魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 36 <魔を打ち砕きし、虚無の光>

――ケタケタケタケタケタ……。

 

――シャシャシャシャシャ……。

 

――カカカカカカカカカカ……。

 

「で、出たぞ!」

「怯むんじゃない! 奴らを本陣に近づけてはならん!」

兵が怖気づけば隊長が檄を飛ばし、士気を落とさないように心がけながら奮励する。

幾万もの異形の軍勢がアルビオン艦隊の残骸と共に闇に包まれたタルブの空を覆い尽くす中、トリステイン軍は次から次へと現れる新手の悪魔達と交戦し続けていた。

 

砂が吹き上がると共に現れる下級悪魔の集団、セブンヘルズ――

 

戦場を飛び交い、跳ね回る巨大な蝿そのものである醜悪なベルゼバブ――

 

巨大なかかしが操り人形のように動き回り、武器を振るうマリオネット――

 

そして、巨大な頭髑髏がケタケタと笑うように顎を上下させ、不気味な唸り声を上げながら浮遊するサルガッソー――

 

「な、何だこいつら! 魔法が当たらん! ぎゃああっ!」

兵士が杖の先から火炎を、風の刃を撃ち出してもサルガッソーをすり抜けてしまい、逆に猛然と迫ってきたその剥き出しの歯牙に噛み砕かれていた。

「充分に引き付けて魔法を放つのだ! 一発でも当てさえすれば何とかなる!」

サルガッソーは獲物に近づき噛み付いてくるだけでなく、氷の息吹を吐きかけて怯ませてきたりもする。

相手が攻撃をする瞬間だけ実体化し、自分達の攻撃が通用することを戦いの中で見抜いた兵達は、すぐに他の兵達に叫びかけていた。

 

「奴がいるぞ! 奴を狙うのだ!」

戦う内に悪魔達の厄介な特性を見極めていく兵達は、時にそれを利用して悪魔達を打ち倒していく。

悪魔の軍勢の中に時折姿を現す巨大な肉塊を頭上に掲げる個体――ヘル=レイス。

その存在を確認した兵達は一度軍を下がらせると、悪魔の軍勢を引き付ける。

そして、機を狙ってヘル=レイスに集中攻撃を浴びせるのだ。

ヘル=レイスの撃退と同時に手にしていた魔界の爆弾は爆発し、周囲にいる悪魔達を容赦なく飲み込み、粉砕するのである。

 

「ここから先は通さぬぞ!」

「姫殿下の元へ決して近づけるな!」

アンリエッタ王女のいる本陣を死守するべく奮戦する近衛の魔法衛士隊の隊員達はグリフォン、ヒポグリフ、マンティコア――三種の幻獣を駆り、襲い来る悪魔達を次々と迎え撃つ。

杖から放たれる魔法だけでなく、訓練によって鍛えられた体術も活かし、更には各々が騎乗する幻獣もその強靭な体躯を持って悪魔達をねじ伏せていった。

さすがに近衛の精鋭部隊だけあってその連係は膨大な悪魔達を正面から相手にしても乱れることはない。

 

だが、彼らは悪魔達の真の恐ろしさの片鱗しかまだ知らない。

血肉と魂を喰らうためならばどんな手段を持ってでも獲物を狩ろうとする。

正面から力押しで愚直に攻めてくるものもいれば、影から虚を突いて隙を突き、餌を狙うものも存在する。――-それが悪魔なのだ。

「な、何だ!?」

「うわあああっ――」

突如として巻き起こる無数の悲鳴が飲み込まれ、掻き消されていく。

地面から透けるようにして浮き上がってきた奇妙な生物は、放射状に広がり青白く光る大きな花弁のような器官をぱっくりと開けながら魔法衛士隊の足元に現れる。

そして、騎乗する幻獣もろとも花弁の中に丸ごと飲み込んでしまい、そのまま地中へと戻っていくのだ。

「おい! 避けろ!」

「おっと!」

隊員の一人が他の隊員の足元が光りだしたことに気付いて叫ぶと、隊員を幻獣をその場から跳ねるように素早く移動させる。

直後、立っていた場所の足元からまたも奇妙な生物が出現し、開いていた花弁を閉じて獲物を喰い損なっていた。

「卑劣な真似を!」

回避に成功した隊員が怒りに任せて風の刃を叩き込むと、あっさりとその生物は奇怪な断末魔を上げながら溶けて消滅していく。

魔界に生息する低級生物、フォルトは獲物の生命反応を感知することで奇襲を仕掛けてくるのだ。

特に獲物の血肉よりも魔力が好物であるため、魔法を操るメイジ達は最高の餌とも言える。

故に魔法衛士隊だけでなく、前線の兵達もフォルトの奇襲に受けているようで、次々と悲鳴が上がっている。

正面や空から襲い来る悪魔達だけでなく、地中からも不意討ちを仕掛けてくるこの忌まわしい敵にも配慮せねばならない。

 

まさに四方八方、あらゆる場所に敵がいる。

トリステイン軍は初めて戦うことになる未知なる敵を前に、初めは奮戦してきていたものの、圧倒的な数と狡猾な攻撃の前に徐々に押されてきていた。

おまけに未だ空に鎮座するアルビオン空軍の旗艦、レキシントン号からの砲撃は容赦なく地上のトリステイン軍に浴びせかけられている。

悪魔にも命中しているとはいえ、数が数だけに大した被害になりはしない。

 

「ああっ! ゴーレムが!」

先刻、アルビオンの地上部隊を蹴散らしこれまでもトリステイン王軍を支援してくれていた土くれのゴーレム。

相変わらず悪魔達を豪腕をもって薙ぎ倒してきたのだが、その巨体が瞬く間に無数の粘糸によって絡め取られ、動きを封じられていた。

群がる十数体のアルケニー達が放った強力な粘糸は自分達の数倍以上もの巨体であるゴーレムの腕を、足を、そして全身を難なく拘束していく。

集中的に浴びせられた粘糸に包み込まれてしまったゴーレムは一歩を踏み出し巨腕を振り回すことはおろか、もがく事さえできない。

獲物にさえならない邪魔者を排除した悪魔達はいざ獲物を狩り、血肉を喰らうべく矛先を変えていく。

 

「ぐああああっ!」

「このっ、離せえ!」

トリステイン軍にとって最大の支援にして戦力、そして悪魔の軍勢にとっての障害が失われた。

それによるトリステイン軍の形勢は瞬く間に悪化し、追い詰められていく。

前線の兵達は次々と悪魔達の餌食となり、凄惨な死に様を晒していた。

本陣を死守する魔法衛士隊と剣士アニエスの小隊、そしてこれら王軍を率いる将である王女アンリエッタ。

圧倒的な戦力差の中にあっても、この者達は決して屈する気配はなかった。

しかし、如何に全軍が戦いを諦めようとしないままであっても、トリステイン軍が全滅するのは時間の問題だろう。

 

……だが、全ての事象は時の運である。結果が訪れるまでの過程により、その運命を常に変化する。

小競り合いだろうが、今回のような大規模な戦争であろうが、結果が訪れるまでに何が起こるか分からない。

 

――ヒヒィーーーンッ……!

 

「な、何だ!?」

「新手か!?」

トリステイン軍の運命を変えるそれは、唐突にして起きたのだ。

圧倒的な戦力差の前に、半分以上も兵力を減らしたトリステイン軍を取り囲む悪魔の軍勢。

とどめと言わんばかりに激流で飲み込んでしまおうとした悪魔の大群の中より響いてきた、屈強な馬の嘶き。

乱戦状態である戦場一帯にはっきりと轟いたその音にトリステイン軍は新たな悪魔の出現かと戦慄し、直後その正体を知ることになる。

 

 

――ヒヒィーーーンッ!

 

一層強くなった馬の嘶き――それと共に虚空から蒼ざめた煌きを伴った巨体が飛び出してきた。

「何だあの馬は!」

大地を揺るがす重い地響きと共にそれが着地し、蒼ざめた巨大な炎が悪魔達を容赦なく飲み込んでいった。

悪魔達の大群の中に突如として現れたのは、一頭の蒼ざめた巨馬。

全身に体色と同じ蒼ざめた炎を纏い、巨体に見合った戦馬車を引きながら悪魔達がひしめく戦場を駆け回りだす。

悪魔達は突然の乱入者に一瞬、狼狽していたが、直後荒々しく巨馬とその馬車に轢かれ、薙ぎ倒されていく。

 

さらに戦馬車に備えられているバリスタからは次々と巨大な矢が射放たれ、空を飛び交う悪魔達へと殺到する。

悪魔達の翼を貫き、炸裂する爆矢は容赦なく空中だけでなく地上の悪魔達をも襲った。

巨馬はさらに走る勢いに任せて体を馬車ごと振り回す。

遠心力によって猛烈な勢いで薙ぎ払われた馬車は、次々と悪魔の軍勢を吹き飛ばし、一掃していった。

 

――ヒヒィーーーンッ……!

 

屈強な巨体を持ち上げ巨馬――ゲリュオンは勇ましく、甲高い嘶きを上げていた。

悪魔達はゲリュオンの威圧に押され、自分達よりも遥かに強大な上級悪魔の出現に対し浮き足立っている。

何体かが攻撃を試みるも、ゲリュオンの強靭な肉体にはかすり傷しか付けられない。

ゲリュオンは荒々しく息を吐き、蹄を踏み鳴らす。まるで彼らを嘲笑うかのように。

 

「……脆弱な」

突如として響き渡る、地の底から響くような声。

ゲリュオンがこれまで薙ぎ倒してきた悪魔達の骸が転がる地点を中心に、冷気の霧が大地を覆い始めていた。

霧は瞬く間に、さらに膨れるように周辺へと広がり、その濃さを増していく。

もはや濃霧に等しい規模にまで広がってきた時、その霧の中から巨大な影が薄らと浮かび上がっていた。

「……よもや、羅王の奴めが現れるとはな。これは面白い余興だ」

大地を揺るがし、冷気の霧を切り裂きながら姿を現したのは、全身に氷の鎧を身に纏い巨馬ゲリュオンにも匹敵する巨体を有する三つ首の魔獣だった――

 

――オオオォォォォンッッッッ!!

 

天に向かって力強く咆哮を上げる魔獣。 戦場一帯にまで轟くその雄叫びだけで、周囲の悪魔達を吹き飛ばされていく。

「少々物足りぬが、こやつらの長が羅王であるならば……相手に不足はない!!」

荒々しいながらも知性に溢れた言葉を発する魔獣ケルベロスは、闇に包まれた空を見上げた。

遥か上空、魔界の扉が開かれた混沌の空域で破壊の力を振るい続ける黄金の巨体。

かつて仕えた魔界の帝王と対等に渡り合った覇者の一角――修羅の王アビゲイル。

数千年もの昔、魔剣士スパーダとその同胞達と共に闘争を繰り広げた相手。

当時もケルベロスは羅王の従える兵達を後方で迎え撃っていたことを思い出す。

「我が極寒なる牙の力、その身を持って思い知れ!」

三つ首の鋭い眼が光り、羅王の兵達を威圧した。

 

――オオオォォォォンッッッッ!!

 

再び恐ろしい咆哮を轟かせ、大気をも震わせるケルベロス。

羅王配下の軍勢の頭上から巨大な氷塊の雨が容赦なく降り注ぎ、押し潰していく。

別の首が口を開き、猛烈な氷のブレスを吐き出し薙ぎ払い、次々と悪魔達を氷漬けにしていった。

さらに別の首も口から巨大な氷塊の砲弾を次々と吐き出し、悪魔達に浴びせていく。

かつて魔剣士スパーダと共に戦い、袂を分かち、そして今彼の同胞となった二体の強大な上級悪魔達は羅王アビゲイルの手勢を次々と殲滅していった。

 

 

「な、何なのだ……あの幻獣は――」

「我々の味方なのか……?」

「あれだけの大群を、二体だけで……」

悪魔達に追い詰められていたトリステインの兵達は、突如として自分達の前に姿を現した幻獣達に唖然とする。

これまで自分達を苦しめていた悪魔達以上の威圧や恐ろしさが感じられるというのに、その悪魔の軍勢の攻撃など物ともせず逆に返り討ちにしていくその様は逆に誇らしい勇ましさが感じられていた。

敵か味方かも分からないその幻獣達の戦う姿に、トリステインの兵達は息を呑み見入っている

 

本陣ではアンリエッタも、魔法衛士隊も、アニエス達も二体の幻獣達が悪魔達を掃討していく様に言葉を失い、呆然としている。

今にも自分達を壊滅させようとしていた醜悪な悪魔達がたった二体に手も足も出ずに滅ぼされていくその光景は、これまで自分達が苦しめられていたのが嘘のようだ。

「諸君! 見よ!」

マザリーニ枢機卿もまたその光景に目を奪われていたが、気が付いたように我に返ると大声を上げた。

その声でにアンリエッタも、兵達も我を取り戻し注目する。

「あの幻獣達こそ、始祖ブリミルの使い魔ヴィンダールヴの従えたという伝説の幻獣に違いない!

我らが祖国、トリステインが……世界が危機に陥った時、ハルケギニアの大地に降臨されるという偉大なる幻獣ですぞ!」

その宣言に兵達の間に動揺が走る。

「幻獣?」

「始祖ブリミルが使役していた?」

「さよう! この地を包む闇を払うがために、始祖は我らに祝福をお与えくださったのだ!

おのおの方、我らはまだ朽ち果て、滅びるべきではありませぬぞ! 始祖の祝福、我らにあり!」

再び兵達は幻獣達が猛々しく戦う様を見やる。

すると、その勇ましい姿に奮起を促されていく。

次々と歓声が漏れ、それはすぐに巨大なうねりへと膨れ上がっていった。

 

「――トリステイン、万歳! 始祖ブリミル、万歳!!」

偉大なる始祖が使わしたという伝説の幻獣。

恐ろしくもそれに相応しい姿に勇気付けられ、悪魔達に押されて萎え始めていた兵達の心が更に奮い立っていった。

「マザリーニ枢機卿。あれが始祖ブリミルの従えていた幻獣とは、まことなのですか?」

「なに、真っ赤な嘘でございますよ。皆、極限の状態で判断力を失っておられます。目の前でこのような光景を目の当たりにすれば、誰もがそうなりますよ」

そっと尋ねてきたアンリエッタ、歳に似合わぬ悪戯っぽい笑みを浮かべるマザリーニ。

「現にあの幻獣達は我らの前に姿を現し、結果的には我らの敵を討たんとしてくれているのです。これを利用しない手はございません」

アンリエッタは絶え間なく戦いを挑む悪魔達を屠っていく幻獣を眺め、沈黙した。

「生きるか死ぬか、今この場では大事なのはただそれだけです。ですから、勝ち負けのためには使えるものは何でも使わねばなりません」

 

――オオオォォォォンッッッッ!!

 

――ヒヒィーーーンッ!

 

戦場には未だ二体の幻獣達の咆哮が轟き続けている。

その雄叫びを受け、兵達の士気はさらに増大していった。歓声が鳴り止まない。

「必ず生き残りましょうぞ。戦いはまだ終わってはおりませぬ」

マザリーニの言葉に、アンリエッタは意を決したように頷く。

そう。まだ戦いは終わってなどいないのだ。

事実、幻獣に敵わぬと見た悪魔の一群が、矛先を変えてこちらに向かってくる――

「全軍、構え! 我らを襲い来る魔の軍勢を迎え撃て!」

水晶が光る己の杖を掲げ、アンリエッタは彼らのように勇ましく叫んだ。

 

 

「奴らも、悪魔ではないのか……?」

本陣を死守していたアニエスは、自分達の前に姿を現した二体の幻獣達を見て顔を顰めた。

何も知らぬ他の者達からしてみれば正体不明の勇ましい幻獣の戦う姿に心躍るのかもしれないが、アニエスは違った。

奴らもまた、自分達を苦しめてきた悪魔と同じ存在なのであると、デビルハンターとしての経験がある彼女は幻獣達の正体を理解していた。

現に自分が手にする稲妻の魔剣、アラストルは刀身から稲妻を散らし続けて強い反応を示している。

この戦場で相手にしてきた下級悪魔達よりも遥かに格上の悪魔であることを意味していた。

もしあの悪魔達の矛先が自分達に向けられれば、成す術も無く蹴散らされてしまうだろう。

あの、遥か上空にいる巨大な悪魔と同じように。

「隊長!」

自らが率いる隊員からの一声で我に返ったアニエス。

見れば敗走した悪魔の一群が次々とこちらに向かってくるではないか。

直後には王女からの勇ましい激が飛んでいた。

稲妻が纏わりつくアラストルを構え、アニエスは剣先を高々と空から迫り来る悪魔達に突きつける。

迸る稲妻が閃光を放ちながら巨大な嵐となって荒れ狂い、悪魔達を焼き焦がしていた。

「我らも遅れを取るな! 何としてでも殿下をお守りしろ!」

「はっ!」

アニエスの叫びと共に隊員達も腰の剣を抜き放ち、接近戦による迎撃へと切り替えた。

魔剣アラストルを振るい、疾風迅雷の勢いで敵を打ち倒していくアニエスに負けぬ熾烈さで悪魔達を切り捨てていく。

その勇猛な戦い様は魔法衛士隊の隊員達にも勝るものだった。

 

……歴戦のメイジの戦い振りにも劣らぬ戦果を上げるアニエス。

そのアニエスの足元から湧き出す黒い霧。

戦いに意識を集中させているアニエスは気付くことはなかった。

その黒い霧はしばらく彼女に纏わり付いて追従していたが、やがて離れると人知れず前線の戦場の中へと潜り込んでいく。

やがてそれは人の形を成し、全身を黒い影に包み込んだ女剣士の姿となる。

背負っていた大剣を抜き放つと、不気味に目を赤く光らせ、にやりと赤く裂けた口を開けて笑った。

周りの悪魔達が影の女剣士に飛び掛るも、手応えがまるで無くすり抜けてしまう。

逆にその影が振るう闇の剣は、悪魔達を次々と切り伏せていった。

死を呼ぶ影の悪魔、ドッペルゲンガーは本物の影と同じ性質を持つが故、この闇の中では不死身に等しい肉体を有することとなる。

 

 

 

 

遥か下の地上での激戦と同じくして、その上空でもまた同等の激戦が繰り広げられている。

闇空の中をコウモリの大群に乗りながら遊弋するネヴァンは、群がってくる悪魔達に向けて次々と稲妻を放ち続けていた。

翼を貫かれ、焼き焦がされた悪魔達は成す術も無く墜落していく。

そうして彼女にとっては雑魚に過ぎない悪魔達を仕留めては高揚していったネヴァンであったが、従えているコウモリ達が次々と撃ち落され始めたことに顔を顰めた。

見れば同じく空域に浮かんでいる巨大な戦艦、羅王アビゲイルの攻撃から唯一助かっていた艦隊の旗艦レキシントン号の舷側が光り、無数の小さな鉛弾が飛来してくる。

ネヴァンは自分の目の前にコウモリ達を集めて盾にし、鉛の散弾を防いでいた。

「危ないわねぇ。当たったらどうするのよ」

肩を竦めながら呑気に呟くネヴァンに次々と散弾が飛んでくるが、コウモリ達が盾になってくれるため本人にはかすりもしない。

悪魔達も彼女への攻撃を緩めないが、本人は振り向くことも無く手を突き出し稲妻を放って撃ち落としていく。

そして、お返しとばかりにレキシントン号にも稲妻の槍を投げつけていた。

 

同じ空域を飛び続けるシルフィードは、悪魔達の注意がネヴァンに向いたことで小休止とも言うべき時間を手に入れていた。

その背の上で三人の少女達――キュルケとタバサは呆然とルイズを見つめている。

何故なら彼女の右手にはめられた指輪、水のルビーが神秘的な光を放っているのだから。

「一体どうしたの? ルイズ――」

キュルケが肩を揺すって語りかけるも、ルイズは手元に始祖の祈祷書を広げたまま放心状態であるかのように一つのページを見入ったままだ。

その何も書かれていない白紙のページに魅入られたように食い入り、静かにページをぱらりと開いた。

「こんな時にそんな物読んでる暇はないでしょ? ちょっと、聞いてるの?」

「ちょっと、黙っててよ」

キュルケが肩を強く揺すり声を荒げるが、ルイズは毅然と言葉を返す。

視線はずっと祈祷書に向けられたままだ。何も書かれていないはずのページを真剣に読み耽っている。

そんないつもとは違う学友の姿にキュルケもタバサも呆気に取られていた。

 

やがてルイズは意を決したように、静かに腰を上げる。

「……ねぇ、タバサ。何とかしてあの戦艦に近づけないかしら」

「無理」

先刻も尋ねてきた提案を即座に否定する。

「スパーダはまだ戻ってこない。彼が戻ってくるまで、あたし達はできる限りのことをしなければならないわ。

たとえ無駄だったとしても何もしないより試した方がマシってものよ。他にあの戦艦も、あの悪魔もやっつける方法なんてないんだから。

自分でも信じられないし、上手く言えないし……もしかしたらただの間違いかもしれない。

……でもやるしかない。そうよ、やるしかないわ」

「どうしたの、ルイズ。怖くなっておかしくなっちゃった?」

戦艦を、アビゲイルを眺めながら独り言のようにぶつぶつと呟く危うい姿のルイズを心配するようにキュルケが声をかけるが、無視された。

「あの金色の石、まだ残ってたわよね」

ルイズが確認をすると、タバサが懐から星形の霊石アンタッチャブルを取り出す。

それをひったくるようにルイズは手に取った。

「ちょっと、何する気よ!」

「これを使って、効き目が切れるまでに特攻を仕掛ければこっちは無傷だわ。タバサ、シルフィードを戦艦の上まで持っていって!」

キュルケを無視してタバサにそう命じたルイズ。

タバサは彼女の考えがまるで理解できずに逡巡するが、とても真剣な表情のルイズを見て、彼女に賭ける決意をした。

 

シルフィードはネヴァンが交戦を続けている空域から離脱しレキシントン号を大きく迂回していった。

それを追従するようにレキシントン号からの砲撃で散弾が飛んでくるが、たった今ルイズが頭上にアンタッチャブルを掲げたことでシルフィード達を黄金の光の結界が包んでくれているおかげで被弾しても全くの無傷である。

悪魔達も当然ルイズ達に矛先を向けてくるが、物ともせずに突き進みレキシントン号の真上に向かって上昇していく。

シルフィードの背の上で立ったままのルイズは杖を抜き、深呼吸をすると目を閉じる。

そして、その口から朗々とルーンが詠み上げられ始めた。まるで、唄を詠うように。

手元には読んでいたページが開かれたままの始祖の祈祷書を携えて。

未知のルーンの詠唱に、タバサとキュルケは目を丸くしながら詠唱を続けるルイズを見入っていた。

「この子、本当に一体どうしちゃったのよ? 」

「分からない」

既に二人の疑問の声も、ルイズには届いていなかった。

 

意識の深層の中、ルーンを静かに詠唱するルイズは先ほどのことを思い返していた。

何気なく開いてしまった始祖の祈祷書の1ページ、そして今も嵌めている水のルビーが光を放っていた時、心底驚いたものだ。

しかし、驚きはそれだけに留まらなかった。

本来は白紙でしかないはずの祈祷書の光の中にあるはずのない文字があったのだから。

その文字は古代のルーン文字で記されており、実技こそ散々だが座学に関しては優秀なルイズはそれを読むことができたのだ。

祈祷書にはこう記されていた。

 

『序文。

これより我が知りし真理をこの書に記す。この世の全ての物質は、小さな粒より為る。

四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、〝火〟〝水〟〝風〟〝土〟と為す。

神は我に更なる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、更に小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、いずれにも属せず。

我が系統は更なる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。四にあらざれば零。零すなわちこれ〝虚無〟。

我は神が我に与えし零を〝虚無の系統〟と名付けん』

 

虚無――それは歴史の彼方へ消えたとされた伝説の系統。

ルイズはその文を読むことでこんな状況で、知的好奇心を膨らませてしまったのだ。

そして己の鼓動も更に強まっていったのをあの時感じていた。……いや、今も高鳴り続けている。

 

〝これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしきものなり。

〝虚無〟を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし〝聖地〟を取り戻すべく努力せよ。

〝虚無〟は強力なり。また、その詠唱は永きに渡り、多大な精神力を消耗する。

詠唱者は注意せよ。時として〝虚無〟はその強力により命を削る。

従って我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。

選ばれし読み手は〝四の系統〟の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。

 

ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ

 

以下に我が扱いし〝虚無〟の呪文を記す。

初歩の初歩の初歩。〝エクスプロージョン(爆発)〟』

 

そして、その後にはその虚無の呪文とやらが続いていた。今、ルイズが詠唱しているのがそれである。

この一文を読み終えてルイズは思った。

 

……ブリミル、あんたはマヌケか? と。

 

指輪が無ければ祈祷書を読めない上、その読み手に関する注意書きも全く意味が無いではないか。

思わず心で愚痴たルイズであったが、これを読めた以上、自分は読み手ということに他ならない。

 

爆発……これまで拒絶し続け、スパーダの導きで自分の力として受け入れ使いこなすようになった〝炸裂(バースト)〟の魔法。

もしや、あれは失敗ではなかったのではないだろうか。あれが、虚無だったのではないか?

両親や家族にも、学友、教師達にも失敗と嘲笑われたその力の意味、スパーダに助言を受けるまで深く考えてもいなかったのだ。

 

こうしてルイズは一かバチかの賭けに出たのである。

レキシントン号の真上で旋回を続けるシルフィードの上に立ち杖を掲げながら詠唱はまだ続いていた。

古代のルーンによる呪文を詠唱する度にルイズの中で廻るリズムはさらに強くうねっていく。

体の奥から何か得体の知れぬものが生まれ、それが波となり、行き場を求めて己の中で渦巻いていくような、不思議な感じである。

 

その力の波が行き場を求め、今にも解放されんばかりに強い――それでいて静かな勢いで荒れ狂う。

 

どれくらいの時間が経ったのだろう。

意識の底から戻ってきて目を開けたルイズの視界には、闇空の中に浮かぶ二つの巨影が映りこむ。

そして、まるで飛び回る虫のような小さな大群。

 

虚無――それは歴史の彼方へと消えたはずの伝説の系統。一体、どれだけの威力を発揮するのだろう。

この虚無が、異世界より侵略してきた闇の眷属達に果たしてどれだけ通用するのだろうか。

 

――それは、試してみなければ分からない。

いや、試すのではない――やるのだ。やらなければならない。

魔剣士スパーダが未だこのハルケギニアへ帰還していない以上、頼れるのはこの伝説の系統しかないのだから。

 

――キシャアアアッ!!

 

悪魔達がシルフィード目掛けて八方から突撃してくる。

アンタッチャブルの効果は切れたばかり。今攻撃を受ければ元も子もない。

ルイズは視界に映る〝破壊者〟達を見据え、宙の一点に杖を振り下ろした。

 

 

 

 

空域に浮遊する戦艦の残骸の上で、アビゲイルは破壊の限りを尽くし続けていた。

地上に、地平線の彼方に向けて口から巨大な光線を吐きかけ、その度に巨大な爆光が上がる。

破壊の力を振るうことが如何に充実なことであるかを再認識し、更なる破壊をこの世界にもたらすべく、アビゲイルは次の行動に移り始める。

両手を頭上に掲げ、その間に先刻アルビオンの艦隊を討ち滅ぼしたのと同じ魔力の光球を作り出していた。

この破壊の力を、今度は地上目掛けて放つのである。

そろそろこの地を焼き滅ぼし、別の地に移らねばならない。この一手で、異世界の侵略の第一歩を終えるのだ。

 

『む?』

破壊の力を凝縮させた光球が膨れ上がっていく中、アビゲイルは突如として強力な魔力の波動をこの空域より感じ取っていた。

この空域には生かしておいたアルビオンの旗艦である戦艦、自分の配下の悪魔達の他にどこぞの勢力の上級悪魔や人間達が存在している。

稲妻の力を操り配下達を葬っていく上級悪魔はそれなりに腕は立つだろうが、自分が相手をしてもつまらないので放置していた。

飛び交う竜の上にいる人間達もまた同様。わざわざ相手をするまでもない。

 

だが、その人間達からアビゲイルは異質な魔力の波動が突如として生じ、際限なく膨れ上がっていき、今にもその力が解放されようとしているのだ。

脆弱な人間であるはずなのに、この力の波動の大きさはあり得ないはずだった。

『人間風情がやりおるわ……』

アビゲイルがその膨大な力の波動に感嘆としたその時、アルビオンの旗艦の真上で旋回していた波動の根源から、突如として巨大な光が発せられた。

それは瞬く間に、音もなく凄まじい勢いで膨れ上がり、空域の全てを包み込んでいく。

 

戦艦も、配下の悪魔達も、浮遊する残骸も――

その光の球に触れた悪魔達が、瞬時にしてその身を塵一つ残さず砕け散っていくのが分かる。

『おのれっ――』

掲げていた己の光球をその光に向けて突き出した時、光の奔流はアビゲイルの巨体をも飲み込んでいた。

 

 

 

 

日食と暗雲により闇が支配するタルブの上空に、突如として眩い光の球が現れたのを、地上の全ての者達は見届けていた。

既に隠れてしまった太陽が再び姿を現したと錯覚するほどの光を放つその球は、闇をも払うほどに大きく膨れ上がっていく。

 

巨艦レキシントン号をも津波のように飲み込み、包み込んでいくその光はそれだけに留まらずタルブの空そのものをも飲み込んでいくのだ。

やがて空一面に広がるのは、眩い光だけ。

視界の全てを覆い尽くす巨大な光は目が焼けてしまうと錯覚するほどに強烈なものだった。

そして徐々に光が晴れていくと、アルビオンの旗艦レキシントン号は炎上していた。

あれだけトリステイン軍を苦しめてきた敵艦隊の巨艦ががくりと艦首を落とし、凶悪な悪魔によって壊滅させられた他の艦隊のように力なく空域を浮遊し始める。

そして、タルブの空を覆い尽くしていた悪魔の大群が、一匹残らず消え去ってしまっているのだ。

 

辺りは恐ろしいほどの静寂に包まれている。トリステイン軍の誰も彼もが、己の目にしたものが信じられない。

地上にひしめいていた悪魔達はトリステイン軍、そして突如現れた幻獣によってほぼ完全に殲滅されている。

あれだけ自分達を苦しめ、殺戮を繰り広げてきた異形の悪魔達はもういない。

 

奇跡の光――それが異形の悪魔達を滅ぼしたのだ。

 

誰もがそう思った。これで全てが終わったのだと、思いたかった。

だが、歓声を上げる者は誰一人としていない。

 

――グオオオアアアアァァッ!!

 

再びその空から、タルブ一帯に恐ろしい咆哮が轟いたから。

 

全てを包み込んだ光は完全に晴れ、再び辺りを闇が包もうとしている。

 

日食が終わりかけているのか、少しだけだが明るくなり始めてもいた。

 

せっかく闇を光が払い始めているのに、その闇をもたらした破壊の主は、未だ空にその恐ろしい姿を晒していたのだ。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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