魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 57 <隻眼の復讐者> 前編

 

シレ銀行で換金の手続きを終えたスパーダはリュティスの中心に位置する広場を訪れていた。

二つの月と魔法の街灯によって薄く照らされる中、人通りが疎らな広場の噴水の前で一人静かに腕を組んで佇む。

それまで外に出していなかったリベリオンが背負われている。今になってこんな街中で堂々と自らの愛剣を取り出している理由は一つだけ。

スパーダはその時を待つかのように、微動だにしなかった。

「あ、いたいた!」

静かに時間と共に風だけが通り過ぎていく中、広場に入ってきた二人の人影が駆け寄ってくる。

瞑目していたスパーダがすっと目を開くと、赤と青の髪の少女達の顔を見つめていた。

「任務は終わったか」

「ええ。ま、一応ね……」

スパーダの問いに短く答えるキュルケだが、その表情はどこか悲しげだ。そればかりか後に続いているタバサの方が普段の無表情からは考えられないほど顕著である。

恐らくはタバサにとって心苦しい出来事でもあったのだろう。知人だったあの給仕、トーマスの身に何か起きたのかもしれない。

だがスパーダは別段、そのことに関して詮索する気はなかった。

「ところでオスマン学院長達はどうしたの?」

「先に宿へやった」

元々、この広場には最初は四人で訪れていたのであったが数分と経たないうちにスパーダはオスマンにティファニアとシエスタを連れて先に宿へ向かうように告げていた。

自分だけが残ろうとすることにティファニアは首を傾げていたが、シエスタは何かを感じたようで頷き、オスマンもまたスパーダの意を察した様子だった。

しばらくの間は安全な場所にいてもらわなければ、あの少女二人に危険が及んでしまう。オスマンも老いはしたもののメイジである以上、万が一のことがあっても二人を守るくらいはできるだろう。

「シルフィードはどうした」

「あそこ」

タバサが指差した先には街灯の陰に隠れてこちらを窺う女の姿がある。

未だ人間の姿に変化をしたままであるシルフィードと、その肩や頭に乗っている幻獣エコー達は恐怖に打ち震えた様子でスパーダを見つめていた。

「ああなるのも無理ないわよ。スパーダはともかく、別の悪魔まで出てきたんだから」

「どんな奴だ」

「小さい猿みたいなの」

タバサの言葉に僅かにスパーダは眉をぴくんと動かす。

このリュティスに悪魔が出現したことをスパーダはシレ銀行に着いた頃から微かながら気配を感じ取っていた。タバサ達だけでなく、また別の場所でも下級悪魔が夜の闇に紛れて蔓延りだしたのだ。

 

先刻、任務を終えたタバサは失意の中にあっても報告をするために出頭したばかりだった。

その報告も終えて本来は帰路に就く所だがスパーダと合流するためにシレ銀行がある区画まで向かう道中にタバサとキュルケの前に予期せぬ相手が現れたのである。

「それはムシラという悪魔だな」

タバサ達が遭遇した悪魔がどのようなものであるかはこれだけの情報のみで看破することができていた。

悪魔の餌食となり、命を奪われた罪人の魂に宿る様々な悪意と邪欲の残骸から生まれるとされる低級の悪魔で、タバサの言葉通りに猿のような姿となって顕現する。

その誕生の都合上、群れを成さなければ大した相手ではないのでタバサ達でも充分に相手にすることは容易いはずである。

事実、タバサとキュルケは難なくムシラ達を退け、異変と騒ぎを聞きつけ駆け付けた衛兵にも倒されるほどだった。

 

(ムシラが出るということは……奴だけではないか)

タバサに説くスパーダは顎に手を当てて僅かに目を細める。

ムシラ自体はどうでも良いことだが、懸念すべきはムシラという種が現れていることそのものにある。

「それでシルフィードが何かもっと大きい奴が来るって言いだして、あんなになっちゃったのよ」

先住の種族であるシルフィードはその本能からスパーダのような悪魔の存在を極度に恐れ、気配を敏感に感じ取ることができる。

どうやらムシラなど足元にも及ばないほどに強力な上級悪魔の存在をスパーダと同じく認識しているのだろう。

だが今の所、それはまだ一体のみ。ムシラを従える者は未だ現世に姿を見せてはいない。

「どうなの、スパーダ? あなただったら何か分かるでしょう」

「シルフィードの感じた通りだ。もうすぐそいつはここに現れるだろう」

「やっぱりそいつもスパーダを狙っているのね?」

魔界の逆賊であるスパーダは常に悪魔達に命を狙われている。故にいつどこで出合い頭で襲われてもおかしくはない。

スパーダが今、この場にいるのをその強力な悪魔は嗅ぎつけているからこそ他の下級悪魔達も便乗して次々に沸きだしているのだ。

「そもそも奴の狙いは私だけだからな」

「奴? その悪魔が何なのか知ってるの?」

「腐れ縁だ」

キュルケとタバサは顔を見合わせる。

スパーダの口ぶりから、彼は自分を今つけ狙っている悪魔が何者であるかを理解しているのは明らかだ。

第一、彼が『腐れ縁』と称すということはそれが彼の古き同胞であるネヴァンやケルベロスと同様の存在であることを意味している。

「それじゃあ……相当ヤバイ奴が相手ってことね」

キュルケだけでなくタバサも一気に張り詰めた表情を浮かべだす。

 

「きゅい、きゅいっ! お姉さま! 早く帰るのねーっ! こんな所で油を売ってたら、また悪魔達に襲われちゃうのね! 長居は無用なのねーっ!」

シルフィードが喚き立てているがタバサはその叫びを無視する。

狡猾で恐ろしい悪魔を狩ることは自らの力を高めることに繋がる。たとえ下級悪魔であろうとその戦いは貴重な経験であり、特に上級悪魔ともなれば尚のことだ。

新たな強敵の出現を前に杖を握る手に力を入れていたその時である。

 

――スパーダ……。

 

どこからともなく響いてきたのは地の底から湧き上がるような恐ろしい声だった。

「何、今の!?」

キュルケとタバサが杖を手に身構え辺りを見回す中、スパーダは相変わらずピクリとも動かない。

 

――スパーダ……!

 

禍々しい怨嗟の轟きは徐々に強さを増していき、はっきりとすぐ近くで響き渡っている。

その声の主の姿をタバサ達は見つけることができない。

だが、スパーダははっきりと目と鼻の先から怒りと憎しみに満ち溢れた魔力の波動を全身で感じ取っていた。

 

――スパーダ!!

 

「避けろっ!」

一際強くなった憎悪の雄叫びと共にスパーダが怒鳴った。

三人は一斉にその場から飛び退き――直後には強烈な閃光が弾けた。

轟音と共にガラスが豪快に割れ、砕け散ったかのような音が響き、三人が先ほどまで立っていた場所の空間がまさしくそのように無数の破片を撒き散らしながら突き破られ、巨大な穴が空けられたのだ。

「きゅい、きゅいーっ! 出たのねーっ!」

「いきなり出てくるなんて、ずいぶんとやる気あるみたいじゃない?」

キュルケが不敵に笑う中、砕かれた亜空間の穴を潜って屈強な巨体が地響きと共に姿を現す。

破かれた穴は見る間に塞がり、飛び散った破片もろとも消え失せていた。

 

 

「見つけたぞ……逆賊、スパーダ……!」

荒々しい息を漏らしながら黒い体表の悪魔は目の前に立つスパーダに溢れんばかりの憎悪を叩きつけてくる。

「しばらくだな。ベオウルフよ」

スパーダは腕を組んだままかつての同胞の名を口にした。

ヒョウを髣髴とした顔、頭頂部には前に向かって曲がった角を一本生やし、後ろに伸びる硬質な細い尾はサソリのそれだ。

獣人というよりは合成獣――キメラと呼ぶに等しい懐かしき巨体が目の前に立ちはだかっている。

 

かつてはスパーダと共に魔帝ムンドゥスの勢力に属し、強靭な肉体を駆使して敵を蹴散らし討ち滅ぼしてきた豪傑の戦士。

魔界を裏切り逆賊となったスパーダに対して一際強い怒りと憎しみを真正面からぶつけてきた猛鬼。

それがこの豪閃獣――ベオウルフ。

テメンニグルの塔を封じる際に地下深くへと幽閉したはずの上級悪魔もまたこの異世界、ハルケギニアへと降臨していたのだ。

 

「こいつ……」

キュルケとタバサはベオウルフの姿に見覚えがあった。

かつてスパーダが自らの正体を明かしたあの時、時空神像を介して過去の記憶を見せてくれたあの映像の中に出てきた巨大な悪魔である。

実物は過去の映像よりも雰囲気が桁違いであり、強烈な威圧感を放っている。

「言ったはずだ。貴様を殺すまでその匂いを忘れぬと。たとえ異世界にまで逃れようとも、決して逃がしはしない」

「さっさと忘れろ。その方が貴様のためだ」

冷たく言い放つスパーダだが、ベオウルフは肩を揺らすほどに猛々しい息吹を繰り返すばかりだ。

以前、モデウスが伝えてきたようにベオウルフは憎きスパーダのことを探し回っていたという。未だに消え治まらない怒りと憎しみの炎を燃やして、スパーダを討ち取るまでどこまでも追い詰めようとするだろう。

その執念深さはまさしく復讐鬼そのものといったところか。

 

「我ら魔の眷属を裏切りし者を滅ぼすために……! そして――」

光を宿らせた拳を前に持ち上げ、ベオウルフは憤怒に満ちた右眼を爛々と光らせる。

「この傷の恨み、晴らさんがために……」

対する左眼は最初から光を宿してはいなかった。

縦一文字にはっきりと刻まれている傷痕はベオウルフの左眼から光が奪われていることを意味している。

かつて逆賊となったスパーダと死闘を繰り広げた際、その剣によってベオウルフは左眼を失い、盲目となっていた。

(いつまでも放っておかず消せば良いものを)

1500年以上も経って尚、残り続ける自らの古傷を見せつけてくることにスパーダは溜め息をついたが、直後には後ろへ飛び退いていた。

「――貴様を殺す!!」

咆哮と共に猛烈な勢いで突進してきたベオウルフの叩きつけた拳が石畳を砕く。

 

「匂う……匂うぞ……これは妖雷婦に、冥氷牙、妖蒼馬の匂い……!」

ベオウルフの嗅覚は悪魔の中でも一際優れており、遠くからでも狙った獲物の存在を察知し、敏感に区別することができるほどである。

スパーダの魔力の一部として体内に収めている同胞達の存在をはっきりと嗅ぎつけているようだ。

「貴様らも逆賊スパーダに屈服したか……恥知らずめ! ならば貴様らも逆賊と同じ謀反者! まとめて皆殺しにしてくれるっ!!」

更なる怒りに燃えるベオウルフが拳を振り上げ飛び掛かってきた。

鉄槌のごとく振り下ろされた猛拳をスパーダはリベリオンを盾にして受け止めた。

凄まじい衝撃と金属音が鳴り響き、前に構えたままのスパーダはその衝撃を受け止めきれずに後ろへ大きく滑らされる。

10メイル以上の距離を滑走した所で衝撃を殺しきって止まったが、ベオウルフは間髪入れずに突進して猛攻を加えてきた。

 

荒れ狂うように繰り出してくる拳の連撃をスパーダはリベリオンを振るって弾いていた。

互いの力が交じりぶつかり合う度に、重く凄まじい剣戟の音が衝撃と共に撒き散らされる。

(それほど私が憎いか)

ベオウルフが溜め込んできた怒りと憎しみが如何なるものであるかがリベリオンを通して伝わってくる。

これほどの憎悪をはっきりと向けてくる以上、ネヴァンやケルベロスらと違って同胞に加えるのはまず不可能だろう。

 

「グオオオオオオオオッ!!」

その巨体の全てを使い押し潰そうと飛び掛かってくるのをスパーダは真上に跳躍し、身を翻しながら背後へと着地していく。

即座に起き上がるベオウルフが後ろを振り返り更なる追撃を仕掛けようとしたが……。

「あたし達を忘れてもらっちゃ困るわよ!」

「……ウィンディ・アイシクル!」

キュルケとタバサが時間差で横から攻撃を仕掛け、二つの火球と無数の氷の矢がベオウルフに殺到する。

だが二人が放った攻撃はベオウルフの体に命中したものの、全てが脆い土塊のごとくあっさりと砕け散り、体表には傷一つ負わせられない。

「なっ……!」

「逆賊の庇護を受ける人間めが!」

一瞬、狼狽したキュルケ達にベオウルフはそれまで二足の足で立っていたのを獣と同じ四足で身構え、猛烈な勢いで二人へ一直線に突き進んでいった。

「フライ!」

咄嗟にタバサがキュルケを掴んで高く浮き上がり、ベオウルフの猛進を間一髪でかわす。

「きゅい、きゅいーっ!」

そこへ、いつの間にか変化を解いて竜の姿に戻っていたシルフィードが飛来してきてタバサ達はその背に着地した。

「弱者が! 消え失せろ!!」

ベオウルフは自らの両手に眩い光を生み出し、それを頭上を飛翔するシルフィード目掛けて投げつけてくる。

「きゅいーっ!」

シルフィードが慌てて回避し、外れた光の礫は放物線を描いて遠くへ落ちていき、着弾した地点で閃光と共に炸裂する。

石畳や建物の一部が吹き飛び、運良くも被害が及ばなかった民衆は悲鳴と共に逃げ惑っていた。

「……っ! 本当にもう、待った無しって感じね!」

ベオウルフは次々と光の礫を投げつけてくるため、キュルケは思わず苦笑した。

「本気で殺しにかかってきてる。他の悪魔とは違う」

以前に戦ったことがあるゲリュオンやケルベロスは敵意を向けてくる相手を退けるために力を振るっていただけで、意図的に人間に危害を加えようとしていたのではない。

だがベオウルフは違う。明確な殺意を撒き散らして自らが敵と認識した者を容赦なく殺そうとする悪鬼そのものなのだ。

いずれにせよ、早く何とかしなければ被害は大きくなるばかりだ。

「きゅいっ!?」

「あっ!」

光の礫をかわし続けていた所、ベオウルフは突如としてその口から同じものを閃光と共に吐き出してきたのだ

突然のことにシルフィードはよけ切れずに翼に当たってしまい、体勢を崩してしまう。

 

「ぬうっ!!」

突如、巨大な紅蓮の旋風が飛来してベオウルフの横から直撃するとその衝撃に巨体がよろめいた。

「スパーダ……!!」

振り向いたその先ではスパーダがリベリオンの刀身に赤い魔力のオーラを宿して振り上げている姿があった。

タバサ達へ向けていたものより遥かに強い憎しみに満ちた表情で睨みつけてくるベオウルフに対してスパーダはさらに袈裟に返し降ろしたリベリオンから剣風を放つ。

「舐めるな!!」

それまで以上に激しい光を拳に宿したベオウルフは真っ直ぐに突き出し、光の礫を砲弾のような勢いで飛ばしてきた。

互いの魔力がぶつかり合い、閃光と共に破裂すると周囲に爆風のごとき衝撃が広がった。

 

「I'll Kill You!!(討ち殺してやる! 逆賊、スパーダ!!)」

力を込めて全身を大きく広げたベオウルフからより巨大な閃光が柱を立ち昇らせて弾けだす。

その背からは普段は縮ませて収められている四枚の鳥の翼が突き出され、ベオウルフの魔力が無数の羽の形となって周囲を舞った。

悪魔でありながら実に対照的な神々しい光の力を操る豪閃獣がついに本気を出したのだ。

「ならば、次はその右眼を頂こうか」

リベリオンの剣先を突きつけ、スパーダは冷然と言い放った。

 

 

王都リュティスの中心より西側、市街地からシレ川を越えた外れにガリア王国の政治の中枢であるヴェルサルテイル宮殿が建っている。

その中でも一際大きな建物であるグラン・トロワの一室ではこの国を治めるべき王の姿あった。

王族の証でもある青の髪に美髯で彩られる美丈夫は熱心になってその目に映る光景に見入っていた。

「ほほう! あいつはあのような真似もできるのか! さすがは悪魔だ!」

ガリア王ジョゼフはまるで子供のように顔を輝かせては無邪気にはしゃいでいる。

用意された遠見の大鏡には、今王都の中心で起きている騒動の様子が鮮明に映し出されていた。

そこでは黒い巨躯の悪魔と、銀髪の剣士が互いの力をぶつけ合って激闘を繰り広げている。周囲に破壊をもたらし民衆が慌てふためいているというのに、ジョゼフは全く意に介していない様子だった。

ついでに言えば共に姿を見せる風竜に跨る少女達すら眼中にはない。

「あの男は実に不思議なものだ! 剣を使うくせに銃まで使う! おまけにあのような剣まで飛ばす! だが実に面白い!」

傍らに立つ黒髪の女――シェフィールドは主の満足そうな姿を目にして軽く一礼した。

「果たしてどちらが勝つのか、見ものではないか! いや、勝負はもう決まっているか? 何しろあのスパーダという奴はアビゲイルとかいう大悪魔をも倒したのだからな! まさしく英雄ではないか! 落ち着いたら会ってみたいものだ!」

遠見の鏡に映るスパーダにシェフィールドは目を細めて凝視する。

この男は先月まで主からの隠密で向かっていたアルビオンの反乱軍を操っていた黒幕を討ち破ったのである。

一見、人間に見えるもののその正体を――悪魔としての姿をかつてシェフィールドは一瞬だけだが目の当たりにしていた。

 

「ミューズよ! 例の品を用意してくれ! あれの力を試すのにちょうど良いではないか!」

「御意」

ジョゼフからの言葉にシェフィールドは再度一礼すると退室していく。

残されたのはソファーに腰を下ろすジョゼフ――そして、その向かいで対する四人の若者達。

「本当にあれが悪魔なの? 同じ悪魔同士なのにどうしてあんな喧嘩みたいなことをするのかしら」

「そんなの僕が知るわけないだろう」

さらに、その後ろから顔を出す女が不思議そうに映像を眺めるが話を振られた青年は憮然と返す。

五人の客人は揃って美しい金髪で彩られ、同じく美しい容貌の顔を怪訝そうに歪めていた。

特に中心に座る一番の年長である羽つきのつば広の帽子を被る男は鏡に映る映像をジョゼフとは違う意味で真剣に見入っている。

 

「なっ! 待てよ! ルクシャナ! どこへ行くっていうんだ!」

「決まってるじゃない。もっと近くで見に行くのよ。そんな鏡じゃよく見えないもの」

女は大窓の方へ進んでいくと遠慮なく開け放ってテラスへと歩み出て行く。

夜風が一気に吹き込み、女の髪が風に乗って舞い踊った。彼女の両耳――人とは異なる尖った耳が露わになる。

「僕達は遊びに来たんじゃないんだからな! そもそも君は僕まで巻き添えにして無理矢理ビダーシャル様に付いてきておきながら、自分勝手なことを……!!」

「大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ」

青年と同じ年頃の二人までもが困惑する中、女は平然と言い放つと大きく両手を広げだす。

 

「風よ。我が身を包み、彼の地へ運びたまえ」

唄うような呪文を呟くと女の体はふわりと持ち上げられるように宙へ浮かびだす。

そのままテラスから飛び出ていくと、騒ぎが続く市街地に向けてゆっくりと、真っ直ぐに滑空して降りていった。

「まったく……僕らが何のために蛮人の世界にわざわざやってきたのか分かってるのか……」

頭を抱えて呆れる青年に同調するように他二人も同感だと言いたげな顔をする。

「アリィー。すまないが彼女を迎えに行ってやってくれないか。私も後から行く。くれぐれも悪魔とは争ってはならない」

年長の男にそう言われて青年は露骨に嫌そうに、だが仕方がないといった表情で腰を持ち上げた。

「だから蛮人の世界になんて来たくなかったんだ……あんな恐ろしい奴らがいるというのに……命が惜しくないのかあいつは……」

ぶつぶつと文句を言いながら退室していく青年にさらに二人も溜め息をつきながら付いていった。

 

「卿の姪とやらは実に好奇心旺盛だな、ビダーシャル卿。俺の姪とは大違いだ」

ジョゼフの皮肉めいた言葉に対してビダーシャルは答えることもなく、遠見の鏡が映す悪魔達の姿に集中していた。

 

 

「Crash and Bash!!(砕け散れ!!)」

閃光を纏ったベオウルフの拳が振り下ろされ、石畳に叩きつけられる。直後、その地点から轟音と共に巨大な爆光が膨れ上がり、周囲のあらゆるものを砕き、なぎ倒していった。

寸前で空間転移により後方へ下がったスパーダはその余波が僅かに届かない位置に姿を現す。

「Die!!(死ね!!)」

続けて展開したままでいる四枚の翼を大きく広げると幾多もの光の羽が舞い散りだす。

ベオウルフが前に羽ばたかせるとそれらは次々にスパーダ目掛けて光の尾を引きながら鋭い矢となって飛来してきた。

身構えもせずに立ち尽くすスパーダだったが、澄んだ音色と共に展開させた無数の幻影剣が一斉に射出され、光の矢を撃ち落としていく。

だがその最中には既にスパーダの姿が残像となって掻き消えていた。

「舐めるな!」

頭上に転移してきたスパーダが振り上げたリベリオンを一気に振り下ろしてくるのをベオウルフは即座に光を纏った拳を突き上げて受け止める。

弾かれて退けられたスパーダだったが魔力で作った即席の足場を蹴りつけ、ベオウルフの背後に回り込んでいく。

「グオオオオッ!!」

身を翻しながらすれ違いざまにスパーダが斬りつけてくるのをベオウルフは腕を振り回して弾いていた。

背後に着地したスパーダの方へ即座にベオウルフは振り向きながら拳を叩きつけてきた。

 

「本当にしぶといわね、あいつ……」

「相当の手練れ」

遠巻きにキュルケとタバサはスパーダとベオウルフの戦いを見守っていた。

シルフィードが傷を負ったため、自分達を乗せて無理に飛行させては傷に障るために今は上空で待機させている。

「それにしても何で衛兵はここに全然来ないのよ」

広場を見回すキュルケは周囲の異変に気が付く。

これほどの大騒動が起きているというのに、広場には自分達以外には逃げ惑い腰を抜かして傍観する民衆ばかりで王都を警備しているはずの衛兵達は10人にも満たない数が避難誘導を行うだけだった。

誰一人として加勢する者はいない。

「たぶん、わたしを当て馬にしてる……」

「……っ! 連中の考えそうなことね」

タバサは感慨もなく呟く中、キュルケは露骨に嫌悪に満ちた表情で舌打ちした。

恐らくタバサがここにいることを知ったであろう国の上層部が悪魔達の始末を押し付けてきたのだ。

戦いの中でタバサが死ねばそのまま邪魔者を始末できる。そう踏んでいるのだろう。

(わたしの力じゃ無理……)

だが自分達の力ではあのベオウルフには傷一つ付けることも叶わない。

悔しいことだが、ベオウルフとスパーダの戦いに割り込むことは不可能であることを認めざるをえなかった。

 

「……っ!」

悪魔達の戦いがいつ終わるとも知れぬ中、突如ベオウルフが後ろへと大きく飛び退きだした。

同時にスパーダも引き下がった直後、ベオウルフが立っていた場所に向けて上空から巨大な塊が落ちてくる。

唸る轟音と共にその塊は弾け飛び、周囲に突風を撒き散らしていた。

「何!?」

突然の事態にキュルケは面食らう。

「……上!」

攻撃が飛んできたのは方角から逆算してタバサ達の後ろ……すなわち、頭上!

 

「チッ……外してしまったか!」

二人が振り返り見上げると、建物の屋根の上に巨大な影の姿を見据えることができた。

「この匂いは……嵐猿魔か!!」

ベオウルフが呻く中、その巨体は軽々と跳躍すると広場へと地響きを立てて着地する。

 

――グオオオオオオオオオッ!!

 

「何なの、あいつ!?」

「猿……」

猛々しい雄叫びを上げるそれはベオウルフに勝るとも劣らない巨躯を誇っていた。

文字通りに猿と呼ぶに相応しい顔で、その周りから背中、さらには大木のような巨腕にかけてライオンを髣髴とさせる豊かな青い鬣が覆っている。

「オラングエラ……」

剣を収めるスパーダは乱入してきた悪魔に眉を顰める。

この街にムシラが現れたという話から予測はできていたことだ。それらを統率するのが、この上級悪魔であるオラングエラなのだから。

(こいつがいるということは、やはり覇王アルゴサクスも……)

その存在が、オラングエラが属する悪魔の勢力が背後にいることを意味している。

 

羅王アビゲイル、魔帝ムンドゥス……そして、覇王アルゴサクス。

かつて魔界で三大勢力に分かれて覇を争った最上級悪魔の最後の一体もまた、このハルケギニアを狙っているのだ。

 

「覇王の雑兵が! 邪魔立てするか!」

「何を勘違いしている。貴様の魂は我らが覇王に献上されることに決まったのだ。誇らしいことだろうが」

忌々しそうにするベオウルフにオラングエラはせせら笑い、自らの両拳を打ち付け合う。

「そのために、貴様を討つ大義を覇王は我に与えてくださった! 貴様がしぶとく討たれずにいたのは、実に僥倖! 我も存分に戦えるというものよ!」

「戯言を!」

ベオウルフが怒りに身を任せて激しい閃光を纏った礫を投げ放つ。

オラングエラは大きく息を吸い込むと、その口から凝縮させた突風の塊を吐き出した。

「くっ!」

お互いの攻撃は相殺し合い、周囲に突風が吹きすさぶ。

離れているにも関わらずタバサとキュルケはその余波に顔を覆っていた。

 

「ぬううっ!」

さらにオラングエラはその身を丸めて縮め、巨体からは考えられない速さで回転しながらベオウルフへ一直線に突進する。

砲弾のような勢いで巨体の一撃をまともに受けたベオウルフの体がぐらつき、そのまま後ろへ倒れ込んだ。

「huh, Is that it?(どうした、その程度か?)」

跳ね返った反動でそのまま後ろへ器用に着地したオラングエラが嘲笑う。

「Killed him……, I Killed him!!(殺してやる……殺してやるぞ! 猿め!!)」

起き上がるベオウルフが憎悪に満ちた眼を赤く煌めかせて吼えた。

 

「「グオオオオオオオオオオオオッ!!」」

 

突進した二体の魔獣は互いの豪腕と巨腕をぶつけ合い、その余波ですら周囲に容赦のない破壊をもたらしていた。

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  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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