魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

71 / 181
ガリア旅行編
Mission 56 <妖精たちの狂宴~Trick Fragrance>


 

 

軍事同盟を結んだトリステインとゲルマニアは協議を行い、神聖アルビオン共和国に対する方策を立てていた。

不可侵条約を一方的に破っただけでは飽き足らず、さらには悪魔の力さえも借りているアルビオンはもはやハルケギニアはおろか世界そのものの仇敵である。このまま放置していれば、次はどのような凶行に出るかわからない。現にアンリエッタ女王の誘拐事件を既に起こしているのだ。

ゲルマニア側は制裁案として敵地アルビオン大陸への侵攻を主張したが、トリステイン側はそれに反対した。

トリステインの重鎮、ラ・ヴァリエール公爵からの冷静な意見でアルビオンに直接攻めるのではなく、大陸を空から封鎖し閉じ込めてしまい、補給路を断って自滅させれば戦わずして勝てることを述べたのである。

正論ではあるが、ゲルマニア側は納得しなかった。それでは泥沼になるではないか。いつまた恐ろしい策を仕掛けてくるか分かったものではない。早急に敵を討ち滅ぼさなければいつまで経ってもハルケギニアに平和は訪れない。……等と好戦的な主張を繰り返していた。

無論、この主張を述べるのは何もゲルマニアだけではない。トリステイン国内でも、不安と恐怖を煽られた貴族や血の気の多い将軍達からも侵攻を主張する者が大半を占めており、アンリエッタ女王とマザリーニ枢機卿はこれら主戦論者達を抑え込むのに苦労したほどである。

結局、アルビオンに対する制裁はひとまずヴァリエール公爵の大陸封鎖が採用されたが、ゲルマニアからの意見で同時に敵の策に備えるのは当然ということで、アルビオン大陸間や国内の警戒はより厳重なものとなっていた。

大陸封鎖でもしも根負けをせず状勢が長引いたまま、それでも卑劣な策で両国を脅かし続けるようであれば戦端が開かれる可能性は非常に高い。だがとにかく、今は時期尚早ということで落ち着いた。

 

一方、残された二国――トリステイン南西に位置するハルケギニア最大の大国、ガリア王国――さらに南に位置するブリミル教の中心地、ロマリア連合皇国――はこれら三国の抗争に対して中立の声明を発し、どちらにも組しないことを示して沈黙を守っていた。

 

 

そしてトリステイン魔法学院の夏期休業が始まり早くも一ヵ月が過ぎた今、スパーダはそのガリア王国の首都リュティスの一角に位置する繁華街ベルクートに足を運んでいた。

昼時の今、多くの貴族や上級市民が利用する高級店が並ぶ繁華街は小国のトリステイン王都とは比べようもないくらいに壮麗で、活気に満ちている。

食堂のテラスで席についていたスパーダは適当にオーダーをすると、彼の前には丸く薄く伸ばしたパン生地の上にチーズを始めとする様々な具材が乗せられた料理が運ばれていた。最近、ガリアで流行っているピッツァと呼ばれるものらしい。

(要はピザか)

人間界でも食したことがある食べ物だが、ストロベリーサンデーやアイスクリームと同様にスパーダも割と気に入っているものだった。

生地の中心に無数の切れ込みが刻まれ小さく分けられて食べやすくなっているピッツァを手にし口にする。

……確かにピザそのものの味だ。スパーダは黙々としつつも珍しく満足げな様子でピザを食していた。

「はむ……」

隣の席では流れるような美しい金髪の少女がスパーダと同じピザを両手で小さな口へと運んでいる。

「トリスタニアとは大違い……何だかわたし達、場違いみたいです」

さらにその向かいでは黒髪の平民の少女が落ち着かない様子で辺りを見回し、自分のピザに手がついていない。

「ホッホッホッ。なあに、初めは誰でもそうじゃて。貴族でも平民でも同じことじゃよ。むぐむぐ……」

スパーダの向かいではトリステイン魔法学院の長、オスマンがピザを食べながら朗らかに笑う。

「ところでシエスタ君。うちのコルベール君がタルブで何やら大仕事をしとるそうじゃな? 何か迷惑をかけとりゃせんかね?」

「いいえ。ミスタ・コルベールとスパーダさんのおかげで、これからタルブはとっても大きくなりそうなんです」

「ほう。最近、彼は学院とタルブを忙しく行き来しとるからのお。また何か新しい研究でも始めたのかと思ったが……」

 

ガリアへの来訪でスパーダは二人の少女を同伴させている。それがこのティファニアとシエスタである。

ルイズの実家であるラ・ヴァリエールから魔法学院に戻ってきたスパーダは復興が進んでいるタルブの様子を見に行くついでに新たな計画を実行に移すことを決めた。そのためにはコルベールの協力が不可欠であり、彼を連れてタルブを訪れたのである。

既にタルブの復興は完了しており、住民達は戦火に巻き込まれる前と変わらない暮らしを送るようになっていた。

だが住む家などは元に戻っても、タルブの主要な産業である農業は打撃を受けたままだ。レアメタルである魔光石の採取も一時的なものに過ぎないため、今後もタルブを維持させるためにも新しい産業が必要だった。

 

スパーダは以前、人間界のオランダで見た風車小屋のことを思い出し、それをタルブの地に設置させることを思いついた。

適度な風が吹き抜ける広大な草原という稼働にも造設にも最適な立地条件であり、製粉でも行わせれば充分に村の産業として定着するだろう。

建設の元手も魔光石の売買によって得た資金が残っており、最初に設置する試作機を作るのにも充分なほどだ。

 

コルベールが以前、火力を用いた簡易的な動力装置を製作していたのもあってそうした工業の知識には精通しているであろうから風車小屋製作の責任者として白羽の矢を立てたのである。

快くスパーダの提案を受け入れてくれた彼は自分の知識がついに人々のために役立てると子供のようにはしゃいで意気込んだほどだ。

そして彼はスパーダの指示の元に風車小屋の設計図などを作成し、さらにタルブの住民達とも話をつけて建設を始めていた。現在もタルブで指揮に当たって熱心に勤しんでいることだろう。

 

試作機の完成や稼働の安全・安定性の確認、さらにそれらの運用を村人達に教え込むにはこの夏期休業の期間をまるまる費やすことになるだろう。

その間、少なくとも完成までスパーダにはやることが無くなってしまい暇を持て余すことになるのでガリア王国への遠出を行うことにした。

シエスタに付き添いとして声をかけてやると彼女は喜んでスパーダの旅に同行することを決めた。

侍従として努めさせてもらう、と張り切っていたシエスタだったがスパーダとしては自分よりも別の者の世話の方を頼みたかったのである。

 

オスマンの秘書、ロングビルことマチルダはスパーダの依頼でアルビオン大陸へ侵入している最中であり、しばらく姉にも会えなくなるティファニアをトリスタニアに閉じ込めたままにしておくのはさすがに窮屈だろうということで彼女も旅に同行させたのである。

こうしてトリステインを出発してから亜空間を介して移動する巨馬ゲリュオンに乗ってわずか半日でスパーダ達はこの首都リュティスに辿り着いたのだ。

 

ちなみにオスマンは元々同伴していた訳ではなく、たまたまこのリュティスでつい先ほど顔を合わせただけに過ぎない。

何故、トリステイン魔法学院でなくこんな場所にいるのかスパーダは詮索しなかったが、察することはできる。どうせ学院の仕事をサボって遠出してきたのだろう。

事実、彼はロングビルが傍にいないため、この一か月もの間非常に退屈していたらしい。

 

「ティファニア君と言ったね? お主もこういう場所は不慣れじゃろうが、恐れることはないぞ? なあに、ワシら大人がいるんじゃから大船に乗ったつもりで安心せい」

「は、はい……」

リュティスの活気な雰囲気にシエスタ以上に緊張した様子のティファニアをオスマンはおどけながら宥めた。

ティファニアは修道服ではなく普段着でもある草色のワンピースを着ているのだが、頻繁に自分の耳にそっと触れては不安そうに周囲を見回していた。

ハーフエルフである彼女の耳は人間達とは異なる尖ったものであり、それは彼女が人間達に恐怖され忌み嫌われる異種族の血を引くことの証となる。こんな人目に付く場所では帽子やフードなどを被って隠さなければまともに歩き回ることなど不可能だ。

だがそのエルフの象徴であるはずの耳は今、ここにいる者達と同じ――人間のそれと変わらない形になっていた。

(大丈夫……スパーダさんが作ってくれたんだから……)

耳に触れた後に決まってティファニアは自分の首元へ手を持っていく。そこには赤いリボンに琥珀色の宝石があしらわれたチョーカーが飾られている。

旅に出る少し前からスパーダは錬金術でマジックアイテムを一つ作っており、それがこのチョーカーだった。

メイジの系統魔法では人相を変えることのできる高度な魔法が存在し、それに相当する魔術をこのチョーカーに込めさせたのである。

ピンポイントに耳のみを変化させるようにしたため、これならばティファニアはわざわざ耳を隠す手間も無くなり、堂々と外の世界を歩き回れるのだ。

無論、そのためにはこのチョーカーを肌身離さず身に着けていなければならない。

(スパーダさんがちゃんとわたしを守ってくれてる……大丈夫よ、ティファニア……怖がらなくても大丈夫……)

このマジックアイテムを通してスパーダは外の世界に憧れると同時に恐れてもいるティファニアのことを守り、その心に安堵を与えてくれている。

彼がティファニアに託したことの意味を身に着ける本人は肌でしっかりと感じ取っていた。

 

「さて、スパーダ君。君はガリアに来るのは初めてなのじゃろう? せっかくの夏休みの旅行なのに何か予定はあるのかな?」

昼食を終えた一行が繁華街の大通りを行く中、オスマンが切り出し始めた。

彼の言うようにスパーダ自身はこの街で特別する予定はない。とりあえず適当に宿でも取っておいて、ティファニアやシエスタの自由にさせてそれに付き合ってやるつもりだった。

「では、ワシが良い所へ連れて行ってあげよう。ほれ、付いてきたまえ」

オスマンを先頭にスパーダ達はその後をついていく。

最後尾ではシエスタとティファニアがリュティスの街並みに目を奪われつつもスパーダの背中にしっかりとくっ付いていていた。

「あのお爺さん、どこまで行くんでしょうか」

「さあ……でも、オールド・オスマンはこの街に詳しいみたいですし。色々頼った方が良いと思います」

ティファニアにとってはトリスタニアの繁華街でさえ一人だけで歩くのは迷ってしまうほどなのに、このリュティスともなればはぐれてしまえば迷子になるのは必至だ。

シエスタの言うように頼りにできる大人が一緒にいてくれなければまともに動くのもままならないだろう。

(何でみんなこっちを見てるのかしら……ちゃんと耳は同じはずなのに……)

道行く通行人の大半はすれ違いざまにティファニアに視線を奪われては嘆息をもらしていた。

それはティファニアの絶世の美貌だけでなく、彼女の華奢な肢体がはっきりと露わとなる服装が原因だった。

男は貴族、平民を問わずティファニアの巨大な果実のような胸に視線がいってしまい、それにばかり注目していたせいで転んだりぶつかったりと災難な目に遭っている。

トリスタニアでシエスタと初対面した時でさえ、彼女ですらティファニアの胸の大きさに目を丸くしてしまったほどなのだ。

ついでに言えばオスマンも露骨でこそなかったものの、同じようにティファニアの胸に興味を持っていたようだった。

 

「さあ、ここじゃここじゃ。ほれ、二人も遠慮せずに入ってきなさい」

やがて辿り着いたのは一軒の宝石店で、店先のショーケースには豪華なアクセサリーや高価な宝石が飾られている。

「うわあ……」

「こ、これだけで五百万エキューも……すごい……」

「そ、そんなにすごいんですか?」

「だって、わたしのお給金のえ~と、百倍……千倍……一万倍……ああ~! とにかく分からないくらいなんです!」

二人の少女は広い上に煌びやかな店内の雰囲気だけでなく、ガラスケースの中に収められた宝石に溜め息を漏らしてしまっている。

ティファニアはもちろんのこと、平民であるシエスタでさえ全く縁がない場所なのだ。スパーダのような貴族でもなければ立ち入る資格などないほどに自分達は場違いな存在だと感じてしまうほどである。

 

「むむむ? あれは……?」

宝石には目も暮れずに店の奥へ歩を進めていったオスマンは突然立ち止まると、怪訝そうに顔を顰めだす。

彼が注目するのはカーテンで仕切られたさらに奥の間へと店員に連れられている三人の人影である。

「あ、あれはミス・タバサにミス・ツェルプストーじゃないですか」

うち二人の姿にシエスタが目を見張った。青と赤の髪をした見覚えのある少女はトリステイン魔法学院の学生であるタバサとキュルケに間違いなかった。

ルイズの実家から戻ってきてからというものの、二人の姿は魔法学院には無かったのである。

タバサはいつもの学生服ではなく、青い乗馬服にズボンや膝丈のブーツに身を包んでおりさながら少年と見紛うような出で立ちとなっていた。

(あの女……)

スパーダは二人と共にあるもう一人に注目していた。それはメイド服を身に纏う妙齢の女性で、タバサと同じ青色の長髪をしている。

一見するとただの侍女にしか見えないだろう。だが、悪魔であるスパーダにはその女には覚えがあった。

女の姿ではなく、身に纏う魔力そのものである。あの魔力は確かタバサの……。

 

そうこうする間にも三人はカーテンの奥へと招かれて進み入っていた。

「カーッ! けしからん! 学生の身でありながら揃ってあんな場所で遊ぼうとは! 学院長として、ちと指導が必要なようじゃな!」

人目も憚らず目を剥いて怒鳴ったオスマンがスパーダ達を置いてズンズンと大股でタバサ達の後を追っていく。

途中で店員に呼び止められるが顔馴染みであるらしく、さらにたった今奥に消えていった二人の知り合いだと告げると、懐から出した銅貨数枚を店員に突き出してその後を追っていった。

 

 

 

 

「地下の社交場、天国へようこそ!」

 

カーテンの奥には隠し扉が設けられており、さらにそこから階段で地下へと降りて突き当りの鉄の扉が開け放たれるとスパーダ達の目の前には、特にティファニアにとっては未知の世界が広がっていた。

「うわあ……」

ティファニアはもちろん、シエスタまでもが唖然とする。

地下とは思えないほど眩い光に先ほどまでいた繁華街に匹敵する人だかりに対して異様な雰囲気と喧騒、そしてむせ返りそうな酒と煙草の匂いが充満する。

「うっ……」

二人の少女はたまらずに口と鼻を手で覆ってしまう。煙草が嫌いなスパーダも珍しく嫌悪に顔を歪めていた。

いかにも裕福そうな貴族や商人といった金持ち達で賑わう広間には所々に大きなテーブルが設けられ、その周りに彼らは蟻のように群がって一喜一憂している。

そこでは様々なゲームが執り行われているのが見て取れる。カード、ダイス、ルーレット……そう、ここはれっきとしたカジノなのだ。

 

ここではイカサマ防止のために貴族……メイジは入口のカウンターで杖を預ける決まりになっており、オスマンは愛用の大きな杖を手放していた。

スパーダはメイジではないので預けるまでもないのだが見た目が貴族ということで最初は訝しまれたものの、代わりにルーチェとオンブラの二つの銃を預けることにした。

銃は貴族やメイジにとっては卑しい野蛮な道具。本来なら手にすることなどあり得ないが、スパーダがそれを出したことで平民上がりの貴族ということで納得されたらしい。

平民であるシエスタは関係なく、ティファニアも一応平民ということでそのままスパーダ達の後に続いていく。

 

「まあ! 素敵な旦那様! 今日は存分に楽しんでくださいませ!」

一行を出迎えた際どい衣装を身に包む接客嬢がスパーダにしなだれかかるが、本人はそれを無視したままカジノ内に目を配っていた。

大勢の人だかりの中に先客である三人の姿を即座に見つける。他の客同様にテーブルについてゲームに興じて――いる訳ではなさそうだった。メイド服の女だけは真剣な様子のタバサとキュルケと対照的にやたらとはしゃいでいる。

「これはこれはご老公様。またお出でになられるとは光栄でございます」

「こっちはワシの友人のスパーダ・フォン・フォルトゥナとその連れじゃ」

「それはそれは……お初にお目にかかります。わたくし、当カジノの支配人を務めさせていただいております、ギルモアと申します」

オスマンと話をするでっぷりと肥え太った体をした見るからに欲深そうな風防な中年の男はスパーダに向かって一礼する。しかし、スパーダは一瞥することもなく遠目でタバサ達を眺めていた。

「オールド・オスマン。ここは……」

ギルモアが踵を返して一行の前から立ち去った後、戸惑ったままのシエスタが尋ねる。

「ホホホっ、ガリアでは有名な裏カジノじゃよ。トリスタニアの酒場にあるような普通のカジノとは段違いな、大金を賭けられるくらい高レートの違法カジノなんじゃ!」

「そんな危ない場所に出入りしてたんですか!? 学院長先生なのに人のこと言えない……」

自信満々に語るオスマンにシエスタは思わず声を上げた。学生がカジノで遊ぼうとするのを咎めようとするくせに自分だけは……しかも違法の賭博を楽しもうなんて、矛盾しているではないか。

それでも教育者か、と目を細め非難の視線を向けてくるシエスタにオスマンは冷や汗を流し気まずそうに顔を逸らしだしていた。

「さ……さ~て、ワシは一つルーレットでも楽しんでこようかのう! そーれっ! 今日は稼がせてもらうぞい!」

足早にチップを購入して走り去っていったオスマンは群衆の中へと消えていった。

取り残された三人――シエスタとティファニアは顔を見合わせてお互いに困った顔を浮かべだす。やはり自分達はこんな場所では場違いなのだ。

「どうします? スパーダさん」

「暇潰しにはなるだろう」

言いながらスパーダは手持ちの500エキューの中から100エキュー分を同じようにチップへと変えていた。

50エキュー分のチップを二人に分けて渡すとカジノ内を散策し始める。客の後ろからゲームを覗き見ながら通り過ぎていくスパーダの後ろをシエスタ達はおずおずとしつつもしっかりと付いてきていた。

 

「ああ! また負けたのね! でも、まだまだこれからなのね! きゅい!」

タバサ達がついているテーブルにまでやってきたスパーダは侍従のメイドの背後からゲームを観戦する。シエスタとティファニアもスパーダの横から顔を出しているが、三人ともスパーダ達の存在には気づいていないらしい。

このテーブルではダイスを用いた賭博が行われている。三つのダイスを振るってその出た目によって勝ち負けが決まる、人間界でいうシック・ボーとかいうものだ。

「これ、どうやって遊ぶんですか?」

「えーと、わたしも詳しくは分からないんですけど……あの人が振ったサイコロの出た目を当てるんですよ。ほら、このテーブルの表に出ている通りの場所に賭けて、それが当たれば勝ちなんですって」

全くルールが分からないどころかカジノやギャンブルそのものが初心者であるティファニアに、素人ながらもシエスタが簡単に説明している。

その間にもタバサは一枚のチップを『大』の場所へと賭けていた。キュルケはゲームには参加せず、友人を見守っている様子だ。

ディーラーが出した目は3・2・6の『大』。当たりである。倍率としては最小の2倍な上に張ったチップも一枚のみなので大した儲けにはならない。

「ほら、こういう感じで勝ち負けが決まるんです。わたし達もやってみましょうか」

「は、はい……」

シエスタとティファニアも試しにゲームに参加し始め、タバサと同じ場所に賭けだしていた。

その二人の動きにタバサとキュルケが気付き振り返ると傍らに立つスパーダと目が合った。

「あら、スパーダじゃないの。こんな所で会うなんて奇遇じゃない」

「きゅ、きゅい……」

キュルケが小さく驚きつつも笑みを見せたが、侍従の女はぎこちない動きで恐る恐る背後のスパーダを振り向き、恐怖に顔を引き攣らせていた。

「こんな所で何をしている」

「あ、あ、あ、あ、あなた様は誰、なのね? シ、シシシ、シ、シルフィは、悪魔なんかに……し、し、し、知り合いは……」

ガチガチと全身を震わせながら女は青ざめた顔で怯え切っていた。スパーダのことをここまで露骨に、極端に恐れる理由は一つしかない。

「任務」

「ま、そういうこと。ちょっと訳ありってことなのよ」

「そうか」

どうやらまたタバサはガリア王国から任務を言い渡されてそれを遂行しているらしい。キュルケは友人を放っておくことができずに同行していた、そういうことだろう。

しかし、キュルケが何も言わない所を見るとどうやらこの侍従のメイドの正体については了解しているようだ。

タバサが信頼できる友人として秘密にすることを約束させて打ち明けたのだろうか。

いずれにせよ、こんな場所で鉢合わせするとは互いに思いもよらなかった。

「そっちはどうしてこんな所にいるのかしら?」

「暇潰しだ」

タバサ達が賭けたチップがディーラーに回収される中、スパーダとキュルケは言葉を交わす。

確かにこのカジノにいること自体はただの偶然に過ぎない。だが、スパーダとしてはこのガリア王国でやることがある。

モデウスはこのガリアの地に築かれたという地獄門を通ってハルケギニアを訪れたらしい。ネヴァンも同様に初めて足を踏み入れたのがこのガリアなのだ。

トリステイン国内に留まったままでは魔界とハルケギニアとの繋がりは掴めないため、それを調べるためにもこのガリア王国を訪れたのが旅の目的としている。

可能であればモデウスが通ってきたという小型の地獄門でも見つけられれば幸いではあるが。

 

「この二人は任せる」

「……分かった」

タバサは振り返りもせずにそう一言返す。

スパーダはゲームに興じるシエスタ達をタバサ達に預けると別のテーブルへと移動していた。

 

 

「カーッカッカッカッ! どうじゃ、ワシの強運を思い知ったか!」

ルーレットのテーブルではオスマンが年甲斐もなく大声を出してはしゃいでは肩を落としたり悔しがったりと極端な喜怒哀楽の変化と無茶苦茶な情緒で楽しんでいる様子だった。

それを僅かに一瞥するのみで通り過ぎて行ったスパーダが辿り着いたテーブルではカードを用いたゲームが行われている。

「さあ、ベットタイムでございます!」

これまで以上に鼻がもげてしまいそうなほど強烈な煙草や香水の匂いに顔を顰めていると、若いディーラーの声に釣られて客達はチップを賭け始める。

ここで行われているのは『ハイ・ロー』という名のカードゲームで変わった内容ではあるが、同時にありきたりでもあった。

 

ディーラーはカードの束をシャッフルすると、それを三組に分けてテーブルに置いた。

そのいずれかから一枚のカードを引くと、『7』のカードが客達に示される。

そこで客達にベットタイムが発生し、テーブルに築かれたオッズにチップが次々と乗せられていった。

次に別の束から二枚目のカードを引く。『3』のカードだ。

『14-26』に賭けていた客達は揃って落胆の声を漏らし、『1-13』に賭けていた客は逆に歓声を上げた。

 

これはどうやら二枚のカードとの組み合わせによって当たり外れを決めるゲームのようだ。

要はルーレットやシックボーのカード版と考えれば分かりやすい。

賭け方もそれらに負けず劣らず、1から13までの数字の組み合わせの合計をピンポイントで当てれば当然倍率は高いし、偶数か奇数かを当てる、一枚目のカードに対して二枚目のカードの数字が大きいか小さいかを当てたりと実に様々である。

(ほう。そういうものもあるか)

面白いのが、特殊なルールが採用されている点である。最小の『1』が一枚目に出れば、客達は当然それより大きい数字に賭けることだろう。

ところが、この最小の数字に対してディーラーが最大の数字である『13』を引いた場合、例外のルールとして客は負けになってしまうのである。その逆も然りだ。

一見、理不尽なルールではあるものの公平を期したギャンブルである以上、それでは客が確実に勝ててしまうために超低確率ではあるが客が逆転負けしてしまう不運な要素があるという訳だ。

(偶然、ではないな)

スパーダはゲームには参加せずに傍観していたが、一時間ほども見守っていると奇妙な違和感を覚えていた。

大勝ちをしている客がここぞという大勝負に出た時に限って、決まってその客は外してしまうのである。

丁寧にかつ素早くカードを切ったり器用にリフルシャッフルを行うディーラーの手の動きに注目してみると、時折一瞬ではあるが通常とは異なる動きをしているのを見逃さなかった。

 

(イカサマか)

どうやらこのディーラーはカードの扱いに極めて長けているようで、それによって場に出すカードをある程度操作できるのだろう。

現に今も勝ち続けていた客が大負けしてがっくりと肩を落としていた。一枚目の『13』に対してそれ未満の数字に賭けていたのに、二枚目は『0』で変動なし。

どうやら『0』のカードは一枚しか採用されていない特殊なカードなようだ。偶然にしては出来すぎている。

(だがこれだけでは半々……)

手先が器用なだけでは狙ったカードをピンポイント出すことは不可能だ。と、なればさらに何かトリックがあるのだろう。

さらに一時間に渡って観察してみるが、手の動きにはそれ以上変わったものは見られない。

では並べられたカードの束に視線を移す。何か目印にでもなるようなものでも裏面に仕掛けているのか注目してみるが、特に変わった点は見られない。

 

スパーダは全神経を集中してディーラーとカード、さらにはこのテーブルそのものの空間全てをその全身で感じ入る。

そして、悪魔の匂いをも的確に嗅ぎ分け煙草の匂いさえも過敏に感じてしまう優れた嗅覚がついに僅かな違和感を捉えた。

それはディーラーの使用するカードそのものにある。

(ずいぶんと手の込んだことをする)

ここにあるカードにはそれぞれに様々な香料が仕込まれているようだった。ディーラーはその匂いを頼りにしてカードを操作しているのである。

周囲の客は女性なら香水をつけているだろうし、煙草を平然と吹かす者も当然いる。そうした周囲の匂いの中に、自分だけしか分からない匂いを紛れ込ませていたのだ。

さらに匂いは種類だけでなく、カードの数字の大きさによってその濃さまでもが違っている。小さい数字なら薄く、大きければ濃いといった感じで、ご丁寧なことに一枚しかない『0』のカードのみ香りがついていない。

だがそれだけ複雑な匂いが入り混じっていると、常人であれば的確に判別することなど不可能である。

にも関わらずこのディーラーはまるで野生の犬のごとくピタリと狙ったカードを嗅ぎ分けられる鋭敏な嗅覚を有しているのだ。

(もはやギャンブルではないな)

実に巧妙なトリックであるが、どの道それは明確なイカサマ。

バレさえしなければ運のみが頼りの公平なギャンブルであるがスパーダに看破された以上、不正であることは疑いない。

だがスパーダには不正を咎める気も無ければ、そうしなければならない理由も義務感もない。

故に自分では理解しつつもそれを口にする気は毛頭なかった。

(ならばそれに沿わせてもらうまでだ)

ここで初めてスパーダは10エキュー分のチップを賭けた。『7』のカードに対して『1-13』に予想を行う。

 

はっきり言って、スパーダはギャンブルが苦手だ。

ルーレットでは赤に賭ければ必ず黒になるし、ポーカーでは勝てそうな手が来ても今一歩の所で勝つことができない。ダイスでも狙った数字を当てることができない。

壊滅的にギャンブル運に恵まれないスパーダはこうした賭け事は好きではなかった。

だが、その範疇から外れてしまえば話は別である。

運によらない仕掛けと勝利のロジックを見抜いてしまえば、その裏を突けば勝てる。

 

ディーラーが引いた二枚目のカードは『6』――スパーダの賭けたチップが倍に跳ね上がる。

もう一枚の引かれなかったカードは『0』であったが、その事実を知るのはたった二人だけだった。

 

 

数時間後、シックボーのテーブルでは一人の少女が注目を浴びていた。

「きゅい、きゅい! すごいのね! お姉さま!」

青髪の侍女――それは先住魔法によって変化していたシルフィードであった――はまたもゲームに勝利した主人のタバサに抱き着く。

キュルケも思わず溜め息をもらして感心としてしまうほどにタバサのギャンブルの才能は尋常なものではなく、最初は100エキューしかなかった軍資金が今や一万近くにまで膨れ上がっていた。

「本当にすごいんですね。ミス・タバサにこんな才能があったなんて……」

シエスタまでもが感嘆として軽く拍手をしてしまうほどである。ティファニアは開いた口が塞がらない。

ちなみにシエスタ達も大勝ちをするタバサに合わせて自分達も勝っているのだが、欲を出さないこの二人は一枚ずつしか賭けないのであまりチップは増えていない。

歓喜に沸くギャラリー達に反して、タバサ達の相手をするディーラーは見るからに苦しそうな表情を浮かべていた。

 

タバサが受けた任務は実に単純なもので、この裏カジノを潰すことだ。

情報によれば多くの貴族達がこのカジノで大金を巻き上げられているそうで、貴族達の体面上は公に取り締まることもできない。

そこでカジノの秘密と不正を暴いた上で壊滅させる任がタバサに言いつけられたのである。

そのために出頭を受けたのがつい二日前。魔法学院でキュルケと過ごしていた時であった。

また何か危険な任務を押し付けられたのではないかと友人を心配するキュルケは自分も手伝うことを申し出たため、タバサは仕方ないながらも好意を受け入れた。

結果的に任務内容自体は特に危険なものではなかったのが幸いであったが、油断は禁物である。

ちなみにタバサはキュルケのことを信じて、使い魔のシルフィードの秘密を打ち明けることにしていた。

「本当ねえ。一生分の運を使い果たしちゃったみたいね」

苦笑しつつもキュルケはタバサの頭を撫でている。

だがタバサは顔色一つ変えないまま真剣な表情で次のゲームに意識を集中させていた。

(ここまでは予定通り。次はいつ敵が出てくるか……)

タバサの目的を達成するためには確実なイカサマの証拠を見つけなければならない。

このテーブルのディーラーは文字通りに手癖によってダイスの出目を操作していたことがゲームを続けながら観察していたことで見抜き、そこを突いてここまでの大勝を積み重ねていた。

だがそれは相手の技術と運が半々。イカサマの証拠としては弱すぎる。

ところが話によれば支配人のギルモアが日に何度か直接客とゲームを行うことがあるらしい。そして、その客達は決まって大勝した者達ばかりであり得ないほどの大敗を喫して一文無しにされてしまうとか。

ならばタバサがすべきことは大勝することによってギルモアと直接勝負を行い、イカサマの証拠を暴いてやることのみだった。

 

タバサが改めて決意する中、その事件は起こった。

「イカサマだ! あの場面であんな手が出るなんて、出来過ぎも良い所ではないか!」

響き渡る怒号に客達はゲームの手を止めだす。広間の中央のテーブルでは一人の下級貴族が周囲の目も憚らずに怒りをまき散らしている。

ティファニアとシエスタは突然の事態に戸惑っていた。

「どうしたんですか、あの人……」

「何かあったんですか?」

「ああ。気にしなくても良いわ。ああいうのは必ず一人か二人はいるものよ。放っておきましょ」

あっけらかんとキュルケは答えるが面白そうに騒動の場を眺めていた。

どうやらゲームに負けたことに納得がいかずに逆上している様子。客が対しているのはあの支配人であるギルモアだ。

「これはこれは言いがかりでございますな。見ての通り、私はおろか店員の誰も杖を持ってはおりませんし、カードを配ったのはお客様でございます。どこにイカサマが入る余地がありましょうか? ご納得いただけぬようであればディテクト・マジックで調べてもらっても結構ですし、何度でも勝負を致しましょう。ただし、それには受付でチップを新たに購入していただかなければなりませんが?」

小馬鹿にしたようなギルモアの言葉に言い返すこともできず、貴族の客は憤慨したまま立ち去っていく。

しかし、騒ぎはこのままでは終わらなかった。

「きゃっ! 大変です!」

シエスタだけでなく他の客まで悲鳴を上げだす。

出口に向かった今の負けた貴族が杖を受け取るなり、帰らずそのまま引き返してきたのである。

ゲームに負けた腹いせを魔法による報復で晴らすつもりなのだ。

「平民風情が、貴族をコケにするとは! この無礼者め!」

怒りに身を任せて杖を振り上げると、中空に巨大な火球が浮かび上がった。

この事態にさすがのキュルケも焦った。タバサの任務達成に支障が出ては困る。

自分達の杖も同様に受付に預けている以上、微熱のキュルケも雪風のタバサもただの無力な少女に過ぎない。

咄嗟にキュルケはテーブルに置かれている自分達が飲んでいたスパークリングワインのグラスへ手を伸ばし、力いっぱいに投げつけた。

「あっ!」

ギルモアに突き付けられた杖を持つ手にグラスが命中し、制御を狂わされた火球は明後日の方向へと飛んでいく。客達は慌てて避けようとした結果、倒れこんだりしていた。

「スパーダさん!」

「危ないっ!」

その先には別のテーブルでゲームに興じていたスパーダの姿があり、周りの客が逃げ惑う中で彼は意に介しておらず背を向けたままである。

シエスタとティファニアが悲鳴を上げた途端、振り向かないまま裏拳を繰り出して背後にまで迫っていた火球を弾き飛ばしていた。

弾かれた火球は天井に命中し弾け飛び、火の粉を撒き散らしていた。

 

「この小娘! 邪魔立てする気か!?」

ティファニア達が安堵する間もなく、貴族の怒りの矛先がキュルケへと向けられた。

こうなってはさすがのタバサも無視はできない。そう考えて前に飛び出た矢先だった。

「……お嬢様!」

突如、給仕の一人が素早く飛び出てくると一瞬にして貴族の懐に飛び込んで腹に一発当身を食らわせたのだ。

それは先ほどタバサ達にスパークリングワインを用意してくれた長い銀髪と端正な顔立ちの若者で、名はトマという。

「がはっ!」

怯んだ相手の腕を掴み捻り上げると、さらに足を払って器用にその体を宙へと舞い上がらせる。

床に叩きつけられた貴族の喉元に、いつの間にかトマの手に握られたナイフが突きつけられる。

「き、貴様……」

「当店では魔法の使用は禁じられております。お引き取りを……閣下」

押さえ込みながら冷たく言い放つトマの声には静かな怒りが込められているのがはっきりと分かる。

だがそれは客が違反行為をしたことに対してのものではないようだった。

「き、貴族にこんなことをしてただで済むと……」

「あら? どこに貴族がいるのかしらね。たかが遊びに負けたからって仕返しで魔法を振りかざすなんて。そんな大人げないことをするのが貴族のやることかしら? あなたがやってるのはそこらのゴロツキと変わらないわ」

キュルケが軽蔑しきった様子でそう告げると、周囲の客達からも平民貴族を問わずに白い目で睨まれていた。

「お言葉ですが閣下。たかが平民ごときにここまでしてやられたことがお上の耳に入るのは、あなた様の立場を危うくすると思われます。どうかお引き取りを」

そこまで言って解放したトマは取り上げていた貴族の杖をナイフで中心から切り落とすと、持ち手をポイと放り返していた。

怒りに震える貴族はトマにギルモア、さらにはタバサ達まで憎々しげに睨みつけると舌打ちをして今度こそ店を出ていった。

「すごーい……」

平民の客達から拍手や歓声が上がる中、シエスタも思わず手を叩いて感激してしまう。

トマもキュルケ達に向かって優雅に一礼をし、直後にギルモアが客達に謝罪をしつつもゲームを続けて楽しむように言い渡していた。

「へえ、やるじゃないの。見かけによらず良い腕してるわね」

キュルケは颯爽と立ち去っていくトマを興味深そうに見つめている。また良い男を見つけた、というような表情であった。

(あの動き……)

タバサはトマがナイフを袖から取り出す仕草に妙な引っ掛かりを感じていた。

どこかで見たことがあるような動きだったのだが、今一思い出せない。しかし、何か不思議な懐かしさが感じられるのだった。

 

 

さらに時は過ぎ、タバサが既に一万強にも昇るチップを荒稼ぎしていた頃、ハイ・ローのテーブルでも異変が起きていた。

(くそ……まただ……こんな時に限ってあいつが……!)

ディーラーは焦りと苛立ちが滲み出る表情で二枚目のカードを震える手でテーブルに出す。それは『11』であった。

一枚目もまた『11』であり、スパーダが張っていたのはピンポイントの『11』と『22』。その倍率は52倍……!

スパーダの賭けた100エキュー分のチップが一気に5300エキュー分にもなって帰ってくる。周囲のギャラリー達は「おお!」と唸った。

ディーラーが引かなかったもう一枚は『0』であったため、どちらを引いてもスパーダの勝ちは決まっていた。

既にスパーダのチップはタバサが稼いだのに匹敵する量にまで膨れ上がるが、チップ自体は価値の高い1000エキュー単位のものに両替えしているのでタバサのように露骨に積み上げられてはいない。

 

香料でマーキングをつけているトリックを知ったスパーダはもはや敵無しだった。

スパーダの嗅覚はゲームを続けていく中で既にカードの匂いを判別した上で完全に記憶しており、次に何のカードが引かれるかが分かっていた。

最初のうちは2倍ばかりの予想で小さく張り続けていたものの1000エキューを超えたあたりから一気にベットを100エキューに増やし、しかも高倍率の予想を行っていた。

既にギャンブルの領域を超えている以上、ギャンブル運が如何に悪くてもスパーダにとっては消化試合に等しい。

 

(またそう来るか)

無論、いくらトリックを看破しているからといってスパーダとて百発百中で当てている訳ではない。

ディーラーの方もスパーダがやたらと的確に予想を当てて大勝していることからマークしてきたようで、確実に当てられないような組み合わせにできるようにカードをシャッフルしてきていた。

そうなるとスパーダも全勝とは行かなくなるのだが、こうなることも予想済みだった。

確実に予想を当てられそうにないカードの組み合わせにされるとスパーダはわざと賭けるチップを最小に落として適当な予想を行うようにしていた。

それは本来なら運の勝負なのでギャンブル運の無いスパーダはいつものように外してしまうのだが、それまで稼いだチップに比べればまるで被害は小さい。

 

さらにディーラーにとって困ったことに、スパーダが最小賭けで大敗をしていると別の客がそれに目をつけて逆張りをして大勝するようになり、今度はその客を勝たせないようにしなければならなくなる。

そうすると、それに合わせてスパーダは大勝している別の客が負けるのとは逆の予想へ一気に大張りを行い、結果的に彼が大勝してしまうのだ。

というより、スパーダはわざと負けることによってディーラーの思考を誘導しているようでさえあった。

 

それがディーラーにとっては実に腹立たしくも感じられることだった。

現に今も別の客を負けさせるためのカードの組み合わせにしたのに、スパーダは一気に3000エキューものチップを逆張りしてきた。

結果は無論――スパーダの大勝。最小の倍率とはいえ、6000エキューものチップが彼に渡ってしまう。

(あ、悪魔めぇ……)

他の客をも自分の手足のように利用し、まるで自分の心中を見透かしているかのような悪魔の戦略に戦慄さえ憶える。踏んだり蹴ったりとはまさにこのこと。

どうにも手の施しようがなく、もはやディーラーの精神は擦り切れ限界に達しようとしていた。

 

「これはこれは旦那様。大変な大勝でございますな。いやはや、驚きましたよ」

と、そこに姿を現したのは支配人のギルモアだった。スパーダの横に歩み寄ってくると彼が稼いだチップの束を目にして僅かに目を細める。

「どうですかな? そろそろこのような小さなゲームをちまちまと続けているのも飽きてこられておいでなのでは?」

「……そうだな」

ギルモアの意図は明白だった。スパーダがあまりにも勝ち過ぎたため、このまま勝ち逃げされてしまってはカジノに損害を出されてしまう。

そうはさせないために何としてもスパーダと直接勝負を行って取り返そうとしているのだ。先刻の怒り狂っていた貴族の口ぶりからして、同様にイカサマを持って大損をさせようという肚なのだろう。

別にスパーダがギルモアの勝負を受け入れる理由もないが断る理由もない。単なる退屈凌ぎである以上、大勝をしようが大損をしようが関係のないことだった。

ただ、もらえるものはしっかりともらう。それだけである。

「それでは当店で人気のゲームにご招待させてもらいましょう。さて、今すぐにでも勝負とさせてもらいたいのですが、あいにく今日は他にも幸運なお客様がわたくしとのゲームを楽しみたいと申しておられまして順番にお相手をしなければなりません。それまで別室にてお待ち頂くのですが構わないでしょうか?」

「構わん」

少し休憩したいのも本音であるため、その提案に即座に乗ることにする。

「それではお連れの方もお待ちでございますので、係の者にご案内させましょう」

ギルモアが呼びつけた給仕はスパーダの稼いだチップを銀の盆に乗せて彼に付き添っていた。

 

 

 

 

スパーダ達が地下でゲームに興じ始めてから既に日は暮れた頃、リュティスより僅か数リーグ離れた郊外にて。

夜の闇に紛れて巨大な影が地響きと共に森の奥から這い出ようとしていた。

 

 

――匂う……匂うぞ……。

 

 

――奴が……あの裏切者がここにいる……。

 

 

――忌まわしき貴様の匂い……忘れはしない……決して貴様を逃がしはしない……。

 

 

――たとえ異界の地まで逃れようと、貴様の匂いを辿り、貴様を殺すまで追いつめてやる……!

 

 

四足の獣は二本の足で立ち上がり、怒りと憎しみに満ちた鋭い眼光を爛々と赤く煌めかせていた。

 

 

――逆賊スパーダ! 貴様と、貴様に関わる全てを、皆殺しにしてくれる!

 

作品の良かったところはどこですか?

  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。