魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
「あ――」
巨大な竜巻に包み込まれ、四肢が手にしていた杖もろともズタズタに切断されていく。
肉体をバラバラにされていく異様の感覚の中で、ヒポグリフ隊長は短く呻きを漏らすことしかできなかった。
他の隊員達もほぼ同時に炎の魔法で焼かれ、風の魔法で切り刻まれ、氷の魔法で貫かれて倒されていた。
反撃すらできずに致命傷を負わされた隊長は、薄れ行く意識の中で目にした。
つい先ほど自分達が致命傷を負わせたはずの敵の騎士達がゆっくりと立ち上がり、しかも切り裂かれた喉を露にしたまま平然と微笑んでいるのを。
うち一人は草むらに放り出された誘拐されたアンリエッタの元へと近づいている光景も。
「なぜ……だ……な、ぜ……」
震える声が微かに口から漏れてくる。信じられない、そう言いたそうな困惑の念がはっきりと感じられる。
ヒポグリフ隊は銃士隊を追い抜き、敵に追いつき、アンリエッタ女王を可能な限り傷つけないように容赦なく魔法を放ち、敵を殲滅しようとした。
勝負は一瞬で決したはずだった。
なのに、敵は倒れなどしなかった。それどころか逆に反撃し、返り討ちにしてきたのだ。
そんなあり得ないことがあっていいものか。
しかし、現実にヒポグリフ隊は敵の反撃により全滅させられ、もはや動ける者は一人もいない。
トリステインの栄えある魔法衛士隊の一つ、ヒポグリフ隊はあっけなく壊滅したのだった。
◆
スパーダ達を乗せたシルフィードは粉塵が巻き上がった地点の上空までやってくると、すぐに着陸していた。
街道に降り立ったルイズ達は無残に転がっている無数の死体を目にし、息を呑む。
「ひどい……」
辺りを見渡すルイズが思わず呟いた。
焼け焦げた死体、手足をバラバラに切り刻まれ捥がれた死体、そして血を吐き痙攣しているヒポグリフの死体がそこかしこに転がっている。
銃士隊を先行していたヒポグリフ隊だろう。
「ダメだわ……みんな事切れてる……」
生きている者がいないか確かめていたキュルケは苦い表情で首を横に振る。
「魔法を食らって倒されたか」
「敵のメイジに攻撃されたんでしょうね。きっと……」
「だが、交戦はしているが敵の死体はない」
死体の一つに近づき屈んでいるスパーダの言葉にルイズとキュルケは目を丸くしていた。
「何か分かったの?」
スパーダのことだ。きっと、ここでの状況から何かを察したに違いない。
「ああ、確かにそうね。魔法衛士隊も応戦しているんだから一人くらいは敵をやっつけていてもおかしくないはずだわ」
ルイズはスパーダが一体何を考えているのかを聞き出そうと食い付こうとすると、キュルケは納得したように頷きだす。
「つまりどういうことなのよ」
「まだはっきりとは分からん」
ルイズへ言葉を返しながら立ち上がるスパーダの視線は街道の左右に広がる林へと向けられていた。
懐に収められているルーチェの拳銃へと手を伸ばす。
杖を手に静かに身構えるタバサも油断なく周囲への警戒を怠らずに辺りを見回していた。
「……いる」
「うむ」
ぽつりとタバサが呟き、スパーダも懐のルーチェを手にしたまま頷く。
自分達に対する明らかな殺意を、二人ははっきりと感じ取っていた。
「待たせたな! スパーダ」
「アニエス!」
そこへアニエスら銃士隊の騎乗する馬が追いついてきたのだ。
馬を降りた隊員達は屍が転がる街道の上を闊歩し、スパーダ達との合流を果たす。しかし、アニエスを含めて全員が剣を抜いたままだ。
「ヒポグリフ隊がこうも簡単に全滅させられるとは……」
アニエス達もヒポグリフ隊の無残な姿を目にして険しい顔を浮かべている。
「何してるのよ! 姫様をさらった連中を追いましょうよ! 敵がアルビオンに逃げていったら、とんでもないことになるわ!」
何故かスパーダもアニエスも悠然としている様にルイズは我慢がならずに怒鳴り声を上げて急かしていた。
ヒポグリフ隊を蹴散らした敵はもうここから見えない所まで進んでしまったのだ。
一刻も早く追いついてアンリエッタ女王を救わなければならないというのに、ここで立ち止まっている訳にはいかない。
しかし、スパーダの返答はルイズの予想外のものであった。
「その必要はない。――タバサ」
「エア・シールド」
「構えろ!」
ルーチェと、さらにオンブラの拳銃も手にしたスパーダが声をかけると同時にアニエスは号令をかけ、タバサは頭上に杖を掲げて風の障壁を一行の周囲へ張り巡らした。
その瞬間、街道横の林の奥より次々と魔法が放たれてきた。
スパーダ達は分かっていたのだ。敵が奇襲を仕掛けてくることを。それを予測していたためにこうして即座に反応できたのだ。
しかし、四方八方から飛んでくる魔法はタバサの防御により阻まれたおかげで、ルイズ達は無傷である。
「きゅいーっ!」
タバサに首を叩かれたシルフィードは翼を羽ばたかせ、空中へと浮かび上がり避難する。
――バババババババババッ!
凄まじい速度による銃声の連打が小刻みに響き、ルーチェ・オンブラの銃口から交互に紅蓮の火炎を噴いている。
両手を交差させて二丁の拳銃で掃射するスパーダは次々と片方の林へ向けて銃弾の嵐を叩き込んでいた。
「アンリエッタがいるのはそちら側だ。攻撃はするな」
ルイズ達へスパーダがそう告げると、ピタリと連射し続けていた銃を下げていた。
林の中から次々と何かが倒れるような音が聞こえてくる。今の掃射射撃で奇襲してきた敵を撃ち倒したようだ。
「Damn it…….(面倒な……)」
しかし、スパーダは僅かに顔を顰めて舌を打ち、銃を収める。
銃撃と銃声が収まると林の中から次々と人影が姿を現していた。もちろん、スパーダが銃撃を行った方からもだ。
「ねぇ、この人達って……」
「アルビオン王党派の貴族よね。どう見ても……」
ルイズとキュルケは敵の顔に覚えがあり、思わず緊張が走る。
彼らはかつてルイズ達がアンリエッタからの密命でアルビオンへ渡った際、討ち死にを覚悟していた王党派の最後の晩餐で顔を合わせた貴族達やウェールズの部下達だったのだ。
その彼らが今、敵として自分達の前にいる。全員、かつて会った時のような生気は全く感じられず、表情も虚ろだ。
(あーっ……あいつら、ずいぶんと懐かしい魔法で動いてやがる。さすがは水の先住魔法だ。ブリミルもあれにゃあ苦労したっけなぁ……)
「アンドバリの指輪か」
スパーダは彼らの肉体を包み込んでいる奇妙な魔力を目にし、全てを理解していた。
彼らの肉体そのものは既に生命の息吹を失っている。その肉体をアンドバリの指輪から注がれたであろう魔力によって仮初めの生命を宿しているのだ。
しかし、それはあくまでも魔力そのものが肉体を操って動かしているのであり、彼らの肉体そのものには自らを動かすほどの力はないのである。
やはり水の精霊が言っていた通り、所詮は偽りの命でしかない。言うなれば、彼らは生ける屍なのだ。
「陛下は!? 姫様はどこにいるの?」
「安心したまえ。アンリエッタはここだよ」
叫び声を上げるルイズに対し、諭すような青年の声がかかりだす。
すると、敵の一団の中から一人の人影がゆっくりと街道へと出てきて、ルイズ達の前にその姿を現した。
「隊長、あれを……!」
「姫様!」
その相手は紛れもないアンリエッタの肩を抱き、まるで恋人のように寄り添っていた。
「賊め! 陛下の御身に手を触れるな!」
射るような鋭い目付きのアニエスがアラストルの剣先を突きつける。感情と同調するようにバリバリと、激しい雷光が刀身に纏わりついていた。
「ちょ、ちょっとルイズ! あの人って……!」
キュルケがアンリエッタに寄り添う敵の顔を目にし、驚愕していた。
見覚えのある金髪、顔、そして服装、あれは――
「……う、嘘! ウェールズ皇太子!?」
ルイズもその懐かしい顔を目にして驚いた。それは間違いなく、アルビオンのウェールズ・テューダーその人であった。
「何? あの男がか?」
アニエスは名前こそ銃士隊設立前より聞いたことはあったものの、実際に見たことはなかった。
「……木偶人形か」
ウェールズを冷たい視線で凝視するスパーダは小さく鼻を鳴らしだす。
「ウェールズ皇太子! ご無事だったのでございますか……!?」
かつての密命でアルビオンから脱出する際、ウェールズは自分達を逃がすために一人礼拝堂に残ったのだ。
それからの生死は全くの不明であったのだが、彼は今こうして五体満足の状態でいるのである。
「ああ。おかげ様でね……」
ウェールズは微笑みながらそう答える。その表情は他の者達とは異なり、生気に満ちていた。
討ち死にを果たそうとしていたウェールズが生きていてくれたことは本来ならば喜ばしいことだ。
アンリエッタだってその生死について極めて強く気にしていたのだから。彼との再会は彼女が最も望んでいたことなのである。
「何故です! 何故、アンリエッタ女王陛下をさらおうとするのです! 皇太子はレコン・キスタに寝返ったとでも言うのですか!?」
だがウェールズは敵の、レコン・キスタの一員となってアンリエッタを誘拐したのだ。
どうしてウェールズがこのようなことをするのか。ルイズには理解できなかった。
「さらうとは……人聞きの悪いことを言うね、ミス・ヴァリエール。アンリエッタは自分の意思で私に付いてきてくれたのだよ」
微笑を崩さないままにウェールズは答える。その様が言い知れぬ不気味さが感じられるほどだ。
そんな彼に抱かれているアンリエッタはウェールズとルイズ達を交互に見比べて戸惑っている。
「そ、そんな……」
「黙れ! 陛下をかどわかした賊め! 皇太子であろうが何だろうが、貴様は我らの敵だ!」
困惑するルイズであるが、アニエスは変わらぬ苛烈な態度のまま叫んだ。
「陛下! その者から早くお離れください!」
アンリエッタに呼びかけるアニエスだが、当の彼女はわなわなと震えて一歩を踏み出そうとしない。
「姫様! どうかこちらにいらしてください! その者はウェールズ様ではありません! きっと、クロムウェルの手によって蘇った皇太子の亡霊です!」
ルイズは周りにいる連中の様子を見て、あのウェールズも同じなのではという考えに至っていた。
あの時、ウェールズと別れる寸前、既に敵は礼拝堂へと入り込もうとしていたのだ。
つまり、あの後ウェールズは敵の兵に討ち取られ、そしてその死体を回収されて利用されてしまったのかもしれない。
それはウェールズを求めていたアンリエッタにとってはとても辛く、そしてあまりにも卑劣な手段であった。
愛する者の亡骸を利用し、甘い誘惑の悪夢を見せようとするだなんて、非道でしかない。
◆
「ルイズ……」
「言っただろう。彼女は私に付き従っていると……」
戸惑い続けるアンリエッタの肩を抱くウェールズは薄い笑みを浮かべだす。まるで、悪魔のように。
「話すだけ無駄」
そこへタバサが杖を構えながら前へ出てくると、呪文を詠唱しだす。相手が何であろうが敵は敵だ。敵は倒す。それだけである。
即座に詠唱を終えると、得意のウィンディ・アイシクルによる氷の矢をの雨をウェールズ目掛けて放っていた。
「っ……!」
ウェールズはアンリエッタの体を横に突き飛ばすと、殺到してきた氷の矢を次々とその身に受けていた。
「ウェールズ様……!」
地面に投げ出されたアンリエッタは愛するウェールズが傷つく様に思わず悲鳴を漏らす。
「ジャベリン」
しかもタバサはダメ押しにと言わんばかりに氷の槍を放ち、ウェールズの心臓を胴体もろとも貫いていた。
体中に突き刺さる無数の氷の矢と胸を貫く槍に、じわりと鮮血が滲み出てくる。明らかに致命傷であった。
「無駄だよ。……君達の攻撃では僕達を傷つけ――」
不敵に笑うウェールズの言葉を遮るように銃声が響いた。
ルーチェの銃を抜いたスパーダがウェールズの眉間に銃弾を容赦なく叩き込んだのだ。
「……っ!!」
脳天を撃ち抜かれ大きく仰け反るウェールズにアンリエッタは絶句する。
「ひどいことをするね、スパーダ殿……。君の言う通り、僕はこうして生き残ったというのに……」
だが、ウェールズはこれだけの攻撃を喰らってもまるで平然とした様子であった。
それどころか、体中に刻まれた傷がみるみる内に塞がっていく。スパーダに撃ち抜かれた眉間までもが再生していた。
スパーダは冷徹な表情でウェールズを睨みつけたままルーチェの銃口を向けている。
やはりルイズの予想通り、このウェールズはもう人ではないのだ。
アンリエッタもその光景を目にして愕然としている。
「姫様! 今のを見たでしょう!? それは偽りのウェールズ様なのです!」
ルイズは必死にアンリエッタを促すが、それでもアンリエッタは動こうとせず、苦悩の表情を浮かべている。
そんな中、スパーダが構えているルーチェに赤黒いオーラが纏わりつき、バチバチと音を立てながら銃口に光が集まっていた。
「……やめてっ!」
一際激しく鋭い銃声が轟くと同時に、アンリエッタの悲鳴にも近い叫びが響く。
通常より三倍もの魔力を注ぎ込んで発砲したスパーダだが、引き金を引く直前にアンリエッタは杖を構えて分厚い水の壁をウェールズの前に作り出したのだ。
強烈な魔力の弾丸を受けた水の壁は砕け、弾け飛び、周囲に大量の水を撒き散らす。ウェールズにはスパーダの銃撃は届かなかった。
「姫様! 何を!」
「陛下!」
思いもしないアンリエッタの行動にルイズとアニエスは混乱する。
吹き飛んだ水の壁の水飛沫を浴びるアンリエッタは杖を両手で構えたまま、わなわなと震えてこちらを睨んでいる。
「お願いよ。ルイズ……私達を行かせてちょうだい」
「陛下! 何をおっしゃるのです! その者はアルビオンの手先なのですぞ!」
「騙されては駄目です! それはウェールズ様ではございません!」
しかし、アンリエッタは鬼気迫るような表情で唇を噛み締め、首を小さく横に振る。
「そんなこと……分かっているわ。私の居室で会った時から……でも、それでも構わないわ……本気で誰かを愛したら、何もかも捨ててでも……嘘かもしれなくても付いていきたいと思うものよ……」
狂気さえ感じられる表情でアンリエッタは低く呟く。
アンリエッタは今夜、このウェールズと会ってから起きた出来事を思い起こす。
深夜、眠りに就こうとした時に現れたウェールズ。そのウェールズが自分を迎えに来たと言った。……アルビオンを取り戻すためには自分が、『聖女』が必要だと。
熱心に自分を愛しているとまで口にしてくれたウェールズの言葉にアンリエッタは、内から込み上げる衝動を抑え切れなかった。
ウェールズが自分に唇を重ねた時、彼との甘い記憶が蘇り、気がつけば眠りの魔法をかけられていたのか意識を失っていた。
そして気がつけば、自分はここへ連れて来られており、ウェールズ達はヒポグリフ隊を全滅させていたのだ。
理性を取り戻したアンリエッタはそれが自分の知るウェールズなどではないと悟った。
だが、アンリエッタには彼を傷つけることなどできなかった。
かつて最後に会った時以上に優しい言葉をかけてくれるウェールズ。その彼の腕の中で抱かれる日を夢見て、今まで生きてきたのだから。
そんなウェールズが次々と紡ぎだす言葉がアンリエッタを女王から何も知らない少女へと戻していった。
そして自分に言い聞かせるように、ウェールズを信じると決めたのだ。
だからこそ、たとえ偽りであろうとウェールズが傷つけられる光景に我慢ができなかったのだ。
「私は水の精霊の前で誓ったのよ、ルイズ……。『ウェールズ様に変わらぬ愛を誓います』って……自分の気持ちにだけは嘘をつくなんてできないわ……」
「姫様!」
「陛下!」
「ちょっと……正気なの……」
キュルケはアンリエッタの狂気染みた行動に呆然とする。
「あなた達を裏切った愚かな私を許して……ルイズ……アニエス……お願い……このまま行かせてちょうだい……」
「くっ……」
「隊長……どうすれば……」
アニエス以下銃士隊は苦悩した。自分が忠誠を尽くす相手である女王陛下が今、敵に連れ去られようとしている。
だが、その女王は敵に付いていくことを望んでいる。そしてそれが命令であると言うのであれば軍人である自分はそれを忠実に実行しなければならない。
それが軍人としての存在意義なのだ。
しかし、いくらアニエスでもそんな命令に即座に従うことなどできなかった。女王は半ば正気を失っているも同然なのだ。
ならば自分が主君に対して成すべきことは……。
「主が過ちを犯した時、それを正すのも臣下の務めかもな」
突然、スパーダはアニエスをちらりと一瞥しつつ呟いていた。まるでアニエスの心中を察し、代弁するかのように。
「……スパーダ! どうしたの!?」
ルイズはスパーダがルーチェの銃を収め、肩に吊るしていた箱を降ろす様を見てその腕に掴みかかった。
「後は任せる。アニエス、この中に例の品が入っている。それでアンリエッタを救うか、彼女の命に従うかはお前達次第だ」
「え……!?」
「何だと……!」
スパーダの思いもしなかった冷酷な言葉に一同は愕然とした。
「何言ってるのよ! 姫様が連れ去られようとしてるのよ! それを黙って見過ごすって言うの!?」
「アンリエッタが自らの意思で奴に付いて行くと言うのであれば、何も言うことはない。好きにさせてやればいい」
スパーダはその突き放したような態度でそう言い放ち、ウェールズと共にいるアンリエッタを見やる。
「……っ!」
その視線に射抜かれた途端、アンリエッタはぞくりと震え上がった。
自分を見据えているスパーダの目つきと表情はこれまでに目にした以上に冷たいものだった。
しかし、僅かに一瞥しただけでもうスパーダはこちらを見向きもしない。
「お前には失望した」……とでも言いたそうなそっけない態度であった。
「スパーダだって分かってるんでしょう!? あいつはウェールズ様じゃない! 偽りのウェールズ様なんだわ! 姫様は騙されているだけなのよ!」
「その通りだ。奴は私達が会った『ウェールズ』などではない。だが、アンリエッタはあの木偶人形の『ウェールズ』でも構わないと言っている」
「でも……だからって……! 姫様をこのまま見捨てるって言うの!?」
「彼女がお前やアニエスが差し伸べた手を自ら振り払ってまで、自分の意思で決めたことだ。堕ちる覚悟があるのであれば好きにすればいい」
冷たい態度を取るスパーダはアンリエッタから背を向け、腕を組んでいた。
アンリエッタはその背中を呆然と見つめたまま固まっている。
「私は自ら道を踏み外し、堕ちることを望む彼女を救う義理はない。……だが、お前達に手を貸してやっても良い。どうする? このまま彼女を行かせるのか」
つまりスパーダはこう言っているのだ。自分がアンリエッタを救うのではなく、友と臣下であるルイズ達が彼女を救おうとするのを手助けすると。
やはりスパーダはそこまで無責任ではないとルイズは安心した。
「……あたしは最後まで諦めないわ! 絶対に姫様を取り戻すんだから!」
ルイズのその言葉にスパーダは、その言葉を待っていたと言わんばかりに僅かに口元を綻ばせた。
「……良いだろう。彼女を救うのは、お前達の役目だ」
「当然よ! パートナーとして、最後まで付き合ってもらうわ!」
いきなり本性である悪魔のように冷酷なことを言い出して、びっくりしてしまったではないか。何故、そのようなことを言い出したのか……。
ルイズが吼え、アニエスはハッとすると下げていたアラストルをウェールズへと突きつける。
「隊長……」
「罰は後で如何ほどでもお受けしましょう。……これより銃士隊は陛下の身柄を敵から奪還する! 行くぞ!」
「はっ!」
アニエスの号令と共に困惑していた他の隊員達も一瞬にして気を取り直し、己の剣を構えていた。
「強情だね……! 軍人はただ黙って主の命に従っていればいいんだ!」
ウェールズがアンリエッタを庇うように前へと出てきて、杖を構えだす。
「な、何!?」
キュルケが声を上げると、突如彼女達の周りに転がるヒポグリフの死体がドロドロに溶けて崩れだし、その形を変えていく。
液状になったヒポグリフの血肉は瞬く間に人型へと形を変え、無数の悪魔へと変貌していた。
鋸状の刃を持つ大鎌を手にしたその悪魔は、セブンヘルズの一種であるヘル=エンヴィーだった。
「ちっ……! こいつらか……!」
過去の任務で何度も相手にしていた下級悪魔達の出現にアニエスは呻いた。
ルイズ達を取り囲むヘル=エンヴィーの集団。その数はざっと30ほど。ヒポグリフ一匹につき2~3体分の依り代となったのだ。
ヘル=エンヴィー達は唸り声を上げながら威嚇し、ジリジリと近づいてくる。
「どけ! ザコ共め!」
アニエスがアラストルから稲妻の嵐を放っても、ヘル=エンヴィー達はちょっとやそっとの攻撃では怯まずかなりタフであった。
銃士隊の剣とヘル=エンヴィーの鎌がぶつかり合い、戦いが始まった。
「さあ、行こう。アンリエッタ……アンリエッタ?」
悪魔達を相手にするスパーダ達を尻目にウェールズ達死者の一団はそのまま先へと進もうとしている。
しかし、アンリエッタはウェールズに促されてもその場から動けずにいた。
彼女の見開いた目は、ずっとスパーダに向けられている……。
◆
「きゃあっ!」
ルイズが悲鳴を上げる中、スパーダはルイズを守るようにしてヘル=エンヴィーの集団をリベリオンで斬り伏せていた。
スパーダ目掛けて一斉に鎌が振り下ろされるが、スパーダはリベリオンで受けるまでもなく片手で掴み取り、さらに鋭い蹴りを見舞って吹き飛ばす。
鎌を掴まれているヘル=エンヴィーをそのまま投げ飛ばし、オンブラの銃を抜くと銃弾を叩き込んでトドメを刺した。
「キリがないわよ!」
タバサと共に背中合わせでヘル=エンヴィーに魔法を叩き込んで応戦するキュルケは焦ったように叫んだ。
銃士隊達との協力もあり数はほとんど減らせたのだが、すぐに新手のセブンヘルズ達が大群を成して姿を現すのだ。しかも統率役のヘル=バンガードの姿まである。
ウェールズを逃がすため、スパーダ達をここに足止めするつもりのようである。
「こいつらは任せるぞ。アニエス」
「ああ! 陛下を頼む!」
「約束はできんがな」
スパーダはルイズの体を小脇に抱かかえると、そのまま高く跳躍してセブンヘルズの大群の外へ抜け出ていた。
タバサもキュルケを抱えてフライで飛び上がり、一緒に付いてくる。
「ルイズ……スパーダ、殿……」
アンリエッタは迫ってくるスパーダ達の姿に震えながら、杖を構えていた。
「大丈夫だよ、アンリエッタ……。君は僕が守る……僕達の愛を阻む者を倒すんだ……」
アンリエッタの震える肩をウェールズが優しく抱きながら囁いてくる。
しかし、今アンリエッタの耳にはウェールズの優しい言葉は半ば届いていなかった。
(スパーダ殿……私は……私は……)
今、アンリエッタは迷っていた。このウェールズにこのまま全てを捨ててでも身を委ねることに。
何もかも忘れて愛するウェールズの傍にずっといることはアンリエッタが長年望んでいた夢だった。
だが、同時にアンリエッタは目の前に現れたこのスパーダという異国の男への羨望だけは捨てきれずにいたのだ。
飾りの姫として祭り上げられ、持て囃されていた自分が無二の友を死地へ追いやろうとした時、厳しい言葉をかけてくれた。
女王となった自分の、女王となる証となった行動を認めてくれた。
何より彼は自分を、『アンリエッタ』という一人の人間として接してくれていた。
まともに会話をする機会こそ少なかったものの、彼と共にいる時間は愛するウェールズと共にいるのとはまた別の充実と安堵に満ちていた。
(父……さま……)
そう。アンリエッタが幼き日に失った父の存在。
スパーダの異国の貴族としてのカリスマと威厳、そして何より彼が持つ父性に惹かれていた。
それは長年、父という存在に飢えていたアンリエッタにとってはスパーダは憧れの父親にも等しい存在となっていたのだ。
彼にだけは決して見限られたくない。見捨てられたくない。彼に人としての自分をもっと認めてもらいたい。
故に、先ほど彼に冷たい目で睨まれ失望されたと感じた時、アンリエッタは自分を認めてくれる者を喪失してしまうことへの恐怖を抱いていた。
事実、今のスパーダは自分など眼中になく、それが余計にアンリエッタの恐怖を高めていく。
(私を……見捨てないで……)
甘い夢と現実の板挟みとなり、アンリエッタは迷い、苦悩していた。
ウェールズとアンリエッタを守るように陣を展開する死者のメイジ達を前にして、スパーダ達は立ち止まっていた。
「どうするのよ? アンドバリの指輪の力で、いくらやってもすぐに再生されてしまうわ」
「何か手はないの? スパーダ」
焦るキュルケと、スパーダに手助けを求めるルイズ。
スパーダの銃撃であっても、彼らはそれすら物ともしないのだ。
「一番簡単な方法は、奴らが再生できないほどのダメージを与えてやればいい」
「あたしの魔法で何とかなるかしら……」
最も単純かつ手取り早い解決手段だ。しかし、ルイズの爆発魔法・バーストがどこまで効くか分からない。
虚無のエクスプロージョンであれば倒せるかもしれないが、あれは隙が大きすぎるし何より威力を誤ればアンリエッタまで巻き添えにしてしまう。
(なわけねえだろうが。お前さんのあの爆発魔法はせいぜい相手を怯ませるのが精一杯だって言ったろうが。そもそも、せっかく虚無の担い手だってのにバカの一つ覚えに爆発させるしかできねえんじゃ役立たずもいい所だぜ?)
「うるっさいわね! 誰が役立たずよ! ……って、あれ?」
聞き覚えのある誰かの声が頭の中でそのようなことを呟いたと思ったが、誰もいない。
しかし、この声は何なのだろう。以前から空耳だと思っていた男の声。一体、誰が喋っているのだろうか。
「役立たずは貴様だ。そろそろお前にも存分に働いてもらう」
(へいへい。ったく……使い魔の役目は本来、お前さんの方なんだぜ? それを俺に押し付けやがって)
スパーダが誰ともなく語りかけると、それに応えるようにまた頭の中で声が聞こえてきた。
「スパーダ? もしかして、この声が聞こえて……」
「声? 一体、何言ってるのよ。ルイズ」
「出番だ。デルフ――」
ルイズとキュルケが困惑する中、またしてもスパーダが語りかけると、ルイズの胸元から突然青い光が漏れ始めていた。
「な、何!?」
困惑するルイズは自分の胸に視線を落とす。するとそこには、スパーダからプレゼントされていたあのアミュレットが光を放っているではないか。
光は徐々に強くなっていくどころか、まるで意思を持っているかのように揺れ始める。
そして、アミュレットに填められた青き霊石・エリキサの表面に文字が浮かび上がりだす。
紛れもなく古代のルーン文字だ。座学は優秀で古代語の知識を持つルイズにはそのルーンをしっかりと読むことができた。
「ガン、ダー、ルヴ……」
それはスパーダの左手に刻まれている使い魔の刻印と全く同じであった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定