魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 35 <闇を統べし、修羅の王> 後編

かつて魔界で覇権を争いし三大勢力の一角を統べていた羅王アビゲイルは、まさに破壊の権化そのものであった。

指先一つのみで数千の悪魔達を一掃し、本気を出せばその10倍以上の軍勢ですら一瞬にして灰燼と化す。

上級悪魔とて、その一撃をまともに食らえば決して無事では済まされない。これは他の最上級悪魔達にも言えることだが、アビゲイルは中でも別格だ。

かつてのスパーダの主である魔帝ムンドゥスも正面からの直接対決は避けていたほどである。

魔界の全てを統べる資格を持った最上級悪魔の中では、単純なパワーだけならばまさしく最強であったと言えよう。

 

おまけに奴が率いる悪魔の軍勢もまた、膨大な数の兵力を誇っていた。

今、スパーダがルイズの視界を通して目にしているように、その数は軽く十万は超える。

タルブ一帯を覆い尽くした悪魔達の種類はまさに千差万別だ。

どれもが中級以下の有象無象の悪魔達ばかりでしかないが、この圧倒的な数の兵を正面からまともに相手にすれば数の少ない軍勢など瞬く間に飲み込まれてしまうだろう。

「これじゃあキリがないわ! ファイヤー・ボ-ル!」

「どれだけ出てくるのよ! こいつら! バーストっ!」

膨大な数の悪魔達がひしめく空の中を飛び回るシルフィードの上でキュルケとルイズは悲鳴に近い叫びを上げながら魔法を放ち、悪魔達を退けていた。

押し寄せる津波を押し返すかのごとき勢いで攻撃をしなければ、瞬く間にアビゲイルの軍勢に飲み込まれ、なぶり殺しにされてしまう。

 

かつて魔界にいた頃、スパーダはアラストル、イフリートの三人でアビゲイルの軍勢を迎え撃っていた。

三人とも一撃で数千の悪魔達を屠れる力を有していたが、今ルイズ達が面しているように倒せど倒せど、アビゲイルの軍勢の勢いは留まることを知らない。

無限の兵がいるのではと錯覚するほどに、アビゲイルの軍勢の規模は凄まじかったのだ。

 

(相変わらずの力押しだな)

だが数千年の時が経とうと、その戦略は何一つ変わっていないことにスパーダは呆れる。

アビゲイルは確かに自身の力も兵力だけならば他を圧倒し、そのまま壮絶な勢いで他の勢力を飲み込み、最終的には魔界全土を支配するかと思われた。

しかし、アビゲイルは大勢力を率いる長としてはやや愚鈍な面もあった。

『力こそが全て』魔界における絶対の理に忠実なアビゲイルは、ムンドゥスやアルゴサクスが得意としていた謀略に関しては致命的に疎かったのだ。

 

「作戦や小細工など不要」

 

「戦いの真骨頂は力と力のぶつかり合いにある」

 

「力で戦わずして得た勝利に意味はない」

 

といった武人的思想を持つが故、プライドに拘るあまり策に頼ることを何より嫌っていた。

というより、勝利のための策ではなく、戦乱を起こすために策を用いているほどだ。

要は覇者としての手段と目的が擦れ違ってしまっていたのである。

 

おまけに勢力の頭にして総大将が自ら戦線に積極的に出向いているというのが最大の仇となった。

圧倒的な力による正面からのゴリ押しにのみ頼っていたアビゲイルは、結果的にムンドゥスとアルゴサクスの策に嵌り、破れる結果となったのである。

もっとも、その圧倒的な力押しによる大侵攻は人間側からしてみれば、悪夢でしかない。

 

「ちょ、ちょっと! あいつが動き出したわ!」

ルイズが空を見上げると、アビゲイルは次元の裂け目から軽々と跳び上がり、アルビオンの艦隊の一番巨大な戦艦へと着地していた。

ついにアビゲイルが直接動き出した。アルビオンの旗艦らしい巨艦の上からタルブ一帯を見下ろしている。

「な、何をしようっていうのよ」

「どうせロクでもないことでしょ」

一体何をしようというのか、ルイズ達はアビゲイルの行動が予測できずに戦慄しているようだった。

(きゅい……あんな悪魔なんかに、勝てるわけないのね……。精霊がみんな、怖がっているのね……。悪夢なのね……)

ルイズ達やシルフィードが恐怖している中、艦上のアビゲイルはおもむろに両手を頭上に掲げだし、瞬く間に巨大な光球を作り上げていた。

未だ日食は続いているが故に闇は晴れることはないはずだったが、その太陽のように眩しい光球は容易く闇を打ち消し、タルブ一帯に光をもたらしていた。

だが、すぐに眩い光源は消え去ることとなる。

 

光球はまるで風船のように大きく膨れ上がると、突如耳をつんざく甲高い轟音と共に爆ぜた。

花火のように四方八方に散ったのは、巨大な光の矢だった。

数百を超える光の矢は次々と旗艦以外の小さな艦隊へ殺到していき、その船体を容赦なく粉砕してしまったのだ。

光の矢は決してルイズ達や地上の方へ降り注ぐことはなく、アルビオンの艦体にのみ集中的に浴びせられていた。

貫かれ砕け散る船体、燃え上がる帆、吹き飛ばされ、空中に投げ出される人の影。

ルイズ達は、上空で巻き起こるその地獄絵図のような光景に唖然としているようだった。タバサだけは黙々と襲い来る悪魔達を退けようと杖を振るい続けていたが。

「あ、あいつ……一体なに……やってるのよ……味方なのに……」

ルイズは力を失った声を震わせ、呻いていた。

「悪魔の考えることは、訳が分からないわ……」

キュルケも同じ気持ちで、乾いた笑いを漏らしているようだ。ルイズの視界に彼女は映らないので、当然スパーダにも見えない。

アビゲイルがアルビオンの艦体を何の前触れもなく、容赦なく全滅させてしまったことに愕然とするのも無理はない。

旗艦だけは攻撃しなかったことから、裏で操り結託していたアルビオン――レコン・キスタ側に加勢をするつもりなのだろう。

いくら魔界が侵略する人間界の民であっても、魔に魅入られた悪魔崇拝者達などを最大限に利用するために手を結ぶことはあるのだ。

にも関わらず、アビゲイルは他の艦隊を全滅させてしまった。それはつまり、あの艦隊を無用の長物として切り捨てたのだ。

悪魔が勢力の一部を戦力にならないと判断すると躊躇なく見限り、自らの手で始末するのはよくあることである。

 

光の矢が全て飛び尽くし、爆風が収まった後に残っていたのは、アビゲイルによって破壊され尽くした艦体の見るも無残な残骸だけだった。

残骸の中には投げ出された人間の姿もちらほらと窺えるが、空を飛び交う悪魔達が群がってきては餌となっていた。

 

 

(まだ1000年しか経っていないのに、元に戻っているな)

スパーダはアビゲイルの発揮した力をルイズを通して垣間見た時、疑念を感じていた。

1000年以上も昔、スパーダは人間界においてアビゲイルと一戦を交えたことがある。

当時のスパーダは世界各地を渡り歩いていたが、その時に耳にしていたのが人間の身でありながら、様々な悪魔達を使役していたという魔術師の噂だった。

 

アラン・ローウェルとかいうその男は錬金術師として名を馳せていた存在で、悪魔の力を人々のために役立てられないかを研究していたという。

その過程で彼は数多くの悪魔達を召喚しては従え、人間達の生活の手助けをしていた。

だが、そこで彼はとんでもないものまで呼び出してしまった。

それまで召喚していたのは下級や中級程度の悪魔達ばかりだったのだが、アランはさらに上級の悪魔を従えてみようという無謀な行為にまで手を付けてしまう。

その結果、呼び出されたのが羅王アビゲイルだった。

いくら悪魔を従えられるからといって、強固な意思と力を持つ上級悪魔を思いのままに使役することなどできるわけがない。

ましてや、アビゲイルほどの最上級悪魔などもってのほかだ。

 

結局、アビゲイルを使役できなかったアランはそれまで呼び出していた悪魔達や己の力を駆使して封印しようと試みたが、その力は圧倒的でとても手が付けられる相手ではなかった。

かねてよりアランの動向を監視していたスパーダはアビゲイルの出現を耳にすると、すぐに急行して魔界へ追い返すべく、剣を振るったのである。

その時のアビゲイルはかつての覇権争いの果てに失った力を蓄えていた所を無理矢理呼び出されたらしく、力が完全ではなかった。

自ら力を封じたスパーダも似たような条件だったが、互いに力はほぼ互角だったと言えるだろう。

最終的にスパーダはアビゲイルの力を切り離し、本体を魔界の奥深くへと封じることに成功した。

 

切り離され、独立したアビゲイルの力はそのままでは暴走してしまう恐れがあったため、アランが儀式によって魔界の一角に僅かな隙間一つない結界を何重にも張り巡らすことで封印していた。

その儀式の過程で生まれた魔石を鍵とし、アビゲイルの力が誰の手にも渡らぬようにアランはローウェル家が末代に渡って守り抜くことを誓っていた。

それからのアラン・ローウェルは悪魔関連の研究を打ち辞め、人知れぬ地でひっそりと生涯を過ごしたという。

 

ローウェル家の子孫達は一族の始祖たるアランのおかげで、その後も魔石に惹かれる悪魔達から逃げ続けていると聞く。

何の考えもなしに魔石を破壊してしまえば、封印されたアビゲイルの力が暴走するため、力を欲する下級悪魔達も慎重にその封印を解こうとしているのだ。

アビゲイルの残した力を手に入れれば魔界を支配できる力が手に入る。そう考えている連中は多い。

だが、あの魔石は悪魔の持つ魔力に反応して力を放出するため、手にするのは容易ではない。

おまけに、元々強大な力の扱いに慣れていない下級悪魔がいきなりアビゲイルの力を手に入れたとしても、まともに力を制御し切れるはずがない。

酒も飲めない子供が無理に度数の凄まじい酒を口にして参ってしまうのと同じである。

第一、その力自体が完全なものではないのだ。

 

 

……そうした経緯があり、力を失ったアビゲイルが再び力を取り戻すには何千年もの年月が必要なはずだったのだが、今目にしたようにその力は全盛期の頃と全く同じだったのである。

何故、こうも短い期間でそこまでの力を取り戻せたのかは分からないが、完全体のアビゲイルがハルケギニアへ直接侵攻してきた以上、何日と経たずにハルケギニアは奴の勢力に侵略され尽し、支配されてしまうだろう。

何としてでも、タルブで侵攻を食い止めなければならない。

「お、おい。どうしたんだよ、立ち止まってる暇なんか無いんじゃねえのかよ」

ルイズの視界が消え失せると、左手に装備した篭手のデルフの困惑した声が耳に届いていた。

意識はルイズ達の方へ移りつつも、体だけはしっかりと動いて襲い来る悪魔達を屠っていたわけだが、それまで塔を駆け上がっていたスパーダの足は階段の途中でピタリと止まってしまっていた。

「予定変更だ」

事も無げに言うスパーダは塔の淵に立つと、そこから下を見下ろした。

果てしなく続く闇。その中に立つのはこの無数の塔。その遥か下、そして上には何が存在するのかははっきり言って、スパーダも詳しくは知らない。

ただ一つ言えるのは、この遥か下は魔界の深淵へと潜っていけるということだけである。逆に上へ進めば、魔界の上層部へ行けるのだ。

「ちょっ! おい! 何をする気だ! 待て! 待てって!」

デルフはスパーダがこれから何をやろうとしているのかを、薄々察していたようだ。

だがスパーダはそれに返答することもなく、その身を躊躇なく宙へと投げ出していた。

 

これまで必死に駆け上がってきた、無限の高さを誇る塔をスパーダは一気に下っていく。

正確には空間を頭から落ちていくだけであり、スパーダは自分に受ける落下の風圧を気にすることもなく、果てしない空間を落ち続けていた。

途中、ブラッドゴイルといった空を舞う悪魔達がスパーダを襲ってきたものの、ルーチェとオンブラ、そして幻影剣を用いて迎撃していく。

「どういうつもりだよ! あとちょっとで戻れたってのに!」

「タルブの地獄門は遠過ぎる」

焦るデルフだが、スパーダはあくまで冷静だった。

「だが、こちらからならば3分は早く戻れる」

ルイズの視界を通して目にした、アビゲイルが這い出てきた次元の裂け目。もちろん、あの先は魔界へと続いているわけだ。

そして、そこがどの領域でどの階層に繋がっているのか、スパーダは理解していた。

一分一秒でも早くハルケギニアへ戻らなければならない以上、より近道のルートから戻った方が効率が良い。

皮肉にも、その道をアビゲイルが作ってくれたのである。

 

「何でそんなことが分かるんだよ」

「ルイズのおかげだ」

急降下し続けていたスパーダは、やがて腰の閻魔刀へと手をかける。

バランスのとり難い空中ではあるものの、スパーダは閻魔刀を瞬時に抜刀、さらにそれを交差させるように返した。

斜め十字の剣閃が飛び闇の中へと吸い込まれていく。

 

数秒後、微かな甲高い音と共に闇の奥から僅かな閃きが瞬いた。

閻魔刀を収めたスパーダはその光に向かってさらに降下を続けていく。

「おっ!? おおおおっ!?」

デルフが狼狽の声を上げた。

果てしない闇の中に刻まれた光に縁取られた亀裂。

それは魔を斬り裂き破壊する力を持つ閻魔刀によって作り出された次元の裂け目だった。

空間そのものが魔力を有する魔界だからこそ、こうした荒業も可能なのである。

先日、タルブから魔界へ来た時も力尽くで道を作ったのと同じことだ。

 

――ケエエエエェェェェッ! 

 

スパーダの体は真っ直ぐと急降下し、空間に刻まれた裂け目へ向かっていく。

その後をブラッドゴイルの大群が追跡していたが、スパーダはもはや幻影剣を放つこともなくただただ落下を続けていく。

次元の裂け目は、まるで空間そのものが傷を塞ぐように縮まっていく。

人間一人が通れるほどにまで小さくなった裂け目にスパーダが飛び込んでいった直後、次元の裂け目は跡形もなく消滅していた。

 

 

 

 

これは、悪夢だ。

アンリエッタは目の前で巻き起こる光景に、その身を引き裂かれてしまいそうな戦慄を覚えていた。

日食と共に、突然空に開けられた穴から現れた異形の怪物達。とても把握しきれないほどの数で押し寄せてきた大群は、瞬く間にタルブを覆い尽くしてしまっていた。

身の毛もよだつおぞましい怪物達は、血も涙もない獰猛な存在だった。

空を飛び交っていた竜騎士達に襲い掛かるなり、彼らが騎乗する竜もろともその身を引き裂き、喰らっていったのだから。

(何故? 一体、あの者達はどうしてこんな……)

アンリエッタは生まれて初めて目にする悪魔のように恐ろしい怪物達を目にして打ち震えた。

何故、あの怪物達はこの地に突然現れたのか、その理由はアンリエッタはもちろんのこと、トリステイン軍の誰もが知る由もない。

 

怪物達は当然、地上のトリステイン軍はおろか壊走していたアルビオン軍にまで襲来してきていた。

浮き足立っていたアルビオンの兵達は怪物達に何の抵抗もできず、無残に惨殺されていった。

血に飢えた怪物達は逃げ惑う彼らをまるで狩りの獲物のように追い詰め、惨たらしい手段でその血肉を喰らっていく。

あまりにおぞましい目を覆うような惨劇の光景だった。敵とはいえ、こんな残虐な殺戮がこの世にあっていいものだろうか。

 

「ええい! 失せろ! 化け物どもめ!」

「何としてでも殿下をお守りするのだ!」

それまで様々な要因によって士気を上げていた王軍は怪物達の襲来に戸惑いつつも、自分達の敵であるとすぐに判断して迎撃態勢をとっていた。

「散り散りになるな! 固まって迎え撃て!」

さすがに熟練した戦士達の揃った魔法衛士隊は巧みな連携で、的確な陣を組んで怪物達と相対していた。

この世のものとは思えない怪物達の出現に戦慄し、闇雲に戦おうとする兵達を叱咤し、士気を下げないようにしている。

相手は人間ではなく、もはや悪魔といって差し支えない凶悪な存在なのだ。

 

――グオオオアアアアァァッ!! 

 

最も恐ろしい姿が自分達の上空1000メイルに存在していた。

空にぽっかりと開いた巨大な穴から這い出てきた黄金の悪魔は、先ほどから何度もその巨体に見合った凶悪な咆哮を上げ、大地を揺るがし、空気を震わせている。

やがて未だ上空に鎮座し、他の艦隊と共に攻撃が止んだレキシントン号の上に着地すると、悪魔は恐ろしい凶行に及んでいた。

太陽のように目が眩むほどの光を生み出し、さらにそこから花火のように弾けた光の矢が、十数隻ものアルビオン艦隊を瞬く間に貫き、焼き尽くしたのである。

ただ一隻、巨艦レキシントン号だけを残して。

 

これまで散々、空から砲撃を加え自分達を苦しめていたはずのアルビオン艦隊は、見るも無残な破片と残骸と化し、空域を漂い続けていた。

アルビオン艦隊が壊滅的打撃を受けたという本来ならば奇跡としか言えないこの状況を、トリステイン王軍は誰も喜ぶことはできなかった。

何故なら、たった十数隻でしかない艦隊を遥かに上回る異形の軍勢が、そしてその勢力を率いる強大な悪魔の存在があるからである。

奴らにとっては、トリステインもアルビオンも敵も味方も関係ないのだ。

目の前に存在するものは全て破壊し、滅ぼす。ただそれだけのために暴れまわっているに過ぎない。

 

(わたしは、どうすればいいの……?)

本来ならば浮き足立つべきではない自分が、悪魔達の存在にこうも狼狽し、怯えてしまっている。

いや、実際には今戦っている王軍の兵士達も、マザリーニも、将軍達も恐怖を感じてしまっているのかもしれない。

だがアンリエッタは露骨に恐怖し、そしてそれを必死に押し隠そうとする自分がどうにも許せなかった。

(ルイズ……)

空を見上げれば、悪魔達の波の中を一頭の風竜が飛び交っている。炎や爆発が巻き起こり、悪魔達が次々と蹴散らされていた。

無二の親友はこれほどの恐ろしい悪魔を目の前にしてもああして戦っているというのに、自分は何もできずに怯えるだけ。

アンリエッタは今、自分がこれだけ無力な存在でしかないことを呪った。

 

「しまった!」

悪魔によって艦隊がほとんど一掃されてしまったことに対する動揺は続いていたのだろう。

黒い翼を生やした一体の悪魔が本陣を死守していた魔法衛士隊の間隙を突き、防御をすり抜けるとアンリエッタの元へと一直線に飛来したのだ。

悪魔達に恐怖し、呆然としていたアンリエッタが我に返った時、襲い来る悪魔は既に目の前へと迫ってきていた。

 

間近で初めて目にする悪魔の醜悪な姿。それはただひたすらにおぞましく、身の毛のよだつ恐怖しか感じることはできなかった。

他の犠牲者の血で塗れた鋭い爪を悪魔はアンリエッタに振りかざそうとする。

恐怖に支配されてアンリエッタも、彼女の跨るユニコーンもピクリとも体を動かすことができない。

 

「殿下!」

隣に控えるマザリーニが、咄嗟にアンリエッタの体を突き飛ばそうとする。

せめて、これから国を担うべき主君は何としてでも守らなければならない。

だが、あまりに突然だったこともありとても間に合わない。マザリーニが体を動かそうとした時には既に悪魔の爪が振り下ろされていた。

 

 

鋭く空を切り、そして肉を切り裂き抉る生々しい音が響く。

「……っ」

呆然とするアンリエッタは目の前で起きている出来事を、心を支配する恐怖のせいで認識するのが数秒遅れてしまった。

今まさに振り下ろされた爪が目と鼻の先に迫っていた中、悪魔の胸から鋭い何かが突き出ているのだ。

バチバチと音を立てながら青白い稲妻を散らしているそれはどうやら剣の先端のようだった。

悪魔の胴体を背中から貫いていたのは紛れも無く一振りの立派な造りをした大剣であり、刀身から溢れ出る稲妻が自身を包み込んでいる。

 

 

己の体を貫かれている悪魔は呻き声を漏らすと血反吐を吐き散らし、ばたりと前へと倒れこんだ。

そして、悪魔の体はアンリエッタ達の目の前で泥のように液状化すると草地に吸い込まれるようにして溶けて崩れ、骸一つ残さず消滅していく。

後には悪魔の体を容易に貫き、一撃で仕留めた大剣だけが突き立てられ、その場に残される。

 

一体誰が、こんなものを? 

 

それに、この剣は何なのだ? 見た所、ただの剣ではないようだが……。

 

アンリエッタはユニコーンの上から未だ刀身に帯電をしている大剣を見つめ、絶句していた。

杖をもって魔法を操るメイジは剣を手にすることはない。剣は平民の一般的な武器である。

と、いうことはこの剣の持ち主は……。

「姫殿下!」

戦場に響く怒号や轟音、悲鳴の中にさらに響いたのは、一人の女の声だった。

といってもその声は女とは思えぬほどに苛烈で逞しく、一声聞いただけで声の主が男勝りな気丈夫であることが窺える。

アンリエッタとマザリーニの元に駆け寄ってきたのは、金髪の女剣士だ。

彼女の背後には20人ほどの平民の兵士、しかも女だけで構成された小隊が付いてくる。

「ご無事でございますか? 姫殿下」

その隊の頭であるらしい女剣士は突き立てられた稲妻の剣の柄を握ると、そのままアンリエッタの前で跪き、安否を問う。

ハッと我に返ったアンリエッタは自分の前に平伏する女剣士を真っ直ぐと見やる。

「……ええ。大丈夫です。助かりました」

まだ悪魔達への恐怖が心に残りつつも、大将らしく毅然とした態度で返した。

 

「アニエス殿! 新手です!」

女剣士アニエスの部下達は七人ずつ分けた隊列を三つに組んで敵を迎え撃っていた。

マスケット銃で武装する彼女達は低姿勢でしゃがんだ最前列が発砲すると、背後に立った二列目が間髪入れずに発砲を行う。その間、最前列は即座にマスケット銃に次弾を装填を始めていた。

そして、二列目が弾込めを行っている間、最後列がさらに発砲を行う。これが終わると、次は弾の再装填が完了した最前列が発砲を再開するのだ。

火蓋を開け、撃鉄を起こし、弾と火薬を詰め直し、そして引き金を引く。その間、別の者が発砲を行う。その繰り返しである。

実にてきぱきとした歯切れの良い動作で行うため、絶え間ない銃弾による波状攻撃が迫り来る悪魔達を次々に撃ち落していた。

彼女達は単なる一粒の鉛弾ではなく、数粒の小さな鉛弾による散弾を用いていたため、多少狙いが外れても悪魔達の体に広範囲に散った鉛弾がめり込んでいた。

「撃ち方止め!」

魔剣アラストルを背の鞘に収めたアニエスが号令をかけると、彼女は持参していたランチャーに腰のベルトから抜き出した砲弾を装填する。

先端が赤く塗られた砲弾が込められたランチャーを構えると王軍の正面上空を飛び回る悪魔達の一群を射るような目付きで見据えた。

 

――バシュッ! 

 

鈍い空気の弾ける音と共に砲口から小さな砲弾が放たれ、本陣より100メイルほど離れた先の空の悪魔の群れへ一直線に飛んでいく。

その中を飛んでいた蝿の姿をした悪魔、ベルゼバブの体にめり込んだ途端、炸裂と共に赤い光が爆ぜた。

アンリエッタとマザリーニはアニエスの放った砲弾が飛んでいった先の悪魔達の一群の中で突如目を焼き尽くすと錯覚しそうな赤い爆光が膨れ上がるのを目にした。

さらに巨大な赤い火球が光の中から膨れ上がり、その周りにいる悪魔達を次々に飲み込んでいく。

砲弾の直撃を受けたベルゼバブは火球に飲み込まれて一瞬にして塵と化し、着弾地点からおよそ10メイル以内の悪魔達は膨れ上がる爆炎に飲み込まれ、容赦なく焼き尽くされていった。

 

アンリエッタは唖然としながらその光景を見届けていた。

今、彼女は何をやったのだ? 

平民であるはずの彼女はトライアングルクラスのメイジでなければ起こせないであろう火球によって悪魔達を屠ってしまった。

あの砲弾は、そして彼女の持つあの銃は、そしてそれを容易に操る彼女は何なのか? 

アンリエッタは心に様々な疑念が、そして期待が生まれてくる。

平民が、たったの一撃で悪魔の一群を苦もなく一掃できるだなんて。

「マザリーニ。彼女は一体……」

アニエスが部下達に再度号令を下し、マスケット銃の発砲を再開させる中、アンリエッタは彼女に対する関心が尽きなかった。

「彼女らは平民の女性だけで構成された一小隊でございます。その隊を率いているのが、あのアニエスという者です」

悪魔の一群が一掃されたことに感嘆としていたマザリーニも我に返り、淡々と説く。

「彼女達は本来は警護の任務を主に行っているのですが、時折王宮からの勤務以外で個人的な仕事も行っているそうですな。アニエスは怪物退治などの仕事を主に請け負っているそうで」

マザリーニは頭を振ると、何かを決心したかのように言葉を続ける。

「……この際ですから申し上げましょう。殿下の婚儀が間近であったため、報告をする必要はないと思っていたのですが……」

その言葉にアンリエッタは僅かに目を細め、不満げに彼を見やる。

望まぬ結婚だったとはいえ、一体何を隠していたのだ。自分は本来ならば国のあらゆる物事も知っていなければならないというのに。

「二週間ほど前、トリスタニアの城下で悪魔が出没したそうなのですが、その悪魔を討伐したのが彼女なのだそうです」

話を聞き、アンリエッタは納得した。あのアニエスという女戦士が悪魔を相手に臆することなく戦うことができる理由を。

彼女は歴戦の勇士なのだ。幾多の修羅場を潜り抜け、人間を脅かす怪物や悪魔達と争い、生き残ってきたのだろう。

たとえ平民であろうが、それは事実なのである。

魔法の使えぬ平民であるにも関わらず、あのアニエスはそれに代わる力を駆使して今までも、そして今も戦い続けてきたのだ。

 

(こんな平民がトリステインにいただなんて……)

臣下達より何も知らされていなかったとはいえ、アンリエッタは己の視野の狭さを恥じ入った。

元来、魔法の使えない平民は大した戦力にならない存在として見られており、重用されることなど無きに等しい。

せいぜい、弓や銃などの武器を持たせて矢面に立たせられる程度である。

だが、その考えが全て誤っていたものであることをアンリエッタはその目にありありと刻み付けられていた。

あのアニエスはたったの一太刀、たったの一発で恐ろしい悪魔を屠ることができるのだ。

手練れの戦士である魔法衛士隊のメイジ達でさえ、一体を倒すのに苦労しているのにも関わらず。

その力を有効活用できない自分達王族は、貴族は何とも愚かな存在なのか。

 

(彼も、メイジではない……)

ふと、アンリエッタの脳裏に過ぎったのは一人の男だった。

今、この闇空の中を飛び交う風竜の上で戦っている無二の親友。彼女が呼び出したという使い魔――スパーダ。

未知の異国たる東方の貴族だというその男もまた、メイジではなく剣を手にして敵を打ち倒す剣豪だという。

一ヶ月前、無理難題の任務を押し付けてしまった無二の親友と、その仲間達を守るため、彼は己の剣を振るってくれた。

おまけに彼は力だけでなく、公明正大かつ聡明な、まさに理想の貴族そのものとも呼べる威厳さに満ちていた。

アンリエッタは飾りの姫などと呼ばれていた自分などとは比べられない、絶大なカリスマのようなものを彼から感じ取っていたのだ。

彼のような貴族がもっとこのハルケギニアにいれば良いのに、という願望を抱いて。

(彼とはあの時に会ったきりね……)

思えばその男と会ったのは、初対面の時だけだった。親友が任務を終えて報告のために戻ってきた時も彼の姿だけはどこにもなかったのだ。

彼には一言でも礼を言わなければならないというのに。

恐らく、彼は今あの風竜の上で主たる無二の親友を、ルイズを守るために剣を振るっているのだろう。

(この国には、必ずあなた達のような人間が必要になるわね)

 

平民でありながら悪魔をも打ち倒す力を持つ女傑。

 

知と力を兼ね備えた真の貴族の姿を体現した異国の剣豪。

 

この二つの力はトリステイン、いやハルケギニアになくてはならぬ存在であることをアンリエッタは思い立っていた。

 

 

 

 

土くれのフーケの暗躍によって壊走したアルビオンの地上部隊の残党はものの数分と経たずして悪魔達の餌食となっていた。

鋭い爪をふりかざし肉を切り裂き、抉り、臓物を引きずり出す。

頭を、四肢を、胴体を、猛獣よりもえぐいその牙で噛み砕き、引き千切っては捨てる。

オーク鬼などの獰猛なただの亜人達などよりも惨たらしい悪魔の所業に、アルビオンの兵達が全滅するきっかけを作ったフーケですら目を覆いたくなった。

本来ならば彼らは彼女から大切なものを奪っていた憎き仇であり、その復讐を兼ねて彼らから勝利を奪うべく工作活動を行ったのである。

だが、正直今となっては彼らの辿った末路が哀れに思えてきた。

「……とりあえず、これで一段落ということだね」

もっとも、それで自分の復讐心が萎えることなどなかったが。

だが次に自分がやるべきことは、己の復讐心を満たすためではない。

自分達に救いの手を差し伸べてくれた恩人のために、今こそその恩に報いるのだ。

「あいつらの数だけでも減らさないとね」

先刻、アルビオンの兵達をことごとく蹴散らしたフーケの作り出した土くれの巨兵は、今もまだ戦場の中で暴れまわっていた。

悪魔達は獲物である人間にしか興味がないようで、ゴーレムには見向きもしない。

それでも一応、フーケはゴーレムを操作してトリステインの王軍に襲い掛かる悪魔達を捻り潰そうとしていた。

だが、悪魔達の数があまりにも多すぎる。いくら蹴散らし踏み潰し、薙ぎ倒してもキリがない。

おまけに空を飛んだり、異常な身体能力を有していたりで素早い奴らばかりなのでかわされてしまう。

 

「おっと……とうとうこっちにも来たかい」

そんな時、フーケは顔を顰めると杖を手に身構えた。

戦場から外れ、やや距離もある林の中とはいえ、悪魔達はタルブ全土を覆い尽くしているのだ。

奴らは人間がどこに隠れていようがその存在を嗅ぎ付けて襲い来る。

それは今、彼女の目の前に数体の悪魔達が姿を現しているように。

フーケの存在を嗅ぎつけた悪魔達は当然、その命を狩るために爪牙を剥き出しにしていた。

「悪いけど、私はまだ死なないよ。彼に報いるまではね!」

フーケは鋭い視線で悪魔達を睨み返し、杖を振るった。

足元の土がボコボコと小さく盛り上がり、次々と無数の握り拳大の塊となり、さらに極限まで圧縮されて硬化される。

 

悪魔達は獰猛な雄叫びを上げ、フーケに向かって突撃してきた。

だが、フーケは冷静に杖を振り上げる。すると、足元の土礫が次々と悪魔達へと殺到した。

砲弾のような勢いで飛来した土弾――ブレッドの魔法は悪魔達の胸を、頭を直撃する。

胸に大きな風穴を開けられ、首から上を抉り飛ばされ、一撃で悪魔達を仕留めていた。

「人間の力を甘く見るんじゃないよ、悪魔ども」

啖呵を切りながら、フーケはさらに襲い来る悪魔の攻撃をかわした。身に纏うマントが爪に破かれ、フーケはマントを放り捨てる。

「貫け!」

すれ違い様に杖を振るうと、目の前に透けるように無数の土色の魔力の矢、マジック・アローが現れ、悪魔に向かって殺到した。

 

 

 

タルブの上空2000~3000メイルの空域は無数の戦艦の残骸が浮遊する船の墓場と化していた。

ハルケギニアへの直接侵攻を開始した羅王・アビゲイルの破壊の力により、無用の長物と化したアルビオン艦隊は旗艦レキシントン号を残して全てが無残な姿へと変わり果てたのである。

壊滅したアルビオン艦体の瓦礫と破片は地上へ落下してくることはなく、空域に浮かんだまま漂い続けている。

フネの動力として積載されていた風石の力が解放され空域一帯に広がり、大量の残骸を浮かべているのだ。

さらに空域の真上に開けられた次元の裂け目から溢れ出る魔界の魔力が現世へと流れ込むことで、風石の魔力が増幅され、タルブの上空はあらゆる物体を浮遊させる魔の領域へと変貌しているのである。

『良い。全てはこれで良い』

その魔の空域に浮かぶ巨大な瓦礫の一部で、アビゲイルは満足げに呟く。

見る者を平れ伏させる凶悪な眼を開き、闇空の下に見える戦場を一望した。

そこでは自らが従える、十万を軽く超える手勢達がひしめき、異世界の人間達の軍勢と戦火を交えている。

役立たずになったアルビオンの地上の兵達は早急に自らの部下達が処刑した。真に強い者、そして戦意を持つ者こそが戦いを生き残る資格がある。

それに値せぬものは、力こそが全てとするアビゲイルには不要な存在だった。

 

『見るがいい。共に魔を統べし王どもよ。我はこの異世界への一番槍を果たしたぞ』

かつて永きに渡り互いに覇権を争った、二体の魔界の王達をアビゲイルは冷笑した。

魔界の全てを統べる資格があった彼の王達はアビゲイルと拮抗するほどの力の持ち主であった。

だが、戦いに小賢しい策などを用いるという、力ある覇者らしからぬ振る舞いにはアビゲイルも失望させられたものだ。

所詮、策に頼ろうとする者など真の強者より劣る力しか持たぬ弱者の愚考でしかないのである。

結果的にアビゲイルが攻める側となり、出遅れた他の王達はそれを防ぐ側へとなったのだ。

『……魔王も哀れなものだ。だが、それは貴様の自業自得よ』

間抜けな魔王は己の部下に裏切られ、人間界への侵攻に失敗したというから笑いものだ。

腹心などという足手まといな存在を手元に置いておくから魔王は反逆される始末になったのである。

アビゲイルが腹心たる上級悪魔を抱えないのも、力ある上級悪魔による内部崩壊を起こさせないため、そして腹心の欠如による著しい戦力低下を防ぐためだ。

だからこそ、たとえ討たれても戦力への影響が少ない、個体数が多い有象無象の下級・中級悪魔達のみで大勢力を構成しているのだ。

真の強者は、長たるアビゲイルがたった一人いればそれで良いのだ。

 

『戦いに貴様らのような知恵など、右腕もいらぬ。勝利とは、絶対なる力でもぎ取るものなのだ』

自らの力に絶対の自信を持つアビゲイルは、その力をもって更なる破壊をこの異世界にもたらすべく、行動に移ろうとする。

矮小な人間を相手にしてもつまらない。奴らは自らの手勢に任せていれば良い。

魔界であれば異なる勢力の悪魔達を相手にしたものだが、この異世界ではそれは望めないだろう。それこそ力ある上級の悪魔ともなれば尚更だ。

『魔王の右腕もおらぬしな……』

およそ1000年前、生意気な人間の魔術師に人間界へ呼び出された際、力をぶつけ合った魔王の側近――魔剣士スパーダ。

かつて魔界で戦った時より互いに力は衰えていたが、あの戦いは忘れられない。

あれこそまさに戦いの醍醐味だ。強者と強者が、力と力がぶつかり合う。まさに悪魔の戦いだった。

アビゲイルは結果的に敗れはしたものの、願わくば再び魔剣士スパーダと力をぶつけ合うことを望んでいた。

だが、人間界に降臨し留まっている魔剣士スパーダがこの異世界に存在することなどあり得ない。

ならば、アビゲイルがすべき事、そして相対すべきものはただ一つ。

『この異世界に混沌をもたらすのみよ』

手始めに山の二つや三つを破壊でもせねば、アビゲイルの充足は満たされない。

戦いと、破壊を求める修羅の王にとっては、異世界たるこのハルケギニアそのものを滅ぼすべき敵として認識していた。

 

 

 

 

幾万もの異形の悪魔達が飛び交う闇空の中で、突如激しい閃光が膨れ上がった。

その光は至近距離であれば目も開けていらず、まともに直視すれば失明し兼ねないほどに強烈なものだった。

「きゃああぁっ!」

タルブの上空、1000メイル付近を飛び回るシルフィードの上でルイズは光から顔を背けながら悲鳴を上げた。

同乗するキュルケとタバサも思わず顔を腕で覆い、怯んでしまう。

「きゅい、きゅいーーーーっ!!」

シルフィードは光こそ直視してはいないが、頭上から発せられている強力な閃光を感知して喚いていた。

 

――キ……!! 

 

シルフィードを上下から左右、前後と全方位から取り囲んでいた悪魔達はその閃光を浴びた途端、次々と肉体を崩壊させていた。

依り代の体などではなく、魔界から本体のまま直接現世へとやってきた肉体は爆発や炎でも氷の槍や疾風の刃でもない、熱も衝撃も有さぬただの光によって破壊されているのだ。

焼尽、霧散、腐食、融解、破裂、蒸発……ありとあらゆる破壊の結果が悪魔達にもたらされる。

それは一体や二体どころの数ではなく、光の中心からおよそ50メイル以内で遊弋していた悪魔達は、問答無用で灰燼に帰し、消滅してしまった。

光を浴びた瞬間に蒸発してしまった悪魔に至っては断末魔を上げることさえ許されない。

 

悪魔達を滅ぼした光の中心――シルフィードの背の上で顔を正面に戻すルイズはバタン、と抱えていた物の蓋を閉めていた。

弱まっていた光は途端に消え失せ、何事も無かったかのように収まる。

「こ、これが破壊の箱の力……!」

膝の上に置かれた破壊の箱――スパーダより預けられていた災厄兵器・パンドラの力にルイズは驚愕し興奮していた。

それは無理もない。一瞬にして自分達を取り囲んでいた何百体もの悪魔達を一掃してしまったのだから。

ルイズ達ではそれだけの数を相手にしきることさえ困難なことを、このパンドラはあっさりとやってのけてしまったのである。

「良い物を残してくれて、ダーリンには感謝しないとね!」

パンドラのその凄まじい威力に、彼女の背後から覗き込んだキュルケもまた高揚感に浸っていた。

キュルケの隣からタバサは閉じられているパンドラの箱を覗き込み、じっと見つめて興味深く観察している。

「避けて」

だが、すぐに新たな悪魔達が向かってくるため、シルフィードに命じて回避行動をとらせた。

 

ルイズが破壊の箱、すなわち災厄兵器パンドラを使用する決断に至ったのは、実に簡単な理由である。

悪魔達の数があまりにも多すぎて、自分達の魔法では対処しきれなくなってきたからだ。

確かに三人の魔法はそれぞれが悪魔達を仕留めることのできる力を有している。だが、彼女達がメイジである以上その力にも限界があった。

メイジは精神力が尽きてしまえば魔法を使うことはできない。ましてや悪魔達を屠れるほどの魔法を連発していれば尚更、消耗は激しいのである。

精神力の限界ギリギリまで魔法を使った所でスパーダより託されていたデビルスターを使い、精神力を回復させていたものの、このままではスパーダが戻ってくるまで持ち堪えられそうもない。

バイタルスターはまだ一つも使ってはいないものの、アンタッチャブルはアルビオンの竜騎士との戦いと、先ほど悪魔の大群に特攻する際に使ってしまって残り一つしかない。

スメルオブフィアーに至っては既に使い切ってしまっている。

 

何か他に手は無いかと悪魔達から逃げながら思案していた所、キュルケが一言ルイズに向かって提案したのだ。

「その破壊の箱、使ってみない?」

ルイズがずっと抱きかかえていたパンドラを指して。

何でもパンドラは使用する人間のイメージに合わせて様々な武器に変わるらしいのだが、平民の武器や兵器などにそれほど詳しくない三人では使いこなすことはできなかった。

事実、スパーダも「持ち手の知識と記憶に左右される」と言っていた。

唯一、箱そのものの状態の時だけ所有者に左右されない攻撃能力を持つらしいが、それはパンドラの攻撃の中で最も強力かつ凶悪なものであり、無闇に箱を開けてはならないという。

だが、この状況ではスパーダも警告するほどの凶悪な力に頼らざるを得なかったのだ。

どんな破壊の力を発揮するのか分からず、少々不安だったがルイズもパンドラの箱を開けることを決心したのである。

危険だからということで、キュルケとタバサはルイズの後に移動してその力を見守ることにした。

 

……結果は、大成功だった。

パンドラの箱を開けた途端、中から放たれた強烈な閃光が悪魔達の一群を一瞬にして壊滅させてしまったのである。

破壊の箱、などと呼ばれて学院で安置されていたのも頷けるほどの破壊の力に、ルイズ達は唖然としてしまった。

だが、これだけの力ならばスパーダが戻ってくるまで持ち堪えることができそうだ。

ルイズ達の顔に希望が宿り、悪魔達と更なる交戦を続けることにした。

 

「もう一発、お見舞いしてあげるわ!」

すっかり意気が上がり、勇躍したルイズは絶えず襲い来る悪魔達にもう一度パンドラの力を叩きつけてやるべく箱を手に身構えた。

後で杖を手にしながら同じく身構えているキュルケとタバサも、ルイズを見守っている。

ドス黒い霧の衣を身に纏い爪を振りかざすメフィスト、ファウスト。

血液状の体で構成され、甲高い雄叫びを上げるブラッドゴイル。

光の槍を手にする天使の姿だが、その純白の翼の下には醜い顔が隠されているフォールン。

いずれもルイズ達の命を狩ろうとすべく取り囲むと、一斉に襲い掛かってきた。

 

「今よ、ルイズ!」

目を腕とマントで覆いながらキュルケが叫ぶ。タバサも咄嗟に目を覆った。

ルイズは恐る恐る、パンドラの発するであろう閃光から顔を背けると箱を一気に開く。

先ほどと同じように一瞬、甲高い音が響くと共に激しい閃光が箱の中から発せられるのが分かる。

……ちょっとその光が弱いのは気のせいだろうか。

およそ五秒ほど開け続けている間、魔力の放出される音が響いていた。バタン、とルイズが箱を閉めると光と共にその音も失せる。

ルイズは顔を前に戻し、目の前に映る光景に呆然とした。

「あ、あれ?」

先ほどと同じように取り囲んでいる悪魔達の一群が消滅するのを拝めるのを予想していたが、それを大いに裏切る光景がルイズの目に飛び込んでいた。

「……全然、ダメじゃない! どうなってんのよ!」

ルイズは声を荒げて癇癪を起こしていた。思わず、ドンとパンドラの箱を叩いてしまう。

悪魔達は一匹たりとも消滅してはおらず、未だ空域に遊弋していたのだ。……それもほとんど無傷で。

いや、正確には何体かの悪魔達は体の一部を失っている個体もいた。

メフィストとファウストは身に纏う霧の衣を全て剥がされ、フォールンは腹部を覆い隠していた翼を砕かれ醜い顔が露になっている。

ブラッドゴイルは液状の肉体を石化させ、蟲のような本体だけとなったメフィストやファウストらと共に地上へボトボトと墜落していった。

それ以外の悪魔達は体に傷一つ付いてはおらず、僅かに怯んだだけのようだった。

 

一種の生命体であるパンドラは所有者のイメージによって変化させた形態によって己の戦闘本能を刺激され、それを力に還元して内包させていく。

内包された力が箱の形態で一気に解放されることで所有者の定めた敵を滅ぼすのだが、一度力が解放されれば再び形態を変化させてパンドラを刺激させなければならない。

スパーダはそのことをルイズには話していなかったがため、ルイズは使い方を誤ってしまうことになった。

「フレイム!」

「マジック・アロー!」

思わぬ計算違いの結果に、慌ててキュルケとタバサが敵を打ち倒すべく魔法を唱えていた。

炎が悪魔を焼き払い、魔力を固められて放たれた矢が悪魔達を射抜く。

だが、数が多すぎる。数体程度を迎撃してもすぐに別の悪魔が襲い掛かってくる。

「えいっ!」

ルイズはがむしゃらにもう一度、パンドラの箱を開けていた。

顔を背けずにいたため、パンドラの光を直視することになってしまったが、一度目に比べて力が弱まった光はそれほど眩しくはなかった。

パンドラの光を浴びた悪魔達は一瞬、その動きを止められて怯んでいる。

「行けるわ! ルイズ、そのままその箱を使ってて!」

「言われなくてもやってやるわ!」

歓声を上げながら言うキュルケにルイズは言い返しながらパンドラの開け閉めを五秒置きに何度も繰り返していた。

パンドラの光を浴びた悪魔達を消滅させることこそできないものの、僅かに怯ませることはできる。

その隙を突いてシルフィードが包囲から脱出したり、キュルケとタバサが攻撃を命中させることができていた。

(まだ戻ってこないの!? 早く戻ってきてよ!)

スパーダが魔界からハルケギニアへの帰路についているのは彼の視界を共有することで認知している。

だが、それが分かっているとなると余計にスパーダがこのハルケギニアへ戻ってきてくれるようにと急き立て、焦ってしまう。

彼がいなければ、この戦いを生き残り、勝利することは不可能なのだから。

 

――グウオオオオオオォォォッ!!! 

 

「な、何!?」

「……回避!」

耳をつんざき、全てを震わせる咆哮が轟く。

キュルケが戸惑う中、頭上を見上げたタバサが慌ててシルフィードに回避行動を取らせていた。

「きゅいーっ!」

それと共に、地上へ降り注いだのは一条の巨大な極太の閃光だった。雲を切り裂き、地上目掛けて放たれた光線が悪魔の一群とシルフィードに迫る。

急速に側方へと軌道を修正し、間一髪シルフィードは回避に成功していた。逆に悪魔達は何体かがその光に飲み込まれ、一瞬にして塵と化す。

「きゃああああぁぁっ!!」

その光線の余波、そしてシルフィードの急激な動きにルイズはシルフィードの背から振り落とされそうになる。

「あっ!」

様々な衝撃によってルイズの手の中からパンドラが離れていき、空中に投げ出される。

ルイズは思わず手を伸ばすが、虚空を空しく掴むだけだった。パンドラの箱はそのまま地上へと落下していく。

シルフィードの背から顔を外に出し、下を覗き込むルイズはパンドラの箱が落ちていくのを見届けることしかできなかった。

 

「嘘でしょう!?」

突如、地上の方から凄まじい爆音が激しい閃光と共に響き渡る。

絶叫するキュルケが目にしたのは、地上に放たれた巨大な閃光がタルブに隣接する一座の山を一瞬にして焼き払う所だった。

巨大な爆発と炎が標高600メイルほどの山一面を包み込み、膨れ上がった爆発に飲み込まれた山は、跡形も無く消し飛ばされていた。

激しい爆光に下から照らされる三人は唖然とした様子で地上を見下ろしている。

タバサは険しい顔で頭上を見上げると、アルビオン艦隊の残骸が漂う空域から更に閃光が放たれるのを目にする。

浮遊する残骸の一部に乗ずる巨大な悪魔、羅王アビゲイル。

身を大きく仰け反らせたアビゲイルの口元から眩い光が漏れたかと思うと、アビゲイルはその光を吐き出し地上へ破壊の光を放っていた。

放たれる巨大な閃光は次々とタルブに接する山々へと降り注ぎ、挙句の果てにはさらにその外にまで閃光は放たれていた。

その度に地上の山々は跡形も無く吹き飛ばされ、遠方から爆発の光が上がるのを一望できる。

山が焼き払われ、消し飛ばされた後に残るのは抉り取られ、焦土と化した大地の荒廃した姿だけだ。

 

(冗談じゃないわ……!)

ルイズはわなわなとアビゲイルの破壊の力に戦慄していた。

あんな山さえも一撃で吹き飛ばす攻撃をまともに受ければ、人間など一瞬にして塵も残さず消し去られてしまう。

いや、下手をすればタルブ一帯さえも一瞬にして焼き払うのではないか。そのような恐ろしい想像さえ抱くほどにアビゲイルの破壊の力はルイズに更なる戦慄を与えていた。

ましてや、草原ではトリステインの王軍が……アンリエッタ王女が今も必死に戦っているのである。もしもそこにあれが降り注げば……。

「ルイズ!」

キュルケが叫び声を上げ、ルイズはハッと我に返る。

顔を上げれば、槍を掲げながら浮上する二体のフォールンが目の前に現れたのが目に飛び込んでいた。

さらにその反対側では両腕を胸の前で交差させ、赤く光る鋭い爪を伸ばす三体のファウストが威嚇してくる。

「エア・ハンマー!」

咄嗟にタバサがフォールンに風の槌を放ったが、腹部を覆い隠す純白の翼に張られた結界を破ることはできず、僅かに押し出すだけだった。

「……バーストッ!」

慌てて後に仰け反ったルイズも杖を振るい、フォールンを爆発で吹き飛ばそうとした。

だがドット・スペルの詠唱で放ってしまったが故、小さく弾ける程度の爆発しか起きなかった。

フォールンの翼にはヒビが入るものの、ダメージそのものは与えられない。

 

――フンッ! 

 

――ハアッ! 

 

荘厳な掛け声と共に二体のフォールンは槍を振り、突き下ろしてきた。

背後ではキュルケはファウストに炎を放っていたが、ゆらゆらと泳ぐように宙を舞うファウストに攻撃を当てられず、手が回らない。

タバサはブレイドの魔法をかけた杖で一体のフォールンの槍を弾き返していた。

だが、ほぼ同時に攻撃してきたため、もう一体のフォールンの攻撃まで対応できない。

 

突き出された槍がルイズに迫る。真っ直ぐと、勢いをつけて繰り出された鋭い槍はルイズの顔目掛けて突き進んでいた。

ルイズは魔法を唱えて迎撃することも、その槍を避けることもできない。何しろ、シルフィードの背の上という狭い足場にいる以上、彼女達が直接攻撃の回避を行うことはできないからだ。

魔法はどうしても呪文詠唱による隙ができてしまう。ましてや特訓で自分の物とした炸裂魔法も短いドット・スペルの呪文ではフォールンを怯ませることさえできない。

目を見開いたまま、ルイズは自分の命を奪おうとする悪魔の攻撃を凝視することしかできなかった。

 

 

鋭い雷鳴と共に、突如フォールンの体を稲妻の槍が貫いた。

翼の結界を貫通した稲妻はフォールンを純白の翼もろとも一瞬にして焼き焦がし、フォールンを撃墜する。

フォールンの魔力の象徴たる羽毛状の光がひらひらと周囲に舞い散り、溶けるように消えていった。

「な、何! これ!?」

キュルケも困惑した声を上げた。

シルフィードを取り囲んでいた悪魔達は次々と下方から撃ちだされる稲妻の矢や槍で射抜かれ、撃墜されていくのだ。

ファウストが纏う漆黒の霧の衣やフォールンの翼さえも貫通し、一撃で仕留められる姿はトンボ取りのような光景だった。

 

 

 

 

「ど、どうしたのよ? これは一体……」

悪魔達が次々と稲妻に射抜かれていく中、困惑する三人。

一体、何が起きているのか。その答えは稲妻が撃ち出されている場所にあるのは確かだ。

三人がシルフィードから身を乗り出し、その下を覗き込むと……紫の雷光に包まれた人影が浮上してきていた。

「あいつ……!」

その人影が何であるかを悟った時、ルイズは怒りに肩を震わせる。

無数のコウモリの大群を侍らせ、その体を空に浮かべているのは、土気色の肌をした妖艶な赤毛の美女。

ほとんど全裸に等しい淫靡な姿は見ているだけで腹が立ち、ルイズの怒りを刺激する。

突き出した手から鋭い雷鳴と共に次々と稲妻を連射し、悪魔達を仕留めているのはあの忌々しい女悪魔、ネヴァンだった。

スパーダが帰ってくるまであの聖碑、地獄門の監視を行っていたはずの彼女が何故、ここにいるのか? 

 

(あ、あんな奴に助けられるだなんて……!)

以前、半殺しにされた相手に命を救われることになるだなんて、何たる屈辱か。

ルイズは拳を握り締め、自分達と同じ高さにまで浮上してきたネヴァンを睨みつけていた。

「やっぱり、全然使いこなせなかったみたいねぇ」

開口一番に述べられたのは、ルイズに対する嘲笑だった。

いきなりの愚弄にルイズの怒りは爆発し、杖を振りかざそうとした。

「離してよ! こんな奴に馬鹿にされるなんて……!!」

「あたし達が手を出して勝てるような相手じゃないでしょ? 挑発に乗らないの」

ルイズの腕を掴むキュルケが冷静に諌める。

「ま、人間がこれをまともに使いこなすなんてどだい無理な話だわ」

二人のやりとりなど目に入っていない様子でネヴァンは従えているコウモリ達に何かを取り出させていた。

「それは……!」

つい先ほど、ルイズが落としてしまったはずのパンドラをコウモリ達が運んでいる。

ネヴァンは近くに寄せるパンドラの箱に触れ、さすりながらちらりとルイズに流し目を送る。完全に馬鹿にした態度だ。

ルイズはキュルケの手を振り払い、杖をネヴァンに突きつける。

「今更何しに来たのよ! この淫乱女! さっさとそれを返しなさいよ!」

「私が何をしようと勝手でしょう? 人間には関係ないわ」

ルイズの威嚇と要求など知ったことではないと言わんばかりにネヴァンは密集するコウモリ達の大群に腰掛ける。

「これを人間に持たせててもどうせ壊すだけよ。私が預かっているわ。スパーダでないと使いこなせないもの」

言いながら、ネヴァンは腕にかかったショールを振るい、近づいてきた悪魔を斬り付けていた。

彼女とシルフィードが留まる空域にはネヴァンが操るコウモリ達がいるおかげで、悪魔達は簡単には近づけないようだった。

 

周囲を警戒していたタバサはちらりと頭上を見上げる。

相変わらず、アビゲイルは地上の山々に向かって破壊の閃光を吐き出し続けているのが見える。

そのタバサの視線に気付いたらしいネヴァンも、頭上を見上げてほくそ笑む。

「ふふっ……相変わらず荒っぽい王様ね。でも、スパーダみたいにクールじゃないと駄目だわ」

椅子から腰を上げるネヴァンはゆっくりと腕を左右に広げ、己の体を浮遊させられるだけの一群を残し、コウモリ達を空域一帯に展開させていく。

その外から様子を窺っている悪魔達はネヴァンのコウモリに戸惑った様子で狼狽している。

 

「この淫乱女、何をするっていうのよ……」

ルイズは憎々しげにネヴァンを睨みながらぶつぶつと呟いていた。

いきなりこんな場所に現れて悪魔達を仕留めたかと思えば、自分を挑発する。一体、何がしたいのか分からない。

 

キュルケとタバサはネヴァンが展開したコウモリ達を見回しながら、これから彼女が何をしようとするのかを黙って見届けようとしていた。

コウモリ達は悪魔の一群を包囲するような形で展開されている。コウモリ同士が適度に距離をとった状態で。

その中にはネヴァンはもちろん、シルフィードに乗っている自分達も入っている。

「ねぇ、タバサ……」

「……離脱!」

不安を感じたキュルケがタバサの肩を叩いた途端、彼女は何かを看破した様子で慌ててシルフィードに命じた。

シルフィードは命じられるがままに全速力でコウモリ達が展開されている空域から外に逃れようと翼を羽ばたかせる。

タバサは直感で察したのだ。あの中にいれば、自分達も巻き添えを食らうと。

 

「Are you ready.(さあ、覚悟なさい)」

ネヴァンが囁いた途端、より凄まじい轟音が雷光と共に鳴り響いた。

振り上げた手から拡散した巨大な稲妻がコウモリ達へ向かって飛び、命中する。

そこからさらに稲妻が拡散し、別のコウモリに命中、さらにまた稲妻が拡散……。

コウモリ達を伝って拡散する稲妻の連鎖は空域に強力な結界を生み出し、その中にいる悪魔達は幾度となく荒れ狂い続けられる稲妻に焼き焦がされていた。

だが、既に絶命したとしても、吹き荒れる稲妻の嵐は容赦なく治まる様子を見せず追い討ちをかけていく。

 

ネヴァンの稲妻の結界より逃れていたシルフィードの上で、ルイズ達は唖然とその光景を見届けていた。

「何て力なの……」

伝説の魔剣士スパーダの力に勝るとも劣らない圧倒的な悪魔の力を見せ付けられ、キュルケは嘆息を吐いた。

メイジでさえ単体では絶対に起こすことのできない大技。それをあのネヴァンは自分の力だけで容易くやってのけたのである。

間違いなく、あの中にいれば自分達も悪魔もろとも焼き尽くされていたことだろう。しかもネヴァンはルイズ達に加勢したわけではない。

彼女達を犠牲にすることに何の迷いも躊躇いも持たない以上、邪魔であるならば悪魔達もろとも始末する気だったのだ。

 

(何よ、何よ、何よ! あの淫乱女!)

ネヴァンがあっという間に悪魔の一群を全滅させてしまった光景に、ルイズは怒りを感じずにはいられなかった。

自分達ではせいぜい、十体以下を一発で仕留めるのが精一杯だったのをネヴァンはその何十倍もの数の悪魔達を容易く屠ってみせたのだ。

稲妻の結界が治まると、ネヴァンはさらに稲妻を悪魔達に放ち、撃破している。

悪魔達はネヴァンの強大な力の前に成す術がなく、次々と葬られている。ネヴァン本人はそれを楽しんでいる様子だった。

まるで自分の力を誇示するかのような態度に仕草。実に腹が立つ。

(何か、もっと何かないの!? 悪魔達を倒せる何かが!)

対抗心を露にし、ルイズは模索する。

パンドラはネヴァンに取り上げられてしまっている以上、残るは自分の力しかない。

だが、ルイズの力ではとてもではないが、ネヴァンには敵わない。

元々、スパーダの導きのおかげで鍛え上げた炸裂魔法、バーストはただの魔法の失敗に過ぎなかったのだから。

もっと、強力な力が必要だ。悪魔達を、あのアビゲイルをも一発で倒せそうな大技が。

所詮、人間でしかないルイズではそんな大層なことができるわけがないのだが、とにかくルイズは度が過ぎた力を求めていた。

 

マントの裏のポケットを探ると、そこから出てきた物を手にしてハァ、と溜め息を吐く。

(こんな物じゃ役に立たないし……)

古ぼけた一冊の本。それはトリステイン王室の国宝、始祖の祈祷書だった。

そういえば自分はアンリエッタ王女がゲルマニアで挙げるはずだった結婚式に選ばれた巫女だったということを、こんな時になって思い出す。

結局、ゴタゴタもあって詔は完成することがなかった。……そんな騒ぎがなかったとしても詩は完成することなどなかっただろう。

もっとも、結婚式がこうして戦争と悪魔の侵攻でご破算になった以上、意味のないことだったのだろうが。

(こんな役立たずな本で何ができるって言うのよ!)

開いてみても、どうせ中にあるのは白紙のページばかりなのだ。

こんなものがどうして国宝として大切に保管されているのかが分からない。第一、この祈祷書自体、数多の紛い物が存在しているというのに。

せめて、何か特別な力でも宿っていればこんなにボロくても役には立っていたかもしれないのに。本当に、役立たずでしかない。

(国宝っていうくらいだったら、まともな力くらい持ってなさいよ! もう!)

恨めしげに祈祷書の表面を睨んでいたルイズは、腹立たしく適当にページを開いてみた。

どうせそこには白紙の紙面しかないはずなのだから。

 

「ルイズ、どうしたのよ?」

悪魔達を屠るネヴァンから視線を外したキュルケが呼びかけるが、ルイズは祈祷書を開いたまま沈黙していた。

開かれた祈祷書のページの中を食い入るように見つめ、固まっている。

「あなた、こんな所にそんなもの持ってきてたの……」

呆れた様子で語りかけたキュルケであったが、彼女の身に起きている出来事に言葉を失う。

タバサも同じく、ルイズを見つめたまま呆然としていた。

彼女の右手にはめられた指輪、水のルビーが光を放っていることを。

実の所、先ほどから何度も光り続けていたというのだが、悪魔達との戦いに夢中だったため、誰も気付くことがなかった。

今更になって、三人はその神秘的な光に気付いていたのである。




アビゲイル関連の設定は本作品で脚色を加えたものです。

アニメではスパーダがアラン・ローウェルと関わっていた設定はありません。
(今の所の話で、今後のシリーズでスパーダの経歴が明かされた際に追加されたりするかもしれません)

作品の良かったところはどこですか?

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  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
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