魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 50 <ラ・ヴァリエールの女傑> 後編

息が詰まりそうな晩餐会は終わりダイニングルームを後にするとスパーダはヴァリエールの三姉妹達と別れていた。

その際にはエレオノールから明日の朝食の席にも同伴するよう言いつけられた。

とはいえ、あの分では恐らくその朝食とやらも無言の会となってしまうのは想像に難くない。ルイズはせっかくの家族水入らずの時間を過ごせるというのに、それを楽しんでいる様子はなかった。

(家族の団欒とは思えんな)

だが、部外者であるスパーダがそのことについて口を出す必要はなかったが。

自分に宛がわれた部屋に戻ってきたスパーダはソファーに腰を下ろし、背を預けて寛いでいた。さすがに名門ラ・ヴァリエール公爵家の城だけあって貴族用の客室であっても優雅な佇まいである。

魔法学院のルイズの寮部屋とは大違いである。まるで高級のホテルのようであった。

「何だ」

少し寛いでいると部屋の扉がノックされ、スパーダはそのまま受け応えをした。

「お食事をお持ち致しました。スパーダ殿」

部屋に入ってきたのはメイドだった。料理の皿が乗ったトレーを手に運んでくると、それを部屋にあるティーテーブルへと置いてスパーダに一礼をして退室していく。

スパーダは魔法学院からラ・ヴァリエールへ来るまでの数日間、何も食べてはいない。少し小腹も空いてきていた。

ソファー前のテーブルに置かれたワインボトルの一つとグラスを手にし、スパーダは食事の用意されたテーブルへと移動する。

(さすがにタルブのワインだな)

優雅に夜食を口にするスパーダは表情にこそ出さないが満足気な様子でワインの注がれたグラスを眺めていた。

一度味わったことのあるタルブのワインはスパーダが気に入るほどの美味なのだ。わざわざボトルで数本購入しておいた甲斐があるというものである。

一杯目を味わい、飲み干したスパーダは二杯目のワインをグラスへと注いでいく。

だが注ぎ終えた直後、突然横から伸びた土気色の手がグラスをひょいと取り上げてしまう。

「お前か……」

ちらりと横に視線をやれば、いつの間にかそこには赤い髪を揺らす半裸の貴婦人が立っていたのだ。

スパーダから奪ったワインを勝手に口にし、喉を鳴らしている。

「……まあまあね」

一言を呟いた妖艶な貴婦人、ネヴァンはグラスをテーブルに戻すと先ほどスパーダが座っていたソファーへとしな垂れかかるように腰掛けていた。

「何をしている」

ワインを勝手に飲まれたことに気分を害したスパーダは横目で射るような視線をネヴァンへ送る。

「居心地の良さそうな場所まで連れて来て、自分だけ寛ごうなんてずるいわよ……」

スパーダが持ってきた各種の魔具はソファーやテーブルの上、その周りに置かれてあったのだ。ただし、フォースエッジだけは自分の一部としているが。

ネヴァンの大鎌もソファーに立てかけていたのだが、勝手に元の姿に戻っていたのである。

「あの小娘も意外と良い所へ住んでいるみたいね」

「外は出歩くな。ここの人間に見つかると面倒だ」

ゆったりと寛いでいるネヴァンであるが、もしも彼女の姿を城の誰かに見られれば大騒ぎになる。

「大丈夫よ。ここには誰も入れないようにしてあるわ。今、ここは私達だけの愛の巣よ……」

ネヴァンは蠱惑的な笑みを浮かべていた。

見れば部屋の扉にはいつの間にか封印の結界が張られているのが分かる。ネヴァンがやったのだろう。

解除しない限りは外から扉の鍵を開けることさえ不可能だ。

「ねえ、スパーダ……どう? 今夜は私と刺激的な一夜を過ごしてみない?」

スパーダの横に歩み寄ってきたネヴァンが屈んで耳元で囁いてくる。

「お前を抱いている暇はない」

ワインを酌み直し、それをゆっくりと味わうスパーダはネヴァンの誘いを一蹴した。

「そう……つれないわね……あなたはハンサムだけど、クールすぎるわ……そこが良いのだけれどね……」

小さくため息をつくネヴァンは皿に乗っている切り分けられた肉の一欠片をつまみ、それを口へと運ぶ。

一口で飲み込んでしまったネヴァンはさらに肉に触れた自分の指をそっと舌先で舐めていた。

奔放なネヴァンとまともに相手をするだけ時間の無駄だ。スパーダは無視を決め込んでいた。

「ふふ……それとも、今日会った人間の女にでも興味がおありかしら?」

後ろから抱きつき両手を前に回してくるネヴァンであるが、スパーダは変わらない動作で食事を進めていた。

「あの小娘の姉だそうだけど、ずいぶんと極端な連中ね……あんなヒステリーで魅力のない女に近づきたがる男なんていないでしょうね」

魔具になっている間でもネヴァンは身の回りに起きている出来事はしっかりと認識しているのだ。恐らくエレオノールのことを言っているのだろう。

「もう一人の女もあれだけひ弱な体でよく生きていられるものね……あんなに命を食い荒らされているのに……人間にしてはしぶといわ」

ネヴァンの嘲った呟き。それはカトレアのことだ。

悪魔であるネヴァンにもカトレアの体がどういう状況なのかが分かるのだ。

「ふふ……でも、あの女の命はとても美味しそう……息絶える前に私が味わってあげたいくらいだわ……」

舌なめずりをするネヴァンであるが、スパーダは懐から取り出したルーチェの銃を彼女の顎に下から突きつけた。

たとえ冗談であろうともそのようなことは決して許さない。

スパーダの発する殺気から本気であることを察したらしいネヴァンはフッ、と笑うとスパーダから離れてベッドの方へと歩いていった。

ルーチェの銃をしまい、食事を終えたスパーダはまだ中身が残っているワイングラスとボトルを手にソファーへと移動し、腰を下ろす。

「ああ……眠い……私はもう眠らせてもらうわ……スパーダはそっちで良いのかしら?」

「構わん」

ベッドの上であられのない格好で寝そべり、あくびをするネヴァンにスパーダは相槌を打つとワインを一口啜った。

スパーダの寝床はベッドではなく、このソファーでも充分なのだ。今までもベッドで横になって眠ったことなどないのだから。

「私を抱きたくなったら、いつでもこちらへいらっしゃい……一晩中、あなたが眠れないほど優しくしてあげる……」

「No, thank you.(願い下げだな)」

淫魔であるネヴァンと熱い夜を過ごすなどとんでもないことだ。いくら悪魔であるスパーダでも身が持たない。

人間の男が彼女の誘惑に負け、あの魅惑的で妖艶な美体を抱いてしまえば確実に命を吸い尽くされることだろう。

悪魔との極上の悦楽を味わうための代償なのだから。

 

 

 

 

ルイズは久しぶりの自分の部屋ではなく、カトレアの部屋で一緒に眠ることにしていた。

カトレアの自室にはこれまで彼女が城の外で拾ってきた様々な動物達で埋め尽くされており、さながら動物園のようになっている。

犬や猫、小熊が駆け回り、虎が床で寝そべっている。天井から吊るされたいくつもの鳥籠の中では小鳥達が羽ばたいていた。

「本当に安心したわ、ルイズ。学校で楽しく過ごしているみたいで」

「ちい姉さま?」

鏡台で髪をすいてもらっていたルイズはカトレアに唐突にそう言われて目を丸くする。

「スパーダさんから聞いたわ。学校ではお友達と仲良くやっているそうね。私、心配していたのよ? ルイズは学校では一人ぼっちで寂しくしているんじゃないかなって。去年帰ってきた時にそう感じたのよ。私には分かるんだから」

「それは……その……」

そのようなことをスパーダがカトレアに話していたことなど知らなかったルイズは鏡に映る彼女から視線を逸らしてしまう。

ルイズとしては姉を心配させたくは無かったから、当時は問題はないという嘘をついたのだ。だが、カトレアには全てお見通しだったのだ。

「でも、そんな心配をする必要なんて無かったわね。学校ではちゃんとお友達ができて、スパーダさんみたいな素敵な先生が面倒を見てくれて……私も嬉しくなるわ」

鏡に映るカトレアはとても楽しそうな笑みを浮かべている。

「あの人はとっても不思議な方ね。見たことのない幻獣を使い魔にしたりするんだもの」

カトレアはどうやらスパーダに対してかなり強い関心を抱いているようだ。

「ねえ、ルイズ。スパーダさんって学校だとどんなことをしているの? 私には全然話してくれないのよ」

寡黙なスパーダはあまり自分のことを話そうとはしない。どれだけ尋ねようと適当に相槌を打って流されるだけなのだ。

ルイズもまだ、彼の全てを知っているわけではないのである。

「先生達と対して変わりませんわ。あとは男子達に剣を教えたりとか……」

「ふうん。やっぱり先生なのね……」

「でも、スパーダは正式には教師じゃありませんわ。彼は、その……」

「あなたの従者様? そういえばどうしてあの人はルイズの従者様なのかしら」

「彼は、私が使い魔召喚で呼び出してしまったんです。遠い異国のフォルトゥナという場所から……」

まさかスパーダが悪魔などと言えるわけがないのでそのことについては内緒にしておくことにした。

「あら。そうだったの。……でも、私には従者様には見えなかったわね」

意外そうな顔をするカトレアは何故か面白そうに微笑みを浮かべだす。

「どっちかって言うと、スパーダさんは……ルイズのお父様に見えたわ」

「は、はい?」

突然のカトレアの発言にルイズは面食らってしまった。

「あなた、スパーダさんにあんなに懐いていたでしょう? エレオノール姉さまに怒られた時も後ろに隠れたり……お城へ入る時だってあんなにはしゃいだりしていたんだもの。知らない人が見たら、二人が親子だって勘違いされてしまうわ」

「そ、そ、そ、それは……その……」

ルイズは顔を赤くして慌てふためく。

「良いのよ。ルイズはとっても小さい頃にはお父様っ子だったものね。覚えてるかしら? よくお父様に駆け寄っては抱き上げられていたこと」

「う……う~ん……」

今でも父である公爵の頬に再会の接吻をしたりはするものの、そんなに小さい頃のことまではよく覚えていない。

「でも大きくなるとお父様と一緒にいられる時間は少なくなるし、学校に行ったらお父様と会えなくなるものね。それじゃあ寂しくなるわよ」

カトレアはルイズの両肩をそっと抱いてくる。

「スパーダさんは魔法学院での、ルイズのお父様になってくれる方なんだわ。ルイズを導いて、時には支えて、守ってくれる頼もしい人……そんな素晴らしい人をルイズは父親のように感じているのよ」

「ち、違うわ……スパーダはそんな……父親代わり、だなんて……」

恥ずかしそうにするルイズにカトレアは母性にあふれた微笑みを絶やさずに言葉を続けていく。

「そうよね。あの人はルイズの本当の父親にはなれないわよね。だって、あなたにはちゃんとお父様がいるんだもの」

それはそうだ。ルイズにはれっきとした血の繋がったヴァリエール公爵という父親がいるのである。

「お父様はああ見えて、わたし達にはとっても甘くて子煩悩な人なんだから。母様もおっしゃっていたわ。厳しいのはいつも表面上だけだって。もしルイズとスパーダさんが今日みたいに親子のような姿をお父様が見たら、きっとやきもちを焼いてしまうわね。だからお父様の前ではスパーダさんとあまりくっついたりしない方が良いわ」

カトレアはクスクスと笑うが、ルイズは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

冷徹で無口でつっけんどんとした所はあるものの、スパーダの持つ父性にルイズが惹かれていることは確かだった。

もしかしたら、自分はカトレアの言うとおり父親という存在に飢えていたのかもしれない。自分でもはっきりとは分からないが。

「でも、スパーダさんはとっても頼りにできる人だわ。あなたもこれまでずっとあの人のお世話になっていたのでしょう?」

「は、はい……そうです」

世話になる所の話ではないほど、ルイズはスパーダに助けられてきたのだ。

悪魔との戦いでは手にする剣で守られ、ルイズが成長するための手助けさえしてくれた。

彼がいなければ今のルイズはここにはいないのである。

「これからも学校で困った時や辛い時はスパーダさんをお父様だと思って頼りにすると良いわ。きっと、あなたを助けてくれるから……」

「分かっています。ちい姉さま。彼は私のパートナーなんですから」

ルイズははっきりと頷いてカトレアに答える。

(父親代わりねえ。奴が本当に父親になる所なんて想像もできねえな)

今でもルイズが肌身離さず身につけているアミュレットのデルフは空気を読んで、仲睦まじい姉妹の会話を沈黙したまま傍観していた。

 

 

 

 

ヴァリエール公爵家の主である公爵は今現在、この城には戻ってきていない。未だトリスタニアの別邸で仕事をしている。

数日前に久しぶりに王政府直々に呼び出されての諸侯会議に出席してからというものの、王都に赴くことが多くなった。

その間、この城と領地を守るのは公爵の妻であるカリーヌの役目だ。

寝静まった深夜遅くになってもカリーヌの仕事は終わらない。公爵夫人としての仕事と、今は留守にしている夫の城での仕事を二つもこなさなければならないのだから。

自室の机に向かい、ヴァリエール領内における近況や領民達からの申し入れや報告といった書類に目を通していた。

「また一人いるわね……」

カリーヌは険しい顔を浮かべて書類を机の上に置く。

彼女は今、この城の中のどこかに異様な禍々しい気配を感じていた。

数時間前に娘達が城に到着した時、城の入り口から感じられたのとは別のものだ。

「あの男、どれだけ配下を連れているの……」

カリーヌが思い起こすのは、晩餐の席にルイズに同伴していたスパーダという男だった。

スパーダという異国の貴族についてはカリーヌも夫を通じてある程度は聞き知っていた。

何でも東方のロバ・アル・カリイエにあるフォルトゥナという土地の領主だったそうで、ルイズが使い魔召喚の儀で呼び出してしまったという。

ルイズはその男に魔法学院で世話になっていたらしく、コモン・スペルとはいえようやく魔法を使えるようになったのもスパーダのおかげだそうだ。

夫はルイズの成長に年甲斐もなく喜び、はしゃいでいた。それを見たカリーヌは思わず呆れたほどだ。

諸侯会議でもオブザーバーとして特別に出席し、夫が好感を抱いたスパーダがどのような人物なのかをカリーヌも見定めようと思ったのだが……。

(信用できないわね……あの男は……)

カリーヌはスパーダに対して好感など何一つ無かった。それどころか、強い不信感を抱いていた。

見た目は紛れも無く貴族といった風貌ではあったが、カリーヌはそれが経歴も含めて偽りであることを見抜いていた。

気配こそ直接目にしても普通の人間とは何も変わらない。だが、カリーヌは彼の顔を目にした時、戦慄を覚えてしまったのだ。

何故なら、あのスパーダという男の顔をはっきりと覚えているのだから。

「……っ」

ズキリ、と鈍い痛みが左腕を走った。カリーヌは思わず腕を押さえる。

「奥様、一大事ですぞ! 奥様!」

そこへ、開いていた部屋の窓から飛び込んできた一羽のフクロウが叫び声を上げながら机の隅に着地する。

ラ・ヴァリエール家専属の使い魔であるトゥルーカスだ。鳥であるが、使い魔として使役されていることで人語を相通することができるようになっているのだ。

「……奥様?」

「トゥルーカス。どうしたのです?」

カリーヌは何事も無かったように姿勢を正すと、トゥルーカスに向き直り尋ねる。

「はっ。旧ワルド子爵領とヴァリエール領の境に、怪物が現れたとの報せがありました。恐らく例の奴らかと……」

トゥルーカスの報告にカリーヌは顔を顰める。

「駐屯している兵達は?」

「はっ。残念ながら、彼らでは連中には歯が立たないようで。苦戦を強いられているようですな。今頃、全滅しているかもしれませぬ」

スッと立ち上がるカリーヌは公爵夫人とはまた異なる威厳に凛とした表情を浮かべていた。

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

手にした杖を構えながらカリーヌはゆっくりと呪文を唱えると、彼女の周りの空気がぼんやりと揺らぎだす。

そして、その横には彼女と同じ姿をした人影――風の偏在によって作り出された分身が立っていた。

「私が戻るまでの間のことは任せますよ」

「ええ。あの男はどうするのです? 娘達に手を出される前に何とかしなければ……」

分身に語りかけるカリーヌはあのスパーダという男に対して極めて強い警戒心を抱いていた。

あの男が人間などではないということがはっきりしている以上は絶対に信用などできない。

「……ひとまず様子を見ます。何を企んでいるかは知りませんが、魔帝の一派ともなれば下手に手を出すのは危険ですからね」

だが、安易に追い出したり杖を向けるといった短格的な行為は避けなければならない。

悪魔を相手に短慮な行動をするのは愚かなことだ。カリーヌはそれを身に染みて理解していた。

「トゥルーカス。あなたもあの男を監視していなさい。良いですね?」

「う……ですが、奥様……いくら私でも悪魔を間近で監視するというのは……恐ろしいものが……」

カリーヌの命令にトゥルーカスはあまり乗り気ではない様子であるが、従わざるを得なかった。

ヒュッ、と細い疾風が一瞬吹いたかと思うと、トゥルーカスの羽が数枚、宙を舞って飛び散っていたからだ。

カリーヌは杖を構えたまま凛然とした表情を変えずにトゥルーカスを見つめていた。

「良いですね? 娘達に何かあっては手遅れなのです」

きっぱりと口調を強くしてカリーヌは再度、使い魔に命令を下す。

「はい……」

トゥルーカスは諦めたように大きなため息をついていた。

分身のカリーヌは先ほどまで本体が続けていた仕事に手をつけ始めるが、カリーヌ本人はクローゼットを開けて着替えを始めている。

アップにまとめている自分の桃色の髪をほどき、全て下ろすと、それをまた別の髪型へと変えていった。

 

 

 

 

翌日の朝、スパーダはまたもヴァリエール家の朝食の席に従者として同伴していた。

朝食は日当たりの良い城のバルコニーで行われたが、やはり昨晩の晩餐会と同様に無言で空気が重かった。

特に話す話題が無いのか、それともまだ戻っていない一家の主である公爵が帰ってきてから話すことでもあるのか。

スパーダには分からないし、わざわざ聞くまでもないことだ。

 

朝食が済んだ後、スパーダはルイズとカトレアに連れられてラ・ヴァリエール城の中庭を案内されていた。

せっかく帰郷したのだから、スパーダに城の中を案内してあげたいとルイズが提案したのだ。

「ごめんなさいね、スパーダさん」

ルイズとカトレアと共に歩いているスパーダであったが、唐突にカトレアが詫びてきたので呆気に取られる。

「二度も続けて窮屈な食事の席になってしまって」

「家族の団欒に口出しはせん。気にするな」

確かに家族が無言の食卓というのはあまり良い印象は無いがスパーダは部外者である以上、そのことについてあれこれと言うつもりはない。

「エレオノール姉さまは母様に叱ってもらうって言ってたけど……母様、何も言わなかったわね」

ルイズが喋ろうとしなかったのは、母にどのようにして怒られるのかが分からず、緊張していたからだ。

朝食でのカリーヌはいつものように紅茶を口にしていたが、どこかいつもと雰囲気が異なっていたような気もする。

「何か悪いことでもしたの? ルイズ」

「べ、別に……」

カトレアに問われて顔を背けるルイズ。

家族に何も言わずに戦時中のアルビオンへ行ったり、タルブでの戦に参加したことについてエレオノールや公爵はこっぴどく怒っていた。

一番ルイズが恐れる存在である母には一体、どのようにして怒られるのか考えるだけでも恐ろしかった。

 

「お前の母親は別のことにでも気にかかっているのかもしれんな」

「別のことって?」

「さてな」

とぼけるスパーダであるが、その理由は分かっている。

恐らく、カリーヌが今最も気にかけているのは、スパーダ自身のことだ。朝食の席でも昨晩のような警戒心を露にした瞳でこちらを射抜いてきていた。

十中八九、カリーヌはスパーダが悪魔であることに気が付いている。何故分かったのかまでは知らないが、それだけは確実だった。

(あの女……何を考えている?)

だが、カリーヌはスパーダが悪魔であることに気付いていながら野放しにしている。それがとても不可解であった。

その気になれば、彼女自身の力を持ってスパーダを実力行使で追い出すか、警告なりをしてきそうなものである。

それをしようとしないのは、どうやらこちらの様子を窺っているらしいことは明らかだった。

 

「あら? あれは……」

中庭には植え込みの庭園が迷路のように広がっているのだが、カトレアはその一角に注目して目を丸くする。

視線の先は庭園のちょうど中心に位置する場所だった。そこに無数の緑色の光が灯っているのがスパーダとルイズにも見えていた。

「何よこれ? いつの間にこんな気持ち悪い物が……」

ルイズ達が近寄っていったそれは奇妙な物だった。

二面の髑髏の頭を有した骸骨の上半身を模した像で、何本も生えている骨の手の上や胸骨の中には緑色の炎が灯り、揺らめいていた。

何とも不気味な造形な魔像とも呼ぶべき姿で、近寄りたいとはルイズは思えない。

「ほう。珍しい奴がいるものだ」

しかし、スパーダは意外そうに唸りながらその像に歩み寄っていく。

「知っているの? スパーダ」

スパーダが知っているということは、これも魔界に関連する何かなのかもしれない。

ルイズは魔像の正体が知りたくて、彼の話をもっと聞きたくなった。

「武闘神像。時空神像の親戚のようなものだ」

「時空神像? もしかして、昨日道端にあったあの金色の像のことですか?」

カトレアは不思議そうに像を見つめながら尋ねてきた。

「そうだ」

時の傍観者と呼ばれる時空の神の分身である時空神像と同類の武闘神像は、戦いを司る神の分身だ。

こいつも数多の分身を魔界や人間界に放ち、強者の力を試そうとしているのである。

だが、時空神像と違って武闘神像はかなり希少な存在であり、滅多に見かける物ではない。

ここで武闘神像を見かけるとはさすがのスパーダも予測できなかった。

 

「これがあの像と同類? 全然、印象が違うわ……」

ルイズは胡散臭そうに武闘神像を睨んでいる。

「この像も、あの時空神像みたいにマジックアイテムを作ってくれるんですか?」

「こいつを破壊することができれば、対価としてお前達で言うマジックアイテムを与えてくれるのだがな」

カトレアに問われてスパーダはそう答える。

「じゃあ、スパーダ。これを早速壊してみてよ。こんな所に置いてあったんじゃ邪魔でしょうがないわ」

ルイズはスパーダに懇願した。魔剣士スパーダの力を持ってすれば、こんな像を破壊するなどたやすいはずである。

スパーダは武闘神像に手を触れたまま何かを確かめているようであるが、すぐ破壊しようとはしない。

 

「ちょっと待ちな! スパーダ! 娘っ子!」

そこへ突然、アミュレットのデルフがいきなり大声を上げだしていた。

「ちょっと! 何よ、いきなり」

「あら。今の声、ルイズのそのペンダントが喋っているの?」

今までずっと黙っていたデルフが唐突に喋りだしたので驚くルイズ。カトレアも驚嘆とした様子で横からルイズのアミュレットを眺めていた。

「おうよ。俺はデルフリンガーっていうんだ。よろしくな、娘っ子の姉ちゃん」

「はじめまして。私はカトレアと言います」

しかし、カトレアはそれ以上は大して驚きもしなかった。

「何なのよ一体! ちい姉さまと気安く話さないでちょうだい!」

「良いじゃないのルイズ。こんなに面白そうな物と話ができるだなんて、滅多に経験できることじゃないわ」

怒鳴るルイズであるが、カトレアは全く気にしていない様子で宥めていた。

「へへっ、そうだろうそうだろう! しかし、娘っ子の姉とは思えないくらい大人しいもんだなあ。あのヒステリーな姉ちゃんと比べたら天と地の差があるぜ」

「ちょ……ちょっと……! そんなことを大声で言わないでよ……! あんた、殺されたいの……!?」

ルイズは慌ててアミュレットを両手で強く握り締めて覆い隠すと、周囲をきょろきょろと見回す。

今のをエレオノールに聞かれれば、絶対にただでは済まない。

錬金の魔法で分解されるのがオチだ。

(エレオノール姉さまは、いないみたいね……)

幸い、エレオノールは近くにはいないようなのでルイズはホッと安心して両手を開けた。

「……ぷはっ! 何をしやがる! 苦しいじゃねえか!」

「あんたがとんでもないことを言うからでしょうが!」

「ルイズ。ペンダントに怒ったって仕方がないわよ。許してあげて」

カトレアはデルフに怒鳴り続けるルイズを微笑みを絶やさないまま宥め続けていた。

 

「……で? 一体何なのよ。いきなり喋りだすなんて」

「おお! そうだった! おい、スパーダ! その武闘神像とやら、俺っちに破壊させてくれ!」

ルイズが尋ねるとデルフは思い出したようにスパーダに頼み込んでいた。

神像から手を離したスパーダはデルフの方を振り返る。

「俺っちの新しい力を試したいんだ。ガンダールヴの力を試すにはちょうど良いだろう? な、頼むぜ!」

デルフはかなり高ぶった様子ではしゃぎ、スパーダに懇願する。

あのガンダールヴの魔人、サーシャというエルフの力で果たして武闘神像を破壊できるものだろうか。

「良いんじゃない? スパーダ。やらせてあげたら? こいつが壊せなかったら、あなたがやれば良いんだし」

ルイズはとりあえずここはデルフに任せる意向を汲んでいた。

ここで断ればきっとデルフは機嫌を悪くしてしまうだろう。ブツブツと文句を言い続けるかもしれない。

それに自分を守ってくれるガンダールヴの魔人の力をもっと見てみたいという思いもあった。

 

「……お前では無理だ」

しかし、スパーダは冷徹にデルフの願いを突っ撥ねるどころか否定し、断言する。

「な、何だと!? やってみねえと分からないじゃねえか! ガンダールヴの力を舐めんなよ!?」

当然、デルフは納得できないといった様子で声を荒げる。

スパーダがここまではっきりと言い放つことにルイズも呆気に取られていた。

「どうして、デルフじゃ壊せないって分かるのよ?」

ルイズが理由を尋ねるが、スパーダは答えずに腰の閻魔刀に手をかけだす。

「下がれ」

「え、ええ。ちい姉さま」

「何を見せてくれるの?」

スパーダに言われてルイズはカトレアと一緒にスパーダから数メイルほど後ろへ下がっていった。

「お、おい!? 待ちやがれ! 俺っちの出番を奪う気かよてめえ!」

デルフが喚き続けているが、スパーダは気にせず静かに居合いの構えを取る。

数秒の沈黙の後、鋭い煌めきが閃いた。

ルイズはその居合いで武闘神像が真っ二つにされる光景を予想していた。

全てを容赦なく断ち切る閻魔刀の斬撃を見てきたので、今まで通りに問答無用で一刀両断にしてしまうと思っていたのだ。

「あれ?」

「おお?」

ルイズとデルフは呆けた声を漏らしていた。

閻魔刀の刃が武闘神像に触れた途端に鋭い衝撃音が轟き、何と閻魔刀が逆に弾き返されていたのだ。

 

『我は戦いを司る者。疾風をまといし華麗なる技のみが我を打ち砕く』

 

「あら、喋ったわ」

武闘神像からは威厳に満ちた声が頭の中に響いてきたのである。ルイズはもちろん、カトレアはその不思議な光景に目を丸くしていた。

スパーダは閻魔刀を手元で器用にくるりと一転させて鞘へと収めると、ルイズ達の元へ歩み寄ってくる。

「どういうことなの?」

「お前さんでもぶっ壊せねえみたいだな。どういうこった?」

まさかスパーダが破壊できないとは思っておらず、ルイズとデルフが尋ねてきた。

「今聞いた通りだ。あれは私でも破壊はできん。風の力を宿した技でなければ破壊は無理だ」

武闘神像を顎で指しながらスパーダは言った。

武闘神像は力で破壊するのではなく、熟練した華麗な技を叩き込んで力を示さなければ如何にスパーダと言えど破壊はできない。おまけに破壊するための条件まで選んでくるのである。

その破壊するための力が神像に適合しなければ、今のように拒絶されてしまうのだ。

「それじゃあ、デルフでも壊せないってこと?」

「そうだ。お前がこいつを破壊できる風の力を使えるのであれば話は別だがな」

「な、何だと!? ふざけやがって! 俺っち達の力が試すのに値しないっていうのか!? ちきしょーっ!」

デルフは自分の力を試すことができないことに大いに不満を抱き、憤慨していた。

(あの女を試そうとしているのか……)

武闘神像がここに現れているということは、試練を与えるに相応しい強者がこの近辺にいることを意味している。

スパーダはその相手が誰であるかを既に察していた。

疾風どころか烈風をまといし華麗なる技を披露することができる強者は、このラ・ヴァリエールの城にただ一人……あの公爵夫人カリーヌだけである。

 

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