魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 47 <月下の亡者達>

刻限は深夜の十一時を迎えようというトリスタニアの王宮。

「よいな。すぐに戻ってくるから閂はこのままにしておくのだぞ」

「はっ。かしこまりました」

正門で警護の任に就く魔法衛士隊に命じているのはトリステインの重鎮、高等法院長のリッシュモンだった。

先日、新設された銃士隊が近衛に加わったことで警護のローテーションもそれに合わせて変化した。

マンティコア隊、ヒポグリフ隊、そして銃士隊。これら三つの隊が日替わりで王宮の警護を行うことになるのだ。

この日の警護番を担当しているのは、ヒポグリフ隊である。

 

「くそっ……忌々しい」

「まったくだな……あんな女どもが何の役に立つというのだ」

正門の警護を行っている二人の隊員は外出したリッシュモンを見送った後、憮然とした様子で囁きあう。

先日行われたヒポグリフ隊と銃士隊の隊長同士による御前試合。ヒポグリフ隊は敗退し、銃士隊が勝利したことに対して未だに耐え難い屈辱を抱いていた。

メイジ同士の決闘で敗北したとあればまだ納得はいくかもしれないが、相手は平民。しかも女なのだ。

トリステインの栄えある近衛の魔法衛士隊としての誇りを傷つけられ、彼らを含めヒポグリフ隊の隊員達は相当な嫌悪と不満を抱き続けているのだ。

「今に奴らは我ら魔法衛士隊に及ばぬ存在だとはっきりする。所詮はメイジでもない平民でしかないんだ」

「そうだな。あの粉挽き女ごときが力を示した所で、その下の連中は無能でしかないんだ」

そんな鬱憤を晴らすかのように、隊員達は密かに銃士隊の悪口や陰口を囁くことで溜飲を下げていた。

無論、そんなものは銃士隊の力を認めようとしない、ただの負け惜しみでしかないのだが。

 

「どうした?」

リッシュモンが外出してから五分ほど経った頃、彼らが連れている幻獣ヒポグリフが何やら唸り声を上げだしたことで、隊員達の表情が変わる。

ヒポグリフがこのような反応をするのは周囲に異様な気配があるのを感じているからだ。

それはすなわち……自分達にとっての敵の存在を意味する。

「夜分に王宮に入り込もうとする不届き者め……上等だ」

「我ら近衛の魔法衛士隊の力、とくと味合わせてやろう」

隊員は腰からレイピアの軍杖を抜くと、今まで以上に引き締めた様子で辺りを警戒していた。

いくら銃士隊に負かされたとはいえ、彼らはれっきとした魔法衛士隊。近衛としての責務はしっかりと自覚しているのだ。

「さあ出て来い。我が炎の魔法で貴様を焼いてやろう」

姿無き敵に対して戦意を露にする隊員。だが、一向に敵は姿を見せない。奇襲を仕掛けてくる気配もない。

そんな中……。

 

――キャハハハハハ……。

 

――キャハハハハハ……。

 

突如として響き渡る不気味な笑い声。まるで二人を嘲笑うかのように周囲に木霊する。

 

「何者だ!」

「卑怯者め! 姿を見せ」

苛立ちを隠せない隊員達は大声を張り上げるが、言葉は最後まで続くことはなかった。

ゴゥン、と鐘の音が鳴り響いた直後、二人の足元から巨大な黒い影が飛び出てきて、騎乗するヒポグリフもろとも一瞬にしてバラバラの肉片へと斬り刻んだからだ。

二人の隊員は自らが死んだことさえ認識する暇なく、二体の巨大な死神・ヘル=バンガードによって地獄へと誘われた。

 

――キャハハハハハ……。

 

――キャハハハハハ……。

 

咽返りそうなほどの血臭が立ち込め、夥しい血潮と血肉が撒き散らされる中、ヘル=バンガードは手にする巨大な鎌を振り回しながら不気味な笑い声を上げ続ける。

フードを深く被った十人前後の一団が正門を突破し、王宮内へと侵入していったのはその直後のことだった。

 

 

 

 

この日の政務を終えていたアンリエッタは自室のベッドの上で横たわっていた。

今のアンリエッタはほとんど全裸に近い薄い肌着という、侍従らが目にすれば小言を言われるのは確実なあられのない格好となっている。

「疲れたわ……」

思わず漏れ出る溜め息。それは女王になる前からでもよく出ており、その都度マザリーニに叱られていたものだ。

飾りの姫として政治に利用される存在でしかなかったことへの嘆きが、今は女王としての重責に対する心労でも出てしまうのだ。

女王として様々な案件に対し、承認を下す。どんな些細な面倒事であっても無視するわけにはいかない。

それだけでもかなりの重圧が自分に圧し掛かるのである。

 

しかし、アンリエッタはそれだけのことで今こうして腐っているわけではないのだ。

「ウェールズ様……」

その口から出てきたのは、彼女が愛する男の名。

滅び行くアルビオンの王族として討ち死にすることを選んだ皇太子。

今、アンリエッタの頭の中では愛する男のことでいっぱいだった。

初めて出会ったのは三年前の夏……母マリアンヌの誕生日を祝う園遊会がラグドリアン湖で催された時だった。

あの時、アンリエッタは窮屈だった園遊会に嫌気が差し、一人抜け出すと湖のほとりまでやってきたのだ。

そこで初めて会ったのが、当時は名前しか知らなかった従兄ウェールズ・テューダー……。

アンリエッタとウェールズは瞬く間に恋に落ち、園遊会の間中は夜に密会を繰り返すほど親密になったのであった。

 

しかし、二人は異国同士の王女と王子。如何に二人が愛し合う仲であっても、それが公で許される身分ではないのだ。

だからこそ、アンリエッタはあの時に誓ったのだ。

 

――ウェールズを永久に愛する、と。

 

『誓約の精霊』とも呼ばれる水の精霊が住まうラグドリアン湖の前でされた約束は決して破られることはない。

たとえ迷信であろうとも、そう信じて。

……それからすぐのことだった。アルビオンで貴族派による反乱が起こったのは。

 

「どうしてあの時におっしゃってくれなかったの……?」

しかし、ウェールズは愛を誓ってはくれなかった。

誓ってくれたのは、いつか誰の目も憚ることなくアンリエッタと共にラグドリアン湖を歩くこと。それだけだった。

「あなたは今、どこにいるの……? 本当に生きているの?」

だが、その答えを言ってくれる者はどこにもいない。

愛する男は既にこの世にいないのか、それとも生き延びてくれているのか……それすらも分からない。

生きていて欲しいからこそ、何もかも捨ててでもこの国に逃げてきてもらいたかったのに。

 

「スパーダ殿……本当に……あの人は生きていらっしゃるのですか……? あなたの言葉通りに……」

思わず出てきたのは無二の親友のパートナーとして共にいる異国の貴族の名。

彼は討ち死にをしようとしていたウェールズを最後の最後に、生きることを諭したという。

できることならば、それに従って生き延びていてもらいたい……。

「あの方にも……もっと認めてもらいたい……」

スパーダのことが頭に思い浮かんだ途端、湧き上がってきたのは彼に対する畏敬だった。

民衆や家臣達……多くの人間達が自分を『聖女』と呼んで神聖視し、王や王女という身分を前にまるで仮面を被ったまま接してきた人間達。

そのような者達とは違い、彼は自分を『王』ではなく、『アンリエッタ』という一人の人間に対して接してくれていた。

故に手厳しい言葉も平然と言ってくれる。だが、不思議と侍従やマザリーニらに叱られる時とは違ってまるで不快など感じない。

アンリエッタは単純にスパーダの持つカリスマに惹かれているだけではない。

 

「あなたが羨ましい……ルイズ。あの方のようなパートナーがいてくれて……」

きっとルイズも何か悩み事などがあれば彼に相談しているのだろう。……まるで、娘が父親を頼るかのように。

彼と接していると、窮屈なことなど何も感じられない。むしろ不思議な安心感が得られる。

それは幼き日まではアンリエッタも味わったことのあるものだ。しかし、それはある日を境にして失ってしまった。

……だが、スパーダは再びその安堵を与えてくれていた。

 

だからこそ……スパーダにだけは決して見限られたくない。

その思いがあるからこそ、いつまでもくよくよなどしていられない。誰にも弱い姿を見せるわけにはいかない。

「最後に一杯だけ……」

明日は今後のアルビオンに対する措置に関する協議のため、朝早くからゲルマニアの大使と会談をしなければならない。

だが、せめて眠る前にワインを飲みたい。侍従や女官に見つかると怒られるので、いつもこっそり目を忍んで飲んでいるのだ。

アンリエッタはベッドから起き上がると、隠してあるワインを持ってこようと重い足取りで歩きだす。

 

「誰?」

ふと、月明かりが差し込む窓に目がいった途端、そこに人影があることに気付く。

「名乗りなさい。女王の寝所へ恥知らずにも忍び込むなど、許されることではありません。人を呼びますよ」

アンリエッタは杖を手にすると気丈に、毅然とした態度で相手に告げる。

すぐ目の前にいる相手は月明かりの逆光のおかげで顔も分からない。もしかしたら、賊なのかもしれない。

「僕だよ。アンリエッタ」

だが、その不安は相手が発した声で一気に吹き飛ぶ。

その聞き覚えのある若い男の声は、アンリエッタが今最も耳にしたかったもの……。

まさか、本当に今目の前にいるのは……。

「ウェールズ、様……なの……?」

目を見開くアンリエッタは、震える声で恐る恐る尋ねる。

これが夢でも幻でもないことを願って。

「ああ。そうだよ、僕だ。ウェールズだ」

さらに口を開き吐き出されるその声、そして名前にアンリエッタの心臓が激しく高鳴る。

動悸が激しくなり、思わず胸を押さえてしまう。

「本当に、ウェールズ様なの?」

「風吹く夜に」

何度も繰り返し確かめようとするアンリエッタにかけられる言葉。

それはかつてラグドリアン湖で逢引を重ねていた際に待ち合わせの合言葉として使っていたもの。

彼がそう口にすれば、アンリエッタはこう答えるのだ。

「……水の、誓いを」

反射的に出た言葉と共にアンリエッタは窓を開け放ち、彼を招き入れる。

何度も目にした笑顔を浮かべる、愛する男の五体満足な姿がそこにあった。

「生きて……いらっしゃったのですね。ウェールズ様……よくぞご無事で……」

歓喜に包まれるアンリエッタはしっかりとウェールズの胸を抱き締め、咽び泣く。

彼はやはりスパーダの言葉に従い、生きていてくれたのだ。そして今、自分の目の前にいてくれている。

この目の前の現実はまさに歓喜であり、その現実を与えてくれたスパーダには感謝のしようがない。

「ああ、そうさ。僕は今こうして生きている……君に会えて嬉しいよ、アンリエッタ……」

そんな彼女の頭をウェールズは変わらぬ笑顔で優しく撫でていた。

 

 

 

 

極僅かな衛兵が見張りにつき、静まり返るはずの王宮内をアニエスは全力で駆けていた。

そのすぐ後ろを部下の銃士二名が付いてきている。

「陛下をお守りせねば……!」

背負っている愛剣のアラストルの柄はパリパリと小さな電光を絶えず散らし続けている。

 

――キャハハハハ……。

 

――キャハハハハ……。

 

女王の居室へと続く廊下を進む中、不気味な笑い声が響き渡る。

それと共に壁や床、天井からすり抜けるようにして姿を現した数体の死神達。

下級悪魔のシン・シザーズとシン・サイズであった。

「隊長!」

「うろたえるな! 奴の弱点はあの仮面だ! 仮面を狙え!」

大鎌を振り回しながらゆらゆらと飛び回るシン・サイズと、巨大なハサミを絶えず鳴らし続け威嚇してくるシン・シザーズを前に、隊員達は己の剣を抜き放つ。

アニエスもアラストルを手にし、悪魔達を前に身構えていた。

シン・サイズの一体が振り回していた鎌をアニエス目掛けて投げ放つ。

「そら、返すぞ!」

アラストルを振り上げ、回転しながら迫る鎌を弾き返す。

大鎌の刃は、シン・サイズの仮面に直撃し、悲鳴と共に砕け散る。それと同時に霊体であるマントや胴体も崩れ、消え去っていった。

他の隊員も敵の攻撃を避けつつ懐に飛び込み、仮面を剣で切り裂いていった。

 

アニエス達銃士隊が異変に気付いたのはほんの数分前であった。

今夜の警護番はヒポグリフ隊が担当しているのだが、アニエス達は別の雑務でまだ王宮内に残っていた。

その仕事を終えて休もうと思った矢先、アニエスの持つアラストルが反応しだしたことで異変が起こっていることを察したのだ。

実際、警護の衛兵達が賊にやられたらしい痕跡も確認できている。

デビルハンターとしての直感もあり、悪魔の気配をはっきりと感じ取ったアニエスはアンリエッタ女王を守るために今、女王の元へと向かっているのである。

こんな下級悪魔らを相手に足止めを喰らっているわけにもいかない。

 

アニエス達は難なく立ち塞がる悪魔達を次々に切り伏せ、ようやくアンリエッタの元へと辿り着く。

「陛下!」

無礼であると知りつつも乱暴の扉を蹴破り飛び込んだアニエス達が目にしたもの。

フードを深く被った数名の賊に混じっている金髪の男――ウェールズが意識を失っているガウン姿のアンリエッタを抱きかかえていた。

彼は先ほどアンリエッタと語り合う中で密かに眠りの魔法をかけていたのだった。

「動くな! 賊め! 女王陛下をどうするつもりだ!」

雷光が散るアラストルを突きつけるアニエス。隊員達も剣を手にしたまま身構えている。

だが、ウェールズは不敵な笑みを浮かべるとアンリエッタを抱いたまま窓から外へと飛び出し、他の者もその後に続いた。

その中の一人が杖を振り、突風をアニエス達に叩きつけ、その足を止める。

この一瞬の隙が、敵に時間を与えてしまった。

「くっ!」

慌ててバルコニーに出てきたアニエス達は賊が一気に庭へと飛び降り、逃げていく姿を目にする。

何という不覚なことか。まさかアンリエッタ女王が誘拐されてしまうとは。

たとえ警護番ではないとしても、女王陛下を守れなかったことは最大の失態だ。

「後を追うぞ! 何としても女王陛下をお助けするのだ!」

「はっ!」

即座に自分達がすべきことを為すため、アニエス達は急いで部屋を後にした。

 

 

 

 

「何かしら、あの光」

出発から二時間、深夜の一時を過ぎた頃にスパーダ達を乗せたシルフィードはトリスタニアの上空までやってきていた。

そこでキュルケは眼下にある王宮で無数の光が蠢いているのを目にしていたのだ。

もちろん、ルイズやタバサ、スパーダもその光を確認する。

「何かあったのかしら。タバサ、このまま庭へ降りてちょうだい」

「ちょっと、こんな夜に王宮のど真ん中に降りる気? この間みたいにまた怒られるわよ」

「何か起きてるんだったら正面からじゃ入れてくれないでしょ!」

苦言を漏らすキュルケに対してルイズは言い返した。

ルイズにはあの王宮内の動きに何か嫌な予感が過ぎっていたのだ。何かが今、王宮で起きている。

タバサはルイズの言う通りにシルフィードを王宮の中庭へと向けて降下させていく。

(この気配……奴らか)

そんな中、スパーダは王宮とその周辺に違和感を覚えていた。

それは悪魔がつい数時間前までその場にいたことを示す魔力の残滓である。

この痕跡の存在を感知したスパーダは、ルイズの懸念通りに何か王宮で重大な出来事が起きていると確信していた。

 

「何やつ! 現在、王宮は立ち入り禁止だぞ!」

予想通りに大騒ぎとなっている中庭へ降下した途端、魔法衛士隊達がルイズ達を取り囲む。

マンティコア隊隊長のド・ゼッサールは大声で怒鳴りかけ、一行が見覚えのある者達であることを確認していた。

その中の一人、肩から細長い木箱を吊るしているスパーダがいることに気付くとさらに眉を顰めだす。

「ミスタ・フォルトゥナではないか! この夜分に何をしに参られたのだ?」

「聞きたいのはこっちよ! 一体、この騒ぎは何なの? 姫様に何かあったの!?」

スパーダと共に降りていたルイズは慌ててゼッサールに問いかける。

中庭では松明を持った兵士や魔法の灯りを杖にともした貴族達がおおわらわとなって何か探している。明らかに異常事態だ。

「子供に話すことではない。フォルトゥナ殿、この者達を連れて直ちに退去してもらいたい。後日、また改めて参られよ」

しかし、ルイズの質問を無視されてしまい、あまつさえ子供は帰れとまで言われてしまった。

いくら何でもそんな答え方はないのではないか? と、ルイズは怒りで顔を真っ赤にするとポケットからあるものを取り出し、突きつけた。

「私はアンリエッタ女王陛下直属の女官です! 直ちに事情の説明を求めるわ! 姫様に何があったの!?」

それは以前、アンリエッタから受け取った王室発行の許可証であった。

そこにははっきりと、「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールにこれを提示された公的機関はあらゆる要求に答えること」とアンリエッタ直筆の但し書きが記されている。

「そういうわけだ。一体、これは何事だ?」

提示された許可証に目を丸くして呆気に取られていたゼッサールに、スパーダも冷徹に問いかける。

ゼッサールは今、王宮で起きていることをルイズ達に説明しだした。

「姫様がさらわれた!?」

二時間前、ちょうどルイズ達が出発を始めた頃にアンリエッタは侵入者にさらわれてしまったというのだ。

現在、銃士隊が犯人の追跡を行っており、ヒポグリフ隊も続いているという。

そして、賊は街道を南下してラ・ロシェール方面へ向かっているそうだ。

「アルビオンの手先か」

「間違いないわ。早くあたし達も追いかけましょう! 姫様をお助けしないと!」

「ま、ここまで来たら最後まで付き合わないわけにもいかないものね」

シルフィードであればすぐに敵に追いつけるはずだ。一行は再びシルフィードへ乗り込むと、またも空へと舞い上がった。

「姫様……どうかご無事で……!」

敵を見つけるためにも低空数十メイルを維持したまま、シルフィードは夜の闇の中を突っ切っていった。

 

 

 

 

 

ルイズ達がトリスタニアへ到着する一時間前、街の入り口にある駅で一人の青年が馬に乗り込んでいた。

頭に巻いたバンダナから金髪を覗かせ、片目にアイパッチをつけている彼は血相を変えた様子で馬を走らせ始める。

馬は街を出ると一気に街道を南下していった。

半月前にこのトリスタニアへやってきた青年は魅惑の妖精亭で寝泊りをしつつ、滞在をしていたのだ。

しかし、つい先ほどトリスタニアの王宮に潜り込んでいる仲間からの知らせを伝書鳥で受け、彼は衝撃を受けた。

 

――アンリエッタ女王が何者かに誘拐された

 

当然、公になどされてはいないその事件に居ても立ってもいられず、彼は宿を飛び出し誘拐された女王とそれを追跡する王宮の近衛達を追い始めたのである。

その手には、彼がこのトリスタニアへやってくる前から持っていた杖が握られている。

「アンリエッタ……」

青年は静かに、このトリステイン王国の現女王の名を愛おしそうに呟いていた。

 

 

 

 

トリスタニア南の街道をアニエスら銃士隊が駆る馬は全速力で疾走していた。

「敵を見失うな! 夜が明けるまでに追いつかねば取り返しがつかなくなる!」

アンリエッタ女王を誘拐した一団は前方50メイル、目と鼻の先を馬で駆けている。

決して振り切られるわけにはいかない。

「隊長!」

「分かっている!」

隊員の一人が叫ぶより前にアニエスは馬の鞍に吊るしている愛用のランチャーを手にし、砲弾を装填し構えた。

すぐ前方の空間に穴が空き、その中から巨大な肉塊の爆弾を掲げている悪魔・ヘル=レイスが姿を現したのだ。

それだけではない。セブンヘルズの下級悪魔達が敵と銃士隊を分断するかのように現れ、道を塞いできたのである。

追跡隊に加わった銃士隊は急だったこともあり、アニエスを含めて五人しかいない。

こいつらの相手をすれば確実に振り切られてしまう。だが、そうしないために……。

「どけ! ザコ共め!」

怒号と共にアニエスは引き金を引き、砲弾をヘル=レイス目掛けて発射した。

砲弾が直撃すると同時にヘル=レイスの掲げていた爆弾が大爆発を起こし、周りに居るセブンヘルズ達を吹き飛ばす。

セブンヘルズ達の肉体である砂が大量に舞い散る中をアニエス達は突き切り、足止めを喰らわずに追跡を続けていく。

 

しかし、敵も相当に早い駿馬を使っているのか見失わないようにするのが精一杯だ。

ましてやここからアラストルやグレネードを使えばアンリエッタ女王を巻き添えにし兼ねない。

そして敵の追跡を阻まんとするかのように下級悪魔達は次々に姿を現すのだ。

 

ブラッドゴイル、シン・シザーズ、シン・サイズ……。

 

こいつら悪魔に対しては遠慮なく愛用の武器を使えるのだが……。

肝心の誘拐者に使えないのでは意味がない。

 

「隊長、あれを!」

「あれは……」

さらにしばらく追跡を続けていると自分達の頭上10メイルを何かが通り過ぎていった。

低空を滑空するように降下し、街道へと優雅に着地したそれは、幻獣のヒポグリフであった。

10頭以上ものヒポグリフは次々とアニエス達銃士隊の頭上を飛び越えて十数メイル前方に着地し、そのままその足で駆けていった。

そのヒポグリフに乗っているのは……近衛の魔法衛士隊、ヒポグリフ隊の隊員達であった。

 

今夜の王宮警護を務めていたヒポグリフ隊は銃士隊同様に追跡隊へと加わり、ここまでやってきていたのだ。

侵入者の襲撃で隊員が何人かやられた上に混乱で出発自体はかなり遅れてしまいはしたものの、幻獣ヒポグリフの足はアニエス達の馬の倍はある。

故に短時間でここまで追いつくことができたのだ。

さらに翼を持つヒポグリフは空を飛ぶこともできる。故にアニエス達のように一々、悪魔達を相手にすることもない。

「せいぜい後ろから追ってきているがいい。粉挽き女(ラ・ミラン)め」

隊長は後方から追ってきている銃士隊を振り返り、優越感に満ちた表情を浮かべていた。

アニエス達の馬を見つけた時、隊長以下隊員達は全員、アンリエッタ女王を誘拐した敵への怒りと共に銃士隊への敵愾心を湧き上がらせていた。

平民上がりのくせに御前試合では恥をかかせた上、今夜の警護番であるはずのヒポグリフ隊を差し置いて独断で敵の追跡を行った。

これ以上、平民上がりの銃士隊に手柄を取られるわけにはいかないのである。

おまけに自分達ヒポグリフ隊のメンツにも関わる。名誉ある近衛の魔法衛士隊が、新設されたばかりの……しかも平民の女ごときに先を越されるなどあってはならない。

この屈辱は何倍にもして返してやる。

そして、自分達の有能さと銃士隊の無能さを証明してやるのだ。

幻獣にも乗れず敵に追いつけず、女王陛下を助けることのできない平民の無能さを。

 

「くっ! 止まれ!」

ヒポグリフ隊に引き離されていた銃士隊はアニエスのその叫びと共に馬の手綱を強く引き、急停止する。

その途端、幾重もの激しい銃声が連続で鳴り響き、左右の街道脇の森の中から次々と無数の鉛玉がすぐ前方の空間に殺到する。

ほんの僅か一秒でもアニエスの号令が遅れて止まれなければ自分達は蜂の巣にされていた所だった。

そして次々と茂みの中から姿を現すのは何十体もの武装したカカシ――マリオネットにブラッディマリー。

おまけにそれらを統率する中級悪魔、フェティッシュまでもが確認できる。

「人形どもめ……我らをどうあっても通さない気か……」

「隊長、やりますか?」

馬から降り、アラストルを手にしていたアニエスに隊員の一人が剣を抜きながら問う。

どの道、この悪魔達を退けなければ敵に追いつけないのだ。

「二分で片付ける。何としても陛下に追いつくぞ!」

「はっ!」

隊員達は各々の剣を手にし構えると、その刀身に燃え盛る炎が纏わり付く。埋め込まれたデビルハーツの一つ、フレイムハートの力が解放されたのだ。

「喰らえ!」

アニエスはランチャーを構え、マリオネットの群れに砲弾を発射する。

炸裂した砲弾の爆風に巻き込まれ、マリオネット達の作り物の体が四散し、吹き飛ばされ、叩きつけられていく。

「はあああっ!」

「おおお!」

銃士隊達は己の魔法剣を手に、態勢を崩した人形の集団へと突撃した。

 

魔法剣は軽いながらもその切れ味は凄まじく、マリオネットの体など容易く叩き切ることができる。

そしてマリオネット達を斬りつける度に、剣に纏わり付いた紅蓮の炎が人形の体を焼き払っていった。

「でぇい!」

ナイフやギロチンを振り回すマリオネットの攻撃を受け止める隊員達はオフェンスハートで剣の圧力を高めることで少ない力だけで押し返すことができた。

「そらそら! こっちだ!」

そして悪魔達に囲まれればエリアルハートの力で軽やかに高く跳躍し、人形達の頭を足場にして跳ぶことでその外へと逃れ態勢を立て直す。

数的には五人だけしかいない銃士隊が不利ではあったものの、魔法剣を手にした戦力そのものは悪魔達を圧倒するほどのものであった。

 

「くうっ……!!」

鋭い剣戟の音と共に呻くアニエス。彼女の眼前、顔の前で構えるアラストルの刃が燃え盛る炎を受け止めていた。

フェティッシュの手に握られた赤々とした炎を纏った車輪がアニエスに振り下ろされているのである。

自分の間近で燃えている悪魔の炎。それを睨むアニエスの顔つきは嫌悪に満ちている。

「おっと!」

鍔迫り合いに持ち込んでいるフェティッシュ二体の口元から炎が漏れ出てきたのを見た瞬間、アニエスは即座に後ろに大きく飛び退く。

その直後にはフェティッシュから炎の息吹が吐き出されるが、既にその範囲から逃れていたアニエスの体を焼くことはできなかった。

「ふっ!」

ヒュンヒュン、と鋭く空を切る音が聞こえると共にアニエスはアラストルを振るい、横からの飛来物を弾き返す。

別のフェティッシュが投げつけてきた車輪は、すぐに引き戻されていく。

マリオネット達とは違い知能の高い中級悪魔だけあって連携プレイにも長けており、相当に手強い。

「私は貴様らのような悪魔が大嫌いだ」

じりじりと迫る三体のフェティッシュ達を睨み、アニエスは低く呟く。

その手に握られたアラストルの刀身は、バチバチと今にも弾けそうなほどの電光を放ち続けていた。

「特に、炎を操る悪魔はな!」

吼えると共にアラストルを振るい、その剣先から一条の稲妻の矢が放たれ、フェティッシュへと殺到した。

フェティッシュの頭を一撃で吹き飛ばし、バランスを崩して後ろへ大きく吹き飛び地面に叩きつけられた。

さらにアニエスはアラストルを横から迫るフェティッシュ目掛けて投擲し、一直線に飛んでいった剣は容赦なくフェティッシュの胴体を同じように貫く。

「吹き飛べ!」

ランチャーを構え残ったフェティッシュへ砲弾を叩き込み、炸裂弾の直撃を受けてフェティッシュの体は破裂するようにして四散した。

 

二分ジャスト、とまではいかなかったものの、銃士隊はあっという間に人形の悪魔達を全滅させていた。

しかし、悪魔達の襲撃は止まらない。全滅させたと思ったら、今度はまた別の新手の悪魔が現れるのだ。

絶対に彼女達をこの先へは行かさないと言わんばかりの勢いである。

 

――キャハハハハハ……。

 

――キャハハハハハ……。

 

「これではキリがありません!」

街道を塞ぐようにして現れた二体のヘル=バンガードに隊員の一人が焦る。

確かにこんな奴らを相手にしていてもヒポグリフ隊に続いてアンリエッタ女王の奪還を行うことができないのだから。

いっそここは強行突破を仕掛けるべきだろうか。

(こいつらにもお見舞いしてやるか……!)

アニエスはそう決断し、突破する隙を作るためにアラストルを構えようとした。

 

「何っ!」

アニエス達は驚愕した。

突如、空から巨大な氷の槍と火球がヘル=バンガード達に飛来し、直撃したのだ。

氷の槍はその体を容易く貫き、炸裂した火球が容赦なく焼き尽くす。

「隊長、あれを!」

呆然とするアニエス達は後ろを振り返り、攻撃が降ってきた空を見上げた。

そこには翼を羽ばたかせ、低空をホバリングする一頭の竜がいるではないか。

トリステイン竜騎士隊かと思ったが、あれは違う。

「あの竜は……」

「隊長!」

見覚えのある竜の姿に呆気に取られるアニエスだが、隊員の一人が慌てたように叫びだす。

アニエスは背後を振り向くと、今の攻撃を喰らったヘル=バンガード達が大鎌を交差に振り回しながら突撃してきたのである。

咄嗟にアラストルを構えようとするが、間に合いそうにない。

 

しかし、ヘル=バンガード達の反撃が彼女達を捉えることはなかった。

突如としてその真上から大量の赤黒い長剣が雨のように降り注ぎ、ヘル=バンガード達を地面に縫い付けたからだ。

地を張ったまま身動きが取れなくなり呻き声を上げ続けるヘル=バンガードを睨み、アニエスはアラストルを振り上げた。

 

 

トリスタニアを発ったシルフィードは街道を南下し、数十分ほどでここまで来ることができた。

スパーダも魔力の痕跡を辿ってくれたおかげで今、追跡隊がどこにいるかを把握してくれていたのである。

そこで悪魔と交戦しているアニエス達銃士隊を目撃し、援護を行ったのだ。

「すっごい技ね……」

ファイヤーボールを放っていたキュルケはスパーダが放った幻影剣の雨を見て感嘆とする。

メイジの魔法が杖から放たれる都合上、発生源は必ず魔法を行使するメイジ本人からなのだ。

故にメイジの動きを見ていれば対処はしやすいと言える。

しかし、悪魔であるスパーダの技は距離も何も関係なくどこからでも発生させることができる。

敵の頭上や背後はもちろん、その全方位からでさえ可能なのだ。

いつどこから襲ってくるか予測できない攻撃は対応するのが非常に難しいのである。

たとえそれが同じ悪魔であろうとも。

 

「かたじけないな。スパーダ、ヴァリエール殿」

着陸したシルフィードから降りたスパーダはヘル=バンガードにトドメを刺したアニエス達と相対する。

隊員達はまさかスパーダがここに現れると思っても見なかったようで、皆驚いた顔をしている。

アニエスは自分達を援護してくれたスパーダ達に感謝し、一礼をしていた。

だが、ルイズはずんずんと前に出てアニエスに杖を突きつける。

「何やってるのよ! 姫様を誘拐されるだなんて! それでも近衛隊なの!? しっかり守ってって言ったじゃない!」

新設されたばかりとはいえ、まさかこんなにも早く失態を犯すなど恥知らずも良い所だ。

マンティコア隊もヒポグリフ隊もグリフォン隊も……王国の近衛隊は無能なのか? と言ってやりたいくらいに憤慨していた。

「申し訳ない……」

「もういい。それよりも今はアンリエッタを救出することが先決だ。汚名はそれで返上すれば良い」

癇癪が収まらないルイズを押し留め、スパーダは冷徹にそう言った。

今、最優先で成すべきなのはこんな所にいることではないのだと。

「うむ。……馬は大丈夫だな?」

「はいっ、すぐにでも走れます!」

「よし、我らもすぐにヒポグリフ隊に合流し、女王陛下を追跡する!」

「はっ!」

アニエスが号令を出し、隊員達はそれに力強く答える。

「あたし達も早く追いかけましょう!」

ルイズ達もシルフィードに乗り込み、銃士隊に先行して街道を突き進んでいった。

「あそこだわ!」

そしてルイズ達は目にした。街道の遥か先、轟音と共に粉塵が高く巻き上がるのを。

(変わった魔力だな)

スパーダはそこに奇妙な魔力の波動を感じ取っていた。

 

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  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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