魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 44 <忍び寄る悪意>

 

トリステイン魔法アカデミー所属の主席研究員・エレオノールは本来、得意な系統である土魔法を専攻分野としている。

現在は主に『いかにして美しい始祖の聖像を作るか』という研究をテーマにしていた。

無論、常日頃からその研究にのみ従事しているわけではなく、上部である評議会から別の研究や調査を行うように命じられることもある。

 

新しく見つかったマジックアイテムの調査やマジックアイテムを生成するための希少な素材探しと実に様々である。

魔法学院に預けているあの時空神像という黄金像の調査もその一つだった。

……エレオノールにとっては忌まわしい像であったため、その効果だけを報告して持ち帰りはしなかったが。

何より、それをまともに使える者が今のところ二人しかいないのだから。

 

さて、今日は末の妹であるルイズが在籍する魔法学院を訪れたエレオノールであったが、来訪の目的はもちろん評議会からの命令。

……いや、正確には評議会を通した王政府からの命令であった。

 

その内容は『魔法学院に滞在するスパーダ・フォン・フォルトゥナ氏より、マジックアイテムの製法を記録せよ』というものだ。

何でも今度王政府が新たに発足する銃士隊とかいう近衛隊に支給する装備にマジックアイテムが含まれているそうだ。

マジックアイテムの製法をあのスパーダという異国の貴族から聞き及ぶことで、今後はアカデミーでそのマジックアイテムを作っていくことになるのだろう。

エレオノールからしてみれば伝統ある魔法アカデミーで行われるべき研究ではないと思っていた。

神の御業である神聖な魔法を下賎なことに使う……ましてや平民のためにマジックアイテムを作るなど……マジックアイテムを作ること自体は異端というわけではないだろうが、さすがに納得はできない。

事実、評議会でもマジックアイテムの生成は別としてその用途に関しては全く良い声がない。

色々と文句や不満はあったものの、王政府からの命令とあれば断ることもできない。

よって、エレオノールはルイズの様子を見るついでとしてこの依頼を引き受けたのだ。

 

こうして魔法学院を訪れたエレオノールであったが着いて早々、ルイズがよりによってヴァリエール家先祖代々の仇敵であるツェルプストー家の女とこともあろうか仲良くしていたのがどうにも許せず、折檻をすることになったのだ。

しかし、それを止めたのが――

「エレオノールさんがここに来たのは、妹さんを叱ることではないはずですよ。もうそれで手打ちにしてあげても良いでしょう」

「……むぅ」

従者として引き連れていたモデウスにそう宥められ、エレオノールは抓っていたルイズの頬から手を離す。

その光景を見ていたキュルケは密かにおかしそうに笑っていた。

「でも、どうしてエレオノール姉さまがここに……」

真っ赤に腫れた頬を押さえ、ルイズは姉の気迫に萎縮しつつも問いかける。

 

「ああ。そうだったわ。あなたの従者……スパーダはどこにいるのかしら? 私は彼に用があってここに来たのよ」

「ス、スパーダならコルベール先生の所に……」

「案内しなさい。ほら、すぐに動く!」

「はいぃ……。あ……」

きびきびと命じるエレオノール。ルイズは慌てて姉を案内すべく歩き出そうとしたのだが、そんなことをする必要はなかった。

当の本人が今、こちらへ歩み寄ってくるのが見える。

 

スパーダはタバサを伴って堂々と一行の前に姿を現したのだ。

エレオノールにとってはスパーダが異国のフォルトゥナの元領主であろうが今はルイズの従者である以上、そのようにして見て扱うつもりでいた。

「しばらくね、スパーダ。……ルイズのことはしっかりと面倒を見ているのでしょうね」

「善処はしている」

相変わらず高圧的に接するエレオノールに対し、スパーダはやはりそんなもの知ったことではないと言わんばかりの冷徹な態度であった。

そうしてきつい視線と冷たい視線が静かに交差する中、エレオノールの後ろについていたモデウスはスパーダが現れてからというものの、目を見開きっぱなしだ。

驚愕……としか言いようがないほどの表情でスパーダを見つめている。

「どうしたの? そんなに驚いたりして」

キュルケがモデウスにしなを作りながら傍に寄ってくるが、本人は眼中にないといった様子でただただスパーダに見入り続けている。

あまりの反応の無さに、キュルケはつまらなそうに肩を竦めだす。

 

スパーダはちらりとモデウスを一瞥する。

ここに来る途中で既に上級悪魔であるモデウスの魔力を感知していたが故に驚きなどしなかった。

既にこの異世界に足を踏み入れている以上、いずれ直接相見えることは分かりきったことなのだから。

 

「It's been so long. ……My master, Dark Knight Sparda.(お久しぶりでございます。……我が師、魔剣士スパーダよ)」

その場に恭しく跪いたモデウスはスパーダに対し、頭を垂らす。

唐突なモデウスの行動にエレオノール、ルイズ、キュルケの三人は目を丸くしていた。

「I have been waiting for this moment that can be reunited with you.(再びあなたとお会いできるこの時を、私は待っておりました……)」

「Rise.(立て)」

モデウスの前まで歩み寄ってきたスパーダはモデウスを促す。

「ちょっと。何を話してるのよ……」

異国の言葉が分からないエレオノールは困惑するが、対照的にルイズ達三人の生徒は多少は意味が理解できていた。

 

スパーダの言葉通りに顔を上げゆっくりと立ち上がるモデウス。

……が、突如彼の足元の地面から一振りの長剣が突き出てきた!

「「「ええっ!?」」」

タバサを除く三人は突然の出来事に声を上げる。

それは一瞬の出来事だった。モデウスはその剣を手にするなり、いきなりスパーダに斬りかかってきていたのだ。

対するスパーダもいつの間に手にしていたのか、左手で鞘に収まったままの閻魔刀の鍔でモデウスの刃を顔の前で受け止めていた。

一秒とかからないあまりの早業は四人の目で追いつける動きではなかった。タバサですら反応ができなかったほどだ。

「剣を捨てたと聞いていたが……腕は鈍ってはいないようだな」

スパーダはモデウスの剣を受け止めつつも、冷然な表情一つ変えずに彼の目を睨んでいた。

 

「マーシレスか……。良い剣を持っている」

モデウスが手にする鍔部分に絡み合う蛇の意匠が象られたその漆黒の長大な細剣はマーシレスと呼ばれる魔具であり名剣の一つとして知られている。

しかし、モデウスは自分自身の別の剣を持っていたとスパーダは記憶しているのだが。

「ただの拾い物です」

スパーダに自分の一閃を容易く受け止められたモデウスであったが、満足そうに顔を綻ばせた。

1500年以上の時が経った今も、魔剣士スパーダの実力は衰えてなどいないという事実に。

 

 

 

 

黒き日の混沌――

 

ハルケギニアの歴史に新たに刻まれたその運命の日よりも前、黒騎士モデウスはタルブの地に足を運んでいた。

十数年に一度、この異世界で起こるという皆既日食。

月に一度、天を交差する二つの月が太陽を覆い隠し、地上に一時の闇をもたらす際、魔界とハルケギニアの次元の境界は極限まで薄れるという。

その僅か十数~数十分という時間の間に悪魔達は特別な手段を用いず自由にハルケギニアと魔界を行き来できるのだ。

通常はその魔力の強さが祟って次元の境界を抜け出せない上級悪魔達もまた、何の苦労も無く現世へと現れることができる。

 

さる事情でこの異世界を訪れていたモデウスは各地を放浪する中で様々な魔界との繋がりに関わる話を耳にしていた。

各地に設置されているという小規模ながら魔界とこの異世界を繋ぐ地獄門はもちろんのこと、その皆既日食についてもだ。

そして、悪魔達の情報を耳にすることで魔界の勢力がこの異世界の侵攻を企てているという話もモデウスは聞き及んでいたのだ。

 

魔界三大勢力の一角、羅王アビゲイルがその日食の日に侵攻してくるという情報を手に入れたモデウスは侵攻ポイントとされていたタルブの地へ一足先に訪れたのだ。

モデウスの師である魔剣士スパーダもまた、この異世界に足を踏み入れている以上はアビゲイルの侵攻を聞き入れているかもしれない。

1500年以上も前、魔帝ムンドゥスの人間界侵攻はもちろん、数々の悪魔達の暗躍を阻止してきたというスパーダであれば今回のアビゲイル侵攻を阻止するために現れると思ったからだ。

モデウスは己の目で、魔剣士スパーダが魔剣を振るいアビゲイルに立ち向かう姿を見届けたかったのだ。

 

結果として、モデウスはタルブの地でしかと見届けたのだ。

魔界最強の剣士と呼ばれ、魔帝ムンドゥスの右腕としても仕えた強き師の勇姿を。

再び自分達の前に現れた偉大なる魔剣士スパーダは見事、魔界の羅王アビゲイルをその剣で退けてみせたのである。

そればかりか、かつての魔界での抗争において魔剣士スパーダと共に戦ったという同胞達まで姿を見せていた。

 

モデウスもまた己の剣を振るい、タルブの民達を――魔剣士スパーダが守ろうとしたこの異世界の人間を悪魔達の魔手から守り続けていたのだった。

 

魔法アカデミーの研究員、エレオノールとはトリスタニアでの接触からモデウスはさらに関わることが多くなっていた。

エレオノールの酔い止めとなったホーリースターの製法の伝授を皮切りに、トリスタニアに滞在するモデウスは度々エレオノールに呼び出しを受けていた。

モデウスはエレオノールからしてみれば一平民でしかないのだが、それでも異国の錬金術や魔術に造詣が深いため、その技術に研究者として関心を抱いたのだ。

おまけに剣の腕も立つため、調査のための遠出の際は従者として雇うようになったのである。

 

今回の魔法学院の訪問もそういった理由であるが、戦場でスパーダの力を見届けたモデウスはいざ直接会うためもありエレオノールに同行したのである。

1500年ぶりに目通りかなった偉大なる師の姿……。それは全く変わりない……。

師を試すために放った一撃も、剣を抜くことさえなく容易く制していた。

 

 

「モデウス! 私の従者ともあろうものが、あんな真似をするだなんて!」

「申し訳ありませんでした」

剣を収めたモデウスはエレオノールに叱責され、頭を下げて詫びる。

それはそうだ。訪問先で対面した相手にいきなり剣で斬りかかるなど、とんでもない所の騒ぎではない。刺客か暗殺者なのかと勘違いしてしまいかねない。

ましてやそれがラ・ヴァリエールの従者となれば、ヴァリエール家の面目は丸潰れだ。本来ならばこの時点でモデウスをクビにしてもおかしくはない。

「構わん。そのくらいにしておけ」

「あなたはお黙りなさい!」

スパーダが諌めるが、激怒するエレオノールは聞き入れない。

「お前がここに来たのは私に用があるからなのだろう? そいつの処遇は後で好きなだけやればいい」

「む……」

しかし、スパーダの相変わらずな冷徹な言葉でエレオノールは不満げな顔をするもそれ以上の反論はしなかった。

先ほどもモデウスに似たようなことを言われていたが、確かに自分にはここへ来た目的があるのだ。

「……分かったわ。では、まずあなたにこれを見ていただきます」

ようやく収まったエレオノールは手にするカバンから書簡を取り出し、それをスパーダに差し出す。

書簡を受け取るスパーダはそれを開き、中に目を通す。

「ねぇ、何々? 何が書いて……」

「これ! 子供が一々、大人の話に首を突っ込むものじゃありません! あなたは大人しくしていなさい!」

「いだい~~~……!」

ルイズがスパーダの元へ歩み寄ろうとするとエレオノールがその頬をまたしても抓り上げて叱りつけた。

そんな二人をよそにスパーダは黙々と書簡を読み続けている。

「ふん……」

そこにはエレオノールが魔法アカデミーの評議会を通した王政府からの命令が書き記されていた。

これは今後の銃士隊にも大きく関わるのだろう。スパーダの異邦の錬金術でなければ彼女らの装備は整えられないのだから。

その技術をアカデミーに伝授させて今後に備えようというわけだ。

「分かった。では、コルベールの研究室で行うとしよう」

書簡を返すなり、スパーダは踵を返してさっさと歩き去っていこうとする。

「モデウス、行くわよ。ルイズも来なさい!」

「は、はいぃ……!」

モデウスはもちろん、ルイズまでも引き連れてエレオノールはスパーダに続いていく。

 

キュルケとタバサも当然、一行の後ろを一緒に付いてきていた。エレオノールの用事とやらは何なのか分からないので気になっていたのだ。そして何より……。

「ねえタバサ。あのお兄さん、どう思う? いい男だと思わない?」

スパーダに突然斬りかかったこのモデウスという青年である。

彼はキュルケの目に叶うような、端正な顔立ちをした美男子であった。

一見弱々しそうな優男であるが、実際は卓越した力を持つ剣士であることは明らかだ。そこがまた、キュルケの好奇心を刺激する。

「彼、ダーリンの知り合いみたいね。いきなり斬りかかるなんてびっくりしたけど……」

「……彼は恐らく悪魔」

しかし、タバサは既に看破していた。このモデウスは人間ではないという事実に。

魔剣士スパーダと深く関わりあいのある者が、まともな人間であるはずがないのだ。

「やっぱりそう思う? まあ、ダーリンのお弟子さんっていうくらいだからただの剣が強いお兄さんってわけじゃないとは思っていたけど……」

だが、だからといって二人はあのモデウスという悪魔に対する警戒心や敵意を抱いてはいなかった。

彼はスパーダと同じ、決して人に害を為すような凶悪な悪魔などではない。

それは先ほどのスパーダとのやり取りが示していた。

 

 

 

 

コルベールの研究室へとやってきた一行であるが、エレオノールは中に足を踏み入れるなり不快感に顔を歪めだす。

(相変わらずね……ここも)

以前より何度かこの研究室に入ったことはある彼女だが、そこには奇怪な品々ばかりが置かれていて同じ研究者として理解に苦しむ……。

そもそもコルベールの行っているという研究は彼女には理解することができず、また意味のない行為であると考えていた。

メイジからしてみれば異端というか、外道というか、邪道としか思えない研究を……。

そしてその部屋の主、コルベールはというと……。

「う~む……。やはり、スパーダ君のような火石くらいでないと長くは動かないなぁ……」

テーブルの上に置かれた大きな装置を前にして何やら唸っている。

「あの……コルベール先生?」

「やあ、みんな。よく来てくれたね」

ルイズが声をかけると、我に返ったように振り向いたコルベールは快く迎え入れてくれた。

「エレオノール君も、わざわざご足労をかける」

「恐縮でございますわ、コルベール先生。……しかし、相変わらず変わった研究をなさっているようですのね」

挨拶ついでにエレオノールはため息と共に呆れと軽蔑が入り混じった言葉を投げかける。

「ははは。何、私にとってはこれも立派な命題なのだよ。誰が何と言おうともね」

苦々しく笑いながらもコルベールは毅然と答えると、スパーダの方へ視線をやった。

「ところでスパーダ君。見てくれたまえ! 私の発明を!」

一転して顔を輝かせるコルベールはテーブルに置かれたその装置を指し示した。

以前の講義でコルベールが披露した装置とよく似ている。

 

「何? あれ……」

「さあ?」

ルイズとキュルケは呆気に取られてその装置を見つめていた。

エレオノールも怪訝そうな顔で成り行きを見届けている。

「あれから私は例の装置を『発火』に頼らず動かす方法を模索した。そこで君も言っていた燃料……即ち動力源があれば長く動かせるはずだと私は踏んだのだ」

かなり熱くなった様子で語るコルベールにスパーダとモデウス、そしてタバサ以外は目を丸くしたまま立ち尽くしていた。

「私は例の装置を改造し、火石を動力源にできるようにしたのだ。火石から抽出される僅かな熱を利用して内部の機関を動かすのだよ」

コルベールは装置を弄ると、取り付けられたパイプから小さな蒸気が溢れ、そして車輪が回転しだす。

更には以前と同じく、蛇の人形が何度も顔を出した。

「すると見たまえ! こうしてヘビくんが顔を出すのだ! 以前と違って発火の力に頼らずこうして放っておいても、火石の熱がある限り半永久的に動き続けるのだ!」

子供のようにはしゃぐコルベールの姿にエレオノールもキュルケも呆れている様子だ。

「まったく……相変わらず不毛な研究を続けていらっしゃるのね。そんな物を作った所でどうにもなるわけでもないでしょう?」

エレオノールもまた、コルベールの発明と持論に対して冷ややかな反応しか示さなかった。

「神の御業である魔法を蔑ろにするような研究なんてすぐに異端とされてしまいますわよ」

「異端か……確かにそう言われても仕方がないだろうな。だが私は、自分の研究を多くの人々に役立てたいのだ。たとえ異端呼ばわりされようともね」

「……私はあなたがどのような研究をしていようとも気にしませんが、くれぐれものめり込みすぎて道を踏み外しすぎないでくださいね」

アカデミーでは実用的な魔法の研究よりも、神の御業である魔法の効果そのものを探求するのが主流であり、コルベールのような研究は即刻停止か追放させられてしまう。

そんな神学一筋なアカデミーの方針には完全に従っているわけではないエレオノールであっても、やはりメイジとしてコルベールのような研究は下賎ではしたない物にしか見えなかった。

「そしてあなたはこの由緒あるトリステイン魔法学院の教師なのですから、ルイズ達生徒をメイジとして……貴族として教育することも忘れないでくださいね」

「はははっ……もちろんだとも」

それは誰よりもコルベール自身が分かっている。もしも道を踏み外し、非人道的な行いをすればどのような悲劇が待ち受けているか……。

そして自分が教育者であることも決して忘れはしない。国の未来を担う生徒達にはメイジとして魔法の扱い方を覚えるだけではなく、貴族として……人としての道徳も教えなければならないのだ。

「しかし、やっぱり何日も連続で動かし続けるとなるとスパーダ君が作るような火石でないと駄目だな。私が作ったものではせいぜい半日が限界だ」

「そうか」

スパーダから伝授された錬金術を元に短期間でここまで改良を施すとは、本来なら驚きものである。

確かにコルベールの技術力の高さには感心する所であるが、今はそんなことに気を回している暇はないのだ。

故にその発明を熱く語られたとしてもスパーダは冷たく生返事をするだけであった。

「火石を作った? あなたが?」

コルベールの発した言葉にエレオノールが顔を顰める。

「ああ。彼の錬金術はとても素晴らしいものだよ、エレオノール君。彼にかかれば火石はおろか、風石だって作れるんだ。私のこの発明の発展も、彼の教えを受けたからこそだ」

「エレオノールさんも、ホーリースターを作ったことがあるでしょう。あれと同じですよ」

モデウスの指摘にエレオノールは気まずそうな顔をする。

「エレオノール姉さまも、異邦の錬金術を?」

「う……ま、まあ……研究者として少しくらい関心を抱きはしたけど……コルベール先生のように積極的にやっているわけではないの。アカデミーで公にそんなことできるわけないでしょう」

実の所、酔い止めのホーリースターの製法をモデウスから教わり、その後も様々な秘薬の製法を彼から教わっていたのだ。

今では癒しの霊石バイタルスターなども純度は低いものならば作ることができるようになっている。

「……ところで、君がスパーダ君とここに来たということは、私の設備を使いたいということで良いのかな?」

「ああ……そうでしたわ。スパーダ、では早速準備に取り掛かりなさい。あなたの錬金術とやらをこの目で確かめさせてもらうわ」

コルベールの指摘にエレオノールは思い出したようにスパーダに命じた。

「うむ。コルベール、また借りるぞ」

「いいとも、いいとも。ぜひ、使ってくれたまえよ」

こうしてコルベールはテーブルの上から装置をどかし、スパーダは儀式に必要な器具や道具を揃えていた。

 

「その石は……今、タルブでしか採取できないっていう魔光石じゃない」

エレオノールはスパーダが明かりとして用意した魔光石を目にして目の色を変えた。

「確か今は、この間よりもさらに高い値で取引されているそうですよ」

「ほう。では、早い内に手に入れられたのは運が良かったかもしれんなぁ」

エレオノールの横に立っていたモデウスが口を出し、コルベールも納得したように頷く。

何しろこれは今、タルブでしか採取できない希少どころの話ではないレアメタルなのだ。

火薬の原料である硫黄やダイヤモンドのような宝石など目ではないほどの値に高騰しているという。

ゲルマニアの商人を中心に売買されている魔光石は当然、トリステイン内の商人とも取引されている。

そして魔光石に関心を抱いた貴族すらもわざわざ田舎のタルブに足を運ぶほどだという。

現にエレオノールも先日、アカデミーからの命令で魔光石を手に入れるよう命じられてモデウスを伴ってタルブを訪問したのだ。

試料のためにアカデミーからの予算1000エキューで手に入れた魔光石は、現在は1リーブルだけでも軽く100エキューを超す価値で取引されているという。

「あの石がそんなに……」

ルイズは魔光石が今、それだけの価値がある存在と化していることに唖然としていた。

このまま好事家達や貴族の熱狂が高まれば高まるほど魔光石の価値は際限なく高まる。

その分、タルブ復興のための資金が工面されるわけだが。

だが、その熱狂も永久には続かない。いずれ収束する時がくる。そうすれば魔光石の価値も落ち着くだろう。

その頃にはタルブの復興も充分に済んでいるはずだ。

 

 

 

 

「それではあなたの錬金術とやらの実演を見させていただくわ」

開いたノートを手にエレオノールはスパーダを促す。これから執り行う実験を記録するのが今回のエレオノールの仕事なのだ。

「銃士隊の隊員達に使わせる武器は、そこにあるものだ」

スパーダはテーブルの隅に置かれた剣の束を指す。

「お前達で言う固定化と硬化の魔法に相当する術を施してある。さらに剣に魔法効果を付与させるためにデビルハーツを埋め込んだ」

「なるほど……確かに、それならば一般の剣でも相当に力を発揮することができるでしょう」

モデウスは剣の一つを掴み取り、顔に近づけるとまじまじと埋め込まれている宝玉を眺めている。

「デビルハーツって?」

「様々な魔法効果や属性効力を封じた魔石のことですよ。その魔石の力を解放することで、手にする者には大きな力を与えることができます。このような武器に装着させることでも効力が発揮できますよ」

キュルケからの問いにモデウスは答える。

デビルハーツは用途によってその形状や効能は著しく異なる。

例えば属性を付与させるためのデビルハーツは丸い形をしたものであり、三日月状のデビルハーツは所有者の肉体そのものに魔法効果を付与し、勾玉状のデビルハーツは所有者の肉体能力の増強を行うものだ。

今回、スパーダが作成したデビルハーツはそれぞれ火、雷、氷、風属性を付与するフレイムハート、エレクトロハート、フロストハート、そしてウィンドハート。

さらにメイジではない銃士隊の身体能力を補うために敏捷力を高めるクイックハート、剣戟時の圧力を高めるオフェンスハート、そして空間戦闘のためのエリアルハートだ。

「……要はマジックアイテムの一種なのでしょう? 詳しい説明はいいから早く製法を実演しなさい」

「うむ。まず、精霊石の生成から始めるとするか……」

エレオノールに促され、スパーダは錬金術の作業を開始し始めた。

「では皆さん、復習を兼ねて彼の実演を見ておくのですよ?」

コルベールがそう言うと、ルイズ達は椅子に座って記録をするエレオノールと共にスパーダの錬金術の行程を見守ることにした。

モデウスもエレオノールの横で、スパーダの錬金術を眺め続けていた。

 

 

日が暮れてからもコルベールの研究室ではスパーダの錬金術は続いていた。

周囲の明るさに反応して光りだす魔光石が研究室内を照らしている。

「こんなに高い純度の火石を作れるだなんて……」

スパーダがたった今生成してみせたのは握りこぶし大の火石の結晶。それを手に取り、エレオノールは驚嘆していた。

火石といった精霊石は本来、地中に埋まっているものを採掘することによって利用される。

メイジ達の魔法ではどうあっても人工的に生成することそのものが不可能なのだ。

ましてやそのような行為は先住魔法でもなければ……。

「良いですかな? 精霊石とは自然の力そのものが凝縮し結晶化されたものなのです。長い時間をかけて集まった力を少しずつ取り出すことでその恩恵を受けられるのです。間違っても欲張ってその力を一辺に取り出すような短角的なことをしてはいけませんよ」

その横ではコルベールがスパーダの実演を指しながらルイズ達に講義の復習を行っている。

ルイズは熱心に知識を吸収しようとしており、普段は講義自体にあまり興味がないキュルケやタバサも珍しく聞き入っていた。

「ねぇ、モデウスさん。このデビルハーツって、武器とかに組み込む以外にも使えるのかしら?」

キュルケはわざとらしくしなを作りながらモデウスに尋ねかけている。

「そうですね。使う者と接触できるもの……何らかの装飾品に組み込んでも効果は発揮します」

が、モデウスはキュルケのことはあまり眼中にない様子だった。

そんな風に無意味な色仕掛けをするキュルケをよそに、タバサはスパーダが執り行っているデビルハーツ生成に見入っている。

(下手すれば異端レベルに達しかねないわよ……)

スパーダは黙々と錬金術の作業を続け、エレオノールもまた異邦の錬金術の凄まじさに驚き戦慄しながらも作業工程を記録し続けていた。

精霊石からデビルハーツの製法、それをメイジ達の力でも執り行うための応用方法……スパーダは実演を交えながらエレオノールに伝授していく。

時にコルベールの補佐を得て実験と記録は続いた。

結果的に夕食の時間間際になってようやくエレオノールの記録は終了したのだった。

「では、今回の錬金術の記録は極秘の事項として取り扱わせてもらいます。今後もまたあなたに声をかけることになると思うわ」

「ああ。知りたいことがあれば、モデウスから聞いても構わん。その男も今までの行程は全て知り得ているはずだ」

スパーダに指摘され、エレオノールはちらりとモデウスの方を見やると彼は恭しく一礼する。

「さて……もう日も暮れてしまったし、エレオノール君もよろしければここで食事をされていかれてはどうかね?」

「せっかくですけれど、私はこれからすぐにトリスタニアで次の予定がございますの。遠慮させていただきますわ」

コルベールからの誘いをエレオノールは事務的に対応し断る。

「そうかい……。アカデミーでの仕事は忙しいのだろうね。くれぐれも体は壊さぬようにな」

「ええ。コルベール先生も、ルイズのことをよろしくお願いしますわね」

エレオノールはきつい眼差しをルイズにやった途端、びくりと身を竦ませだす。

「いいことルイズ? もうすぐ夏期休暇が始まるから、その時になったらまた迎えに来るわ。家に帰ったら、お母様と一緒にたくさん話があるから覚悟しておきなさい」

「は、はい……」

家に帰ったら姉に、そして母に叱られる……。その時のことを考えると思わず身震いしてしまう。

過去に色々なことで叱られ、そしてお仕置きをされてきたルイズにとってはそれはトラウマでしかなかった。

「それと……ツェルプストーの娘なんかと仲良くまともに話すものじゃないの。ご先祖様に申し訳が立たないでしょう……!」

キッとエレオノールはたった今スパーダが作っていた火石を手に取り眺めているキュルケの方を睨みながら小声で囁いてきた。

「で、でも……」

「返事は「はい」です! 良いわね!?」

「は、はいぃ!」

(おうおう……こいつはとんでもねえ高飛車な女だぜ……娘っ子もこんな姉持って可哀想になぁ)

ふと、頭の中でそのような声が聞こえたような気がしたが、恐怖のことで頭がいっぱいだったルイズは意に介すことはない。

「モデウス。行くわよ」

研究室を後にしようとするエレオノールの後にモデウスも後に続いていく。

キュルケは美形なモデウスを名残惜しそうに見つめていた。

「ちょっと、スパーダ。どこへ行くの!?」

だがその二人にスパーダまでもが着いていこうとするのを見てルイズは思わず呼び止めていた。

「こいつを王宮に届けなければならんからな。トリスタニアへ行って来る」

スパーダはいつの間にか魔法剣の束を詰め込んだ細長い木箱を右肩に革帯で背負っており、右手で銃の試作品が詰められた箱まで抱えている。

「構わんな?」

「……まあ良いでしょう。ついでだから連れて行ってあげるわ。感謝なさい」

エレオノールは僅かに顔を顰めながらも少々高圧的に許可していた。

「だったら、あたしも……」

「あなたは着いて来なくていいの! 夕食の時間なんだから、大人しく食堂へ行きなさい!」

ピシャリとルイズを叱りつけるエレオノールに、またしてもルイズは竦みあがってしまう。

「ミス・ヴァリエール。スパーダ君もお姉さんも忙しいんだよ」

コルベールに肩を叩かれ宥められるルイズ。

「夜が更ける頃には帰る」

肩越しに振り返りながらそう言い、スパーダはモデウスと並びながらエレオノールの後へと続いて正門へと向かっていった。

ルイズは不満そうな顔を浮かべたまま歩き去っていく三人を見送った。

 

 

 

 

夜の街道を、二台の馬車がトリスタニアへ向かって駆けていく。

後方の馬車にはエレオノールが一人で乗っており、前方の馬車には従者であるモデウスとスパーダが乗っているのだ。

スパーダはその馬車の中の席で箱を己の横に下ろし、腕を組んでいる。

向かいには、自分の弟子であるモデウスが前のめりの姿勢となって座っている。その表情は妙に充実している様子だ。

馬車が走り出してからしばらく経つが、二人は何も言葉を交わさないままだ。

だが、走り出してから30分ほど経った頃、モデウスの方から語りかけていた。

「本当に驚きました……まさか、あなたがこの異世界に足を踏み入れていたなど……」

「私以外にも既に他の連中は何人も来ている。大して驚くことでもない」

「あなたはどうやら、その何体かを既に従えておられるのですね」

モデウスはタルブでスパーダのかつての同胞達がアビゲイルの軍勢を薙ぎ倒す様を目にしていた。

いずれも名と力のある上級悪魔達。それを易々と使役するのはさすが魔剣士スパーダと言うべきかもしれない。

「お前はいつこの異世界にやってきたのだ? ……大方、どこか別の地獄門を通ってきたのだろう」

「はい。私は一ヶ月ほど前に……」

モデウスがハルケギニアへやってきたのは兄・バアルを追ってきたからであった。

当時、魔界を流離っていたモデウスは悪魔達からの情報を耳にし、人間界とは別の異世界への扉が辺境に開かれているという話を聞いた。

そして、その異世界には上級悪魔も降臨し、兄・バアルも同じように旅立ったのだという話も。

モデウスはハルケギニア側に作られた小型の地獄門を通ることでこの異世界に足を踏み入れたのだ。

地獄門はやはり各所に点在しているそうで、モデウスが通った地獄門はガリア王国の一地方に繋がっていた。

その地獄門の動力に使われていたのが、例のマーシレスなのだそうだ。

「兄はどこにいるのか、私には見当もつきません……」

「そうか」

その全ての地獄門を破壊して回るのは、やはり相当に苦労しそうだ。

「この間、アビゲイルの軍勢が攻めてくるという話を耳にした時は、もしかしたら兄が現れるのかとも思いましたが……」

「まあ、残念だったな」

「ですが、あなたの戦う姿を目にできたことは幸いでした」

魔剣士スパーダが己の剣を振るい、強大な悪魔を薙ぎ倒す姿……。

それは一度は剣を捨てていたモデウスに再び剣を握らせるほどの充実感を与えていたのだ。

「アビゲイルの侵攻をあそこで食い止めなければ、今頃この異世界は奴の軍勢に蹂躙されていたことでしょう」

「私一人の力ではない。お前達や彼女達……そしてこの世界の民の力あってこその勝利だ」

ルイズ達異世界の民達の奮戦やモデウス達上級悪魔達がアビゲイルの軍勢を迎え撃っていなければ、スパーダが到着する前に魔界の侵略は進んでいたのだ。

決して、スパーダ一人だけの力ではない。

「ですが……これだけはどうかあなたの耳に入れておいてください」

唐突に真剣な顔になったモデウスにスパーダも僅かに目を細める。

「この異世界を狙っているのは、『羅王』だけではありません」

「……」

魔界の勢力は決して一枚岩などではない。

大小様々な勢力が常に小競り合いを続け、魔界で覇を唱えようとしているのだ。

特に数千年に渡り続いていた魔界三大勢力の覇権争いは壮絶なものだった。

 

圧倒的な数の軍勢を率い、正面からの力押しで敵を滅ぼそうとした『羅王 アビゲイル』

智と謀略で敵を罠に陥れてきた『覇王 アルゴサクス』

智謀と力を兼ね備え、無から有を創造する絶対的な力を持つ『魔帝 ムンドゥス』

 

その内、アビゲイルは魔界の深淵へと叩き落したが、それで全てが終わった訳ではないことはスパーダとて理解していた。

他の残った二大勢力もこのハルケギニアを侵攻しようとしていることなど考えてもみれば当然なのだ。

むしろ邪魔者のアビゲイルがいなくなったことで、本格的に攻めてくるかもしれない。

「覇王の勢力も、あなたが属していた魔帝の勢力も、水面下で暗躍を行っていると聞いています」

「謀略にかけてはアビゲイルより長けているからな。我が主も……」

目的のためならば手段は選ばない。いかなる手段を用いようとも、この二大勢力の主は敵を倒すためにあらゆる策を張り巡らす。

いずれスパーダはその者達を相手に、己の剣を振るわなければならない。

「それでお前はどうするのだ?」

「え?」

「我が主か、覇王の奴がこの世界を攻めてきた時、お前はどうする気だ?」

スパーダの言葉にモデウスは呆気に取られる。

「どちらかに属せば、私と剣を交えられるかもしれんがな」

モデウスもバアルも、スパーダと再び剣を交えるという誓いを交わしていた。

結果的にはその道を選べば、その機会は間違いなく訪れるだろう。

だが、モデウスの思いはそんな安っぽいものではなかった。

「私はどちらにも属しませんよ。あなたが魔帝の人間界侵攻を食い止めた時と同じく……」

スパーダはその答えに対し、僅かに微笑を浮かべる。

「それは兄とて同じはずです」

当然、スパーダにも分かりきっていたことだった。この二人の悪魔が誰かに飼いならされるような存在ではないことを。

「私も兄も、誰にも属さず……あなたとの誓いを果たしたいと思っております」

「好きにするがいい」

 

互いの志を貫き、生きていこう――

 

それが魔剣士スパーダが、双子の悪魔達と交わした誓いであったのだ。

スパーダはスパーダの、モデウスはモデウスの、そしてバアルはバアルの志を持って、己の剣を振るうと。

 

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  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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