魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
カトレアに連れられ、スパーダが招かれたのは彼女の自室だった。
スパーダが寛いでいた客間を後にする際に彼女は自分の部屋に招待したい、と突然言い出してきたのである。
自分だけが一方的にスパーダに押しかけてくるのは失礼、ということらしい。
彼女を部屋に送ってやるついでということで、スパーダはその誘いを受けることにした。
「ちょっと待っていてくださいね」
廊下を進んでいき、扉の前までやってくるとその中からは子犬や猫などの鳴き声が聞こえてくる。
鍵を外して中に入っていったカトレアだが、扉が開けられた途端にあれだけ騒がしかった動物達の声が静まり出す。
床を駆け回っていた犬や猫も、飛び回っていた小鳥達も、怯えたように凍りついている。
その視線は、カトレアの後ろに立つスパーダへと向けられていた。
「みんな。この人は全然怖くないの。大丈夫よ」
クマやトラなどの猛獣達は相変わらず唸り声を上げながらスパーダを威嚇してきていた。
今すぐカトレアから離れろ、そう目が語っているのが分かる。
「あなた達もそんな風にしては駄目よ。大人しくしていてね。さあ、どうぞスパーダさん」
猛獣達にも言いつけたカトレアに招かれ、スパーダは彼女の部屋へと足を踏み入れる。
(動物の楽園、か)
まさしくそうとしか言い表せないほどに彼女の部屋は数々の動物たちで溢れ返っていた。
しかし、その楽園の中にスパーダが侵入してくると動物達は次々と部屋の隅へと逃げ去っていき、身を寄せ合って震えていた。
猛獣達だけは逃げずに威嚇を続けているが、それ以上のことはできずにその場で固まっている。
「ごめんなさい。やっぱりみんなスパーダさんのことが怖いみたいで」
カトレアは申し訳なさそうな顔を浮かべると、スパーダから受け取っていたガラス球の瓶をベッド横のテーブルに置いた。
「いつものことだ」
人間界とは違い、ハルケギニアに住まう動物や幻獣達はスパーダのような悪魔の存在を極端に恐れている。
たとえ人間の姿になっていたとしても生まれ持った野生の本能がこの世のものではない異形の存在の気配を察するためにこうして恐怖に慄いてしまうのだ。
「スパーダさんは悪い人じゃないのに……どうして解ってくれないのかしら」
「私が悪魔だからだろう。こいつらにとっては決して変わらぬ真実だ」
スパーダが平然と述べるとカトレアはため息をついていた。
「悲しくはならないのですか。自分が誰かに拒まれるなんて……」
「事実だから仕方あるまい」
如何に人間達を守るために魔界を裏切り、悪魔達と敵対するようになったとはいえスパーダも悪魔であることに変わりはない。
故に人間達がスパーダを悪魔として恐れ、拒絶することも決してあり得ないことではないのである。
事実、過去にはそうした経験も一度や二度ではない。
「ルイズはあなたのことを受け入れてくれているようですけど。あの子、怖がってはいませんでした?」
「驚かれはしたがな。それ以上も以下もない。今の彼女の姿が真実だ」
「でも、きっとあの子があなたを受け入れてくれたのも、スパーダさんのことを心から信じていたからですね」
ルイズはスパーダが悪魔であることを知っているのを話してはいないのだが、彼女はどうやらそのことについて悟っているようだ。
「エレオノール姉さまはモデウスさんを受け入れてくれるのかしら」
「さてな。彼女次第だ」
エレオノールは未だモデウスの正体に感づいてさえいない。ただの平民の従者としてしか認識していないのだ。
正体が悪魔であることを知った時、どのような反応を示し、そしてどのようにして接するかはこれまであの二人が過ごしてきた時間とそれによって築いたであろう信頼にかかっている。
「でも、きっとエレオノール姉さまだってモデウスさんを受け入れてくれるはずですわ。だって、姉さまはモデウスさんのことが大好きなんですもの」
「彼女は良いとして、公爵や夫人が拒めばどうにもならんがな」
娘の想い人が悪魔だった。その事実を両親が知れば、普通は悪魔が忌むべき者とされる以上は断固としてその事実を認めはしないはずだ。
しかも公爵夫人に関しては確実にスパーダ達を排除してでも娘達を守ろうとするに違いない。
「……母様もきっと、スパーダさん達のことに気が付いていますわ。この間、夕食の席でスパーダさんを見た時にあんなに驚いていましたから」
「そのようだな。邪魔だと言うのならここを去るまでだ。迷惑はかけん」
平然と言い放つスパーダだが、その手をカトレアの両手がそっと包む。
「大丈夫です。私達が母様を説得しますわ。スパーダさん達は決して悪い人ではないと」
別にスパーダはそれについて何も感じていないというのに、それでも彼を安心させるかのように柔らかい笑みを浮かべてカトレアは頷いた。
「無理に気は使わなくても良い。どの道、あまり長居をするつもりもないのでな」
「どうしてですか? ルイズが夏休みの間は一緒にいてもよろしいのに」
手を取ったままのカトレアは真っ直ぐとスパーダの顔を見つめてくる。
「これでも私は命を狙われる身だ。いつ刺客が来るとも限らん。奴らが現れそうになったらここを去らねばならない」
「……それって、やっぱり他の悪魔のことですか?」
「……そうだ」
魔界の逆賊であるスパーダは常に他の悪魔達に命を狙われている。故に悪魔達を呼び寄せてしまうスパーダと行動を共にする者にも危険が及ぶことを意味している。
ルイズのパートナーとして彼女を見守ることを決めたとはいえ、それによって彼女の身に危険をもたらし過ぎるようなことになれば彼女の元を離れることも考えなければならない。
魔法学院があるあの場所はどうやら強力な結界で満ちているようであり、悪魔達が直接現れることができないようだが、それでも危険であることに変わりないのだ。
モデウスに関しては元々魔界を裏切っている訳でもないので他の悪魔に目の敵にされたり襲われることはないので心配はない。
「他の悪魔達はスパーダさんが人間に味方をするのを良く思っていないのですね」
「当然だ。本来ならば私の方が異端だ」
「人間には恐れられて、同じ悪魔達からも忌み嫌われてしまうなんて……きっと、ハルケギニアへ来る前はあなたはずっと独りだったんですね」
カトレアの表情が徐々に曇っていき、憐みの眼差しでスパーダの顔を見つめてくる。
「孤独であることは辛くないのですか。人間だったら友達も誰もいなくなると、寂しくて、辛くて、たまらなくなるくらいなんですよ。思わず涙が出てきてしまうくらいに……」
「自分で蒔いた種だ。気にはせん」
あくまで冷然と切り返してくるスパーダもまた、浮かない様子な彼女の顔を見つめだす。
「そういう君はどうなのだ」
「え?」
「君はこの者達と一見、楽しく過ごしているように見えるが……それで君が本当に満たされているようには思えんがな」
スパーダは部屋を見渡し、所々にいる動物達に視線を送っていく。それにより彼らは悪魔に睨まれていることになるためその身をさらに強張らせていた。
彼女は今までに数多くの動物を見つけては拾いペットとして侍らせており、その結果がこの部屋や専用に作られたあの馬車のような有様なのだ。
だが、スパーダにはそれは彼女が満たされない何かを動物達と過ごすことで気を紛らわしているようにも見えた。
「君にはルイズやエレオノールのように語り合えるような友もいない。ましてや家族や使用人達以外の人間ともまともに関わったことも無いのだろう」
スパーダの言葉にカトレアは呆然と驚いたような顔のままだった。
「君は生まれてから一度もこのラ・ヴァリエールの外へ出たことが無いという。しかもその原因は自分の体に原因がある。普通の人間ならそのような境遇に嘆き悲しみ、外の世界への憧れや羨望を強く抱くはず。しかし、それは叶わぬままだ。そんな孤独な世界で満たされる人間などいるはずはない」
人間は決して一人では生きていくことはできない。人間は他者との関係によって自分という存在と正気を保っている。それを失いでもすれば下手をすると狂ってしまう。
よほど歪んだ心の持ち主でも無ければ孤独な世界で生きていることに満足するはずなどないのだ。少なくとも、カトレアは違うのは分かる。
「……そうかもしれません。本当は自分でもよく分からないんですけれど、スパーダさんにはそう見えるんですね」
小さなため息をついたカトレアは柔らかい日の光が射し込む窓の方へ移動すると、その外を眺めだす。
部屋の隅で固まっていた動物や小鳥達もそろそろと彼女の周りに集まっていく。
「人間は誰でも、この子達のように外の世界を自由に羽ばたいたり、駆け回って生きたいと思うものなんです。鳥籠や檻の中で生かされることを望む人なんていませんわ」
籠の中の鳥……それはカトレア自身のことを表しているのだろう。ラ・ヴァリエールという名の鳥籠の中で生きている鳥が彼女なのだ。
「お父様が言っていたように、外の世界にはきっと危険なことも満ち溢れています。でも、それと同じように素晴らしい出来事や出会いもあるはずです。たとえそれが叶わないものであっても、その世界をルイズやエレオノール姉さまのように羽ばたいてみたいと思ったこともありましたわ」
恐らくこれまでもカトレアはラ・ヴァリエールの外へ出たいと願ったことだろう。だが、病に蝕まれているその身では決して叶わない、夢のまた夢なのだ。
今ではもう外の世界に羽ばたく夢を抱くことさえ諦めているのだろうが、それでも内心では僅かでも憧れ続けているのだろう。
「……たとえ籠の中の鳥のままであっても、せめて心の拠り所だけは失いたくないのかもしれません。だからこの子達と一緒にいるんですね」
外の世界を羽ばたき、走り回ることができる動物達はまさに彼女が望む自由の象徴なのだ。
その象徴達と共にあることで、カトレアは孤独である自分の正気を保っているのだろう。
「それでも、私は自分の運命を恨んだことはありません」
それは嘘偽りの無い本心なのだろう。どんな辛い現実であったとしても、彼女はそれを受け入れているのだ。
「それにスパーダさんのような方とお会いになれたんですから、私はとっても嬉しいです。人の心を理解してくれる悪魔とお会いできたことを本当に光栄に思いますわ」
(儚いな……)
振り向いてきたカトレアの浮かべる笑顔の中には喜びと同時に寂しさが含まれていることをスパーダは察していた。
彼女は明らかにいずれ訪れるスパーダとの別れを惜しんでいるのが見て取れる。
彼女にとってはスパーダもまた、自由の世界からやってきた象徴の一つなのだろうから。
そして、動物達とは違い話し合うことができる存在なのだ。それを失いたくないのだろう。
「ゴホッ、ゴホッ……」
またも激しく咳き込みだしたカトレアはその場に膝をついてしまった。
本来ならもう休んでいなければならないはずなのにスパーダと話を続けていたので無理が祟ってしまったのだろう。
「そろそろ暇をした方が良さそうだな」
「スパーダさん……私は、大丈夫ですから……」
「君の母親もこれ以上、私が君の傍にいることを好むまい」
ちらりとスパーダは部屋の中心、天井付近を一瞥した。
別にそこに何かがあるという訳ではないのだがスパーダはある一点だけを注視すると、すぐに視線を外して踵を返し、扉に向けて歩き出す。
猛獣達は相変わらずスパーダを威嚇し続けており、彼らの敵意を背に受けながら部屋を後にしていく。
今のカトレアには休息が必要なのだ。それを奪う訳にはいかない。
◆
公爵夫人カリーヌは自室の机に向かったまま顔を顰めていた。
朝食の席からこの部屋へ戻ってくると使い魔のトゥルーカスが監視をしていたはずのスパーダから這う這うの体で自分の元にやってきたので、カリーヌ自らが彼を監視することにしたのだった。
遠見の呪文による風魔法でスパーダの部屋を覗き見ていたカリーヌはそこへ娘のカトレアが現れたことで息を呑んでしまった。
何を話しているのかまでは分からなかったが悪魔と話し合うことを好しとしないカリーヌはカトレアがスパーダと何を話し合っているのか気になって仕方が無かった。
(あの男……やはり気づいていたのね)
しかもスパーダはカリーヌの監視にさえ感づいていたようで、つい先ほどカトレアの部屋を去ろうとしていた時にこちらを睨んできたのだ。
体調を崩したカトレアから離れたのは良いものの、次はどこへ行こうとするのか分からない。
もう一人の悪魔であるモデウスの方だが、エレオノールの研究室で待機したままで特に何も変わったことはしていない。
エレオノール自身は自室のベッドの上で疲れたようにバッタリと倒れ込んでしまっている。
(次はどこへ行くつもり……?)
スパーダは自分に用意された客間へ戻るとそこに置いてあった数々の道具を何やら光に変えて取り込んでいくと、また別の場所へと移動し始めていた。
(ルイズの所へ行く気なのね)
先ほど、ルイズは城の中庭の方へ向かうのをカリーヌは見届けていた。スパーダが向かう先は末娘がいる場所なのだ。
ルイズが魔法学院で世話になり、夫も好感を抱いたという異国の貴族、スパーダ。しかし、それは偽りの姿に過ぎない。
カリーヌは微塵にもスパーダのことを信用などしていない。いや、そもそも悪魔など信用してはならない忌むべき存在なのだから。
愛する娘達に危害を加えようというのなら、決して容赦はしない。
意を決したカリーヌは立ち上がるとクローゼットを開け、着替えを始めていた。
いつものように纏めている髪を一度ほどき、それを後頭部の頂点から馬の尾のように背中へと垂らし、髪留めで結う。
クローゼットの扉に備えられた鏡に映るカリーヌの目つきは、貴婦人とは考えられないほどの鋭さを宿していた。
「Nero angelo……(ネロ・アンジェロ……)」
異国の言葉で、脳裏に浮かぶ冷酷な悪魔の名を呟いた。
◆
家族との朝食を終えた後、ルイズが向かった先は中庭だった。
庭園をさらに先を行くとそこには大きな池が広がり、その中心にある小さな島に向かって橋がかけられている。
今ではこの池で楽しむ者はおらずうらぶれた雰囲気さえ感じられる場所に、ルイズだけが知る秘密の場所がある。
小島のほとりに浮かぶ小さなボート。ルイズは幼い頃から嫌なことがあるとここに隠れるのだ。
ボートの中で毛布にくるまり、横たわっていたルイズは何をするでもなくぼんやりとしたままである。
「なあ娘っ子。いつまでそうしてるんだね?」
どれだけの時間が経ったのか分からなくなった頃、アミュレットのデルフがついに口を開いてきた。
「うるさいわよ……」
「そんな不貞腐れたってどうにもなる訳でもねえだろうに」
「不貞腐れてなんかないもん」
「じゃあ何でそんな風にしてるんだね」
「あんたには関係ないじゃない」
デルフからの言葉にもルイズは素っ気ない返事しかしない。
ルイズは確かにデルフの言う通りに不貞腐れているだけなのだが、とにかく今は何もしたくないし考えたくないのである。
先ほどの朝食の席での一件が原因だった。父には結婚をしろと言われ、せっかく家族に示すことができた自分の魔法を長姉には否定されてしまったのだから。
結婚に関してはそのエレオノール自身の方が深刻な問題でルイズ自身にはあまり向けられなかったので正直どうでも良い。問題はもう一つの方である。
(でも、あたしの力はちい姉さまにも話せない……)
本当は伝説の虚無の担い手だった。だが、その力は家族であろうと決して口外することなどできない秘密なのだ。
どんなに自分が努力をしようとも完全には認めてはくれない。そう思うと寂しくなってしまったのである。
だからといってどうすることもできないので、こうして独り寂しく拗ねていたのだった。
「しっかし、娘っ子もその姉ちゃん達もこんな様子じゃあ正直、色々とやばいんじゃねえの? 兄貴や弟もいなけりゃあ世継ぎがいねえってことになるじゃねえか」
「そうかもな」
「だから、あんたには関係ないっ……」
デルフの呟きに対して言い返そうとしたが、その前に別の誰かが返答していたことでルイズはハッと我に返った。
思わず顔を上に向けてみれば、そこには自分を覗き込んでくる男の姿があったのである。
「ス、スパーダ?」
「今頃気が付いたのかよ。こいつはさっきからここにいたぜ?」
「そんなことはどうでもいい」
デルフが呆れたように言うがスパーダは素っ気なく返していた。
スパーダは数分前からこの池を訪れており、一画に微かな気配を感じ取ると一直線にボートにいるルイズの元までやってきたのだ。
音も立てずにやってきたスパーダはルイズに話しかけるでもなく腕を組んだまま見下ろすだけだったが、ようやくスパーダの存在に気が付いたルイズは体を起こして立ち上がっていた。
「お前さんの愚痴くらいだったら、パートナーが聞いてくれるかもしれないぜ。何なら話してみたらどうだい?」
「何の話だ」
パートナー、その言葉を聞いてルイズの心のわだかまりが僅かだが薄れていく気がした。
今、自分が抱えている家族にも話せない悩みをこの悪魔ならどう聞いて答えてくれるのか。
少なくとも彼なら無碍にはしないし、しっかりと受け止めてくれるはずである。
「スパーダ。ちょっとだけいい?」
岸に上がったルイズは島に設けられている東屋の方へ向かうとそこのベンチにスパーダと一緒に腰かける。
そして、ルイズは胸中に抱いている思いをスパーダに告げていった。
自分が虚無の担い手であることを家族にさえ話せないこと。どれだけ努力をしても自分の力は認めてもらえないこと。ついでに結婚についての悩みも打ち明けてみることにした。
スパーダはルイズが話している間、何も言わずに黙って耳を傾けている。
「もう何だか嫌になってきちゃった……」
ついにはため息をもらしてしまうルイズをスパーダは腕を組んだままじっと見つめていた。背負っていたリベリオンは隣に立て掛けているままだ。
「お前が身を固めるかしないかはお前次第だ。あいにく大した相談には乗れん」
「ははっ、伝説の魔剣士様も恋愛事に関してはお手上げってわけか」
「だが、お前が誰と共に歩もうと拒まぬのであればパートナーとしているつもりだ。それだけなら言える」
「で、でも……あたしの結婚相手があなたを目の敵にでもしたらどうすんの?」
「その時の相手次第だ。邪魔だと言うなら消えるだけだ」
「何だよ。素っ気ねえんだな」
さすがにスパーダでも今はどんな人間かすらも分からない未来のルイズの結婚相手のことなど分からないのだろう。
いや、正確には元許嫁だったワルドがいた。あの男は結果的にルイズを裏切った訳だが、それが発覚する前のスパーダは至って普通に接していた。
ならば今後のルイズの結婚相手に対してもそうするのであろう。何者だろうが、彼はつっけんどんながらも冷然とした態度を崩さないに違いない。
「それにお前よりもエレオノールかカトレアの方が先に身を固めるのが良いと思うが」
「エレオノール姉さまは……っていうか、あのモデウスって姉さまをどう思ってるのかしら」
「さてな。奴は女にうつつは抜かさんとは思うが」
これまでのモデウスに対する態度や朝食の席での一件でエレオノールはモデウスに想いを抱いているのは確かだ。
しかし、モデウスの方はエレオノールに対して従者としての関係や態度を崩さないので彼女の想いを受け止めてくれるか分からない。
「まさか悪魔に恋をしました、なんて知ったら娘っ子のオヤジや母ちゃんもぶったまげちまうよなあ」
「そ、そんなの当たり前じゃない!」
デルフが平然とそう言いだすのでルイズは慌てふためいてしまう。
「カトレアはあの様子だと男とは縁が無いようだな」
病に蝕まれ、領地から一歩も外へ出たことがないカトレアは恐らく意中となるような男と巡り合う機会すら無いことだろう。
「う~ん……」
スパーダの言葉を聞いたルイズは何かを思い出そうとするかのように指を顎に当てて考え込みだす。
「あ! そういえば!」
「何だい? あの姉ちゃんにも何かあったのかい?」
強く興味を惹かれたようでデルフが訊ねてきた。
「あたし知ってる! 一度だけど……ちい姉さまも男の貴族と友達になったことがあるの!」
「ほう」
ルイズは自らの思い出をスパーダとデルフに語っていった。
それは八年前の夏の日のことだ。幼いルイズはこのラ・ヴァリエールの屋敷へ避暑に訪れていた親友のアンリエッタ王女と共にカトレアの部屋へ遊びにいった。
カトレアはその時、手紙を書いていた。相手は貴族の男だ。
ある日、カトレアは屋敷の近くにある森で足を怪我してしまった。あいにく杖を持ってきていなかったので途方に暮れていた彼女を偶然にも通りがかった貴族の男が助けてくれたのである。
ゲルマニアからの旅行帰りだったというその貴族はラ・ヴァリエール領内の宿場町に二週間も滞在し、カトレアを舞踏会に招待したいと言うほどに熱心だったらしい。
だが、カトレアは病を理由にその誘いを断ってしまったのである。
「はああ~……そりゃあ惜しいことをしたもんだなあ」
「そうなのよ。ちい姉さまもせっかく素敵な殿方とお知り合いになれたのに……」
カトレアにとっては結婚をして嫁ぐ機会でもあった訳だがそれは叶わなかったのだ。
「……そうか」
スパーダは先ほどカトレアと話していた時に感じた彼女の孤独感に納得していた。
彼女はたとえ鳥籠であるこのラ・ヴァリエールの中で外の世界の人間達と親交を深めるチャンスに恵まれようとも、結局は病が原因でそれを手放さざるを得なくなってしまうのだ。
素晴らしい出会いがあったとしても、すぐに自分の前から消えて遠ざかってしまう……だから彼女はずっと孤独のままなのである。
「ルイズ。彼女が最後に泣いたのがいつか覚えているか」
「はあ? 何でちい姉さまが泣かなきゃなんないの?」
スパーダの問いかけに対してルイズは訳が分からないと言わんばかりに眉を顰めていた。
「あの様子では彼女は長い間、涙を流したことがない。そう思ってな」
「ちい姉さまは泣きたくなるような悲しい出来事になんて出会ったりしてないわよ」
「あの姉ちゃんが泣く姿なんて想像つかねえけどなあ」
「少なくとも、お前の前では涙を流すことは無かった、か」
恐らくだが、ルイズが生まれてからカトレアは誰にも自分の涙を見せたことがないのだろう。
どうしてかは知らないが、彼女は自分の涙だけは他人には見せまいとしているに違いない。
先ほどカトレアの部屋で話し合っていた際、スパーダが彼女の孤独を指摘した時に感じた雰囲気には明らかに寂しさと悲しみが含まれていたのだ。
普通ならあの時に涙を流していてもおかしくはない様子だった。だが、それでも彼女は涙を流していなかった。
(私と同じ、か)
彼女は言っていた。孤独であることは辛く、寂しく、たまらなくなり、思わず涙が出てきてしまうと。
にも関わらず彼女は長い間、泣いたことがないのだ。それは何より、彼女自身が微かに呟いていたのだ。
……涙を流せない、と。
「話は変わるが、お前は結局どうしたいのだ」
「どうって?」
突然話題を変えてきたスパーダにルイズは面食らう。
「お前は家族に自分の力を認めてもらえないことに満足していないということだな」
「そ、それは……」
最初に話したルイズの悩み事に対する話題へと移り、ルイズも思わず口籠る。
「お前の持つ力は確かに人には簡単には示せず、口にもできない代物だ。故に努力を家族に認めてもらえはしない。それが嫌だということだな」
「え、ええ……」
「確かにエレオノールはお前のことを認めはしなかった。だが、公爵とカトレアはお前を認め、肯定してくれたことは事実だろう。それだけは認めることだ」
確かにそうだが、ルイズは家族全員に自分を認めてもらいたいのだ。だからこそ、たった一人とはいえ否定されたことが悔しかったのである。
「私は自分のやっていることで人間達に認めてもらおうなどとは思わん。私の行いを人間達が認めるのも否定するのも、全ては受け止める相手次第だ。どちらにしろ、私にとってはどんな顔をされようとも関係ない」
「でも、みんなスパーダのことは認めてくれるわ。多くの人達を救ってるんだもの」
スパーダは世界の命運を左右するほどの偉業を成し遂げている。そして、このハルケギニアでも彼を認めてくれる者達がいるのだ。
ルイズと比べればまさに天と地ほどの差がある。羨ましく思えてしまうくらいにだ。
「私は同胞達に憎まれようが、人間達に拒絶をされようが、己の信念と筋を貫き通す。ただそれだけだ」
はっきりと語るスパーダの姿はルイズにはとても堂々としていて力強く見えるような気がしていた。
「お前は自分が他者に肯定されるという保証が無ければ何もできないのか。そうではあるまい」
「そうだぜ、娘っ子。お前さんの周りの奴らが文句を言ったってな、お前さん自身までもが認められなくなったりしたら終わりだろ?」
スパーダの言葉に続いてデルフまでもがルイズに言い聞かせようとしていた。
ルイズは二人の言葉を聞いたまま黙り込んでしまう。
「スパーダの言う通り、誰に何を言われてもよ、自分の信念って奴をきっちり通すのが大事だと思うぜ? 最終的に、自分が納得をできてりゃそれで良いのさ。千人の中から僅かな人間だけでも認めてくれる奴がいる。その一人が娘っ子でもあるのさ。それだけは憶えておきなよ」
「信念……」
二人の話を聞いているとルイズのモヤモヤとした心が徐々にだが晴れていくように思えていた。
スパーダには確固たる強い信念があるからこそ、何が起きても揺るがないのだろう。そこには自分自身への見返りといった考えがこれっぽちもありはしない。
彼はただ己の信念の元にするべきことを実行するだけなのだ。たとえ損になろうと構わないのである。
しかし、ルイズの場合は最終的には自分が誰かに認めてもらいたいという願いが根底にある。だから否定されたり、たった一人にも認めてもらえないとここまで深く悩んでしまう。
考えてみれば、実に浅ましい考え方だと感じるようになってきた。
「うん……そうかもね。やっぱり、スパーダと比べようもないわ」
「なあに、周りが褒めなかった時には俺がお前さんを褒めてやるさ。安心しな」
自嘲するルイズにデルフは笑いながらも励ましてくれた。それが少しだけ嬉しく感じることができた。
やはりスパーダに相談をしたのは正解だ。ルイズの抱えている悩みも晴れない気持ちも人生経験豊富の高潔な悪魔なりの考えと主張で解決してくれる。
本当に、素晴らしいパートナーなのだと改めて強く認識することができた。
「そういえば、お前にも話しておかねばならぬことがある」
唐突に立ち上がったスパーダは東屋の外へと歩み出ていった。
「何のこと?」
同じくベンチから立ったルイズもスパーダの元へ駆け寄っていく。
「私は近いうちにアルビオンへ向かおうと考えている」
「ア、アルビオンに!? どうして?」
突然のスパーダの言葉にルイズははっきりと驚いていた。
アルビオンは今や反乱軍のレコン・キスタに乗っ取られ、恐るべき悪魔達が待ち受ける魔の巣窟なのだ。そこへ何の用があるのか。
「レコン・キスタの頭目……クロムウェルの首を取りに行く。奴らをこのままのさばらせる訳にもいかん」
確かにアルビオンは悪魔と手を結んでおり、このまま放っておけば今度はどんな卑怯な手を使ってトリステインを脅かすか分からないのである。
先日なんてアンリエッタ女王を誘拐しようというとんでもないことまでしでかしたのだ。早い内に先手を打つということ自体は悪い話ではない。
「でも、いきなりそんな……。アルビオンへ攻め込むっていうなら姫様に無断でやる訳にはいかないわよ。第一、父様は戦争に反対してるんだし……」
「私が個人で勝手にやるだけだ。トリステインもゲルマニアも関係ない」
ただの一個人が一国家の元首を暗殺するために敵陣に乗り込む……普通に考えたら無謀な行為でしかない。
「それに、そろそろ水の精霊との約束も果たさねばなるまい。ちょうど都合が良い」
「そっか、そういうこと……」
スパーダにとってはクロムウェルを討ち取るということは、かつてラグドリアン湖の水の精霊と交わした依頼を成すことにもなるのだ。
死者に偽りの命を与え、自在に操るアンドバリの指輪はそのクロムウェルが今も手にしているのである。
トリステイン……いや、世界にとっての脅威を排除し、精霊の宝も取り戻す。確かに一石二鳥かもしれない。
「それで? いつ出発するの?」
「慌てるな。今、アルビオンには偵察を向かわせている。お前の夏期休業が終わる頃に戻ってくる予定だ。それまでは気にしなくても良い」
既にそんなことまでしていたとは知らなかったルイズは呆然としてしまった。この悪魔はどこまで用意周到なのか。
「偵察が終わり準備が出来次第、アルビオンへと乗り込む。タバサとキュルケはその時に余裕があれば同行することになっている」
「二人が?」
しかもスパーダの同志となった友人達にまで話がいっていたのだ。
だったら、自分に一番最初に話してもらいたいと思う所だが、今ちゃんと話してくれたのだからそれで良い。
「だったら、娘っ子も当然行くよな? 何しろスパーダのパートナーなんだからな! 俺も存分に暴れられるってもんだぜ! な! な!」
デルフは敵と戦えるという事実に興奮した様子だ。アミュレットに宿るガンダールヴの魔人を操って思う存分に戦いたいのだろう。
だが、嬉々とするデルフに対してルイズは浮かない顔を浮かべていた。
「でも……あたし、外出はしちゃいけないってお父様に言われちゃってるし……どうしよう」
そう。アルビオンの問題が解決するまでルイズはこの城からの外出禁止命令を課せられたのである。
クロムウェルを討ち取ればアルビオンの脅威は無くなり、ルイズも外出が可能となるのだがそのための戦いに参加するのはとても難しい。
「あのなあ。親に命令されたからって、何でもかんでも従うのもどうかと思うぜ? さっきもスパーダが言ったろ? 自分の信念と筋を貫き通すってよ」
ルイズが参加しなければ何もできないデルフもルイズの翻意を促そうとしている。
「この城を抜け出し、魔法学院へと戻ると言うなら連れて行っても構わん。どうする?」
ルイズは少しの間考え込む。
父の言いつけ通りにこの城に残り、安全に過ごすのであれば家族は誰も文句を言わない。
だが正直、それはルイズがしたいことではない。
魔剣士スパーダはこの世界の脅威となるであろう存在を取り除こうとするために行動を起こそうとしているのだ。
そのパートナーである自分が何もしないままこの城で鳥籠の鳥のように閉じこもったまま何もしないままでいるなんて、冗談ではない。
ルイズにも通すべき信念と筋があるのだ。スパーダのパートナーとしての存在と責任が。
「行く……わたしも行くわ。当然じゃない! スパーダのパートナーだもん!」
「そうこなくっちゃな!」
覚悟を決めて奮起したルイズにデルフも歓声をもらした。
スパーダはそんな彼女を目にして小さく頷く。
◆
「……後はこちらをどうするかだな」
「スパーダ? ……きゃあっ!」
「うおおお!? 何だってんだあ!?」
何の前触れもなく強烈な突風が吹き荒れ、ルイズとデルフは突然の事態に困惑した。
吹き飛ばされてしまいそうになるほどの強風に煽られるルイズをスパーダが肩を片手で抱いて支えてくれていた。
「Get away from my child. Devil.(私の娘から離れなさい。悪魔)」
嵐のような風が収まらない中、凛然とした女の声が中庭に響く。
風に耐えながらもルイズが声のした方を振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
ルイズと同じ桃色のブロンドの髪、顔の下半分は鉄のマスクで覆いながらも厳しく鋭い眼光を蓄えつつも揺らぎない美貌を発する者はルイズがよく知る人物。
「か、母様……なのですか?」
そこにいたのは間違いなく、ルイズの母親であるヴァリエール公爵夫人・カリーヌその人だった。
「こいつがあの娘っ子の母ちゃんってか!? 全然印象違げえぞ!」
デルフでさえ仰天するほどにカリーヌの姿は今までとは異なっていた。
つい先刻までは貴婦人らしい装いをしていたというのに、今はまるで違う。別人ではないかと錯覚するほどだ。
スパーダはそんなカリーヌの姿を冷徹な表情を一切変えないまま見据えている。
「娘っ子。おめえの母親って一体何なんだ? ただのご婦人ってわけじゃあねえみたいだが」
「母様の本名はカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。そして先代のトリステイン魔法衛士マンティコア隊の隊長で、『烈風』カリンと名乗っていたのよ」
「ほええ! そいつはおったまげた!」
「この女か」
以前、スパーダがオスマンにトリステインの歴史について聞かされた時に出てきたメイジの名前だ。
その存在は伝説として語り継がれており、トリステイン王国の歴史が始まって以来の風魔法の使い手だという。いや、その風は烈風どころではなく荒れ狂う嵐そのものだとか。
エスターシュとかいう貴族の反乱軍の本隊を一人で鎮圧し、凶悪な亜人も強靭なドラゴンの群れさえも彼女にとっては赤子同然。果てはゲルマニアとの小競り合いが起きた時にはその『烈風』が出陣したと聞いただけで敵軍は尻尾を巻いて逃げ出すという。
まさに生ける伝説そのものが、今スパーダの目の前にいるのである。それがルイズの母だとは思いもしなかったが。
(やはり、ただの女ではなかったか)
しかし、むしろスパーダは納得した。この女から発せられる強大な魔力の波がいかなる理由であるのかを。
そして、ルイズはそんな母の存在を誇らしく思うと同時に畏怖も感じていた。
何しろ怒らせた母は夫の公爵でさえ逆らうことができないほどなのだから。普段は夫を立ててはいるものの、このラ・ヴァリエールで彼女に逆らえる者は一人としていない。
母にお仕置きをされる時には強烈な風魔法で吹き飛ばされ、徹底的にしごかれるのである。ルイズにとってはまさに恐怖の思い出だった。
「ですが、そのお姿は一体?」
「ずっと昔の服を引っ張り出しました」
今の母、カリーヌの姿はルイズでさえ目にしたことがないものだった。
ルイズがよく知る母の戦装束は、魔法衛士隊を象徴とする黒の隊服だった。マンティコア隊の隊長の証である幻獣の刺繍が施されたマントに羽根飾りのついた帽子をかぶり、口元を鉄の仮面で覆い隠した男装の麗人……。それが烈風カリンとしての母の姿だ。
だが、今の母は別人のようにまるで違う。
口元の仮面は同じなものの、いつもは後頭部で纏まっていた髪型はポニーテールとして垂らしているだけでも印象が全く異なるし、肩を晒す青い厚手の上衣をマントのように纏い、フリルのついた白のシャツの下から程よい大きさに形の良い彼女の胸が膨らんでいる。リボンのついた赤の蝶ネクタイが意外にお洒落な感じだ。
下半身も膝はおろか太腿まで大きく晒すほどに短い乗馬ズボンで、その腿にまで達する黒のニーソックスは袖口に金の刺繍によるアクセントがあしらわれている。その一番下の黒のブーツも銀のピンヒールが鏡のように磨き上げられていた。
……結局は男装なのだがはっきり言って、どれも安物で今となっては完全に時代遅れでしかない出で立ちだった。
しかし、一見滑稽でしかない風体が逆にカリーヌの成熟した女性としての姿をより優雅に、そして華麗に際立たせている。
御年五十間近――しかし、肉体的には三十過ぎばかりだが――それにも関わらずカリーヌの姿はルイズが見惚れるほどに美しかった。
「ルイズ」
「は……はいっ!」
母に呼ばれたルイズは思わずびくりと身を強張らせ、その場で正していた。
そっとスパーダがルイズから手を離して横の方へ離れていくのを無視してカリーヌは娘と視線を交わす。
「使い魔召喚の儀式はちゃんと成功したようね。私はあなたの成長を嬉しく思うわ」
凛々しさと威厳は残しつつも僅かながら表情を綻ばせるカリーヌは娘に労いの言葉をかける。
唐突な母からの賞賛にルイズは戸惑いつつも不思議と嬉しさが湧き上がっていた。
あの母がはっきりと自分のことを認めてくれたのだ。それは家族に認めてもらうことを強く望んでいたルイズには最高の喜びだった。
「メイジが己のパートナーを自由に選ぶことができない以上、何が呼び出されようとあなたに責任はありません」
再び険しい表情に戻ったカリーヌはちらりとスパーダの方へ視線を流す。
その瞳には荒れ狂わんばかりの敵意が満ちており、スパーダを射抜こうとするがそれを本人は堂々と受け止めて睨み返している。
「ですが……その相手が悪魔となれば私も黙っている訳にはいかないわ」
「か、母様!?」
カリーヌが口にした言葉にルイズは驚愕する。
母は間違いなく、スパーダのことを人間ではなく悪魔であることを見抜いていたのだ。
あまつさえスパーダには明確な敵対心さえ向けているのである。その敵意は悪魔という異形の存在に対してのものだ。
カリーヌはグローブに包まれた手を腰へと持っていく。そこに下げられているのは彼女の愛用している、魔法衛士隊時代から使いこんでいた装飾が施されたレイピアの杖。
メイジにとって命とも言われる杖を手にしたカリーヌは真っ直ぐにスパーダを見据えていた。
「な、何で……? どういうことなの……」
「何かやばそうだぜ」
ただならない雰囲気と殺気を感じ取ったルイズは思わず対峙する二人から恐る恐る後ずさってしまう。
「これ以上我が娘達を誑かし、今や危険極まりない死地であるアルビオンへとルイズを誘おうとするその悪魔の所業……断じて認める訳にはいきません」
母は先ほどまでのルイズとスパーダの会話を聞いていたのだ。だからそれを止めようとしているのだろう。
だが、スパーダにここまでの殺意を抱く理由がルイズには分からない。それ以前に何故、悪魔であることを見抜いたのかが理解できなかった。
「悪魔はこの世に仇なす者……人を堕落させ、闇へと陥れようとする忌まわしき存在……」
カリーヌの全身から発せられる物々しいオーラははっきりと形を成し、光となって噴きあがっていた。
辺りを吹き荒れる風もより激しさを増していき、三人の髪が靡いていく。
「特に、魔帝ムンドゥスの所縁あるものとなれば尚の事」
「な……!」
「げ……何で知ってやがるんだ?」
母は間違いなく口にした。魔帝ムンドゥス、と。
スパーダがかつて右腕として仕え、反旗を翻し、死闘の末に打ち破った大悪魔にして魔界の帝王。
その名までも知っている母をルイズは異様なものでも見るような視線を送り、顔を顰めていた。
「今より私は公爵夫人カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールでも、魔法衛士マンティコア隊隊長、烈風カリンとしてでもなく……」
手にする杖を胸の前で構えて目を伏せたカリーヌは、静かに瞼を開くと閻魔刀を手に腕を組んでいるスパーダに鋭い視線を放つ。
「魔を滅する騎士『絶風』カリンとして、お前達を葬ります!」
勇ましい名乗りを上げた絶風の騎士は自らの杖を目の前に立つ悪魔へと突きつけた。
「Dead Wind.(絶風か)」
以前、トリスタニアで小耳に挟んだ二つ名のメイジの噂話をスパーダは思い起こす。
これだけの殺意を向けられているにも関わらず、カリーヌの瞳を見つめたまま感嘆と唸るだけだった。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
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脚色したオリジナル描写・設定