魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 51 <ラ・フォンティーヌの休日>

スパーダがラ・ヴァリエールの城を訪れてから三日が経っていた。

城に滞在するスパーダは昼間はルイズとカトレアの二人と共にラ・ヴァリエールの城の敷地内や外に出て近辺を散歩するのが日課である。

一応、ルイズの従者ということになっているので彼女を護衛するというのが表向きの役目であり、エレオノールにもそう言われた。

実際の所は二人の散歩に付き添っているだけで護衛というほどの堅苦しさはない。しかもどちらかと言えば二人に連れられて領内を案内されているというのが正しい。

「まったく、何で私まで付き合わなくちゃいけないのかしら……」

城内のエントランスをルイズ達と共に歩くエレオノールは渋い顔を浮かべ、頭を抱えていた。

そんな彼女をよそにカトレアは微笑みを湛えたまま、姉妹二人と並んで歩いていた。スパーダは三人の後をリベリオンを背負って付いてきている。

今日はラ・ヴァリエール領内にあるラ・フォンティーヌという場所へ向かうため、エレオノールも同伴することになったのである。

エレオノールはラ・ヴァリエールに戻ってきてからも自室でアカデミー研究員としての仕事に打ち込んでおり、休んでいる様子は無かった。

そのため、カトレアが「せっかく帰ってきたのだからのんびり休んだらどうか」とエレオノールも外出に誘っていたのである。もちろん、エレオノールは最初は断ったのだがカトレアの押しの強さに負けて渋々と付き合う破目になったのだ。

「カトレア……あなたもそう滅多に外を出歩くものじゃないわよ。自分の体のことは分かってるでしょう?」

「大丈夫ですわ。日帰りの予定ですから。それにスパーダさんのあの蒼い馬の馬車に乗っていけばすぐに着きますし。また乗せてもらってもよろしいでしょう?」

笑みを絶やさないカトレアはスパーダの方を振り返りながら言う。この城からフォンティーヌまでは馬で数時間ほどだ。

「ああ」

「あなたの従えているっていうあの使い魔……一体何なのよ? あんな幻獣、私は見たことないわよ」

頷くスパーダにエレオノールは顔を顰めながら尋ねてきた。彼女にとってはあのゲリュオンが一体どういった存在なのかが気になるようだった。

馬型の幻獣でポピュラーなのは一角獣のユニコーンや翼を生やすペガサスであるが、炎を纏う蒼ざめた巨馬などというのはエレオノールにとっては未知な存在でしかない。

(悪魔だなんて正直に言ったらどうなるものかねえ。きっと、ぶったまげるぜ?)

(そうよね……エレオノール姉さまって、悪魔なんて直に見たこと無いでしょうし……)

デルフとルイズはそれぞれ想像を膨らませる。下手をすれば卒倒してしまうかもしれない。

正確には二人の悪魔とエレオノールは直接話もしており、今も目の前にいるのだが、本人はそのこと自体に気がついていないのだ。

「知りたいなら、自分で調べるといい。命を捨てる覚悟があるならな」

スパーダは冷たくそう言い放った。

「……悪いけど、私はそこまで馬鹿じゃないわ。確かに興味はあるけど、あの馬がドラゴン並みに恐ろしいってことは見ただけで分かるわよ」

主であるスパーダ以外が下手に触ろうとすればそれだけで他の者は容易く蹴散らされるであろうことはエレオノールも理解していた。

「お姉さまもお乗りになります? 乗り心地が良いですわよ」

「良いわよ、私は……」

カトレアに勧められてもエレオノールはきっぱりと断る。あの巨馬はどうにも乗りたいという気はしないのだ。

「ところでルイズ。あなたがこの城に戻ってきたのは何も休暇で怠けるためではないのよ。明日には父様がお戻りになると、先ほどトリスタニアから手紙が来たわ」

「父様が?」

「そうよ。いい? 父様が戻られたら、母様と一緒に色々と説教をしますからね。覚悟しておくことね」

厳しい表情のエレオノールのきつい言葉にルイズは俯いてしまった。

いよいよ、明日は自分のこれまで行ってきたことを色々と言及されることになる。きっと母は無断でアルビオンへ渡ったことやタルブでの戦に参加していたことについて厳しく叱ってくることだろう。その場面を想像するだけで、今からでも恐怖が湧き上がる……。

(でも、母様も褒めてくださるわよね……魔法が使えるようになったことは……)

だが、同時にルイズは今の自分の成長ぶりを母に直接見せてあげたかった。

さすがに虚無の担い手であることまでは話すことはできないが、コモン・スペルとはいえようやくまともな系統魔法が使えるようになったことだけでも家族全員に報告できるのは良い機会だ。

父は魔法が使えるようになったルイズの成長を喜んでくれたのだ。母も多少なりとも褒めてくれるかもしれない。

そして何より、二人の姉にも自分の成長を直接見せて驚かせてやりたいのだ。まだ、カトレアにも魔法が使えるようになったことは話していない。

(そういえば母様、一体何が気になっているのかしら)

先日、スパーダが言っていたことを思い出す。母はルイズとは何か別のことに対して関心を寄せているようであるが、それが何なのかは分からない。

母の心には今、どのような思いがあり、何を一番気にしているのかがルイズも気になって仕方が無かった。

デルフにそのことを先日相談もしてみたが、「スパーダのことを警戒してやがるな」と述べてきた。

(まさか……いくら何でもそれはあり得ないわよね。いくら母様でも、スパーダが悪魔だって見抜くなんてことは……)

母・カリーヌがどういった人物であるかを知っているルイズであるが、さすがにスパーダの正体を一目で見破るなんてことはないと考えていた。

人間の姿を取っている時のスパーダはどこからどう見ても人間そのものであり、悪魔としての本性や気配を完全に隠しているのだ。見ただけで正体を見破るなんて不可能である。

 

城の外へと一行が出てくると、入り口では既に馬車が用意されていた。

カトレアや彼女のペット同然の動物達の乗る専用の馬車まである。中ではその動物達が自由に寛いでいる様子が窓から覗き見ることができた。

「みんな。今日は一緒に乗れないの。だから仲良く、大人しくしていてね」

スパーダがゲリュオンを召喚している間、カトレアは馬車の扉を開けて中にいる動物達に語りかけていた。

 

――ヒヒィーーーンッ!!

 

力強い嘶きがラ・ヴァリエールの城中に行き渡るほどに響く。

呼び出されたゲリュオンはその巨体の前足を持ち上げ、そして一気に蹄を地面に叩きつける。

「きゃっ!」

大地を揺るがす衝撃にエレオノールはよろめいてしまった。

「スパーダ! もう少しあなたの使い魔を大人しくできないの!? まったく!」

「こういう奴だから仕方あるまい」

文句を言うエレオノールだが、スパーダは気にも留めず腕を組んだままその場に佇んでいた。

「とっても元気があって良いですね。あの子達もびっくりしちゃったくらいだもの」

カトレアは荒々しく首を振るっているゲリュオンを見上げていた。

馬車で騒いでいた動物達は今のゲリュオンの気迫と衝撃に驚いたらしく、しんと静まり返っている。

「どうしたの、スパーダ? 早く乗りましょうよ」

ゲリュオンの馬車に乗り込もうとしないスパーダにルイズが呼びかけた。スパーダは何故か庭の遥か先にある城門の方を眺めたままだった。

「我々が出る前に、客人を迎える方が先だな」

「客人ですって?」

ルイズだけでなくエレオノールまでもが怪訝そうな顔をする。

「エレオノールの客だ。奴はすぐそこまで来ている」

「まあ。エレオノール姉さまのお客様がいらっしゃるの?」

目を丸くしてスパーダを見つめるカトレア。エレオノールはますます顔を顰めるばかりだ。

「ちょうど良いから奴もエスコートさせるか」

スパーダはそう言うと、ようやくゲリュオンの馬車に乗り込んでいた。

「何なのよ……」

まったく意味が分からないエレオノールは首を傾げたまま自分の馬車へと乗り込む。

「さあ、ルイズもいらっしゃい」

「はい、ちい姉さま」

カトレアとルイズもゲリュオンの馬車に上がると、座席に腰を下ろしていた。ルイズはちょうどスパーダとカトレアに挟まれる形になっている。

「どうしたの、早く橋を下ろしなさい!」

ゲリュオンを先頭に三台の馬車が城壁までやってくると門が開けられるが、跳ね橋はまだかけられていない。

エレオノールは跳ね橋を動かすゴーレムを操作する、城壁の塔にいる門番に向かって叫んでいた。

「いえ、それが堀の前に妙な男がおりまして」

「妙な男ですって?」

門番からの返答にエレオノールは顔を顰めた。

「きっとエレオノール姉さまのお客様のことですわ。でも、誰なのかしら?」

「スパーダ。そういえばどうして誰かがいるって分かったの?」

(おいおい、娘っ子。こいつが悪魔なのを忘れたわけじゃねえだろ? スパーダが知っていて、あの姉ちゃんの客っていったら一人しかいねえじゃねえか)

「……あっ」

ルイズがスパーダに問いかけたが、デルフの呆れた声が頭に響いてきた。それを聞いたルイズは若干の思考の後、納得したように門の方を注目した。

スパーダは先ほどより門の先から見知った悪魔の気配と魔力の波動をはっきりと感じ取っていたのである。その相手が誰であるかも、先ほどもあれだけ離れていてもすぐ理解することができたのだ。

「構わん。橋をかけろ」

「ちょっと、スパーダ! 勝手なことをするんじゃないの!」

「スパーダさんがこう言っていることですし、お願いできますか?」

門番に命じたスパーダにエレオノールが食って掛かるが、カトレアの言葉でついにゴーレムが動き出し、鎖を下ろして橋をかけ始めていた。

「ちょっとカトレア、あなた何を……! あっ……」

跳ね橋が降りきると、エレオノールはその先にあるものを目にして不機嫌だった表情を一変させていた。

「あら」

「あの人はスパーダの弟子の……」

橋を渡った堀のちょうど向こう側に、一頭の黒い馬とその手綱を引く黒ずくめの男が立っていたのだ。

ゲリュオンの馬車はゆっくりと進みだし、その男の前へと近づいていく。

「やっぱりモデウス!?」

背中まで伸ばした黒い長髪に優しげな風貌の青年は、スパーダの弟子のモデウスだった。

引き連れている馬はかなり上等なものなようで毛艶も良く、体格もしっかりと引き締まっている。

「またお会いしましたね。ミス・ルイズ」

ルイズに軽く会釈をしたモデウスだが、馬車から降りたエレオノールがずかずかとモデウスの前まで歩み寄っていく。

その表情と目つきはいつにも増して険しくなり、モデウスを睨み付ける。

「遅れてしまい、申し訳ありませんでした。エレオノールさん」

「……遅いわ!」

詫び入るモデウスに対してエレオノールは大声で怒鳴りつけた。

「モデウス! 一体どこで何をしていたというの!? すぐ来ると言っておきながら、三日よ!? 三日間も待たせて! 仮にも私が特別に、個人的にとはいえ、ラ・ヴァリエールの従者として認めたあなたが、帰省をする私にエスコートもしないでいるなんて! 本当に良い度胸をしているわ! 良いこと!? 貴婦人っていうのはね、本来ならどんな時でも身の回りの世話をさせる侍従の一人は連れているものなのよ! あなたは平民とはいえ教養はかなりしっかりしているみたいだし、剣の腕もずいぶん立つし、マジックアイテムの知識とかだって豊富みたいで頼りになりそうだから、そこを見込んで専属の従者としてあなたを特別に傍に置いてあげたのよ! 普通だったら、ラ・ヴァリエール家の人間に直接仕えられるなんてこんな名誉なことはないのよ!? それなのにあなたは――」

両手を腰に当てて物凄い勢いと早口でまくし立てるエレオノールであるが、モデウスは困ったような笑顔を浮かべたままでまるで動じていなかった。

「よくエレオノール姉さまにああも平然としていられるわね……」

(マジだな)

未だにガミガミと説教を続けているエレオノールと、黙って叱られているモデウスを見つめてルイズとデルフは呆然とした。自分ならば最初にはもう萎縮してしまっていることだろう。

「あの方がスパーダさんのお弟子さん、ということはあの方も剣士なのですか?」

「そうだ」

興味深そうにモデウスを見つめるカトレアにスパーダは頷いた。

「姉さまも大変な方に恋をしてしまったのね。スパーダさんと一緒で、本当に頼りになりそうな殿方だわ」

楽しげに笑いながらカトレアは二人の悪魔を見比べていた。

「時間の無駄だ。先に行くぞ」

いつまでもエレオノールの説教が終わらないのでスパーダはゲリュオンを走らせだした。ゲリュオンとカトレアの馬車はエレオノール達を残して先に街道を進んでいってしまう。

「あ! こら! お待ちなさい! ……モデウス! あなたも後ろからしっかり付いてきてエスコートしなさい! 遅れたりしたら許さないわよ!」

エレオノールは一方的にモデウスにそう命じると、自分の馬車に乗り込んでスパーダ達の後を追っていく。

モデウスも自分が乗ってきた黒馬に跨り、エレオノールの馬車のすぐ後ろを走っていた。

 

「ううう……まさか、また一人悪魔が増えるとは……奥様、助けて~……」

馬車の一団の頭上を一羽のフクロウが飛び、追従している。

ラ・ヴァリエール家の使い魔のトゥルーカスは泣き言を漏らしつつも、主からの命令を健気に遂行し続けていた。

 

 

ラ・ヴァリエール領内の辺境に位置するラ・フォンティーヌは小さな山と丘に森が広がる土地だ。

カトレアの名の中にラ・フォンティーヌというものがあるが、これは彼女がこの土地の主であることを表している。

「何故、カトレアだけラ・ヴァリエールではないのだ?」

「ちい姉さまは体が弱いからラ・ヴァリエールから一歩も外を出たことが無いの。父様はそれを可哀相に思って、保養地も兼ねて自分の領地を分け与えてくれたのよ」

林道をゆっくり進むゲリュオンの馬車の上でルイズは疑問を述べるスパーダに話をしていた。

「ええ。でも、ラ・ヴァリエールの一部っていうことに変わりはないですけれど。管理の方も実際は父様がしていますしね」

カトレアの言う通り、いくら領地を与えられて形式上は独立したとはいえ、このフォンティーヌもラ・ヴァリエールの中でしかないのだ。

結局の所、カトレアは今でもラ・ヴァリエールから離れることはできないでいるのだ。だが、遠出をしたり外国へ旅行をするには彼女の体はあまりにも弱すぎるのである。

「でも、私はここが好きですわ。動物達とはいっぱい仲良くできるし、新しい友達もできたりしますからね。もうすぐお屋敷に着きますから、そこで一休みしましょう」

それから少しすると、馬車は小高い丘の上で森に周りを囲まれ、ひっそりと建つ小さな館へと辿り着いた。

ラ・ヴァリエールの城と比べるとかなり慎ましく落ち着いた佇まいをしており、ゲリュオンを含めた一行の馬車が余裕で止まれるほどの広さの前庭の中央には噴水が設けられている。

「あらあら。みんな、どうしたの? そんなに怖がるなんて」

馬車を降りていたカトレアは動物達が乗る自分の馬車の中を覗き込んでいた。

そこではいつもはこの庭で好きなように駆け回ったりするはずの動物達が身を寄せ合い、震えている。

(そいつらはな、スパーダやあの兄ちゃんが悪魔だって分かってるのさ。動物の本能って奴でな。おまけにこいつまでいるんだから、ビビッて当然だぜ)

「やっぱり、スパーダのあの馬を怖がってるんですわ」

デルフの言葉を聞いたルイズがカトレアに告げる。

スパーダは待機しているゲリュオンの前で腕を組んでおり、モデウスはエレオノールの傍に控えていた。

「大丈夫よ。何も怖くなんかないの。だから安心してお庭で遊んでらっしゃい」

カトレアの優しい言葉を聞いて動物達は戸惑いつつも、ようやく馬車の中から出てくるとそれぞれが思い思いに庭の中を自由に動き回り始めた。しかし、トラやクマといった猛獣達は牙を剥いてスパーダ達を威嚇している。

「これはこれは、カトレア様。それにエレオノール様にルイズ様もよくぞ参られました」

現れた老僕はカトレアが屋敷に滞在していない間、留守を預かっている執事だった。

「こんにちわ。これからこのお庭でみんなとお茶をしようと思っているの。ご用意をお願いできるかしら?」

「かしこまりました」

カトレアが頼み込むと、執事は屋敷の方へ踵を返して戻っていく。

「スパーダさんのお弟子さんのモデウスさん、でしたね? はじめまして、私はカトレアと言います。エレオノール姉さまがお世話になっているそうで」

モデウスの元までやってきたカトレアは彼に挨拶をしていた。道中、馬車の上でスパーダにモデウスについて少し話を聞かされていた彼女は彼にも関心を抱いたのだ。

「カトレア! 私がいつ彼の世話になったって言うのよ!」

「あら、事実そうじゃないですか? だって、姉さまのお仕事のお手伝いをしてくださった方なんでしょう? きっとスパーダさんみたいに、姉さまを守ってくれたんだわ。スパーダさんのお弟子さんなんだから」

その通りである。モデウスはエレオノールがアカデミーでの仕事で調査などをしていた際は護衛として付き従っていたのである。そして、襲い来るオーク鬼などの亜人達をその剣で蹴散らしてくれていたのだ。

魔法は使えても戦闘自体は苦手なエレオノールにとってはモデウスは頼もしい存在だったのである。

「それに、お仕事以外でも何かお世話になったりしてることでもあるんじゃないかしら?」

「な……! そ、そんなわけないでしょう……」

バツが悪そうに顔を背けるエレオノール。初対面の時の失態と醜態だけはもうこれ以上、思い出したくなど無かった。

「ぷぷっ……」

(ヤケ酒して酔い潰れて、兄ちゃんに介抱されたのはどこの誰だったっけなあ?)

エレオノールの醜態を知っているルイズは彼女に気づかれないように顔を背け、密かに噴き出していた。

「エレオノールさんには僕もお世話になっていますよ。まだこのハルケギニアにやってきてそう長くなくて、エレオノールさんと一緒にいることでハルケギニアのことが色々と勉強できます。本当に助かりますよ」

「そ、そうよ……感謝なさい。ラ・ヴァリエールの人間が平民を直接雇って傍に置くなんて、普通じゃ有り得ないことなんだから」

エレオノールは顔を顰めつつもほんのりと顔を赤く染めてモデウスをちらりと横目で見ていた。

「姉さまのことはこれからもよろしくお願いしますわね。こうは言っていますけど、本当はモデウスさんにとっても感謝しているはずですから」

「カトレア!」

エレオノールが顔を真っ赤にする中、微笑みを浮かべるカトレアにモデウスは小さく頷く。

 

「あ、スパーダ。どこへ行くのよ?」

それまで二人の姉妹の会話を傍観したり周囲を見回していたスパーダは突然、一行の元から離れて噴水の方へ移動しだしていた。

「あ……」

「あら? いつの間にあの像が……」

ルイズとカトレアが目にしたのは、噴水の前に堂々と置かれていた砂時計を掲げる黄金の像だった。

つい先ほどまであそこには何も無かったはずなのに、何の前触れもなくいきなり一行の前にその姿を現していたのである。

「ああ。時空神像ですね」

「な……! 何であれがこんな所に!」

エレオノールは唐突に現れた時空神像を目の当たりにして驚愕すると同時に、不快感を露にしていた。

彼女にとっては自分の醜態と失態をルイズらに暴露させた忌々しいマジックアイテムでしかない。

「ちょうど分身が気紛れでここに作られたばかりだ。珍しいものが見れたな」

時空神像は世界の各所に自分の分身を作り出してはその近辺で起きた出来事を傍観している。

大体はいつの間にか何も無かった場所に気づかれることなく置かれているのだが、分身が生み出される瞬間を目の当たりにするのは非常に稀な出来事である。

「まあ。あの神様の像は一つだけじゃないのね」

「はい。魔法学院にもこれと同じ像があるんですよ」

嘆息するカトレアにルイズはしたり顔で話す。

「こんな忌まわしい像なんて、今すぐにどこかへやりなさい! 見たくもないわ!」

エレオノールは憤慨して時空神像に杖を突きつけた。

「何かこの像に嫌なことでもあったんですか?」

「ああ……その……」

「おちび! 余計なことを言うんじゃないの! 忘れなさいって言ったのに、まだ覚えてるの!?」

「ひだだだ! いぃ~~っ!」

首を傾げるカトレアに話そうとするルイズの頬をエレオノールが抓り上げる。

「このレッドオーブを捧げることで色々なことができますよ。簡単なマジックアイテムを作ったり、錬金術を行ったり……」

「それでこの間、スパーダさんがマジックアイテムを作っていたのね。本当に不思議な神様の像だわ……」

懐から数個の小さなレッドオーブを取り出し説明するモデウスにカトレアは納得して頷く。

「うう……ちい姉さま?」

「何やってるの? カトレア」

ようやく解放されたルイズが頬を押さえる中、エレオノールと共に目を丸くした。

時空神像の前に立ったカトレアは両手を胸の前で組むと、静かに祈りを捧げていたのだ。

前にもスパーダと初めて会った際に彼女は時空神像に向かってこうして祈っていたのである。

「お祈りです。私、この像を見かけた時にはこうしてお祈りをすることにしていますから」

目を瞑ったまま祈り続けるカトレアはそう告げていた。

「やっても意味はないぞ」

「良いんです。たとえ気休めでも、祈りたい思いがあることを忘れないようにしたいんです」

スパーダに釘を刺されてもカトレアは祈りを続けていた。

「何をお祈りしているんですか?」

「それは秘密よ。ごめんなさいね」

「気になりますわ! ちい姉さまがどんなお祈りをしているか、教えてくださいな!」

敬愛するカトレアが一体何を願っているのか、ルイズは強い関心を抱いていた。

「……そうね。これだけなら言えるわ」

数十秒の祈りを終えたカトレアは笑顔を浮かべてルイズを見つめる。

「今、わたしが一番望んでいることが、いつか叶いますように……そうお祈りをしていたのよ」

「ちい姉さまがしたいことって、何なのです?」

「ふふふっ。内緒」

「ずるいですわ! そこまで言って内緒にするなんて!」

ルイズはカトレアに抱きついて駄々をこねる。

「でも、大したことじゃないのよ。誰だって普通はできることなんだから。ルイズだってできることなのよ?」

(あたしにできて、ちい姉さまができないこと……)

ルイズはカトレアが一体、どのような望みを心に抱いているのかを想像しようとしたが、即座にそれが何であるかを容易に思い描くことができた。

(ちい姉さまが望むことと言ったら、一つしかないじゃない。……きっと、自分の体のことなんだわ)

カトレアは生まれつき体が弱く、ルイズが生まれた頃には既に病弱の身となっていた。

医者に見てもらっても原因は全く分からない。スクウェアクラスの水魔法や薬を試してみても、一時的に緩和はできてもすぐにまた症状は悪化してしまう。

この奇病のせいでカトレアは魔法を使っただけでも激しく咳き込んでしまう。体力を消耗するような行為は命に関わり、おかげでラ・ヴァリエールから一歩も外に出ることができないのだ。

ルイズはカトレアのことをいつも不憫に思っていた。

(ちい姉さまは……いつか病気が治ることを祈っているのね)

カトレアは気休めと分かっていても、いつか健康になって自由に外の世界を歩き回りたいと願っているに違いないのだ。

それはルイズ自身が望むことでもあった。

「ルイズもエレオノール姉さまもお祈りをしたらどうかしら? もしかしたら、いつかお願いが叶うかもしれないわ」

「はい……」

「良いわよ、私は」

エレオノールは断ったがルイズは時空神像に祈りを捧げることにした。

(ちい姉さまの病気が……いつか治りますように……)

昔から望んでいた願いの一つを、強く心の中で思い続ける。

「スパーダさんとモデウスさんも、何か願い事はないんですか?」

「……いいや」

「祈るほどのものでもありませんよ」

祈りを捧げる二人の姉妹を見届けていた二人の悪魔は首を横に振っていた。

 

 

ラ・フォンティーヌからヴァリエールの城へ戻ってきた夜、モデウスはスパーダに与えられた部屋を訪れていた。

エレオノールの従者であるモデウスは彼女の仕事の補佐をすることになり、エレオノールの自室にも招かれていたが、今は時間が空いていた。

ヴァリエール家の面々は晩餐の席で夕食を嗜んでいる最中だが、同伴が許されていたスパーダとモデウスは今回それを辞退したのだ。二人だけで話し合うことがあるからである。

「兄は……どうやらアルビオンという場所にいるみたいなんです」

肘掛のついた小さなソファに腰掛けるモデウスは同様に大きなソファーにもたれ掛かるスパーダに語る。

スパーダはワインが注がれたグラスを手にし、それを軽く燻らせていた。

「兄のことですから、恐らく強い敵を探し求めてそこへ向かったのでしょう。願わくば、あなたとまた剣を交えることを望んで……」

モデウスが旅の道中、悪魔達の間で交わされる噂話から得た情報だ。そして、双子の兄の性格をよく知るモデウスは兄の目的も理解していた。

「奴のことだ。レコン・キスタに属するような真似もせんだろう」

弟子のことを知るスパーダもまた、バアルがどういった悪魔であるかを知っている。

バアルは何者にも使い走りにされず、如何なる上級悪魔であろうとその軍門に下ることはない一匹狼だ。

それはたとえ相手がスパーダであろうと例外はないはずである。あくまでも自分の意思だけで戦う。

「もし兄と会ったら……やはり?」

「お前とて、今からでもそれを成したいのだろう?」

再び相見えたその時には、また剣を交えよう。

それがモデウスとバアル、双子の弟子とかつて交わした約束だ。

「我々兄弟があなたと誓ったことです。三人揃った時にその誓いを果たすことにしますよ」

「そうか」

スパーダはワインを一口すすると、グラスをテーブルへと戻していた。

一度は剣を捨てていたとはいえ、モデウスは生粋の剣士だ。本心では生き甲斐でもある剣を存分に振るいたいはずなのだ。

それこそバアルがスパーダやそれに匹敵する強者と戦うことを求めているのと同じように。

「そういえば、一つ耳に入れてもらいたいことが……」

「何だ」

モデウスも自分の前に置かれていたワインの酌まれたグラスを手にしてそれを口にする。

「あなたがかつてテメンニグルの塔に封じた悪魔についてですが……」

「まだ会っていないのが三体いたな」

残るはベオウルフにアグニ、ルドラの三体の上級悪魔達だ。他の面々がこうしてスパーダと共にいる以上、このハルケギニアにいる可能性は高い。

「どうやらベオウルフが最近になってこの世界を訪れ、あなたを探していると……」

「ほう」

あまり関心も無さそうに話を聞きながらスパーダはテーブルに立てかけていたネヴァンの鎌を床に立て、ハープに変形させるとその弦を軽く指で弾く。

スパーダは演奏ができないため、ただ弾いて音を出すだけだ。

ネヴァンはこのハープを華麗に弾きこなす。この数日の夜中、この部屋で実際に優雅に弾いて見せていた。

「悪魔達の話によれば、ベオウルフはあなたのことを今でも異常なまでに憎んでいたそうです」

「だろうな。だが、立ち塞がるのであれば退けるまでだ」

かつてベオウルフと一戦を交えた際、スパーダはあの豪腕の悪魔の片目を潰したことを覚えている。

ベオウルフが執念深い悪魔であることを知っているスパーダは、たとえ両目が潰されようとも諦めずに自分に復讐しようとすると睨んでいた。

憎しみを抱く相手の匂いまでも覚えていられるベオウルフは倒された際、こう言っていた。

 

――裏切りの匂い……我は忘れぬ……! 幾千年の時が経とうとも、貴様を殺すまで追い続けてやる……!

 

あそこまでの憎悪をスパーダに抱き続けていたベオウルフは、他のテメンニグルの悪魔達のように同志とするのは不可能であることは明らかだ。

怒りと憎悪をぶつけて戦いを挑んでくるというのであれば悪魔の魂を屈服させ、敗北を認めさせるまで叩きのめすだけである。

「ところで師よ。あのフクロウですが……」

「ああ。ここの公爵夫人が放った使い魔だ。我々を監視している」

スパーダもモデウスも、昼間の時から自分達を監視している者の存在に感づいていた。

一羽のフクロウがルイズ達と外出していた際、ずっと頭上を飛び回っていることなどお見通しだった。

「公爵夫人に? それでは、我々を……?」

「まず間違いなく我らの正体に気づいている。何故、放置しているのかは知らんが……」

カリーヌ公爵夫人の真意などスパーダにとっては今はどうでも良いことである。あくまで警戒をしているだけで手出しをしようとする様子はない。

「杖を向けてくるのであれば、相応に相手をしてやる」

ネヴァンを置き、ワイングラスを再び手にするとその中身を一気に飲み干す。

明確に敵意を向けてきたのであれば、自らの力を持って剣と杖を交えるだけである。

もっとも、彼女の秘めたる力はスパーダも認めるほどのものだ。全力を持って彼女の相手をしようと考えていた。

「邪魔だと言うならここを去るだけだ」

パートナーであるルイズにとっては故郷であり、帰るべき場所であるが、スパーダは完全に部外者に過ぎない。

目障りだと相手が言ってきたのであれば、その時は躊躇もなく魔法学院へ戻ることも決めていた。

 

 

この日もルイズはカトレアの部屋で彼女と一緒に眠ることにしていた。

ルイズはベッドの中でカトレアに寄り添い、姉は妹を優しく抱きしめる。ルイズが幼い頃は一人だと寂しくて眠れず、こうしてカトレアに抱かれては彼女の話を聞いては眠っていたものである。

「また聞こえるわね。ルイズ」

うとうとと浅い眠りの中にいたルイズの耳に、ふと奇妙な音が届いてくる。

この三日間ずっと、夜中になるとどこからともなくハープの音色が聞こえてくるのだ。

優雅で、そして落ち着きのある美しい音色は不思議とルイズをより深い眠りへと誘うのである。

「もしかしてこのハープの音、スパーダさんが奏でているのかしら。とっても綺麗な音ね……」

「あの野郎がそんなことできるとは思えねえけどなあ。ま、この音は奴のいる所から出ているのは確かだろうけどな」

ルイズとカトレアだけしかこの場にいないためか、ベッドの傍のテーブルに置かれたアミュレットのデルフは遠慮なく喋っていた。

「あら? それじゃあどうして?」

「……たぶん、スパーダが持ってきているマジックアイテムですわ。この音を出す品が確かあったかと……」

ルイズはこの音の正体を即座に理解できていたが、不愉快な顔を浮かべていた。

スパーダは女悪魔ネヴァンが姿を変えたというハープを持っていたはずである。そのハープが元の姿に戻り、自分の力で生み出したハープを奏でているのだろう。

だが、ネヴァンが今スパーダの部屋にいるということがルイズには気に入らなかった。スパーダに色仕掛けをしたりして誘惑しているのではないかという考えが浮かんでいた。

もっとも、スパーダのことだからネヴァンの誘惑など無視していることだろうが。

「ふうん。そうなの。それじゃあ何でルイズはそんなに機嫌が悪いの?」

「そ、そんなことないですわ……」

ルイズの態度から気持ちを見抜いたらしいカトレアに顔を背けてしまう。

しかし、カトレアはふふふ、と笑うだけでそれ以上の詮索はしなかった。

(あの淫売女がいるんだろうさ)

さすがにスパーダの秘密に関することだけはデルフも口にはしない。

「ねえルイズ、デルフさん。スパーダさんって、どう思う?」

「どうって?」

「あなた達はスパーダさんと一緒にいたのでしょう? 今まで一緒にいて、何か感じたこととかはない?」

唐突な問いかけにルイズは呆気に取られた。

パートナーとして共にあった魔剣士スパーダは冷徹な悪魔、とも言うべき存在だ。

寡黙でつっけんどんな態度を取ることが多いが、的確な助言でルイズ達を導き、助けてくれた。

そんな彼に父親のようなものをルイズは感じ取り、惹かれてもいたのである。

「クールに気取っちゃあいるが、意外とジョークも口にすることもあるしな。見た目ほど冷酷ってわけでもねえわな。人使いは荒いけどよ……」

けらけらとデルフは笑いながら言った。

「ちい姉さまはどう感じているのです?」

「わたし? そうね……わたしがスパーダさんを見て思ったことはね……」

小さなため息をつき、カトレアは天井を見上げていた。

「寂しそうな人……って感じたわ」

「え?」

「はあ?」

カトレアの呟いた言葉にルイズとデルフは呆然とした。

「スパーダさんはああして何でも無いように振舞っているけれど、心の中では何か満たされないものがあるのよ。あの人は何か大切なものが自分には無いせいで、とっても切ない思いを味わっているの。……私にはそう感じられたわ」

「そうなんですか……?」

今までずっとスパーダと共にあったとはいえ、普段の態度からそのような思いを抱いていることなどルイズにはまるで分からなかった。だが、カトレアはスパーダからそうした印象を感じていたのだろう。

「あの人が領主をしていたっていう、フォルトゥナのことかしら。故郷のことでも考えていたのかしら? 故郷に大切な人がいるとか……」

「確かにそうですわ。彼はとある事情があって、故郷に帰れなくなっているんです」

「ああ。ま、色々あったらしくてな。そこら辺は聞かないでおいてくれや」

ましてやその故郷が魔界であり、彼が悪魔であると知られるわけにもいかないのでそう話すしかない。

スパーダとて自分の故郷である魔界に対する思いは捨てきれていないのだ。それで望郷の思いを抱いてしまうのも分かる気がする。

「そうなの……わたしにはそこまで話してくれなかったから。悲しいことね……」

カトレアはスパーダに同情しているのか、切なそうな顔を浮かべる。

「でも、それだけなのかしら……何か、もっと大切なものが欲しいんじゃないかしら」

「大切なもの?」

「ええ。わたし達にはあって、あの人には無いものが……」

一体それは何なのだろう。ルイズは思考を巡らせて色々な可能性を出してみようとするが、見当もつかない。

「何だろうなあ。奴が欲しがっているものってのは」

「分からないわよ、そんなの……」

しかし、実に気になることだった。非常に謙虚で無欲なスパーダが何かを心の中で求めているなど、想像ができなかった。

「ルイズ。スパーダさんのことをこれからも支えてあげてね。あの人はあなたのことを助けてくれているけれど、あなたも何か彼の助けになれることがあるはずだから……」

「もちろんですわ。わたしは彼のパートナーなんですから」

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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