魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
スパーダ達が屋敷を訪れる、ほんの数分前――
自室に備えられたソファーに腰を下ろしていたモット伯は、ワインを美味そうに優雅な手つきで啜っていた。
「どうだ、仕事には慣れたか?」
傍に控えているのは彼が雇ったばかりのメイド、シエスタだ。
学院で働いていた時とは違う、赤いメイド服を着ているのだが、体のラインや胸元がやけに強調されている上、スカートは短すぎて太股が見えてしまっている。
無論、好色なモット伯の趣味であった。
「は、はい……大体は」
モット伯はシエスタを頭の上から爪先まで舐めるようにして見つめている。
「そうか……まぁ、あまり無理はせぬようにな」
椅子から立ち上がりシエスタの背後に周ると、その小さな肩へと手を乗せる。
シエスタは僅かにビクリと身を竦ませていた。
「私はお前をただの雑用の為に雇った訳ではないのだからな……」
そのままシエスタに顔を近づけながら、モット伯は耳元で甘い声で囁く。
(スパーダさん……)
恐怖と緊張に身を強張らせつつも、思い浮かんだのは魔法学院で出会った異国の貴族だった。
見ず知らずで、ただの平民であるはずの自分を励ましてくれた男。
一見、冷たそうに見えた態度の中に感じられた包容力は不思議とシエスタを安心させた。
話し合えたのは僅かな時間だったが、ハルケギニアの貴族達とは何もかも異なる人柄は平民出身であるのを抜きしてシエスタも好感を抱くほどだ。
どうせ貴族に個人的に仕えるなら、彼のような立派な貴族の元で働きたかったのに。
「は、伯爵様!」
シエスタが悲しみに暮れる中、突然部屋の扉が乱暴にノックされた。
「何事だ?」
モット伯は鬱陶しそうに答えながら、扉の方を振り返ると、血相を変えた数人の衛兵が入り込んできた。
「大変です! ばっ……化け物が、屋敷に侵入しました!」
衛兵曰く、突然屋敷の至る所から死神のような怪物が現れ、使用人や衛兵を次々と殺しているという。
そして、その死神達はここを目指してきているという話だ。
「ええい! 何をしているのだ! 早く化け物を食い止めろ!」
狼狽するモット伯は自分の杖を手にし、衛兵達に命じている。
しかし、その返答は生々しい呻き声と悲鳴で返ってきた。
衛兵達は、直視するのもおぞましい悪魔の大鎌によって次々と惨殺されたからだ。
「きゃあああああっ!」
シエスタが悲鳴を上げると同時に、悪魔達が部屋に入り込んでくる。
「邪魔だ! どけぃ!」
モット伯が叫び、腰を抜かしたシエスタはそのまま壁際へと下がっていた。
「化け物風情が……〝波涛〟のモットをなめるなよ!」
モット伯が杖を振ると、テーブルに置いてあった花瓶が割れ、中の水が撒き散らされる。
その水が舞い上がり、蛇のようにうねり、渦を巻きながら悪魔達へと殺到する。
水に弾かれ、吹き飛ばされる悪魔に追い討ちをかけ、水を氷のナイフへと変えて飛ばす。
トライアングルのメイジであるモット伯の魔法で悪魔達は次々と葬られていく。しかし、倒せど倒せど無限に湧き出す悪魔達は次々と部屋へ侵入してくる。
部屋の壁際で、シエスタは恐怖にがくがくと打ち震えていた。
屋敷内へと突入したスパーダとタバサは、悪魔達に荒らされた屋敷の惨状に顔を顰めていた。
至る所に使用人や衛兵達の死体が転がり、血の臭いでむせ返っている。
「一仕事と行くか」
スパーダはモット伯の魔力が感じられる場所に向かって走り出す。
屋敷内はあらゆる場所にヘル=ラストを筆頭にした下級悪魔達が蔓延っており、生き残った人間達を狩ろうとしている。
そこにスパーダはリベリオンによる猛烈な突撃と突きを繰り出し、串刺しにする。
「早く逃げろ」
そして、生き残っていた僅かな人間達には声をかけてやった。
シエスタやモット伯はまだ殺されてはいないようだが、伯爵の魔力は段々と弱まっていっている。
これではやられるのも時間の問題だ。
スパーダは全速力でモット伯のいる場所を目指して駆け、道中の悪魔達をリベリオンで葬っていく。
走って間に合いそうにない所で使用人が襲われていた場合は、幻影剣を放ったり付いてきているタバサが魔法を放って援護してくれていた。
(彼は……何者?)
悪魔達を屠りながら走っていたタバサは、スパーダの戦いぶりに改めて戦慄を感じていた。
手にする大剣による豪快な一撃もそうだが、彼が放つあの禍々しい赤黒いオーラを放つ飛剣。あれは魔法なのだろうか?
しかし、彼は杖を持っていない。では、あの剣は先住魔法だとでも?
だが、何にせよ彼の後をついてきて正解だったと思う。
彼の戦いと力を間近で見ると同時に、これまで戦ったことのない敵と出会えたのだから。
自分の力をさらに高めるのに、格好の相手だった。
スパーダは言った。奴らは〝悪魔〟だと。
確かに悪魔は強い。そして、冷酷で残忍だ。血も涙もない、化け物なのだ。……では、彼は何者なのだろう。
シルフィードはスパーダのことを〝悪魔〟と呼んでいた。
もしも彼が悪魔であるなら、今のように人を助けたりするものだろうか?
どちらにしろ分かるのは、彼は決して悪人ではないということだ。
(この光は……?)
彼が悪魔を葬る度にその亡骸から彼へと吸い込まれていく小さな赤い光が何なのか少し気になっていた。
◆
下級悪魔であるヘル=ラスト達を相手に初めは善戦していたモット伯であったが、徐々に劣勢となっていた。
何しろ、魔力が底をついてしまえばメイジはただの人。そして、魔法以外の抗う術を持たない彼ならば即座に殺されてしまう。
無限に湧き出てくる悪魔達に無駄な大技まで繰り出してしまったのが仇となっていた。
「ぐあぁっ……!」
ついに、その時が訪れた。
飛び掛ったヘル=ラストの大鎌が、モット伯の心臓に深く突き立てられたのだ。
吐血するモット伯に、ヘル=ラスト達は追い討ちと言わんばかりに次々と鎌を振るって切り刻んでいく。
腕が、足が、首が無残に斬り飛ばされ――四肢を失った胴体にさえ執拗に刃が打ち込まれていた。
血が、肉が、臓物が辺りに飛び散り、ヘル=ラスト達の体をさらに血で汚していった。
無慈悲な凶刃が振るわれる間、ヘル=ラスト達は殺戮に満足するようなおぞましい笑い声を上げ続けていた。
人間がただの肉塊へと成り果てていくおぞましい光景を、シエスタは部屋の隅で震え上がったまま見届けるしかできなかった。
吐き気さえも込みあがってくる。
やがて、モット伯の立っていた床にはおびただしい血溜まりと飛び散った肉片だけが残り、ヘル=ラスト達は用が済んだとばかりに立ち去ろうとしている。
ふと、その一体の視線がシエスタへと向けられる。
次は自分か。シエスタは失神寸前だった。
『腰抜ケノ血族カ――』
『出来損ナイメ――』
『悪魔ノ恥サラシ――』
口々に殺意と侮蔑の込められた呪詛を発するヘル=ラスト達の矛先がシエスタへと向けられた。
だが、こんな状態では逃げることはおろか、動くことすらできない。
目の前まで迫ってきたヘル=ラスト達が大鎌を振り上げる。
これが振り下ろされれば、シエスタもモット伯と同じ運命を辿るだろう。
「……嫌あああああぁぁぁぁっ!!」
恐怖が臨界点を突破し、シエスタは溢れんばかりの悲鳴を響かせた。
途端に自分の内側から、何かが膨れ上がっていく。
それが何なのかは恐怖で支配されたシエスタには分からない。ただ、まるで今までずっと溜められて持て余していたような〝それ〟は洪水のように急激な勢いで溢れ出てくる。
その得体の知れない力はシエスタの体から弾けるように外へと吐き出され、目の前の悪魔達は次々と薙ぎ倒されていった。
◆
その甲高い恐怖に満ちた悲鳴はスパーダ達の耳にも届いていた。
それと同時に、シエスタから悪魔の力が放出されているのがはっきりと感じられる。
廊下の先にある部屋の中から、体の一部が半壊したヘル=ラスト達が吹き飛ばされて壁に叩きつけられていた。
『オノレ……生意気ナ出来損ナイ――』
スパーダは起き上がろうとしていたヘル=ラスト達にリベリオンを突き立て、とどめを刺す。
タバサと共に部屋へ入り込むと、そこにはヘル=ラストの亡骸である依り代の砂と〝モット伯であったもの〟であろう凄惨な肉塊と鮮血が床に散っていた。
(遅かったか)
だが、スパーダが彼に同情することはない。
元々、彼は多くの平民の若い娘を屋敷へ召し上げては、その身を辱めていたという。
好色の性格によって彼が重ね続けた〝色欲〟の罪と業。それを嗅ぎつけたのがあのヘル=ラスト達なのだ。
奴らは、罪を重ね続ける傲慢で横暴な悪人を主な標的としている。
故に、モット伯が奴らに殺されたのは自業自得とも言うべきである。
たとえスパーダがモット伯を救えていたとしても、彼が自らの行いを改めなければ何の意味も無い。
ならば、その運命は決まっている。
スパーダは軽く嘆息すると、壁際にて恐怖で怯えきった表情をしているシエスタの方を見やり、リベリオンを背に戻しながら傍まで近づいた。
「怪我はないな」
屈んでシエスタの肩を揺らすと、恐怖で焦点の合っていなかった視線が、ゆっくりとスパーダの顔へと合わせられる。
「――あ、あ……」
シエスタの目元に涙が浮かび上がり、嗚咽が喉の奥から漏れ出している。
「……スパーダさんっ!!」
感極まったか、スパーダの胸に顔を埋めて大泣きをするシエスタ。
スパーダは少しの間、〝涙を流して泣き続ける〟シエスタを見ていたが、すぐに彼女と共に立ち上がる。
「仕事は終わりだ。引き上げるぞ」
スパーダの宣言に、こくりとタバサは頷く。
未だ嗚咽を漏らしているシエスタの肩を片手で抱いたまま、スパーダは閻魔刀に手をかけた。
緩やかな動作で目の前の虚空を十字に斬りつけると、刻み付けられた剣閃が一気に広がり空間に穴を開ける。
時空をも斬り裂く力を秘めた閻魔刀が造りだした亜空間の道を通り、三人は屋敷の外へと出てきた。
どうやら裏庭へと通じていたようだ。
「待ってて」
タバサが指笛を吹くと、上空から大きな竜の影が降下してくるのが見える。
『キィャアアアァァァッ!!』
突如、おぞましい叫び声と共に、左右の虚空を突き破るようにして影が姿を現した。
黒い衣を纏う下級悪魔、ヘル=プライドが鎌を振り上げてくる。
スパーダはシエスタを退けながら振り下ろされてきた鎌の刃を難なく左手で掴みとる。
「うっ!」
「ミス・タバサ!」
背後ではタバサの呻きとシエスタの悲鳴が聞こえる。
ちらりと肩越しに見やると、ヘル=プライドの振るわれた鎌がタバサの肩の肉を大幅に削ぎ取っていた。
大量の血飛沫を吹き上げ、杖を落として膝をつくタバサ。
とどめを刺そうと鎌を振るおうとするヘル=プライド。
スパーダは自分が鎌を掴んだことで動くこともできないでいるもう一体のヘル=プライドを、すかさず鎌ごと片腕だけで持ち上げ、もう一体に向けて投げ飛ばした。
「Be gone!(消えろ!)」
ぶつけられて転倒したヘル=プライドの頭上へ瞬時に移動したスパーダは、リベリオンを振り下ろしながら強烈な兜割りを繰り出して急降下し、ヘル=プライドを真っ二つに叩き斬って粉砕する。
「ミス・タバサ! しっかり!」
肩から大量に出血しているタバサに、慌てて飛びつくシエスタ。
タバサは右肩を押さえ、かなり辛そうにしている。
さすがにこれは迂闊だった。リベリオンを背中に戻したスパーダは悔しそうに舌を打った。
「Damn…….(くそっ……)」
懐を探ってみるが、不運なことに癒しの魔力が封じられた霊石バイタルスターを持ち合わせていない。
あるのはあらゆる毒を浄化する霊石ホーリースターと魔を祓う聖水の瓶がそれぞれ一つずつのみ。
こんな所に時空神像があるわけではない以上、悪魔達を狩って手に入れたレッドオーブを用いてバイタルスターを作ることもできない。
ハルケギニアに来る前から悪魔を狩っていたため今の量ならば、バイタルスターだけでなく様々なものを作れるというのに。
かと言ってスパーダ自身が錬金術で自前で作るというのも論外である。
「しっかりしてください!」
タバサが息を荒くし、力なくうな垂れるとシエスタは悲鳴に近い叫びを上げる。
(仕方があるまい……)
右の手袋を外し、閻魔刀を抜き放つとその刃で掌を斬ろうとする。
自分が悪魔である以上、その血液には悪魔の強い生命力が宿っている。
その力を結晶化させることができれば、あの程度の傷を癒すことなど容易いのだ。
(……何?)
ふと、肩を押さえて呻いているタバサはその肩に暖かい何かを感じていた。
目をやると、自分の体に触れているシエスタの手に淡い緑色の光が灯っているのが目に入る。
「……え?」
シエスタも呆然と、自分の手から発せられる柔らかい光を見つめている。
(やはりな……)
二人が狼狽する中、スパーダは納得したような様子で掌を傷つける寸前でそれを止め、シエスタの手から放たれ続ける光を見つめていた。
◆
タバサの使い魔、シルフィードは三人を乗せて空へと舞い上がり、モット伯邸を離れていった。
スパーダが歩きで数時間かかっていた距離だが、この速さであれば大した時間もかからず学院へ戻れることだろう。
シルフィードの背の上でタバサは怪訝そうに右肩を見つめ続け、そっと手で触れた。
あれだけ大きな傷を負っていたはずなのに、まるで初めからそんなものなど無かったかのように完治している。
動かしてみても、まるで問題が無い。
だが袖は破れ、自分の血が着いている以上、それは傷を負った何よりの証拠だ。
ちらりと、タバサは傍にいるシエスタへと視線を向ける。
シエスタは唖然とした様子で力なく座り込んだまま、自分の両手を見ていた。
三人とも黙ったまま何も話さない。
「……わたしの曾お祖父さんは――」
ふと、シエスタがぽつりと語りだす。
「不思議な力が使えた、という話を聞かされていたんです……」
シエスタ曰く、彼女の曾祖父は60年も昔にある日突然、彼女の故郷であるタルブの村にふらりと姿を現したという。
眼鏡をかけた冴えない風貌をした黒髪の優男ではあったが、それに似合わない働き者であり、村に対して多大な貢献をしてきたそうだ。
その男が滞在して三ヶ月が経った頃、シエスタの曾祖母に当たる人物が山菜を取るため森にいた時、オーク鬼の群れに襲われたという。
そこを助けてくれたのがその男なのだが、オーク鬼の群れを見たこともない不思議な力で全て退け、さらに怪我をした曾祖母もその力で治してしまったという。
元々、仲が良かった曾祖母は先住魔法のような不思議な力を使えるのにも関わらずそれを誇示したりするのを嫌い、むしろ他人に知られることを恐れていた彼を受け入れ、この件について秘密にして欲しいという男の話にも、快く了承したのだそうだ。
だがその男は、それから半月後に村から忽然と姿を消していた。
曾祖母との間に、子供を残して。
シエスタは曾祖父の話を小さい頃に両親から聞かされていたが、まさか本当のことだったとは思っていなかった。
家族の誰もそんな不思議な力など持っていなかったのだから。単なる作り話だと受け止めていた。
しかし、その不思議な力とやらを自分が使ってしまった以上、信じるしかなかった。
「……曾お祖父さんは、先住の魔法というものを使っていたのでしょうね……」
シエスタは自分の手を見つめたまま、微かに怯えた様子で呟く。
「いや、そうではない」
スパーダは顔を向けぬまま、シエスタの言葉を否定する。
一瞬だがスパーダは迷った。彼女に真実を話すべきかどうか。
だが真実を知らせぬまま放っておけば、目覚めてしまった彼女の力が彼女自身を変えてしまいかねないだろう。
「先住の魔法は、精霊とやらに契約をしてその力を借りるものだという。だからメイジが自分の力で魔法を使うのとは違い、先住魔法の使い手は自分自身の力を使う訳ではない」
学院の図書館の書物を読み耽って、先住魔法に関する大半のことを知ったスパーダはそう論じる。
「その力は、紛れもなく君自身の力だ」
「では、これは……?」
「曾祖父は、ブラッドと言う名だな?」
「はい……。知って、いるのですか?」
〝ブラッド〟――直接の面識はないがスパーダも見知っているその男は、大した力しかない下級の悪魔などとは異なり、それなりの力を持っている中級の悪魔だった。
中級の悪魔でもヘル=バンガードのような奴は、他のセブンヘルズの下級悪魔達と同様に砂などを拠り代にしなければ、人間界で肉体を持つことができない。
ブラッドという悪魔は己の肉体を持っており、拠り代がなくとも活動することができる。
人間界で肉体を持つことができる悪魔は中級であっても割と少ない方なのだ。
本来ならば彼は、並の下級悪魔であれば難なく退けられるくらいの力を持っていたのだが、悪魔にしては珍しく、力を誇示するのが嫌いで自分に自信がないという変わった男だった。
故に、本来なら逆らえるはずのない下級の悪魔達からも〝腰抜け〟や〝出来損ない〟などと呼ばれて虐げられ、下級悪魔以下同然の扱いをされていたのだ。
現在は強欲で知られる上級悪魔・ベルフェゴールに仕えて言いように使われていると聞く。
スパーダはブラッドが人間ではなく、正真正銘の悪魔であることのみを彼女に語った。
話を聞かされたシエスタは、口を塞いで愕然としている。
「曾お祖父さんが……悪魔?」
「間違いない。君のその力は、彼から受け継がれたものだ」
つまり、シエスタの体には人間の血と八分の一の悪魔の血が混じっているのだ。
大分血は薄れていただろうが、ブラッドの悪魔としての力は間違いなく彼女に受け継がれている。
そして、今まで眠っていたその力が今回の一件で先祖返りによって目覚めたのだ。
「……どうしよう」
がくりとうな垂れるシエスタの表情には、恐怖と絶望の色が浮かんでいた。
「わたしが、悪魔だなんて……」
シエスタの瞳から、涙がポタポタと零れ落ちていく。
「ただでさえ平民は、魔法が使えるメイジのことを快く思っていないんです。先住の魔法なんて、エルフも使いこなすとされるほど恐れられています……。曾お祖父さんの使っていた力が、悪魔のものだなんて……。悪魔の力なんて、メイジの魔法や先住の魔法よりもずっと忌み嫌われるに違いありません……。わたしが悪魔だということを知られれば、きっとみんな……」
「Devils never cry.(悪魔は泣かない)」
悲痛な声で泣き崩れるシエスタに、突然スパーダはそんな言葉を口にしていた。
タバサもその一言にピクリと反応する。
「心を持たない悪魔は、決して涙を流すことはない。感情を高ぶらせて流れ落ちる涙は他人を想う心、悲しみの心を持つことができる人間だけの特権であり、人間である証だ。もしも涙が流せるのであれば、たとえ人ならざる力や人と異なる血がその身に秘められていようとそれはもはや悪魔ではない」
無表情のまま、しかしどこか憂いのある視線で語るスパーダに二人……と一頭は呆気に取られている。
「君がそうして涙を流し、悲しむことができるのも、人間である何よりの証だ。君も、そしてブラッドも悪魔ではない」
ブラッドは悪魔でありながら、人間が虐殺される光景に嘆き悲しむことができる男だったと聞いている。
彼は主であるベルフェゴールの使いとして人間界を訪れ、そこで暗躍するのが主な仕事であったが、ベルフェゴールが人々を貪欲に喰らい尽くしていくのに、いつも堪えられないようだった。
涙さえ流して悲しむことさえあった彼は、肉体や血こそ悪魔かもしれないが、その心は人間そのものだったのだ。
「一番大切なのは、君自身の心だ。その身に流れる血、力はたとえ悪魔のものであろうと、君の一部である以上は受け入れなければならない。そして、その力に振り回されて自分を見失ってはならん」
スパーダの言葉を聞きながら嗚咽を漏らし続け、涙を拭うシエスタ。
タバサも黙り込んだまま、スパーダの言葉に耳を傾け続けている。
「だが、その力は人前では決して使うな。このハルケギニアの人間が、悪魔の力をそう簡単に受け入れるはずもないだろう」
「……はい」
もしも悪魔の力が知られでもしたら、今まで彼女と共に働いてきた平民からは大きく拒絶されかねない。最悪、彼女の身内からさえも。
逆に魔法が使えるメイジに知られれば、彼女は危険な存在として処分されるか、もしくはその力を利用しようと拉致されるかもしれないだろう。
「ミス・タバサ。分かっているとは思うが……」
「誰にも言わない。わたし達だけの秘密」
もっとも、彼女の性格からして自分から誰かに言うことなどないだろうが。
「ならいい。……シエスタ、もう泣くな」
スパーダは未だ涙を流し続けるシエスタの目元を、自分の手で拭ってやった。
すると、シエスタは僅かに頬を染めて顔を背ける。
「あの……スパーダさんは、どうしてそこまで曾お祖父さんのことや悪魔のことを知っているんです?」
顔を背けながら問うシエスタの言葉に、タバサも反応してスパーダを見た。
スパーダは微かに、自嘲の笑みを浮かべている。
「悪魔を狩る仕事をしていると、色々と知ることが多い。……それだけだ」
◆
学院へと戻ってきたスパーダはまずシエスタを厨房のコック長マルトーらの元へと送り届け、再び学院で働くことが許されたことを話してやった。
一応、モット伯とは話をつけたということで説明し、納得させている。
他のメイドや若いコック達はシエスタが戻ってきたことを大いに喜び、彼女を連れ戻してくれたスパーダへの感謝の言葉が尽きない。
スパーダはつっけんどんに「気にするな」と、だけ答えて厨房を後にしようとする。
「待ってくれよ」
呼び止めてきたのはマルトーだった。スパーダは足を止め、肩越しに振り向く。
「どうして貴族のアンタが、平民の俺達にここまでしてくれるんだい?」
そんなつまらないことを聞いてきたが、スパーダは静かに答える。
「私が彼女を助けてはいけないのか」
「そ、そういうわけじゃないんだ。あんたには感謝している。ただ、貴族が平民を自分から助けるだなんて考えてもみなかったんでな……」
うろたえるマルトーにスパーダは続ける。
「人を助けるのに、一々理由などいらん」
それからはもう振り返らずに厨房を後にし、本を読みながら待っていたタバサと合流し、食堂の外へ出る。
「あの時――」
食堂を出た先の廊下で突然、タバサがスパーダに話しかけてくる。
「あなたが呼び出していたあの剣は何?」
それは恐らく、幻影剣のことを言っているのだろう。
「あなたは杖を持っていないのに、あの剣を自在に操っていた。あれは、先住魔法?」
「いや、違う。私の故郷で使われる魔法だ。大したことではない」
実際はスパーダが編み出した技の一種だが、そう取り繕うことにした。
……しかし、今回は仕方がなかったとはいえ、あれを人前で不用意に使えば自分が悪魔だと知られかねない。
今後は遠距離攻撃の手段を変えなければならないだろう。
「……あなたのやっているという仕事。それは、あの悪魔を倒すこと?」
「正式には、〝デビル・ハンター〟という。一種の賞金稼ぎのようなものだ」
1500年以上も前に人間界で起きた魔界の侵攻。魔界を封じ、戦いが終わった後も、下級の悪魔達は度々人間界を訪れては人々に不幸と恐怖をもたらしている。
そんな奴らを専門に退治するために設けられた職業が、〝デビル・ハンター〟なのだ。
……しかし、実に皮肉かもしれない。純粋な悪魔であるスパーダが、裏切ったとはいえかつての同胞を狩っていくとは。
だが、既に戻ることはできない。魔界を裏切り、人間界を守ると決めた以上は。
そして、この世界にも奴らが現れる以上、ここも守らなければならない。
「今度また悪魔を狩るなら、連れて行って欲しい」
「……君の腕ならば問題はないだろうが、簡単ではないぞ」
「構わない」
この男に付いていけば、きっとまた悪魔と戦う機会があるはず。
自分が更なる力を身につけるのに、あの悪魔達との戦いは格好の手段だ。
今日は初めてということもあって不覚を取ったが、今度からそうはいかない。
そもそも、悪魔である以上あのような不意打ちをしてくるのは当たり前というものだ。
タバサは既に覚悟を決めていた。
そもそも自分は、悪魔のような心を持った人間達を討つべく力を蓄えているのだから。
その後、タバサとも別れたスパーダは水場へと向かう。
水で濡らした布で首などを拭い、汗を落とす。だが、その表情はいつにも増して険しい。
この世界へやってきて初めての悪魔の掃討。
下級悪魔の雑魚が相手だったとはいえ、これからも奴らと戦う機会は少なくないだろう。
だが、上級の悪魔がこの世界に現れるのだけは避けたいことだ。
下級の悪魔達と違って、力が強い上級悪魔は人間界を自由に行き来できないが、
特別な手段さえ取ればいつでも人間界に現れることができる。
フォルトゥナにもあった、魔界と人間界を繋ぐ地獄門のようなものがこの世界にもあったとしたら……。
「何をしていますの?」
険しい顔のまま考えに耽っていると、誰かに突然声をかけられた。我に返ったスパーダはそちらを振り向く。
そこにはいつの間に立っていたのか、学院長オスマンの秘書・ロングビルがいたのだ。
「少し涼みに来ただけだ。君こそ何をしている」
「私も同じですわ。夕食前に少しばかり夜の散歩でも……と思いまして」
スパーダの隣に並ぶと優雅に振り返り、共に歩き出すロングビル。
「聞きましたわ。モット伯の屋敷から、平民のメイドを連れ戻してきたとか」
「彼女にあそこでの仕事は合わん」
それにあの時は確信がなかったものの、悪魔の力を宿しているかもしれないシエスタに学院を離れてもらっては、色々と面倒なことになりそうな気がしたのだ。
「でも、モット伯にとって召抱えたメイドは宝物みたいなものだったでしょうね。雇うといっても、結局は体が目的なんでしょうから」
妙に刺々しい物言いのロングビル。シエスタと同じ女だからだろうか、好色なモット伯のことは気に入らなかったようだ。
「きっと、せっかく手に入れた宝物を味わうことができなくて悔しがったことでしょうね」
「だろうな」
彼の目論見は、己の欲望に引き寄せられた悪魔達によって全て台無しにされたのだ。
それにしてもロングビルはやけに機嫌が良さそうである。
「モット伯がどんな顔で悔しがっていたのか、私も見てみたかったですわ」
「……聞かん方がいいぞ」
もうあれは悔しがるとかの問題ではないのだ。
ロングビルはモット伯が無残に死んだことなど知らないから、そんなことが言えるのだろう。
「それにしたって、仮にも王宮の勅使であるモット伯の屋敷に乗り込むなんて、ずいぶんと大胆なことをなさいますのね?」
「別に大したことはしていない」
ロングビルは歩き去っていくスパーダの背をじっと、興味深そうな眼差しで見つめ続けていた。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定