魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 42 <父と娘-女王の憂鬱>

 

「我らトリステインの貴族は、伝統とメイジであることを何よりも誇りにしているのだ。卑しき平民が近衛に取り立てられるなどそもそも前例が無い!」

「平民風情が伝統あるトリステインの宮廷を堂々と闊歩するなど、あってはならんことなのだ!」

未だ会議の場では、アンリエッタ女王が新設しようとする近衛隊に対する討論が続けられている。

十人近くものトリステインの閣僚達は、たった一人の異邦の貴族に自分達の発言を悉く一蹴されていた。

頭ごなしに異を唱えても、スパーダは冷静に反論を受け止めた上で、様々な痛い点を指摘してくるのだ。

それらはトリステインという国にとっての欠点ばかりであり、客観的に見れば利点などほとんどないものばかりである。

 

発言自体はあくまで客観的な面から見た上のもので、しかも貴族達は感情的に相手を拒否し黙らせようと躍起になっているのに対し、スパーダは別に自分の意見を認めさせようという意思は全く感じられず冷静なままだった。

スパーダは思ったことをドライに述べているだけに過ぎず、それに貴族達が過剰反応しているだけなのだ。

数千年という年月を生きてきた悪魔であるスパーダに、たかだか数十年程度の人生経験しかない彼らでは歯が立つわけがないのである。

だが、プライドが高く保守的なトリステインの貴族達は自らの欠点を省みることはなく、逆にスパーダの様々な案を否定し拒み続けていた。

それらはこれまで過去の遺物でしかない歴史や伝統に縋り続けてきたトリステインにとってはあまりにも革新的すぎるのだ。

 

「お前達の目は節穴か」

鼻を小さく鳴らして呆れたような顔をするスパーダ。

「このトリステインは先王が崩御して以来、平民の血を引くと噂される男が国を支えてきたそうではないか」

スパーダのその言葉に、閣僚達はハッと気付いたような気まずい顔をしだす。

恐る恐る視線を流せば、女王の隣には宰相マザリーニ枢機卿が、相変わらず澄ました顔で会議を静観していた。

「お前達は長年王のいない、本来ならばすぐに崩壊してもおかしくなかった国を一人で支えてきた男を、恩知らずにも〝鳥の骨〟などと呼んで蔑んでいるわけだ。……そのように嫌味を叩く暇があるくらいなら、自分達で積極的に動いて国を盛り立てれば良かったものを。それができなかったから、お前達は今こうしているのだろう」

スパーダはあえてマザリーニの名は出さないものの、そのあだ名が街女の歌う小唄としてあまりにも有名であるが故に、わざわざ名を出す必要は無かったのだ。

 

トリステインの王家には美貌はあっても杖が無い。杖を握るは枢機卿。灰色帽子の鳥の骨――

 

これにはヴァリエール公爵やグラモン元帥を含めた貴族達が渋い顔で俯いた。

ロマリア人という余所者が長年に渡って国政を取り仕切ってきた……。たったそれだけで彼は〝鳥の骨〟だの〝平民の血を引く〟だのと様々な陰口や悪口を言われて嫌われている。

ヴァリエール公爵でさえ、マザリーニが王族を差し置いて実権を握って国を動かしているのが気に入らなかったのだ。

だからといって、スパーダの指摘通り自分が何かをするわけでもなかったのも事実なのだが。

「お前達が〝鳥の骨〟と呼んで蔑んでいた男でさえ、そこまでの結果を確実に残しているのだ。……それでもギリギリの瀬戸際ではあったようだがな」

マザリーニは国が破綻しないように力を尽くしてきたものの、トリステインという国を今以上に盛り立てることはできなかった。

貴族達は彼を鳥の骨と揶揄して国を盛り立てるため積極的に協力してくれなかっただけでなく、中には自らの私腹を肥やすことしか頭にない名ばかりの貴族まで蔓延る始末。

時代の流れが変化しても伝統やしきたりに頑なにこだわることで硬直化し、自分達の中で定められたルールの中でしか行動ができなくなってしまった。

肝心の王族も大后は喪に服すると称して政務に携わらないし、先日までは王女だったアンリエッタも飾りの姫という存在でしかなかったのだ。

たった一人が苦心しつつ尽力をしても、もはや手の施しようがないほどにトリステインという国は衰退していた証拠なのである。

今までも、そして今この時も。

 

「ならば、実際に女王の前で力を示した彼女達が近衛に登用されることにそこまで文句を言うのも、どうかと思うがな」

むむむ、と閣僚達はマザリーニとスパーダを交互に見やり困惑する。

「近衛にするにしろしないにしろ、彼女達が今後のトリステインには必要な人材であることには違いあるまい。〝国〟にしてみれば、お前達メイジも平民も、結局は国の力を成す一単位に過ぎん」

頑なに拒み続ける貴族達を軽くいなすように、スパーダは冷徹に自分の意見を述べていく。

ヴァリエール公爵やグラモン元帥は否定するでも賛同するわけでも無かったが、他の貴族達とは違い面と向かってスパーダに異見することはなかった。

ただ、遠い異国から訪れ客人として招かれた異邦の貴族の意向というものをじっと静観し、時に自分なりに思案していた。

 

「ゲルマニアは歴史こそ浅いが平民のための技術力を進歩させて力をつけ、ガリアはガーゴイルなどのマジックアイテムも駆使することで大国を成しているのは事実だ」

公爵と元帥は、ハルケギニアとは交流もない異国から渡ってきたにも関わらずそこまでハルケギニア内の国家について知り得ているスパーダに呆気に取られている。

それに自分達よりも明らかに若いはずなのに、円熟した貴族の威厳とオーラが彼から感じられてくるのだ。

 

「言うなれば、チェスの駒と同じものだ。平民は〝ポーン〟――マジックアイテムなどの様々な技術や戦力は〝ナイト〟――お前達メイジは文字通り〝ビショップ〟――〝ルーク〟はそのままこの城や王都だな」

果ては別の何かに例えてみせるほどに柔軟な思考を持っている。

中々に面白いことを言ってくるスパーダに、公爵も元帥も興味津々といった様子だ。

「王族である〝キング〟や〝クイーン〟を守り、そして自らを動かすためにはそれらの駒が不可欠だ。今、このトリステインでまともに動かせる駒は、ビショップとルークのみ。お前達は自らポーンとナイトを始末し、捨て去っているだけだ。それではゲームなど続けられん」

「貴様、ふざけているのか。現実とゲームを一緒にするとは!」

「如何にどのような力を持とうと、平民の兵では役には立たん! 足手まといなのだ!」

「むしろ、彼女達が役立たずでいてもらわねば困るのだろう?」

憤慨する軍務卿やポワチエの言葉に対し、さらりとスパーダは冷徹に言ってのけた。

「メイジではない、魔法が使えなかった平民が自分達に匹敵する力を得れば、いずれ自分達の地位を脅かすような存在になるかもしれない。……結局の所、それが本音なのだろう。そうなるくらいならば、いっそ役立たずのまま使い潰してやると、そういうことだ」

 

閣僚達は冷ややかにそう述べるスパーダに、ぐ、と黙り込んでしまう。

確かにその指摘は的を射ている。平民が何かしらの力をつけてしまえば、最悪、自分達貴族に反乱を起こすということも考えられる。

それを避けるために、平民に余計な力や知恵を与えないようにしているのである。

法律で平民が公職に就くことを禁じているのも、結局は力をつけた平民に自分達の立場を奪われ閑職に回されてしまうのを恐れているが故ともいえる。

あくまで彼ら貴族にとっての平民は無力な家畜、駒でなければならない。それ以上の存在となることは許さない。

「だが、お前達メイジだけの力にも限界がある。故にその力にのみ頼り続け、他の力を侮ってきたがためにトリステインは衰退の道へ辿る破目になった。……ゲルマニアとの軍事同盟を結んだ以上、それは紛れも無い事実だ。今のお前達だけでは国を今以上に盛り立てることはできん」

項垂れる閣僚達に対し、アンリエッタやマザリーニ、そして二人の老貴族は参ったというような顔でスパーダを見ていた。

 

「……神の左手、ガンダールヴ。神の右手、ヴィンダールヴ。神の頭脳、ミョズニトニルン」

突然、スパーダが発した三つのワードに全員、呆気に取られた。

「お前達が崇める始祖ブリミルとやらは、かつてそのような名の使い魔を従えていたらしいな。ガンダールヴは武器を、ヴィンダールヴは幻獣、ミョズニトニルンはマジックアイテムを自在に操る力を持っていた――」

「貴様――異国の流れ者の分際で、偉大なる始祖の御名を易々と口にするとは、何たる不敬!」

「落ち着かれよ、大臣。……フォルトゥナ殿、続けて欲しい」

スパーダに先ほど杖を向けようとしていた大臣が声を荒げるが、ヴァリエール公爵がそれを諌めた。

促されたスパーダはちらりと公爵に僅かに一瞥し、言葉を続ける。

「……六千年という年月が経っている以上は廃れるのは仕方がないだろうが、ブリミルとやらはメイジでは無い者に力を与え、自らの手助けをさせていた。つまる所、平民に力を与えて使役していたとも考えられるな」

神学まで持ち出してきたスパーダに貴族達はついには戦慄する。

この男、異国から流れて来た分際で一体どこまでハルケギニアのことを熟知しているというのか。

 

「伝統を何よりも大切にするのがトリステインのやり方であるというのであれば、お前達もその始祖に倣ってみるのも一興かもしれん。無力であった平民に始祖の使い魔のごとき力を与え正しく御する、始祖の伝統を受け継ぎ新たな伝統の始まりとする――これ以上に誇らしいことはあるまい。

……始祖ブリミルを心の底から本当に信仰している、というのならな」

貴族が平民に力を与える……普通に考えればそれは下賤極まりない行いでしかない。

だが、仮にも自分達が信仰する始祖ブリミルの話を持ち出されるとなると、堂々と反論することなどできない。

下手をすれば、始祖への不敬や侮辱を口にしてしまう恐れがあるからだ。

「お前達の女王は、こう思っているのかもしれんな。――神の右手だけでは足りぬから、左手と頭脳も揃えたい、と」

その言葉に目を丸くするアンリエッタを、スパーダは一瞥した。

「三種の幻獣を操る魔法衛士隊はいわば、始祖のヴィンダールヴに等しい。女王は彼女達にガンダールヴの片鱗を感じ取ったがために、さらにミョズニトニルンの力を与えて国の新たなる力にしたいと考えている……」

多くの閣僚達からしてみれば、平民を近衛に登用しようとするアンリエッタの意思を若気の至りと考えていたのだが、もしかしたらスパーダの言う通りに何か深い考えがあるのかもしれないという思いを巡らす。

実際の所、彼らが女王の真の意思など知ることはできないし、結局は思い込みに過ぎないのかもしれないが。

「……しかし、全てはお前達の主君次第だな。お前達の諫言や私の戯言を聞いてどうするかは、全てお前達が主君と仰ぐアンリエッタの意思で決まるわけだ」

スパーダはちらりとアンリエッタに視線をやったが、すぐに瞑目して続ける。

「女王の意向が気に入らないのであれば、アルビオンに亡命してレコン・キスタの一員として加わってみるか? ハルケギニアの全てを敵に回す覚悟があるのなら――」

一つため息をつきながら、そう呟いたのを最後に、スパーダは喋り疲れたと言わんばかりに沈黙していた。

 

 

 

 

多少のいざこざはあったものの、諸侯会議は無事に終わりを迎えることができた。

アルビオンへの制裁措置はヴァリエール公爵の案である空海封鎖を視野に入れて、ゲルマニアとの話し合いで今後の活動を最終的に決定することになる。

ゲルマニアは好戦的であるから、話し合い次第では今回の軍務卿や将軍達のように侵攻賛成へと話が変わっていくのかもしれないが。

また、貴族達は平民の近衛隊を設けようというアンリエッタの意思を変えることが出来ず終いに終わってしまったことが無念なようであった。

会議室を後にした閣僚とスパーダ達であったが、多くの者達はスパーダに対して明らかな敵愾心を抱いた視線を向けていた。

当の本人は眼中になく、全く意識などしていなかったが。

 

会議終了後、ルイズとスパーダは城内の迎賓室へと通された。

そこでは共に会議に出席していた二人の貴族、ヴァリエール公爵とグラモン元帥の姿があり、ルイズは己の父である公爵の元へととと、と小さく駆け寄った。

「お久しぶりでございます。お父様」

「うむ。元気そうで何よりだな、ルイズよ」

ルイズは久々に再会した父と挨拶を交わし、その頬に口付けをする。

公爵は会議の席で見せていた威厳が嘘のように吹き飛び、鋭かった眼光を頬と共に緩ませ、デレデレとしている。

グラモン元帥は古くからの友人のその姿に苦笑を浮かべて肩を竦めている。……この親馬鹿め、などと言いたそうだ。

「しかしまさか、このような形でお前と顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。もうじき、魔法学院は夏期休業になるであろうから、その時に会おうと思っていたのだがな……」

複雑な気分ではあるが、娘の顔が見れて本当に満足という顔を浮かべている。

子を持つ父である以上、我が子の姿が見られるのはとても嬉しいことなのだ。

「マザリーニの奴めがワシをトリスタニアへわざわざ呼びつけるものだから、大した用事では無いと思っていたが……いやはや、有意義な時間となった」

娘の肩に手を置くと、扉の前で腕を組んで佇むスパーダの方を振り向く。

互いに左目にモノクルを嵌めた二人の男は、それぞれ異なる貴族の風格と威厳を発していた。

「お主のことは、マザリーニや魔法学院のオスマン氏より伺っている。東方の異国より遠路はるばる、よくぞ参られたなフォルトゥナよ。……聞けばルイズが使い魔召喚の儀で呼び出したということだが、足労と迷惑を掛けてしまい、申し訳ない」

二ヶ月も前、公爵はルイズが二年生に進級したという報告を魔法学院から知らされており、その際に異国の貴族を使い魔として呼び出してしまったという話も同時に伝えられていた。

「気にすることは無い。こちらも世話になっている」

手を差し出してきた公爵と軽く握手を交わすスパーダ。

先ほどまで冷徹ながらも饒舌に語っていたとは思えない寡黙な雰囲気へと変化していることに公爵も元帥も小さく唸っている。

「トリステイン王軍元帥、ド・グラモン伯と申す。……と言っても、元帥は終身職だからな。軍務を退いた今となってはほとんど名ばかりでしかないのだが……」

グラモン元帥もスパーダと握手を交わしながら苦笑を浮かべていた。

グラモン伯爵ということは、彼はギーシュの父親ということになる。確かに老いはしたものの、どことなくギーシュと似たような面影が微かに残っている。

若い頃はギーシュに似た容貌であったのかもしれない。

「末の息子が世話になっている聞いている。しばらく前にギーシュから手紙が届いてね。……何でも、剣技を教えてくれているのだとか」

「基本を教えているだけに過ぎん。それ以上のことはしていない」

「いやいや、それだけでも感謝する。フォルトゥナ殿。……それで、どうなのかな? 私の息子の出来は」

「まだ荒削りではあるが、才能はある。基本は叩き込んでおいたから、今後の奴次第だ」

「そうか、そうか。これからも私の息子をよろしく頼むよ」

生粋の武人である伯爵は、息子が力をつけて立派な男になってくれることを期待しているようだ。

何しろ送られてきたギーシュの手紙には「素晴らしい師と巡り会えた」「僕はあの方の力に惚れ込んだ」「スパーダは自分が理想とする、力ある真の貴族の姿だ」などと書かれていたのだから。

「うちのギーシュが何か失礼なことはしたりはしていないかね? ルイズ君」

「いえ、別に……」

あの爆発の魔法を活かすことができずに苦汁を舐めていた頃には「ゼロのルイズ」と他の生徒達と同じく馬鹿にしてきてはいた。

だが、スパーダに師事するようになってからはそのようなことは一切無くなっていたのだ。

さすがに他の女生徒らのようにナンパをしてくるようなことはなかったし、ルイズとしてもお断りだったが。

 

四人は備えられたテーブルを挟んでソファーに腰掛け、互いに向かい合う。ルイズは閻魔刀を立てかけるスパーダの横に腰を下ろす。

それまでは娘との再会に喜び、顔が綻んでいた公爵であったが、それが先ほどの会議の時のような厳しいものへと変わっていた。

「さて、ルイズよ。久しぶりにお前と会えたのは喜ばしいことではあるが――」

真っ直ぐに娘の目を見据える父の威圧にルイズは困惑した。

「聞けば、お前は此度のタルブでの戦に非公式ながら参戦していたそうだな」

「う……」

眉間に皺を寄せる公爵に、ルイズは小さく呻く。

タルブ戦役でトリステイン王軍を空から支援していたのは魔法学院の生徒であるという話は宮廷の貴族達の間では公然の事実であった。

「それに先日、エレオノールから手紙が届いておる。一ヶ月前には姫殿下……女王陛下からの密命を受け、戦時中だったアルビオンへ無謀にも潜り込んだそうだな」

厳しい父の視線に射抜かれ、ルイズはびくりと震えた。

「まったく……お前はまだ書生の身ではないか。己の分を弁えず、勢いと衝動だけで危険極まりない任務を引き受けるなど、愚の骨頂でしかない」

「で、ですが……姫様……女王陛下がお困りでしたので、その願いをどうしても叶えたかったのです……」

声を荒立てはしないものの、父の叱責にルイズは身を縮ませ完全に萎縮してしまった。

「王家への忠義、それは結構な事だ。だが、先の会議でワシが言っていたように、物事を成すには相応の力が必要なのだ。ましてや、お前は魔法の才に恵まれてはいない。くどいようだが、己の力量と分を弁えねば、待っているのは〝破滅〟だけなのだ!」

ドン、と己の膝を拳で叩いた父の怒声に、ルイズはついに涙目になってしまった。

さすがに父に、ここまで怒られるとは思っても見なかったのだ。

「もしもお前の身に何かがあれば、ワシは陛下を恨んでおった所だぞ! おまけにタルブでの戦に直接出向いたなどと!! どれだけワシらが心配したと思っている!」

「まあ良いではないか、ヴァリエール。君の愛娘はこうして無事に戻ってきたのだ。アルビオンでもタルブでも、ルイズ君を守ってくれていたのだろう、フォルトゥナ殿?」

激しい剣幕で興奮する公爵をグラモン元帥が宥め、父と子の会話を静観していたスパーダを見やる。

父に叱られ、じんわりと目に涙を滲ませていたルイズはぐしぐしと拭いながら隣で腕と膝を組むスパーダの方を向く。

「……さてな」

相変わらずつっけんどんな返答であった。相手が女王であろうが公爵であろうが、スパーダの態度は変わらない。

スパーダの呟きに小さく嘆息した公爵は落ち着きを取り戻し、再びルイズの顔を見る。

「まあ、お前はこうして生きて帰って来てくれたのだから、今回ばかりは不問としよう。しかし、今後は決して戦に参加することは断じて許さぬ。よいな?」

「はい……」

父の言葉にルイズはしょんぼりとしてしまった。

公爵としてはもしもアンリエッタの密命によってルイズがアルビオンで命を散らすようなことがあれば、これまで王家に仕えていた歴史を捨てて、王政府に杖を向ける覚悟でいたのだ。

たとえ主命であったとしても、愛する娘を利用するような行為は断じて許さないのだ。

 

「フォルトゥナよ。ワシの娘が誠に世話になったようだ。ヴァリエール家を、ひいてはこのトリステインを救ってくれたことに感謝する」

公爵はスパーダに頭を下げて謝辞を述べる。

「私はやるべきことを成したまでのこと。気にするな。……だが先ほどのルイズへの言葉は一つ訂正させてもらおうか」

「何?」

「お前は先ほど言ったな? ルイズは〝魔法の才に恵まれてはいない〟と」

目を丸くする公爵にスパーダはちらりとルイズの方を振り向き、何かを促しかけてくる。

彼はさらにテーブルの上に置いてある小さなランプにも目を向けていた。

スパーダの言葉とその視線に、ルイズは気付いたように自分の杖を取り出し始める。

 

そして、真顔になったルイズは杖を振り上げ、その口から呪文を紡ぎだす。

「我が意により――見えざる手よ、ランプを掴め」

口語のコモンスペルによって発動される初歩の魔法。テーブルに置かれたランプがルイズの意思によってふわりと浮き上がりだす。

念力によって十秒ほどその場で浮かばせると、すぐにテーブルの上へと静かに戻していた。

公爵はたった今、目の前で目にしたその光景に目を見開き、驚いている様子だ。

「おお……ルイズよ……。お前は、魔法が使えるようになったのかね?」

嘆息を漏らしつつ、呆気に取られる公爵はルイズに問いかける。

それはそうだ。幼き頃よりまともに魔法の一つも成功することが無く、いつも悔しがっていたあのルイズが今自分の前で間違いなく、魔法を使ってみせたのだから。

「はい、お父様。……まだ、コモン・スペルくらいしかまともに使えませんけど……」

少々照れくさそうに、そう告げたルイズに公爵は見るからに嬉しそうに顔を綻ばせていた。

が、そんな公爵とは裏腹に、ルイズは内心焦りと緊張、そして困惑でいっぱいであった。

いかに父であっても口が裂けても言えるわけがない。……自分が、伝説の虚無の担い手などと。

 

「いや、無理をして高みを目指さなくても構わぬのだよ、ルイズ。自分に合ったペースで学んで行けば良いのだ。コモン・スペルとはいえ魔法を使えるようになったことは紛れも無い事実。お前がメイジとして新たな一歩へ進んでくれたことを、ワシは嬉しく思うぞ」

「あの、実は、その……スパーダのおかげなんです。魔法が使えるようになったのは」

「何だと?」

ルイズの言葉に顔を顰めた公爵はスパーダの方を見やる。

「別に何も教えてはいない。多少口添えをしたに過ぎん」

「……いや、それだけでも感謝しよう。フォルトゥナよ。ルイズは昔から、どうしても使う魔法が爆発するという結果で終わってしまっていた。

だが、それが初歩的なコモンとはいえ魔法を成功させることができるまでに成長してくれたのだ。ワシの娘が、お主に何度も世話になったようで感謝のしようがない……」

再度、公爵はスパーダに頭を下げる。

実際の所、その爆発こそがルイズがスパーダに気付かされ、示された道だったのだが。

「ルイズよ。これからもワシは、お前の成長を見守るとしよう。だが、無理にメイジとしての力を極めなくても良いのだよ」

ルイズの方へ向き直り、真っ直ぐに見据えてくる父の言葉にルイズは呆気に取られる。

「先の会議でフォルトゥナも言っておったが、魔法の有無や優劣のみで個人の能力と価値を決めるのはあまりに愚かなものだ。メイジ=貴族という考えは誤りだ。メイジはメイジ、貴族は貴族と別々に割り振って考えねばならん。たとえメイジとして生きることができずとも、貴族として生きることはできるのだ。それだけは間違えてはならん」

元々、公爵がルイズを魔法学院に入学させたのは、メイジとしては一人前にはなれなくても貴族としての嗜みや社交だけでも身に着けて欲しいと願ったからだ。

しかし、トリステイン魔法学院は魔法に関する教育こそ一流ではあるものの、教師達のほとんどは自分の魔法の優位性をひけらかしてばかりであり、生徒達が立派な大人になるための道徳的な教育や貴族の振る舞いや嗜みはほとんど教えようとはしないため、公爵が望んだ貴族としての教義をルイズは教われなかったのだ。

結果、ルイズはスパーダに道を示されるまで苦汁を味わうことになってしまったのだが。

「フォルトゥナよ。今後とも、ルイズのことをよろしく頼む。何か困ったり、挫折することがあれば支えてやって欲しい」

「ああ。そうさせてもらう」

再三、頭を下げてくる公爵にスパーダはルイズに視線を流しつつ頷いた。

ルイズはこうも見ず知らずの相手に頭を下げる父の姿に呆気に取られていた。

父にとってはスパーダは教師の一人として見ているのかもしれない。

それだけ父はスパーダに敬意を表し、そして自分のことを気にかけてくれているのだと、その態度から窺うことができた。

だからこそ、こうもスパーダに頭を下げてまで自分の面倒を見て欲しいと懇願しているのだ。

そして、スパーダもまたその頼みを了承してくれた。

 

 

 

 

「さて……フォルトゥナよ。お主はあくまで特例で此度の会議に出席した身なのだ。あまり他の閣僚達を刺激するような言動は謹んでもらいたい」

父と子の話し合いがある程度済んだ所で、厳しい面持ちとなった公爵は渋い顔で先ほどの会議に関する話題を持ち上げていた。

「それはすまなかった。私ももう少し自重すべきだったと反省している」

とは言うものの、スパーダは別にそのことに関して特にこれといった感慨は微塵も抱いてはいないようだ。

「そうよ。あそこまでズバズバ言うことないじゃない。スパーダが失礼なこと言ったりしないか、あたしハラハラしたんだからね」

そんな超然とした態度のスパーダにルイズは噛み付いた。

「はっはっ、しかし中々に面白い軍議であったことには違いあるまい。私も昔は軍議で杖を抜くことがあったからな。あのようなことは意外に多いのだよ」

グラモン元帥は初老とは思えぬほどに若々しさが感じられそうな様子で、心底楽しそうに笑いだす。

スパーダ自体は悪気は無かったのだろうが、ああもストレートに言うことはないではないか。

会議に出席していた貴族達のほとんどはスパーダの発言に対して頭にきていたのは明らかだ。確実に目を付けられてしまう。

実際、杖を抜いて魔法を叩き込もうとした大臣がいたのだし。

「確かに手厳しい言葉ではあったな。他の大臣達はああもムキになってはいたが、現実として今のトリステインにかつての栄光はない。既に過去の遺物となっているのは事実だ」

ため息をつく公爵は眉間に小さく皺を寄せていた。

「異邦から来たお主の目には、そう映ったのであろう?」

「そうだと言ったら、どうする」

冷徹な問い返しに公爵も元帥も顔をちらりと見合わせ、そして小さく苦笑した。

返す言葉も無い。そう言いたげな様子である。

 

「しかし、ヴァリエールよ。そなたの大陸封鎖の案は悪いとは思えぬが……少々地味な気もするな。もう少し見栄えの良さそうな案は無かったのかね?」

「馬鹿者め。空から封鎖するだけなのに、見栄えも何もないであろう」

公爵は渋い顔をする元帥を睨み、そう諌めていた。

「フォルトゥナよ。そなただったら、アルビオンに対してどのような制裁の案があったかね? ぜひ、そなたの意見を聞かせてもらいたい」

グラモン元帥はスパーダの方へ向き直り、興味津々な様子で尋ねる。

ヴァリエール公爵も同様に、相変わらず腕と脚を組んだままのスパーダへと顔を向ける。

「大した案などあるまい。会議の席で述べられていたように、アルビオンへ攻め込むか、大陸を封鎖するかのどちらか一つだ。……もっとも、今のトリステインには攻め込む余裕などない以上、ひとまずは公爵の案が正解だな」

意外な返答に元帥も公爵も、そしてルイズも拍子抜けしたような顔を浮かべる。

ルイズとしては伝説の悪魔であり、千年以上も人間界の歴史を見届けてきたであろうスパーダならば良案を思いついてくれるのではと考えていたのだが……。

「だが、封鎖をするだけではアルビオンを完全に屈服させることはできまい」

「ほう。何故だね」

自分の案に対してスパーダなりの意見があることに公爵は唸りだす。

「確かに空路を封鎖をすることで補給を断てば、十ヶ月ほどでアルビオンを降伏させることができるだろうな」

「そんなにかかるの!? 今がニューイの月だから……来年のフェオの月ってことになるじゃない!」

思わずルイズは声を上げて驚いていた。

一年の始まりであるヤラの月には年始と始祖ブリミルがハルケギニアに降臨した日を祝う降臨祭という祭事が執り行われる。

それからさらに三ヶ月後ともなれば、その頃にはルイズはとっくに三年生へと進級していることだろう。

「その間、アルビオンは兵糧の供給もできず完全に八方塞がりとなる。だが、それを何ヶ月も続けられて黙っているほど奴らも馬鹿ではあるまい」

スパーダはルイズの驚きに頷きつつ、公爵に意見を述べていた。

「と、言うと?」

「艦隊による正面からの直接侵攻も行えない以上、別の策を用いてトリステインを不正規に攻めてくるだろう。要人の拉致……重要施設の占拠・破壊……そうすることでトリステインに対して脅迫を行う可能性が高いな」

スパーダのアルビオンに対する予見に対し、公爵と元帥は顔を顰めながら呻いた。

「ワルドがアルビオンのスパイであった以上、まだトリステイン内部にはアルビオンの内通者がいると考えて良い。アルビオン……レコン・キスタは国境を越えた貴族の連合だそうだからな」

公爵はワルドの名がスパーダの口から出た途端、渋い顔を浮かべていた。

一ヶ月前、ラ・ヴァリエール公爵領の隣に位置するワルド子爵領に魔法衛士隊が派遣され、屋敷が差し押さえられたのだ。

公爵はその時にワルドが裏切り者であり、レコン・キスタに繋がっていたスパイであると知ったのだった。

この一件に公爵は深く落胆していた。ワルドとルイズは、十年前に親同士で冗談交じりに取り決めたとはいえ許婚だったのだから。

まさか婚約者が裏切り者だったとは、ルイズも深く傷ついたのではないかと心配していたのだ。

……今見る限りでは、大丈夫なようだが。

 

「それに封鎖をするということは、同時にアルビオンの民も困窮することになるだろう。奴らが民から食糧を取り上げでもすれば、アルビオンの民は飢えに苦しむことになる。しかも空路が封鎖されている以上、アルビオンの民はハルケギニアに亡命することさえできない。……野垂れ死ぬだけだ。レコン・キスタが所詮は民意など考えていない烏合の衆である以上、民のことなどどうでも良いはずだからな。国民の犠牲者は相当な数になるだろう」

言われてみれば、確かにその通りである。

アルビオンにいるのは反乱を起こしたレコン・キスタだけではない。滅ぼされてしまったアルビオンの王家に庇護されてきた国民もいるのだ。

あくまで今のハルケギニアにとっての敵はレコン・キスタなのであり、レコン・キスタが拠点とするアルビオンに住まう民に罪はないのである。

 

(スパーダも元は領主様なのよね)

以前、時空神像の記憶を介してフォルトゥナの領主だった頃のスパーダを目にしていたルイズは彼の言葉に納得する。

スパーダは領主だった時も相変わらず冷徹そのものではあったのだが、領民からの意見はしっかりと目を通していたし、領民のために様々な施政を執り行っていたのだ。

そして領民から何か問題事などを持ちかけられたらそれを解決するために自ら積極的に動いていたのである。

スパーダは人間界を魔界の侵攻から守り抜き、さらには領主の経験もあるからこそそのような発言をするのだ。

たとえ敵国であろうと、スパーダはその民のこともしっかり考えているのだ。

 

「奴らはなりふり構わず、あらゆる手段を用いてくるだろう。……悪魔の力を借りてでもな」

三人はその言葉に顔を強張らせ、眉を顰めた。

神聖アルビオン共和国――レコン・キスタの支配者クロムウェルは悪魔と契約し、その力を持ってアルビオン王家を滅ぼし、あまつさえトリステインにまで魔手を伸ばしてきたのだ。

悪魔に魂を売るという凶行をしている以上、敵は次に何をしてくるかも分からないのだ。

「故に、封鎖をして完全に根負けを待つのは得策とは言えん」

公爵としてはレコン・キスタも多少は民意のことも考えているのかとも思っていたのだが、スパーダの話を聞く限りでは自分の認識は甘かったかという思いが生じていた。

自分の案が採用され、アルビオンを空から封鎖させたとしても、それだけで終わるはずが無い。

こちらから直接侵攻を仕掛けない分、トリステイン側の消耗は避けられるだろうが、敵国に取り残された民はその間苦しめられる破目になるのだ。

そのことを考えると、スパーダの言うとおり自分の策は決して完璧ではないと感じていた。

 

「じゃあ、他に何か良い方法は無いの? このままアルビオンを放っておくわけにもいかないんでしょ?」

「そのために、アニエス達がこれから必要になるわけだ」

ルイズからの問いにスパーダは新たに話題を持ち出し始めた。

先ほどの会議でも多くの貴族達が反対していた、アンリエッタ女王が新設しようという平民の近衛騎士隊。

スパーダはその騎士隊の様々な強化案を述べていたのだ。

公爵と元帥はあのスパーダの発言の数々には驚く他なかった。

「……ふむ。確かに、その件に関しては私も同意する。元帥と言う立場上、練兵場の視察で魔法衛士隊の訓練をよく見たりするものだが……。どうも魔法衛士隊隊員の質はここ十数年の間に著しく落ちてしまっていると実感できるな。……ド・ゼッサール君には悪いが」

グラモン元帥は頭を振りつつ、残念そうにため息をついていた。

「おまけにグリフォン隊は隊長だったワルドがいなくなったおかげで、現在は臨時で他二隊の指揮下に入っていると聞く。……ああ、私達が若い頃の魔法衛士隊はまさに一騎当千――栄光と誇りある近衛騎士隊であった。なあ、ヴァリエールよ?」

どこか遠い目をしながら懐かしそうに語った元帥は公爵の方を振り返り、同意を求める。

「う……うむ……そうだな……」

何故か公爵は額に冷や汗を滲ませながら焦りの色を顔に浮かべ、口髭をいじりだす。

二人のその様子を見て、スパーダは眉をピクリとさせる。

「お前達は元魔法衛士隊か」

「うむ。もう三十年も昔の話だがな。ヴァリエールも当時はマンティコア隊に所属していたのだ。当時は王国一と謳われた〝ブレイド〟の使い手でね」

「そんな昔話をしてくれずとも良いわ」

公爵は話題を広げようとする元帥を諌め、憮然としていた。

「父様も、魔法衛士隊だったのですか?」

陽気に語るグラモン元帥の話を聞き、ルイズは父の顔を見ながら驚いていた。

「うむ……お前に話すのは、初めてだな……。それより話を戻すが……」

気まずそうに公爵は口篭るが、すぐに話題を昔話から〝今〟へと切り替えさせていた。

「お主も推挙する女王陛下の新たなる近衛隊の創設には賛成ということで良いのだな?」

「まあ、そうなるな。今のトリステインでは力不足である以上は」

「そなたの述べていた戦力増強の案だが……思いもしなかったな。銃兵と槍兵の役割をまさか、そのような形で複合させられるとは。私も自領の軍にぜひ取り入れてみたいものだよ。真鍮のレイピアによる槍とマスケット銃で武装した百を超える兵……それを率いる我がグラモン家の息子達――その勇ましき姿は何とも……」

頷きながらグラモン元帥は大げさに身振り手振りに陶酔しだす。

 

(親が親なら、子も子ってことなのかしら……)

ルイズは元帥のその様を目にして、末の息子であるギーシュが自分自身に酔う姿と重なり、思わずそう思っていた。

「お前はまた……そのような見栄えばかりを優先させているから、金が無くなる破目になるのだぞ」

年甲斐も無く酔い痴れる元帥に呆れた様子の公爵が彼にとっては厳しい一言を呟く。

「それは言わんでもらえぬか……」

金銭面に関しては負い目があるグラモン元帥は公爵のこの言葉に現実へと引き戻され、かなり気まずい表情でがくりと肩を落とし、項垂れてしまった。

「だが、ワシも驚いたものだな。確かにお主の言っていたような案であれば、平民とはいえ魔法衛士隊に匹敵する隊になることだろう」

スパーダの戦力強化案についてまとめてみれば「武装面の強化」と「マジックアイテムによる補強」の二つだけではあるものの、逆に言えばたったそれだけで戦力を増強させることができるのだ。

おまけに魔法衛士隊と違って特別な訓練はほとんど必要ないのはメイジには無い利点である。

「しかし、神学まで持ち出してくるとはワシらも考えもしなかった。お主、ハルケギニアへやってきて二ヶ月ほどなのだろう? どうやってあそこまで調べ上げたというのだ?」

「魔法学院の図書館を使わせてもらっているのでな。こちらの常識などを学んでいると、自然にそうした話にも目を通す」

「だが、そなたの言っていた始祖の伝説の使い魔を魔法衛士隊やアニエス君達の新たな近衛隊に喩えるとはな。言われてみれば似合っていると言える」

まだ会ったばかりだというのに公爵も元帥も、すっかりスパーダと意気投合している。異邦の貴族としての貫禄や聡明さがすっかり気に入っているようだ。

ルイズはほとんど話の輪には入ることができず、先ほどから傍観してばかりだ。大人同士の会話に子供の自分が入り込む余地はない。

だが、厳格であった父が友人に突っ込みを入れたり、普段は見せることの無い意外な一面を垣間見ることができたりして、思わずルイズはほくそ笑んでしまった。

その父と友人、二人と語り合うスパーダは相変わらず冷然とした態度を崩さなかったが。

 

「……見た所、お主もその者達と同じでかなりの手練れのようだな」

公爵はスパーダが立てかけている閻魔刀とスパーダの脇に視線をやり、目を細めていた。

「あの時、その気ならばグラモンが錬金を唱えるより速く銃を撃っていたのだろう?」

公爵も元帥も、会議の席で杖を抜くのとスパーダが銃を抜くタイミングが全く同じであったことが分かっていた。

その動きだけで彼の技量はとてつもないほどに高いものなのであろうと推測する。銃の腕も、剣の腕も。

……並のメイジでは全く歯が立たない、メイジ殺しと呼ばれるほどに。

「さあな」

「……だが、お主ほどの者であればルイズを任せることができるであろう。これからも、どうかルイズを守ってやって欲しい」

スパーダは公爵からの懇願に言葉は返さない。ただ黙って公爵を見据え、小さく頷くだけであった。

しかし、スパーダにとってはわざわざ言葉に出す必要はなかったのかもしれない。

彼は行動することで自らの意を示すのだから。

 

「失礼致します」

トリステインの重鎮と異邦の貴族が語り合う中、部屋の扉がノックされ、声がかけられる。

現れたのは城で勤務している女官であった。

「ミスタ・フォルトゥナとミス・ヴァリエール様。アンリエッタ女王陛下が会見を求められておりますが……」

「……そうか」

肩越しに振り向くスパーダは閻魔刀を手にして立ち上がり、さっさと部屋を後にしようとする。

「あ、ちょ、ちょっと! スパーダ!」

「アンリエッタ女王が我らに用事があるなら、行ってやらねばなるまい」

思わず呼び止めるルイズにスパーダはあっさりとそう答えた。

ルイズはちら、と父の方を振り返る。公爵はルイズの目をじっと見つめながら小さく頷いていた。

 

〝行ってきなさい〟と言わんばかりに。

 

父に促されたルイズは迷いつつもととと、とスパーダの元へと駆け寄っていく。

「フォルトゥナよ。今度、ルイズが夏期休暇で戻ってくる時はお主も我がヴァリエールの城へ来るが良い。その時にまた色々と話し合おう」

スパーダの背中に声をかけた公爵に本人は振り返りもせずに答え、ルイズを引き連れたまま退室していった。

娘とその使い魔……従者……教師……色々な役目を担う異邦の貴族を見送った老貴族とその友だけが部屋に取り残される。

「……異国の貴族、スパーダか」

「君の若い頃にどことなく似ていたな」

「ワシはあそこまで冷たくはなかったぞ」

背もたれに体を預けた公爵に元帥は茶々を入れてくる。

反論する公爵ではあるものの、スパーダを見た時に思ったのだ。昔の……二十年以上も前の若かった自分にそっくりだな、と。

「だが、何とも不思議な男よ。鳥の骨と同じ余所者であるはずなのに、纏っている雰囲気がまるで違う」

元帥のその言葉に公爵も感慨深げに強く頷いた。

公爵は余所者であるロマリア人のマザリーニが王族を差し置いて国政を取り仕切っているのは気に入らなかったのだが、スパーダには不思議とそういった嫌悪を感じなかった。

むしろこれまで見たり、会って来たのとは全く異なるタイプの貴族の風格に自然と惹かれていた。

「実に面白いことを考える男だったな。もっと若い頃にああいう貴族と巡り会えていれば、今のトリステインを変えられていたのかもな」

スパーダの手厳しいが現実的な指摘の数々を思い出すと、自分も歳を取り過ぎたなと公爵は感じていた。

だがそれで彼に嫌悪や反感などは抱かない。むしろすっきりしたような感じであった。

 

 

 

 

「姫様。申し訳ありませんでした。スパーダが会議を騒がしくさせてしまって……」

アンリエッタの執務室へと通されるなり、ルイズは即座にアンリエッタに頭を下げて侘びていた。

「いいのよ、ルイズ。あれぐらいのことを言って貴族達に灸を据えてあげなければ、トリステインに未来はないのだから」

アンリエッタはルイズの肩に手を置き、頷くとルイズから閻魔刀を携えて佇むスパーダの方を向く。

「スパーダ殿には感謝を申し上げます。手厳しい言葉ばかりではありましたが……これで、気兼ねなく銃士隊を新設することができます」

心から感服したように充実した顔でアンリエッタは謝辞を述べる。

「だが今の状態ではアニエス以外の隊員達では力不足だ。それでは魔法衛士隊との連係も取り難くなるだろう」

「分かっております。……あれは、わたくしへの助言でもあったのですね」

アンリエッタが新設しようとしていた銃士隊の構想は、彼女達の隊をそのまま近衛にするというものであった。

しかし、スパーダの発言を聞くことによって、銃士隊の戦力を更に強化することができるということを暗に助言されたようにも感じ取れたのである。

さらには彼女達はおろか魔法衛士隊をも伝説の使い魔に見立てて貴族達を説き伏せる……あれはアンリエッタも驚かされたものだ。

 

「スパーダ殿の提案通り、銃士隊には戦力強化のための装備を与えることに致します。あなたの案はどれも斬新なものばかりでした……」

彼のような柔軟な、斬新な発想を持つ貴族がもっと早く現れてくれていれば良かったのに、とアンリエッタは思った。

「好きにするがいい。彼女達に必要なものがあれば、私も手を貸してやる。ゲルマニアや魔法学院に伝手があるのでな」

「何から何まで、力を貸していただき感謝のしようがありません……」

アンリエッタはここまで力を貸してくれるスパーダに心から感謝の気持ちでいっぱいだった。

スパーダとしては、銃士隊は悪魔達との戦いになった時に必要な存在であると踏んでいるため、力を与えてやることにしたまでなのである。

「気にすることはない」

が、アンリエッタの謝意に対してスパーダはあくまでつっけんどんであった。

「だが、国の戦力を整えるのも構わんが、タルブの復興もできるだけ早くしてやると良い。タルブの民は女王であるお前の力を必要としている」

国外の問題にばかり集中しすぎると、今度は国内の施政が疎かになってしまうのだ。

特にタルブの戦役で多大な被害を受けたタルブは、一日でも早い復興が必要なのである。

「……はい。もちろんでございます」

「どうなさったのですか? 姫様」

ルイズは頷くアンリエッタの表情に何やら憂いのようなものを窺い、心配そうに声をかける。

黙り込むアンリエッタにルイズは絶えず気掛かりであり、スパーダもただ沈黙したまま冷たい視線を浴びせ続けていた。

ため息をついたアンリエッタは、決心したように顔を上げるとスパーダの顔を真っ直ぐに見つめた。

 

「スパーダ殿。異邦よりこのハルケギニアへ参られたあなたに、お尋ねしたいことがあります」

「What?(何だ?)」

ルイズはアンリエッタがスパーダに何か相談したいことがあるのだとその態度から見て取り、じっとアンリエッタを見守る。

「……わたくしは、このトリステインの女王が果たして務まるのでしょうか」

「姫様、何をおっしゃるのです?」

予想していなかったアンリエッタの言葉にルイズは呆気に取られる。

「正直に申し上げます。わたくしは女王になどなりたくはありませんでした。

先王の父が亡くなった時、大后……母は女王には即位せず喪に服しました。亡き先王を偲んでのことだということですが……」

先日、マザリーニからその話を耳にしていたアンリエッタだが、娘からしてみればそんなものは言い訳としか受け取れなかった。

「母の思いがどうであれ、王座を空位のままにしておいたのであれば、わたくしもそれに倣おうと考えていました」

「ですが、姫様。姫様の戴冠は、トリステインの貴族も民も望んでおられたことです。それにタルブでの勝利があったからこそ、姫様は女王と認められたのではないですか」

「そうよね、ルイズ……。我が侭はいけないわよね。……あなたや国民が望んでいるというのであれば、わたくしはその声に応えて女王にならなければいけない」

切なそうにため息をつくアンリエッタ。

「……でもね、わたくしはタルブでの戦いでは何もできなかったわ。わたくしができたのは、ただ軍を率いたということだけ。

それどころか、襲ってくる悪魔達に恐怖すら感じてしまった……」

思い出すだけでも恐ろしい。この世のものとも思えぬ醜悪な悪魔が無慈悲に、残酷に命を奪っていく凄惨な光景を。

そして、自分も危うくその爪牙にかかる所だったのだ。

「あの勝利はわたくしではなく、あなた達……そして、ウェールズ様のものだわ」

「ウェールズ皇太子?」

アンリエッタの口から出てきた名に、ルイズは目を丸くした。

アルビオンの反乱軍、レコン・キスタにより滅ぼされたテューダー王家の皇太子、ウェールズ・テューダー。

従妹であるアンリエッタがただ一人愛していた男。

「あなた達がタルブで戦い、そしてウェールズ様のこの指輪が、わたくしに勇気を与えてくれた。だからこそ、わたくしは兵を率いることができた。

きっかけを与えてくれたのは、あなた達なのよ」

アンリエッタは自分の指に嵌められた風のルビーを愛おしそうに手で触れた。

澄み切った透明色の宝玉。それを見つめているとどこまでも切なくなってくる。

今の女王になってしまった自分をウェールズが見たら、一体どう思われるのだろう? 何と言われるのだろう、とアンリエッタは常々不安であった。

「勢いのまま、結果的にわたくしは女王になったというだけ。……今まで無力な飾りの姫でしかなかったわたくしがこれから女王としてやっていけるのかどうか、不安で仕方がないのです」

アンリエッタは沈黙し続けたまま腕を組んでいるスパーダの変わらぬ冷たい顔を見つめる。

 

「……確かにお前の母親は王族の義務を自ら放棄し、お前に押し付けた。それは紛れも無い事実だな」

「ちょ、ちょっと……!!」

以前、スパーダのトリステイン王族に関する思いを耳にしていたルイズは慌ててスパーダに噛み付いた。

王族の目の前でまたあのような不敬を口にしたら、それこそ失礼である。

「お前の母も、マザリーニも、トリステインの貴族も民も、ルイズも、お前が女王となることを望んでいたのだろう。お前自身が望まずともな。そして、お前はその思いに応えなければならず、仕方なしに女王になった――いや、された――」

言葉をそこで切り、スパーダはアンリエッタの憂いた瞳を、冷徹な視線で射抜いていた。

アンリエッタはその視線に射抜かれ、そしてスパーダの凄みのある気迫に息を呑んだ。

「……勘違いはするな。お前は望まずに王にされたのではない。お前は自らの意思で王になったのだ」

「わたくしが、自分の意思で……?」

スパーダの言葉にアンリエッタは呆気に取られる。

「お前が王になったのは戴冠式などという儀式を行ったからではない。そして、お前の即位を望んでいた者達とは無関係に、お前は王となっている。お前が王になったのはそれよりもずっと前――」

ルイズもアンリエッタも、意外な言葉を発するスパーダに呆然とし続ける。

「アルビオンにタルブが攻められた、その時だ」

「タルブでの戦い……?」

あの時、自分は女王などではなかった。今や解消となった望まぬゲルマニアとの政略結婚にいざ出発するという直前だったのだ。

飾りの姫でしかなかったはずのあの時に、自分は王となった?

「お前は言ったな? ルイズとウェールズに勇気を与えられ、兵を率いたと。では、その勇気とやらがお前の中に生まれた時、お前はまず何をした?」

アンリエッタはあの時のことを思い返す。

アルビオンからの宣戦布告により緊急で開かれた会議の席で不毛な言い争いを続け、そして自分に勇気を与えてくれたルイズ達を侮辱した貴族達を自分は一喝した。

その後はほとんど勢いに任せて挙兵することを決意したのだ。

国土を侵され、民が苦しみ、そして無二の親友が戦っているという現実を見過ごすことなどできなかったのである。

「きっかけはどうであれ、お前は自らの意思で兵を率いてタルブへ赴いた。国と民を守るために。……その瞬間、お前は王となったのだ。もしもお前がその時、兵を率いていなければお前は王はおろか、王族でさえない。文字通り、無力な飾りの姫だ。そしてその時に王でなければ、誰もお前の後に続こうとはしなかったはずだ。だが、お前の後にはしっかりと続く者達がいた。それこそが、お前が自らの意思で王となったことの証だ。……お前は自覚していなかっただけに過ぎん」

アンリエッタはスパーダの言葉に目を見開き、心を打たれる。

自分はあの時、既に彼の言うとおりに王となっていたのか。そして、その王となった要因の中には、誰かの干渉や進言などもなく自分自身の意思で行動を起こした。

あの時のことを思い返すと、胸が熱くなる。

「忘れるな、アンリエッタ。お前は誰の意思でもなく、自らの意思で王となった以上、その責務をお前の母のように放棄することは許されん。お前のその身が果てるか、そして次の代に託すことができるその時まで、お前は王であり続ける」

目を伏せたアンリエッタは思いつめた様子で俯き、沈黙する。

スパーダもルイズも、アンリエッタをただじっと見つめ続けていた。

「……わたくしは、ウェールズ様に誓いました。勇敢に生きてみる、と」

すっと面を上げたアンリエッタは、毅然とした顔で真っ直ぐとスパーダの冷徹な瞳を見返していた。

「あの方にそれを誓ったのであれば、わたくしは強い王として生きなければなりませんね」

それまでの憂いさは消え失せ、強い光が宿った瞳をスパーダは見据える。

「ですが、わたくし一人だけでは王の重責には耐えることはできないでしょう。ルイズと共に、異国の貴族であるあなたのお力を今後もお貸しいただけますか?」

「可能な限りは手を貸してやる」

「……ありがとうございます。スパーダ殿」

安堵した笑みを浮かべ、アンリエッタはスパーダに頭を下げた。

この厳しくも父のような風格を醸し出す男に見限られないよう、これからは王としての自覚を持って国を盛り立てなければならないのだから。

「もう一つ、お尋ねしてよろしいですか?」

「Yeah.(ああ)」

「ウェールズ様は、今でもどこかで生きていると思いますか?」

以前、ルイズからの話で彼は最後にウェールズに生きるように促してくれたという。

もしも彼の言に従っているのであれば、ウェールズは今でもどこかで生きているのかもしれないという願望を抱いていた。

「……さてな。全てはあの男自身の意思次第である以上、私にはその後のことは何も判らん」

「そうですか……」

少し気落ちするアンリエッタ。隣のルイズも物憂げな顔を浮かべていた。

できることならば、生き延びていて欲しい。そして、いずれ再会する時を願って。

 

 

王都トリスタニアの一角、貴族達の壮麗な屋敷が立ち並ぶ高級住宅街に建つ一軒の大きな屋敷。

そこはトリステインの重鎮の一人、高等法院長リッシュモンの邸宅であった。

今日王宮で開かれた諸侯会議が終了した後、リッシュモンは一直線に自分の屋敷へと戻ってきていたのだ。

「くそっ、余所者ごときが余計な真似を……」

自室に戻るなり、リッシュモンは見るからに不機嫌そうに毒づいていた。

それまで飾りの姫でしかなかった女王は平民の近衛隊を新設したいなどと馬鹿げた真似をしようとしている。

魔法の使えない平民など役には立たないと諫言はしたものの、リッシュモンにとってはそんな平民の部隊が新設されたからといって別に何も問題にはしていない。

何故なら所詮は平民でしかないのだから、メイジである自分達に敵うはずがないのだ。杖を一振りするだけで無力な平民など一掃できるのだから。

せいぜい、無能な様を晒し続けているが良い。

 

……そう思いたかったのだが。

先の会議に出席していたあのスパーダとかいう異邦の貴族。

どこの馬の骨かも解らないあの男の発言は結果的に何も知らない小娘に入れ知恵をすることとなり、それによって平民の近衛隊とやらは強行的に新設されることだろう。

 

強力なマジックアイテムで武装した、平民の近衛隊が――

 

リッシュモンは何もそのことでトリステイン貴族としてのプライドを傷付けられたからこうも機嫌が悪いのではない。全く別の理由だった。

「早急に手を打たねばならぬか……」

憮然とした表情の中に焦りを滲ませるリッシュモンは杖を振り、ペンと羊皮紙を引き寄せると猛烈な勢いで文をしたため始める。

書き留めるリッシュモンの頭の中には、ある思いだけが激しく渦巻き続けていた。

 

――今、このトリステインに僅かであろうが戦力を整えられては困る。

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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