「に、逃げろぉ!」

「きゃああぁーっ!」

村人達は目の前の異形の怪物達から逃れようと森の奥へ向けて走り出した。

恐怖に支配された彼らはとにかく、逃げるしかなかった。どこが一番安全かなどと考える暇も無い。目の前の脅威から逃れるべく、ひたすらに走るしかないのだ。

「わあっ!」

「ひいっ!」

カカシの悪魔達は醜悪な泣き声を上げながら姿に似合わず機敏に跳ね回り、先端に取り付けられた刃を振り回して村人達に襲い掛かった。

村人を地面に押し倒し、体と一体化した刃をその身に突き立て、引き裂いていく。

「逃げるんだ! シエスタ! 立ちなさい!」

「お姉ちゃん!」

家族達は苦しみ喘ぐシエスタを連れて逃げるべく必死だった。

シエスタももちろん分かっている。ここにいては悪魔達の餌食になることは。

だが、体が思うように動かせないのだ。おまけにこの動悸と息苦しさのおかげでまともに立つことすら難しいのである。

 

しかし、そうこうしている内に悪魔達は容赦なく迫ってくるだろう。

シエスタは力を振り絞り、自分の体を立ち上がらせると家族や他の村人達と共に森の奥へと駆けていく。

まだ上手く走ることができないが、家族達が自分の体を支えてくれているため、走り続けることができていた。

この先に行けば、先日スパーダを案内し、氷の魔獣が住み着いてしまった遺跡、聖碑が建っている。

そこに逃げ込めば必ず安心というわけではない。だが、こんな目立つ場所にいるよりはずっとましだろう。

そこで悪魔が来ないことを、一秒でも早くこの混沌が終わりを告げるのを祈るしかない。

 

 

タルブの村人達の血の匂いを嗅ぎつけたスケアクロウの大群は、すぐにその後を追おうと森の中へ入ろうとした。

だが、それは叶わなかった。いざ森の中へ飛び込もうとした途端、どこからともなく地を這ってきた巨大な黒い魔力の衝撃波に飲み込まれ、塵と化したからだ。

さらに続けて鋭いカマイタチのような剣風が吹き荒れ、スケアクロウ達を容易く吹き飛ばし、宙へ浮かべた体を刃となった大気がバラバラに切り刻んでいく。

破れたズタ袋の中からは、黒い霧のような蟲の群れが溢れ出してきていた。

魔界の何の変哲もない蟲達が袋に入り込み、それらが袋の中を蠢くことでカカシとしての仮初めの体を動かしていたのだ。

 

既に廃墟と化したタルブの村方面の草原から、一人の黒ずくめの青年がやってくる。

その手に握られているのは長大な細身の大剣・マーシレス。魔界で造り出された名剣の一つと称えられた代物だ。

「とりあえず、これでいいな……」

何人かスケアクロウの餌食になってしまった者もいたが、多くの村人達が森の奥へ逃げていったことにモデウスは安堵する。

 

廃墟となったタルブの村で全てを傍観し続けていた彼は魔界の扉が開かれた時、行動を始めていた。

次元の裂け目を通って魔界より雪崩れ込んできた、血に飢えた悪魔達はタルブ一帯を覆い尽くし、破壊と殺戮を行っている。

地上の人間達の軍勢やたった今、彼が逃がした村人達を獲物とし、その命を狩ろうとしている。

当然、その矛先は戦場の真っ只中に立つモデウスにも向けられていた。

 

これまでモデウスは最低限、身を守るために剣を手にしており、自ら積極的に剣を振るうことなどしていなかった。

いくら剣を捨てたとはいえ、己の身に降りかかる火の粉を払うために剣を振るえない者は、ただの愚か者だ。

だが、今回ばかりはモデウスもその火の粉を振り払うだけでなく、積極的に剣を振るい敵を打ち倒していくことを決意していた。

かつて魔界中を震え上がらせた剣豪、『黒騎士』モデウスとして。

 

「我が師よ……あなたがこの混沌と化した地に現れることを、人間達に救いの手を差し伸べることを、私は信じています」

誰ともなく呟き、マーシレスを左右に振付けるとモデウスは空を見上げた。

悪魔の大群がひしめくその空には、魔界三大勢力の一角を率いる羅王・アビゲイルが次元の裂け目から飛び上がりだしているのが見える。

上級悪魔であるモデウスは、魔界の一角はおろかその全てを支配することのできる最上級悪魔が発する強大な魔力の奔流に、思わずたじろいだ。

いかに魔界で恐れられた剣豪のモデウスと言えど、己の力の分は弁えている。

今、この地は魔界の魔力が満たされ、上級悪魔であるモデウスの力もより強く高められている。

しかし、それでもあの強大な悪魔を打ち倒すほどの力には至らない。

だが、それでいい。自分がアビゲイルに立ち向かい、たとえ運よく倒せた所で何の意味もない。

奴を正面から倒すことができる力を持つのは、二度に渡り死闘を繰り広げた師匠・魔剣士スパーダしかあり得ないからだ。

「その時まで、私はあなたの代わりにこの剣を振るいましょう」

師の絶大なる力を見届けるに相応しい敵。モデウスは、この混沌に支配された地にスパーダが現れ、剣の力を持ってアビゲイルに立ち向かうことを信じていた。

その瞬間を見届けるまで、剣士として自分にできることを成すのみ。

 

巨大な戦艦の上に着地するアビゲイルを見上げ、立ち尽くしていたモデウスの元に羅王の引き連れてきた軍勢の一部が迫る。

その数はざっと見ただけで軽く1000を超えるだろう。普通ならばこれだけの大軍を相手に一人で立ち向かうのは無謀でしかない。

魔剣士スパーダならばこの程度の軍勢は、たった一振りで全滅させられるに違いない。

それまで穏やかだったモデウスの表情が一変し、青年の姿に似合わぬ厳しいものとなる。

マーシレスを片手で正面に構えると、刃のように研ぎ澄まされた瞳で悪魔達を睨みつけていた。

 

 

 

 

魔界の辺境に位置するそこは、無数の大理石の塔がそびえ立っている。

いや、文字通り数え切れない数の塔『だけ』が存在していた。

見渡す限り広大な暗黒の空の中、暗雲が所々疎らに浮かび漂う空間の中に柱列で囲まれた巨大な円柱状の塔だけがいくつも天高くそびえ立っているのだ。

その高さははっきり言って、どれだけ高いのかまるで予想もつかない。何しろ地上はおろか、その頂上すら見えないのだから。

ただ一つ言えるのは、いかなる雄大な山々を遥かに超える高さであるというこどだけである。

 

眩暈がする所ではない、無限に等しい高さの塔の外には、螺旋の階段が柱列と共に続いている。

その一角に、突如として光と共に魔鏡が現れた。

魔界の領域同士を繋げる扉の表面はまるで水面のような揺らめきを持ち、薄く黒い霧が微かに渦巻いている。

そこにはその先へと繋がる領域の風景の一部が色を失いおぼろげながら映し出されているのだ。

 

聖堂らしきホールの風景が浮かび上がっているその魔鏡から、光と大きな波紋を生じさせて飛び出してきたのはスパーダだった。

「やれやれ、やっと出られたなぁ」

背後の魔鏡が光に包まれながら消滅すると、左手に装備された篭手のデルフが安堵の声を上げていた。

スパーダはつまらなそうに溜め息を一つ吐く。

魔界の遊戯で悪戦苦闘し、一時間以上も足止めをされてしまった以上、もはやいかなる無駄な時間を過ごせない。

タルブの地獄門に繋がる領域はもう目と鼻の先だ。ここからは悪魔達との戦闘も避けて一気に駆け抜けなければ間に合わない。

 

「遅れた分、ここから一気に飛ばすとするか? ギャンブル運の悪さの憂さ晴らしにもなるだろうしよ」

「……ああ」

デルフの言葉にスパーダは既に階段を駆け上がりながら頷いていた。一言が余計だったが、気にかける暇もない。

後はこの塔を飛び移り、駆け上がっていけば目的の領域へと辿り着くのだ。

幸い、この領域は環境の都合上、悪魔達の種類も数もかなり疎らであり、遭遇する可能性もそれほど高くはない。

デルフの言った通り、後は一気に飛ばすだけで良いだろう。

 

階段を駆け上がり、時には別の塔へと飛び移り、稀にこの領域に生息する悪魔達を己の剣で屠っていく。

もはやまともに敵と相手にする時間すら惜しいスパーダは、その全てを一太刀のみで斬り捨て、文字通り道を切り開いていった。

リベリオンを投げ放ち、フォースエッジを突き出し突進し、疾走しながら閻魔刀を立て続けに振り回す。

それだけではなく、魔力を固めて幻影剣を放ち、ルーチェとオンブラの拳銃を手にして銃弾を絶え間なく連射する。

全力を持って敵を蹴散らしながら前へ前へと突き進んでいった。

 

悪魔達を屠りながら塔を上り続けていたスパーダだったが、ここで左目に突如として違和感が生じ始めていた、

(……またか)

ガンダールヴのルーンは封印せずにそのままにしていたが、あれからルイズの視界を共有することはできなかった。

だが、ここに至ってスパーダの視界がぼんやりと歪み始めていたのだ。

先日と同じようにまたしても、左目に映る視界が別の景色へと変化していく。その頭の中にも、全く別の音声がざわめき出してくる。

スパーダは体だけは無意識に動かし続けながら、そちらへと意識を集中し始めていた。

今、彼女達は、ハルケギニアはどうなっているのだ? 

 

 

 

「避けて、避けて!」

急き立てるルイズの声と共に目にしたのは、薄闇の中に飛び交う悪魔達の姿だった。

相変わらずシルフィードの上にいるらしい彼女らは、一目だけで何千何百もの数が確認できる悪魔達が飛び交う空の中にいるのである。

やはり、既にハルケギニアでは日食が起こっていた。そして、それによって魔界の扉が開かれ、悪魔達が押し寄せてきたのだ。

スパーダは僅かに顔を顰める。あの双六の空間で手間取らなければ、日食が起きる前に戻れたかもしれないと思うと、実に悔やまれる。

 

そして今、彼女達が乗っているシルフィードの正面から40メイル以上にもなる巨大なムカデのような魔物が、二枚貝のように巨大な口を開け、上下の顎で無数に並んだ牙を剥いて突っ込んでくる。

魔界に生息する魔物の一種であり、その身に蓄えられる膨大な稲妻の魔力を装置の動力としても利用されることがある『電蟲』ギガピードだ。

ギガピードの体当たりをその下に潜り込むことでかわしたシルフィードだったが、頭上のギガピードの各体節の両側に付いた羽状の足に紫電と共に紫の雷球が形成され、次々と撃ちだされてくる。

(きゅいっ! きゅいーっ! 冗談じゃないのね! 危ないのねーっ!)

「きゃあっ!」

「おっと!」

シルフィードは死に物狂いで雷球を避けているようで、ルイズとキュルケは激しく動くシルフィードから投げ出されないように必死らしい。

タバサは避けきれない雷球を自らの杖を振るって打ち返していた。打ち返された雷球がギガピードの体に当たり、呻き声が発せられる。

何とか避けきったシルフィードだったが、すぐにその周りを悪魔の一群が取り囲んでいた。

ドス黒く、霧のように朧げなローブを纏ったように見えるその悪魔達は、赤い昆虫のような頭と細長い腕に鋭い爪を有している。

特に人差し指だけは突き立てたまま、オレンジ色に光らせていた。

「邪魔だって言ってるじゃないの! ――バーストッ!!」

喚き声を上げるルイズが杖を振り上げると、その下級悪魔――メフィスト達を一斉に爆風が包み込んでいた。

一見すると恐ろしい死神のような風貌をしている連中であったが、ルイズの起こした爆発によって纏っていたローブが剥がされ、その姿が露となった。

そのローブの下にあったのは、死神のような姿から一転して虫のようにみすぼらしく脆弱なものにしか見えない。

メフィストは本来、臆病な節足動物のような存在であり、纏っているローブのようなものは体から生み出されるガスで構成されているのだ。

魔力を有したそのガスは密度が高く、メフィストらにとっては鎧のような役割を果たしている他、地上にしか立てないその体を浮かべているのだ。

故にそれを剥がされればもはやメフィストはただの地を這い回る虫でしかないのである。

 

ルイズの爆発によって自らの鎧たるガスを取り払われ、浮遊能力を失ったメフィストらは襲い掛かる暇も与えられずにあっけなく地上へぼとぼとと落下していった。

まさしくそれは蚊トンボを仕留めるような光景である。

「また来るわよ!」

キュルケが声を上げると、ルイズは空を見上げた。

そこにはメフィストらとよく似ているが、体も纏っているローブも一回りも大きい悪魔達が三体浮かんでいた。

体色は白くさらに、頭には髪の毛のようなものが伸びている。おまけにその頭には、漆黒の帽子を被っているように見えるのだ。

ただの昆虫が死神の姿をしたようなメフィストらよりもどことなく人間のような風貌であり、貴族のような高貴さをかもしだしている。

メフィストらと同種だが、格の上では上位にあたる中級悪魔、ファウストらはケケケと笑い声のような呻き声を上げていた。

その細長い手からは、メフィスト以上に鋭く細長い赤く光る爪が伸びており、カチカチと蠢かしている。

一体のファウストが、その爪で自らの帽子をのつばをクイ、と持ち上げた。仕草もかなり人間味に溢れている。

「何よ! 悪魔のくせしてそんな格好して! 馬鹿にしてるの!?」

シルフィードの周りを浮遊するファウストに対し、ルイズは杖を振り上げようとした。

だがその瞬間、三方から一斉に片手を持ち上げると、無数の赤い爪を一瞬にして槍のように伸張させて突き出してきたのだ。

詠唱が終わっていないルイズを、メフィストの爪が襲い掛かる。

「エア・シールド」

間一髪、タバサが風の障壁を発生させたために寸前で槍と化した爪はルイズには達しなかった。

「フレイム・ボール!」

キュルケが放った三発の火球がファウストらを追尾する。ファウストは火球を回避しようとシルフィードの周りを飛び回る。

やがて三体は一箇所に集まり、フレイム・ボールが直撃する寸前まで引き付けると一斉に真上へと上昇した。

それを追尾しようと軌道修正しようとするも、勢いが止まらず軌道を上に変えた瞬間に別の火球と接触することで相殺し合い、爆発していた。

「ずいぶんと賢いわね」

キュルケは悔しそうに舌を鳴らしている。

火球を回避したファウスト達は三方に分かれると、両手の鋭い爪を構えて突っ込んできていた。

「エア・ハンマー!」

その一体にタバサが風の槌を放つものの、ファウストは見えないはずの風をひらりとかわし、爪を振り上げていた。

「バーストっ!」

ルイズが杖を振り下ろすと、タバサを引き裂こうとしたファウストに爆発が直撃する。

だが、メフィストらよりも密度が高いガスで作られた衣は剥がしきれず、まだ僅かながら残っていた。

その衣の下にはやはり、節足動物のような器官を有する体があり、鋭く大きな鋏状の尻尾が蠢いている。

「エア・カッター!」

だが、タバサが露になった本体に風の刃を放つ。メフィストと同様に脆弱でしかない本体は、容易く泣き別れにされる。

断末魔の呻き声を発しながら、ファウストの体は溶けて崩れ去っていた。

 

ルイズ達は悪魔達の軍勢を相手に奮戦している。互いに息の合ったコンビネーションで悪魔達を攻撃し、反撃をいなしていく。

スパーダはルイズの視界を通して彼女達の戦いを見届けていたが、ルイズが空を見上げた際に映ったものを目にして呻いていた。

黄昏のように薄暗い空の一角に立ち込め、不気味に渦巻く暗雲。その中心には見事に大きな次元の裂け目が開けられている。

そして、その次元の裂け目から這い出てくる巨大な悪魔の姿に、スパーダはさらに呻く。

(アビゲイル……。奴が来たか……)

実に1000年ぶりに目にすることになる屈強な黄金の巨体は、かつてスパーダが二度に渡り相見えた姿だった。

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
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