魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
トリスタニアへ到着したスパーダ達は町の入り口の駅で馬車を降りていた。
ここからスパーダはトリスタニアの王宮へ、モデウスはエレオノールと共にアカデミーへ向かうことになる。
「モデウス。早く来なさい。まだ仕事はたくさんあるんだから」
エレオノールはモデウスを促すと、さっさと先へ行ってしまう。
「我が師よ。また何か魔界の情報を聞き入れましたら、お伝えします」
覇王アルゴサクス、そして魔帝ムンドゥスの暗躍。それがどのようにして行われているのかはスパーダも直接目にしなければ分からない。
モデウスはスパーダが自らの意思を託した弟子の一人。有志となってくれるのであれば心強い。
「ああ」
こうして束の間の再会を果たした二人の魔剣士は夜の街の中へと別れていった。
スパーダは夜になり閑散としたブルドンネ街の通りを王宮へ向けて一直線に進んでいく。
ブルドンネ街を抜け、貴族の屋敷が立ち並ぶ住宅街の中をさらに歩いていったスパーダは、堂々と王宮の門の前までやって来ていた。
「止まれ!」
無論、というか当然であるが門の前で警護を勤めていた衛兵――近衛の魔法衛士隊に呼び止められていた。
通常、王宮の警護は魔法衛士隊がローテーションを組んで行っており、一隊がそれぞれ一日ずつ交代して警護に当たっているのだ。
今日の警護はどうやらヒポグリフ隊らしく、前半身が鷲、後半身が馬の体を有する幻獣ヒポグリフに騎乗した隊員達が夜の王宮の警護を行っている。
そして少数ではあるが、グリフォンに騎乗した隊員の姿も見えた。
現在は事実上消滅してしまったグリフォン隊も分割され、他の隊の指揮下に入って任務を務めているのだ。
「おい、どうしたのだ?」
堂々と王宮の前に現れた不審者を取り囲もうとした魔法衛士隊であったが、彼らが騎乗する幻獣達はその場から動けずに固まっていた。
目の前にいる男、スパーダに恐れ慄いてしまっているのだ。ハルケギニアの幻獣達にとっては恐怖の存在でしかない悪魔が目の前にいることに。
困惑する魔法衛士隊の隊員達は仕方なさそうに幻獣から降りると、そのまま徒歩でスパーダの近くへと歩み寄ってきた。
「こんな夜分に何用か? 顔を検めさせてもらう!」
夜は昼間以上に警備を強くしなければならない以上、怪しい存在に対して警戒するのは当然だ。
杖の先に魔法の灯りをともすと、そこには冷徹な表情を浮かべている銀髪の男の顔が照らされる。
それは隊員達にとっては見覚えのある顔であった。
「き、貴様は……ミスタ・フォルトゥナ……!」
東方よりやってきたという異邦の貴族、スパーダ・フォン・フォルトゥナ。
平民出身の貴族でありながらどういう訳かアンリエッタ女王に気に入られ、先日開かれた諸侯会議ではオブザーバーという形で出席したほどの男。
「一体、何をしにきたのだ!」
しかし、その会議の席で余所者でありながら自分達のプライドを刺す言葉を言いたい放題に述べてきたスパーダに魔法衛士隊達の多くが良い印象を抱いているわけがなかった。
「アンリエッタ女王より頼まれていた品が出来上がったのでな。届けにきただけだ」
スパーダは彼らの敵意など全く眼中にない様子で自分の用件を手短に告げる。
「何? その箱のことか」
「まさか危険な代物ではないだろうな……? 中を検める! そいつを置け!」
隊員達はスパーダが手にし、肩からも背負っている二つの木箱を見やるなり、そう命じてきた。
中身が何かが分からないのにアンリエッタ女王の前へ無用心に持っていく訳にはいかない。
もしかしたら爆弾か何か入れているのではないか……などという憶測まで彼らの頭の中で渦巻いていた。
スパーダは言われるがままに箱を足元に置くと、隊員達はスパーダをその場から押し退けて箱を調べ始めた。
そして、箱の中に収められていた物を目にして顔を顰めだす。
「……何だこれは! こんな玩具を陛下が欲しがるわけがなかろう! 貴様、何を考えているのだ!」
中身が剣と銃であることを知り、魔法衛士隊達は憤慨していた。
無理もない。剣や銃などは平民の武器。魔法至上主義に凝り固まった彼らが、剣や銃を欲するなどあり得ない。
ましてや一国の女王が欲しがるわけがないのだ。
「貴様ごとき没落貴族風情を王宮に立ち入らせる訳にはいかん! 早々に立ち去れ!」
隊員達は一斉に杖をスパーダに突きつけ、追い返そうと叫ぶ。
スパーダは彼らの対応を見るなり、溜め息と共に箱を再び手にしだす。
「アニエスは今どこにいる? これは彼女らが使う物なのでな」
こいつらとまともに話をするだけ無駄だと判断したのだ。使う当人達に会って直接渡しさえすればそれで事は足りる。
「アニエス? あの平民の女のことか?」
「知らんね。あの女はよく厄介事に首を突っ込んでいると聞いているがな」
「もっとも、我らには面倒な下賎な仕事も引き受けてくれるのは助かるが」
「あんな下賎な女ごときが近衛の隊長になるのかと思うと、頭が痛くなる……」
隊員達もまた、平民出身の戦士であるアニエスのことを完全に見下しているようだ。
アニエスは先のタルブ戦で多大な戦果を挙げてはいるが、所詮は貴族ではない平民でしかない。
故に魔法衛士隊の隊員達はおろか、宮廷の貴族達も相当にアニエス率いる隊が新たな近衛になることに反発を抱いているのである。
「そういうわけだ。そのガラクタを持ってとっとと立ち去るがいい」
散々にアニエスを口々に罵り続けていた隊員達はぞんざいな態度で、スパーダを追い返そうとする。
スパーダはもはや彼らは眼中に無く、王宮から去るつもりであった。
既に目当ての相手の居場所は分かっている以上は。
「ガラクタとはずいぶんな言葉だな」
スパーダが見知った悪魔の気配を感じていた中、突如かかったのは苛烈な女の声。
スパーダが振り向けば、そこには稲妻の大剣・アラストルを背負う金髪の女剣士――アニエスの姿があった。
魔法衛士隊達は現れたアニエスを目にするなり、冷たい視線を浴びせかける。
が、アニエスはそんな視線など意に介さずにスパーダへ近づいていった、
「この男はアンリエッタ女王陛下の大切な客人だ。あまり無下に扱い過ぎると自分の首を絞めることになるぞ」
不敵な笑みでアニエスにそう告げられ、隊員達は苦い顔を浮かべる。
「とはいえ、私に用事があるのなら態々王宮にまで入る必要は無いな。こんな所で立ち話もなんだ。着いて来い」
「ああ」
アニエスはスパーダを手招きすると、二人はそのまま王宮を離れ、城下町方面に向かって歩いていく。
「いい気になるなよ、平民風情が……」
魔法衛士隊達はスパーダ達が立ち去っていった後も罵りの言葉を吐き捨てていた。
◆
「そいつはヘル=エンヴィーだな。ご苦労なことだ」
「奴らにはそんな名があるのか。……どうもこうした仕事には必ずそいつらが最後には現れるものでな」
今日のアニエスの仕事もやはり、悪魔退治に関連するものであったそうだ。
と言っても、本来の仕事の内容は地方の森に住み着いたオーク鬼の集団を駆逐するというものであり、アニエスは自分の小隊を率いて討伐に赴いたという。
オーク鬼程度であればアニエス達にとっては容易に倒せる相手なのだが、そう簡単に彼女達の務めが終わる訳がなかった。
自分達の剣と銃で始末したオーク鬼の亡骸から突如現れたのが、魔物の血肉を媒介にして現世に姿を現す下級悪魔・ヘル=エンヴィーだったという。
過去にオーク鬼など亜人の討伐任務を何度も行っていたアニエスは毎度のごとく現れたヘル=エンヴィーの集団を仲間達と共に撃破したのだそうだ。
「奴らが現れんようにするには、その魔物共の骸を焼いてしまえばいい。新鮮な血肉でなければ奴らの仮の肉体にはならん」
「うむ。今後は心掛けるとしよう」
アニエスは悪魔に関する知識がとても豊富なスパーダには感服する他なかった。
共に剣士として悪魔を屠るだけの力があるが、アニエス自身は悪魔の生態そのものには精通しているわけではないため、正しい対処法などはよく知らないのだ。
故にスパーダの助言には感謝していた。
「……そういえば、女王の新たな近衛隊の長となるのだったな。まずはおめでとう」
「もっとも、我ら平民が近衛隊となることは歓迎はされてないようだがな」
唐突に持ちかけたスパーダの話題にアニエスは自嘲の笑みを浮かべた。
アニエスとて、宮廷で自分達がどのように見られているかくらいは知っている。
「確かに。だが、銃士隊はこれからのトリステインになくてはならん存在だ。貴族共の眼など気にすることはない」
「無論だ。アンリエッタ女王陛下は、品位とは縁のない身分であるこの私を必要としてくれている。私はその恩に報いねばならん」
「ならば己自身の誇りを持て。胸を張って歩いていればいい。それこそ鏡に写った自分に言い聞かせろ。貴族の品位など自然と身につくものだ」
スパーダの口から出る言葉に、アニエスは呆気に取られている。
「貴族の条件はただ一つ。国と主君、そして民を守ることだ。ならばアニエスにも充分に貴族の資格はある」
スパーダは異国の貴族でありながらアニエスが知るような貴族の傲慢さとは無縁な男だった。
故郷では貴族としてどのように生きていたかなど、アニエスには知る余地はない。
だが、もしも今もスパーダが貴族として上に立つ立場の存在であったならば、アニエスは迷うことなく忠誠を誓っていただろう。
スパーダはアニエスが自然とそのような印象を抱くような、まさに貴族に相応しい男だった。
「ならば……私もお前の礼節さを参考にさせてもらおうか」
「好きにしろ」
「アニエス殿!」
ブルドンネ街へ続く貴族の住宅街の間にかかった橋の先では十数名ばかりの女達が待機していた。
全員がアニエスのように剣や銃で武装した、男勝りの集団であることは明白だ。
「待たせたな」
スパーダは初めて見ることになる、アニエス率いる平民の小隊。
そして、これからトリステイン王国の新たな近衛隊、銃士隊となる者達なのだ。
「その男が、例の?」
「ああ。だが、メイジではない。私達と同じ剣士だ。それも凄腕のな」
隊員達は以前よりアニエスから、剣豪スパーダのことを聞いていたため一度は顔を合わせてみたいと思っていた。
見た目が貴族そのものであるスパーダの姿に呆気に取られる隊員達であるが、アニエスは誇らしそうにスパーダを指していた。
「これがこれから、銃士隊となる者達か。……なるほど。良い腕をしているようだ」
隊員達の顔を見回しながら、スパーダは呟いた。
その言葉に隊員達は狼狽しだす。初対面からいきなり賞賛の言葉をかけられるとは。
「この分なら、こいつもすぐに使いこなせるだろう」
言いながらスパーダは自分が手にする箱を差し出し、隊員達は目を丸くしだす。
「詳しい話は別の場所でするとしよう」
そうしてスパーダはアニエス達を連れ、チクトンネ街の方へと向かっていった。
夜の街として賑わうチクトンネ街。その繁華街の中にある小さな酒場は、アニエス達が仕事を終えた際によく利用していた馴染みの店であった。
今日は客が少ないようで、スパーダとアニエスはテーブルにつき、他の隊員達はテーブルを囲むようにして立っていた。
スパーダは肩に担いでいた方の大箱をテーブルに置き、その中を彼女達に検めさせた。
「これは……」
箱の中に収められている剣の束にアニエスはもちろん、隊員達は嘆息を漏らしていた。
「アニエスが今持っている剣までとはいかんが、魔法剣を作っておいた。お前達次第で今後の戦闘に役立てられるだろう」
「話に聞いていたマジックアイテムとはこれのことだったか……」
アニエスは先日、銃士隊の設立が決まった際の通達で自分達がマジックアイテムを使用して任務を行うという話を聞いていたのだ。
何でもそれを異国の技術に通じているスパーダが作ってくれるという話にもなっていた。
剣豪であると同時に異国の錬金術までも精通しているのは、悪魔に関する知識が深いという事実にもアニエスは納得していた。
アニエス達が唸っている中、スパーダはもう一つの箱をテーブルの上へと出していた。
「そして、ゲルマニアのペリ卿に依頼したものがようやく出来上がった。まだ試作品ではあるがな」
マキャヴェリはハルケギニアだと公ではペリという偽名であり、そちらの方が知れ渡っている。
「ペリ卿……アニエス殿の特注品の銃を作られた方ですね」
開けられた箱の中に収められた無数の拳銃に、隊員の一人が嘆息していた。
アニエスが使用する対悪魔用のグレネードランチャーは、悪魔以外にも様々な局面で役立てられていることを隊員達は以前より見届けてきた。
その名品を作った者の新たな銃器を自分達も使うことになるというのであれば、心強いものはない。
「ペリ卿の作品であれば、期待できそうだな」
実際にその作品を日々、使い続けているアニエスは多大な信頼を寄せている。
「発砲には風石を信管として利用する。火薬はいらんから今までのように弾と一緒に詰め込む必要はない」
スパーダは魔法剣と風石銃の扱い方を簡単に話していき、アニエス達はその度に感嘆している。
アニエスは銃の一つを手に取り、手元でまじまじと観察し、銃口を壁に向けて引き金を引いた。
当然、まだ信管は取り付けられていないし、弾も入っていないのでカチン、という撃鉄が落ちる音だけが響く。
「実際に使ってみるのが一番良いが……」
口だけで説明するよりは試しに一度は自分の手で使うのが得策であるが、この酒場では試し撃ちができそうなものはない。
ゴロツキでもいればそれができただろうが、あいにくそういった連中の姿はなかった。
「何、試し撃ちの相手などいくらでもあるものさ」
アニエスは言いながらスパーダの説明通りに専用の弾丸を三つの銃口から詰め込み、小さな棒状に加工されてある風石の信管を蓋を開けた火門から薬室に差し込む。
そして撃鉄を再び起こすと、店の床に向けて構えだした。
狙いは、床を這う小さな黒い影――
バシュッ、という乾いた音と共に床に穿たれた弾痕。飛び散る破片。
撃ち抜かれたのは、小さなゴキブリだった。
アニエスは銃身に手をかけ軽く捻ると、銃身が小気味良い音と共に回転した。
そして三度撃鉄を起こし引き金を引き、別の銃口から発射された弾丸がゴキブリの亡骸にさらに追い討ちをかけていた。
風石銃は従来の拳銃とは異なり火薬を用いない。故に発砲音も極めて小さく、ほとんど音はしないのと同じだった。
おまけに火薬の臭いがしないという面から見ても、隠密性に長けていることは明白だ。
「なるほど。確かに、今までの銃とはずいぶんと違うな」
アニエスも他の隊員達も、風石銃の性能に驚嘆している様子だった。
「しかし、銃声がしないのでは威嚇にはあまり使えそうにない。今までの銃と使い分ける必要がありそうだ」
が、同時にその特性は欠点も持ち得るのである。
「だが、これからの我らには必要となる代物だな。感謝するぞ、スパーダ」
「まだ隊員分は用意してはいない。それまでは待ってもらうがいいな?」
風石銃は今アニエスが使っているものと、他に四丁分しか試作品が作られてはいない。
それは魔法剣も同じであり、十本分だけしかないのだ。今の段階ではどうあっても隊員の人数と足りない。
アニエス自身はアラストルがあるため魔法剣は必要ないだろうが、他の隊員はそうもいかない。
それに銃士隊は今後、さらに人員が増やされることだろう。
増員された者達の剣はアカデミーで作られるとして、今いる彼女達のために新たな魔法剣を作らなければならないのだ。
◆
魔法剣をアニエス達に託して別れたスパーダは、すぐには魔法学院へ帰ろうとはしなかった。
せっかくなので帰る前に魅惑の妖精亭にでも立ち寄ろうかと考えたのだ。
「あ~ら! スパーダ君! いらっしゃぁ~い! また来てくれて嬉しいわぁ~ん!」
店に入ると店長のスカロンが体をくねらせながら歓迎してきていた。
スパーダは僅かに一瞥しただけで、すぐに空いている席へとついていた。
「ご注文は何にする? ……って、あなたの注文は一つしかないわよね」
そしてスパーダの元に注文を受けに来たジェシカだが、呆れた表情を浮かべている。
スパーダがこの店で注文するのは一つしかないのは分かりきっていることだった。
「ストロベリーサンデー」
スパーダは短く一言だけ、自分が今望むものを口にしていた。
「はーい! それじゃあちょっと待っててねー!」
それでもジェシカは元気良く答えると、厨房の奥へと消えていった。
スパーダはストロベリーサンデーが出来上がるまでの間、静かに待つことにした。
腕と両脚を組み、目を瞑りだす。
店内は飲み食いをする客達や接客をする給仕の娘達の声で喧騒としており、スパーダはその一つ一つに耳を傾けていた。
給仕と楽しげに談笑したりする他愛のない内容ばかりであったが、中には気になる話もあったりする。
女王となったアンリエッタの批評、アルビオンとの戦争に関する話……。
「知ってるか? 例の『絶風』の話」
「ああ。何でも今度はドラゴンよりおっかない化け物の群れを片付けたって話だぜ。しかもたった一人で……」
「マジかよ! そいつの方が化け物じゃねえのか?」
「いや、『絶風』は凄腕のメイジで、しかも昔は王宮に仕えてた軍人だったって話だぜ。引退して裏家業に身を窶してるんだとか」
「俺達じゃとても敵わないよなぁ……。オーク一匹倒すだけでも精一杯だっていうのに」
「アニエスの奴とどっちが強いのかねぇ?」
「ばーか。アニエスは俺達と同じ平民だぞ? あの女も『メイジ殺し』って呼ばれるくらい大した腕前ではあるけどなあ……」
「でも、最近はもっと強くなったって話だぜ? 何でも掘り出し物の剣を手に入れたそうだ」
「タルブの戦じゃあ何百もの悪魔の群れを倒したみたいだし、女王陛下に気に入られて今度は近衛に取り立てられるとか」
「おいおい! すごい出世だな」
そんな話がスパーダの耳に入ってきていた。
アニエスは以前からそれなりに名をあげていたようで、先の戦の活躍でさらに大きくなっていたようだ。
「はい、お待ちどお様!」
しばらくすると、戻ってきたジェシカがストロベリーサンデーをテーブルに置いた。
スパーダはスプーンを手にし、じっくりと好物のサンデーを味わっていく。
「ねえねえ、シエスタは元気にしてる?」
「何?」
向かいの席に座り込んだジェシカはやけに真剣な面持ちで問いかけてきたのだ。
「ほら、この間タルブがアルビオンに攻め込まれたじゃない。シエスタの実家だから、あの子どうしてるか心配でさ……」
「心配はいらん。タルブの復興の目処も立っている」
とはいえ、スパーダが直接少し様子を見に行った方が良いかもしれない。
じきに魔法学院は夏期休業となるため、その時に帰郷するであろうシエスタと共に一度タルブへ赴くことにしよう。
「そっか。良かった」
ホッとジェシカは胸を撫で下ろす中、スパーダの視線は全く別の方へと向けられていた。
「あらん! こんな夜にお出かけかしらん?」
「少し、夜風に当たりたくてね。30分ほどで戻るよ」
二階から降りてきた客にスカロンが話しかけているのが見える。
その客とは青のジャケットを着崩している、粗野な風貌をした金髪の青年だった。
「……」
だが、そんな傭兵崩れのような出で立ちにも関わらずどことなく気品さが所々から滲み出ている。
そして、見た所あの青年はメイジのようだ。トライアングルクラス以上のメイジの魔力が視認できる。
いや、そもそもスパーダはその出で立ちそのものが自らの記憶にはっきりと刻まれていたし、魔力にも覚えがあったのだ。
あの青年は紛れもなく――
「どしたの?」
「何でもない」
だが、スパーダは己の中だけで確認を済ませると、それ以上気にすることもなかった。
目の前にあるストロベリーサンデーをその後も味わい続けたのだった。
◆
こうして三日後のニューイの月の三週目、エオローの週の始まりの虚無の曜日。スパーダはルイズと共にトリスタニアの王宮へと足を運んでいた。
その日はアンリエッタ女王直々にアニエスの叙勲式と就任式が執り行われていたのである。
二人は式の間の隅でこの成り行きを見届けていた。
「本当に魔法衛士隊のように役に立つのかしら……?」
「それは彼女達次第だ」
騎士の証である白のマントを身に着けたアニエスを、ルイズは怪訝そうに見つめている。
「それにしても、みんな全然アニエスを歓迎してないのね」
「今まで前例が無かったのだから仕方が無いことだがな」
式に参加している周りの貴族や魔法衛士隊達は、明らかにアニエスを見下した態度で冷たい視線を投げかけ、憮然としていた。
ぼそぼそとアニエスに対して陰口を囁き合っているのが分かる。平民上がりの女が最下級の騎士とはいえ、貴族になることが気に入らないのだ。
だが、そんな風にして周りから嘲笑されようとも、彼女達はこれから近衛としての責務を果たしていかなければならない。
スパーダはそんな彼女達に力添えをしてやることにした。
こうしてアニエスの叙勲と就任式は終わり、晴れて新たなる近衛隊である銃士隊が誕生したのだ。
参列していた貴族達や魔法衛士隊達が式の場より退出していき、同じように出て行ったスパーダとルイズは廊下で立ち尽くしている。
スパーダは先日と同じように大きな木箱を左肩から背に吊るしていた。
少しすると、謁見の間より見違えた姿のアニエスが魔剣アラストルを手に、他二名の銃士隊隊員と共に出てきた。
「割と似合ってはいるな」
「お世辞などいらん」
スパーダからの言葉に対し、アニエスは不敵に笑った。
「いい? 平民が貴族になるなんて本当はあり得ない話なのよ。アンリエッタ女王陛下の近衛隊になった以上は、しっかり働いてよね。姫様に何かあったら許さないから!」
「無論だ。今後は銃士隊を率いる隊長として、陛下とこのトリステインをお守りしよう」
噛み付くルイズにアニエスははっきりと頷き、己に課せられた責務の重要性を再度認識する。
「ならばお前達がよりよく働くために道具は揃えねばなるまい」
スパーダはちらりと背に吊るしている箱を見やった。
「確か今の銃士隊の人数はアニエスを含めて20人ばかりだったな。銃の方は届くまでもうしばらく待ってもらうぞ」
「ああ。苦労をかけるな」
三日前にスパーダは魔法学院へ戻るなり、残りの人数分の魔法剣を作っていたのだ。
風石銃に関しては再びマキャヴェリに手紙を出して追加の製作を依頼しているが、場所がゲルマニアであるためもう少しかかるだろう。
「隊長。あれを」
同伴している隊員の一人が廊下の先を指し示す。
その先には、式に参列していた魔法衛士隊の隊員が数名、こちらを睨みながら待ち構えていた。
「どうやらお待ちかねのようだ。これ以上待たせてやるのも気が引けるな。行くぞ」
「はっ」
アニエスの表情はそれまで気さくであったものから一転して表情が引き締まり、二人の隊員を連れて魔法衛士隊の方へ向かっていく。
「何よ、どうしたの?」
「大方、決闘の申し入れがあったようだな」
アニエス達の様子からして、今日までに何があったのかをスパーダは看破していた。
そして一行は王宮内の練兵場の方へと向かい、スパーダ達もその後を追っていく。
その通りである。アニエスは今日の朝方、魔法衛士隊のヒポグリフ隊から決闘を申し込まれていたのだ。
誇り高き魔法衛士隊としてのプライドで平民の女しかいない銃士隊の力を認めようとしなかったヒポグリフ隊の隊長は、アニエスと手合わせをするよう挑発してきたのだった。
本来、トリステインでは国法によって貴族同士による決闘は禁止されている。
相手が外国人か平民で双方の合意さえあればその法も意味を為さなくなるが、既にアニエスはシュヴァリエ、しかも新たな近衛となっていたためにそれはできない。
故に表向きには決闘ではなく、あくまで組み手による訓練の一環という話になっていた。
アニエスはその申し出を受け入れた。これから近衛として働く第一歩の肩慣らしにはちょうど良かった。
決闘はアニエスの叙勲式が終わった後に始まることとなった。話を聞きつけた宮廷の貴族達はこの決闘を見届けてやろうと集まってきたのだった。
◆
練兵場には宮廷の貴族達の他、決闘者同士が率いる隊員達も観衆として集まっていた。
当然、そこにはスパーダとルイズの姿もある。
そして決闘の当事者達は、その中心で互いに10メイルほど距離を開けて向かい合っていた。
ヒポグリフ隊隊長は近衛に就任したばかりのアニエスを跪かせ、醜態を晒させることによって銃士隊の無能さと魔法衛士の優秀さを証明するべく張り切っている。
「粉挽き女(ラ・ミラン)め。平民上がりが近衛になったからといって粋がるなよ。我らメイジの力を見せてくれよう」
尊大に言い放ちながらヒポグリフ隊長はレイピア状の杖を抜く。アニエスは静かに背負っているアラストルを手にしていた。
周りの貴族達の多くは、アニエスが手にするアラストルを汚いものでも見るような蔑んだ視線を浴びせている。
「どっちが勝つのかしら」
「やれば分かる」
「ヒポグリフ隊長は風系統のスクウェアの使い手ですからな。良い勝負をするかもしれませんぞ」
決闘者達を見守るスパーダとルイズの元にやってきたのは、精悍な体躯に厳しい髭面をした魔法衛士隊の隊員であった。
「あ……」
その隊員の姿を見た途端、ルイズは目を丸くする。スパーダもちらりと横を見やった。
彼は魔法衛士マンティコア隊の隊長を務める、ド・ゼッサールという男だ。
一ヶ月も前、アンリエッタの密命により赴いたアルビオンより帰還した際、飛行禁止令が出されていた王宮へ直接降下したために警告を出したのが彼とその隊であったのだ。
「アニエス殿の武勇伝は以前より私も聞き入れておりました。平民ながらにして、メイジにも劣らぬ戦果を挙げたのは大したものですな」
「ああ」
「私もタルブの戦で、彼女の活躍を目にしましてな。いや、とても女とは思えぬ苛烈さで悪魔達を斬り伏せておりました。おかげで女王陛下をお守りすることができましたよ」
ゼッサールは王宮内では数少ない、銃士隊の新設に対して反感を抱いていない貴族の一人であった。
生粋の軍人である彼は相手が上官や同僚であれば身分などにはさほど拘らない性分なのである。
多くの貴族達が敵意を抱いているスパーダに対しても、アンリエッタ女王の客人ということでこうして自分から話しかけてきたのだ。
「そんな彼女が我らと同じ近衛になるとは、心強いものです」
人の良さそうな笑顔でアニエスを眺めているド・ゼッサールは一人の軍人として、彼女を気に入っていたようだった。
「勝敗の確認をする。先に相手を降参させたか、もしくは相手の武器を落とさせた者の方を勝者とする」
そうこうする中、アニエスとヒポグリフ隊長の間に現れたのは、たまたま練兵場の視察に来て決闘が行われると聞き、見物にやってきたグラモン元帥だった。
「それでは両者、誇りある貴族らしく正々堂々と戦うように! 始め!」
己の元帥杖を掲げ、初老とは思えぬ力強い声で戦いの始まりを宣言する。
「エア・ハンマー!」
それと同時に、初手を仕掛けたのはヒポグリフ隊長であった。素早く杖をアニエスへ向け、既に詠唱が完了していた魔法を放つ。
しかし、アニエスは不可視の突風の一撃を即座に横へ動いてかわす。
「エア・カッター!」
ヒポグリフ隊長は間髪入れずに追撃を行い、次々と風の刃を放っていった。
アニエスはその攻撃をかわすのではなく、アラストルの剣を巧みに振り回して叩き落していたのだ。
「ええい! こしゃくな!」
フライの呪文を唱え、地を滑るような動きで一瞬にして距離を詰めるとレイピアを連続で突き出してくる。
アニエスはその突きを最小限の動きだけで難なくかわしていき、宙へ飛び上がり身を翻しながら相手の頭上を越えていく。
「馬鹿め! ライトニング・クラウド!」
体の動きを自由に制御できない空中へ逃れたアニエスは的も良い所だった。即座に杖の先から電撃を放ち、アニエスを狙う。
しかし、アニエスは何もない虚空を蹴りつけると、そのまま飛んできた方へと戻っていったのだ。
外れた雷撃はその虚空を虚しく捉えただけであった。
「何っ!」
ヒポグリフ隊長は常人ではあり得ない動きをしてみせたアニエスに驚愕する。
「おおおっ!」
「ぐっ!」
着地したアニエスはついに反撃へと移った。アラストルを振り下ろし、即座に体を捻りながら袈裟に振り上げる。
そしてそのまま体を反転させてアラストルを薙ぎ払い、手元で器用に回転させて突き出す――といった一部の隙のない動作による連撃で攻めていった。
ヒポグリフ隊長は防戦一方となり、反撃はおろか牽制のために呪文を唱えることも間々ならない。
「何をやっているのだ……!」
「早く片付けてしまえ!」
「そんな平民の女に負けるなど、メイジの恥だぞ!」
ヒポグリフ隊長が劣勢となって追い詰められている光景に観衆の貴族達は明らかに不機嫌そうな様子であった。
「ほう。あのヒポグリフ隊長が押されるとは……」
「アニエス殿の力も大したものだ」
対して、グラモン元帥とド・ゼッサールは素直にアニエスを賞賛していた。
(やはり、アラストルとの相性は抜群か)
横ではルイズが息を飲んだまま興奮している中、スパーダもアニエスの戦いぶりを目にして嘆息する。
アニエスの身体能力があそこまで強化されているのも、アラストルを使いこなしているが故のものだからだ。
最も、あれでも彼女は全力などまるで発揮してはいないのだが。
「ウィンド・ブレイク!」
攻撃を避けつつ杖で弾いてやり過ごしていたヒポグリフ隊長はようやく呪文を完成させ、近距離から強烈な突風を見舞った。
まともに突風をその身に受けたアニエスの体は大きく吹き飛ばされてしまう。
「もらった!」
吹き飛ばした瞬間、ブレイドの魔法を唱え、再びフライで一気に距離を詰めていった。アニエスは身を翻し受身を取って着地しようとしている。
まだアニエスは態勢を整えられる状態ではない。観衆の誰もが勝負あったと見ていた。
「This's the End.(これで終わりだ)」
「え?」
スパーダがそう呟き、ルイズは目を丸くする。
アニエスが手にするアラストルの刀身からは、いつの間にか青白い雷光が纏わりついていたのだ。
「ぐわっ!」
電撃が弾ける音が響き、アニエスに杖を突きつけようとしたヒポグリフ隊長は思わず怯んでしまっていた。
屈んだ態勢のアニエスは顔の前に盾にしたアラストルを構えた途端、その刀身に纏わりついていた雷光が一気に弾け散り、その雷撃は接近してきたヒポグリフ隊長に浴びせかけていたのだ。
威力は殺傷力もない程度の弱いものであったが、相手を怯ませるには充分だった。
「お、おのれ……!」
距離を取ろうとするヒポグリフ隊長にアニエスは間髪入れずに追撃を仕掛ける。
アラストルの切っ先を突きつけると、その刀身からは小規模の稲妻の嵐が吹き荒れたのだ。
「あっ!」
今度はヒポグリフ隊長の杖を捉え、その手から弾き飛ばす。吹き飛ばされた杖は虚しく地面に転がった。
それで終わりではなかった。立ち上がったアニエスは一気に距離を詰めると、アラストルの刃をヒポグリフ隊長の顔前でピタリと止めていたのだ。
武器を失い、アニエスに睨まれるヒポグリフ隊長は引き攣った表情で見返している。
「勝負ありだ」
「ぐ……ぐぐ……」
アニエスはニヤリと不敵な笑みを漏らすと、静かにアラストルを収めていた。
踵を返して去っていくアニエスの背中をヒポグリフ隊長は忌々しそうに睨み続けていた。
御前試合は銃士隊長アニエスの勝利で終わった。しかし、観衆からは拍手や歓声などは一切出ることはない。
むしろアニエスが勝ったことが気に入らず、不快を露にしているのは明白だ。魔法衛士隊もかなり悔しそうにしている。
「ふん! あんな平民、マジックアイテムが無ければ何もできんのだ」
中には負け惜しみのような愚痴を漏らす者までいる始末。
「隊長! お見事でした!」
銃士隊の隊員達はアニエスの元に集まると次々にその活躍と勝利を褒め称えた。
「見事であったな。アニエス君」
「うむ。貴殿の力、存分に見させてもらった。さすがに大したものだ」
「ありがとうございます。元帥殿、ド・ゼッサール殿」
賞賛の言葉を送ってくる二人の貴族にアニエスは恭しく一礼した。
「Well done.(上出来だ)」
そしてスパーダもまたアニエスを軽く褒め称える。
盟友の化身をここまで使いこなしているアニエスであれば、もはや並のメイジでは歯が立たないだろう。
彼女は『メイジ殺し』であり、悪魔をも屠るデビルハンターでもあるのだから。
「その調子で今後も近衛としての務めを果たすのだな」
「当然さ」
アニエスはポンッ、とスパーダの胸板を軽く叩いたのだった。
作品の良かったところはどこですか?
-
登場人物
-
世界観
-
読みやすさ
-
話の展開
-
戦闘シーン
-
主人公の描写・設定
-
悪魔の描写
-
脚色したオリジナル描写・設定