魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 52 <儚き命の祈り>

ラ・ヴァリエールの城を訪れて四日目の朝、スパーダはこの日もバルコニーでの朝食の席に同伴していた。

モデウスもエレオノールの従者として同伴することが認められ、使用人達に混じって後ろで控えている。

テーブルにはヴァリエール家の四人の女達が席についているが今回はもう一つ、カリーヌ公爵夫人の隣に空いている上座が用意されていた。

ここに座るべき城の主はつい先ほど前庭に着陸した竜籠を降り、もうじきここに現れる。城のメイド達は主が到着してから掃除用具を手にし、慌ただしく動き回っていた。

 

やがてバルコニーの扉が開き、初老の貴族が姿を現す。

この城の主――ラ・ヴァリエール公爵は並んで席についている三人の娘達の顔を見回すと、彼女らの後ろにいるスパーダとモデウスに視線をやった。

静かに腕を組んでいるスパーダは公爵も以前に顔を合わせて話し合っており、モデウスのこともエレオノールが雇っている従者であることはトリスタニアで会った時に知っている。

「遅いお戻りでしたわね。あなた」

「うむ。思いの外、会議が長引いてな」

夫人に声をかけられ、公爵も上座へと腰を下ろしていた。

「まったく、アルビオンのネズミどもめ。女王陛下をかどわかそうとするなど、恥知らずな奴らだ」

公爵は腹立たしそうに顔を顰めている。

「アンリエッタ女王陛下が?」

「まあ……」

エレオノールとカトレアは驚いた様子で公爵を見つめた。

事情を知っているルイズは公爵と同じような面持ちを浮かべている。あの夜に起きた出来事は今でもはっきりと覚えていた。

 

「陛下の身に何かございましたの?」

「アルビオンのネズミが宮廷に堂々と忍び込み、陛下を誘拐したのだそうだ。幸い、陛下はご無事であったそうだが、未だ宮廷内は混乱が続いている」

「何ですって? それは本当ですの? お父様」

夫人からの問いかけに答えると、エレオノールが公爵に嚙みついた。

エレオノールも王宮とは目と鼻の先であるトリステイン魔法アカデミーで勤務していたのに、そのような事件は初耳だったのである。

「まだ公にはされておらんからな。新設の銃士隊の活躍で奪還は成功したと聞いている。だが、ヒポグリフ隊をまるまる失う破目になったわ」

ため息をつきながら公爵は用意されたティーカップを手にし、紅茶を一口啜る。

 

数日前にトリスタニアで起こったアンリエッタ女王の誘拐事件。公爵は事件の翌日に王宮を訪れたことで事の次第を知ったのだ。

それから昨日まで、トリスタニアでの会議に参加していたのである。

「ヒポグリフ隊まで……それでは魔法衛士隊は残るはマンティコア隊だけということなのね」

夫人も深刻そうにため息をつくと、公爵も頷いた。

グリフォン隊は隊長ワルドの裏切りによって形骸化し、挙句にはヒポグリフ隊が敵との戦いで全滅……トリステインが誇る近衛の魔法衛士隊のあまりに無残な有様に二人は頭を痛めてしまう。

「今回の騒ぎのせいでゲルマニアとの話し合いは明後日からに延期された。今後の方針はそれからだな。ワシも陛下に同伴して明日には出なければならぬ」

「また出かけるのですか? 父様」

「うむ。血の気の多いゲルマニアの貴族達の頭を冷やしにな。連中は此度の事件にかこつけて、アルビオンへの侵攻を騒ぎ立てるであろう。それは避けねばならん」

ルイズの言葉に公爵はさらに頷いた。

事実、今回の会議では宮廷内のアルビオン侵攻賛成派の貴族達を抑えるのに苦労したのである。

 

「お前達もくれぐれも気を付けるのだぞ。アルビオンは今や何をしでかすか分からんからな」

「どういうことですの?」

娘達の顔を見回す公爵の言葉にカトレアは目を丸くする。

「連中は艦隊を再編するまで不正規な戦闘を仕掛けてくる。マザリーニを筆頭に、多くの大臣はそう予想した。陛下の誘拐もその一つであるとな」

公爵は顔を顰めながらそう告げると無言のままヴァリエール家の一行を見届けているスパーダを見やった。

「お主の睨んだ通りだったな。フォルトゥナよ」

ヴァリエールの三姉妹はちらりとスパーダの方を振り返っていた。相変わらず、腕を組んだまま冷然とした態度を崩さないでいる。

スパーダはルイズが家族との団欒を過ごせるように、余計な干渉はせずに傍観し続けているのだ。

 

カリーヌは厳しい視線をスパーダに送っていたが、当の本人はそれを感じつつも無視していた。

「どうやら宮廷内にお主の言っていた通りにアルビオンと繋がっている内通者もいるようなのだ。陛下をかどわかそうとした賊を城に招き入れるのを手引きした裏切り者が間違いなくいる」

「そうか」

スパーダがかつて予想していた通りの情勢に向かっていることや、察していた内部の敵の存在さえも確定した。

その先見性には公爵も脱帽するしかない。ルイズも悪魔である彼の鋭さに驚かされるばかりだ。

「あなた……そんなことまで見越していたというの?」

「エレオノール姉様。スパーダだって元は領主なんですよ?」

怪訝そうにするエレオノールだが、ルイズはスパーダのことを誇らしそうに見つめる。

数千年を生き、戦いと策謀に明け暮れていた悪魔にしてフォルトゥナの領主であった伝説の魔剣士なのだ。それくらいのことなど簡単に予見できるだろう。

「それで、その獅子心中の虫をいぶり出すのが今後のトリステインの課題か」

「うむ。そういうことだ。アルビオンの陰謀を防ぐためにも国内の治安維持を強化することも決まった。お前達も不用意な外出をしてはならんぞ」

スパーダの言葉に頷き、公爵は娘達の顔を見回して忠告する。

敵はこれから一体、どのような策を仕掛けてくるのか分からない。しかもその敵は味方の中にさえ存在する。

様々な脅威が密かにトリステインを侵そうとしている以上、それらを何としても退け、取り除かなければならないのである。

ましてや、敵は悪魔などという恐ろしい存在と手を組んでいるのだから。

 

「特にルイズ。アルビオンとの一件が済むまでお前はこの城を出ることは許さん」

「そ、そんな! どうしてですか? 父様!」

いきなりの父からの命令にルイズは戸惑うが、公爵は厳しい顔で娘を見つめていた。

「いいか? お前は危うく命を落としかけていたかもしれんのだぞ。女王陛下の命があったとしても、陛下のお力になりたいのだとしても、ワシは娘を危険な死地へ送り出すことは絶対に認めん」

厳しいながらも、そこには一人の父親としての娘への思いが込められていた。

公爵は大切な我が子である三人の娘達が何よりも心配なのだ。特にルイズは戦時中だったアルビオンへ潜入した挙句、タルブでの戦にさえ家族に無断で参加したのだから余計である。

 

「そうよ! 母様も言ってあげて! もう家で大人しくしていなさいって! この子ったら、いくつになっても私達に心配をかけるんだから!」

エレオノールも便乗してルイズを責め立てる。

二人から同時に言われてしまい、ルイズは萎縮してしまう。

この時が来ないことを予想しなかった訳ではない。エレオノールも度々宣告していた両親からの叱責は覚悟していたものの、ついにその時が訪れるとなると、もう緊張と恐怖でいっぱいだった。

特に、ルイズが一番恐れる母に何と言われるか……。

「で、でも、何もずっとこの城にいるなんて……学校だってあるのに……」

「どうせ『ゼロ』のあなたが魔法学院にこれ以上いたって、何にもならないでしょう? それとも魔法の一つを成功させたことがあるの?」

エレオノールのその言葉にルイズはキッとした表情になり、彼女を睨みつけた。

実の妹に対して彼女は今までずっと、このようにして馬鹿にしてきたのだ。魔法が使えないゼロのルイズ、と。

だが、もう自分は今までの自分ではない。それを今、家族の全員に示す時が来たのだ。

 

「何をする気? ルイズ」

「ルイズ?」

杖を取り出すルイズにエレオノールとカトレアは戸惑いの声を漏らす。

ルイズは正面に座る父と、後ろのスパーダへそれぞれ視線をやった。公爵は今までの厳しい表情を僅かに和らげ、スパーダはいつもと変わらない表情で頷いている。

息をつき呪文を唱え、テーブルに乗る自分のティーポット目がけて杖を振り下ろした。

ティーポットはふわりと宙に浮き上がり、ルイズの意思によって操られ、自分のティーカップにゆっくりと紅茶を注いでいく。

さらに元あった場所にちゃんと戻すと、静かにルイズは杖を下ろしていた。

「まあ、ルイズ! あなた、魔法が使えるようになったの?」

「はい! ちい姉さま!」

笑顔で褒め称えるカトレアにルイズも満面の笑みで応える。

エレオノールもカリーヌもルイズが魔法を使うという光景に目を丸くして驚いていた。

彼女らの記憶ではルイズは幼い頃からコモン・スペルさえ成功させたことがなく、いつも失敗ばかりで爆発しかしたことが無かったのだ。

そうしてついてしまった『ゼロ』のルイズというあだ名をつけられたルイズ。その彼女が今、間違いなく魔法を成功させたのである。

公爵はそんな娘の成長した姿を見て満足そうに口元を緩めていた。

 

「魔法がちゃんと使えるようになったなら、どうして教えてくれなかったの?」

「ちい姉さま達を驚かせたかったんです。わたし、もうゼロのルイズなんかじゃ無いってことを!」

ルイズは自分の成長を一番見せてあげたかったカトレアに示すことができたのが何よりもの喜びだった。

事実、カトレアはルイズの成長を認めてくれて、父と同じように喜んで受け入れてくれている。

報告したかった家族の一人である母カリーヌはと言うと、父やカトレアほど驚いたりすることもなく凛然とした表情を崩さずに見守っていた。

「コモン・マジックなんて初歩中の初歩でしょう! そんなのはメイジなら使えて当たり前です! 大体、他の系統魔法はどうだと言うの!?」

しかし、エレオノールはルイズの成長を認めてはくれなかったようだ。まなじりを決して逆に怒り出している。

そこまで言われてしまい、ルイズは俯いてしまった。他の系統魔法は使うことができないのは事実だった。

「ほらご覧なさい! コモン・スペルを使えるようになったくらいでいい気になるんじゃありません! 他の系統魔法を使えないようじゃ、『ゼロ』であることに変わりないわ!」

実の所、自分が目覚めた系統については家族にさえ口にはできなかった。

伝説の、虚無の系統だなんて知ったらきっと即倒してしまう。

いくら頑張ったとしても、自分の本当の力と成長を家族に話すことさえできず、認めてくれないのだ。そう思うと、悲しくなってしまう。

「姉さま、そんな言い方ひどいわ。せっかくルイズがちゃんとがんばって魔法が使えるようになったのに」

「エレオノールさん。さすがに言い過ぎでは……妹さんは自分の成長した姿をあなたにお見せしたかったんですよ?」

「あなたはお黙りなさい、モデウス! これは私達、家族の問題なの!」

カトレアはおろかモデウスまでもがルイズを擁護するが、エレオノールはぴしゃりと撥ね退ける。

ルイズは自分の成長をエレオノールに否定されたことで沈み込んでしまっていた。

 

「……とにかくルイズ、お前には謹慎を命ずる。そうだな、この機会に婿を取るといい。お前はワルドとの一件で心が乱れておるのだ。婿を取れば心が落ち着くことだろう。魔法学院へはワシが話をつけておこう」

コホン、と咳払いをした公爵は気を取り直してルイズに告げる。

「そうよ! この子を落ち着かせるならそれが一番良いわ! ルイズ! あなたはもう結婚しなさい! 父様、アルベルト男爵家の次男とかどうかしら? ラ・ヴァリエール家の娘に相応しい貴族と結婚させないと……」

「け、け、け、結婚!? あたし、まだ結婚なんて……!」

エレオノールにまでそのような話を切り出されてルイズは戸惑った。

「お黙り! あなたみたいな落ち着きのない子はね、ちゃんと婿を取ってラ・ヴァリエールの娘として相応しいレディになるのが一番なの! 分かった!?」

反論しようとするルイズをさらにエレオノールは怒鳴りつけるが、そんな彼女を黙らせる者がいた。

「そう言うあなたはどうなのかしら? エレオノール」

「え?」

ずっと黙っていた公爵夫人の一声にエレオノールは呆然と母を見やった。

見れば、カリーヌは夫の公爵よりも厳しい表情でエレオノールを睨んでいたからだ。

母から射るような視線を向けられてしまい、今までルイズにも見せたことがないほどにエレオノールは竦んでいた。

 

「あなたこそ、自分の立場が分かっているの? この間のバーガンディ伯爵との縁談……取り止めになったのを忘れたのかしら」

「う……」

その話を持ち出され、エレオノールは何も言えなくなってしまう。

これまでに数多くの貴族の殿方達と縁談が持ち上がっていたが、どれも最終的には破局……破談となっていた。しかもその誰もが「もう限界」と言い残すのである。

御年27歳。この歳にもなって未だ結婚ができない女は、ハルケギニアの貴族の娘としては完全に結婚の適齢期を過ぎている枯れた女に等しかった。

「自分のこれまでの不始末を棚に上げて、ルイズにそのようなことを言う資格はあなたにはありませんよ?」

「か、母様……でも私は……」

「あなたという子は、いつまで経っても殿方に愛されることなく逃げられてばかり……私のこれまでの教育が足りなかったようね」

反論も許さないほどの威圧感に満ちたオーラを発するカリーヌに、エレオノールは何も言えない。

それどころか、ルイズも、カトレアも、周りの使用人達も、果ては公爵さえもカリーヌのその姿に息を呑んでいた。

スパーダとモデウスも動じはしないものの、彼女から視線を外さないでいる。

 

「この機会に、私がしっかりとあなたに貴婦人としての教育を一から叩き込んであげます。良いわね?」

「そ、そんな! 母様……! 私は……」

「Shut up! Iron maiden!(お黙りなさい! 鉄の処女!)」

エレオノールの反論をカリーヌは異国の言葉を持って撥ね退けた。

鉄の処女エレオノール。それはトリステイン貴族の間でエレオノールに対して密かに囁かれている蔑称だった。

淑女とは程遠いその高慢さと激しい気性、そしてラ・ヴァリエール公爵家の娘としてのプライドも非常に高いことも相まってエレオノールは生まれて一度も、恋人の一人作ることができずにいたのである。

あの女は絶対に嫁にはもらいたくない、とまで陰で言われてしまうほどにエレオノールは男達からの評判が悪かった。

そうしてつけられた二つ名が、凄惨な拷問器具と同じ名だったのである。

 

(鉄の処女ねえ。言ってくれるじゃんか)

「母様、父様。ルイズもエレオノール姉さまも、いきなりそんなことを言われても困ってしまいますわ」

困惑する二人の姉妹を見てカトレアが宥める。

公爵と夫人はその言葉にお互い苦い顔を浮かべてしまう。

三人の娘達は未だに男運に恵まれていない。それは即ち、世継ぎがいないということであり、ラ・ヴァリエール家にとっては危急の事態でもあった。

「それにエレオノール姉さまだって、新しい恋の一つくらいもうしてるんですから」

「カ、カトレア……!」

続くカトレアの何の前触れもない言葉にエレオノールは慌てふためく。

実家に帰ってきたルイズを自分も両親と一緒に叱りつけてやるつもりだったのに、その矛先が自分に向けられていること自体に困惑していた。

「それは誠かね? エレオノール」

「誰? どこの貴族なの?」

「……ち、違うわ! 恋人なんて……いえ、想い人なんて……そ、そんなのいないんだから!」

両親から追及されてしまい、真っ赤に染めた顔をエレオノールは両手で覆って背けてしまっていた。

 

(うう……相変わらずそんな平然として……馬鹿……)

微かに開いた指の間から覗き見た視線の先に移るのは、従者として傍に置いている黒髪の剣士、モデウスだった。

普段は何食わぬ顔で従者として、そしてその従者を雇うラ・ヴァリエール家の娘として振舞っているというのに、モデウスのことを考えると心がときめいてしまうのである。

今まで数多くの縁談で関わり破局してきた貴族の男達では決して経験できなかったのに、この異国の剣士との交流で初めての胸の高鳴りを覚えていた。

 

「あ……! スパーダ!」

ラ・ヴァリエールの面々がそれぞれ騒いでいる中、スパーダとモデウスはふらりとバルコニーを後にしようとしていた。

「ちょっと、モデウス! どこへ行くの! あなたは私の従者でしょう! お待ちなさい!」

「部屋へ戻る」

「先に研究室へ行って準備をしていますね」

エレオノールが慌てて呼び止めようとするが、立ち止まった二人はそう告げてバルコニーを去っていった。

もう付き合ってられん、とでも言いたそうな雰囲気だった。

 

「スパーダ!」

「モデウス!」

ルイズとエレオノールは名残惜しそうに去っていた二人の悪魔の背中を見届けるしかなかった。

カトレアもスパーダのことを見送って細くため息をついている。

(母様、そういえばどうしてスパーダ達の言葉を……)

ルイズは同じように二人を見送った母カリーヌを見やった。

カリーヌはエレオノールを叱りつけていた時よりもさらに鋭い目つきで睨んでいる。まるでここから出ていけ、と言わんばかりだ。

どうして母はあの二人に対してあんな顔をするのか、ルイズには分からなかった。

そして、そんな母がどうしてスパーダ達が時折呟く異国の言葉を喋れるのか、それすらも不思議に感じていたのだ。

 

 

スパーダは自分に宛がわれた部屋へと戻り、ソファーに体を預けて静かに寛いでいた。

ルイズが家族との団欒を満喫している以上、部外者である自分達があの場にいても大して意味はないのだ。

向こうから用事が無い限り、また彼女に対して何かスパーダが用の無い限りはここにいさせてもらうことにする。

持参したワインボトルを空け、グラスに注いだスパーダはそれを手にしつつもすぐに口にしようとはしない。

「……ひいっ!?」

ちらりと窓の方へ視線をやればすぐ外から素っ頓狂な悲鳴が上がっていた。ここは上階であり、窓の外に人間が立つことはできない。

スパーダの部屋を覗いていたのは一羽のフクロウ、ラ・ヴァリエール家に仕える使い魔のトゥルーカスだった。

朝食の席の時も屋根の上からスパーダとモデウスを見張っていたフクロウは今もスパーダを陰から密かに監視していたのだが……。

 

「お、奥様……! 私はもう限界でございますぅ~~!」

恐ろしい視線で射抜かれ、恐怖に耐えられなくなったフクロウは羽ばたいて逃げ出していった。

ラ・ヴァリエールを訪れた翌日からずっと監視されており、正直目障りだったためにそろそろ追い出そうと思っていた所だったので、少しばかり威嚇してやったのである。

邪魔者がいなくなったため、スパーダは改めてワインを口にして寛いでいた。

ストロベリーサンデーのような甘いものでも一緒に欲しい所であったが、ここにそんな代物は無い以上は妥協するしかない。

 

「開いている」

何もすることがないまましばらくすると、扉がノックされていた。

座ったまま声をかけてやっても相手からは何の返事もこない。とはいえ、魔力を区別できるスパーダはドアの向こう側にいる相手が誰なのかが分かっている。

少しの間の後に扉が開くと、そこには桃色の髪の女性……ルイズではなく、その次姉のカトレアが立っていた。

「お邪魔してもよろしいですか? スパーダさん」

「Yeah.(ああ)」

邪魔するも何も、ここはラ・ヴァリエールの城である。スパーダは客人に過ぎない。

客間に入ってきたカトレアはつかつかとスパーダの隣までやってくると、ソファーに腰を下ろしていた。

 

「何か用か?」

「いえ。ちょっとスパーダさんと二人きりでお話がしたくって」

柔らかな笑みを浮かべながらカトレアは言った。

「ルイズは良いのか」

ルイズはカトレアと一緒にいるのがこの実家にいる間は一番有意義な時間のはずである。

「それがルイズったら一人になりたいって言って拗ねちゃって。きっと今頃、中庭でいじけていますわ。昔から嫌なことがあるとそこに隠れるんです。

ルイズもエレオノール姉さまも大変ですよね。家に帰ってきたら、結婚しろだなんて急に言われちゃって。エレオノール姉さまは想い人なんて絶対にいない、って最後までムキになってましたけど」

苦笑を浮かべてカトレアはどこか他人事のように呟く。

 

「それで、ルイズはここにずっといるつもりか」

「はい。お父様はそう決めてしまったんです。ルイズのことが心配だっていうのは分かりますけど、ちょっとやり過ぎな気もしますわ。これじゃあ牢獄と同じですもの」

結局、ルイズは公爵に謹慎を命じられてアルビオンの脅威が消えるまではこの城に残ることになってしまったのだ。

「あの子ったら色々と私に隠し事をしていたのはびっくりしましたわ。まさか戦に参加していたなんて……それじゃあお父様が心配するのも当然だわ」

「最悪、塔に放り込んで厳重に幽閉してでも娘を守ろうとするかもな」

あまりに過保護が行き過ぎてしまえば愛する娘が傷つくのを極端に恐れるばかりに、娘の意思や自主性などまるで無視してそのような凶行に至ってしまうこともあるのだ。本末転倒も良い所である。

「……万が一そんなことになったら、ルイズを連れてここから逃げてくださいね」

飲み干したワイングラスをテーブルに置き、カトレアを見やった。笑顔を浮かべつつもその表情は真剣だった。

 

「私も戦は感心しません。でも、あの子は小さい頃からのお友達だった姫様の力になりたかったから、あんな無茶なことをしたんだわ。自分の力を必要としている人がいる……そんな人が一人でもいるなら、行かせてあげるべきだと思います。それは私達が決めることじゃありませんから」

カトレアもまた、妹であるルイズのことが心配なのだ。そして同時に、ルイズの意思を尊重しているのだろう。

「それに、鳥籠の鳥みたいに自由に羽ばたけないなんて可哀相ですもの。まだ外でいっぱいお友達ができる年頃なのに」

ふふふ、とカトレアはどこか自嘲が混じった笑みを浮かべだす。

「これからも私の妹のことをよろしくお願いしますね。あの子を守ってあげてください」

「うむ」

スパーダの膝に手を乗せてきたカトレアはふと、テーブルに立て掛けているネヴァンの大鎌へと視線が移っていた。

 

「変わった形のハープ……ひょっとして、これがこの間から音を出していたんですか? 夜中にハープの音が聞こえていましたよ?」

「無闇に触るな。危ないぞ」

下手に魔具に触れればどのような被害が出るか分からない。ここにある品は全てスパーダが手懐けているために深刻なことにはならないだろうが、彼女の場合はそうもいかない。

カトレアはネヴァンに触れようとするのを止めると立ち上がり、客間にある戸棚からワイングラスを手に戻ってきた。

「一杯頂いてもよろしいですか?」

「君は病人だろう」

病人が酒を飲むなんて自殺行為もいい所である。

「ほんのちょっとだけですよ。いくら私だって、お酒が全然飲めないわけじゃないんですから」

カトレアはスパーダの持ってきたワインボトルを手にし、自分のグラスへ僅かな量を注いでいく。

「美味しい……」

グラスを両手で掴み、一口だけ味わったカトレアは嘆息していた。

病人であるはずなのに病人とは思えない仕草のカトレアをスパーダは静かに見つめている。

 

「ところでスパーダさん。あなたに一つだけ聞いておきたいことがあるんです。良いですか?」

「何だ」

グラスをテーブルに置いたカトレアは真っ直ぐにスパーダの顔を覗き込むように見つめてくる。

「あなた、一体何者なんですか?」

唐突な問いかけにスパーダは僅かに眉を顰めていた。

「私に色々言ってくれましたよね? 自分は、東方のロバ・アル・カリイエの、フォルトゥナっていう国の領主様だったって。……あれ、嘘ですよね?」

「だったらどうした」

「何ていうか……この世界の住人とは根っこから違う……私達が生きるのとは違う世界の住人のように思えるの。……スパーダさん。あなたとモデウスさんは人間じゃないでしょう?」

突然すぎるカトレアの指摘にスパーダも表情にこそ表さないが面食らっていた。

 

「驚かせてしまってごめんなさい。私、昔から妙に勘が鋭くって。ルイズが隠し事をしたりしていても分かっちゃうんです」

「人間でなければ何だという」

うーん、とカトレアは顎に指を当てて考え込みだす。

「そうですね……例えば、悪魔……とか?」

そこまで彼女が勘づいていると知り、スパーダの表情は警戒の色を強めた。

公爵夫人と同じく、カトレアはスパーダとモデウスの正体を察しているのだ。

「大丈夫です。誰にも言いませんから。それに私、スパーダさんが何であっても怖くありませんよ。悪魔だって良いじゃないですか」

屈託のない笑みを崩さずにカトレアはスパーダを見つめていた。

確かに彼女はスパーダの本性を見抜いていても、敵意は無いどころか恐怖や動揺したりしている様子は一切ないようだ。

 

「何故そう思う」

「あなた達は人間に危害を加えたりしない……むしろ、人間を助けてくれる良い悪魔なんだわ。私には分かります」

「悪魔は人間を堕落させ、破滅させるためならどんなことでもする。こうして話し合っているのも君を陥れるためかもしれん」

「それはないです。スパーダさんはルイズをこれまでも守ってくれていたのでしょう? それがあなたが悪い悪魔じゃないという証拠だわ」

きっぱりとスパーダの言葉を否定するカトレアにスパーダはため息をつく。

「いいえ……むしろ、あなたは悪魔なんかじゃない。立派な人間です」

「何?」

「あなたはルイズの傍にいてその命を守ってくれたわ。きっと、このハルケギニアへ来る前から、色々な人達を救ってきたのでしょう? もしも本当に悪魔だったら、か弱い人間を守るなんてことは絶対にしないもの」

かつてルイズが口にしたのと同じ、スパーダが人間であることを肯定してくれている言葉をカトレアも述べていた。

おまけにスパーダがかつて行ってきたことまで彼女は見抜いている。とんでもなく鋭い洞察力だ。

 

「人間の心を理解できるのは、同じ人間だけなんです。ですから、人間に理解を示してくれるスパーダさんは紛れもない人間ですよ。悪魔だろうが、亜人であろうが……」

「気持ちだけは受け取っておこう。あいにく、私は悪魔であることに変わりない」

自嘲の笑みを微かに浮かべてスパーダは首を横に振った。

「どうしてそんな風に思うんですか?」

己を否定しているスパーダを怪訝そうにカトレアは見つめている。

「Devils Never Cry.(悪魔は泣かない)」

ルイズに話した時と同じように、スパーダは持論を述べていく。

心を持たない悪魔は決して涙を流すことはない。心を震わせて流れ落ちる涙は他者を想う心と、悲しみの心を持つことができる人間の掛け替えのない宝物である。

故に、心を震わせ涙を流した時こそが人間である証なのだ。

まだ涙を流したことはないスパーダは自分が人間であるとは思ったことはなかった。

 

「……それがスパーダさんが寂しそうにしていた理由なんですね」

スパーダの話を聞いて、カトレアは切なそうな顔を浮かべていた。

「What?(何だと?)」

「初めて会った時に感じていたんです。とっても寂しそうな雰囲気の人だなって……」

そのような印象を彼女に抱かれていたとは思われず、スパーダは呆気に取られた。

「スパーダさんは何か大切なものが自分には無くて、それで心の奥で悩みを抱えている人だって私は感じていたんです」

カトレアはそっとスパーダの頬に手を触れてきた。

「確かに、涙は人間の大事な宝物ですわ。喜んだり、悲しんだりして泣くことができるのは心を持っている人間だけですものね」

スパーダは頬を擦ってくるカトレアにされるがまま、彼女を見つめていた。

「でも、それだけで自分を否定しないでください。その宝物だって、人間の誰もが必ず持っているわけじゃないんですから」

手を離したカトレアは自分の胸に手を当てて頷いていた。

「たとえ涙が流せなくたって、人間らしい心を持っている……そんな悪魔がいたって何もおかしくないわ。あなたが認めなくても、私は認めます。あなたはスパーダという一人の人間であることを」

ルイズと同じく、普段からは想像できないほど熱心に語るカトレアの姿にスパーダは自嘲してしまう。

 

「涙を流せない人はいっぱいいるんですもの……私だって……」

ぽつりと切なそうにカトレアはそう小さく呟くのが聞こえたが、スパーダが視線を戻した時にはもう彼女は体勢を整えて座り直していた。

と、そんな中……。

「ゴホッ、ゴホッ」

唐突にカトレアは激しく咳き込みだしていたのだ。

「大丈夫です……」

「無理はするな。自分の部屋で休んでいろ」

彼女の体は相当に蝕まれているのだ。今ここでこうしているだけでも体力を消耗してしまっているのである。

「良いんです。部屋に戻っても大して変わりませんわ。お薬を飲んだって、症状が良くなるわけでもないんですから」

その自嘲的な言葉にスパーダはため息をつく。

カトレアは原因不明の病に体を蝕まれ、未だに回復の兆しはない。そのせいでラ・ヴァリエールの領地から生まれて一度も外に出たことが無いのだ。

彼女自身も自分を侵している病が治らないことに絶望こそしていないものの、諦めに近い思いを抱いているのだろう。

もしかしたら、既に察しているのかもしれない。このままでいれば、確実に数年以内には死ぬと――

人間であることを否定するスパーダと同じように、彼女もまた自分を卑下しているのだろう。

だが、彼女の病の原因はスパーダには分かっていた。そして、それを解決する方法さえも。

 

「何です? それは」

スパーダが懐から取り出した物を目にしてカトレアは目を丸くしていた。

テーブルに置いたのは、一つの丸い球状のガラス瓶だった。その中には青く輝く液体で満たされているのが分かる。

「君に合うかどうかは分からんがな。気休めでも良いなら飲めば良い。それを持って自分の部屋で休め」

にべもなくそう言うスパーダは自分のワイングラスに手を伸ばし、新たなワインを注いで口にしていた。

カトレアはテーブルに置かれた瓶を両手に包み、中に満ちている青い液体をじっと見つめている。

何らかの薬なのだろうか? しかし、この神秘的な雰囲気の液体を眺めていると何故か落ち着くような気がしていた。

「お言葉に甘えて頂きますわ。時間があったらちょっと飲んでみますね」

笑顔を浮かべて頷くカトレアだが、スパーダはグラスを手にしたまま一瞥することもなかった。

ホーリースター程度では彼女の体を蝕む原因を取り除くことは不可能だ。だが、以前からスパーダが所持していた道具の一つならばそれが可能だった。

魔を祓う神聖なる水が、彼女にとっての特効薬なのである。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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