魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 55 <烈風の騎士姫> 後編

 

時空神像から発せられていた光は静かに弱まっていき、壁に映し出されていた記憶の映像も消え失せていく。

いつの間にか日は落ちており、窓の外には二つの月が浮かんでいた。

ヴァリエール家の面々は呆然自失したままであったが、カトレアだけは先刻のムンドゥスの映像に耳を塞ぐほど打ち震えていた。

「大丈夫、カトレア? もう終わったわ」

「はい……大丈夫ですわ……姉様」

エレオノールに肩を抱かれるカトレアは顔を上げて一息をつき、自分を落ち着かせる。

「あれが……お前が言っていたという魔帝ムンドゥスなのか……」

「ええ……」

眉間に皺を寄せたままの公爵にカリーヌは渋面を浮かべたまま頷いた。

かつてのエスターシュの策謀と反乱は悪魔の勢力が裏で糸を引いていたということは周知の事とされている。

だがその勢力を率いる親玉が何者であるかは直接目にしたカリーヌしか知らないことであった。

反乱の鎮圧が済んだ後、公爵はカリーヌの口からムンドゥスの存在を伝えられていたが、自らも今その恐ろしい姿を目の当たりにしたのだ。

「母様、あの……その腕は……」

ルイズ達ヴァリエールの三姉妹は不安そうに母が押さえたままでいる左腕へと視線を注いだ。

過去の記憶ではあのギルバという悪魔に斬り落とされていたのだ。今まで娘達が知る由も無かった事実に心配するのは当然である。

「心配はいりません。この人が必死になってしっかり治してくれましたから」

毅然と答えるカリーヌは夫を横目で見ると、僅かに口元に笑みを浮かべる。

あのカルダン橋での死闘の後、王都に戻ったカリーヌは一ヶ月もの休養を余儀なくされた。

その間、スクウェアクラスの水系統魔法の使い手であるピエールことサンドリオンは切断されたカリーヌの腕を元通りにしようと連日、治療魔法を唱えていた。

さらにはタダ働きになるのを覚悟の上で年金を丸一年分も前借りしたり、他の魔法衛士隊達からの寄付でガリアから極めて高価で非常に効果が高い水の秘薬を取り寄せ、それを触媒にカリーヌの負った傷を必死になって治そうとしていたのだ。

結果としてカリーヌの左腕は元通りに繋がり、半年以上ものリハビリも乗り越えて今では満足に動かせるようになっている。

切断された傷跡だけは消せずに残ってしまったが。

 

「父様。あのノワールという女はどうなったのですか?」

あの映像ではエスターシュを討ち倒した後にノワールとも戦ったのだろうが、せっかく良い場面だという所で終わってしまったのだ。続きが激しく気になるのは当然である。

「……わしがとどめを刺した。この手でな……」

ルイズの問いかけに答える公爵はやけに消沈した様子で肩を落とす。

カリーヌはそんな心苦しい面持ちを浮かべる夫の姿を悲し気に見つめていた。

娘達に言える訳は無いのだ。あのノワールが、夫が初めて愛した女の成れの果てであることなど。

かつて愛した女を二度に渡って命を奪った夫も心に深い傷を負い、当時休養していたカリーヌと共に自らも魔法衛士隊としての務めを休止していたほどだ。

「あの女は元々生きてなどいない」

スパーダが突然口を開き、ルイズ達の視線が彼に集まる。

「あれは人間の亡骸にハルケギニアに住まう妖魔の因子と、魔界の悪魔の因子を掛け合わせて作られた人造の悪魔だ」

「人造の悪魔ですって?」

「ええ。生前の記憶や感情はあっても本能や心はもはや人のそれではありません」

眉を顰めるエレオノールにモデウスが頷く。

人間としての心が欠落している以上、どれだけ命を奪おうが、目の前で失われようが罪悪感が生じることもなければ嫌悪を抱くことさえない。

それどころか残酷かつ残忍な笑みさえも平気で浮かべる、まさしく悪魔そのものでしかなくなっていたのである。

「……そうだ。その通りだ……」

「あなた……」

頷く公爵の肩にカリーヌはそっと手を乗せてくる。

「父様……?」

「これ以上聞いたりしては駄目よ。あの方とは辛いことがあったでしょうから……」

「空気を読みな……娘っ子」

カトレアが首を横に振り、デルフもルイズを制する。

これほどまでに沈み込む姿からあのノワールが遠い昔に父と深い関係にあったのだろうということをカトレアやエレオノールは察することができた。

 

「烈風カリンが私を見知っている理由もよく分かった。迷惑な話だ」

スパーダがつまらなそうに細く息を吐く。

三十数年前、確かに魔帝ムンドゥスの勢力はこのハルケギニアで暗躍を行っていたのだ。本格的な侵攻こそできないようだが、戦力となる下級悪魔を送り込んだり上級悪魔の腹心達が現界することは可能なのである。

そしてカリンが相まみえた、スパーダと瓜二つであるあのギルバの存在からスパーダもまたムンドゥスの一味であると勘違いされてしまったという訳だ。

「何であのギルバとかいう奴、スパーダと同じ顔をしてたのよ。スパーダって兄弟が他にもいるって言うの?」

「そんなものはいない。奴は見た目だけを私に似せているだけに過ぎん」

スパーダはかつてムンドゥスの右腕として仕えていた過去があるので何かしら思い入れでもあるのかもしれないが、本心は定かではない。

いずれにせよ、新たに生み出した自らの駒をわざわざ裏切り者であるスパーダに似せるというのは悪趣味としか言えない。

そのせいでスパーダは人違いをされてしまったのである。迷惑も甚だしい。

 

「ムンドゥスが差し向けた悪魔達とはあれからも戦い続けました。あのギルバと同じ種とは特に……」

「ほう」

腹心がギルバを『試作』と呼んでいたのだから、やはり他の精鋭の尖兵と同様に同種の悪魔として量産されているのだろう。

カリーヌ曰く、ムンドゥスは幾度となく刺客を送り込んで地方の村や町を襲うのを繰り返してはカリン達が討伐に赴いていたという。

「今更だとは思うが、お前も無茶をしすぎだったな……たった一人だけで悪魔達と戦い続けるとは……」

公爵は苦い顔でため息をつく。

烈風カリンは悪魔出現の報を受けると、他の隊員達を引き連れずに単騎のみでの出撃をしていたそうだ。

ムンドゥスの精鋭だけでなく他にも強力無比かつ狡猾な悪魔達も姿を見せており、他の多くの魔法衛士隊達では対処しきれないことが分かっていたため、あえてカリンが単独で挑むことにしたとのことらしい。

公爵の他にも戦友のバッカス、ナルシスも同行することはあったもののカリンには遠く及ばなかったとのことだが。

「母様。スパーダと同じ顔をした悪魔とは何度も戦ったのですか?」

「ええ……あの黒騎士達は、私にとって因縁の相手です」

烈風カリンは悪魔がらみの事件を鎮圧する際、ほぼ必ず最後に相手にする者がいた。

それがあのギルバと同じ種族の悪魔で、どの個体も堅牢な闇色の鎧を身に纏っていたらしい。

「いえ、あれは鎧そのものが生きていた……ガーゴイルのようなものと言うべきでしたか」

「つまり、その黒騎士という悪魔は中身がなく、鎧だけで動いていたというのですね?」

エレオノールは話を聞いていて、母が戦った悪魔がどういった存在であるかを冷静に考察する。

「中に誰もいないなら、どうしてスパーダさんと同じ顔だと分かったのです?」

「鎧だけの黒騎士は所詮、雑魚の尖兵に過ぎません。それを率いる者が本命でした」

カトレアからの疑問に答えたカリーヌは厳しい視線をスパーダにぶつけてくる。

量産型である黒騎士達の中には一際大きな力を有する個体が唯一存在しており、他の黒騎士達との明確な違いは鎧だけでなくしっかりと中身があるということだ。

そしてその個体はあのギルバと同じ顔……すなわちスパーダと同じ顔をしていたという。

「ムンドゥスの腹心達は黒騎士の筆頭をこう呼んでいました。漆黒の天使――ネロ・アンジェロ、と」

「Nero angelo…….(ネロ・アンジェロ、か)」

「わしはそやつの顔を見たことはなかったが……フォルトゥナと同じだとは思わなかった」

公爵も黒騎士達と戦ったことはあるものの、カリンが戦った筆頭の騎士の素顔までは見たことがなかった。それどころか直接相まみえたことさえないのだ。

それは無理もない。カリンがたった一人で悪魔を討伐しに向かった時に限ってその筆頭の黒騎士は姿を現したのだから。

(ネロ・アンジェロ……そいつが完成型らしいな)

どうやら黒騎士という悪魔は生きた鎧とそれを身に着ける者の二つが揃ってこそ強力な悪魔として成立するらしい。

無から全てを生み出せるムンドゥスの力を以てすれば力ある素体を自ら創造することも可能だろう。ギルバはその素体の試作型であり、恐らく烈風カリン達を使って実験を行っていたに違いない。

スパーダにわざわざ似せていたのは、ムンドゥス自身が知る魔剣士スパーダとしての力を持たせようとしていたのかもしれない。試作型のギルバが幻影剣を使っていたのも頷けることだ。

と、なれば完成型らしいネロ・アンジェロという黒騎士の力は相当なものであることが窺える。

(いずれ相まみえるか……)

ムンドゥスの勢力がハルケギニアへの侵攻の準備を整えているのが判明した以上、懐かしき腹心達や新たな腹心達とは刃を交えなければならない。

それは必然的に、黒騎士ネロ・アンジェロと魔剣士スパーダが激突することは避けられないだろう。

 

 

「黒騎士のことはよく分かった。悪夢というのは何者だ」

腹心達は黒騎士の他に、『悪夢』という悪魔の実験も行っている様子だったが、時空神像の映し出した記憶にはそれらしきものは映し出されていなかった。

スパーダからの問いかけにカリーヌと公爵は視線を交わし合い、複雑そうな顔を浮かべだす。

「……あれは、悪魔というべきなのかよく分かりません」

「うむ。だが間違いなく、恐ろしい力を備えていたことは確かであった」

エスターシュ動乱の時期、カリン達はある任務を行っていた。

それはエスターシュの叔父である貴族、グールヴィル伯爵の捕縛だった。

「グールヴィル……確か過去にアカデミーに所属していた研究員の名簿にそんな名前があったかしら」

エレオノールはその名前に聞き覚えがあった。

グールヴィルという男は若い頃、アカデミーの研究員として務めていたものの、異端どころか外法な魔術の研究に手を染めていたがためにアカデミーはおろか実家からも追放されたという。

何しろその研究というのが死霊魔術……死者を蘇らせたり、生ける屍を操るというものだったのだ。

「生ける屍……」

「かーっ、アンドバリの指輪と同じじゃねえか」

ルイズは険しい顔を浮かべ、デルフも思わず声を上げてしまう。

「うむ。そやつがエスターシュの支援を受けて密かに研究を行っていることが判明してな。わしらはそやつを捕まえに隠れ家へ向かったのだ」

「その時にもあのノワールが現れ、悪夢と呼ばれる悪魔を呼び出しました」

悪夢と名付けられていた悪魔はムンドゥスの他の腹心の悪魔達とは違い、意思があるのかどうか分からない醜悪な怪物だったという。

その姿も一定していなかったようで、カリーヌも公爵も言葉では言い表せられなかった。

だがカリーヌ達では手に負えない力を発揮していたらしく、それどころかその強大な力が制御しきれず最終的には暴走してグールヴィルを巻き込んで自滅したらしい。

「あの時、ノワールは言っていました。『三つでは足りない』と」

「そうか」

「三つ足りないって、何のことかしら。ねえスパーダ。もう一度、この像でその時のことを見せてもらったら?」

「その必要はない。いずれ私が相まみえるだけだ」

その『悪夢』と呼ばれる悪魔もまたムンドゥスが生み出した手駒の一つなのだろうが、暴走して自滅してしまうようではまだ実戦に耐え得るような存在ではなさそうだ。

だが黒騎士同様、確実にハルケギニア侵攻のために生み出されたものであることは間違いないために完成すれば脅威となる可能性は高い。

 

「公爵夫人。ムンドゥスは今でもは刺客を送ってきているのですか」

「いいえ。私が魔法衛士隊を辞める少し前から忽然と音沙汰が無くなりました。それでも他の悪魔達とは相変わらず戦い続けましたが」

モデウスの問いにカリーヌは首を横に振る。

ムンドゥスの勢力が送り込んでくる悪魔は特徴があるのですぐに分かり、全く関係の無い一般の悪魔達による事件も公爵家に嫁いでからも細々と起こっていたのだ。

それら悪魔絡みの事件をカリーヌは密かに解決してきたのである。

「絶風を名乗り始めたのはその頃という訳か」

「……ええ。この世に仇なす悪魔には、烈風程度ではとても足りませんから」

真っ直ぐにスパーダの瞳をカリーヌを射抜くように睨んでくる。

同時に彼女の全身からゆらりとしたオーラが立ち昇り始め、視線を交わし合う二人以外はその威圧感に息を呑んでいた。

「私は全ての魔を屠り、滅する狩人として生きることを決めました。……いつかまた、魔帝ムンドゥスがこの世に災いをもたらしに来る時に備えるために」

ムンドゥスの一派、そして数多くの悪魔達との戦いが烈風カリンに、ハルケギニアが密かに危機に晒されている事実を悟らせていた。

この世ならざる異形の悪魔達はハルケギニア最強の妖魔たる吸血鬼以上もの残忍さと狡猾さで災いをもたらそうとしている。

それを知った烈風カリンは地位も名誉も、世をも捨てる覚悟を抱いて魔法衛士隊を辞め、彼らを専門に討伐するデビルハンターとして生きる決意をしたのだ。

 

烈風を超え、魔を滅ぼす絶風になる――それが当時、カリーヌが口にした座右の銘である。

 

「絶風、カリン……」

エレオノールとカトレアも目を丸くして今まで知らなかった秘密や意志を告げた母を凝視する。

「だが結局、娘っ子の親父の所へ嫁いだって訳か。よお、この鋼鉄の騎士だったご婦人をどんな風にして口説いたんだい?」

「黙れっ! インテリジェンスの分際で! お前には関係ないことだ!」

茶化してきたデルフに公爵はドン、と自らの膝を拳を叩いて烈火のごとく吠えた。

そんな夫の姿を見てカリーヌは軽く微笑んでいた。

魔法衛士隊に辞表を出し、何もかも捨てて悪魔達との孤高の戦いに身を投じようとしたカリーヌだったものの、相思相愛となっていたピエールへの想いも捨てきれなかった。

彼もまた魔法衛士隊を辞めて実家であるラ・ヴァリエールの家督を継ごうとしており、自分の戦いに巻き込みたくなかったカリーヌは断腸の思いで未練を断ち切ろうとしていた。

だがピエールは無理に引き止めようとはせず、優しくカリーヌに言葉をかけていた。

 

――疲れたり、辛くなったら、いつでも俺の所へ来いよ。

 

――俺はずっとお前の帰りを待っている。

 

――お前は決して一人じゃないんだからな。

 

孤高の戦いからいつか帰り、心を休められる安息の場所をピエールは用意してくれていた。それはカリーヌが戦いのみの修羅の道に突き進んで身を滅ぼさないようにするためのものだったのだ。

結局カリーヌはヴァリエール家に嫁ぐと同時に悪魔達を葬る狩人と両方の道を選んだのである。

そして彼女は掛け替えのない家族を手に入れた。自分が帰れる場所が、守るべき者の存在が、絶風カリンに悪魔達と戦う意味と覚悟を常に教えてくれるのだ。

 

 

「大した心掛けだな。絶風よ」

僅かに笑みを零し、スパーダはカリーヌを心から称えた。

デビルハンターとして悪魔達を滅ぼす決意と覚悟をその心と体に刻み付けた彼女は間違いなく、悪魔達との死闘の中で上級悪魔さえも屠る力や経験を蓄えていったのだ。

しかも彼女が目標にしているのは中途半端な力までしか持たない並の上級悪魔ではなく、魔界はおろか異世界をも支配する力を備える魔帝ムンドゥスという大物というのだからその覚悟はまさしく本物である。

だが、だからこそ彼女は一切の例外も無く全ての悪魔を滅ぼそうとしているのも確かだ。

故にスパーダのことも完全には信用しておらず、今もこうして不信感を抱いているままなのだろう。

「……正直、私は未だに信じきれません。何故、魔帝ムンドゥス所縁の悪魔であるはずが離反をし、人間に味方までしようというのか……」

「母様。スパーダは……」

「我が主とはそりが合わん。他に大した理由はない」

訝しそうにするカリーヌだがスパーダは説得しようとしたルイズの言葉を遮って平然と返す。別に嘘は言っていない。

いかなる理由やスパーダ自身の志があるにせよ、彼女に積極的に納得や理解してもらおうとは思わない。

スパーダにはスパーダの、そしてカリーヌにはカリーヌとお互いがそれぞれ成すべきことをするのみである。

「魔帝ムンドゥスはいずれこのハルケギニアへの侵攻を始めるだろう。その時が来たならば、存分にその杖を振るうが良い」

「その暁には、あなたもムンドゥスに戦いを挑むというのですか?」

「無論だ」

やはりカリーヌは信じられない、とでも言いたそうに不審の表情を向けたままだ。

「私が気に入らぬというのであれば、またいつでも挑みに来れば良い。絶風カリンよ」

そこまで語った所でスパーダは徐に腰を上げだす。

 

「どこへ行くの?」

「一足先に魔法学院へ戻る」

「ちょ、ちょっと! 待ってよ、スパーダ! どうして帰っちゃうの!?」

慌てて呼び止めるルイズまでもが立ち上がっていた。

「スパーダさん。あなたのことはもう誰も悪い人だなんて思っていませんわ。ルイズと一緒に夏休みをここで過ごしてくださっても良いんですよ」

カトレアはスパーダが去ろうとする理由を知る身だが、それでも彼を引き止めようとする。

「私はどうでも良い。今のルイズにはむしろ私達は邪魔だ」

「邪魔だなんて……どうしてそんな……」

「ルイズ。お前は良き母親を持っている。だから彼女を憎むことなど考えるな」

突然すぎるスパーダの言葉にルイズは戸惑い、絶句した。

それは他の家族達も同様でスパーダへ視線が集中する。

「お前が私と彼女の戦いを止めた時の叫び……あれがお前が抱く憎しみの証だ」

ルイズがスパーダとカリーヌの死闘に介入した際、普段ならば絶対に逆らうことなどあり得ないはずの母に初めて面と向かって怒りをぶつけていた。

しかも思わず、スパーダが使う異国の言葉までもが出てきてしまったほどである。ルイズでさえ実は驚いたほどだ。

「あ、あれはその……母様がスパーダと喧嘩をするからついカッとなって……」

「違う」

スパーダは戸惑うルイズの弁明をバッサリと否定する。

「あれはお前が彼女に対して心の奥底で抱いていた本心そのものだ。お前は気付いていないようだが、内心では母親を……いや、家族にさえ憎しみを抱いている」

「わたしが……? そんな……そんなことないわ! 絶対にないわ! そんな……恐れ多いこと……!」

必死にルイズはスパーダの言葉を否定する。

掛け替えのない大切な家族……肉親に憎しみを抱くなど、そんなことがあってはならない。

母カリーヌや姉エレオノールと苦手意識を持つことはあっても、本気で嫌いになったことなどないはずなのだ。

ましてや、自分を産んでくれた母親を憎むなど……。

「今はそうかもしれん。だが、それ以前のお前ならどうだったか。お前は私をこの世界に召喚する前はゼロのルイズと呼ばれ、無能のメイジとして蔑まされていた。魔法学院でも、そしてこのラ・ヴァリエールでもな」

そのスパーダの言葉に愕然としたのはルイズだけではなかった。他の家族達も同様の表情を浮かべている。

「お前の姉も両親も、皆メイジとしての才に溢れる者達ばかりだ。その中にあってルイズだけが同じ魔法を使えずにいたがために、家族の常識についていくことができなかった。お前なりに努力をしようとも誰もそれを認め、苦しみを理解してはくれない。その中でお前は密かに己を理解してくれない家族への憎しみを生じさせたのだろう」

ルイズは魔法学院に入学する以前、幼少の頃からこの実家でも無能の烙印を押されていた。

母からは姉二人と魔法の成績を比べられては物覚えが悪いと叱られ、使用人達にさえ陰で馬鹿にされ、家庭教師からも集中が足りないだの、努力をしていないなどと否定されたことさえある。

いくらカトレアが慰めてくれようとも実際は気休めにもならず、ルイズの本心や苦しみが真に理解されていた訳でもない。

結果としてルイズは実家にいようとも孤独であることに変わりなかったのだ。

魔法がまともに使えなかった決定的な理由がルイズ自身が一般の系統とは違う伝説の虚無の系統の使い手であったからな訳だが、そんな想像だにしない事実が家族の誰にも分かる訳がない。

「特にお前にとっては母親の存在が大きすぎた。数多くの武勲を立て、その裏では悪魔をも討ち滅ぼす力を持つに至るほどの強大なメイジであったが故に、お前は自分とは全く違う存在である母親に対して特に強い劣等感を抱き、それが憎しみへと変じていた。己の奥深くで眠っていたその思いがあの時、一気に吐き出されたという訳だ」

ルイズは気まずそうにちらりとカリーヌの方を見やると、彼女は苦い顔で自分のことを見つめていた。

そのため思わず母から視線を逸らして俯いてしまった。

「その心の闇が燻り続ける限り、お前はいずれ家族を自ら捨て去ることになるだろう。……先程ここを出ようと考えを口にしていたのもそういうことだ」

「違う……違うわ……そんな……そんなことない……わたしは……」

「だがルイズ、これだけは言っておく。彼女は間違いなく、お前にとって素晴らしい母親だ。我が子のためにあそこまで身を挺することのできる者がどこにいる? 彼女が娘を守ろうとしていたその心と愛情は紛れもなく本物だ」

心苦しそうに首を横に振るルイズの元にスパーダは歩み寄ると屈みこみ、顔を覗き込んでくる。

「良い機会だ。今はここでありのままのお前自身で、家族と向き合え。ここはお前が最後に帰って来られる安息の場所だ。それを自ら捨てることはない」

そこまで語ったスパーダは立ち上がりモデウスの方へ視線を流すと僅かに顎をしゃくる。

スパーダの意を即座に察してモデウスは頷いた。

 

「……申し訳ありませんがエレオノールさん。私も失礼させてもらいます。トリスタニアのいつもの宿におりますので、ご用の際はそちらにまた手紙を送ってください」

「モ、モデウス……! お待ちなさい!」

一礼をしたモデウスが離れて入口の方へ向かうので慌ててエレオノールは呼び止めようとする。

「モデウスさんまで……エレオノール姉様はモデウスさんのことを邪魔になんて思っていませんわ。むしろモデウスさんを……っ」

カトレアの告白をエレオノールは一瞬にして真っ赤に顔を染めると、慌ててその口を手で塞ぐ。

モデウスの耳に入っていたのか否かは分からないが、当人は気にした風もなくドアを開けて出て行ってしまった。

「夏期休業の間、退屈ならばそれを使って好きにするがいい」

スパーダは取り出した無数のレッドオーブをテーブルの上に置かれた時空神像の周りに添える。

さらにもう一つ、黄金に輝く宝玉・ゴールドオーブも取り出すとそれも一緒に置いていた。

「これは?」

「万が一の保険だ。持っておけ。誰かが果てるようなことがあれば使っても構わん」

ルイズはゴールドオーブを不思議そうに見つめるが、スパーダは大した説明もしないまま用は済んだとばかりに居間を後にしようとする。

「夏期休業が終わればまた会おう。ルイズ」

肩越しに振り向き言い残し、スパーダも退室していった。

(保険ねえ。抜かりねえじゃねえか。同じ轍は踏まないってか)

沈黙を守るデルフはスパーダが残していったゴールドオーブが如何なる力を秘めているのかをあの大雑把な話だけで察していた。

 

 

残されたヴァリエール家の者達は誰もが沈黙し、表情を曇らせたままルイズを見つめていた。

その中にあってルイズは居たたまれない気持ちでいっぱいである。

自分でさえ全く気付きもしなかった家族への負の感情をルイズ自身は信じたくなかった。

子供の頃は癇癪からエレオノールに対して「嫌い」と叫んだりしたことはあったがそれは決して本気ではない。

昼間の母に対する怒りの叫びもそれと同じものだと思っていたのに、スパーダがルイズの憎しみを肯定してしまってはこれからどうすれば良いのか分からない。

「あなた達。席を外してくれますか?」

そんな中、小さく一息をついたカリーヌはルイズ以外の三人を見渡して声を上げた。

「カリーヌ……」

「ルイズと二人だけで話をしたいのです」

「う、うむ……」

この状況下にあって有無も言わせない口調に公爵は頷くしかなかった。

エレオノールとカトレアも静かに頷き父と共に退室しようとするが……。

「あっ! おい、何しやがんだよ!」

カトレアだけはルイズの首にかかるアミュレットのデルフを外していた。

「デルフさん。今はルイズと母様の二人だけにしてあげないと。あなたも例外じゃありませんよ」

「カトレア。早くしなさい」

エレオノールに促され、デルフのペンダントを手にカトレアも居間を後にしていった。

母と娘、二人だけが残される中でルイズはこれまでにない緊張と不安を感じていた。

自らが密かに抱いていた母への、ひいてはヴァリエール家そのものへの本心をスパーダに暴かれてしまってこれから何をどう話せば良いのか分からない。

ましてこれまで親に反抗してはならないと厳しく教育されてきたのだ。その教えを守らなかったり逆らった日には規律を破ることを何より嫌う烈風カリンの風魔法を持って恐怖の罰が与えられたのだから。

「母様、あの……わたしは……」

「いらっしゃい、ルイズ」

恐る恐る口を開こうとする娘をカリーヌは穏やかに手招いた。

意を決して母の隣に腰を下ろしたルイズはそれでも困惑したままで言葉が出てこず、まごついてしまう。

「ルイズ。あなたが抱く私達への怒りと憎しみはよく分かりました」

「か、母様。そ、それは……あの……」

「良いのですよ。あなたは私達に正直な気持ちを示しただけなのですから。恥じることも、恐れる必要もありません」

カリーヌはルイズを叱ることも逆上することもなく静かに頷いていた。

「……私は母親失格ね」

細く小さな溜め息を漏らして呟くカリーヌにルイズは困惑する。

その瞳にいつもの苛烈さは微塵もなく、ただ寂しげに、哀しげな色を浮かべるそれはルイズが初めて目にする母カリーヌの弱々しい表情だった。

元魔法衛士隊の騎士にしてヴァリエール公爵夫人としての威厳を纏っていた母しか見たことのなかったルイズは今までにない姿に余計に戸惑ってしまう。

 

「あなたは小さい頃からずっと苦しんでいたのに、我が子の心を何一つ分かっていなかったなんて……あなたが私達を憎むのも当然のことだわ」

いや、実際はとうの昔に家族はみんなルイズの本心に気が付いていたのかもしれない。

しかしカリーヌは……いや、家族も使用人も、ヴァリエール家の全ての者達が、苦しみ助けを求めていたルイズから目を背け続けていたのだ。

「カトレアの病魔も、ルイズの憎しみも、あの悪魔だけが全て理解していてくれたなんて……」

長年に渡って身近にいながらも娘を蝕んでいたちっぽけな悪魔の存在にすら気付くことができず、さらにもう一人は自分達メイジの常識と価値観を押し付けて孤立させてしまい、苦しみや悲しみも僻みと受け止めて理解してやることもできず追い詰めてしまった。

しかし、スパーダはたった数日でカトレアの病魔の原因を見抜き、ルイズが家族へ抱いていた憎しみすらたった一度の怒りから全て看破していたのだ。

それは本来ならば自分達、家族が成すべきことであるはずなのにそれができなかった。カリーヌは己が如何に不甲斐ない存在であるかを恥じていた。

「あなたがあの時に怒りをぶつけた時、薄々感じてはいたわ。でも……それでも私はあなたの心の底まで理解できなかった」

ルイズが肉親にあそこまで怒りを露わにしたのはスパーダのことをそれだけ信頼し大切にしているが故だ。

そもそもスパーダはルイズの使い魔として召喚された身なのだ。

話に聞いただけでも召喚されてから今まで、彼はルイズのことをパートナーとして支えてきたという。

そのおかげでルイズはコモンスペルとはいえ自分達と同じ魔法が使えるようにもなり、その命さえ守られてきた。

おまけにスパーダが悪魔であることを理解してさえいる。決して丸め込まれた訳ではない。

ならば娘があそこまで激怒し、反抗するのも当然である。たとえ悪魔であろうと娘が心から信頼し慕っていたパートナーを一方的な敵愾心から奪おうとしたのだ。

 

「我が子の心が分からなかった私には母親である資格などないのでしょうね……」

「それは……違います! 母様!」

己を卑下するカリーヌにルイズは思わず叫んだ。

「母様はわたしが生まれる前から今までも、ずっと陰ながらわたし達のことを悪魔達の手からお守りになってくれたではありませんか。そこまでしてくれる母親はきっと他にいません」

「……子供を産み、育てるだけでは母親にはなれません。私はあなた達には厳しくするばかりで母親らしいことを何一つしてあげられませんでした。あなたにとって私の存在はとても窮屈だったことでしょう」

なまじ、本来ならば女には不似合いであるはずの騎士としての性分が身に沁みついてしまったがために母親らしさが欠けてしまったのかもしれない。

カリーヌは今になって、自分は騎士になどなるべきではなかったのではないかという後悔が生じていた。

「いいえ。どんなに厳しくても、母様はちゃんとわたしのことを受け入れてくれました。だから、ここまで心を痛めてくださるのではないですか」

時間がかかったとはいえ最終的には娘の心を理解し、全てを受け止めてくれたことは事実である。

娘のことを愛し、想っているからこそ母は心を震わせてくれているのだ。

「スパーダだってはっきりお認めになられたんです。母様はわたし達、家族のことを心から愛してくださる素晴らしい母親であると。だから、どうか自分をお責めにならないでください……!」

「ルイズ……」

哀しげに叫ぶルイズの肩に手を回し、カリーヌはそっとその身を抱き寄せる。

母に抱かれるルイズは不思議な感覚を味わうことになった。

ルイズが悲しみに暮れた時、次姉のカトレアが慰めるために抱き締めてくれていた時のような……いや、似てはいるものの全く別の安堵感が心に満ちていくような気がするのである。

母の腕に抱かれるルイズは初めて味わうはずなのに、とても懐かしい気分に浸っていた。

「……本当に、ごめんなさい。私のルイズ……」

娘への詫びの言葉が震える声となってカリーヌの口から漏れていた。

ルイズは何も答えずにより一層、己の体を母の身に預けていた。

(わたしの、母様……)

 

ルイズを心から愛してくれる母親が自分のために心を痛めてくれている。

 

己の身を削ってでも人知れず家族を守るために悪魔達と戦ってくれている。

 

昔は教育に厳しく嫁ぎ先のことしか考えていない母親としか思っていなかったが、とんだ誤りだった。

心から娘のことを愛してくれている母親がこの世に存在してくれている事実がルイズにはとても嬉しく、誇らしく、そして幸せだった。

 

――ヒヒーーーンッ……!!

 

母娘がお互いに寄り添い合う中、窓の外から力強い嘶きと共に蹄と馬車が走る音が聞こえてくる。

スパーダが乗ってきた馬の悪魔を駆ってここを離れようとしているのだろう。

(魔剣士スパーダ……いつかお前にこの借りは返しますよ)

魔を滅ぼす絶風となることを誓ったはずのカリーヌは忌むべき悪魔に対して大きな、そして複雑な恩義を抱いてしまった。

あの悪魔がルイズのパートナーとなってくれなければ娘とここまで心を通わせることなどできなかっただろう。27年前にカリーヌが初めてエレオノールを産んでから一度としてまともに経験したことのない、我が子との交流の機会をあの悪魔は自分達に与えてくれたのだ。

もしも悪魔だと認識しないままでいられたのならば、夫が好感を抱いたように自分も彼を異国の貴族として敬服していたのかもしれない。

「あの男がもしもあなたに、何か良からぬことをしでかしたなら……すぐに私に話すのですよ。私はこの身を持ってあなたを守ります」

「大丈夫です。スパーダはそんなことしませんから」

16年という歳月を経て最初の歩み寄りを始めた揃いの桃髪の親子はお互いに、特に母は娘と変わらない少女のような微笑みを浮かべた。

その様子を部屋の外――扉の隙間から密かに三人の家族達が覗き、見守っていることをカリーヌはあえて無視することにしていた。

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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