魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 37 <魔剣士再臨-混沌の終結>

とても静かだった。

 

それまで戦艦からは大砲の轟音が、飛び交う悪魔達からの雄叫びが絶え間なく鳴り響き続けていたのが嘘のような静寂が訪れている。

遥か上空で翼を羽ばたかせ、静止していたシルフィードの上でタバサとキュルケは目の前で起きているこの状況、光景に愕然としていた。

突然ルイズが気が触れてしまったかのように訳の分からぬことを口にしたかと思えば、今度は戦艦に特攻しろなどと正気の沙汰ではないことまで言い出す始末。

最後のストックであったアンタッチャブルのおかげで突破こそしたものの、もしも先に使い切ってしまっていたら今頃自分達はシルフィードもろとも戦艦に撃ち落され、墜落しながら悪魔達にこの身を引き裂かれていたことだろう。

そして、要求通りに戦艦の真上まで来てみれば今度は二人も聞いたことのない呪文を詠唱し始めたのだ。

あり得ないほどに長い詠唱の果てに、ようやくルイズが目を見開き杖を振り下ろし――

 

(本当に、ルイズがやったの? これを……)

破壊の箱――パンドラなど比較にならない、太陽が間近で爆発したと錯覚するほどの強烈な閃光が空一面に広がり、全てを包み込んだのである。

そして、光が晴れた後には目を疑う光景が映りこんだのだ。

空を埋め尽くしていた何千、何万という悪魔の大群達は残らず消え去り、巨艦レキシントン号は炎上沈没し、無力化されていたのである。

この空域を漂う無数の残骸や瓦礫と同じく漂い始めた戦艦を見下ろしながら、キュルケもタバサも言葉が出ない。

キュルケは自分の腕の中でぐったりと憔悴し切ったように寄り添っているルイズを見やる。

かつては魔法を爆発させるだけで失敗ばかりしていた〝ゼロのルイズ〟

それを嗤いつつも決して諦めずに努力を続けるガッツに感心し、からかいながら密かに応援していたツェルプストー家先祖代々の仇敵。

そのゼロのルイズが魔剣士スパーダの導きによって失敗と嘲笑われていた爆発を、正当な自分の力として操るようになってからは、ますます彼女を好敵手として認めるようになったのだ。

現にこの戦いでは彼女の力無くしてはここまで悪魔達と渡り合うことなど不可能だっただろう。

 

……好敵手であり、友人であり、そして自分と同じ一学生でしかないはずのルイズが、衝撃を受けるほどの偉業を成してみせたことに驚愕していた。

ルイズの放った巨大な光は暗雲さえも消し飛ばし、終わりを告げ始めている日食から太陽が僅かに顔を出し始め、ダイヤモンドのような輝きを放っている。

この地を覆っていた闇を、光が払おうとしている……。

全てが終わったのだ、と感じたくなるような雰囲気に思わず二人は安堵の吐息を漏らしそうになった。

 

――グオオオアアアアァァッ!!

 

だが、そのムードをぶち壊しにする咆哮が、突如静寂を打ち破りだす。

闇が払われ始めている空をさらに見上げた二人は、目を見開き愕然とする。

「……嘘――」

キュルケに寄りかかったままのルイズはその恐ろしい雄叫びを耳にし、声を震わせた。

全身を気だるい疲労感が包むが、それは何かをやり遂げた後の心地よい、満足感が伴うものであったのだが、それが一気に失意と絶望のそれへと変貌する。

目を開けてみれば、そこにはあれだけの大群でひしめいていたはずの悪魔達は残らず消え去っていた。

 

……ただ一つ――巨大な悪魔の影だけを残して。

 

空域を漂う瓦礫の一部に乗ずる魔界の大勢力を率いていた総大将、アビゲイルの全身には眼下で未だ炎上するレキシントン号のように炎が纏わり付いていた。

しかし、それだけである。とても致命傷が与えられたようには、ルイズの放った虚無で堪えているようには見えない。

「……そんな」

目を疑う光景。信じることのできない光景。夢だと思いたい光景。

……だが、非情にもこれは現実なのだ。

 

伝説と呼ばれていた系統、虚無――

その力は確かに、祈祷書に記されていた通りに強大なものだった。

たった今行使してみた虚無の魔法〝エクスプロージョン〟を唱えた、という実感は不思議にも希薄である。

だが実際に自分が唱えたその虚無によってもたらされた結果は、紛れもなく伝説に相応しいものだった。

数百メイルという巨大な戦艦がただの棺桶となり、あれだけの悪魔の大群を一瞬にして滅ぼすほどの力を発揮したのだから。

 

……だが、この伝説の力にも限界があるということも思い知った。

雑魚に過ぎない悪魔達を容易に滅ぼすことはできても、より強大な力を持つ魔界の王を倒すには至らない。

この世界を恐らくは単体で容易く滅ぼすことができるであろう破壊の力を操る修羅の王、アビゲイル。

その恐ろしく、忌まわしい姿が未だ自分達の前に存在し続けていることにルイズは歯噛みする。

……悔しい。悔しすぎる。

(やっぱり、スパーダじゃないと駄目なんだ……)

ハルケギニアとは違う異世界を魔界の侵略から守った伝説の魔剣士スパーダ。

強大な悪魔と対等に渡り合い、迎え撃つことができるのは、同じ悪魔であるスパーダでなければ不可能なのだ。

だが、その魔剣士は――信頼する自分のパートナーは、未だこのハルケギニアへ戻ってきてはいない。

故に、混沌の破壊者達の魔手から守ることはできないのである。

(……嘘つき)

失意の中、ルイズは約束を守らない己のパートナーを呪った。

 

 

ルイズがキュルケの腕の中で失意と絶望のどん底に沈んでいく中、咆哮を終えたアビゲイルは辺りを一望する。

十万を超えていたはずの手勢の兵達が突如現れた巨大な光の奔流に飲み込まれ、一瞬にして壊滅させられてしまった。

その光に秘められし強大な力をすぐ様察したアビゲイルは、自らをも飲み込もうとした光を正面から迎え撃った。

有象無象な下級悪魔達とは異なり、羅王アビゲイルは魔を統べる多を圧倒する力を持つ最上級悪魔。

この程度の力の奔流ごときに滅ぼされるほど柔ではない。

結果的に兵を失いはしたものの、力を受け止めたアビゲイルに対してはかすり傷程度のダメージでしかなかった。

 

アビゲイルは凶悪な眼を開き、手勢の兵達と同じく無様にも沈められたレキシントン号の真上を凝視する。

そこには一匹の矮小な竜が、その背に三人の人間を乗せている。

先ほどの光が放たれたのは、あの人間からだ。

予想外の攻撃を仕掛けてきた敵の存在に、アビゲイルは呻く。

『人間風情が、我に力を使わせるとは――』

明らかに力を行使したのは脆弱なる人間のはず。

だが、その力は有象無象とはいえ十万を超す兵を一瞬にして滅ぼしてみせたのは、驚愕だった。

もしも力を行使したのが同じ悪魔であったならば、魔帝や覇王、魔剣士達と同じくその戦いを楽しめたことだろう。

 

 

「ちょ、ちょっと!」

キュルケが取り乱しながら大声を上げる。

空域を漂う瓦礫の上で佇んでいたアビゲイルが突如として天高く飛び上がりだしたのだ。

そして、シルフィードが留まっている地点――炎上するレキシントン号のすぐ真上にまで一気に降下してくる。

かなり距離があったにも関わらず一瞬にしてそれを縮めてきたアビゲイルはレキシントン号の上に着地――するのではなく、40メイルにもなるその巨体をそのまま浮かべてきている。

見るものを一瞥だけで恐怖のどん底に陥れる凶悪な悪魔の顔が、ちょうどシルフィードのいる高さと重なった。

「「「……」」」

「きゅ、きゅい……」

三人と一頭はその恐怖をも超えた威圧に身を震わせる。

普段でもこの戦いでも、余裕の態度を保ち続けていたキュルケも――冷静さを失わなかったタバサも、湧き上がる恐怖に打ち震えていた。

目を瞑りたくてもそれは目の前にいる強大な悪魔の圧倒感が許さない。

シルフィードもすぐ様翼を羽ばたかせてこの場から逃げたいという衝動に駆られるも、それを実行に移す気力さえ失われていた。

第一、こんな凶悪な悪魔からどう逃げればいいのだ? どこまで逃げればいいというのだ?

……逃げられるはずが無いのである。この世界を侵略しに来ている以上は。

 

『脆弱な人間にしては、面白い真似をする』

凶悪な笑みを浮かべ、アビゲイルは感嘆に呟いた。

その恐ろしい声はシルフィードの上で三人の少女達に更なる恐怖を植えつけていた。

『我に傷を与え、我に力を使わせるほどの大いなる力の波動――それを恐れもせずに放ってみせたことは敬服に値する』

三人は互いに体を寄せ合い、少しでも恐怖を和らげようとするも、そんなものは無駄な努力に過ぎない。

すぐに目の前にいる悪魔から発せられる恐怖に押し潰されてしまう。

『だが、所詮は人間。貴様らごときの力では、我を討つことなどできぬ――』

アビゲイルは両の眼をかっと見開き、少女達を睨みつけた。

目を背けたくとも背けられない。拒絶することすら麻痺してしまった三人の少女達は、悪魔からの威圧をただ黙って受け入れるしかなかった。

『我は羅王――魔を統べ、全てを滅ぼし、混沌をもたらす、絶対なる破壊の王なり――』

 

――グウウオオオオアアアアアッ!!

 

全てを破壊せんばかりの咆哮を上げるアビゲイル。

その凄まじい咆哮を間近から受けて、シルフィードは紙切れのように一瞬にして百メイルほど吹き飛ばされてしまった。

三人の少女達は恐怖に震えながらも振り落とされまいとしがみつく。

『何人たりとも、我が力に並ぶ者なし!!』

高らかに宣言したアビゲイルが体を仰け反らせると口から眩い光が漏れ始め、徐々にその強さを増していく。

山を吹き飛ばし、大地を抉り、焼き払うほどの力を秘めた破壊の閃光。

あれを喰らえばただの人間など、ひとたまりもない。

痛みも苦しみもなく、一瞬にしてこの世から消し去られることだろう。

 

逃げる気力さえ失った三人と一頭は、ただ黙ってその破壊の光が吐き出されるのを見届けるしかなかった――

 

 

『――ぬうぅっ!!』

突如、赤い閃光が瞬いた。

どこからともなく降り注いだ巨大な赤い旋風がアビゲイルを直撃し、炸裂する。

シルフィードに吐き出されるはずだった破壊の光は、そのまま天に目掛けて放たれ、雲を切り裂きながら天空の彼方へ昇っていく。

『――ぐおおああっ!!』

さらにもう二発、三発と巨大な赤い奔流はぐらりとよろめいたアビゲイルを容赦なく襲い、その巨体を吹き飛ばしてしまった。

投げ出されたアビゲイルは炎上するレキシントン号のマストへと叩きつけられる。

アビゲイルの巨体を支えきれず、メキメキと音を立てながらしなり、折れていくマスト。

火災が発生している甲板上では兵達がさらに混乱へと陥っていた。

 

 

「……何? 今のは」

自分達に恐怖を与え続けていたアビゲイルがいきなり倒されたことに三人は狼狽した。

ルイズが放った虚無でさえ倒しきれなかった破壊の権化を容易く薙ぎ倒してしまった一撃。

その赤い旋風はアビゲイルが放つ破壊の力と同等な禍々しさが感じられるほどの威圧感があった。

だが不思議とその一撃には微塵の恐怖を抱かない。

むしろ、三人を支配していた恐怖さえも払い飛ばすような壮烈さが秘められていた。

「あれ――」

ふと、タバサが上を見上げて指を差す。

唖然としていた二人は彼女が指し示す先――空に開けられた混沌の世界へと続く巨大な穴へと視線を向けていた。

 

魔界へと続く次元の裂け目――そこに禍々しく揺らめく赤黒いオーラが窺える。

まだ薄暗く、そして離れすぎていて姿はよく見えはしないものの、オーラだけは燃え盛る炎のようにはっきりと見えている。

一見、恐ろしさが感じられそうなオーラであったが、三人の顔には徐々に気力と希望が蘇り始める。

三人が待ち望み続けていた姿が、二日ぶりに自分達の前に現れていたのだから。

闇に覆われたこのハルケギニアに光をもたらす救世主が、今再びこの地に降臨したのだ――

「遅いわよ……遅すぎるのよ……馬鹿……」

ルイズは溢れんばかりの涙を流し、かけがえの無いパートナーの帰還を喜んだ。

先ほど思わず呪ってしまったことを恥じて。

 

 

 

 

魔界の世界に溢れる淀んだ瘴気。

ハルケギニアから流れ込んでくる、穢れの無い清浄な空気。

双方の全く異なる空気が混ざり合い、変質が続いている異世界の狭間でスパーダは己の分身たるフォースエッジを薙ぎ払っていた。

全身からはフォースエッジと融合し、強大となった魔力が溢れんばかりの勢いで赤黒いオーラとなって噴き上げている。

そして分身であるフォースエッジの刀身にも紫のオーラが纏わりつき、静かに揺らめいている。

「ひゅーっ、今のはどれくらい本気を出したんだい? あんな馬鹿でかい奴を叩きのめすとはよ」

左手に装備されたままの篭手のデルフが歓声を上げて尋ねるが、本人は沈黙したままだ。

スパーダの目の前には、日食で薄暗くなっているハルケギニアの空が広がり、その遥か眼下にはタルブの大地を一望できる。

そしてすぐ背後にはその平穏な世界とは真逆な、悪夢のような煉獄の世界が広がっていた。

 

十数分前、スパーダは魔界の辺境の最深部に位置するこの領域へと辿り着いた。

幾重にも連なる険しい岩山、毒々しい瘴気が一面に広がる荒みきった大地。

ハルケギニアへと続くタルブの地獄門の出入り口が開いたままの領域ではなく、魔界でも極めて過酷なこの領域を訪れたのにはもちろん訳がある。

ルイズの視界を通して目にした、羅王アビゲイルがハルケギニア侵攻のために開いた巨大な次元の裂け目。

その裂け目の奥に繋がっていたのが、この領域だったからである。

本来は地獄門を通ってハルケギニアへ戻る予定だったのだが、一秒でも早く帰還しなければならないとなれば、より早く近道となるルートを通るのが効率が良い。

皮肉にも、アビゲイルがハルケギニア侵略のための入り口として開いた場所がスパーダがハルケギニアへと帰還するために使われることになったのである。

荒涼とした岩山の頂――そこに異世界を繋げる巨大な出入り口が開かれている以上は。

 

そして、その判断は実に正しかったのだ。

地獄門のルートを使えばもう数分は到着が遅れていたことだろう。

もしそうなれば、ルイズ達はアビゲイルの手にかかり、その身を散らしていたはずだ。

スパーダは全力を持ってフォースエッジに膨大な魔力を注ぎ込み、剣風の乱舞を今にもルイズ達に攻撃を仕掛けようとしていたアビゲイルへと叩きつけたのである。

間一髪、スパーダの一撃はアビゲイルの攻撃を逸らすことに成功したのだ。

 

(ルイズよ……)

次元の裂け目の淵からスパーダはシルフィードの上にいるルイズを遠目ではあるが凝視している。

先ほど、スパーダはこの次元の裂け目を目指して煉獄の大地を駆けていた。

当然、今となっては全盛期の力を発揮できる以上は一時的に本来の姿に戻り、この領域を飛翔することで一直線に突き進んでいたのである。

アビゲイルが率いていた兵は全てハルケギニアへと侵攻を済ませたらしく、ほとんど無人と化していたため、邪魔者も無くスパーダは難なく辿り着いた。

そして、いざハルケギニアへ帰還しようとした時、思いもせぬ出来事が巻き起こったのだ。

 

(あの光は……お前が……)

突如としてハルケギニアの空を覆い尽くした光の奔流。

それは十万を軽く超すアビゲイルの兵を全滅させた挙句、アルビオンの巨艦までも無力化してしまった。

さすがにアビゲイルを倒すまでには至らなかったが、最上級悪魔であるはずのアビゲイルにある程度のダメージを与えることができたのだ。

スパーダはその異質にして強大な魔力が秘められた光の中に、ルイズの波動をはっきりと感じ取っていたのだ。

この光を放ったのも、あの少女なのだと。

ルイズが失敗だと拒絶していた力とは桁違いな魔力――あの力の延長線上にあったのが、あの光だったのだ。

スパーダでさえ直撃すれば無傷とはいかず、ある程度はダメージを受けるのは確実な強大な力。

それをあの少女が――ルイズが放ってみせたのである。

(虚無、か……)

虚無――スパーダも図書館などの本である程度は知識を得ている。

6000年もの昔、このハルケギニア始祖ブリミルという人間が行使していたという伝説の失われた系統魔法。

どのような魔法なのかは残念ながらあまりにも資料がないため詳しいことまでは知り得なかったが、その力は万物をも支配するという触れ込みであった。

その失われし零番目の系統とやらが今の光――すなわちルイズの放った魔法だった。

 

何故、ルイズの系統が虚無であることを理解したか。

それは、光を共に目にしたデルフリンガーの言葉である。

「こいつぁおでれーた! あの娘っ子、虚無をぶっ放しやがったぜ! ありゃあ初歩中の初歩、〝エクスプロージョン〟だ!

すげえぜっ! あの悪魔の大群を一発で全滅させやがった! さすがはブリミルの〝虚無〟だぜ!」

興奮したように叫んでいたデルフリンガーは、かつて始祖ブリミルの従えた使い魔、初代ガンダールヴが握っていたという。

故にブリミルとも面識があるため、あの光が虚無であることを一目で理解していたのだ。

(ガンダールヴ、か……)

そして何より、自分の左手に刻まれていた忌々しい使い魔のルーン。

それがそのガンダールヴである以上、ルイズが虚無の担い手であることを認めざるを得なかった。

 

「おい、相棒。何をボケッと突っ立ってるんだよ! あの大物が起き上がり始めたぞ!」

デルフが叫び、スパーダを急かす。

見れば戦艦に叩きつけられたアビゲイルがゆっくりと起き上がり、その巨体を浮かべ上げようとしているのだ。

如何にルイズが悪魔の大群を全滅させたとしても、その頭を潰さなければ戦いは終わらない。

「1000年ぶりだな――貴様とやり合うのは」

闇を払い、徐々に光がもたらされていくハルケギニアの空に、スパーダは身を投げ出した。

 

 

次元の裂け目から飛び出てきた赤い揺らめきは、一っ飛びで空域を漂う瓦礫へと飛び移っていく。

ルイズ達はその影に近づくべく、シルフィードを飛ばそうとする。

『この大いなる波動……』

だが、起きだしたアビゲイルが現した姿を赤い影を睨みつけ、その凶悪な顔を歓喜に歪めだす。

矛先は自分達から外れているとはいえ、下手に動けば巻き添えを食らってしまう。

『魔剣士スパーダ!!』

歓喜に酔い痴れた叫びを上げるアビゲイルは一瞬にして天高く飛び上がり、赤い影――魔剣士スパーダがいる瓦礫へと飛び移っていく。

巨体に似合わぬ俊敏さに、ルイズ達は目を見開く。

「タバサ! シルフィードをあそこまで飛ばして!」

目の周りを赤く腫らし、ぐしぐしと歓喜の涙を拭うルイズが叫ぶ。

「駄目。近づけない」

今、スパーダの元へ行けばアビゲイルの強大な力に巻き込まれてしまう。

それにスパーダの攻撃もアビゲイルに匹敵する、無慈悲な破壊をもたらすのだ。自分達にも被害が及ぶ恐れがある。

二体の強大な悪魔との戦いに自分達が入り込む余地はない。

それを安全な場所から見届けるしかないのだ。

魔剣士スパーダが勝利することを願って。

 

 

 

 

スパーダが着地した戦艦の瓦礫の上に飛び移ってきたアビゲイルは、膝を突いて屈むとスパーダを間近から覗き込む。

『貴様がよもやこの異世界に足を踏み入れていたとは、何たる僥倖!!』

数十倍もの差がある巨体を前にしても、スパーダはフォースエッジを無造作に垂らしたまま冷徹な視線を返していた。

「て、てめぇ……かかってきやがれ! このデルフリンガー様も相手になってやるぜ……!!」

明らかにアビゲイルの圧倒的な威圧感に震え上がっているデルフ。

『貴様と矛を交えるのは、実に1000年ぶり……。どれだけこの瞬間を待ち望んだことか!!』

叫びながら、アビゲイルは豪腕を振り上げ、巨大な掌を勢いに任せて叩きつけてきたのだ。

スパーダは高く跳躍してその攻撃を容易にかわす。アビゲイルの一撃は互いの足場となっていた瓦礫を粉々に打ち砕いた。

アビゲイルは宙に浮いたままもう片方の手を横から叩きつけようと振り回してくる。

空中で身を翻し、足元に魔力で擬似的な足場を作り出したスパーダはそれを蹴りつけさらに大きく跳躍した。

 

そのままやや離れた空域を漂う、魔界から流れてきたのであろう岩の瓦礫へと飛び移っていく。

『逃げるな! 我が破壊の力を受け止めよ! そして貴様も我に力をぶつけよ!』

浮かび上がったまま追ってくるアビゲイルは、突進するように拳を叩き込んできた。

足場に着地したばかりのスパーダは、すぐ様アビゲイルの拳を左腕のデルフで受け止める。

 

――ガギンッ!!

 

自分の数十倍という巨体から繰り出される一撃は、当然ながら半端のない破壊力を持つ。

「痛ってえっ!!」

故にデルフが悲鳴を上げ、受け止めた衝撃を殺しきれず瓦礫にも伝わり、深く陥没させた。

『真なる戦いとは、力と力のぶつかり合いだ!』

「That's true.(一理あるかもな)」

呟くと同時に、スパーダは全身に循環させた魔力を左腕に集中し一気に放出させた。

『ぬっ!?』

アビゲイルの巨体を押し返し後ろに大きく跳躍すると、先ほどから膨大な魔力を纏わせていたフォースエッジを一気に振り上げた。

巨大な赤い旋風が衝撃波となって放出され、アビゲイルの胸を直撃し爆ぜた。

赤い閃光が瞬き、アビゲイルの巨体を宙に押し出す。

 

身を翻しながらまたも別の瓦礫に着地したスパーダはさらにその場で腰を落とし、フォースエッジを後ろへ引き絞るように構える。

先ほどと同じようにフォースエッジの刀身にスパーダの魔力が注ぎ込まれ、魔力がバチバチと唸りを響かせながらオーラで覆われていく。

スパーダは三度フォースエッジを振り上げ、返し、さらに数倍もの魔力を込めた剣風の衝撃波が凄まじい速度でアビゲイル目掛けて殺到する。

アビゲイルは両掌を正面に突き出し、迫ってきた衝撃波を全て受け止め、掻き消していた。

『面白い! これぞ戦いの醍醐味!!』

さらにそのまま突き出した掌に雷光と共に光球を作り出すと、瞬く間に己の顔ほどの大きさに膨れ上がる。

『受けよ! 我が絶対なる破壊の力!!』

光球を高く掲げたアビゲイルは、それを大きく振りかぶって投げつけてきた。

砲弾を遥かに超す勢いで巨大な破壊の光球は迫る。

「やべえっ! 相棒、避けろぉ!」

デルフが叫び声を上げると同時にスパーダは別の瓦礫へと一気に飛び移っていく。

 

スパーダが離れた直後、アビゲイルの攻撃が直撃し爆ぜた瓦礫からさらに巨大な爆光が膨れ上がり、直撃した瓦礫はもちろんのこと、周辺の瓦礫をも飲み込み跡形も無く破壊していた。

その余波は既に遠く離れた瓦礫に飛び移っていたスパーダの元にも届いていた。

「冗談じゃねえぞ……あんなもの喰らったらひとたまりもねえ!!」

アビゲイルの破壊の力を直に目にしたデルフが戦慄する。

それは当然だ。何しろ相手は単純なパワーだけならば魔界最強とされる大悪魔なのだから。

あの力が地上の大地に叩きつけられれば、このタルブなど一瞬にして焦土と化すのだ。

 

「本当ねぇ。相変わらず荒っぽい王様だわ」

唐突に耳元で囁かれる妖艶な女の声。

気が付けば漆黒のドレスを身に纏う女悪魔、ネヴァンがスパーダの肩に寄りかかっていた。

「……こんな所で何をしている」

「別に。退屈しのぎに羅王の手駒達を相手に遊んでいただけ。こんなに楽しい刺激を味わえるんだもの。除け者は嫌よ」

「門はどうした。他の者は?」

ネヴァンには地獄門の監視を言い付けていたはずだ。あそこは未だ魔界の扉が開かれている。

あの門を通って悪魔達がハルケギニアへなだれ込んで来るではないか。

「あら、心配? 大丈夫。結界は張っておいたから。雑魚ごときじゃ破れないわよ。

それに他のみんなだったら、せいぜい地上の雑魚を相手にしているんじゃない?」

悪びれた風も無く言葉を返すネヴァンに、スパーダは顔を顰める。

「あっちから戻ってくるだなんて、予定が変わったみたいね。……ふふっ、あの小娘もラッキーだったわね」

空に開き続ける次元の裂け目を見やるネヴァンは嘲笑した。

こいつ……どうやらルイズ達を援護していたわけではないらしい。

別に頼んだわけでもないので責める気はないが。

 

――と、そうこうする内にアビゲイルが再び光球を掲げて投げつけてくる。

スパーダはネヴァンの体に左腕を回して抱きかかえると、大きく跳躍してまたも別の瓦礫へと飛び移った。

その直後、爆光と共に今まで立っていた瓦礫が粉砕される。

「それにしても、スパーダ。あなた、昔と同じ力を取り戻したようね」

スパーダに抱かれたままのネヴァンは、自分もスパーダの首に手を回して抱きついてくる。

「素敵だわ……やっぱり、魔剣士スパーダの力はこうでなくっちゃ。とても刺激的よ……」

「……そんなことはどうでもいい。お前はどこかで待機していろ」

「……ま、あいつとまともに戦えるのはスパーダだけだし、他にやることもないし……」

ため息をつくネヴァンは、スパーダから体を離す。

「あの小娘ったら、あんな力をいきなり発揮するものだから驚いちゃったわ。少しからかってこようかしらね」

くすくすと楽しげに笑うと、ネヴァンが従えるコウモリ達がスパーダに一つの大きなスーツケースを差し出してくる。預けていた災厄兵器パンドラだ。

「これは使うかしら?」

「いや、いい。持っていろ」

確かにパンドラは強力ではあるが、今は三振りの愛剣と二丁の愛銃のみで充分だ。

スパーダの返答に対して感嘆に唸ったネヴァンは、全身をコウモリと影で包み込んでいく。

「全部終わったら、二人だけで存分に刺激を味わい合いましょう。……楽しみにしてるわ」

最後にスパーダの頬に口付けをし、コウモリの大群は飛び去っていった。

「相棒……大変だな。あんな女を相手にするなんてよ」

「黙れ。来るぞ」

ネヴァンがいなくなると同時に、アビゲイルはさらに追撃を仕掛けてくる。

空域を漂うまだ形を残したままだった戦艦の残骸を掴み取ったアビゲイルは、それを同じように大きく振りかぶって投げつけてきた。

残骸とはいえ20メイル以上もある巨大な瓦礫は、まさに砲弾そのものだった。

 

フォースエッジを両手で掴み、肩の位置で構えるスパーダは、自分に迫るその巨大な砲弾を見据える。

全身とフォースエッジを覆うオーラがさらに強さを増し、それに比例して夥しい魔力が膨れ上がっていく。

足場にしている瓦礫が、大地のように揺るいでいる。

「行けっ! 相棒!」

デルフの叫びと共に目前にまで迫ってきた戦艦の残骸。

スパーダはフォースエッジを一気に水平に振り払った。

フォースエッジの刃に纏わりつく高密度に凝縮されたオーラが一気に伸び、5メイルにもなる巨大な刃を形成した。

鋭い轟音と共に魔力の巨刃が残骸へと叩きつけられ、アビゲイルへと打ち返したのだ。

打ち返された残骸をアビゲイルは腕を薙ぎ払い、容易に跳ね飛ばしていた。

 

『そうでなくては!!』

スパーダにもはっきりと届く叫びを上げるアビゲイルは1000年ぶりに味わう死闘に愉悦を感じている。

武人気質な、戦いに喜びを感じる破壊の権化はスパーダとの戦いを明らかに愉しんでいる。

真の強者同士の戦いを望む修羅の王の姿にスパーダは鼻を鳴らすと、腰を落としフォースエッジを腰だめに構えた。

今と同じようにスパーダとフォースエッジを膨大な魔力を発するオーラが包み込んでいく。

アビゲイルが頭上に再び光球を掲げ、それが投げ放たれると同時に、スパーダは一気に瓦礫を強く蹴りつけた。

『ぬっ!?』

赤い乱舞を伴いながら空を凄まじい速度で一直線に突き抜けてくる、槍のような鋭さを持ったオーラの塊。

漆黒と赤の螺旋を描き、次々と空気を抉り切り裂きながら迫り来るその突撃は、アビゲイルが放った光球をも容易く突き破った。

『うおおおっ!』

魔力を伴わなくとも己の何倍もの巨躯をも吹き飛ばす必殺の突き。

咄嗟に体を横に逸らしたアビゲイルの右脇を掠めるようにして突き抜けていった。

たったそれだけでもアビゲイルの強靭な肉体を抉り、削り取るほどの破壊力を発揮していた。

『やはり魔剣士スパーダ……!! これでこそ、倒し甲斐があるというものよ!』

いくつか瓦礫をも粉砕し、実に数百メイルも空の中を突き抜けていったスパーダは瓦礫と同じように空域を浮遊するレキシントン号の壊れていないマストの頂点へと着地した。

 

 

 

 

「……な、何なのだ? あれは……」

「ほ、本当に人間なのか?」

その真下では、甲板上で二体の悪魔同士の戦いを見届けていたアルビオンの兵達が唖然とし続けている。

突如自分達の真上で輝いた光がレキシントン号を炎上させ、積載していた風石を消滅させたという驚愕の出来事が起きたと思ったら……。

マストの上に立つ赤い乱舞に覆われた影。

それは人の姿をしてはいるものの、明らかにやっていることが人間では決してあり得ないことだった。

艦長のボーウッドもまた、目の前で起き続けているこの夢のような光景に驚いてばかりである。

赤い乱舞が再び飛び跳ね、レキシントン号を離れていく。

それを大群を率いていた巨大な悪魔が追撃する。

「英雄だ……まさしく……」

赤い閃光を目で追い、ボーウッドが思わず呟きだす。

ハルケギニアの歴史上、初めて繰り広げられることとなるこの壮絶な激闘を、アルビオンの兵達は恐れ慄きながら見届けるしかなかった。

 

 

日食の終わりと共に徐々に光がもたらされていくタルブの大地。

既に地上に蔓延っていた悪魔の軍勢は全てが掃討されており、トリステイン軍には一時の平穏が訪れていた。

本来はアルビオン軍の侵攻を阻止するためにこのタルブへとやってきたトリステイン軍。

戦いが始まってから数時間と経っていないのにも関わらず、彼らがこの地で味わったこの世のものとは思えない混沌の時間。

その混沌の中で容赦なく襲い掛かってきた身の毛もよだつほどに恐ろしかった異形の軍勢。

犠牲になった者達の数は1000にも昇る。

その混沌とした状況の中、様々な予期せぬ出来事により自分達を襲い来る敵は全てがいなくなったのだ。

自分達の――トリステイン軍の戦いは終わった。

だが、このタルブでの戦いそのものが終わりを告げたわけではない。

 

トリステイン軍の誰もが、呆然と奇跡の光がもたらされたタルブの空を見上げ続けている。

彼らの目に映るのは、日食と共に開かれた混沌の世界へ通じる巨大な裂け目。

破壊されたアルビオン艦隊の無残な骸。

そのアルビオン艦隊を旗艦だけ残して全滅させた巨大な悪魔。

……そして、その巨大な悪魔と相まみえる赤い閃光。

言葉を失う彼らは、巨大な悪魔がその赤い光を容赦なく攻め立て、赤い光もまた何十倍もの大きさを誇る悪魔を翻弄し続けている。

兵を率いる大将であるアンリエッタも、傍に控えるマザリーニも、アニエスも、自分達の頭上で繰り広げられている力と力の衝突に目を奪われていた。

 

「……久しいものよ。魔剣士スパーダ」

戦いを終え、一息を着いていた魔の獣達は同じように空を見上げ、千数百年ぶりに感じ、目にすることとなる同胞の力。

その気になれば独立して新たな勢力を作り上げることができたのにも関わらず、それをしなかった魔剣士スパーダ。

かつて共に戦った者として、再びその絶大なる力を目の当たりにし、打ち震えていた。

 

 

焼き払われたタルブの村より南の森の奥――村の名物とされていた遺跡、〝聖碑〟。

その石版がある広場へと逃げ込んでいた村人達は、恐怖に震えながら祈り続けている。

「おお、神よ……どうか私達をお救いください……」

「怖いよ、お母さん……」

村人達はただただ自分達にこれ以上何も起こらずに、再び平和な時間が訪れるのを祈り、待ち続けるしかない。

自分達の頭上では絶えず爆音が、咆哮が轟き、その度に村人達の恐怖と不安はさらに膨れ上がっていくのだ。

頭上で悪魔が飛び交う悪魔達がいつ自分達を見つけ、襲ってくるか分からない。

このまま見つからずにいて欲しい。……そのためにも、じっと息を潜めて恐怖に耐えるしか手は残っていなかった。

「ひっ!」

「あ、悪魔……」

「頼む、こっちには来ないでくれ……」

恐怖は既に臨界点に達しようとしていた。

空一面が光に包まれ、それが収まった後には空をあれだけ覆っていたはずの悪魔達の大群は姿を消していた。

だが、村人の恐怖を刺激する存在は自分達の頭上ではなく、目の前にあるのだ。

〝聖碑〟と呼ばれた大きな石版。その表面に開けられている裂け目。

薄い膜のような何かで覆われているその裂け目の向こう側から、先ほどからおぞましい悪魔達が張り付いているのだ。

今にもその膜を突き破ってこちら側に出てきそうな雰囲気ではあるものの、ヒビ一つ入らないため破られる心配は無いようだが。

だが、自分達の目の前に悪魔が姿を見せているというだけで、恐怖を刺激するには充分なのである。

「シエスタ! 何をしているんだ!」

広場の真ん中に立ち、空を見上げている娘に父親が叫びかける。

彼女は悪魔達が姿を現し始めた頃からずっと苦しみに悶え続けていたのだが、頭上に悪魔達がいなくなってからは徐々に落ち着きを取り戻してきたのだ。

聖碑の石版から今にも飛び出てきそうな悪魔など目も暮れず、ただ黙って魅入られたように空を眺め続けていた。

彼女の視界に映る、巨大な悪魔と共に空を飛び交う赤い閃光。

その閃光を目にしていると心が安らぎ、それまで自分を蝕んでいた発作が嘘のように治まってしまっていた。

(スパーダさん……)

その閃光から発せられる大いなる悪魔の力が、同じ悪魔の血を引くシエスタにも感じることができた。

自分が仕えるべき主君。身分違いとはいえ、心惹かれていた男性が、戦っているのだ――

 

 

 

 

『You Destroyed! Dark Knight Sparda!!(滅せよ! 魔剣士スパーダ!!)』

アビゲイルの頭上に掲げられた巨大な光球が、激しい閃光と共に爆ぜた。

そして次々と何十、何百もの巨大な光の矢が拡散し、一点目掛けて収束していく。

空域を浮かぶ瓦礫の上を駆ける赤い影に向かって。

「避けて! 逃げて! スパーダ!」

シルフィードの上でルイズは悲鳴を上げて叫ぶ。

ただの人間であれば為す術もなく葬られるだけだというのに、あのような容赦の無い猛攻をスパーダはいなし続けている。

器用に飛び跳ねかわし、時には手にする剣で弾き返す。

自分達人間ではどうがんばってもできない行動だ……。

 

だが、スパーダとて攻撃を避けてばかりではなかった。

攻撃をかわしながら時に自らアビゲイルへと接近し、手にする剣で斬り付け、二丁の拳銃で牽制する。

そして、確実な隙を見つければ渾身の一撃を叩き込んでいるのだ。

それはアビゲイルの強靭な巨体に確実なダメージを与え、ぐらりとよろめかせていた。

「「やったぁ!」」

今もまた、アビゲイルの放った無数の光の矢の追撃を逃れて一気に接近したスパーダが振り下ろした剣が、アビゲイルの頭部に生えた左の角を圧し折った。

そんなアビゲイルの姿を見る度に、ルイズとキュルケは歓声を上げるのだ。

このハルケギニアに混沌をもたらしていた破壊の権化がスパーダの一撃でやられる光景は、見ているととても気持ちが良くなる。

この調子であればスパーダがあいつを倒せるのも時間の問題だと思い込んでしまうほどに。

 

 

『おのれ……ここまで我に傷を負わせるとは、さすがは魔剣士……だが――』

耳をつんざく雄叫びと共に体を大きく仰け反らせ、アビゲイルの口から眩い光が漏れ出す。

「お、おい! 相棒! 来るぞ!」

デルフが慌てながら声を上げる。瓦礫に着地していたスパーダもアビゲイルの姿を目にして顔を顰めた。

次の瞬間、アビゲイルの口から巨大な光線が渦を巻きながら吐きかけられていた。

すぐ様その場から跳躍し、離れた瓦礫へと飛び移る。

アビゲイルが放った破壊の奔流は一瞬にして瓦礫を消滅させ、空を突き抜けていく。

だが、それだけでは終わらない。破壊の本流を吐き出し続けながらアビゲイルは己の体を動かし、光線をゆっくりと薙いできている。

アビゲイルの攻撃をやり過ごそうとスパーダは全速力で瓦礫を駆け抜ける。

だが、その逃げる進路も無闇というわけにはいかない。

この空域にはルイズ達もいる以上、彼女らが戦いに巻き込まれないように位置を調整しなければならないのである。

瓦礫の上を駆け、飛び移るスパーダをアビゲイルが放つ破壊の閃光は未だ追従し続けている。

背後では自分が飛び移り、足場にしてきた瓦礫が破壊の本流に飲み込まれ、次々と塵となって消滅していった。

 

アビゲイルとの激闘で、スパーダもアビゲイルも空域に漂う様々な瓦礫や残骸を足場にしたり、時には戦いの最中に様々な要因で破壊したりしていた。

戦艦の残骸はそろそろ無くなってきており、未だ開き続けている次元の裂け目から時折魔界の岩などが流れ着いてきている。

原形を保っているアルビオンの旗艦は足場としては最適ではあったが、あれには人が乗っている以上それは無理な話だ。

しばらく回避に徹していると、アビゲイルが吐き続けていた破壊の閃光が収束し消えていく。

 

だがアビゲイルの猛攻は間髪を入れずに続けられた。

一気に突撃してきたアビゲイルの腕がスパーダに叩きつけられてきたのである。

スパーダは左腕のデルフでその攻撃を受け止め、しばし持ち堪えると篭手にこの戦いで溜め込んでいた力を一気に解放・集中させて押し返した。

「あ、相棒……俺ぁ、そろそろ限界だぜ……」

デルフが弱々しい声を漏らしている。

それもそのはず、デルフが器として宿っている篭手は既にボロボロであり、所々にヒビが入っているのだ。

いつ壊れてしまってもおかしくないほどの痛々しい姿だった。

アビゲイルの強力な攻撃を立て続けに受け、魔力を吸収し、解放を繰り返してきたのだ。

それだけ無茶なことをしている以上、器の耐久力が限界に達しようとしているのは自明の理である。

もう一発、アビゲイルの攻撃を受け止めればこの篭手は粉々になってしまうことだろう。

デルフ自身は魂が本体のようなものであるから問題はないだろうが、この篭手はもう寿命だ。使い物にならない。

「……よくやった。もう無理はせずとも良い。ひとまず私の中に戻れ」

言いながら、スパーダは篭手からデルフの魂だけを取り出し、自分の魔力として取り込んでいた。

 

抜け殻となった篭手を放り捨てると、そこにアビゲイルが再び突撃し、全身を勢いよく捻りながら拳を薙ぎ払ってきた。

その一撃はスパーダが立っていた瓦礫を吹き飛ばしたものの、スパーダを捉えることはなかった。

スパーダはアビゲイルの右腕を伝い、一気に肩まで向かって駆けて行く。

『こしゃくなっ!!』

アビゲイルが激しく体を動かし、スパーダを払い除ける。

空中に投げ出されたスパーダは、漂っていた小さな岩塊に左手で背中から抜いたリベリオンを突き刺す。

リベリオンにぶら下がったまま降下してくるアビゲイルを睨むスパーダ。

突き刺したままのリベリオンの上に飛び乗り足場にすると、スパーダの重量を支えても全くしなることのない強靭な刀身を蹴りつけ、一気に高く飛び上がった。

飛び離れていく主を追うように、リベリオンはひとりでに岩から抜け、スパーダの背へと自ら戻っていく。

 

魔界から流れ込んできた大きな瓦礫へと飛び乗ったスパーダの元に、降下してきたアビゲイルが見下ろしてくる。

巨体の所々にはスパーダの攻撃により刻まれた傷がはっきりと残っていた。

致命傷や重傷とまではいかないが、確実にダメージは与えている。

『我にここまで傷を負わせるとは、さすがは魔剣士スパーダ……』

にやりと歪んだ笑みを浮かべるアビゲイル。

これだけ傷を負わされている身だというのに、戦いを楽しみ続けているとは相変わらずだ。

『だが、遊戯もそろそろ終わりだ。我はこの異世界に混沌をもたらさねばならぬのでな』

「あいにくそうはいかん。貴様がいるべき場所はここではない。お引取り願おう」

フォースエッジを肩に担ぎ、スパーダは啖呵を切る。

『ほざくな、逆賊め。貴様は所詮我らが同胞を裏切りし者――』

嘲笑するアビゲイルを、スパーダは黙ったまま睨み返す。

『人間など我らが狩るべき脆弱なる獲物。虫けらのごとき衆愚共を守る、か。……何が貴様を狂気の道へと走らせたのかは知らんが、まあ良い』

 

――グウウオオオオオオッ!!

 

咆哮を上げ、全身から膨大な魔力の奔流を周囲に撒き散らすアビゲイル。

スパーダは微動だにせず全身で受け止めていた。

『今こそ決着をつけん!! 貴様の滅びと共に、我はこの異世界に破壊と混沌、闇をもたらさん!!』

『やってみろ』

地の底から響くような恐ろしい冷徹な言葉を響かせ、スパーダはフォースエッジを左右に軽く振りつける。

『貴様が、いかに魔を統べる力を蓄えようと――』

スパーダの全身を覆うオーラ――漆黒と赤が混ざり合った禍々しいその揺らめきはさらに強まっていた。

 

――グウウオアアアアアッ!!

 

一際凄まじい咆哮を上げ、アビゲイルが渾身の力を右腕を叩きつけようとする。

『この世界を滅ぼすほどの力を身に付けようと――』

その腕からは無数の巨大な刃が生え出し、スパーダ目掛けて突き出されていく。

『手出しは、許さん――』

フォースエッジを構え、真正面から突撃するスパーダ。

 

――ガギィンッ!!

 

凄まじい衝撃音と共に激しい閃光が奔流と共に両者の間で荒れ狂う。

フォースエッジとアビゲイル――ぶつかり合った互いの強大な力が嵐となり、渦巻いていた。

溢れんばかりの衝撃が空域一帯に広がり、全てを吹き飛ばしていく。

 

――グアアアアアアアアッ!!

 

――オオオオオオオオオッ!!

 

互いに凄まじい咆哮を上げ続ける。

荒れ狂う奔流が直撃し、スパーダの髪が乱れ始める。

両者は力を交えたまま、全く一歩も引かない衝突を繰り広げ続ける。

足場にしている瓦礫は今にも崩れそうだ。

 

――オオオオオオオオオアアアアアアアアアッ!!

 

スパーダの姿が徐々に、人の姿から禍々しい異形へと変貌していく。

溢れ出てくるスパーダの強大な魔力もまた、無限ともいえるほどに膨れ上がり、アビゲイルの力を飲み込もうとしている。

『ば、馬鹿なっ!!』

確実に押され始めていることに、アビゲイルは狼狽した。

 

――グオオオオオオアアアアアアアアアアア!!

 

魔力が雷鳴のように、凄まじい轟音と共に爆ぜた。

赤い閃光が瞬き、アビゲイルはそれまで肉体に受けていたダメージに更なるダメージを重ねられ、ついにその巨体を吹き飛ばされていた。

『ぐおおおおおおっ!!』

『Rest in Peace.(安らかに眠れ)』

次元の裂け目目掛けて吹き飛ばされていくアビゲイルに、その異形の剣士は威厳に満ちた一声を発した。

それと共に振り切ったフォースエッジに更なる魔力の奔流が纏わりつき、スパーダはその刃を袈裟に返し上げた。

今までアビゲイルに放ってきたものより遥かに巨大な赤い旋風が、アビゲイルへと殺到する。

 

直撃し、炸裂した衝撃波はそのままアビゲイルの巨体を次元の裂け目へと押し込み、それと同時に裂け目が徐々に塞がり始めていた。

『おのれっ……!』

アビゲイルは咄嗟に閉じていく裂け目を押し広げようと淵を掴む。

だがそこに、今度は猛々しい竜のごとき巨大なオーラの塊が迫り、アビゲイルの顔面を直撃した。

『ぐああああああっ!』

アビゲイルは裂け目の奥へと倒され、再び次元の裂け目は閉じていく。

もはや閉じ切る寸前という所まで小さくなった裂け目。

それを再び掴み、押し広げようとするアビゲイルの裂け目から手が出てきた。

だが、あれだけの致命的なダメージを受け続けたのだ。もはや裂け目を再び力ずくで押し広げようとする力は残っていない。

次元の裂け目は強引に、まるで負わされた傷を自ら癒そうとするかのように閉じようとしている。

『おのれ……魔剣士スパーダ……これで終わったと思うな……!』

裂け目の奥から、アビゲイルの怨嗟の声が響く。

『我は悠久の時を経て、再び現世へと舞い戻らん……! 混沌ある限り、我は不滅だ……!』

その言葉を最期に次元の裂け目は閉じ切り、完全に消滅していた。

破壊の権化たる羅王アビゲイルの断末魔が空の中に木霊し、真の静寂が訪れていた。

 

 

「二度と来るな。……深淵の底で静かに眠れ」

何事も無かったかのように次元の裂け目が消滅した空間を睨み、スパーダは己の姿を人のものへと戻していた。

それまでスパーダの全身から溢れ出ていたはずのオーラは完全に消え失せ、魔力の奔流も静寂を取り戻した。

フォースエッジをリベリオンと交差させるように背に収めたスパーダが一息をついたその時、薄暗かった空に明々とした穏やかな光が満ちていく。

日食によりそれまで隠されていた太陽が完全に姿を現し、再び大地に大いなる光をもたらしたのだ。

 

「スパーダ!!」

その時、少女の叫びと共にスパーダの元に一頭の風竜が近寄ってきた。

振り返れば、シルフィードの姿がそこにあり、背に乗る三人の少女達は明確に歓喜に満ちた表情を浮かべている。

ルイズはシルフィードからスパーダ目掛けて一気に飛び降りていった。

スパーダはいきなり自分に飛び掛ってきたルイズを片腕で受け止める。

「馬鹿っ! 馬鹿あっ! 遅いのよ! いつまで待たせるのよ!! パートナーをあんなに待たせるだなんて!!」

泣きじゃくり、スパーダの胸をポカポカと叩きながらも喜びを露にするルイズ。

スパーダは黙って彼女の癇癪を受け続けていた。

 

 

 

 

悪魔は消えた。

それと共にタルブの地に天からの恵みである光が降り注いできていた。

戦いは、全て終わったのだ。

「トリステイン万歳!」

「始祖ブリミル万歳!!」

戦いを生き残ったトリステイン軍の兵達から、一斉に歓声が轟いていた。

闇を払いし二つの光が、奇跡をもたらしたのだ。

 

「やれやれ……ようやく終わったね……」

林の奥からふらりと姿を見せたマチルダ――土くれのフーケは安堵のため息をついた。

全身は悪魔との戦いでボロボロで、服もマントも所々が破かれている無残な姿であったが、彼女は生きていた。

見ればトリステイン軍が勝利に酔い痴れ、いつまでも勝利の雄叫びを上げ続けている。

確かに、あれは自分達が勝利したことの証だった。

憎きアルビオン軍は潰走し、ハルケギニアへ侵略の第一歩を始めようとしていた悪魔の軍勢は、壊滅した。

紛れも無く、自分達は勝利したのだ。

この地での戦いは、間違いなくハルケギニアの歴史に名を残すものとなるだろう。

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  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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