魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
Mission 39 <青き霊石-エリキサ>
〝タルブ戦役〟――またの名を〝黒き日の混沌〟と、その戦いは呼ばれている。
ブリミル暦6242年、ウルの月の30日――
帝政ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世とトリステイン王国王女、アンリエッタとの結婚式を三日後に控えていたその日、未だかつてない恐るべき事件が到来した。
一ヶ月前、ゲルマニア・トリステイン両国の軍事同盟の締結とほぼ同時に新生アルビオン共和国より打診され、締結されたはずの不可侵条約。
結婚式に国賓として出席するためにアルビオン共和国から親善訪問にやってきたアルビオン艦隊を出迎えるため、旗艦メルカトール号を筆頭としたトリステイン艦隊はラ・ロシェールへと赴いた。
ところが、アルビオン艦隊は卑劣な騙まし討ちを用いることでトリステイン艦隊を全滅させ、さらにはトリステイン王国に対して宣戦布告をしてきたのだ。
不可侵条約を無視し、一方的に侵攻してきたアルビオン軍はタルブをその日の内に占領。領主であったアストン伯は戦死する。
翌日、トリステイン軍は王女アンリエッタを筆頭に2000の兵を率いてタルブの草原にて敵軍を迎え撃った。
両軍の戦力と戦況は明らかにアルビオン側の方が有利であり、戦争の準備が整っていなかったトリステイン軍は圧倒的に不利であった。
しかし、トリステイン軍はアルビオン軍からの容赦のない猛攻に対して意外な奮戦を見せることとなる。
タルブの地に降り立ったアルビオンの兵達を嵌めた罠、浮き足立つ敗残兵を蹴散らしていく物言わぬ土塊の巨兵。
空から戦艦と共に襲い来る竜騎士達からトリステイン軍を守るように飛び交う一頭の風竜、その背に乗る数人のメイジ達。
思いもよらぬ助勢によってトリステイン軍は地上の敵軍を返り討ちにし、アルビオン艦隊に対する徹底抗戦を始めたのである。
そして、天と地の睨み合いが続いていた中、更なる脅威は幕を開けることとなる。
ウルの月の31日――その日は月に一度、二つの月が重なるスヴェルであり、十数年ぶりにハルケギニアに訪れる日食の日だった。
暗黒の闇が太陽を喰らい尽くしたその時、それは突如巻き起こったのだ。
タルブの空を覆い尽くし渦巻く暗雲、その暗雲の中に生じた歪み。
その歪みの空間をまるでガラスの壁を砕き、突き破るようにして開けられたのは、巨大な穴だった。
あまりに異様な現象と共に姿を現したのは、この世のものとも思えぬ恐るべき異形の者達。
ハルケギニアではない異界より激流のごとき勢いで、次々に押し寄せてきた魔の眷族。
オーク鬼のような亜人など比べ物にならないほどに醜悪で恐ろしい悪魔達が何千、何万という膨大な大群を成してタルブの地を覆い尽くしたのだ。
血に飢えた悪魔達はトリステイン軍を――いや、タルブの地に存在する生きとし生ける者全ての命を狩り、喰らい尽くそうと牙を剥いてきた。
その異形の大群を率いていたのは巨大な悪魔。
新生アルビオン共和国皇帝、オリバー・クロムウェルが崇拝し、契約を結んだという屈強なる破壊の権化。
指先一つでタルブの地を焼き払いかねない強大な力を持って、自ら率いる無限の兵達と共にハルケギニアに破壊と殺戮を招いていたのだ。
6000年もの年月の間、英知を兼ね、万物の霊長としてこのハルケギニアに君臨していたはずのメイジ達は、その強大な闇を統べる破壊者に成す術が無かった。
だが、奇跡は起こった――
ハルケギニアを包む闇を払うがために偉大なる始祖ブリミルは人間達に光を、祝福をもたらした。
『始祖ブリミルの使い魔、ヴィンダールヴが従えたる伝説の幻獣』
『大地に降臨せし勇猛なる獣達は、その強大なる力をもって、魔の眷族達を迎え撃たん』
『闇を払いし奇跡の光』
『混沌の魔域と化した天空の海原に広がりし大いなる光は、幾万もの異形の兵達を滅するものなり』
『紅蓮の衣を纏いし者は、始祖の加護を受け、剣を携え降臨せし勇者』
『しぶとくも奇跡の光を退けし、強大なる混沌と闇の支配者を、紅蓮と漆黒の魔刃で打ち破らん』
トリステイン軍の勝利、そして恐るべき魔の侵略者達の滅びと共に、全ての幕は閉じた。
ブリミル暦が始まって以来のこの壮絶な戦いは、ハルケギニアの歴史に新たなる伝説として永遠に刻まれることとなる。
◆
タルブでの戦いから既に五日もの時が過ぎていた。
その日、王都トリスタニアでは賑々しい催しが城下町で執り行われている。
それは先日行われた、タルブ戦役の戦勝記念のパレードであった。
ブルドンネ街の街路を進む行列はユニコーンに引かれたアンリエッタ王女の馬車を先頭にし、後続には高名な貴族達の馬車が、さらにその周りを幻獣に跨る魔法衛士隊が警護を務める。
「アンリエッタ王女万歳!」
「トリステイン万歳!」
街路沿いには市民達が詰めかけ、観衆達は口々に凱旋の一行に熱狂的な歓声を投げかけていた。
何しろ、アンリエッタ王女が率いたトリステイン軍は不可侵条約を無視して侵攻してきたアルビオン軍を打ち破ったのだから。
アルビオン軍に数で劣っていた挙句、戦況は圧倒的に不利であったにも関わらず強大な敵軍を返り討ちにしたアンリエッタは〝聖女〟と崇められ、その人気はうなぎ上り――まさに絶頂の極みである。
この戦勝記念パレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。
即ち、この数年間空位であったトリステイン王国に新たなる王が誕生することとなるのだ。
女王の即位はハルケギニアではあまり例が無いが、トリステインでは過去に二例だけだが女王の即位があった。アンリエッタは三人目のトリステインの女王ということになる。
本来ならば数日前にゲルマニアの皇帝に嫁ぎ、結婚式を挙げるはずだったものの、この一件で婚約は解消となった。
軍事同盟の締結に伴い歴史ある国家であるトリステインを取り込むはずだったのだが、一国で敵を打ち破ってみせた以上はゲルマニアも強気な態度で出られるはずもない。
渋々婚約解消は受け入れられ、おまけに同盟も以後も続くこととなるのだ。
タルブ戦役で唯一敵軍の生存者達が搭乗していた戦艦レキシントン号はタルブに墜落後、トリステイン軍に完全に包囲された。
搭乗者達は完全に降伏し、トリステイン軍の捕虜となった。
艦こそ炎上してしまったものの、奇跡的に死者はゼロであったという。
炎上大破と墜落の衝撃が原因で重軽傷者こそかなりの数だったが。
そうして戦勝で沸き続けるトリスタニアとは真逆で、魔法学院は戦時であろうが何であろうがその日常は変わらない。
所詮は学び舎である以上、政治や戦争とは無縁なのだ。特にこれと言って特別な催しなどは行われない。
一応、トリステイン王軍勝利の祝辞こそ学院長のオスマンより告げられてはいたのだが。
だがタルブ戦役を、魔界の侵略を生き残ったルイズ達はようやく平和な日常へと戻ってくることができた。
この平穏な日常こそ、今の彼女らには必要なものなのである。
かつては〝土くれのフーケ〟と呼ばれていたメイジの怪盗、マチルダも傷だらけになりつつもティファニアに己の生還を伝え、いつもの魔法学院の秘書ロングビルとしての生活へと戻っていた。
今日はアンリエッタ王女の戦勝パレードをティファニアと共に見届けるため、外出中だ。
魔界の羅王アビゲイルを打ち倒し、地獄門も破壊した伝説の魔剣士スパーダは何事も無かったかのように、寡黙な異国の貴族として過ごすのを再開し始める。
図らずも共に混沌の紛争を戦うことになった四体の同胞達は魔具へと戻り、またスパーダの魔力の一部となって静まっていた。
当然、魔界から回収してきた自らの力の化身にして分身であるフォースエッジも持ち帰っている。
「おお、見事な水晶だ。これを今から、例の〝哲学者の卵〟というものにするのだね?」
「ああ。第三工程はこれで終了だ」
コルベールが感嘆の声を上げ、スパーダは生返事をする。
時間は午後の三時過ぎ。この日のスパーダは、魔法学院内に建てられたコルベールの研究室に入り浸っていた。
本塔と火の塔の一画に挟まれた場所にある小さな掘っ立て小屋、そこが教師コルベールの研究室である。
何でも以前は自室で研究をしていたのだが、騒音と異臭が原因で隣人から苦情が入り、ここに移したのだとか。
しかし、設備自体は充実しており、試験管から天秤などと実験器具は多く取り揃えられている。
傍から見ればこんな怪しげな部屋になど足を踏み入れたくもないことだろう。
スパーダはその研究室に備えられた大机の前に立ち、自分が行っている作業に集中している。
机の上に広げられた一枚の大きな羊皮紙。そこには奇妙な図形が一面に刻まれていた。
見たことのない言語の羅列が細い間に小さく敷き詰められるように刻まれた二つの円が外縁となり、その内側には二つの正方形が重ねられ一方が角度を45度に傾けられ、八つの頂点が方角を示す。
その正方形に囲まれた最内縁部には最外縁部と同じ二つの円と文字の羅列が小さくなって収められている。
以前よりスパーダから異邦の錬金術の教授を受けていたコルベールは、この魔法円が錬金術の儀式で用いられるものの一つであることを知っていた。
北、東、西を示す頂点部分には実験用の三脚台が立てられ、その上に置かれた火皿には青白い炎が灯されている。
そして、図形の中心には真鍮製の杯が置かれ、その中には大人の握り拳ほどの大きさをした無色透明の水晶の塊が収まっていた。
「ううむ……しかし、君の所の錬金術とやらは実に素晴らしいものだな。元がただの砂の山とは思えんよ。
スクウェアのメイジが黄金を錬金したとしても、どうしても不純物が混じってしまうし、ましてやこれほどの大きさにまで錬金するとなると数人がかりでなければ不可能だ」
コルベールはたった今、スパーダが錬金術で生成してみせた水晶を手に取り、唸りだす。
杯の底には今の錬金の過程で廃棄物となった灰が溜まっていた。
「それで、君の言うエリキサという霊石が出来るまでにあとどれくらいの工程が必要なのだね?」
「これからそいつを哲学者の卵に練成する。その次が最終工程だ」
答えながらスパーダは杯の灰を廃棄用の壷に捨て、三脚台の配置を変えていく。
「ハルケギニアにも賢者の石の伝承はあるのだよ。始祖ブリミルが神から携わったとか、ブリミル自身が作ってみせたとか色々ね。実際にあったのかどうかは正直微妙な所だが……。不老不死の源になると言われていて、昔はアカデミーで一時期研究もされていたそうだ。まあ、十年ほどで打ち切られたらしいがね」
「そうか」
大して興味がなさそうにスパーダは返事をする。淡々と、次の作業工程の準備に取り掛かっていた。
「しかし、異邦のとはいえ賢者の石が実際に見られるとは! 知的好奇心が刺激されるものだ!」
「あくまでそう勝手に呼ばれているだけに過ぎん。別に不老不死になるわけでもない。ただ、霊的な魔力が強い魔石というだけだ」
子供のように興奮し、はしゃいでいるコルベールとは裏腹にスパーダは冷徹な態度を変えずに答える。
そもそも人間界における賢者の石の形態など、名称も含めて何種類も存在するのだ。
ただの石のようであったり、血の滴るルビーのような赤色であったり、はたまた黒曜石のようであったり――
だがどの形態であろうと、石に秘められし魔力は人智を超えた神秘的、または幻妖なものばかりなのである。
スパーダがこれから作ろうとしている〝エリキサ〟も賢者の石の形態の一つと言えるだろう。
そうしてコルベールと談義を交わしつつスパーダは錬金術を執り行っている中、扉がコンコンとノックされる。
「どうぞ」
コルベールは来訪者に声をかけて入室を促した。
「スパーダ。まだ終わらないの? ギーシュ達も退屈そうよ?」
研究室の扉が開けられ、姿を現したのはルイズであった。
「基本は全て教え込んである。ギーシュを筆頭にして自主的にやっていれば良い。明日にはこちらも終わる」
「まだそんなにかかるの!?」
スパーダからの返答にルイズは驚愕の声を上げる。
それもそのはず、彼はルイズ達と共にタルブから戻ってきた翌日からずっとこの研究室に入り浸りとなっており、ギーシュ達の訓練も数日間行われていなかった。
「例の時空神像ってやつを使えば良いじゃない。あれなら一発で作れるんじゃないの」
「あれでは大雑把な調整しかできん。より正確な調整で結果をもたらすには自力でやるしかない。故に手が外せん」
スパーダがバイタルスターなどを作る時に不明瞭な頼みごとしかしないのもそのためである。
コルベールの研究室を借りることになったのも、錬金術に必要な設備や機材などが揃っているからこそであった。
「そういうわけなんだ、ミス・ヴァリエール。良かったら、ミス・タバサと一緒に見学をしていくかい?」
スパーダが錬金術を執り行う机の反対側では椅子に腰掛け沈黙しているタバサの姿があった。
彼女は食事の時以外はこうしてここに訪れ、持参した本を読みつつスパーダが行う錬金術の実演を観察していたのだ。
「いえ、いいです。……良い? 明日にはちゃんと終わらせてよね。あたし、スパーダに相談したいことがいっぱいあるんだから」
「ああ。善処する」
実験に集中している中、ずっと生返事ばかり返すスパーダ。先日もこうだった。
一体、彼はここで何を作ろうとしているのか……。そして、何のためにコルベールも興味津々な錬金術を行っているのだろう。
やきもきとするルイズは肩を微かに震わせながら、う~と唸っている。
(あたし、伝説の虚無の系統かもしれないのに……スパーダにしか相談できそうにないのに……)
一人でこの問題を抱えているだけでも不安なのだから、父親のように頼りになるスパーダに是非相談に乗ってもらいたい。
ましてや彼は様々な知識などに精通した伝説の悪魔なのだ。
今の所、自分が〝虚無〟であることは誰も知らない。自分が唱えたあの〝エクスプロージョン〟は奇跡だなどと城下や王軍では片付けられてしまっているようだが、そんな曖昧なことだけで済まされるはずもない。
いずれ王宮にバレることは間違いないのだ。その時、自分はどうすれば良いのか……。
一緒にいたキュルケやタバサはあれから何も聞いてこないものの、やはり気が気でならないのだ。
今すぐにでも相談に乗って欲しい非常事態なのに、あろうことかスパーダはルイズを放って実験に明け暮れてしまっている。
結局、不満げな態度を隠さなかったルイズは八つ当たり気味にスパーダにきつい突っ込みを入れることになってしまう。
「っていうか、あなたずっとそんな髪のままにしてるつもりなの? さっさと直しなさいよ」
スパーダはタルブでの戦いで乱れ、前に垂れてしまった髪をそのままにしたままだったのだ。
誰にも指摘されてはいなかったのでスパーダは気にはしていなかったが、そのルイズの指摘にピタリと作業の手を止めると左手で髪を後ろに掻き上げる。
あっという間に普段の見慣れたオールバックの髪型へと戻していた。
◆
ルイズがコルベールの研究室を後にして数分後、準備が整いいざ次の工程に移ろうとする中、新たな客人が姿を見せていた。
「皆様、お疲れ様です」
学院のメイドであるシエスタであった。
昨日戻ってきて仕事に復帰した彼女はスパーダがここで実験をしていると他の給仕達から聞いており、食事などを持ってくるようになっていたのだ。
シエスタが抱えるトレーの上には三人分のストロベリーサンデーにポットとカップが置かれていた。
「おお、悪いね。スパーダ君、どうだね? 少し休憩にしては」
「Of Course.(いいだろう)」
ティータイムのストロベリーサンデー。決して悪くはないはずだ。
一旦作業を中断したスパーダにコルベール、そしてタバサの三人はシエスタ自慢のデザートを食することになる。
スパーダとしては何度も食しているため、馴染みのある味であった。
「ほう。これは中々……」
「甘い」
一口食してみたコルベールは嘆息を漏らし、タバサもぽつりとコメントを呟いた。
「初めて食べる割にはいける味だな。これは君が作ったのかね。ええと……シエスタ君と言ったかな?」
「はい。スパーダさんもお気に召されています」
「ははっ、スパーダ君がまさか甘党とは……意外なものだね」
見ればスパーダは黙々とスプーンを手に、ストロベリーサンデーを口に運んでいく。無表情ではあるが、とても満足気のようにも見えていた。
スパーダは一見すればどこか近寄りがたい雰囲気と威厳を纏った男なのだが、つっけんどんながら女子供には優しい一面もある。
多くの教師達は彼を異国から流れてきた余所者としか見ておらず敵愾心しか抱いていないようだが、コルベールは聡明な彼が気に入っていた。
そんな男の意外な嗜好の判明にコルベールは更なる好印象を抱いていた。
もっと若い頃に彼と出会っていれば、自分は初めからこうして誰かのために役立てるような研究に勤しめたのだろうかという想像を描いて。
「そういえばスパーダさん。今朝、両親から手紙が届いたんです。スパーダさんが教えてくれた例の光る石、ゲルマニアの行商や貴族が買い取ってくれるそうで」
「ならばタルブ復興の資金は問題ないというわけだな」
「はい。スパーダさんのおかげです」
シエスタは嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いた。
先日、タルブの地獄門を破壊した後、スパーダ達は廃墟となったタルブの村へ戻っていた村人達の様子を見に行ったのだ。
自分達が住んでいた村はおろか田畑も焼き払われ、村人達は茫然自失していた。これからどうすれば良いのか途方に暮れているようであった。
タルブの領主であったアストン伯が戦死してしまった以上、村を元通りに復興するのは容易ではない。それどころか村人達がまともに生活することさえ間々ならないのだ。
国からは何かしらの援助が出るだろうが、村人達も出来る限り自分達で今後のやり繰りを何とかしなければならないのである。
そんな中、タルブの周辺を日が暮れるまで歩き回っていたスパーダはある物を見つけていた。
それはアビゲイルのハルケギニア侵攻の際、魔界から流れ込みタルブ中に散らばった魔界の石の破片である。
何の変哲もないただの石であったはずだが、スパーダはこれをタルブ復興のために役立てるよう村人達に助言をしてやった。
魔界の全ての物質は当然、魔界の瘴気に晒されているために穢れきっているのだが、魔界の瘴気が満ちていない別世界の空気に触れていれば徐々に浄化されていき、物質の性質は変化するのである。
タルブ中に散らばった魔界の石はハルケギニアの空気によって浄化されることで、夜間などの暗所では自ら光を放射する特性を持つようになったのである。
これは人間界で浄化された時と同じであり、〝魔光石〟と呼ばれる石に変異したのだ。
火を使わずに明かりとして利用するのには最適なその石は物好きな好事家や商人、貴族などには希少なレアメタルやマジックアイテムとして売れるだろう。
そう判断したスパーダは村人達に石を売ることで復興資金を調達するよう提案したのだ。
しかし、タルブという田舎には行商などは滅多に来ないし、かと言って他の町へ行って宣伝したりする暇もない……。
そこで助け船を出してくれたのはキュルケであった。
一度キュルケの実家であるゲルマニアのツェルプストー家が魔光石をいくつか買い取り、タルブに貴重な石が存在することを広めることでタルブの村に行商人が訪れるようにしてくれたのだ。
魔界から流れ込んできた石はその全てが魔光石となる。浄化されきっていないものもあるが、採集されるその数はかなりのものとなるに違いない。
ましてやスパーダがアビゲイルと戦った際に足場にしていたような巨大な瓦礫であれば大きさも相当なものとなる。加工して調整することも可能だ。
「君の故郷はタルブなのかね? ……今度の戦争では辛い目に遭っただろうが、気を落としてはいけないよ」
物憂げな表情を浮かべるコルベールがシエスタを案じる。
「はい……。でも、スパーダさん達のおかげでわたし達は救われました。色々と、本当にお世話になりました」
シエスタはぺこりとおじぎをし、スパーダに対する感謝の言葉を口にする。
「スパーダ君はタルブでの戦争に行ったのか? 何故また、タルブへ……」
「野暮用だ。たまたま巻き込まれただけに過ぎん」
ストロベリーサンデーを口に運びながらスパーダは言葉を返した。
タバサはマントの裏から取り出した小さな石を掌の上で転がし、じっと見つめる。
今はまだ明るいためにただの石でしかない魔光石。これが夜になれば、メイジのコモン・マジック〝灯り〟と同じ効果を発揮するのだ。
スパーダもいくつか持ち帰っていたこの石は連日の実験で夜になった際に明かりとして実際に用いている。
それを見たコルベールは試料として少し分けて欲しいと頼んできたので、スパーダはその要求に応えていた。
◆
霊石エリキサを生成する錬金術が始まって三日と半日が経過しようとしている。
とっくの昔に日は沈んでおり、今頃食堂では夕食の時間となっているのだろうが、スパーダとコルベールは研究室に篭りっぱなしだ。
さすがにタバサは食事のために一度席を外していたが、二人の夕食を持ってきてくれたシエスタを連れてすぐに戻ってきた。
魔光石がテーブルの上で淡い光を放っており、研究室には光が灯されている。蝋燭に灯される火の明かりなどとは異なり熱も発さない。
北東、北西、南西、南東――魔法円の四方に新たに配置された四つの炎は中心に置かれた杯に向かって静かに渦巻くように集まり、大きな炎を作り出す。
「もう三分だな」
スパーダはその青白い炎を見つめて呟く。その冷徹な眼とモノクルに映る炎の中には褐色をした大きな楕円状の石がじっくりと炎で熱せられている。
数十分前までは透き通るような水晶だった塊は錬金術によって、凹凸もなく大理石の質感に近い、鉱石とも金属ともどこか異なる不思議な物質へと姿を変えていた。
文字通り卵そのものである錬金術の素材、〝哲学者の卵〟が熱せられ始めてからもうすぐ30分が経とうとしている。
その間、哲学者の卵に変化は一切見られない。
三人はただじっと熱せられ続ける卵を見守り続けていたが、やがて三分が過ぎると初めて変化が起こり始めた。
それまで炎で熱せられていた卵の表面が発光しだし、崩れていくのだ。崩れて小さくなっていく卵は徐々にその形を全く別のものへと変えていった。
「よし、終わりだ」
スパーダの合図と共に杯に集まっていった炎はその動きを止めて火皿へと戻り、卵を熱し続けていた大きな炎は治まっていた。
杯の中には哲学者の卵よりさらに小さくなった、青白い輝きを放つ石の塊が入っている。
スパーダはその石を取り出し、まじまじと見つめる。
(魔力の純度と霊力の強さも申し分ない。これならば器に最適だな)
「おお! これが賢者の石、エリキサなのだね!?」
コルベールはスパーダが手にする霊石エリキサに食いつき、興奮している。
ディテクト・マジックをかけずともトライアングルのメイジであるコルベールとタバサはこの石からはっきりと強い不思議な魔力を感じ取っていた。
「ああ。今回の錬金術はやり方次第で他の物質を練成させることもできる。風石なり、火石なりな」
「うむ。参考になるな……。私も今度、自分で試してみるとしよう! この紙はもらっても良いのだね?」
コルベールは今回、スパーダが錬金術のために使用した魔法円の描かれた羊皮紙を指す。
もちろん、今のスパーダには無用の長物。その気になればいつでも作れる。くれてやっても構わない。
「世話になったな、コルベール。感謝する」
「何の何の! また実験に必要な時が来れば、いつでも声をかけてくれたまえ。喜んで我が研究設備を提供しよう!」
数日に渡る錬金術は終了し、スパーダはタバサを引き連れてコルベールの研究室を後にした。
約束通り、女子寮のルイズの部屋に戻ることにする。相談事があるということだが……。
「それは何に使うの」
スパーダが掌で弄ぶ霊石エリキサを横からじっと興味深そうに覗き込んでいたタバサはそう尋ねる。
彼が何の目的も無しにこのような代物を作ったとはタバサには思えなかった。
「色々だ。これは足掛かりに過ぎん」
言いながら、スパーダは己の左手の甲を見やる。
スパーダの力の化身であるフォースエッジを再び手にすることにより、まだ完全に解放こそしてはいないがかなりの力を取り戻している。
そのため、左手に刻まれているガンダールヴのルーンは完全にスパーダに対する影響力を失っていた。
伝説によればこのルーンを刻まれた者はあらゆる武器を使いこなす特殊能力が与えられるとされるようだが、スパーダには何の効果ももたらさない。
それはスパーダがルーンの力を拒絶しているからに他ならない。使い魔を服従し洗脳する能力があるようだが、スパーダを服従させるには力の差が大きすぎるのだ。
スパーダにとっては正直邪魔であり、宝の持ち腐れも良い所だ。自分などがこの力を持っているより別の相手が持っている方が役立てられるというものだ。
では誰に力を使わせ、共にルイズを守るか。その相手はもう決めてある。
(お前達には新しい器を用意してやる)
今回、エリキサの霊石を作ったのもそれが理由だった。
そのための新たな工程として、あの時空神像を使うのである。
作品の良かったところはどこですか?
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