魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 41 <旧い貴族、異邦の貴族>

 

 

その日、トリスタニアの王宮ではとある催しが執り行われている。

謁見の間には宮廷の大臣から魔法衛士隊の隊員まで、様々な貴族達が立席し、これから行われる儀式を見届けるのだ。

だが、そのほとんどが顔にははっきりとはさせないものの、明らかに不満の色を滲ませている。

貴族達はこれからトリステインでは前例のない儀式に参列せねばならないことにつまらなそうであった。

玉座には新たなるトリステインの王となったアンリエッタが凛然と佇み、傍らでは枢機卿マザリーニと侍従の女官が一人控えている。

女王の前で一人恭しく跪くのは、短い金髪の女剣士であった。

凛々しさの中に、女とは思えぬほどの苛烈な雰囲気を纏ったその剣士は鎖帷子に身を包むというこの王宮では珍しい物々しい身なりをし、傍らの床には愛用している竜の意匠が施された大剣が置かれている。

周りの貴族や魔法衛士隊の隊員達は魔法を操る貴族を象徴とする〝杖〟ではなく、卑しい平民の武器である〝剣〟を目にして憮然としていた。

 

アンリエッタ女王が頭を垂らしたままの女剣士の前まで歩み寄り、手にする王家の杖をその肩に乗せる。

「我、トリステイン女王アンリエッタ。この者に祝福と騎士たる資格を与えんとす。

高潔なる魂の持ち主よ、比類なき勇を誇る者よ、並ぶ者なき勲し者よ、始祖と我と祖国に変わらぬ忠誠を誓いますか?」

「誓います」

王の威厳が込められた詔がアンリエッタの口から吐き出され、女剣士は誓約の言葉を呟く。

「始祖ブリミルの御名において、汝を〝騎士(シュヴァリエ)〟に叙する」

アンリエッタが女剣士の右肩を二度そっと叩き、さらに左肩も同じように叩く。

そして、アンリエッタは控えていた女官より白いマントを受け取り、立ち上がった女剣士の肩へとかける。

彼女はメイジでこそないが、その高潔な風格はまさしく騎士に相応しい気高さで満ちている。

王家の印である百合をあしらった紋章が描かれたそのマント――それを羽織った彼女は今、騎士という、最下級ながらも名実共に貴族となった証であった。

さらに、手にしている洗練された造りの大剣――魔剣アラストルが、より一層彼女を際立たせていた。

 

トリステインでは本来、平民が最下級の騎士――シュヴァリエであろうと、貴族になることなどあり得ない。

実際、法律でも平民が公職に就くことが禁じられているのである。

シュヴァリエの称号は国家に対して多大な貢献を示し、大功があった者に与えられる名誉ある称号だ。

個人の純粋な実力と実績が評価されることで初めて叙される証であるため、上位の爵位とは違い世襲はもちろんのこと、金で手に入れることも不可能である。

本来は従軍する貴族にのみ与えられるのがトリステインでのしきたりなのであるが、たった今その称号を与えられた女剣士アニエスは紛うことなき平民なのだ。

異例中の異例なのであるが、このアニエスがもしも平民ではなく貴族として生まれていたのであれば、誰も文句を言わずそれを得るに相応しい手柄を挙げているのも事実である。

実際、彼女はその武勲と力が評価されることでこうして騎士の称号を得るに至ったのだから。

 

「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン殿。あなたとあなたの率いた隊はタルブでの戦いにおいて力を示し、トリステインに大きな貢献と忠誠を示してくれました」

真っ直ぐと目の前の女騎士を見つめて顔を僅かに綻ばせるアンリエッタ。

アニエスは胸に手を添え深く一礼する。

控えていたマザリーニより一枚の羊皮紙を受け取ったアンリエッタは、それをアニエスへと差し出した。

トリステイン王室の百合紋花が押されたその紙にははっきりとこう記されている。

 

〝近衛騎士隊隊長任命状〟

 

「本日より貴殿の率いる隊をもって我がトリステインの近衛騎士隊――〝銃士隊〟を新たに結成し、貴殿をその隊長に任命致します。今後とも、トリステインの力となってくれることを期待しております」

任命状を受け取ったアニエスは再び恭しく首肯していた。

「このような大任を預かり、光栄にございます。……このアニエス、トリステインと女王陛下に一身を捧げることを誓います」

毅然としたアニエスの宣誓にアンリエッタは満足そうに小さく頷いた。

 

 

叙勲の儀と就任式は終わりを告げ、女剣士アニエスは騎士の称号を授かり、更には近衛の隊長という出世を果たしたのだ。

平民の出、しかも女が女王陛下から叙勲を受けて騎士になるなどまさに前代未聞なのである。

周りの貴族達は栄誉ある儀式を受けたアニエスに対して密かに無遠慮な視線を投げかけている。

「平民の女風情が生意気な……」

「下賎ななりでこれから宮廷を歩くことになるかと思うと、気が気でなりませんよ……」

「知っておりますかな? あの粉挽き女(ラ・ミラン)は新教徒という話ですぞ」

「何と……それは真ですか? そのような害虫を騎士に叙しただけでなく、近衛に取り立てるなど……陛下は何を考えておいでなのか……」

ひそひそと貴族達はたった今騎士となったアニエスに対する不平や不満、中傷を囁きあっていた。

「魔法も使えぬ平民ごときが、我らと同等だと?」

「あんな女だけの部隊が役に立つというのか?」

魔法衛士隊の隊員の多くもアニエスがシュヴァリエの称号を得たことがつまらない様子である。

彼らはタルブ戦役で共にアルビオンと悪魔の軍勢を相手に戦っていたにも関わらず、その力を認めようとはしていない。

もちろん、他の多くの大臣や官僚達も同じ思いだ。

如何に輝かしい戦果と功績を立てようとも所詮はメイジではない平民。しかも女なのである。

魔法こそが至上と考える者達が自分達と同じ力を持たぬ者、異なる力を持つ者を侮り嫌悪するのは当然と言えた。

 

「平民ごときが調子に乗って出しゃばるとは……全く、己の分を弁えておりませぬな」

「……それもこれも、全て奴が現れたからですよ」

苦い顔を浮かべていた貴族達の一部が視線をそれまで侮蔑の眼差しで見ていたアニエスから全く別の場所へと移していた。

謁見の間の扉の横、自分達トリステイン貴族が参列しているのとは外れた場所の壁に一人の男が腕を組んだまま寄りかかっている。

濃い紫のコートを身に纏った銀髪の男も貴族の出で立ちをしており、涼しい表情のままアニエスの叙勲と就任を見届けていた。

傍らには魔法学院の生徒、ラ・ヴァリエール公爵家の三女が控えて同じように見つめている。

貴族達はその銀髪の貴族を敵意のこもった眼差しで睨みつけていた。

「東方から流れてきた余所者め……」

「ロマリアから来た鳥の骨が国を牛耳っていたと思ったら、今度は流れ者の没落貴族が生意気にも陛下に取り入るなど……実に嘆かわしい」

憮然と小さく鼻を鳴らし、隠そうともしない敵愾心を露にしながら貴族達は銀髪の貴族をねめつける。

本人は己にかかる無遠慮な視線や敵意に気付いている様子はない。……いや、たとえ気付いていたとしても道端に転がる石のように意に介さないだろう。

「聞けば奴も粉挽き女と同じ元は平民という話ではないか。……どいつもこいつも、誇りあるトリステインを我が物顔で歩き回りおって」

銀髪の貴族が腰に携える一振りの長剣を目にしてより一層、敵対心を強めていく。

「東方では年がら年中、砂漠のエルフ共と争い合っていると聞いているぞ。大人しく自分の居場所に引き篭もっておれば良いものを」

「いや、エルフとの争いから逃げ出したのであろうよ。奴が没落し流れてきたのも、エルフに敗残したからこそのものだ。結局は臆病者よ」

「そうか。臆病者を一々気にかけていれば我らの品位と名誉に関わるものですな」

貴族達は流れ者の没落貴族と噂される男に対して密かに、遠慮の無い侮蔑と中傷をぶつけていく。

だが実際の所、貴族達は見ず知らずの没落貴族に対する反発と屈辱、そして己の自尊心を傷付けられたことで、不当に彼を罵ることで自分達の溜飲を下げているのだ。

ここまで彼を目の敵にしているのには当然、理由がある。

 

トリステインの貴族達が屈辱を味わい、プライドを傷付けられ、面目を丸潰しにされたのは一週間も前にさかのぼる……。

 

 

 

 

ニューイの月の九日目、ヘイムダルの週にして始まりの一日目は虚無の曜日。

トリスタニア王宮の会議室に十人以上もの貴族達が長方形のテーブルを取り囲んで席に就いている。

いずれもトリステイン王国で重臣として国の舵取りを執り行う者達ばかりであり、上座では先日女王に即位したばかりのアンリエッタが腰を下ろしている。

その隣では鳥の骨と揶揄されている宰相マザリーニ枢機卿が控えていた。

今現在、これからのトリステインの舵取りを行う諸侯会議が開かれ、今後の様々な方針について重臣達と共に話し合い、決議するのだ。

 

アンリエッタが座る上座から見て左右に一列で六人、十二人の貴族や官僚達が会議の席に集まっている。

……そして、会議室の部屋の隅――そこには桃色の髪をした少女が長剣を抱えながら小さな椅子に腰掛け、同じく警護として三人の魔法衛士隊が控えて会議を見守っている。

特に少女は上座から右側へ一番離れた席で腕を組んで瞑目している銀髪の男を凝視していた。

上座から右側の列で女王に一番近い席につく貴族――白髪の混じったブロンドの髪と口髭を揺らす五十過ぎの初老の男は、その少女へちらりと視線を流して目を丸くし、僅かに顔を綻ばせている。

が、すぐに威厳ある鋭い眼光となって目の前の会議に意識を戻していた。

 

「アルビオンには軍事制裁を加えるべきです! 奴らはアルビオンの王家を滅ぼし、あまつさえ不可侵条約を卑劣な手段で破った恥知らずな連中なのですぞ! 奴らはハルケギニアの敵! これ以上野放しにしておくことはできません!」

声高に意見を述べているのはアンリエッタから見て左側の列の二人目。壮年の貴族である彼はトリステインの様々な軍隊を総括管理する軍務卿である。

「我らはゲルマニアと軍事同盟を結んでおります。我が国とゲルマニアの連合軍はおよそ六万にもなりましょう。アルビオン軍が艦隊を再建し態勢を整える前に、ハルケギニアへ攻めてくるまでには我らも艦隊を再建し、攻め入ることも可能なはずです」

軍務卿に同調する左に三つ離れた席に就いている美髯を蓄えた四十男の彼はトリステイン王軍に属する将軍の一人、オリビエ・ド・ポワチエ大将であった。

この二人はどうやら遠征軍を編成してアルビオン大陸へと侵攻しようという考えを持っているようだ。

このままアルビオンを野放しにしていては次に何をしてくるか判らない。故に攻められる前に攻め倒すというわけだ。

「落ち着きたまえ。軍務卿、ポワチエ将軍。事を荒立ててはならぬぞ」

軍務卿の右隣に座る、宰相マザリーニと比べて豪華な法衣を纏った初老の貴族が、好戦的な意見を口にした彼らを諌める。

「軍務卿、アルビオンに侵攻するといっても、それは決して簡単なことではありませんぞ」

トリステインの司法機関である高等法院の長、リッシュモンは二人の意見に対して異を唱えていた。

「第一、遠征のためには戦列艦も十や二十を建造すれば良いというわけにもいかぬ。おまけに国内の軍備を整え、さらに増強するとなっては莫大な費用が掛かってしまう。戦艦の建造費、傭兵の雇用、国軍兵の武装費、そして戦地で数万の将兵達を食べさせる糧食費。一体、どうやったらこれらを実現させるための金を調達できるのですかな?」

リッシュモンの指摘に対して二人はぐ、と呻いた。

彼が言っていることはもっともだ。何をやるにしても金は必要となるのは間違いない。

他国へ遠征するとなればそれに比例して費用も膨大なものとなってしまう。それこそ、今のトリステインは先日のタルブでの戦いや事後処理などで出費してしまっているのだ。

「財務卿殿。今の国庫にはどれほどの余裕がございますかな?」

ポワチエ将軍の右隣に座る大臣が向かいの席にいる貴族に尋ねかける。

財務卿デムリは会議に出席する貴族達の中でも三十代半ばと若く、トリステイン王国の財政を担い、国庫の管理から様々な予算の捻出、更には外務卿と共に国債――つまり他国への借金の申出も行う身なのである。

デムリは取り出したノートを広げると、そこにはこれまでの予算の編成から赤字に黒字、果ては国債額に最終的な国庫の残りなどが明確に書き記されていた。

「先日のタルブでの戦いと事後処理ではおよそ11万エキューの支出となっております。今回の出兵の2000は全てが王軍のみで、何分即席で編成されたものであったため、武装費その他諸々の費用は三万エキュー程度に留まりました。ですが、今回の戦闘で被害を受けたタルブ及びその他の地域に対する補償で八万エキューの出費となりました。特にタルブでは戦災住民に手配した糧食、仮設住居の提供、物資などの調達、人員の派遣、そしてそれらを運ぶための輸送費が予想以上に多く掛かりました。今後もタルブがある程度にまで復興し、住民の自足が可能となるまでの間は支出が続くと思われます」

長々としながらも冷静に、詰まらせることのなかった財務卿の報告にむう、と閣僚達は唸った。

タルブへの施し自体は女王アンリエッタからの勅命で行われたことであり、国土の修復は必須なのだから仕方がないだろう。

 

今回のタルブ戦役は文字通りタルブの地で繰り広げられたもの。故に戦火に巻き込まれ、被害を受けるのはタルブだけのはずだったのだが、そうはいかなかった。

何故なら、タルブの地に降臨した悪魔……アビゲイルの魔手は他の地にも及ぶほどのものだったのだから。

「さらに……申し上げ難いのでございますが、アンリエッタ女王陛下のゲルマニアで執り行われる予定であった婚儀の準備で約一万エキューの出費となりまして……」

デムリは苦い表情を浮かべながら上座のアンリエッタの顔を見やり、申し訳なさそうに頭を下げた。

アンリエッタは表情を曇らせるものの、財務卿自身は己の務めを忠実に果たしているだけであるために特に何も言わず、またあえて強く気にかけようとはしなかった。

今回のタルブでの勝利によってゲルマニアとの軍事同盟はアンリエッタが嫁がなくても成立することとなったものの、これが結果的にそれまでの結婚式の準備が無駄になってしまったのだ。

何とも皮肉な話である。

 

「……以上の支出により、現在の国庫の残金は117万8562エキューでございます」

最終的な財政報告を細かい部分まで済ませた財務卿がノートを閉じると、リッシュモンは大きなため息を吐いた。

「聞いての通りですぞ、各々方。今回だけでもそれだけの予算が必要となったのです。遠征軍を編成するとなればその何倍、いや何十倍もの費用がかかるのです。それにたとえゲルマニアと連合して遠征したとしても、過去にハルケギニアの王達は幾度と無くアルビオンを攻めましたが、その度に敗北を喫しているのです。地上ならまだしも、空を越えて遠征することは想像以上に困難なのですぞ」

身振りを加えて言い放つリッシュモンからの追い討ちでアルビオン侵攻に賛成の意を持つ貴族達は黙り込んでしまった。

「……仮に編成するとして、今の一戸あたりの税収額は4エキューでしたな。それを増やしてみては――」

「いや、それは難しいですな」

財務卿の右隣の大臣が提案するが、さらに左隣に座る官僚が首を横に振る。

「二ヶ月ほど前、徴税官の汚職があったでございましょう。あの件で現在、平民達の不信感が強まっております。故に収まりがつくまでしばらくは税率を今より上げることはできませぬ。下手をすれば乱が起こる危険も……」

国内における内政全般を担当する内務卿である彼の言葉に、軍務卿が顔を顰める。

「かと言って、諸外国へ借金の申し入れをすれば、その後が大変になりますからな」

内務卿の向かいの席では外務卿が頭を抱えている。

「ガリア王国は中立声明を発表しており同盟への参加を拒否し、クルデンホルフ大公国には我が国の貴族達が多くの借金をしているために交渉がし難くなっているのです」

トリステインとゲルマニアの南側に位置する大国、ガリアは三国の動向を窺っているのか同盟参加の申し入れを突っ撥ね、中立と沈黙を保ったまま動かないのである。

ガリアが味方についてくれるのであればこれ以上に頼もしいものはないのであるが……状況が状況のために頼りには出来ない。

「さらに今回のタルブでの戦いにおける各地への被害の影響で、本年度の農作物の収穫は明らかな低下が予測されます。特にタルブは完全に焼き払われている以上、収入の見込みは極めて薄いかと……。もしも遠征軍を編成し、出征するとなれば現在の国政では不可能。最低でも現在の数倍以上の増税はしなければなりませんし、国内の貴族達の私財をも切り詰めなければなりません。また、他国に対して多額の国債の発行も必要です」

財務卿が再びノートを広げて今後の更なる見通し、そして金策のプランを呟いた。

「どうしたのだ、グラモンよ」

「何でもない……」

上座に一番近いリッシュモンの向かいに座るのはトリステインでも随一の伝統と格式を誇る名門ラ・ヴァリエール公爵家の現当主、ピエール・ド・ラ・ヴァリエールである。

彼は自分の右隣で気まずそうな顔をしている金髪の同輩にぼそりと声をかけるが、当人は渋い顔を浮かべていた。

ラ・ヴァリエール家と同じく武名高い名門の一つであるド・グラモン伯爵家の現当主のグラモン元帥は、クルデンホルフの名が出た途端に額に冷や汗を流していたのだ。

グラモン伯爵家は確かに代々王家に仕えてきた歴史ある家系ではあるものの、領地の経営に疎く、財政難に陥っているのだ。

何しろ出征の際には見栄を張りすぎて必要以上の出費をしてしまい、結果的に大金とは縁が無い苦しい状況になってしまうのである。

 

〝命を惜しむな、名を惜しめ〟

 

四人の息子達にも伝えていた家訓をモットーにして見栄えばかり優先しているのが、己の首を絞めているのだ。

仕方が無いので、他の貴族達と同じくクルデンホルフ大公国に対して多額の債務があり、強く出ることもできなくなってしまっているのである。

 

「……ワシも高等法院長と同じく、遠征には賛成し兼ねるな」

渋みのかかったバリトンを響かせ、ヴァリエール公爵は言う。

単刀直入な発言に軍務卿は顔を顰め、ヴァリエール公爵を睨んだ。

「公爵! 何を怖気づいておられるか! 相手は恐るべき悪魔と手を組み、我らを滅ぼそうとした連中ですぞ!」

悪魔という言葉を聞いて、閣僚の多くは息を呑んで眉を顰めた。

アルビオン新政府の長、クロムウェルは悪魔と契約することで革命を起こし、今回もタルブを攻めてきたという話は既にトリステイン貴族達の間では公然のものとなっていた。

「侵攻には確かに、金はかかるかもしれませぬ。しかし、今は危急の時。一丸となって仇敵を滅するべき。金に関しては最終的にアルビオンに賠償をさせれば良いでしょうに!」

声を荒立てる軍務卿に対し、ヴァリエール公爵はあくまでも冷静に返答をする。

「軍務卿殿。確かに今のアルビオンは放置しておくのは危険と言えよう。だがしかし、我らが攻め入り勝利するとしてもそれは圧倒的な兵力があって初めて成功するものだ」

「我が軍はゲルマニア軍と合わせればアルビオンよりも一万も多い六万にもなるのですぞ」

「いや、その程度の戦力差など簡単に覆る。我らが確実に勝利するためには、アルビオンの三倍以上もの戦力が必要だ。おまけに向こうは空の上という地の利を得ている。たとえ空を制し拠点を得ても、勝利するまでには苦しい戦いとなろう」

金銭面の問題で遠征に反対するリッシュモンに対して、ヴァリエール公爵は敵軍と自軍の戦力や戦略面の観点から侵攻は無謀と判断しているようだ。

冷静な戦略眼を持つ公爵の発言に軍務卿や侵攻に賛成する貴族達は呻いた。

「むしろ我々はアルビオンを包囲すべきではないか。空からあの忌々しい大陸を完全に封鎖し、向こうが根負けするのを待てば無駄な消耗も避けられる。戦の決着とは決して白と黒でつけるだけではあるまい。我らが負ける可能性も考慮せねばならん。タルブではたまたま勝利したからといって、その勢いと調子に乗るのは愚行でしかない。先ほど高等法院長が仰ったように、今開戦をすれば兵力も国財も悪戯に浪費するだけだ」

公爵の発案は決して悪い話ではない。浮遊大陸アルビオンは言ってみれば孤立した船に近い存在だ。長期的な活動を自国内での自足で続けるにも、外部からの補給が必要となる。

ヴァリエール公爵の言うように包囲網を敷いてその補給を断ってしまえば、まさに八方塞りの棺桶の状態になってしまうのだ。

慎重をきすのであれば、直接侵攻よりはそちらの方が正攻と言えるだろう。

 

しかし、侵攻賛成派の閣僚達は「泥沼になる」などと言って納得し切ることはない。どうしても白黒で決着をつけなければ気が済まないらしい。

好戦的な貴族達の姿に、ヴァリエール公爵は密かにため息をもらす。

既に軍務からは退いている公爵であるが、今回この諸侯会議に出席したのはトリステインの重鎮にして品位と礼節、知性の守護者たる旧い貴族の意見が必要であるという、マザリーニ枢機卿を介したアンリエッタ女王からの要請があったためだ。

それに彼はこの会議に出席するというある貴族が気になっており、直に見定めるのもその要請を受け入れた理由の一つだった。

ちらりと横目で右に五つ離れた席にいる銀髪の男を見やる。

彼は会議が始まってから沈黙を保ったままで、何一つ意見を述べようとはしなかった。

ただひたすらに沈黙、瞑目し、自分達の発言を聞き入れて熟考しているようだ。

……下手をすれば眠っているとも見て取れるような雰囲気であったが、そうでもない。

 

 

「では、アルビオンに対する制裁措置は空からの封鎖も考慮に入れてひとまずは置いておきましょう」

上座のアンリエッタの横でマザリーニが次の議題へと移るために鶴の一声をかけた。

「軍務卿、ポワチエ将軍、ウィンプフェン殿。あなた方や他の将官達から、陛下に進言したいことがあるそうですな」

マザリーニの促しに、ポワチエのすぐ左に座る将軍は真っ直ぐと上座のアンリエッタを見据えた。

「女王陛下。陛下は此度、魔法衛士隊の他に新しく近衛の隊を新設しようとなさるおつもりだそうですが……。その隊員を平民達で構成しようという陛下のご意向をお聞かせ願いたく存じます」

ウィンプフェンの言葉に、小さく頷いたアンリエッタは毅然とした態度で己の意志を伝えるため、口を開いた。

「わたくしは先日のタルブでの戦いにおいて、ある一小隊の活躍をこの目で見届けさせてもらいました。その者達はウィンプフェン殿の仰った通りに平民で構成されたものではありましたが、メイジにも匹敵する戦果を挙げており、わたくしもその者達に命を救われました」

アンリエッタの明朗な言葉に対し、ウィンプフェンやポワチエ、軍務卿など多くの官僚達は苦い表情を浮かべている。

平民が貴族をも凌ぐ活躍をしたという事実が受け止められず、そして気に入らないようだ。

対してヴァリエール公爵やグラモン元帥は女王の言葉を聞き、ほうと唸って驚嘆の意と興味を示している。

 

「わたくしはその者達の功績に報い、新たに結成する近衛隊としてこのトリステインの要職に就いて頂きたいと考えています」

「しかしですな、陛下。いくら陛下が認める戦果と功績を挙げたのだとしても、所詮は平民なのですぞ。魔法の使えるメイジではない、剣や銃などという下賎な道具は我ら貴族の杖の前では玩具でしかありませぬ。平民ばかり数を揃えても、たった一人のメイジの代わりにはなりませんぞ」

アンリエッタに苦言を呈するリッシュモン。

「さようでございます。第一、陛下には魔法衛士隊がいるではありませんか」

ポワチエは部屋の隅で控えている魔法衛士隊の隊員達をちらりと見やった。

彼らもアンリエッタ女王が推挙している平民の近衛隊の新設を快く思っていないようで、不満な顔をしていた。

「その魔法衛士隊も今現在、状況が厳しくなっています。グリフォン隊隊長のワルドがアルビオンのスパイであり、先のタルブでの戦いでも多くの犠牲が出てしまいました。だからこそわたくしは、新たなる近衛をこのトリステインに設け、国の力を高めたいのです」

曲げることはない強い意志を持ってアンリエッタは新たなる力が必要であることを説く。

しかし、閣僚達はそれに納得するような様子はない。

むしろ彼らは、この若輩の女王は物珍しいものを目にしてはしゃいでいるだけなのだ、と少し呆れが混じっている。

ただヴァリエール公爵やグラモン元帥など、極少数の者は国を強くしていきたいというアンリエッタ女王の意向には納得し、理解はしていた。

 

「しかし……この伝統あるトリステインは野蛮なゲルマニアとは違います。その者達は品位や誇りとは無縁の生まれなのですぞ。……おまけに女ばかりだと聞きます。そのような者達に近衛が務まるとは思いませぬ」

ポワチエはこの場にいないその平民の女戦士達を見下し、侮る言葉を口にする。

「むしろメイジの士官を増やし、軍の増強を図る方が合理的ではないでしょうか? 卑しき平民などよりは力あるメイジをより多く加えた方が国の力になるというものでございます」

「さようでございます。いくら何でも、魔法が使えない平民をすんなりと名誉ある近衛に登用するというのは……」

軍務卿とウィンプフェンの進言に、他の閣僚達もそうだそうだと言わんばかりに頷いている。

アンリエッタは彼らの発言を聞いてため息をつきたくなったが、それを堪えた。

このような頭が固く、視野の狭い、そして度量の小さい者達ばかりが溢れかえっているから、このトリステインはどんどん国力が低下していっているのだ。

それは現実であるのにも関わらず、保守的な彼らは不毛な手段の繰り返ししかしようとしない。

……これでは100まで下がった国の力が100を保ったままとなり、それ以上になることはないのだ。

このままでは、永久にトリステインの国力は平行線を辿り、すぐにまた衰退してしまうのである。

 

「彼女たちが近衛として成果を出せるように力を与えてやれば良いだけの話だ」

自分の意向を理解してくれない貴族達の姿にアンリエッタが顔を曇らせていた中、突如冷然な一声が会議室内に響く。

アンリエッタが、閣僚達が、会議室内にいる全ての人間達の視線が、その声の主へと集中させられた。

今まで沈黙を続けていた銀髪の貴族が、冷徹な眼と共に口を開き、同じように冷たい声を発したのだった。

 

 

 

 

――スパーダ・フォン・フォルトゥナ

 

彼は砂漠の悪魔、エルフが住まう地よりもさらに遥か東方――ロバ・アル・カリイエから渡ってきた貴族であると、会議に参加しているトリステインの閣僚達は聞き及んでいた。

出席している貴族達はいずれもトリステイン王国の重鎮であるのだが、唯一の例外としてこのアンリエッタ女王の客人として特別に席が用意され、今こうして会議に参加しているのだ。

何でも彼は二ヶ月も前、世間を騒がせていた謎の怪盗・土くれのフーケを討伐し、さらに汚職事件で逮捕された徴税官チュレンヌの罪をも暴いたのだという。

現在、彼は魔法学院に滞在してハルケギニアを見聞しているのだとか。

トリステインの貴族達はこのスパーダという異邦の貴族の存在に対してある者は困惑し、またある者は余所者と明らかな嫌悪を抱く者がほとんどであった。

事実、それまで黙り込んでいたはずだったオブザーバーという立場の者が自分達の論議に口を挟んできたので、多くは苦い顔を浮かべている。

何故なら彼は、貴族であってもメイジではないという話だからだ。

 

アンリエッタは待ち望んでいたこの会議の中心となるべきスパーダの発言に期待の眼差しを向けていた。

「それはどういう意味かな? フォルトゥナ殿」

今ここで初めて論議に直接参加し始めたスパーダに興味を持った様子でグラモン元帥が問いかける。

「言ったまでのことだ。彼女達がトリステインに貢献し、更なる成果を出せるよう、使いこなしてやればそれで良い。戦力強化の手段などいくらでもある」

「ほう。それはどういったものだね」

今度はヴァリエール公爵がスパーダに尋ねていた。

スパーダは腕を組んだままちらりと横目で公爵と元帥を見やる。

 

「この国の軍隊でも銃歩兵の隊が存在するだろう。ここでの銃はマスケット銃であろうと一発しか撃てぬし、再び弾を装填するまで時間がかかる。その間、銃兵は隙だらけだ。その隙を補うために護衛として槍兵が常に傍にいる。間違いないな?」

「うむ。その通りだな」

グラモン元帥が頷いた。他の多くの閣僚達はそれがどうしたと言わんばかりの表情でつまらなそうにスパーダを睨んでいる。

トリステインの王軍では確かに旧式の火縄銃を武装した鉄砲隊が存在する。とはいっても、隊員は極めて質の悪い不良兵ばかりであったが……。

「お前達だったら、この問題をどう解決してみたいと思う?」

「解決も何も……平民ごとき卑しき連中の力などその程度というだけであろう」

つまらなそうに溜め息を漏らし、大臣の一人から馬鹿にしたように返される。だがスパーダは無視して言葉を続けていた。

「その銃兵と槍兵の役割を両立させる兵が存在すれば、護衛などいらん。むしろその護衛をもそちらに全て回せば、それだけで戦力の向上が可能となる」

「馬鹿馬鹿しい。そんなことができるものか」

「槍と銃の両方を持っていればかさばるだけで、面倒であろう。そのような兵など何の役にも立たん」

ウィンプフェンとポワチエがスパーダの提案に対して憮然と言い返す。

「銃の先端に、槍の刃なりナイフなりを装着させてやれば、それだけで銃と槍の双方を装備した兵が出来上がる。彼女達もマスケット銃で武装しているのであれば、そうしてやるだけでも少しは戦力は高められるはずだろう」

無視して事も無げに言うスパーダに、閣僚達は一瞬の沈黙の後、呻いた。

実際、スパーダはハルケギニアを訪れるしばらく昔に人間界のある地方で農民同士による抗争の際にマスケット銃にナイフを装着して槍代わりにしたという話を聞いたことがあった。

「ふん。その程度のことなど、誰でもできることではないか」

「だがたった今、私が言うまでお前達はその単純なことさえ微塵も考えようとはしなかったな」

その指摘に大臣はうぐ、と呻いた。

スパーダの意見を聞いた後ならば、それは誰だって後からならば実行できる。だが、彼らはそのような発想を初めから思いつきもしなかったのだ。

 

「平民は所詮平民。剣や銃のような道具を使わねば戦えぬ者など我らメイジの力には及ばぬ」

「そのような者達がましてや近衛という大任は分不相応なのだ。せいぜい、今と同じ一部隊でいるのが似合いだろう」

ウィンプフェンが反論すると、それに同調してスパーダの隣にいる大臣もそう言い放つ。

が、スパーダはそれを気にした様子もなく涼しい顔のまま続けた。

「確かに彼女達は平民である以上、武器は必要だな。剣や銃が無ければ無力でしかないだろう」

「当然だ」

隣の大臣が得意げな表情で頷く。お前も同じなのだ、と言いたげに口を綻ばせる。

「それはお前達も同じことだ」

「何だと?」

スパーダの言葉に、閣僚の多くは怪訝そうな顔をする。

「お前達は杖が無ければ魔法が使えないのだろう。メイジにとっての武器は、今お前達が持ち歩いている杖そのものだ」

その指摘に閣僚達は当然のこと、控えている魔法衛士隊達も顔を顰めていた。

確かにメイジは無条件で魔法が使えるわけではない。杖が無ければ例外もなしにメイジは魔法の力を行使することはできないのだ。

「力を発揮するための形が違うだけで、お前達メイジも平民も根本的には同じだ。平民の武器を嫌うお前達は杖さえ無くなれば、それこそ平民以下でしかないだろうな」

平民以下、あまりにも無遠慮なスパーダの発言に閣僚達の多くが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。

だが杖を失えば如何なるメイジといえど無力である、というのは事実であるためにそのことに関して反論はできなかった。

ヴァリエール公爵やグラモン元帥もこの事実だけは否定できるものではないため、同じように顔を顰めている。

リッシュモンに至っては他の者には聞こえぬよう、微かに舌を打っていた。

 

「ならば杖を失わぬようにすれば済むことだ! 杖を失うようなメイジは恥さらしもいい所だ!」

軍務卿は声高にそう叫び、スパーダに言い返した。下手をすれば今ここで杖を突きつけてもおかしくない剣幕である。

だが、さすがに女王の御前であるためにその衝動は理性で何とか抑えられていたが。

「所詮、平民は偉大なる始祖ブリミルが伝えし魔法を操る我らメイジには遠く及ばぬのだ! 魔法を使えぬ平民ごときが我らと並ぶなどあり得ん!」

「では、彼女達がお前達が使う魔法に匹敵する力を使えれば良いのだな?」

声を荒げる軍務卿であったが、スパーダはそれを軽くいなすように同じ抑揚で即座に返す。

「そんなことができるものか」

「別に不可能なことでもあるまい。……このハルケギニアには便利なマジックアイテムがいくらでもあるのだろう?」

スパーダの更なる案に、閣僚達は呻いた。

アンリエッタはスパーダが発言を始めてからずっと、目を輝かせながらじっと彼の言葉に聞き入っている。

その隣ではマザリーニ枢機卿が驚嘆した顔で異邦の貴族を見つめていた。

「確かに彼女達は魔法を単独では使えん。ならばそれを補わせるためのマジックアイテムを持たせてやれば万事解決だな。隊長の女は稲妻の力を宿した剣を持っているそうだからな。それと同じように他の隊員にも持たせれば、魔法衛士隊にも劣らん戦力となる」

「馬鹿を言うな! マジックアイテムを一つ作るのにどれだけの労力がいると思っている! 大体、平民風情が神の奇跡の業である魔法を使うなど、あってはならぬことだ!」

「第一、マジックアイテムなど誰でも使えるものではないか!」

軍務卿や他の大臣もスパーダの説く戦力強化案を認めようとはせず、頑なに否定する。

普通に話を聞けば確かにそれらの提案は戦力の強化としては最適なものと言えるかもしれない。

だが、それでもやはり平民であることに変わりはないため、閣僚達は自分達と共に肩を並べられるのを疎ましく思っているのだ。

 

「万人でも使える力……それが彼女達を運用する上での利点だな」

その言葉に会議室内の者達は目を丸くした。

「マジックアイテム、剣、銃。それらは使い方などを知れば平民はもちろん、お前達でも扱うことはできる代物だな。更には使い回しも可能で汎用性にも富む」

誰が下賎な剣や銃などを手にするか、といった様子で貴族達は憮然とする。

「ではお前達の魔法はどうだ? その力は強力だが杖が無ければ何の意味もない。……お前達は他人の杖を使って魔法が使えるか?」

新たなるスパーダの容赦ない指摘に貴族達は更に眉間に皺を寄せていく。

その通りである。メイジはあくまで、自分自身の杖を手にしなければ魔法は使えないのである。

つまり、自分達メイジの系統魔法は技術を他者と共有することができないのに対し、平民が武器やマジックアイテムを使う場合はその逆ができるというのだ。

黙りこくってしまう貴族達に対し、さらにスパーダは遠慮なしに追い討ちをかけていた。

「おまけにお前達メイジの能力も個人差が激しい。そこのトライアングルの魔法衛士隊を一人でも失っただけで、戦力が著しく下がる。先ほど言ったように杖を失えば他の者の杖を借りるなどという芸当もできん。予備の杖でも持っていれば話は違うかもしれんが」

ちらりとスパーダは横を振り向いて控えている魔法衛士隊達を顎で指した。

スパーダのぐうの音も出ない言葉に隊員達は渋い表情を浮かべている。

「彼女達には酷な話かもしれんが、万が一彼女達の中に損失があったとしても、メイジほどの教育も訓練も必要無く、すぐに代えが利くだろう」

彼が言っていること自体は全て事実であるため、大きく反論することなどできないのだ。むしろ自分達の欠点を指摘されてしまう始末である。

そして、何より貴族達が気に入らないのは、何故異邦のよそ者がここまで自分達を詳しく考察してるのかということである。

まるで悪魔が甚振るような、真理をついた言葉の連続は、誇りある貴族達のプライドを刺していくのだった。

 

「安い自尊心ごときで人を使いこなせんのでは、女王がこの国の衰退に嘆くのも頷ける」

「何だと……」

ねちねちとしたスパーダの言葉に閣僚達の不快感は強まっていく。

が、彼自身は別に侮蔑などをしているわけではなく、あくまで客観的な立場で思ったことを述べているに過ぎないのだ。

それが余計に閣僚達の神経を逆撫でていく。

「魔法の有無、優劣のみで個人の能力と価値を決めているのでは、他の隠された才能を見失う羽目になる。……中には、自分に魔法の才が無いのを悩み続け、他の道を選ぶことができずに足掻いていた者もいるかもしれん」

このスパーダの言葉にヴァリエール公爵と、部屋の隅で見学していた少女――ルイズはハッと気づいたように目を丸くしていた。

 

「お前達は錬金の魔法でただの石くれを黄金に変えることはできるのかもしれんが……石程度の価値しか無い人間を、銀や黄金の価値を持つ人材に変えることはできんようだな。おまけに、石ころの中に隠れ潜んでいる黄金を見つける目もない。目先の利益だけにしか興味がない好事家と同じだ」

スパーダは発言を始めてから表情一つ変えることなく、冷徹な態度を崩さぬままその口から言葉を吐き出し続けていた。

一応、アンリエッタからは言いたいことは全て言っても構わないように言われているために遠慮は無い。

普段は寡黙な分、いざ喋る時となれば饒舌になるのである。

 

「お前達の女王はその石ころの中に黄金の価値となり得るものを見つけた、お前達はそれを見つけられなかった。それだけのことだ」

ちらりとスパーダは上座のアンリエッタを見やった。

アンリエッタは満足げに微笑みながら小さくこくりと頷く。

「歴史に伝統……過去の栄光や遺物にばかり縋り続けるお前達では、遅かれ速かれこのトリステインは退廃していくのは目に見えている。それをお前達の女王は嘆いているのが分からんのでは、話にならん」

 

急所を突いたスパーダの言葉の数々に多くの貴族達は項垂れ、中には憤慨寸前の者までいる。

険悪な雰囲気の中、財務卿デムリはおろおろと狼狽していた。

と、そんな中――

「貴様……言うに事欠いて、我らを侮辱するか……!」

額に青筋を浮かべた大臣の一人が、ついに堪忍袋の緒を切らして杖を取り出したのだ。

アンリエッタの前であるというにも関わらず、自分達貴族のプライドを傷つけられたのがどうにも許せず、スパーダに杖を突きつけていた。

その大臣の行動に会議室内がざわめく。

自分の隣にいる大臣から敵意を向けられているにも関わらず、スパーダは相変わらず腕を組んだまま平然としていた。

「異邦から流れて来た没落貴族風情が!」

大臣が呪文を唱え杖を振るおうとした途端、控えていた魔法衛士隊が動くよりも速く、グラモン元帥が己の杖を抜いていた。

老齢に差し掛かろうという齢とは思えぬ動作で一瞬にして錬金の魔法を唱え、大臣の持つ杖を土くれへと変えてしまった。

愕然とした顔で大臣は土くれへと変えられた自分の杖を見つめ、言葉を失う。

 

「What's wrong? Do you can't be used magic?(どうした? 魔法が使えないのか?)」

顔一つ変えないスパーダのその冷徹な言葉と、彼がいつの間にか手にする物を目にして大臣はおろか会議室内の全員が目を見開いた。

右手にはグラモン元帥が杖を抜くと同時に懐から取り出していたルーチェの拳銃が握られ、腕を組む姿勢のまま大臣に銃口を向けていたのだ。

「卿よ、席に着かれよ。ここは会議の場であり、杖を振るう場所ではありませぬ。グラモン元帥も、フォルトゥナ殿も収めていただきたい」

緊迫した空気の中、マザリーニ枢機卿が毅然とした態度で大臣を促し、グラモン元帥とスパーダにも諌めかける。その一声で会議室内は静まっていた。

本来ならば退室を強制されるほどの事態であったにも関わらず、マザリーニは寛容にもこの場に残ることを許したのだ。

大臣は力なく椅子にへたり込み、グラモン元帥も優雅に一礼をしつつ杖をしまっていた。スパーダも懐にルーチェを収めると何事も無かったように腕を組み直していた。

マザリーニ枢機卿、ヴァリエール公爵、グラモン元帥、財務卿以外の閣僚達は不快に顔を歪めたまま、スパーダのことを不愉快そうに睨みつけている。

 

 

「もう……ハラハラさせないでよ……」

会議の様子をじっと見学し続けていたルイズは気が気ではなかった。

トリステインの貴族はプライドが高いのだから、あのようなことを言われればそれは憤慨もする。

確かにスパーダの言っていたことは事実であり、正論ではあったが、それをはっきり言われてしまうと誰だって気を悪くしてしまうのだ。

ルイズがキュルケに言い負かされて口喧嘩になるのと同じである。ただし、ルイズの場合は自分側の否などは認められずに癇癪を上げてしまうのだが。

それにしても、やはり悪魔と言うべきか。貴族達は全く言い返すこともできず逆にスパーダに言い負かされてばかりであった。

普段は無口なのに喋る時は喋る。

もしもスパーダが悪魔の言葉で人を堕落させるような言葉を呟けば、抗うこともできずに引きずり込まれていくのだろうとルイズは考えていた。

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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