魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
ゲリュオンの馬車に同乗してきたカトレアはスパーダに様々な質問をしてきた。
どこから来たのか、何をしにトリステインへ来たのかなど、好奇心旺盛に尋ねてくる。
もちろん、出身に関しては東方のロバ・アル・カリイエからということにしてある。
「まあ。そんなに遠くからこのトリステインへ?」
東方の話題を出した途端にカトレアはやはり落ち着きつつも驚いた顔を浮かべていた。
「遠い東の国からハルケギニアまでやってきたなんて……初めてですわ、東から来た人と会うなんて」
カトレアはスパーダが東方から来たということでさらに興味を抱いたようだ。
「それで、今はこのハルケギニアで何をしていらっしゃるの?」
「トリステインの魔法学院で世話になっている」
そんなカトレアに、スパーダは相槌を打ちつつ手短に受け応えをしていた。
「あら、それではあなたは魔法学院の先生なのですか?」
「そうは言っていない」
男子生徒に剣術を、コルベールに錬金術を教えたりしていたので半ば教師に近くはあったが。
「魔法学院には私の妹が通っているんです。ルイズっていう子なんですけれど……」
「彼女なら帰省して、もうこのラ・ヴァリエールに来ているはずだ」
「もしかして、ルイズに何かご用でもあるんですか?」
「そのようなものだ」
「あの子、学校ではどんな様子でしたかしら。去年の夏期休業で帰ってきた時は落ち込んでいた様子だったので……私には『大丈夫』って言ってくれましたけど……きっと、学校では一人ぼっちで寂しい思いをしていたと思うんです」
心配そうにカトレアは妹の近況について尋ねてくる。どうやら、カトレアはスパーダがどんな事情であれ家庭訪問をしに来た教師という風に思っているようだ。
確かにカトレアの不安は当たっていた。ルイズは魔法学院では魔法がまともに使えない、という理由だけで多くの生徒達から『ゼロのルイズ』と呼ばれて馬鹿にされていたのだから。
そのせいで彼女の言うように、心を許せるような友人は一人もいなかったのである。
だが、それは既に過去の話だ。
「少なくとも、今の彼女は一人ではない」
スパーダがルイズに召喚されてから、彼女やその周りでは様々な厄介事や事件が巻き起こっていた。
ルイズはそれらの体験を通して、今ではキュルケやタバサといった仲間や友人を作ることができたのである。
「それに私から聞くより、本人から聞いた方が一番良いだろう」
「そうですわね……でも、あなたは妹のことをよく知っていらっしゃるようだし、あの子のことをそう感じてくれたのなら安心です。スパーダさんは、ルイズのことを付きっ切りで面倒を見てくれたのですよね」
安堵の笑みを浮かべながらカトレアは言うと、スパーダはちらりと視線を横に流して彼女を見つめた。
「何故そう思う」
「だって、さっき私の名前を口にしたでしょう? あの子が私達家族のことをあなたに話したんだなって分かりましたわ」
何故かカトレアは嬉しそうにコロコロと笑っていた。
「そんなことができるってことは、あなたはルイズが心を許している人なんだなっていう証拠だと思います。本当に安心しましたわ」
姉として、カトレアは妹のルイズのことを本当に心配していたのだろう。
長姉のエレオノールも、父親のヴァリエール公爵も表面上は厳しくしつつも実際はルイズのことをとても大切に思っているのだ。
それだけルイズは家族という存在に恵まれているという証である。
「あなたはこの剣でルイズのことを守ってくれたのですね」
「さてな」
馬車に詰まれた数々の武器を見つつ問いかけてくるカトレアにスパーダは相変わらず生返事を繰り返していた。
だが、何が楽しいのかカトレアはふふふ、と笑っている。
「ところで、ルイズは私のことは何か他に話していましたか?」
「君の名前くらいしか聞いてはいない」
「あら、そうかしら。あの子は何か他のこともあなたに話しているような気がするんですけれど」
そう言いながらカトレアはスパーダの顔を覗き込んできた。
スパーダはそんな彼女を一瞥すると、視線を外して前を向いていた。
「良いですわ。家に帰ってあの子と会ったら、何を話したのか聞いてみますから」
楽しげに笑いつつ肩を竦めたカトレアも姿勢を正していた。
ゲリュオンはそんな二人を乗せて街道を走り続けている。
(とても病人とは思えんな)
スパーダがカトレアと面して抱いていた印象はそのようなものだった。
ルイズの話では彼女は病人であり、ラ・ヴァリエールの領地から一歩も出たことがないということである。
想像としては屋敷のベッドで寝たきりにでもなっている儚い、深窓の令嬢なのかと思っていたが、それは完全に打ち壊された。
こうして普通に外を出歩いている様子からして、スパーダが想像していた病弱な人間という印象など何一つ感じられない。
(現実は非情だな)
しかし、彼女がルイズの言ったように病弱であるということは確かなようだった。
表面的に見れば極端に病人という印象などまるで感じられないほど元気ではあるが、彼女の肉体そのものはかなり弱っていることがスパーダには分かっていた。
その原因についてはルイズ達では分からなかったようだが、スパーダには彼女を一目見てそれを看破することができた。
彼女の体を内側から食い荒らし、蝕んでいる原因は……。
「あ……すみません、スパーダさん。ちょっと止めていただけますか?」
唐突にカトレアはスパーダにそう頼み込んできていた。
スパーダはゲリュオンを停止させると、カトレアは馬車から降りて街道を脇に外れた林の方へと向かっていく。
「カトレア様! どちらへ?」
後ろからついてきていた馬車の御者は見かねたのかカトレアを呼び止めてきていた。
「すぐに戻りますから、待っていてくださいね」
振り返り、スパーダを見つめて笑いかけてきたカトレアはそのまま林の中へと入っていってしまった。
彼女を見届けたスパーダは馬車で腰をかけて腕と脚を組んだまま戻ってくるのを待つ。
その間、ナイフほどの大きさの幻影剣を作り出すとそれを肩まで掲げた指先でクルクルと回転させていた。
「お待たせしました」
数分後、カトレアの声が聞こえてくるとスパーダは幻影剣を砕いて振り返る。
見ればカトレアは何かを拾ってきたようで、小さなつぐみの鳥が彼女の両手に包まれているのが分かった。
「この子、羽を怪我しているみたいなんです。お屋敷に連れ帰って手当てをしてあげないと」
どうやらカトレアはあの林の奥にいた小鳥の存在をここから察していたようだ。
「そうか」
林の中に無数の小鳥がいるのはスパーダも気配で察知できていた。
しかし、その中からカトレアはあの一羽の鳥が怪我をしているのが分かっていてわざわざ拾いに行ったのである。
スパーダでさえそこまでは気づかなかったのに何という優れた感覚を彼女は持っていることに驚き、感心していた。
「大丈夫、この方は怖くなんかないわ」
カトレアの手の中でつぐみは何やら鳴き声上げながら暴れているようだ。恐怖に怯えている小鳥の頭を彼女は指で撫で、宥めている。
「良い子ね。……今、少しだけ楽にしてあげるから」
つぐみが落ち着いたのを見てカトレアは杖を取り出すと、呪文を唱えだす。
どうやら水の治療魔法で小鳥の傷を癒そうとしているようだ。しかし……。
「ゴホッ、ゴホッ」
少しするとカトレアは激しく咳き込み、杖を落としてしまっていた。
「カトレア様!」
御者が慌てて駆け寄るが、カトレアは咽つつも手を前に出して御者を制している。
「大丈夫……大丈夫です」
「どうぞこれを。あまり無茶はなさらないでください」
微笑みかけるカトレアに御者は持ってきたつばの広い帽子を差し出してきた。
杖を拾い、受け取った帽子を被ったカトレアはつぐみを手に包み込んだままスパーダの隣へとまた座り込んできた。
「Are you all right?(大丈夫か?)」
「平気ですわ……ご心配をおかけしましたね。さあ、出発しましょうか」
スパーダが語りかけると彼女は気丈にも微笑みを絶やさなかった。
やはり病弱の身であるカトレアには、魔法を使用するという行為はかなり体に負担をかけているようだ。
あの程度の魔法を唱えただけでも体が根を上げるほど、彼女の肉体は相当弱っている証拠である。
◆
それからもラ・ヴァリエールの屋敷を目指していたが、スパーダはその途中でまたもカトレアにゲリュオンを止められていた。
一軒の旅籠の前を通りかかると、そこには一台の馬車が止まっていたのである。カトレアはそれが気になったようであった。
スパーダも覚えのある魔力をはっきりと感じ取り、ここで彼女が足を止めた理由を理解する。
「カトレア様!」
「おお、カトレア様だ!」
「うわっ! でっかい馬と一緒においでになられた!」
「こりゃあ、おったまげた!」
駆け寄ってきた村人達はカトレアの訪問とゲリュオンの迫力に驚いた様子だ。しかし、悪魔であるゲリュオンに対して珍しく恐怖したりすることはない。
「こんにちわ。こちらの馬車に乗っていた方は中にいらっしゃるのかしら?」
「はい、エレオノール様とルイズ様が中におられます」
スパーダと共に馬車を降りたカトレアが尋ねると村人はそう答える。すると、またも「あら」と軽く驚いたカトレアはそのまま旅籠の中へと入っていった。
「剣をお持ち致します。貴族様」
「必要はない」
村人の一人が閻魔刀を手にし、リベリオンを背負うスパーダの世話まで焼こうとしてくるが、それを一蹴する。
閻魔刀はまだしもリベリオンは重すぎてまともに持てる代物ではない。
「ちい姉さま!」
「まあ、ルイズ! 帰ってきていたのね」
スパーダも続いて中に入ると、そこでは同じ髪色の女二人が抱き合っている光景が飛び込んできていた。
「お久しぶりでございます、ちい姉さま!」
喜びながらカトレアに抱きついていたのはラ・ヴァリエール家の三女にしてスパーダがパートナーを務める少女、ルイズである。
後ろのテーブルではエレオノールがティーカップの紅茶を啜っている姿も見える。しかし、その表情は何やら刺々しい。
どうやら二人はここで休憩をしていたらしい。
「……あ! スパーダ!」
「何ですって?」
しばらくカトレアとじゃれ合っていたルイズはスパーダの存在に気づくと、驚き目を見張っていた。
エレオノールもカップをテーブルに叩きつけるようにして置いてスパーダを睨む。
「言われた通りに来たぞ」
スパーダはルイズの顔を一瞥すると、軽く頷く。
「こちらは東方のロバ・アル・カリイエからいらっしゃったスパーダさん……って、ルイズが一番知っているのよね」
スパーダのことを紹介しようとするカトレアは苦笑する。
「な、な、な、何でちい姉さまと一緒に……!」
「たまたま会った。それだけだ」
「そうなの。お屋敷へ行く途中でお会いして、今までこの方の馬車に乗せてもらっていたのよ」
わなわなと震えるルイズにスパーダは簡潔にそう答え、カトレアも楽しそうに微笑みながら説明した。
「何ですってぇ? スパーダ! ラ・ヴァリエール家の娘とよくもそんな……ど、ど、ど、堂々と相乗りを……!」
「そ、そ、そ、そうよ! ちい姉さまに手を出すなんて……! いくらあたしのパートナーだからって……!」
「良いじゃありませんか、エレオノール姉さま、ルイズ。この方が別に何か悪いことをした訳ではないでしょう?」
何故か癇癪を上げる二人をカトレアは変わらぬ笑みのまま宥めていた。
「ほ、本当にちい姉さまには何にもしていないでしょうね?」
「他意はない」
コートに掴みかかってくるルイズを見下ろしながらスパーダは答える。
「ぐ、ぬぬぬ……! 分かったわ……カトレアに免じて今回のことは不問にします。けれど、これからは無断でラ・ヴァリエール家の者と相乗りをするなんて許しません!」
眉と口端をピクピクと痙攣させるエレオノールはカップの中の紅茶を一気に飲み干すなり、ずかずかと出口へ向かっていく。
「さあ! もう休憩は終わりです! お屋敷へ向かうわよ!」
エレオノールは先に出て行き、その剣幕にビクつくルイズはスパーダの後ろに隠れていた。
「機嫌が悪いな」
「いつもはあそこまで極端にならないんですけれど……」
「何かスパーダの弟子のあの……モデウスっていう人がエレオノール姉さまにエスコートをしなかったとかで……」
エレオノールを見届けたスパーダとカトレアが呟くと、ルイズが恐る恐る前に出てきて言い出す。
ルイズは先日に魔法学院を出発してからの間、エレオノールと二人っきりで息が詰まる時間が続いていたのだが、何とか気を紛らわそうとして従者のモデウスがいないことについて尋ねてみたら、彼がいない理由を教えてきたのだ。
当然、癇癪と八つ当たりとお説教を交えてである。
(女のヒステリーって奴はおっかないもんだね)
アミュレットのデルフはここまでもずっと直接声を出さずに念話でルイズの頭の中に囁いてきていた。その呟きはスパーダにも届いている。
これ以上、彼女を待たせて怒らせては不味いと感じた三人も外へ出ることにした。
エレオノールは自分達が乗ってきた馬車の前で仁王立ちになって待機中だ。その表情は相変わらず不機嫌なままである。
「モデウスはどうした」
「ス、スパーダ……!」
そんなエレオノールに対して火に油を注ぐような真似をするスパーダにルイズはまたも彼の背中に隠れだす。
エレオノールはぎろりとスパーダを睨みつけてきた。
「知るもんですか。『今は忙しいから一緒には行けません。後から追いつきます』ですって。『急用があれば泊まっている宿に手紙をよこしてください』? 平民がラ・ヴァリエールの従者として同伴できるなんて滅多にないことなのに、それを堂々と断るなんて……良い度胸をしているわ……!」
腕を組みながらエレオノールは従者のモデウスに対する不満を次々に口にしていく。
相当にエレオノールはモデウスを従者としてエスコートさせられなかったのが不服であるらしい。
「何よ! せっかく今までの礼も兼ねて特別に従者としてラ・ヴァリエールに招待してあげようっていうのに! ああもう……!」
一人で癇癪を上げ続けるエレオノールにルイズも、周囲の村人達も恐れをなしてしまっている。
そんな中、カトレアだけは微笑みを絶やさずに「ふふふ」と笑っていた。
「あらあら、まあまあ。エレオノール姉さまも新しい恋をするようになったのね」
彼女から放たれた言葉にエレオノールの空気と動きが凍りつく。
少しの沈黙の後、エレオノールはそれまで見たことがないほどに顔を真っ赤にしていた。
「な、な、な……! カトレア! あなた、何をいきなり言うの……!」
カトレアを振り向いたエレオノールは完全に動揺して慌てふためきだす。
「あら? 違うのかしら。エレオノール姉さまは気に入られた殿方をお城へお誘いになられようとしたのでしょう? それができなかったから、そんなに怒っているんだわ。それは姉さまがその方をそれだけ想っておられる証拠だと思いますけど」
「じょ、じょ、冗談じゃないわ! 誰があんな平民に……こ、こ、こ、恋なんか……! あいつはただの、ちょっとした縁で知り合った友達……っていうか……!」
首をブンブンと激しく振り乱しながらエレオノールは否定する。だが、いくら口ではそう言っても、その態度からモデウスに対して何かしら特別な想いを抱いていることは間違いない。
(奴自身はどうかは分からんがな)
モデウス自体はエレオノールをどう思っているのかが問題であるが、元々モデウスは女にうつつを抜かすような悪魔ではなかったはずだ。
「ほう。エレオノール様も新たな恋人ができたのか」
「いや、こりゃあめでたいことだ」
「今度のお方はいつまで持つものかね」
そんなエレオノールに村人達はひそひそと呟き合い、ルイズも面白そうに姉の滑稽な姿を見つめていた。
「ちびルイズ! 何よ、その顔は!」
「ひっ……!」
エレオノールは八つ当たりの矛先をルイズへと向けてきた。ルイズは三度スパーダの背中へと隠れだす。
「そこまでだ。ラ・ヴァリエールへと向かうのが先だろう」
スパーダがエレオノールを押し留めると、ぐぬう、という呻きと共に彼女は引き下がっていった。
隣ではカトレアがスパーダとその後ろに隠れているルイズを見つめて微笑んでいる。
「そうだわ。せっかくだから、スパーダさんの馬車にみんなで乗りましょう」
「……はっ! そういえば、何なのよこの馬は!」
カトレアがぽん、と手を叩いて提案をすると、エレオノールはようやくゲリュオンの存在に気づきだす。
蒼ざめた巨馬、ゲリュオンの迫力と威圧感に唖然とし、その場で立ち尽くしていた。
ゲリュオンは退屈なのか蹄を足元で踏み鳴らしていた。
「大丈夫です、姉さま。これはスパーダの使い魔みたいなものです」
「そ、そうなの……見たことない幻獣だわ。平気なんでしょうね」
何度かゲリュオンに乗ったことがあるルイズがエレオノールに説明する。
「刺激をしなければな」
スパーダは相槌を打ちつつ横を通り過ぎるとゲリュオンの馬車へと真っ先に乗り込んで腰掛けていた。
◆
ゲリュオンの馬車に乗り込んだのは結局、スパーダの他にルイズとカトレアの二人だけだった。
エレオノールだけは自分が乗ってきた馬車に乗り、先頭を走るゲリュオンの後をついてきている。
スパーダの横でルイズとカトレアは楽しそうにお喋りを続けており、先刻カトレアが拾ったつぐみをルイズに見せていた。
姉妹二人で楽しくしているのを邪魔するのも野暮だと思い、スパーダは何も喋らないままだった。
たまにカトレアとルイズが声をかけてきても、「ああ」と生返事をするだけである。
やがて日は暮れ、夜も更けてきた頃になると見晴らしの良い小高い丘の上に城が見えてきていた。
深い堀と高い城壁に囲まれたその先には、高い尖塔がいくつもある大きな城が建っている。
それこそが、ラ・ヴァリエール邸――すなわちラ・ヴァリエール公爵の城なのである。
「あれがラ・ヴァリエールの城よ。スパーダ」
「そのようだな」
城へと近づく中、ルイズが指を差しながらスパーダのコートを掴んでくる。
ゲリュオン達馬車の一団が城壁手前の堀までやってくると、それを見計らったように跳ね橋が降りてくる。
城壁の大門の横では二十メイルはあるであろう巨大なゴーレムが控えているのが見えた。
跳ね橋を渡り、さらに先へ進んだその先には広大な前庭が広がっている。さすがに大貴族の城というだけのことはあるだろう。
スパーダがかつて領主として治めていたフォルトゥナとは全く違う景観だ。
ゲリュオンと他の馬車は城の入り口で停まり、一行は馬車から降りていく。
「何をしているの、スパーダ」
「すぐに行く。待っていろ」
ルイズ達が城に入っていく中、スパーダだけはゲリュオンに留まっていた。
馬車の荷台に置いてある魔具を持ち出し、ゲリュオンを収容しなければならないのである。
「すぐ来てね!」
呼びかけるルイズの隣で、カトレアはまたも妹のそんな姿を見て微笑んでいた。
「おかえりなさいませ! エレオノール様! カトレア様! ルイズ様!」
ルイズ達が中に入るなり、玄関ホールでは大勢の使用人達が両脇に並んで主達を出迎えていた。
愛剣を手にし、パンドラの箱を右手で持って後に続いてきたスパーダは城の中へ足を踏み入れると、ホールをぐるりと見渡していた。
「ジェローム、母様は?」
「晩餐の席でお待ちになっておられます」
エレオノールが老執事に尋ねると、すぐに返答がきた。
「この者はラ・ヴァリエール家の客人のスパーダよ。貴族用の客間に案内してあげて」
スパーダがルイズ達のすぐ後ろまでやってくると、使用人の一人にルイズがスパーダを指しながら命じていた。
「かしこまりました。スパーダ殿、どうぞこちらへ」
使用人に連れられ、スパーダは城の中へと案内されていく。
「スパーダ。荷物を置き終わったら、あなたも食堂へ来なさい。あなたは一応、ルイズの従者なのですからね。きっちりと晩餐の席に同伴してもらいます」
「お待ちしていますわ、スパーダさん」
「Yeah.(ああ)」
エレオノールとカトレアがそう呼びかけ、スパーダは肩越しに振り返りながら答える。
ヴァリエールの三姉妹はそのままダイニングルームへと向かっていった。
廊下を進んでいるルイズの表情は何故か強張り、冷や汗を流している。
これから会うことになる相手は、ルイズがこの家で最も恐れている人物なのだ。あともう少しで会う瞬間が近づくにつれて、緊張してしまう。
「ただいま戻りました、母様」
ダイニングルームには使用人が二十人ほど……そして、長大なダイニングテーブルの上座には一人の貴婦人が控えている。
エレオノールの言葉に、彼女はこくりと小さく頷くと三人を見回す。
紫のドレスに身を包み、ルイズとカトレアと同じ桃のブロンドの髪をアップでまとめている彼女こそがヴァリエール三姉妹の母――ヴァリエール公爵夫人・カリーヌであった。
(うう……母様……相変わらず綺麗だけど……)
久しぶりに会うことになった母の姿を目にして、ルイズは完全に硬直してしまった。
騎士のように厳格で、峻烈な、それで尚貴婦人としての美しさを兼ね備えた母。
その鋭く厳しい視線で睨まれようものなら、もはや蛇に睨まれた蛙となってしまうことだろう。
そして、ヴァリエール三姉妹とその母、四人の晩餐会が始まった。
だが、誰も何も喋らない。広いダイニングルームに響くのは、食器が触れ合う音のみだ。目を閉じて音がしなければ誰もここにはいないと錯覚し兼ねない異様な雰囲気である。
こんな光景が晩餐会と呼べるものなのか疑問ではあるが、四人は黙々と夕食の前菜を口に運んでいった。
「ルイズ様のお供のスパーダ殿をお連れ致しました」
しばらくすると、スパーダが使用人に連れられてダイニングルームへと姿を現した。各種魔具を客間へと置いてきたため、今の彼は手ぶらの状態だ。
「ありがとう。こっちよ」
ルイズは頷くと、スパーダは彼女の席の後ろまでやってきて腕を背中で組むなりそこで控えていた。
(これが晩餐会か?)
スパーダは沈黙の晩餐会が行われているこの場を見渡し、その息が詰まりそうな雰囲気にため息をつく。
せっかくの家族同士の食事であるというのに、誰も何も喋らないのでは晩餐会の意味がない。
ふと、その視線は上座のカリーヌへと向けられる。
彼女は相変わらず黙々と食事を進めるだけで、スパーダの方は見向きもしていない。
(……若すぎるな)
カリーヌを目にしてスパーダが抱いた印象はそのようなものだった。
長女のエレオノールの年齢から推察すれば、母親である彼女は公爵と同じく五十過ぎ、もしくはその手前といったところになるはずだろう。
だが、はっきり言って彼女はあまりにも若すぎる。どう見ても三十代前半にしか見えない若さだった。
別に若作りをしたりしている訳ではなく、実際に彼女は肉体的にあまりにも若すぎるのだ。
スパーダが見た所、彼女の肉体は実年齢より確実に十五年もの若さを保っているのである。
下手をすればヴァリエール家は四姉妹で、エレオノールの上にもう一人姉がいると誤解されかねないほどであった。
(しかし、この女の魔力は……)
そして、スパーダがカリーヌを目にして感じた異様なものはそれだけではない。
彼女の身に秘められているその魔力……それは明らかにメイジの規格を遥かに超えた――
「……」
その時、カリーヌが初めてその鋭い視線をスパーダの方へと向けてきた。
「……っ!?」
(何だ……?)
スパーダの顔を見やったカリーヌの手がピタリと止まった。
その表情はそれまで何があろうと一切動じることはなかったはずのものであるが、彼女はスパーダを見た途端に確実に動揺していたのが分かった。
目を見開き、驚愕の色が窺える表情で息を呑み、凍り付いている。
スパーダはカリーヌから視線を外さないままじっと見つめていたが、逆にカリーヌもまた睨み返してきている。
(この女……)
カリーヌの視線から明らかな警戒心を感じ取り、スパーダは僅かに顔を顰める。
「母様……どうなされたのですか?」
「いいえ……何でもありません」
カトレアが心配そうに声をかけると、カリーヌは一息をついて再び食事の手を進めだしていた。
それから彼女はスパーダの方を見ることはなく、晩餐会は終了した。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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