魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 05 <這い寄る惨劇-Devil Trigger> 前編

 

 

スパーダがギーシュとの決闘に勝利したことで、生徒達の彼を見る目は変わっていた。

男子生徒は彼の剣を振るう姿にギーシュと同じように男として見惚れた者もいれば、メイジが剣に負けたということで彼を疎ましく思う者もいた。

女子生徒は大半がスパーダを平民上がりの貴族と見るようなことは無くなり、すれ違う時には「ごきげんよう。ミスタ・スパーダ」とそれなりの敬意を表して呼ぶようになっていた。

唯一変わらないものと言えば、広場などでたむろしている他の使い魔達はスパーダが通りがかると全てが恐怖と緊張で石のように固まってしまうことだ。

 

そして、生徒達の中で最も大きな変化を見せる者が一人いる。

「お、お手柔らかに頼むよ……」

昼過ぎのヴェストリ広場でギーシュは剣を両手で握り締めて震えていた。

距離を取って向かい合うスパーダはリベリオンを片手に佇み、ギーシュを見据えている。

先日の約束通りにギーシュとの剣での再戦を受け入れたのだ。

とはいえ、行われたのは戦いというよりもスパーダがギーシュを指導しているようなものに等しい。

今度は前のように大勢のギャラリーもおらず、ベンチでルイズにキュルケ、ついでにタバサの三人だけが見物するのみだ。

 

「やあっ! とうっ!」

ギーシュの振り回す剣はそれはもう素人同然な動きだった。

スパーダはリベリオンで受けることさえせず、僅かに体を動かす程度で容易くかわしている。

だが組み手のような形である以上、スパーダもしっかり反撃を行ってくる。

「あ痛あっ!!」

無造作に、だが力強く振り上げられたリベリオンに剣は弾かれ、ギーシュの手から吹き飛ばされてしまう。

「まだやるか?」

痺れる手を押さえて呻くギーシュにスパーダは淡々と問いかけてくる。

「も、もちろんだとも!」

「なら早く拾え」

冷然と促されたギーシュは弾き飛ばされた自分の剣へ駆けていく。

「お前は腕だけで剣を振っている。体全体を使って振ってみろ。まずはそれからだ」

「か、体全てって……どうやって?」

構え直したギーシュはスパーダからの助言に顔を顰めた。

まともに剣なんか振ったことのないギーシュにはコツがよく分からない。

「こうだ」

「いいっ!?」

残像をその場に残し、一瞬にして距離を詰めてきたスパーダは即座に両手で握ったリベリオンを高く振り上げていた。

「うわああっ!?」

顔を両腕で庇って悲鳴を上げるギーシュだったが、唸りを上げて叩き下ろされたリベリオンの刃は本人には届かなかった。

咄嗟に構えて盾にしていた剣にぶつかる寸前で、ピタリと止められていたのだ。

 

「すごーい……あんなことまでできるんだ……」

「本当、惚れ惚れしちゃうわねぇ」

ルイズもキュルケも目を丸くしてスパーダの剣技に釘付けになっていた。

タバサも表情こそいつもと変わらないものの、珍しく興味深そうに観察している。

ギーシュとは比べ物にならない鋭い太刀筋は素人目から見ても感嘆としてしまうほどだ。

しかもただ単に敵を倒すだけでなく、あんな器用な真似までできてしまうのだから尚更である。

 

それからスパーダによるギーシュへの指導は30分ばかり続いた。

ギーシュはスパーダに従って体全体を使って剣を振ろうと四苦八苦しており、時にはその剣そのものに振り回されて自分が倒れる始末。

スパーダはその都度アドバイスをしており、最初は剣を一振りするだけでも一苦労だったギーシュは振った後には即座に構え直せるようにはなっていた。

「まずはこんなものだな」

「はあ……剣を振るって案外難しいんだなあ……」

リベリオンを背中に戻したスパーダは溜め息をついてその場に座り込んだギーシュを見下ろした。

「あんた、何だってスパーダから剣を教わろうと思ったわけ?」

そこへ歩み寄ってきてきたルイズは呆れたような顔を浮かべる。

「ははは……いやあ、何ていうかさ……彼の勇ましい戦いぶりに惚れたというか……」

肩で息を切らしつつも照れ臭そうにするギーシュは爽やかな笑顔で答えた。

「僕もよく分からないんだけど、彼と剣を交えてたら今まで味わったことのなかった熱い何かが湧き上がってくるようで……」

ギーシュの言葉にルイズ達は意味が分からないとばかりに肩を竦めだす。

「とにかく、だ! 僕はスパーダ君の剣技に惚れ惚れしてしまったんだ! あそこまで男らしい戦いぶりは僕の心に届いたのさ! 本当に感激した!」

立ち上がったギーシュは薔薇の造花を振りながら大見得を切りだす。

そのテンションの高さにルイズ達は呆気に取られたまま彼を見つめた。

「また暇ができた時には付き合ってもらえるかい? スパーダ君。異国の貴族の華麗なる技をぜひ僕も身に着けたい!」

「私は別に構わん」

だがそんなギーシュのハイテンションとは裏腹にスパーダの態度は冷ややかなものである。

まさかこの異世界で剣を教える弟子ができるとはさすがの彼でも予想はしていなかった。

 

 

 

翌日の朝――朝食を終えたスパーダはルイズの授業には付き合わず、学院長室を目指して本塔の螺旋階段を登っていた。

「今度食事でもどうです? ミス・ロングビル」

「……それは光栄ですわ。モット伯」

「うむ。楽しみにしているよ」

「はい……」

学院長室前の廊下まで登ってくると、学院長の秘書・ロングビルと男の会話が聞こえてきた。

気品はあるがやや好色そうな男の声と、敬意を払ってはいるがどこか刺々しいロングビルの声。

廊下まで登りきった途端、その声の主である中年の貴族の姿が見えた。赤いマントに襞襟を付けた、見るからに貴族らしい派手な出で立ち。カールした細い髭が特徴だ。

「これは失礼した。ミスタ」

スパーダと肩がぶつかり、モット伯爵なる男は軽く頭を下げて詫びてくる。

肩越しにスパーダのことを見つめて不思議そうな顔をし、そのまま階段を下りていった。

見慣れぬ貴族の姿であるスパーダが気になっていたようだ。

(あいつ……)

そのモット伯が階段を下りていくのをスパーダはじっと見届けていた。

「あら、ミスタ・スパーダ。学院長に何かご用事でも?」

「客人が来ていたのなら、オスマンはいるのだろう?」

スパーダは不機嫌そうな表情を浮かべるロングビルと共に学院長室へと入っていった。

「やあ、スパーダ君。どうしたのかね?」

学院長室へ来た理由。それは図書館を自由に利用する許可が欲しいことだった。

部外者であるスパーダは基本的にルイズのように生徒か教師といった関係者が同伴しなければ入ることができない。

ルイズの授業に参加しない場合は授業開始前に彼女に付いてきてもらって入館の許可をもらっているが、その手間を省く必要があった。

「なんじゃ。そういうことか。よかろう。すぐに手配しよう」

「助かる。……ところで、さっきの男だが」

「モット伯のことかの? 彼は王宮からの勅使じゃ。ああして、ここへ来ては宮廷からの勅命を持ってくるのじゃよ」

「今回は、どんな無理難題を?」

魔法を用いて本を棚に戻す作業を行いながらロングビルが尋ねる。

「何、くれぐれも泥棒に気をつけろ、と勧告に来ただけじゃよ」

「泥棒だと?」

「うむ。近頃、フーケとか言う魔法で貴族の所有する宝を専門に盗み出す賊が世間を騒がせておるらしいでな」

この世界にもそんな派手なことをしでかす奴がいるのか、と思いながらスパーダは唸る。

だがしかし、このハルケギニアで裕福であったりするのはほとんどが王侯貴族ばかりだ。

怪盗のターゲットとしては間違ってはいない。むしろ至って普通である。

「〝土くれ〟のフーケ、ですか?」

「我が学院には、王宮から預かった秘宝〝破壊の箱〟があるからの」

「破壊の箱? ……物騒な名前ですこと」

「フーケとやらがどれだけ優れたメイジかは知らぬが、ここの宝物庫はスクウェアクラスのメイジが幾重にも魔法をかけて防御を固めた特別製じゃ。取り越し苦労というもんじゃて」

自信に満ちた言葉を口にするオスマンは傍に立て掛けていた己の杖を手にし、机の上に置いてあった手の形をしたペーパーウェイトを浮かべ、それでロングビルの背中をなぞっていた。

ロングビルは声を漏らした後、そのペーパーウェイトをオスマンに向かって力いっぱいに投げつける。

学院長室に、滑稽な悲鳴が響き渡り、その光景を見届けたスパーダは小さく鼻を鳴らしていた。

 

 

フリーパスで入館できるようになった図書館で、今日はハルケギニアの地理や文化などに関する書物を読み耽っていた。

このハルケギニアは主に四つの国家で構成されている。まずはここ、トリステイン王国。

面積は人間界にも存在したオランダとベルギーが合わさった程度の小さな国らしい。

 

すぐ北に面するのが帝政国家ゲルマニア。国土面積はトリステインの約十倍という大国だ。

元は都市国家だったらしいが、周辺地域を併呑して版図を広げたそうである。

 

さらにトリステインの南側に位置するのが同じく大国に列せられるガリア王国。

人口約1500万人というハルケギニア一の大国で魔法先進国らしい。

 

そのガリアよりさらに南にあるのがロマリア連合皇国という都市国家群。かつて王国だった時代もあるが、

現在は教皇が治めているらしく神官の最高権威「宗教庁」が存在し、世俗の権力や戦乱には無関心だそうだ。

 

そして、ハルケギニアより西の海上に位置するアルビオン大陸という所に存在するのがアルビオン王国。

この大陸、信じられないことに空に浮いているらしく、一定のコースでハルケギニア上空を周回浮遊しているらしい。

 

他にもクルデンホルフといった自治国も色々とあるらしいが、あまり話題にはなっていない。

 

ハルケギニアの東側には砂漠が広がっているそうで、そこにはエルフなる異種族が住まうという。

その異種族は〝先住魔法〟というメイジの魔法とは異なる強力な魔法を操るそうで、ハルケギニアの人間達には恐怖の象徴となっているそうだ。

「……まるで悪魔を相手にしているようだな」

1500年以上も前に人間界で起きた魔界の侵略。あの時からも、人間達は悪魔を恐れるようになっていた。

このハルケギニアでは魔界でも存在しないような怪物が多く存在するらしいが、それでもエルフには到底及ばないそうだ。

 

 

すっかり図書館で一日を過ごしてしまったスパーダはその夜、読んでいる途中だった本を一冊拝借してルイズの部屋を訪れていた。

彼女はもう寝る寸前だったようで寝間着に着替えている状態だった。

「イーヴァルディの勇者ぁ? そんな本まで読むの?」

部屋に備えられた小さなテーブルで席につくスパーダの後ろから覗き込むルイズは意外そうに声を上げて驚いていた。

「たまたま目についたのでな。暇潰しだ」

今読んでいる本はこれまで読んでいた実用書ではない。これは言うなれば童話の一種で子供向けの英雄譚である。

始祖ブリミルというこのハルケギニアで信仰されている偉大なメイジの加護を受けた人物が活躍をするというありきたりな内容であり、別にスパーダ自身が興味を惹くような要素は何もない。

文字通りに暇潰しに手に取ってみただけであった。

「そういえば君達は食事の前に始祖ブリミルとやらに祈りを捧げていたな」

「当然でしょ。始祖ブリミルはあたし達が使う魔法をこの世に生み出した、偉大なメイジなんだから」

宗教に関する本はまだ読んでいないが、このハルケギニアではそのブリミルを信仰の対象とするブリミル教というものが布教しているようだ。

元の人間界ではキリスト教を始め、様々な宗教が世界各地で広まっているがここでは基本的にブリミル教のみしか主立った宗教はないらしい。

当然といえば当然だが、祈りを捧げていたルイズ達と違ってスパーダはそんなことはしなかった。

 

「ミス・ヴァリエール。君はモット伯という男を知っているか?」

「モット伯? 彼がどうかしたの?」

「オスマンに会いに行く途中で少しすれ違ったのでな」

突然話を振られたルイズはオスマンの時と同じく彼の説明をし、この学院の近くに領地があることも告げる。

ただ、ルイズからの印象は「いつも偉そうにしていてあまり好きじゃない」というものだった。

「で、彼がどうかしたの?」

「何でもない」

イーヴァルディの勇者の本に目を通したままスパーダの表情は僅かだが険しい。

だが、ルイズはそれに気づかず鏡台に向かって髪をとかし始めていた。

(やはりここでも奴らが現れるな)

モット伯とすれ違った時に感じた気配。

あれは人間が悪魔の標的にされた時に付けられる目印に間違いなかったからだ。

悪魔にマークされた者は、その命と魂を狙われていることを意味する。

人間が邪な心を持ち続ければ、それに惹かれて悪魔達を呼び寄せてしまうのだから。

 

 

 

 

ヴェストリ広場のベンチでスパーダは静かな夜風に当たりながら眠りについていた。

腕を組んだまま背もたれに寄りかかり目を閉じるだけ。

元の人間界でも宿が見つからなければこのような形で一睡するのが常だった。

たとえ宿が取れたとしてもベッドに入るようなことはせず、結局は同じ形で寝ている。

スパーダの就寝は結局の所、外であるか中であるかの違いだけだ。

「……シエスタか」

早朝の時刻になった頃、人の気配を感じてスパーダは声をかけた。

目を開けると、目の前には見覚えのある黒髪の少女の姿がある。

「ミ、ミスタ・スパーダ……」

学院のメイドである彼女は心底驚いた様子でスパーダを見つめていた。

だがすぐにかしこまった態度で突然頭を下げだす。

「この間は本当に申し訳ございませんでした。わたしのせいでご迷惑をおかけして……」

「まだ気にしているのか」

シエスタからの謝罪にスパーダは小さく吐息を漏らす。

あれからシエスタはいつも通りにメイドとしての仕事を務めていた。しかし、スパーダと学院内で顔を見合わせる度に申し訳なさそうに頭を下げてきていたのだ。

元は自分のトラブルに巻き込んでしまったことに引け目を感じ続けているのは明らかだった。ましてやスパーダは部外者とはいえ外国人の貴族である以上、そのプレッシャーは大きいのだろう。

 

「そこにいるのも何だ。座りたければ座るといい」

「でも……」

「私は別に気にはせん。楽にしていろ」

普通、貴族は平民に対して気遣いなどはしないものである。

だがスパーダは平然とシエスタに配慮してくるので、本人は戸惑うばかりだ。

それでも拒否するのは失礼にあたるため、シエスタは一礼しつつ彼の隣に腰を下ろした。

「ギーシュにはもう話はつけてあるから心配はしなくてもいい。奴自身も承知している。奴との決闘自体は私が撒いた種だ。シエスタに責任はない」

重ねてスパーダはシエスタを安心させるべくそう述べた。

だがそれでも彼女は浮かない表情のままで俯いている。

「私に迷惑をかけたからそんな顔をしているのではあるまい」

「え?」

「話すのは君の自由だがな。聞いてやることくらいならできる。独り言を言っていると思えばいい」

スパーダが暗に「悩み事があるなら相談に乗ってやってもいい」と言っていることを察してシエスタは目を丸くした。

どうして自分が悩みを抱えていることが分かったのか、シエスタには不思議でならない。

平民出身とはいえ貴族からこのようなことを持ちかけられることなど初めてなので困惑するばかりだった。

 

「わたし、今日の朝でこの学院を離れることになったんです……」

やがて小さく息をついてシエスタは語りだす。

スパーダは顔色一つ変えず、見向きもしないままシエスタの話に耳を傾けていた。

彼女は昨日、この学院にやってきたジュール・ド・モット伯爵によって引き抜かれ、彼の屋敷の使用人として勤めることになったという。

あの男はこの学院を訪れては給仕の若い少女達に目を付けては屋敷に召し抱えるのを繰り返しているのだそうだ。

そして今回もシエスタが目を付けられたため、学院から異動することになったのである。

「それが嫌なのか」

「モット伯はあんまり良い噂を聞かないんです……何でも引き抜いた子達を夜の相手として囲っているとか……」

「奴らしいな……」

好色な男であるということはスパーダも察してはいる。

何より彼につけられた悪魔の目印もそういった類の邪欲によってもたらされているものだからだ。

数々の〝色欲〟の罪を犯したが故に、彼は魔界の悪魔の標的となっているのである。

 

「彼の元で働きたくないならそう言えばいい」

「そんなの無理ですよ! 貴族に逆らえば、どんな恐ろしい目に遭うか……」

魔法を使えるメイジと、それを使えない平民の絶対的な力関係なのだ。

力を持たざる者は力を持つ者に抗うことは許されない。最悪の場合、待っているのは正真正銘の破滅である。

「力のない平民は、結局は貴族の言いなりになるしかないんです……」

「では君は奴が無理難題を突き付けてきた時でも従うというのか」

冷徹なスパーダの言葉にシエスタは一切顔を向けずにいる彼を見つめだす。

「君は〝人間〟だ。決して命じられるがままとなるだけの人形ではあるまい」

「でも……」

「本当に身の危険を感じたのならば抵抗すればいい。たとえ傷つくことになってもな。メイジでも平民だろうと関係ない、君が〝人間〟として生きている以上は最低限許された権利だ。その権利さえも捨てれば、文字通り君はただの〝人形〟となるだろう」

そこで初めてスパーダはシエスタの方へ顔を僅かに向けていた。

いつもと変わらない冷徹な表情……だが彼に見入られるシエスタは不思議と穏やかな気分でいられた。

 

(わたし……貴族の人とまともに話してる……)

ギーシュに理不尽に責められた時や、モット伯から引き抜きを受ける際に面した時……シエスタは貴族のプレッシャーに圧し潰されてしまいそうだった。

相手はろくに話をしようとせず一方的だったのに、自分の方からシエスタのことを受け入れてくれたスパーダとの会話では不思議とそのような不安や緊張は一切なかったのである。

平民出身であることを抜きにしても、彼と話をしている内に最初こそ燻ぶっていた後ろめたさもいつの間にか消えてしまい、自然と話し合うことができていることが驚いてしまうくらいだ。

一切偉ぶらない異国の貴族は自分達が知るハルケギニアの貴族とは違うことを実感させる。

「本当に奴の元から逃げたくなったら、ここに戻ってくればいい。その時は私が話をつけておいてやる」

「そんな……そこまでスパーダさんにご迷惑をおかけする訳には……あ……」

シエスタは思わず彼を貴族に対する敬称で呼ぶことを忘れてしまい、口をつぐむ。

「呼びたいように呼べばいい」

だがやはりスパーダはまるで意に介さないばかりか、逆にシエスタを気遣っていた。

 

 

シエスタは数時間後に学院へやってきた迎えの馬車に乗って行ってしまった。

昼食後、ギーシュの剣の特訓に付き合ってやったスパーダは今、その馬車が来ていた正門の前に来ている。

「学院の外に出るですって?」

「本を読んだ程度では土地勘も身に着かんのでな。少し散歩でもしてこようと思う」

外出することを告げられてルイズはう~ん、と唸る。

確かにスパーダの言は納得できるものではあった。

本来だったら自分も付いていってあげたい所だが、午後の授業があるのでそういう訳にもいかない。

一人にさせるのは不安だが、この学院周辺程度の散策であれば問題はないはずである。

この辺りには少ないながら民家もあったりするが、特別問題でも起きそうな場所もない。

「あんまり遠くまで行っちゃ駄目よ。夕食の時間までには帰ってきてね」

「努力はしてみよう。ではな」

外出の許可をもらったスパーダはリベリオンと閻魔刀、二振りの愛剣を携えて外へと出て行った。

 

「もう~……ダーリンったら、あたしも誘ってくれれば良かったのにつれないわねえ。歩きなんかじゃなくて、馬で遠乗りしてあげたのに……」

悠然とした歩調で去っていくスパーダの背中を見送っていると、後ろからやってきたキュルケが残念そうに顔を出す。

「なに言ってんの! スパーダは散歩するだけなのよ! だいたい、あたし達は授業があるでしょうが!」

「少しくらいサボったって良いじゃない。でも、ダーリンを一人で行かせて大丈夫? 迷子になったりしないかしら?」

「平気よ。あんまり遠くには行かないように言っておいたから。第一、スパーダは子供でもないのよ。ちょっと散歩する程度で心配する必要ないわ」

「まあ……万が一、追い剥ぎなんかに出くわしてもきっと大丈夫よね。あんなに強いんだし」

むしろスパーダと出会った強盗の方が逆に返り討ちにされてしまうであろうことは容易に想像がつく。

無謀にも彼の行く手を阻んだ命知らずは可哀相だが、相手が悪すぎたということで自業自得でもある。

 

 

こうしてルイズ達も次の授業の準備のために去っていく中、一人正門に残る者がいた。――タバサだ。

遠巻きにスパーダが学院の外に出て行く様子を見送っていた彼女は、午後の授業に出席するつもりはない。

(あの目……)

僅かに目にしたスパーダの瞳に宿っていたのは、まるで獲物を狙う狩人そのもの。

鋭く研ぎ澄まされていた、冷たい瞳。

彼のあの瞳は、決して単なる野暮用によるものではない。彼はこれから、何かをする気なのだ。

それも彼が持つあの剣を使うに違いない。それを自分は見届けなければならない。

彼が何者なのか、本当に彼が悪魔なのか。そして、彼のその身に秘められた力を見極める必要がある。

タバサは強く指笛を吹き、己の使い魔・シルフィードを呼び寄せていた。

「あの男を追って」

「嫌なの! 嫌なの!! あの悪魔、怖いのねー!」

主を乗せて空へ高く浮かび上がったシルフィードはタバサからの命令を激しく拒否する。

しかし、「ご飯抜き」と言われてしまうと渋々だが従わざるを得ない。

魔法学院の近辺は見晴らしの良い平原で、街道を一人歩くスパーダを捉えたまま翼を羽ばたかせていた。

 

 

 

 

学院からモット伯の屋敷まではそれほど遠くはない。

道のりも事前に図書館の地理本を見て大体把握しており、歩きのままでも一時間程度の距離の所に彼の領地はあった。

とはいえ真っ直ぐ目的地に向かわず、ルイズに告げた通り土地勘を身に着けるため少し周辺を散歩しながらであったため、到着する頃には日が暮れてしまっていた。

門の先には広大な庭が広がり、その先に一軒の大きな邸宅が建っている。

(……やはり、匂うな)

表情を険しくしてスパーダは辺りに視線をやった。

この周辺には明らかに、悪魔達の匂いや気配、殺気で充満している。

門に控える二人の衛兵の元へ近づくと、槍を交差させてスパーダの進行を止めた。

「失礼ですが、どちら様になりますか?」

衛兵達はスパーダの見た目が貴族ということもあって丁寧ながらも事務的に応対してくる。

「モット伯に用がある。ここを通してもらおう」

「それだけではお通しするわけにはいきません」

「ご要件をこちらで伺いますが」

衛兵達はスパーダの言葉に困惑するばかりだ。

それはそうだろう。いくら貴族に見えるからと言って、こんな怪しい言動では取り次いでくれもしない。

会って話をする口実でもなければ入ることはできないが……。

 

「それはおかしいな。モット伯には私が今夜来ることは伝えてある。お前達にも話をつけておくと言っていたのだがな。聞いていないのか?」

当然、そんなのはデタラメである。だが彼らにとってはスパーダと主人がどんな間柄なのか分からない以上、貴族同士の個人的な約束事だと信じ込んでしまうものだ。

事実、衛兵達は顔を見合わせて余計に困った顔を浮かべていた。自分達が主人からの命令を聞き逃したのか? そんな様子を見せている。

「と、とりあえずこちらへ……」

悩みつつも衛兵達はスパーダを客人として招くことを選んだ。

下手に追い返してしまうと後で主人が本当に客人を待っていたのを、ふいにしてしまうことになる。しかも自分達が本当に命令を聞き逃していたとなれば処罰されるのは必至である。そうなってからでは遅い。

屋敷に向かって庭を歩き進む中、スパーダはちらりと周囲に視線を流しより表情を険しくさせた。

「待て」

立ち止まり呼びかけてきたスパーダに衛兵達は彼の方を振り向く。

「死にたくなければ、すぐにここから立ち去れ」

「え?」

その冷徹な言葉に衛兵達は意味が分からないとばかりに怪訝な顔を浮かべだす。

 

「……ぎゃあっ!?」

突然、衛兵の一人が悲鳴を上げた。

「ど、どうした――」

もう一人がそちらを向くと衛兵の胸から鋭い刃が突き出ており、大量の血が飛び散っていた。

その背後にはいつの間にか巨大な鎌を手にし、血に塗れた赤茶けた衣を纏う死神のような化け物が立っていたのだ。

それも一体ではない。十にも昇る数の化け物達が次々と夜の闇の中から姿を現していた。

「ひ、ひぃっ!?」

衛兵が腰を抜かす中、飛び上がった死神がその衛兵に向かって大鎌を振り下ろそうとする。

『ギャアッ!』

ドスッ、ドスッという杭を打つような鋭い音と共に、赤黒く禍々しいオーラが溢れ出る数本の剣が死神を貫いていた。

死神は空中で弾け、辺りに砂を撒き散らす。

「さっさと逃げろ。死にたくなければな」

スパーダの冷たい一言に衛兵は悲鳴を上げながら逃げていったが……。

「わあああああっ……!」

直後、背後でけたたましい絶叫が響き渡る。肉を斬り裂く生々しい音と共に。

 

『スパーダ――』

 

『スパーダ――』

 

『スパーダ――』

 

死神達はスパーダを取り囲み、殺意と憎悪に満ちたおぞましい呪詛を呟く。

色欲の罪を犯して死んだ人間を地獄で責め続ける、下級の悪魔にして魔界の住人、ヘル=ラスト。

力は大したことはないが、それでも悪魔である以上は常人では立ち向かうこともできない力を持つ。

 

『スパーダ――』

 

『スパーダ――』

 

『スパーダ――』

 

相変わらず怨嗟の声を発し続けるヘル=ラストが一斉に突進し、大鎌で斬りつけようとしてきた。

スパーダは身構えようともせず、その場に立ち尽くしたままだったが――

 

――ギャアッ!

 

透けるようにして現れ、スパーダの周りを高速で旋回する八本の赤黒い魔力の剣――幻影剣。

突っ込んできたヘル=ラストを次々と切り刻んでいき、それでも死ななかった奴には全ての幻影剣を真上に配置させ、上空から串刺しにしてやった。

幻影剣が砕け散ると同時、虚空を突き破り、または周囲の地面が盛り上がり、更なるヘル=ラスト達が姿を現す。

スパーダは背負っていたリベリオンに手を伸ばそうとした。

 

『ギャアッ!』

突如、上空から飛来してくる、無数の鋭い氷の槍が次々とヘル=ラストを貫いていった。

(来たか)

スパーダはその光景に驚く様子はなく、むしろこうなると分かっていたような涼しい顔だ。

ここへ来るまでの道中も感じ取っていた、雪風のように冷たい魔力の波動。

ふと空を見上げると、二つの月の光をシルエットに、高々度より頭から急降下してくる少女の姿があった。

少女が手にする大きな杖の先から次々と氷の槍が作り出され、ヘル=ラスト達に向けて放たれていく。

成す術もなく次々と屠られていくヘル=ラスト達の姿に、スパーダはリベリオンを手にしようとしていた手を下ろして嘆息を漏らす。

 

やがて、地上までかなり近づいてきた所で少女の降下速度がゆっくりとなっていき、そのまま地上へふわりとした動作で緩やかに着地した。

「君か」

スパーダの目の前に現れたのは、まぎれもなく学院の生徒であるタバサであった。

タバサはスパーダの傍まで寄ってくると、砂となって消えていくヘル=ラスト達を見回して怪訝そうにしていた。

「これは……何?」

「見ての通り、悪魔という奴だ。見るのは初めてか」

タバサは無言のままこくりと頷く。心なしか、無表情なその顔の裏側に微かな嫌悪を感じ取る。

「何の用で来た? 私はこれからこの屋敷に用があるのだが」

スパーダの言葉にタバサは杖を手に身構えた。

周囲には再び、ヘル=ラスト達が姿を現していたからだ。

「手伝う」

「奴らは冷酷で残忍だ。決して簡単な仕事ではない。やれるか?」

タバサに念を押すように声をかけると、またも無言のまま頷いていた。

スパーダは微かに口端に笑みをこぼし、呟く。

「ならば好きにするがいい。責任は自分で取れ」

飛び掛ってくるヘル=ラスト達に次々と幻影剣を放っていくスパーダ。

タバサも呪文を一瞬にして唱え、ウィンディ・アイシクルによる氷の矢を放ち、ヘル=ラスト達を迎撃していく。

ヘル=ラスト達の数を減らし、道が開くとスパーダは屋敷に向かって疾走していき、タバサもそのすぐ後ろをついてくる。

 

次々と湧くヘル=ラスト達をリベリオンを振るって葬っていく。

屋敷へと近づくにつれ、その中から数々の悲鳴が上がっているのがはっきりと聞こえてきた。

奴らはすでに内部にも入り込んでいるらしい。モット伯の魔力も感じられる。

どうやら、彼も奴らを相手に戦っているようだ。何しろ奴らの狙いはモット伯自身なのだから。

 

そしてそのすぐ近く――シエスタから感じられた悪魔の気配が、今度ははっきりと感じられていた。

〝腰抜け〟や〝出来損ない〟と呼ばれ、大した力も無い下級悪魔達からも蔑まれていた同胞。

悪魔でありながら、人間のような心を持っていた男を。

 

作品の良かったところはどこですか?

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  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
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