魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 54 <絶風-魔を滅する者> 前編

 

「きゃあっ!?」

一陣の風と共にカリーヌの姿が掻き消えた途端、ルイズの体が宙に浮いていた。

フライによって瞬時に距離を詰めていたカリーヌはルイズを抱き上げるとスパーダから遠く離れた場所へ向かう。

三秒すらかからないほどの驚異的な速さにルイズは混乱した表情で母の顔を呆然と見つめていた。

「ここにいるのですよ。良いわね?」

「あ……あの……母様、一体何を……」

「私はあの悪魔を滅します」

そう静かに告げるカリーヌはルイズの体を降ろすとその身を宙へと舞い上がらせ、スパーダの元へ戻っていく。

「お、おい……マジでやる気かよ?」

「ま、待って! 待ってください! 母様!」

ルイズの叫びは届かないまま、カリーヌは微動だにせず立ち尽くすスパーダと再び相対していた。

相変わらずスパーダは閻魔刀を手に腕を組んだままカリーヌを睨んでいる。その冷たい表情からは如何なる感情さえ覗うことはできない。

カリーヌの全身から発せられ続けていた風が瞬く間に彼女の手にする杖に収束すると同時に、それを軽く横へ払った。

直後、スパーダの立っていた場所に巨大な竜巻が巻き起こり、一気に膨れ上がって彼を包み込んでいた。

「スパーダ!」

遠くからその光景を見ていたルイズは悲鳴のような声を上げていた。

「すげえ竜巻だな……ありゃあ、マジで奴を殺す気で撃ってるぜ」

「感心してる場合じゃないでしょ!? スパーダが……」

本気になればこのラ・ヴァリエールの城さえも一撃で吹き飛ばしかねない程の威力を発揮する『烈風』カリンの風魔法。

それをスパーダに容赦なく叩き込んだのだ。いくらスパーダでもまともに受けて無事でいられるはずが……。

 

「っ!?」

突如、強烈な閃光と共に鋭い雷鳴が轟いたと思ったら、竜巻の中から無数の稲妻の帯が飛び出てきたのだ。

カリーヌ目掛けて放たれた連撃を彼女は杖を正面に振り上げ、その先から同じく稲妻を放つ。

吹き荒れる稲妻はカーテンのように形を成し、向かってくる稲妻をカリーヌの目前で受け止めていた。

「おおっ!?」

続けて竜巻から飛び出てきた影にデルフも声を上げて驚きだす。

空を切り裂きながら鋭く回転し、カリーヌへ一直線に飛来する物体を彼女は体を横へ捻ることでかわした。

顔の真横を掠めていった影は後方で徐々に上昇しながら軌道を変えて竜巻の方へ戻っていく。

「外しちゃったわね。つまらないわ」

妖艶な声が響いたかと思えば突如竜巻が内部から弾け飛んでいた。

その中から姿を現したのはスパーダだけでなく、いつの間にかもう一人の人影の姿があったのだ。

戻ってきた物体をあっさりと片手で掴み取り、それが巨大な大鎌であることが認識できた。

「な……あいつは……!」

『烈風』カリンの暴風をまともに受けたというのに、スパーダは傷つくどころか閻魔刀を手にしたまま全く動じてなどいない様子で立っている。

しかもその傍らには赤い髪を揺らす毒々しい肌の女……稲妻を操る魔女ネヴァンが寄り添っていたのだ。

ルイズは忌々しい悪魔の姿を目にして不愉快な顔を浮かべていた。

「一番上と下の娘にそっくり……蛙の子は蛙ね。でも、あの死にぞこないの娘の母親とは思えないわ。一体、誰に似たのかしら?」

ハープを変形させた大鎌を片手にネヴァンはカリーヌを目にするなり嘲笑していた。

自分の放った魔法が掻き消され、突然のネヴァンの出現に対してカリーヌもまるで動揺する様子を見せてはいない。

「私のフィアンセに牙を剥くなんて良い度胸ね?」

大鎌を両手で構えながらネヴァンは前に進み出る。優雅な笑みを浮かべながらも爛々とさせる瞳は獲物を狩ろうとする残忍さと敵意に満ち溢れていた。

「Are you ready.You witch.(覚悟なさい。鬼嫁)」

「あんた! 母様に何てこと言うのよ!」

ネヴァンの侮蔑の言葉にルイズは食いつき叫んだ。

確かに母、カリーヌは怒らせなくてもルイズが思わず恐怖してしまう威厳と苛烈さを兼ね備えた女傑だ。

だがそれでも自分の母親であることに変わりはない。大切な家族が馬鹿にされるなど絶対に許せないことだった。

悪口を言われたカリーヌ自身は表情一つ変えてはいない。

 

「杖を収められよ。人間」

唐突に響き渡った冷たい声。それはネヴァンのものではなかった。

「え……!?」

何が起こったのか、ルイズは一瞬理解できなかった。

カリーヌの背後に何の前触れもなく黒い影が現れ、彼女の首に長大な剣をかざしていたのである。

「我が師に仇なすというのであれば、容赦はしない」

背中まで伸ばした漆黒の長髪を揺らすのは、スパーダの弟子でありエレオノールの従者でもあるモデウスだった。

手にするマーシレスの刃はピタリとカリーヌの首筋へと当てられ、このまま一引きするだけで彼女の頸動脈はおろか首を斬り落としてしまうだろう。

 

エレオノールの研究室で待機していた彼は異様な殺気と魔力の波動を感じ取り、駆けつけたのである。

そこで師と対峙するカリーヌを目の当たりにし、全てを察して自らの剣を手にしたのだ。

これ以上魔剣士スパーダに敵対しようというならば師の手を煩わせることなく、モデウス自らがカリーヌの相手をしようと決めたのである。

「娘達を悲しませたくなければ、直ちに杖を収められよ」

無論、無駄な戦いは避けたいとも考えているモデウスはカリーヌに脅しをかけることにしていた。

 

「ちょっと、モデウス! 駄目! 母様から離れなさい!」

母に剣を向けられている光景にルイズは慌ててモデウスを咎めていた。

「……なあに、心配することはねえよ。娘っ子」

「何でよ!」

「お前さんの母ちゃんなら、大丈夫さ。あれだけ素太い肝っ玉をしてりゃあな」

楽観的に呟くデルフにルイズは改めて母の顔を見つめた。

ネヴァンとモデウス、二体の悪魔に挟み撃ちにされて殺されかけているという状況なのに、カリーヌはまるで動じてなどいない様子だった。

いや、それどころかあの視線は……。

「それに……ありゃあスパーダしか眼中にねえよ」

まさにその通りで、カリーヌはスパーダを鋭い眼光で射抜き続けており、二人の悪魔などまるで目も暮れていない。

「きゃあっ!」

大砲のように強烈な爆音と共に先程よりさらに強い突風が吹き荒れ、ルイズは悲鳴を上げた。

「……っ!」

「……ぐっ!?」

さらにカリーヌの前後にいた二人の悪魔達までもが呻いていた。

カリーヌを中心に突如巻き起こった巨大な竜巻がネヴァンとモデウスの体を紙のように弾き飛ばしたのである。

しかも二人の全身には次々と無数の切り傷が刻まれ、瞬く間に血塗れになっていた。

ネヴァンはスパーダの足元まで吹き飛ばされ倒れ込み、手から弾き出された大鎌が回転しながら落下し、傍らの地面に突き刺さる。

モデウスは吹き飛ばされまいとマーシレスを地面に突き立てるが土を抉りながらかなりの距離を滑らされていた。

「この力は……」

額から血を溢れさせるモデウスは片膝をつき肩で息をしていた。

今のはただの竜巻ではなかった。真空の層が間に挟まっているため、触れるものを容赦なく切り裂いてしまうカマイタチだ。

だがそれだけではない。大気自体が極限まで凝縮され圧力が高められることで、鋼鉄のような硬度に達する実体を持った刃そのものと化しているのだ。

人間はもちろんのこと、生半可な力しか持たない中級以下の悪魔達でさえミンチ肉にされるだろう。

 

「ヒュウーッ、すげえな。スクウェア・スペルのカッター・トルネードじゃねえか。あの二人を一発で下しちまうとは……」

「すごい……」

ルイズは思わず嘆息してしまった。

母の風魔法の凄まじさは身を以て体感したことがあるが、ここまで本気の風など見たことがない。

ましてや悪魔をも一蹴するほどの威力には息を呑んでしまう。

やがて竜巻は治まり掻き消えていき、その中心にはカリーヌが何事も無かったかのように佇む姿だけが残っていた。

 

「モデウス!」

「カリーヌ! 一体どうしたというのだ!」

騒動の場へと駆け入ってきた二人の姿があった。エレオノールと、ヴァリエール公爵だ。

騒ぎを聞きつけた二人は何事かと中庭にやってきたのだが、そこで起きている出来事を目の当たりにして驚愕したのである。

エレオノールは傷だらけのモデウスを見つけるとその傍まで駆け寄っていた。

「あなた、一体どうしたの! こんな傷だらけに……!」

モデウスは何も答えないまま、よろけつつもエレオノールの力を借りて立たされていた。

「カリーヌ! これはどういうことだ!? 何があったというのだ……っ!」

公爵は妻の元まで駆け寄るが思わず息を呑む。

いつもとは違う出で立ちに加え、物々しい雰囲気を身に纏っていることに愕然としてしまったのだ。

未だ若々しいままな愛しの妻の横顔。美しくも峻烈で畏怖さえ感じてしまいそうな威厳を醸し出している。

その鋭い視線の先には一人の男、ラ・ヴァリエールの客人の姿があった。

「フォルトゥナよ。何故、カリーヌと対している。どういうつもりなのだ」

スパーダは何も答えない。ただ黙って自分を睨むカリーヌを見つめ返していた。

一体何がどうしてこのようなことになっているのか、公爵は理解ができずに渋い顔を浮かべるしかない。

「あなた。エレオノールを連れて下がっていて」

その言葉に公爵は再び妻の方を見やった。

そして、今になってようやく気が付いた。妻が貴婦人の衣装でもなく、かつて若き頃に共に属していた魔法衛士隊の隊服でもない装束に身を包んでいるという事実に。

妻がこの衣装を身に纏うただ一つの理由を公爵はよく知っていた。

「カ、カリーヌ……お前、まさか……」

「Leave me, go.hurry up.(早く行くのよ)」

有無も言わせぬ威圧感に圧倒され、公爵は恐る恐る妻から離れていく。

 

「……やってくれるわね」

倒れ込んだままのネヴァンは忌々しそうにカリーヌを睨んでいた。

だが、彼女はネヴァンの殺意に満ちた視線など意に介していない。

人間ごときにたったの一撃でここまで圧倒されるなど、伊達に上級悪魔として生きていないネヴァンには信じられないことだった。

何故人間が悪魔である自分を本気を出していないとはいえ、一蹴できる魔力を発揮できるのか。

いつもの余裕な態度を失い、ネヴァンは珍しく困惑していた。

「下がれ」

スパーダが冷然とした声で命じる。それはネヴァンとモデウスに対してのものだった。

「お前達では手に余る相手だ」

静かに背中に担ぐリベリオンを手にしだしたスパーダはそれを地面に突き立てた。

スパーダには分かっていた。あのカリーヌという女は、並大抵な上級悪魔では歯が立たない強者であることに。

ネヴァンもモデウスですら悪魔の魂が敗北を認め、屈服されかねない力を宿しているのだ。

「思いっきりやっちゃいなさい。……あいつの首を刎ね飛ばしてやるのよ」

呻いたネヴァンの全身を大鎌と共に無数のコウモリ達が包み込み、黒い影となって掻き消えていく。

 

エレオノールと公爵も対峙する二人の元から離れていき、ルイズのすぐ近くまで移動していった。

人払いが済んだのを見計らったかのように、二人の全身からゆっくりとオーラが立ち昇る。

ディテクトマジックをしなくてもはっきりとその力が感じられるほどの強大な魔力を互いに周囲へと解き放っていた。

「Didn't regret it?(後悔はしないな?)」

「You shall die. Devil.(滅びなさい。悪魔め)」

スパーダからの問いかけに同じ異国の言葉で返したカリーヌは杖を構えた。同時にスパーダも突き立てたリベリオンから手を離し、閻魔刀の柄へと手にかける。

一人の悪魔と、烈風そのものと化した女の戦いが始まった。

 

 

カリンは再びカッター・トルネードの呪文を唱え、巨大な竜巻を呼び起こした。

杖を一振りさせると、放たれた荒れ狂う嵐がスパーダ目掛けて突進していく。

竜巻が目前まで迫ってくると閻魔刀による居合いが一閃され、正面に長大な剣閃が無数に刻まれた。

刃の竜巻が壁のように築かれた剣閃の塊にぶつかるとガキンッ、という剣戟の音と共に切り刻まれ、バラバラに弾け飛ぶ。

 

既にフライで宙に浮かんでいたカリンは竜巻が霧散し剣閃が消えると同時に一気に距離を詰め、スパーダの頭上まで躍りかかっていた。

手にする杖にはブレイドによる魔力の刃が宿っており、スパーダの首目掛けて薙ぎ払われるが閻魔刀の鞘であっさりと打ち払われる。

だがカリンは弾かれた反動を利用してくるりと体を反転させ、そのままスパーダの側面へ、さらに背後に回り込む。

 

エア・ハンマーによる突風の槌が放たれるも、そこにスパーダの姿は無かった。

カリンは即座に後ろへ後退すると、直後にたった今自分がいた場所に上空から高速で影が落下してきた。

振り下ろされた閻魔刀の一撃は激突した地面を抉り、大きな裂け目を作り出す。

構えようとしたカリンだが、スパーダは閻魔刀を瞬時に袈裟に振り上げ、さらに交差させるように切り返した。

振るわれた刃からは鋭い剣閃が疾風の衝撃波となってカリンに向かっていく。それをカリンは器用に体を捻らせながら宙を舞い、華麗にかわしていた。

 

だがスパーダの追撃は終わらない。即座に閻魔刀を収め居合いの構えを取ると、数度連続で抜刀する。

その腕の動きと速さは遠目から見守るルイズ達にはもちろん、カリンですら見切れない。

スパーダの居合いに合わせてカリンのいる空間が歪み、十字状に斬撃が刻まれていくがカリンは上下左右へと急加速してかわしていた。

 

カリンとて回避だけをする訳ではない。次元をも切り裂くスパーダの居合いをかわすと同時にエアカッターやマジックアロー等の小技で牽制していた。

それすら閻魔刀の居合いで叩き落とされていくが、カリンも反撃の手を緩めない。

スパーダを中心に円を描くように周りを高速で飛び回りながら連続で魔法を放ち続け、時には頭上から反対側へ飛び越えつつ魔法を放ったり、ブレイドで首を狙ったりもするが全て立て続けにいなされていく。

中には振り向きさえもせずに閻魔刀の一振りであしらわれもしていた。

 

(面白い真似をする)

カリンと刃と杖を交える中、スパーダは思わず感嘆としていた。

たった今、カリンのブレイドをいなしたばかりであったが直後に体を捻って勢いをつけた後ろ回し蹴りを叩き込んできたのだ。

スパーダは彼女の足首を掴もうとしたが、咄嗟に中断すると腕に魔力を集中させて硬化させ、蹴りを防いでいた。

何故なら彼女の足にブレイドと同等の魔法がかけられ、魔力の光が宿っていたからだ。受け止めたとはいえその衝撃は大砲の弾が高速で放たれたような尋常ではないものだった。

 

そこでスパーダはあることに気が付いた。彼女の両足のブーツの銀のヒール――これもまたメイジの杖である事実に。

メイジが魔法を使うには例外なく杖が必須となる。だが、何もそれは必ず『杖』の形をしていなければならない訳ではない。

要は魔力を放出するための媒体が必要なのであって、杖という存在が必須ではないのである。

彼女の持つ『杖』は手にする『レイピア』に加え、履いている『ブーツ』が魔力の媒体の役目を果たしているのだ。

故にカリンは三つの杖を装備して戦っていることになる。だからこそ今のように蹴りによる格闘に魔力を込めるという芸当ができるのだろう。

(アンブラの魔女だな)

ふと脳裏に浮かんだのは数百年前に目にしたことがある古の魔女の姿だった。

両手両足で自在に武器を操る特異な格闘術と魔術を駆使し、敵を滅ぼすその魔女に今のカリンはダブッて見えていた。

 

それからもカリンは杖と両足による格闘術と魔法を駆使して怒涛の連撃を繰り出してきた。

常人ならまずまともに対応することは困難であろう烈風カリンの疾風のコンビネーションをスパーダは全て捌ききっていた。

だがカリンもまた人間では決して届かず太刀打ちできない、魔剣士スパーダの剣技を完璧にかわしきり、無傷のままであった。

 

――キィンッ!

 

いつ終わるとも知れない交錯の果て、スパーダの閻魔刀による疾走の居合いと、カリンのブレイドによる魔力の刃が激突する。

閃光が瞬き、二人の体が交錯した。

互いに自らの得物を振り抜き、背中を合わせたまま動きがピタリと止まった。

数秒の沈黙の後、二人はゆっくりと構えを解いて向き直る。

 

「準備運動は終わりか」

「そのようね」

閻魔刀を収めたスパーダの言葉に応えるように、カリンも杖をゆっくり左右に振りつけていた。

スパーダにしてみれば今のでカリンが本気など出している訳がないことを充分に察することができた。

もしも本気を出しているのであれば、最初に放ってきた竜巻などただの児戯に過ぎない。彼女がその身に宿す魔力が起こせる力の限界はあの程度のものではないのだ。

そしてカリンもまた、スパーダが決して全力など出してはいないことを理解していた。

「魔帝の一派であるお前の力がこの程度ではないことなど承知している」

「お前もスクウェア程度の魔法しか使えない訳でもあるまい」

一般的にはメイジのクラスはドット、ライン、トライアングル、そしてスクウェアの四段階に分かれているとされている。

特に最高位のスクウェアクラスのメイジの魔法は極めて強力かつ高度な技であり、モデウスやネヴァンのような上級悪魔でさえも蹴散らせるほどの力を発揮する。

だが彼女、カリンはというと……正直な話スクウェアどころのレベルではないのだ。

 

おもむろにカリンは杖を高く掲げだし、より鋭くなった視線をスパーダにぶつけてくる。

「お前達に一度落とされた……この腕の借りは返させてもらう」

「悪いが、憶えはない」

左の拳を顔先で強く握り締め、凛とした態度こそ崩さないが怒りの込められた声音で呟くカリンをスパーダは一蹴した。

どうもカリンはスパーダのことを別の誰かと勘違いしている様子に見受けられていた。

先日のヴァリエールの三姉妹達との夕食の席にスパーダが同伴した際も初対面のはずだというのに、彼女はスパーダの顔を見て驚いていた。

あれは一目見てスパーダを悪魔だと見抜いたからというだけではない。あの反応は過去に同じものを目にしたことがあるというものだった。

スパーダが魔帝ムンドゥスの一派であると断言したのも、彼女が過去に魔帝ムンドゥスとそれに繋がるものと接触しており、記憶の中にあるスパーダと見紛うばかりの姿らしい悪魔が魔帝に属していた存在であるからだ。

何より、スパーダが身に覚えのないことを口にしている。

 

……要するに、完全に人違いをされているようだ。

 

だが、それを告げた所でカリンは悪魔そのものを憎んでいるのは明らかだ。

たとえスパーダが元は魔帝ムンドゥスの右腕であろうがなかろうが、悪魔である以上は彼女にとっては忌むべき存在でしかないのだろう。

(私に似た悪魔、か)

気になることはたくさんあるが、今は自分達を抹殺しようとする彼女に力を示すしかない。

全てを終わらせた後に、可能であれば彼女が知る魔帝ムンドゥスの話を聞きださなければならないのだ。

 

 

 

 

スパーダとカリンの戦いを遠くから見守っていたルイズ達は互角に渡り合う光景に呆然とするしかなかった。

伝説の魔剣士スパーダと伝説のメイジ烈風カリンの凄まじさは双方の力と力がぶつかり合い、混合することでより鮮烈な場面を生み出している。

しかもどちらも未だ無傷で息一つ乱していない。

スパーダの実力はまさしく本物だが、母があそこまで渡り合えるとはルイズは思っていなかった。

「ちびルイズ。一体、何があったの? どうして母様とスパーダが決闘なんてしているの?」

「わ、わたしにも分からないんです」

「モデウス。あなたの様子じゃあ母様にやられたみたいだけど、どういうことなの? 一体、スパーダは何をしたの?」

エレオノールは水魔法で治療を行いながらモデウスに問いかける。

「何もしてはいません。エレオノールさんの母君が我が師に杖を向けたので、すぐに引かせようとしたのですが……」

「な……ど、どうしてよ! 母様がそんなことを……! それに、母様のあの格好は何なの? 何であんな時代遅れの服なんか着たりして……」

「さ、さあ……わたしにもさっぱりで」

混乱するエレオノールにルイズも困惑してしまう。

長女エレオノールですら今まで目の当たりにしたことがないという母、カリーヌの出で立ちは全く意味が分からないものだった。

「……あいつ、まだあの服を持っていたのか」

ヴァリエールの娘達が二人とも母の姿に戸惑っている中、公爵が小さく呻きだす。

その呟きを耳にしたルイズとエレオノールは父の方を振り向く。妻の姿を見つめるその表情はいつになく険しいものになっているのが見て取れた。

二人は確信する。父なら自分達が知らない母の全てを知っていることを。

「父様、母様のあの格好は何なのですか? あんな母様は見たことがありません」

「私も、魔法衛士隊の格好をした母様なら知っていますけど……あんなお姿になるなんて思いもしませんでしたわ」

「……お前達が知らぬのも無理はない。カリーヌは自分の裏の仕事だけは決してお前達に知られぬようにしていたからな」

「裏の仕事?」

「カリーヌは……わしとの結婚を機に魔法衛士隊の隊服を脱ぎ、このヴァリエール家に嫁いできた。その頃からあいつはずっと人知れずに悪魔を相手に戦ってきたのだ」

「あ、悪魔?」

ルイズはもちろん、エレオノールまでもが目を丸くしていた。

「そうだ。この世のものではない、亜人やドラゴンよりも恐ろしい奴らだ。わしらは魔法衛士隊にいた頃から悪魔とは多少縁があってな……」

公爵は鋭くなりつつも遠い眼差しで妻の姿を眺めていた。

今の妻を見ていると、とても懐かしい気持ちになっていた。何しろあの服装は自分と初めて出会った頃に身に着けていたものなのだ。

「わしが現役を退いた後も、カリーヌは悪魔達が陰で動いていることを知れば奴らを狩るべく杖を振るっていたのだ。お前達は知らぬだろうが、このラ・ヴァリエールやその近辺では悪魔達が幾度も姿を現しているのだ。今のこのラ・ヴァリエールがあるのもあいつが今まで奴らを狩り続けていたからこそだ。

あの姿は悪魔達を狩ることを決めた証だ。あいつは悪魔を討つ狩人として三十年間、ずっと裏の世界を渡り歩いてきたのだ」

父の口から出てくる母の秘密にルイズもエレオノールも愕然としていた。

まさか自分達の母が、あの最強のメイジにして騎士である烈風カリンが娘達が知る由もない世界で闇の眷属達を討ち滅ぼしてきたとは。

「なるほどなあ……そりゃああれだけ強えのも納得だわな」

デルフでさえ感嘆としてしまう。スパーダとも互角に渡り合うそのデビルハンターとしての実力はまさに円熟に達しているのだ。

 

「ちょっと待って。だったら、スパーダは……?」

そこでエレオノールは何かに気づいたようにハッとする。

烈風カリンがあの姿になるのは悪魔と戦う時。その姿を晒しているということは、対峙している相手は……。

「……あやつは悪魔なのだろう」

「悪魔ですって!?」

「父様……」

目を見開き驚愕するエレオノールに対してルイズは不安そうに父の顔を見つめた。

スパーダが人間ではないという秘密が家族に知られてしまった。父は今までスパーダのことを異国の貴族として認めてくれていたが、その正体が悪魔であると知ったならば今の母のように敵意を抱くかもしれない。

自分の大切なパートナーにして恩人である男を家族に否定されたくはなかった。

「あの……その、スパーダは悪魔だけど、悪魔じゃないんです! 彼は私達の味方なんです!」

父の服にしがみつき、ルイズは血相を変えて訴えた。

スパーダは悪魔ではあるが、決して人間の敵ではない。……いや、そもそも本質的には悪魔ではなく人間と同じなのだ。

ルイズの顔を見つめる公爵は真剣な表情を浮かべつつも、その瞳は穏やかだった。

 

「モデウス……あなた……?」

エレオノールは未だ膝をついたまま沈黙するモデウスへ視線をやった。

ここまで事実を知って思い及んだことは、スパーダの弟子とされるこの男の正体だった。

スパーダが悪魔だったということは、すなわちこのモデウスも……。

「ちょっと……! 何とか言いなさいよ! あなたも悪魔だって言うの!? ねえ!」

信じられないという表情でエレオノールはモデウスの肩を強く揺すった。

しかし、モデウスはエレオノールに詰め寄られても何も答えない。ただ静かにスパーダとカリンを見つめるだけだった。

 

「おっ、第二ラウンドの始まりかい」

今まで沈黙していたスパーダとカリンが身構えだしたのを見て、デルフが呟く。

「この声は……まさか、そのペンダントが話しているのか?」

「あ、は……はい……そうなんです……インテリジェンス、え~と……アミュレットで……」

公爵はルイズが身に着けるアミュレットに目を丸くしていた。

「なあ娘っ子よ。お前さんの母ちゃんのメイジとしてのクラスは一体何だ?」

「な、何って……スクウェアに決まってるじゃない」

あれだけの実力を見せておきながらスクウェア未満であるなどあり得ないのだ。

「スクウェアねえ。俺にはどうも、もう二つばかりは足されてるように見えるんだがな」

「あんた一体、何言ってんのよ。メイジのクラスはスクウェアが限界……」

「っていうかそれ以前によ。お前の母ちゃんって人間か?」

「な……何を馬鹿なこと言うのよ、あんたは! 母様は正真正銘、人間よ!」

「まあ、人間には違えねえんだけどな。……あの魔力とクラスはメイジじゃ絶対にあり得ないはずなんだよな」

「ああ、もう! 何を訳が分からないこと言ってるのよ! 母様を化け物扱いする気!?」

デルフの言葉の意味がさっぱり分からずルイズは声を荒げてしまう。

「どうなんだよ、娘っ子の親父。お前さんならよく知ってるだろ?」

「む……」

唐突に話を振られて公爵は渋い顔を浮かべる。

愛する妻の力は騎士隊時代の頃からよく知っているし、今でも現役のままである彼女を影ながら支援することもあるので悪魔をも葬るその実力は身に染みて分かっていた。

この三十年間、様々な凶悪な悪魔達を滅ぼしてきた妻ははっきり言って手に負えない存在である。

恐らく、このハルケギニアで彼女に敵うメイジ等存在しないだろう。下手をすればエルフですら正面から討ち滅ぼしかねない。

 

妻が悪魔を狩り続けることを決意した時に口にした言葉が脳裏をよぎる。

 

――私は『烈風』を超え、魔を滅する『絶風』になる――と。

 

 

収めたままの閻魔刀を片手に、静かにスパーダは右手を横に流す。

「This may be fun. Karin.(楽しめそうだな。カリンよ)」

僅かに口端を歪めると、高速で飛来してきた物を掴み取る。それは今までずっと手放して突き立てたままのリベリオンだった。

スパーダは心の底から目の前にいる人間に敬意を表していた。

彼女は本当に強い。恐らくはこのハルケギニアという世界で最も力ある人間の一人であろう。

それは彼女が純粋に戦士やメイジとして強いからだけではない。彼女が今、スパーダと敵対している理由はただ一つ。

 

ルイズを、愛する娘を守ること。

 

大切な家族を命を賭けて守りたいという『愛』があるからに他ならない。

人間が持つ無限の可能性の源、それは悪魔をも凌駕しかねない力を秘めているのだ。それは相手がスパーダでさえ例外は無い。

(この分なら、ここも安泰だな)

 

突如、澄んだ音色と共にカリンの周囲に無数の赤い剣が出現した。

周囲八方向を高速で旋回し、さらに斜め上空からも同じ数の幻影剣が切っ先を彼女に向けたまま取り囲んでいた。

カリンがフライで上空へ離脱するも、その動きに合わせて幻影剣も彼女を基点に位置を変えないまま張り付いている。

やがて全ての幻影剣がピタリと停止した直後、一斉に着地したカリン目掛けて射出された。

「母様!」

「カリーヌ!」

ルイズと公爵が思わず叫び声を上げた。このままでは彼女は串刺しになってしまうだろう。

だが、カリーヌは顔色一つ変えることなく手首を微かに動かし杖先を振った。

(一目で破るか)

放たれた幻影剣は全てカリンに届くことなく蹴散らされていた。

彼女の全身を球状の竜巻が包み込み、全方位から一気に射出されてきた幻影剣がそれに触れた途端、次々に砕かれていったのだ。

カッター・トルネードを極限まで圧縮したのであろう複雑に絡み合う旋風の刃が彼女を守る鎧となったのである。

幻影剣による同時多角攻撃を初見で軽くあしらわれるとはスパーダもさすがに少し驚いてしまう。

(お見通しか)

それは彼女が過去に似たような、もしくは全く同じ技を見たことがあるからに他ならない。そうでなければここまで用意周到に迎撃はできない。

恐らくはかつて戦ったのであろうムンドゥスの一派の何者かだ。

 

(小細工はいらんな)

無論、スパーダ本人も攻撃は決して緩めてはいなかった。

リベリオンと逆手に握った閻魔刀を振るい次々と剣風の衝撃波を放ち、竜巻の鎧を吹き飛ばして彼女の全身を露わにさせていた。

「……むっ!」

耳をつんざく鋭い轟音と共にスパーダの全身に凄まじい衝撃が叩きつけられる。

いつの間にか彼女のブレイドのかけられた杖が腹を貫いているのだ。しかもその魔力の刃はリベリオンにも匹敵するほど太く長大だ。

一瞬、スパーダも何が起きたのか分からなかったがすぐに理解する。

今までせいぜい十数メイル程度の高さであったのが、いつの間にか遥かな高さの上空にまでスパーダ達の体は浮かんでいる。

それはカリンがフライ……いや、それ以上の超速度の飛行魔法で突進し、そのままスパーダを拘束してきたのだ。

僅か十秒程度で、数千メイルには達しているであろう上空まで急上昇してきたカリンは急転回してそのまま真っ直ぐ地上へ向けて急降下していく。

その速さはもはや音速の壁を突き破るほどの驚異的なもので、衝撃波さえも生じているほどだった。

このままスパーダの体を叩きつける気なのだろう。さしものスパーダでもこの超速度で激突すれば無傷とはいかない。

しかし、離脱をしようにも完全に彼女にロックされていて脱出はできない。

「落ちろぉっ!」

カリンの叫びと共にスパーダの体はゼロ距離から放たれた突風でさらに急加速して吹き飛ばされる。

地上までもはや目と鼻の先。激突は免れない。だがスパーダとてただではやられはしない。

空間転移で位置を変え、池の真上に落ちるように修正することにした。

 

「……き、消えた!?」

「いや、池に落ちるぜ!」

地上から見上げていたルイズはデルフの声に反応して振り返っていた。

衝撃と共に池の中心に巨大な水柱が立ち昇り、周囲に大量の水を撒き散らす。

「きゃああっ!」

「ぬぅ……!」

悲鳴を上げる娘達を守るため、公爵は杖を振り上げるとウォーター・シールドの魔法で降りかかる水を弾いていた。

池の水が溢れだし、まるで洪水でも起こったかのように中庭は水浸しになってしまう。

「な、何なの? 何が起こったのよ?」

「師よ……」

エレオノールが困惑する中、モデウスは苦い顔を浮かべていた。

「ス、スパーダは? 母様はどうしたの?」

「落ち着きなって。上を見なよ」

デルフの言葉に再び空を見上げるルイズは、ゆっくりと降下してくる母の姿を目にしていた。

 

池の真上までレビテーションで降りてきたカリンは浮かんだまま、叩き落としたスパーダが沈んでいった地点を睨む。

水面は未だ激しく揺らめき、波紋が浮かんでいるままだ。しかし、スパーダが浮き上がってくる気配が覗えない。

 

『You Trash.(散れ)』

 

突如、地の底から響くような冷たく恐ろしい声が辺りに響き渡った。

カリンは咄嗟に急加速してその場から離れる。

重々しい音が響き、水面の一部が一瞬にして消滅し穴が開いたかと思えば鋭い斬撃が刻まれだす。しかもカリンを狙ってくるようにして次々と斬撃は繰り出されていた。

その度に宙に浮いているにも関わらずカリンは激しい地震でも起きているかのような空間の振動を全身で感じていた。

 

「くっ……!」

追尾してくる斬撃の波を振り切ろうとカリンは全速力で飛ばして池の上空を舞い続ける。

だが、斬撃は決して逃がさないと言わんばかりにカリンを追い、時には彼女を追い越し正面へと回り込んで迫ってきていた。

カリンは急加速をして何とかかわすが、すぐに斬撃は迂回して再び迫ってくる。

(止んだ? ……いや、違う!)

一瞬、追尾し続けていた斬撃の波がピタリと治まったかと思われたがそれは違った。

カリンは全神経を集中させると、自分のいる地点の空間が歪み始めたのを感じて即座に離脱する。

直後、彼女がいた場所へピンポイントで斬撃が刻まれていた。

それだけではない。彼女の浮かんでいる地点のあらゆる場所に次々と無数の斬撃がばら撒かれるようにして繰り出されているのだ。

カリンは目まぐるしく飛び回りながらかわし続けるが、不規則にいつどこに生じるか分からない斬撃の嵐の中を必死に掻い潜っていく。

自分を狙う斬撃が刻まれるかと思えば彼女の移動先を狙ったもの、はたまた全く関係のない場所と乱発されるので回避は極めて困難だ。

 

「……っ!」

ついに斬撃の嵐がカリンを捉えた。かわしきれずに口元のマスクと髪飾りが斬り飛ばされ、砕け散ってしまう。

同時に斬撃の嵐はようやく治まり、岸辺に着地したカリンは片膝をつく。

「はあ……はあ……」

肩で激しく息を切らすカリンは最初に斬撃が飛んできた水面を睨む。

そこにはいつの間にか水面の上で地面と同じように平然と足をつけたまま、静かに閻魔刀を鞘に納めるスパーダの姿があった。

水に濡れた前髪は垂れ下がり、全身は傷だらけで腹からは夥しいほどの血を溢れさせている。

だがそれでも彼が参っている様子は微塵もなかった。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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