魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
Mission 49 <故郷からの誘い>
その日、ルイズが目を覚ましたのは昼が過ぎてからであった。
昨晩の騒動が終わった明け方に帰路へついたが、疲れていたルイズはシルフィードの上で力尽き、眠ってしまったのである。
「う……んん……」
魔法学院の自室のベッドで横たわっていたルイズは目を擦りながら体を起こす。
「おう、やっと目を覚ましたか娘っ子。さっさと起きろよ」
意識がはっきりしない中、デルフの声が耳に届いてくる。
「あれ? ……スパーダは?」
寝ぼけ目で部屋を見回してみるが、スパーダの姿がどこにもないことに気づく。
置いてあるのはスパーダ愛用のリベリオンやパンドラの箱だけである。
「ああ。奴ならしばらく前に出かけちまったぜ。何でも野暮用だとさ」
「野暮用って……一体、どこ行ったっていうのよ……」
「さあねえ。悪魔のプライベートなんて想像もつかねえからなあ。そういえば、馬の鳴き声が外から聞こえてたな。奴が連れているあの蒼い馬にでも乗ってったんじゃねえか?」
それは恐らく、スパーダが使役している上級悪魔のゲリュオンのことだろう。
ということは、スパーダは学院の外へ出かけていることになる。だが、どこへ行ったかはさすがに分からない。
「何よ……あたしに一言言うなり書置きぐらい残してくれたって……」
「まあ、大した用事じゃないと思うぜ。気にするこたあない。これまであいつが野暮用と言って何か問題事でもあったかい?」
「それは……ないけど……」
剥れるルイズにデルフが尋ね返し、ルイズは反芻する。
スパーダが『野暮用』と称して留守にすることは多々あったが、確かにどれも結果的には大した問題はなかった。
ただ、スパーダは意外に隠し事が多いため、それをパートナーである自分に教えてくれないことが不満なのである。
もちろん、その内容が彼にとっては重要なことやあまり公にすることができないものだったりするのもあるので仕方が無いのかもしれないが……。
「……何だか疲れたわ。起きたばっかりなのに……」
ルイズは今、強烈な倦怠感に襲われていた。体に力が入らず、頭もまだぼんやりとしている。
朝起きたばかりだからかと思ったが、どうも違うようだ。
「そりゃあお前さん、昨日はあれだけのことがあったんだからな。何せ、虚無をぶっ放したんだぜ?」
頭を押さえるルイズにデルフはそう答えだす。
デルフのその言葉に、ルイズは昨晩起きた出来事を思い返していた。
――アルビオンからの刺客である偽のウェールズと亡霊の一団によってアンリエッタ女王を誘拐された。
――その刺客をスパーダ達と、銃士隊と共に追跡した。
――アミュレットのデルフリンガーがいきなり喋りだし、魔人を召喚した。
――自分が放った虚無によって亡霊の集団を無力化させた。
「虚無の魔法はな、普通の系統魔法と違ってすげえ精神力を消耗すんのさ。それに初めて唱える呪文はまだ使い慣れてねえ。だからお前さんもそんなに疲れる訳よ」
言われてみれば、以前タルブで何万もの悪魔の軍勢に対して虚無のエクスプロージョンを開放してみせたことがある。
あの時も使った直後はひどく消耗してしまって僅かな間ではあるが、気絶してしまったのだ。
この異様な疲れもそういうことなのか。
「そういえば……祈祷書にもそう書いてあったっけ」
ルイズは枕元に置かれている始祖の祈祷書を手にすると、ページをパラパラと開いていく。
以前、エクスプロージョンを唱える際に読んでいた一文にはデルフの言葉通りに虚無は多大な精神力を消耗することと、『時として命を削る』と記されていた。
「ちゃんと読んでいるんなら言うことはねえ。虚無は本当の本当に切り札にしておきな。まあ、娘っ子にはエクスプロージョンのなり損ないの爆発があるからな」
「やっぱり、あれも虚無だったの?」
デルフのペンダントを外し、ベッドの上に置くルイズは問いかける。
『バースト』と名付けているあの爆発は元は失敗魔法だと思っていたものをスパーダの導きで、自分の新たなる力としたものなのだ。
「正確には制御を失った虚無の魔力が暴発してるだけなんだけどな。だが、そいつを自分の力として操っちまえば何も問題はねえさ」
確かに『バースト』による爆発の魔法は『エクスプロージョン』や『ディスペル』と比べて消耗は圧倒的に少ないし、何より呪文の詠唱は短くて隙がない。
主力となるのはやはりこちらで、デルフの言う通りに虚無は本当に切り札とすべきなのだろう。
「俺もスパーダの奴にガンダールヴの力を託されちまったからな。娘っ子が危なくなった時にはいつでも守ってやるぜ。……子守りは別に趣味じゃねえんだがな」
「何が子守りよ。あんたに世話にされるほど子供じゃないわ」
一言ぼそりと愚痴を呟いたデルフにルイズは噛み付いた。
人間でも悪魔でもない、元はインテリジェンスソードであったもの……今はもうインテリジェンス・アミュレットとも呼ぶべき存在に子守りをされるなんて冗談ではない。
「まあまあ、良いじゃねえの。俺もずっと黙ってるよりは喋れる方が退屈しないってもんだぜ。戦う時になったら、今まで以上に存分に暴れられるんだしな」
「そういえばあんたが昨日呼び出していたあの青いやつ……あれは一体なんなの?」
ルイズは昨晩の騒動でデルフが召喚した幻影の魔人を思い出していた。
呼び出された女戦士の幻影は明らかにエルフと呼ぶべき姿をしていたのだ。デルフはあれを『ガンダールヴ』と呼んでいた。
「ああ、あれか。う~ん……悪ぃ、よく覚えてねえや」
「何よそれ! あんた、自分であれは昔のあんたを使っていたガンダールヴだって言ったじゃない! もっと教えなさいよ! っていうか、何でエルフがガンダールヴなのよ!」
思わずルイズはペンダントを掴み取り、叫んだ。
それが一番ルイズが気になることだったのだ。
ハルケギニアの人間が恐れる異種族であるエルフがガンダールヴであった……つまり、エルフが過去に使い魔としてメイジに従えられていたなど、初耳であった。
「そう喚くなよ。俺だってよく覚えてねえんだからよ。俺を昔握ってた奴のことも、フッと思い出したんだ」
「役に立たないわね……」
スパーダと同じで重要なことを知っているはずなのにそれを思い出せない、話すことができないデルフに思わずため息が漏れてしまう。
「そう言うなって。娘っ子のことは、俺とサーシャで守ってやるからな。大船に乗ったつもりでいな!」
「……サーシャって、そのエルフの名前?」
突然出てきた名前にルイズは目を細める。
デルフは思い出そうとするかのように沈黙していた。
「……ありゃ。そういえばそんな名前だったな、彼女の名前は。なはは……思い出すのは本当に突然だねぇ」
デルフは思わず乾いた笑いを漏らしてしまう。
しかし、名前だけ思い出されてもあのエルフが何者であるか分からなければ意味が無い。
ルイズはベッドの上に仰向けに寝転がり、大の字となって天井を仰いでいた。
やはりまだ体がだるいのだ。もうしばらくは横になっていたい。そのうち、スパーダも帰ってくるだろう。
「……姫様は大丈夫かしら」
ふと、頭をよぎったのはアンリエッタのことであった。
昨晩の出来事はアンリエッタにとっては相当なトラウマとなっていたことだろう。
愛するウェールズの姿をした木偶人形に愛情を利用され、亡霊の集団について行こうとしていたのだから。
もしもあの偽りのウェールズが本物であり、アンドバリの指輪で蘇った亡霊であったらと考えると恐ろしい。
「まあ、しばらくはショックが続いてるかもな。けど、本物のウェールズはどっかで生きてるんだろ?」
「そうだと良いけど……」
だが、アンリエッタにとって僅かだが希望が存在したことも事実だった。
本物のウェールズ皇太子が今もどこかで生き延びてくれていることを祈るばかりである。
「それにしてもスパーダはどうしてあんなこと言い出したのかしら……」
ルイズは昨晩のスパーダのことを思い出してしまう。
あの時、スパーダはルイズ達の制止を振り払い、偽のウェールズへ身を任せようとしていたアンリエッタを本気で見捨てようとしていたのだ。
普段のスパーダとは思えない、あまりにも冷酷すぎる態度にルイズも驚愕したほどである。
「スパーダなりのお姫様への警告だったんだろう。しかし、本当に悪魔だよなあ……俺も引いちまったくらいだぜ」
「だからって……あそこまでやらなくても……」
「前にスパーダが言ってただろう。娘っ子が道を踏み外しそうになったら、その修正をしてやるってな」
「……ええ」
かつてスパーダが悪魔である真実を知った時、ルイズが彼を受け入れると告げた際にそう返していた。
そして時折、それを確認するように口にすることもあるのだ。あの言葉をルイズは決して忘れはしない。
「その修正とやらを昨日、スパーダはお姫様に対してやったわけだ。つまり、娘っ子がもしもの時はああして修正してやるってことなんだろうぜ」
「そうだったのかしら……」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
もしもルイズが力に溺れるようなことがあれば、昨日のアンリエッタの時のように冷徹に、冷酷に突き放したような態度となるのだ。
それは今まで賞賛していた相手であろうが、仲間であろうが、一切の容赦は無い。
彼の場合は相手を説得するのではなく、見放し、見限ることを仄めかすような言動をすることで、相手がどういった行動をするのかを確かめるのだ。
そういえば、スパーダは半ば見限っていたアンリエッタに対してこう述べていた。
――私は自ら道を踏み外し、堕ちることを望む彼女を救う義理はない。
もしもルイズが道を踏み外し、誰の説得や制止にも耳を傾けないようであれば、昨日のように失望されてあっさりと見限られてしまうのだ。
そうなれば、もうスパーダはルイズのことなど振り向きもしてくれなくなる。
「娘っ子も気をつけな。スパーダに見限られたら、本当に終わりだぜ? 奴は人間の光と闇の両方を見てきてるんだからな。ある意味、人間という存在をよく理解していやがる」
「分かってるわよ」
そういえばスパーダはこうも言っていたのを覚えている。
――誰かを本当に愛するというのは、その者の全てを受け止める覚悟がなければならん。その者の正の一面……そして、負の一面さえも。
スパーダは彼自身が感銘を受けた人間の綺麗な部分と、そして醜い一面の双方を知り得た上で人間を見守ろうとしている。
世の中にはどうしようもない、スパーダでも吐き気を催すような邪悪な人間がたくさんいるだろう。
普通、そんな連中ばかりを見ていれば人間なんて、ゴミのような存在だと唾棄してしまいかねない。
それでもスパーダが人間を見限ったりしないのは、人間の闇と光の一面全てを受け止めているからだ。
「……もしもの時はあんたにもお願いするわ」
「まあ、俺が突っ込んでやって思い直せるんなら、スパーダに見限られることはないだろうよ」
デルフはけらけらと笑い出す。
今一度、ルイズは心の中で覚悟を決めていた。
伝説の魔剣士、スパーダをパートナーとした以上、彼に人間として、そして自分自身の存在と生き様を認めてもらわなければならない。
そのためにも、自分が手に入れたこの虚無の力を本当に正しいことのために使いたい。
人間としての心を失い、悪魔のようになってしまわないように、常日頃から自分自身を戒めなければ。
(デルフをあたしに預けたのも、そういうことなのかしら)
ルイズを守るだけでなく、スパーダ以外の相談役、という意味合いもあってデルフをペンダントとして自分に託してくれたのかもしれない。
真意は定かではないものの、結果的にはその相談役を与えてくれたスパーダには改めて感謝の念を抱いていた。
「お? 帰ってきたか?」
ルイズが新たに覚悟を決めてデルフのペンダントを身に着けて再び横になると、突然部屋の扉がノックされていた。
「スパーダかしら……」
すぐ応対のために扉を開けたい所だが、やはりどうにも体がだるい。
「鍵はかかってないわ」
寝そべりながらルイズが声をかけるが、相手からは何も返事がない。
スパーダなら許可さえ出れば返答はせずに扉を開けて勝手に入ってくるはずだろう。
ルイズは寝そべったまま、まどろみへと身を委ねようとしていく。
「おおっ!?」
ところが、扉がバタン! と乱雑に開け放たれる音が部屋中に響き、デルフが驚いた声を上げていた。
おまけにドスドス、と重く強い足取りで誰かが近づいてきたのがはっきりと分かる。
ルイズは体を起こし、入ってきた相手に文句を言ってやろうとした。
「な、何――よ……」
目の前に立っていたものを目の当たりにしたルイズのトーンが低下していき、顔から血の気が引いていく。
ルイズの前には、もはや見慣れた金髪の女性が仁王立ちのまま自分を見下ろしていたのだ。
「ちびルイズ。実の姉を前にしてそんな顔をするなんて、良い度胸をしているわね?」
何と、そこにいたのはルイズの姉であるエレオノールだったのだ。
ルイズを見下ろすエレオノールの片眉はピクピクと痙攣し、明らかにご立腹といった雰囲気が窺える。
「おまけに真昼間からベッドで横になってダラダラと怠けるなんて……何て醜態かしら!」
「いだ! いだだだだだ!!」
言い終わらないうちにエレオノールはルイズの頬をぎゅっと抓り上げていた。
「このおちび! ちびルイズ! 私は言ったわよね!? 夏期休業になったら迎えに来るから、準備をしておきなさいって! それなのに何の準備もせずに怠けて寝ているなんて! どういうつもり!?」
エレオノールはルイズを睨み付けながら強く叱り付ける。ルイズは半泣きとなってエレオノールに翻弄されていた。
「だ、だって……迎えに来るまでは何日かかかるって手紙に……」
「何日か、ですって? あなた、それが『明日』とか『明後日』っていう風に考えられないわけ!? あんな仕事、一日もあれば終わるわよ!」
「ひだだだだ!」
さらにエレオノールは頬を強く抓り上げ、ルイズは悲鳴を上げる。
もうこうなってしまっては何の抵抗もできない。ルイズはされるがままだった。
「とにかく! すぐに仕度をしなさい! 家に帰ってお母様にたっぷりと叱ってもらいます!」
「で、でも……スパーダがまだ学院に……」
ようやく解放されたルイズはヒリヒリと痛む頬を押さえて言うものの、エレオノールはさらに顔を顰めていた。
「だったら書置きくらい残しておけば良いでしょう! ……ああ、もう! 紙とペンを出しなさい!」
「は、はい!」
エレオノールに命令されたルイズはベッドから転げ落ちるようにして立ち上がり、大急ぎで紙とペンを用意するべく部屋の中を駆け回る。
腕を組みながらエレオノールは妹の行動を睨みつけていた。
(いやいや……とんでもねえ高飛車な女だねえ。娘っ子もご苦労なこった)
とばっちりを喰らいたくなくて黙り込んだデルフは、念話によってルイズの頭の中へ直接愚痴を呟いていた。
その声無き呟きは、エレオノールに届くことはなかった。
「うるさいわね……!」
「何か言った!?」
「いえ、何も!」
小声で思わず文句を呟いたのがエレオノールに聞こえたようで、更なる怒声が部屋に轟いていた。
◆
明朝に魔法学院へと戻ってきていたスパーダは疲れて眠ってしまっていたルイズを寝かし付けると、彼自身も椅子に腰掛け数時間ほど眠りについていた。
目を覚ましたのはルイズが起床する二時間も前のことであり、すぐに出かけていたのである。
夏期休業の魔法学院には当直のコルベール以外には誰もいなかった。いや、正確には居残り組みのキュルケとタバサがいたのだが。
「このお店がそうね。あなたが欲しがっているのがありそうなのは」
そんな二人は今、スパーダと共にトリスタニアの街を訪れていた。
ブルドンネ街のある商店へキュルケ達に案内され、フォースエッジを背負うスパーダは店頭に並べられているものを見定めている。
そこにはいくつものカップやグラスなどの食器が陳列されている。
「いらっしゃいませ。貴族の旦那様」
「これをもらおう」
スパーダは真鍮製のワイングラスを手に取り、懐から取り出したエキュー金貨を店主に手渡す。
「わざわざ自分専用のグラスを買うなんて、こだわりがあるのね」
ブルドンネ街の通りを並んで歩く中、キュルケはおかしそうに微笑む。
スパーダは何も答えずに購入したワイングラスを懐にしまいこんだ。
タルブで購入したワインを飲むにはグラスが無ければならないが、一々魔法学院の物を借りていては面倒だった。
故に自分専用のものを購入しただけである。
もっとも、ここへ来た目的はそれではないのだが。
「ところで、ミス・ロングビルに何か話があってここへ来たんでしょう? 彼女はどこにいるの?」
「既に駅の方へ向かっている。戻るぞ」
スパーダ達は街の入り口の駅へと向かって歩を進めていく。
このトリスタニアへはスパーダが召喚したゲリュオンで来ており、今も駅で待たせている。
決して暴れないように命じているため、よほどのことが無ければ大人しく待っていることだろう。
「あらあら……ずいぶん騒がしくなってるわね」
駅へと戻ってくれば、そこは大騒ぎになっていた。
普通の馬よりも一回りも二回りも巨大な体躯の馬であるゲリュオンに、市民達は混乱している。
怪物としか呼べない圧倒的な迫力には恐怖を抱いているようだった。
他の馬達も恐怖に凍り付いて、身動きができないでいる。
そうして周りに恐怖を振り撒くゲリュオンは青ざめた炎を纏いながら主の帰りを待ち続けていた。
「やっぱりあなたも来ていたのね」
騒いでいる群衆の中にロングビルの姿を見つけて近づくと、振り向いてきたロングビルは小さくため息をついていた。
「彼女とは会ってきたか」
「ええ。しばらくこの街を一緒に散歩してあげたけどね」
この街へ数時間前に訪れていたロングビルは修道院に預けているティファニアの元へ向かい、大切な妹分と会ってきたのである。
スパーダがここへ来たのも、彼女の予定を事前に聞いていたからだ。
「ところで、何か私に用があるみたいね」
「それは道すがら話す。もうこの街に用はないのだろう」
「ええ。それじゃあ、あなたのあの馬に乗せてもらおうかしら。その上でゆっくり聞かせてもらうわ」
したり顔を浮かべるロングビルにスパーダは頷く。
「あたし達は席を外しておいた方が良いかしら? スパーダ」
「いや、お前達にも伝えておきたいことだ。乗れ」
からかってくるキュルケに対し、スパーダは冷然とそう返していた。
キュルケとタバサは互いに顔を見合わせて頷くと、スパーダ達と共にゲリュオンの馬車へと乗り込んだ。
四人を乗せて走り出すゲリュオンはスパーダの指示により、ほどほどの速度で学院へ向かって街道を進んでいく。
トリスタニアの駅はゲリュオンがいなくなったことで、ようやく混乱が治まっていた。
「で? 話って何?」
馬車の上で座り込むスパーダは閻魔刀を抱えながらロングビルは切り出し始める。
「時間が出来たらで構わん。アルビオンのレコン・キスタの本拠地へ潜入してもらいたい」
「レコン・キスタの?」
突然のスパーダの言葉に三人は目を丸くする。
「連中はアビゲイルの後ろ盾を失いはしたが、それでもまだ悪魔の勢力を送り込むことができるほどに力を残している。早いうちに手を打たねばならん」
「そっか……昨日のことがあったものね」
「昨日?」
納得するキュルケの言葉にロングビルは首を傾げた。
アンリエッタ女王が誘拐されたという事件はまだ公にはされていないのだった。
「トリステインがこれからゲルマニアと共同で攻め込むなり、空海封鎖をして降伏させるのを待つにしても奴らは再び新たな策で攻めてくるだろう」
どちらにしても相当な時間がかかる以上、レコン・キスタはトリステインに更なる攻撃を水面下で行おうとするのだ。
それを一々迎撃しているだけではキリがない上、レコン・キスタがタルブで消耗した戦力を回復させることにもなるだろう。
「こちらから敵の頭を潰しに行く。頭さえ潰せば、指導者を失った奴らはまともに活動することはできなくなる」
ならば、こちらから直接出向くのみである。
レコン・キスタは所詮は烏合の衆でしかない以上、その統率者さえ倒せば、その後は呆気なく自滅するのは目に見えている。
スパーダは悪魔に心を売り渡したレコン・キスタの指導者、クロムウェルの首を取るつもりでいた。
これ以上、悪魔の力によってこのハルケギニアを乱すわけにはいかない。
「それで、私にアルビオンで情報収集をして欲しい、と」
ロングビルの言葉にスパーダは頷く。
「それじゃあ、攻め込む時になったらあたし達にも手伝って欲しい訳ね?」
「その時にお前達に余裕があればで構わん。無理はせんでもいい」
そして、攻め込む時の戦力を確保しておくためにキュルケ達に声をかけたのだ。
「でも、秘書さん一人を行かせて大丈夫なの?」
「その人は土くれのフーケ」
怪訝な顔をするキュルケにタバサがぽつりと呟いた。
「う、嘘……!? だって、フーケは……」
タバサの言葉にキュルケは呆気に取られてロングビルを見つめる。ロングビルは澄ました顔で二人を睨んでいた。
ロングビルがかつて、トリステイン中を騒がせたメイジの盗賊・土くれのフーケであることを知っているのはスパーダとタバサだけなのだ。
それに世間ではフーケは化け物として処分されたことになっているのだから。
「ただのブラフだ」
「そういうことよ。……もうとっくに足を洗っているわ」
スパーダが呟くと、軽く吐息を漏らしながらロングビルも答えた。
「……ま、スパーダがこうして信頼してくれてるなら問題ないわよね」
納得したキュルケはそれ以上の詮索はしなかった。
どういった経緯でフーケを仲間にしたのかは知らないが、今はスパーダが信頼を置いている以上、何も言うことはない。
「その話、引き受けさせてもらうわ。連中にはまだまだたっぷりとお礼をしなきゃならないんだからね」
ロングビルにとってはレコン・キスタは憎むべき敵だ。
自分から大切なものを奪っていったレコン・キスタは徹底的に復讐し返してやらねば気がすまない。
それにもしも放っておけば、またティファニアへ危害を加えるかもしれないのだ。
悪い芽は早急に潰してしまった方が良いだろう。
「出来れば魔法学院の夏期休業が終わる頃にはこちらから攻めに行きたい。頼めるか」
「良いわ。連中が今、空の上で何をしているのか全部調べ上げてくるわ」
一度はティファニアを人質に取られ、レコン・キスタに組していたのだ。
フーケとして敵地で隠密活動をするなど訳はない。
「トリスタニアのスカロンの店に、アルビオンの内情に詳しい男が泊まっているはずだ。そいつと相談をしても構わん」
「誰なの? それは」
「会えば分かる。君もよく知っている男だ」
ロングビルはもちろん、キュルケも顔を顰めていた。
スパーダの言動からしてどうやらその男とは会ったことがあるらしい。
しかもロングビルがよく知っているという……どんな人物かは想像ができない。
だが、スパーダが紹介をしてくれるというのであれば心配はいらないだろう。
「それから、こいつを連れていくといい」
そうスパーダが言うと、スパーダの足元から黒い煙のオーラが湧き出していた。
それはロングビルの方へ移動し、影の中へと潜り込んでいく。
「こいつは……」
「あなたが従えている悪魔ね。確か、ドッペルゲンガーとかいったかしら?」
自分の足元を見やるロングビルを見つめてキュルケは呟く。
ドッペルゲンガーを上手く使いこなせれば諜報活動でも必ず役に立てられるはずだ。
前にもドッペルゲンガーをフーケに仕立てて討伐したということにし、結果的にロングビルがフーケであるという事実は永遠に葬り去られていた。
「……助かるわ。ありがたく使わせてもらうわよ」
スパーダが使役する悪魔を使いこなし、必ず役立ててみせることをロングビル……土くれのフーケは誓った。
新たな報復を必ず成すために。
◆
急ぐこともなかったのであまり飛ばさずに魔法学院へ戻ってきたスパーダはルイズの部屋へと向かっていた。
そろそろルイズも起きている頃かと思い、ルイズにもレコン・キスタ討伐のことを話そうと考えていた。
「……む」
ルイズの部屋の前までやってきたスパーダは扉を開けようとして足を止めていた。
ふと、見れば扉には一枚の紙が貼り付けてあったのだ。
『私達は一足先にラ・ヴァリエールの領地へと帰省します。あなたも来るのであれば、領地までの道のりは自分で調べるなり、ミスタ・コルベールに聞くなりしなさい。 エレオノールより』
と、いう一文が記されてあった。よほど腹が立っていたのか、字はやや乱暴で汚い。
部屋の中には人の気配は誰もないのは確かだ。ルイズはここにいないのである。
「帰省か……」
確かにエレオノールからは迎えに来るという知らせがあり、少し遅れるとも言っていた。
だが、こんなにも早く来るとはスパーダも予想はしなかった。結果的にほんの一日ほど帰省の予定がずれただけである。
しかし、何にせよルイズ達がここにいないのであれば、自分も行かなければならないだろう。
スパーダはルイズの部屋に置いておいたリベリオンとパンドラを持ち出し、正門前で再びゲリュオンを召喚していた。
ラ・ヴァリエールまでの道のりに関しては以前から利用していた図書館で知っているので問題はない。
「二本もあれば充分か」
コートの裏側を開けて中を覗き見るスパーダは、そこに収めているものを目にする。
今日トリスタニアで購入したワイングラスと共に、二本のワインボトルがそこにはあった。
タルブ名産のワインは五本購入してあり、購入してからまだ一杯も飲んではいない。
ラ・ヴァリエールに滞在している間にじっくりと味合わせてもらうのである。そのためにわざわざ専用のグラスまで買ったのだ。
――ヒヒィーーンッ!!
スパーダが馬車に乗り込むと、ゲリュオンは高く力強い嘶きを上げて夕日の街道を走り出した。
馬車の上でスパーダは一人、腕を組みながら瞑目する。
日が暮れても、夜が更けても、夜が明けることがあっても、ただただ馬車に揺られながら静かに座し続けていた。
ラ・ヴァリエールの領地はトリステインの最北東・ちょうどゲルマニアとの国境に面した位置にある。
特に急ぐこともないので、亜空間を移動することも飛ばすこともせずにゲリュオンで向かっていたスパーダは二日目の昼になってラ・ヴァリエールの領地へと到着していたのだ。
もっとも、さすがにトリステインでも指折りの大貴族であるラ・ヴァリエールの領地は広大である。領地には辿り着いても屋敷まではまだ到着しない。
安閑とした田舎が広がるそこは裕福な土地であるようで、所々見かける実った作物で溢れた田畑を見れば一目瞭然だ。
これは領主であるヴァリエール公爵が有能な貴族であることの証である。
「そろそろ追いついても良いはずだがな……」
ルイズ達も恐らく馬車で帰省したと思われるので、出発した時間から考えてもう合流していてもおかしくはない。
「む……」
街道を進んでいたスパーダはゲリュオンを停止させていた。
馬車を降りたスパーダの目に入ったのは、林に囲まれた街道の脇にぽつんと建っていた黄金の象であった。
それは魔法学院のルイズの部屋にも置いてある、時空神像であった。
どうやらここにも分身が放たれていたようである。
「少し作っておくか……」
せっかくなのでスパーダは錬成でバイタルスターか何かを作っておくことに決め、時空神像を利用することにする。
レッドオーブを捧げるべく、手をかざして取り出そうとしたその時だった。
「あら、まあ」
突然、通ってきた道の方から馬車の音と共に驚いたような女の声がかかる。
スパーダが振り向けば、ゲリュオンのすぐ隣に停止した馬車から桃色の髪の妙齢の貴族の女性が降りてきたのだ。
(ルイズ……?)
優雅で落ち着いたドレスに身を包んでいるその女性はルイズととてもよく似ていた。だが、当然ルイズではない。
ルイズが大人になり穏やかになったような雰囲気のその女性は柔らかい笑みを浮かべながらスパーダへと歩み寄ってくる。
「あなたもその像にお祈りをしに来たのですか? 私以外にお祈りをする人がいるなんて初めて見たわ」
そう言いながら、女性はスパーダの横に立つと目を瞑り両手を組み、時空神像に向かって祈りを捧げていた。
スパーダはその女性を見つめながら黙り込む。この時空神像はそのような使い方はしないというのに。
「さあ、あなたもどうぞ」
数十秒ほど祈りを捧げていた女性がスパーダを促す。
「これはそうして使うものではない」
「あら。そうなんですか? しばらく前から知らない内にここに置いてあったものなのですけれど……」
女性が頬に指を当てて考え込む中、スパーダはレッドオーブを取り出して時空神像へと捧げた。
そして、神像が掲げる砂時計から二つの光が飛び出ると、スパーダはそれを掴み取る。
「まあ」
驚いた……しかし、とても落ち着いた様子で女性は声を漏らす。
スパーダの手には緑色の霊石、バイタルスターともう一つ……人の頭ほどの大きさの黄金の丸い晶石が乗っていた。
奇跡をもたらす魔力を秘めた霊石、ゴールドオーブだ。
「この像はマジックアイテムを作る像なんですか?」
二つの霊石を体内に収納すると、女性はスパーダに尋ねてくる。
「そのようなものだ」
にべもなく答えるスパーダは女性の横を通り過ぎると、ゲリュオンの馬車に乗り込もうとする。
「まあ。この馬、見たことがないわ。ひょっとして幻獣なのかしら。とても綺麗な鬣ね……」
女性は物珍しそうにゲリュオンに近づくと、その体に触れようとする。
「うかつに触ると痛い目を見るぞ」
「この馬、もしかしてあなたの使い魔なんですか?」
しかし、スパーダが忠告をしてやっても女性は全く気にした風もなくゲリュオンに触れていた。
戦闘状態の時に触れれば極寒の炎で焼かれてしまう。ましてや怒らせて蹄の一撃でも喰らえば彼女はひとたまりもない。
(この女……)
頷くスパーダは何かを確かめるかのように女性をじっと見つめていた。
彼女の体の中から、ほんの微かなケシ粒ほどではあるが違和感があったのである。
その違和感とは明らかに――
「ところで、あなたはどうしてこんな場所にいらっしゃるのです? 一番近い宿場町でしたら、もう通り過ぎてしまっていますけれど」
「ラ・ヴァリエールの屋敷へ向かっている。それだけだ」
用件を告げた途端、女性はまたも「まあ」と驚いた声を漏らす。
すると、何がおかしいのかクスクスと笑い出し、自分が乗ってきた馬車の方へ向かうと御者と何かを話し合っている。
御者は怪訝そうな顔を浮かべるが、女性は今度は大きなワゴン型の馬車の扉を開けて中を覗きこんでいた。
見れば、馬車の中には何匹もの動物達の姿がある。小鳥からネコ、トラにクマ……。
「ダメよ。そんな風にしたら。みんな大人しくしていてね」
トラやクマがスパーダとゲリュオンの方を睨みつけて威嚇するのを女性は宥めていた。
扉を閉めた女性はスパーダの方を見上げてくると、ゲリュオンの馬車に乗り込もうとしてくる。
「何だ」
「ヴァリエールのお屋敷へ行くのでしょう? 実は私もこれから行こうと思っていた所なんです。一緒に行きましょう」
言いながらも女性は馬車の上へと上がってきた。
「別に構わんが……」
「せっかくだから、あなたの使い魔さんに乗せてもらいますわ。よろしいでしょう?」
スパーダは女性を見つめながらそのマイペースぶりに呆然とする。
意外にも押しが強い女性はそのままスパーダが腰掛けている座席部の隣に腰を下ろしてきた。
すぐ後ろの荷台部分にはリベリオンやパンドラが乗せられており、女性はちらりとそれを見ると目を丸くしだす。
「とっても大きな剣……もしかしてあなたは剣士?」
「ああ」
「まあ。確かに強そうな感じがしますものね。まるで、イーヴァルディの勇者みたい」
ふふふ、と女性は楽しそうに笑い出す。
「さあ。私がお屋敷まで案内しますわ。いつでも走らせて良いですよ」
女性に促され、呆気に取られつつもスパーダはゲリュオンを進ませることにした。
彼女が乗ってきた馬車はゲリュオンの後ろをついてくる。スパーダは馬車が付いてこれる速度でゲリュオンをゆっくり進ませていた。
「私はカトレア。カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌと言います。あなたは?」
「スパーダ・フォン・フォルトゥナ」
「スパーダ……良い名前ですね。よろしくお願いします」
自己紹介をしてきたカトレアにスパーダも名乗ると、またも彼女は笑みを浮かべる。
「カトレア……か」
そんな彼女をじっと見据えながらスパーダは呟いた。
「どうかしましたか? 私の顔に何かついています?」
「いや、何でもない」
その名は聞き覚えのある名前だった。
ルイズには二人の姉が存在する。一人は長姉であるエレオノールであり、スパーダも何度か会ったことがある。
まさしくルイズの姉とも言うべき気性の激しい女であった。
そして、もう一人の姉……その名をルイズは『カトレア』と呼んでいた。
それはルイズの姉であり、エレオノールの妹である人物……ヴァリエールの三姉妹の次女であった。
そして、彼女の名であるラ・フォンティーヌ。それはラ・ヴァリエール領の中にある地名の一つであることをスパーダは魔法学院の図書館で知っていた。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定