魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero   作:月に吠えるもの

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Mission 57 <隻眼の復讐者> 後編

「Fuck you, asshole!!(くたばれぃ!!)」

大気を裂き、竜巻を纏いながらオラングエラの豪速の巨拳が繰り出された。

「Don't get so cocky!!(調子に乗るな、猿が!)」

眩い閃光を拳に纏ったベオウルフが呆気なく横に払って弾き飛ばし、もう片方の拳を真っ直ぐに敵の顔面目掛けて突き出す。

轟音を響かせて巨体が宙を舞い、大きく吹き飛ばされるがオラングエラは器用に体を回転させ受け身を取って着地した。

 

「Crash and Bash!!(砕け散れ!!)」

すかさず猛然と飛び掛かったベオウルフが頭上より拳を叩きつけてくる。

オラングエラはその場で10メイルもの高さまで一気に跳躍し、噴き上がる巨大な爆光から逃げおおせた。

「You too!!(貴様がな!!)」

振りかぶり組んだ両の拳を突き下ろしながら急降下してくるオラングエラに、ベオウルフは後ろへ大きく飛び退く。

陥没していた足元に鉄槌のごとく叩きつけられた豪腕は大地をも激しく揺るがすばかりか、破壊を余計に周囲に広げて砕くほどだった。

もはや広場の地面はまともに立っていられる場所など無く、瓦礫の丘がいくつも築かれている。

 

「「Die!!(死ね!)」」

オラングエラが次々に吐き出す大気の砲弾と、ベオウルフの両翼から次々に放たれる光の矢の雨がぶつかり合った。

互いの攻撃は相殺して砕ける度に周囲に突風が吹き荒れ、光の粒が霧散する。

 

「ハッハッハッハッ!! しぶといな! とっとと我らが覇王に魂を捧げるが良い!」

「ほざけ! 貴様こそ覇王の一部になるのが似合いの末路よ!」

「ならば我を倒してみるがいい! できるものならな!」

罵り合う二体の悪魔は睨み合ったまま動かない。

自らの両胸を叩きながら嘲け笑うオラングエラをベオウルフは怒りを剥き出しにした隻眼を爛々とさせ、今にも更なる猛攻を加えそうだ。

 

「すごい戦いぶりね……」

遠巻きから二体の悪魔の激闘を見届けるキュルケとタバサが思わず唸る。

悪魔同士の戦いは人間はおろか幻獣同士のものとは比べ物にならない凄まじい光景だ。

メイジの魔法はおろか、先住魔法ですら及ばないだろう力のぶつかり合いはただひたすらに破壊と暴虐を周囲にもたらしていく。

「それにしてもあのベオウルフってやつ……本当に見境が無いわ」

「蛮勇」

細く溜め息をついてベオウルフを見つめる二人の視線は冷ややかである。

「あいつの目を潰したのって、スパーダなんでしょう?」

「昔のことだ」

隣にリベリオンを突き立てたまま腕を組むスパーダもまた少し呆れた様子で二体の悪魔達の闘争を眺めている。

ベオウルフは確かに勇猛果敢な戦士と呼ぶに相応しい力を有している。だが同時に血の気が多すぎるという致命的な欠点も抱えていた。

自分に敵対する者はもちろんのこと、一度憎悪と殺意を抱いた相手は即座に抹殺しなければ気が治まらない。

故に挑発に対しては極めて敏感であり、あれほど憎んでいたはずのスパーダを放置して乱入してきたオラングエラに矛先を変えたのだ。

 

「覇王とは、誰?」

「あの猿って、誰かの部下なの? ……この間の、羅王アビゲイルみたいな」

タバサもキュルケも二体の悪魔達の会話から幾度となく気になるフレーズに関して問いただす。

その意味を理解できるのはスパーダしかいないのである。

「……覇王アルゴサクス。かつての我が主と、魔界を二分する闘争を繰り広げた相手だ」

 

数千年もの古の時代より、魔界では他を寄せ付けぬ圧倒的な力を誇る三体の強大な悪魔達が中心となり、魔界の覇権を巡って長きに渡る戦乱を続けていた。

かつてスパーダが仕えていた『魔王』ムンドゥス、『羅王』アビゲイル、そして『覇王』アルゴサクス。

上級悪魔の腹心を従えていないアビゲイルと違い、アルゴサクスはムンドゥスと同様に幾多もの力ある上級悪魔達を手駒としている。

その一体があの『嵐猿魔』オラングエラであり、同じ眷属である下級悪魔ムシラの統率も行っているのだ。

 

「ふうん。そいつの部下がいるってことは、このハルケギニアを狙っているってことね」

僅かに緊張した面持ちになったキュルケ。タバサも同様の表情でオラングエラを見つめていた。

「この話は後だ。先にベオウルフの方から片付ける」

覇王アルゴサクスの脅威は発覚したといえ、今すべきことは目の前にいる猛者達を退けることにある。

左手を横に流したスパーダは体内に取り込んでいた魔具の一つ――ケルベロスの三叉棍を開放し、手に収めた。

 

 

「「グオオオオオオオオッ!!」」

広場の中心で沈黙を保っていた二体の悪魔達は咆哮と共に猛然と突進し、激突した。

ベオウルフの豪腕が、オラングエラの巨拳が振るい回され、拳と拳の応酬が始まった。

もはや猛獣も同然な、技も駆け引きも無い本能のみの力と力の衝突はどちらかが先に朽ち果てるまで終わらない。

「Kill you!!(殺してやるぞ、猿め!!)」

怒りに満ち溢れ、憎悪の炎を燃やすベオウルフの右眼には、もはや敵対者の巨猿しか眼中に無い。

最初に討ち滅ぼそうとしていた憎き仇敵の存在を失念するほどに、ベオウルフの憎しみと怒りは暴走に突入していた。

 

「ぬうっ!?」

閃光を纏った左拳を振りかぶった途端、ベオウルフはその拳が微動だにしなくなくなったことに狼狽する。

何かが絡みついたようであったが、失明している左眼では左半身が死角になっており、自らの左腕に何が起きているかを視ることはできない。

「フンッ!」

「ファイヤー・ボール!」

目の前のオラングエラは咄嗟に後ろへ飛び退いた途端、横から巨大な火球が飛来してきたのだ。外れた火球はそのまま瓦礫に着弾して炸裂する。

「ウィンディ・アイシクル!」

「ぐおおおおおおおっ!!」

直後、同じ方向――即ちベオウルフの右側から無数の鋭い氷の矢が顔面へと殺到していく。

これまでは自らの溢れんばかりの魔力による分厚い防御によって逆に砕かれ、蚊が刺したほどにしか通じていなかったものが次々に防御が薄い顔面の表皮を裂いては突き刺さっていく。

全身を揺さぶってもがくベオウルフは、死角である左側に位置していたスパーダのケルベロスによって完全に拘束されていた。

凍てつく棍を繋ぐ鎖が十メイル以上にも伸び、ベオウルフの左腕を複雑に絡めとっている。

その鎖と共に支点であるリングを掴んで引き絞るスパーダは瓦礫で不安定な足元を重々しく踏み締め、抵抗にも微動だにしない。

 

「ハッハッハッハッ!! 無様なものよ! 猪め!」

退き下がっていたオラングエラの嗤笑が響く。

オラングエラにしてみればこれは待ちかねていた光景だった。

ベオウルフが怒りに我を失いスパーダの存在を忘れていたのは明白であり、オラングエラとしてはスパーダ達が横槍を入れてくる機会を待っていたのだ。

それによってベオウルフが討ち倒されればそれで良し。そこまでいかずとも自身が確実に討ち取る絶好の好機を得られるのである。

「とどめは我が――」

両手を大きく広げた途端、オラングエラは自身の体が衝撃と共に不意に軽くなりだしたことに気が付いた。

直後には震動と共に、巨大な何かが左右へ高速で落下してきたのが視界の端に入っていた。

 

「ぐおおおおっ!?」

「いつまでも調子に乗るな。猿め」

ベオウルフを拘束するケルベロスの鎖を解いて引き戻すスパーダは冷然と言い放つ。

オラングエラは肩から先が失われ、足元には断ち切られた自らの巨腕が二つ転がっていた。

頭上から両脇に落とされていた二つの巨大な幻影剣は容赦なくオラングエラの両腕を捥ぎ取っていたのである。

膨大な魔力が凝縮され生成された幻影剣は深く突き立てられたまま風のように掻き消えていく。

「いい加減、暴れ続けてられると迷惑なのよね」

大量の血を噴き出して跪くオラングエラにキュルケは再び大きくした火球を放つべく杖を向けだした。

隣ではタバサが黙々と片膝を突いたベオウルフの顔に氷の矢を浴びせ続けている。

「悪いけど、もうご退場してもらうわ!」

「……ッ! グオオオオオオオッ!!」

炎が突き出された途端、鬣を激しく逆立てたオラングエラの全身が低い唸りと共にブレるように歪みだし、キュルケ達に向けて猛々しい咆哮を浴びせてきた。

「なっ!?」

これまでにない凄まじい轟音は大気を激しく震わせながらあらゆる方向へ向けて広がっていく。

キュルケの放った炎は瞬く間に消し飛び、断ち切られたオラングエラの腕もろとも瓦礫は紙のように吹き飛んでは粉々にされ塵となっていた。

「きゅい、きゅいーっ!?」

その余波は上空を旋回しながら待機していたシルフィードにも及び、吹き飛ばされかけてバランスを崩してしまうほどだ。

だが、この決死の反撃が二人の少女にまで及ぶことはなかった。

「……っ! スパーダ!」

即座に二人の前に転移してきたスパーダが片手を突き出し、黄金の魔法陣を展開する。

人間ならばものの数秒で灰塵に帰すであろう破壊の力はスパーダの魔力による盾に吸い込まれていく。

「グオオオオオオオッ!!」

さらにオラングエラは衝撃波を真正面へ集中させてきた。より一層に力を増した破壊の咆哮は直線に存在するあらゆるものを粉砕していく。

既に足元の瓦礫は捲れ、土が露わになるほどであったがスパーダは微動だにしないまま背後の少女達を守っていた。

「掴まれ」

一言呟いたスパーダに二人は即座に従い、彼の背に張り付いた。

 

「っ!?」

咆哮を続けていたオラングエラだったが、突如スパーダ達の姿が掻き消えたことに狼狽した。

「Silence.(耳障りだ)」

背後からスパーダの声が響いた途端、鋭い銃声が重なり轟く。

直後、衝撃と共に体を大きく仰け反らせたオラングエラの胸と喉から二つの光条が爆炎を伴い突き出てきた。

あれだけ破壊をもたらし続けていた咆哮がピタリと途絶え、オラングエラは力無くドスンと地響きを立てて倒れ込んだ。

「あ~……耳がガンガンするわ……」

渋い顔をしながらキュルケは片耳を押さえる。

スパーダは構えたままのルーチェ、オンブラの拳銃を静かに懐へと収めていた。

「覇王って奴の腹心も、スパーダの相手じゃなかったみたいね」

したり顔を浮かべるキュルケだが、スパーダは何も答えず既に虫の息のオラングエラを見やる。

 

「おのれ、忌まわしき逆賊スパーダめ……!」

顔を押さえて蹲っていたベオウルフはオラングエラの衝撃波をまともに浴び、全身が傷だらけになっていた。

手をどかして三人の方へ向けてくるその顔に至っては幾多の氷の刃が突き刺さったままで、血に塗れて痛々しいほどである。

「あら。残ってた目も潰れちゃったのね。お気の毒だわ」

特に、右眼には一際大きな氷の槍が突き立てられ、血の涙が溢れ出てきている。

事前にスパーダからアドバイスを受けて弱点を知らされたタバサの魔法で徹底的に集中攻撃を受けた結果だ。

かつてはスパーダによって潰された左目に続いて残されていた右目さえも失い、もはや光さえも感じることはできない。

「自業自得だ」

キュルケに続いて呟くスパーダの口ぶりはすこぶる冷たい。

怒りに身を委ねて最初の敵の存在を忘れ、目先の敵を殺すことばかりに執着し過ぎたその代償はとても大きい。

ベオウルフがここまで痛烈な傷を負うことになったのは必然なのだ。

「たとえ目は見えずとも、貴様らの匂いは忘れぬ……!」

だがベオウルフの殺意と戦意、闘志は未だ治まる気配はない。

「貴様も、貴様に組する人間共も、必ずまとめて皆殺しにしてくれるぞ! 貴様らの忌々しい匂いを辿ってな!!」

そう吼えて立ち上がったベオウルフは背中の翼を展開すると、一気に広場外縁の建物の屋根へと飛んでよじ登り、そのまま別の屋根へと飛び移って町の中心から離れていく。

「本当に執念深い奴ね。今度会った時はどれだけ怒り狂ってるのかしら」

「さてな」

少なくとも盲目となった以上は相当に戦力が低下することは避けられない。

ベオウルフの嗅覚が敏感なのは確かだが、それだけで戦い続けるには限度というものがある。

もはや、かつてのように勇猛な戦いを繰り広げるのは不可能だろう。

 

――おのれ……魔剣士、スパーダ……。

 

不意に地の底から湧き上がるような声が辺りに響き渡る。

それは横たわるオラングエラから聞こえてくるものだった。

「まだ生きてるの。しぶといわね」

杖を構えるキュルケだったが、もはや息絶えるのは時間の問題であることは分かりきっている。

 

――覇王より賜りし勅命を果たせぬとは、無念なり……。

 

仰向けのままこちらを睨んでくるオラングエラであったが、既に喉を潰されているために口で直接喋っているのではない。

自らの力を利用して大気を操り、言語に変えているのだ。

 

――だが、我が命が尽きようとも……我が力と魂は不滅なり。偉大なる我らが覇王に、我が全てを捧げん……。

 

やがてオラングエラの肉体が徐々に、腐り落ちるように溶け、崩れていく。

(結局は奴の思いのままか。相変わらず狡猾な)

かつて仕えていた魔帝ムンドゥスは失敗を犯し、利用価値の無くなった部下は自らの手で処刑を執行するほどに無慈悲にして残酷だ。

覇王アルゴサクスの勢力に属する者達の末路もまた似たようなものではあるものの、存在そのものを跡形もなく抹消するムンドゥスと違い、ある意味ではアルゴサクスの方がより残酷であるかもしれない。

何故なら、死するオラングエラの力と魂はこれから全てアルゴサクスの手中に収まるのだ。

部下が任務に失敗しようが、その死さえも己の糧として利用する……それが覇王アルゴサクスの算段なのである。

 

――ク、ククククク……。

 

「な、何を笑ってるのよ」

いきなり露骨にせせら笑いだしたことにキュルケは不快を感じつつも戸惑った。

だがオラングエラはキュルケのことなど眼中には無い様子だった。その視線はもう一人……タバサの方へと向けられている。

 

――雪風。覇王はいつでも貴様を見ているぞ。哀れな人形どもよ……。

 

その言葉を最後にオラングエラの肉体は骨もろともドロドロに崩れ去り、跡形も残さず消え失せていた。

「何が人形よ。負け惜しみね」

(人形……)

憤るキュルケに対してタバサの表情は僅かだが曇っていた。

初対面であるはずのあのオラングエラは自分の二つ名を、――さらに言うなら、覇王アルゴサクスも――明らかに知り得ないはずのタバサの過酷な境遇を知っているような口ぶりだった。

(まさか……ジョゼフと……?)

真っ先に思い浮かんだのは、憎き仇である伯父王ジョゼフのことだ。

自らの弟さえも手にかけるほどの悪魔のごとき所業に手を染めるあの男ならば、本物の悪魔と契約を交わしていたとしてもおかしくない。

もしそれが事実で、その相手が覇王アルゴサクスなのだとしたら……それは許されざる大罪だ。

 

「考えるのは後だ。後始末に行くぞ」

スパーダは二人を促し、一足先に広場を後にするべく駆け出す。それを追ってタバサ達も後を付いていった。

まだリュティス市内には多数の下級悪魔達が暴れ回っているのだ。

 

 

未だリュティスでの騒動が続く中、郊外の森で巨大な影が蠢いている。

ベオウルフは満身創痍になりつつも、未だ怒りが治まらないまま闇に身を潜めていた。

またしても眼を失い、完全に光を失ってしまう不覚を取ったがこの程度のことでスパーダへの復讐を諦めるつもりは無い。

地の果てまで追いつめこの手で抹殺するためにも、今は傷を癒し、力を蓄えて後日に再戦を挑まなければならない。

憎きスパーダと、それに組する者達を全て討ち滅ぼさなければこの怒りは治まらないのだ。

「身の程知らずの人間め……。貴様の居場所は分かるぞ……!」

不意に、すぐ近くに気配と人間の匂いを感じ取ったベオウルフは振り返るが、血を流し続ける右眼には何も映ることはない。

「ふむ。さすがに近くで見ると中々迫力があるな」

現れたのは二人の男女。男はベオウルフを前にしながらも、平然と自らの顎鬚に触れて嘆息している。

今のベオウルフにとってはひ弱な人間がアリのように近くをうろついているというだけでも苛立たせることであったが、さらに……。

「この匂いは、貴様……あの人間の血族か……!」

その男から感じられる血の匂いをベオウルフの鋭敏な嗅覚ははっきりと記憶している。

つい先ほど、己の右眼から光を奪った青髪の少女に近しいものだからだ。

「我の右眼を奪いし、忌まわしき血族め……! 我に仇なす者は一族もろとも生かしてはおかぬ!」

兄弟、姉妹、親子、親類――如何なるものであろうと自らに傷をつけた者は人間であろうと容赦はしない。

目が見えないベオウルフは匂いと気配を頼りに位置を捉え、振り上げた拳を叩きつけようとした。

「――っ!?」

繰り出された拳は何も捉えることなく、虚しく地面を穿つのみだった。

それどころか、たった今までそこに立っていたはずの二人の存在がまるで、最初からいなかったかのように消え失せていたのである。

 

「下がっておれ、ミューズよ」

「はい。ジョゼフ様」

いつの間にやら、背後から声と共に気配を感じ取ってベオウルフは息を荒立たせながら振り向いた。

黒ずくめの女、シェフィールドは主であるジョゼフから静かに後退っていく。

ジョゼフは自分よりも遥かに大きな巨体を前にしているにもかかわらず、平然としている。

「消え失せろ! 人間め――」

一瞬で目障りな蟻を仕留めるべく、ベオウルフが拳に光を集束させようとした直後だった。

「――グブッ!?」

重々しい打撃音と共に顔面に凄まじい衝撃が走り、ベオウルフの巨体を激しくよろめかせたのだ。

何が起きたのか――失った目を眩ませながら、突然の事態にベオウルフの精神は混濁してしまう。

「が……ぐ……」

「なるほど。顔が弱いというのは本当らしいな」

脳震盪を起こしてしまうほどの一撃に顔を押さえ、膝を突いてしまうベオウルフの耳に届いたジョゼフの声はまたも背後から聞こえてくる。

「貴様……何をした……?」

「見れば分かるだろう。お前を殴ったのだ」

困惑するベオウルフにジョゼフは相変わらずの態度で返す。

目が見えないベオウルフにはジョゼフが何をしたのかが理解できない。だが、今の彼からは先ほどまでは影も形も無かった魔力の波動をはっきり感じることはできた。

「分からんか。では、もう一発殴ってやろう」

「……グッ!?」

言い終わると同時にまたも強力な衝撃がベオウルフの顔面に一発、さらに胸に二発も叩きこまれた。

ジョゼフは寸前まで棒立ち同然の状態だったにもかかわらず、一瞬にして倒れ込んだベオウルフの反対側まで大きく移動して背を向けている。

「ふむ……さすがに悪魔の品とやらは中々の威力ではないか、ミューズよ」

「貴様……ギルガメスを……」

ベオウルフはジョゼフが身に纏う魔力の正体を察した。

ジョゼフが両手両足に装着しているのは籠手と具足で、指先まで包み込むそれはまるで肉体に一体化しているかのようだ。

所々に妖しい光が緩やかに明滅するその金属は同じものが胸板を、さらには口元までも覆っていた。

 

衝撃鋼ギルガメス――それは魔界で産み出された金属生命体であり、他の生物と同化することによりその対象に強靭な力をもたらす魔具だ。

その魔力はあらゆるものを粉砕し、破壊する強力な衝撃を生み出すとされる。

「ほう、こいつにはそんな名があるのだな。さすがは悪魔だ、よく存じている。そうか、ギルガメスか……」

「減らず口を……!」

飄々とした口ぶりで感心するジョゼフにベオウルフは激しい苛立ちを露わにして起き上がる。

自分の硬質化した片腕をありありと眺めるジョゼフはベオウルフが叩きつけてくる殺意はおろか敵意さえも関心を寄せていない様子だ。

「Die, human!!(死ね、人間!!)」

激高と共に閃光を纏った拳を一直線に繰り出す。ジョゼフはベオウルフの方へ視線すらやっておらず自分の左腕を見やって隙だらけのはずだった。

「――っ!?」

ベオウルフの拳はこれまで以上の強烈な衝撃と共にあっさり弾かれ、逆に押し返されてしまう。

いつの間にかジョゼフはもう片方の拳を突き上げたまま、ベオウルフの方を一瞥すらしないまま相変わらず左腕に魅入っていた。

「な……」

「遅いな」

大きく後ろへよろめいたベオウルフの胸元まで一瞬にして詰め寄り飛び上がっていたジョゼフは後ろへ引いていた拳を一気に突き出した。

両腕のギルガメスは激しい唸りを上げながら鋭い杭状の機関を排出し、蒸気を発している。

「グオオオオッ!?」

叩きこまれたギルガメスの強靭な衝撃はベオウルフの巨体を呆気なく吹き飛ばす。そのまま森の木々を次々と薙ぎ倒しながら、地べたに倒れ伏した。

 

「貴様……一体、何をした……」

「ふむ……手負いではさすがにこんなものか。せっかくの悪魔の品とやらを試すには役者不足だな」

着地するジョゼフはベオウルフの戸惑いに答えず両手のギルガメスを交互に見やる。

「では、次はこいつを試すか。ついこの間、手に入ったばかりの品なのだが……」

ジョゼフの背中から光が溢れだし、瞬く間に複雑に形を成していく。

それはギルガメス同様に異質な金属製の肩当てで、髑髏のようなレリーフがあしらわれている。

最も目を引くのは、左右に分かれた細いアームに繋がれる緩やかに湾曲した鋭い鞘であり、その口には三本の爪の意匠があしらわれている。

「それは……」

「この間、お前みたいな悪魔を退治してな。確かルシフェル、とか名乗っていたな。このギルガメスで何回も殴って叩きのめしてやったら勝手にこうなってしまってな」

ベオウルフと同様に困惑した顔を浮かべるジョゼフ。

ルシフェル――ベオウルフが1000年以上も幽閉されたテメンニグルから解放され、この異世界を渡り歩く中で風の噂で耳にした上級悪魔の名だ。

この数百年の間に力をつけて魔界で功名を立てるようになった新進気鋭の悪魔の一体だそうだが、近頃この異世界で人間に討伐されたと聞いている。

悪魔が人間ごときに敗れる――それはあまりにも屈辱的な汚名であり、悪魔の恥さらしだとの声も囁かれていた。

 

だが、そのルシフェルを討ったのが目の前にいるこの人間だとは――しかも、ただ単に敗れたのではない。

悪魔が姿を変え、魔具と化すのは己が力を認めた相手に敬意を示し、魂を捧げた時だ。

だがもう一つ、圧倒的な力を前に屈服し、自らの魂そのものが敗北を認めてしまった時――悪魔自身の意思に関係なく死の際に魔具へと変じてしまう。

この人間は、そのルシフェルを完膚なきまでに叩き伏せてしまったことを意味していた。

 

現に、今もベオウルフが相手にしながらもまるで立場が逆になりかけている。

だがベオウルフは人間ごときに――憎き逆賊スパーダにすら劣る蟻ごときに――敗北を認める訳にはいかなかった。

相手がどんな力を、魔具を用いようとも、絶対に殺してやる――それが豪閃獣ベオウルフの抱く猛烈な殺意だった。

「脆弱な人間ごときが……魔具を手にして粋がるな!」

起き上がったベオウルフは翼を広げ、光の羽を撒き散らす。無数の光の矢と化してジョゼフ目掛けて殺到するが――

「っ!?」

その悉くが途中で小さな炸裂と共に砕け散ってしまう。

目は見えずとも、何かが衝突して相殺したのだということはベオウルフには理解できた。だが、その存在を認識することができない。

「あまり手で投げるのは得意ではないのだがな……」

ジョゼフは無造作に両方のルシフェルの鞘から何かを引き抜く。それは赤いオーラに覆われた小剣だった。

「あのスパーダとやらの魔法の剣とよく似ているではないか、なあ?」

投げつけられた二本の剣先が翼に浅く突き刺さる。だが、その程度では蚊が刺した程にしか感じなかった。

次々に剣を投げてくるその行為はベオウルフをからかい、弄んでいるかのような弱小の攻撃であり、本人にとっては侮辱にしかならない。

「我を愚弄する気――」

突如、翼に刺さっていた剣の一つが大きく爆ぜた。

それを皮切りに十数本もの剣が次々に連鎖するように爆発を起こし、ベオウルフの四枚の翼の半分が引き千切られる。

「ガアアアアアッ……!!」

「おお、痛かったか? これはすまんなぁ」

申し訳なさそうにしつつもジョゼフの周りに光と共に何十本もの小剣が現れ、宙に固定されるように浮かび上がる。

紅の飛剣は次々にベオウルフへ殺到し、首から下の全身に突き刺さっていく。

 

「では、楽にしてやろうか」

パチン、と指を弾くのを合図にベオウルフを次々と巨大な爆発が襲う。

まるで花火のように鮮やかな爆発の連鎖に包み込まれる巨体は、次第に煙に包まれて見えなくなっていく。

最後の爆発が収まった直後、ズシンと地響きを立ててベオウルフの体が前のめりに倒れ込んでいた。

「おのれ……おのれ……人間め……」

煙が晴れた後に現れたのは、首から下が無残に削られて焼け焦げた獣の姿だった。

口惜しげに呻くベオウルフは、見えもしない光を失った右眼でまだ見ぬ人間を睨みつける。

一体、この男はどんな姿をしているというのか。それすら知り得ないまま敗れるなど、屈辱以外の何物でもない。

だが、ベオウルフには腕を組んだまま間近まで歩み寄ってきているジョゼフの姿を見ることは永遠にできない。

「やはりあのスパーダとやらに比べれば小物も同然か。残念だな」

「ほざくな……! 人間めぇ!」

ベオウルフは死力を尽くして上半身を起こし、拳を叩きつけようとする。

だが叩きつけられた場所のすぐ横にジョゼフは瞬時に位置を変え、多量の衝撃を蓄えて変形させたギルガメスの右腕を振り上げんと身構えている所だった。

 

 

肉を殴打し、弾ける生々しい音と共に鮮血が散った。

脆い顎にギルガメスの最大級の一撃をまともに受けたベオウルフの首は容赦なく果実のように砕かれてしまったのだ。肉片の残骸と鮮血は叩きこまれた衝撃の勢いのままに、木々と草葉にこびりつき赤く塗りたくっていく。

首を失った胴体は抉り取られた裂け目から多量の血を溢れさせ、力なく地面に崩れ落ちていた。

「ジョゼフ様……」

「う~む。やはり、どうにも手応えが無いな。図体だけが大きくても大したことはないか……」

ジョゼフはベオウルフの亡骸を前に自らの拳を握っては開くのを繰り返す中、シェフィールドが歩み寄ってくる。

 

ヴェルサルテイル宮殿からスパーダ達の戦いを見届けていた二人はベオウルフが逃げ出した所でその後を追って、ここまで来たのだ。

以前より手元に置いていた悪魔の品――魔具とやらの力を試すために、特に新しく手に入れたルシフェルの力を実戦で確かめることができた。

「んん?」

物言わぬ悪魔の躯から光が溢れだしたかと思えば見る間に一か所へ集まり、ジョゼフの眼前に光球となって浮かび上がる。

それに手を伸ばすと、光はジョゼフの手の中へ吸い込まれながら膨れ上がり、眩い光が撒き散らされる。

「ほほう。こいつはこのような品になるのか」

「そのようでございますわ」

光が晴れ、ジョゼフの右手……いや、両手にギルガメスの上からさらに別の籠手が装着されていた。

ギルガメスとは対照的に所々より眩い光が溢れる黒金の籠手は、猛る獣が牙を剥き出しにする姿を髣髴とさせる。ちょうど口に当たる部分からギルガメスに覆われた拳が覗けている。

さらに足首から踵の辺りまでを解放的に包んでいたギルガメスの具足の下にも、同様に足先までを覆う別の具足を纏っていた。

その爪先は鋭い爪状の意匠を持ち、ギルガメスと同時に装着されながらも何の苦も無く柔軟に足首が可動できる。

 

「腐っても格上の悪魔、ということか。ギルガメスと似ているが、どう使うのだ? ミューズよ」

ジョゼフの問いかけにシェフィールドは静かに籠手――ベオウルフの魂が姿を変えた――に触れ瞑目する。

それと共に彼女の額から光が溢れ、ルーン文字が浮かび上がった。

「……どうぞお試しくださいませ」

「うむ」

頷くジョゼフは目の前に転がる巨大な躯へと向き直り、ゆっくり腰を落としながら右腕を引き身構える。

ベオウルフの籠手が眩い閃光を纏い始め、ギルガメスもまた変形して唸りを激しく響かせ、具足の方も両踝に位置する鋸状の大きな車輪が騒音と共に回りだす。

シェフィールドとの意思相通で、ベオウルフの扱い方がギルガメスと酷似していることをジョゼフは即座に理解できた。

ギルガメスは衝撃を蓄積させることで解放される破壊力を高められる魔具だが、その時間はあまりにも長すぎる。故にベオウルフも同様に力を最大まで溜めるのに時が必要になる。

普段であればジョゼフは一瞬にしてそれを溜めることはできるものの、今はあえてじっくりと力を溜めていった。

 

「フンッ!!」

十数秒ほどの沈黙の後、ジョゼフは一気に拳を突き出しベオウルフの亡骸に叩きこむ。

闇を照らす眩い閃光が煌めき、轟音と共に巨体が跳ね上がり宙を舞いだした。

ギルガメスの衝撃に加え、ベオウルフの破壊の力の相乗効果によってベオウルフの巨体は瞬く間に空中で、内部から弾けるようにして砕け散った。

魂を失った悪魔の強靭な肉体はもはや原型すら留めぬ肉片と化し、跡形も無くなってしまう。

 

たったの一撃で悪魔の肉体を粉砕したジョゼフはしばらく拳を突き出したまま余韻に浸っていた。

シェフィールドは呆気に取られたように自らの主の姿に見惚れていた。

「too easy.(まあ、こんなものか)」

口元を覆うギルガメスのマスクが小気味良い音と共に左右に分かれて外れ、青い顎髭が露わになる。

目の前に広がる傍から見れば凄惨な光景にも、ジョゼフは大した風もなく唸るだけだった。

 

 

「嵐猿魔は無念にも朽ち果てたり」

「だが、豪閃獣もまた人の手により討ち取られたり」

「彼奴を討ちし者の名は、無能王」

 

三面の顔は輝く炎を前に、しわがれた声を響かせる。

 

『良い。奴は最後に、自らの使命を果たしたのだ。我の糧となれて本懐であろう』

 

背を向けたままの覇王は掌の上に浮かべる光球を弄ぶように眺めていた。

つい数刻まで勅命を果たすべく励んでいた腹心の一人は、今こうして魂のみとなって覇王の手中にある。

ベオウルフの魂を得られなかったのは残念だったものの、代償として主の糧となるべく自らの魂を献上したのだ。

強者たる腹心の力、そして怨念が込められた塊を覇王は己が一部として取り込んでいく。

 

『ところで、あの狂犬はどうした? 最近、滅多に姿が見えぬな』

 

覇王は自らの腹心中の腹心―-片腕として仕えさせる悪魔について尋ねる。

 

「辺境の深淵の奥底に彼奴は今、降り立った」

「彼奴が狙いしは、魔剣士に討たれ死に損なった修羅の王」

「その魂を手に収め、我らが覇王に牙を剥くのは一目瞭然」

 

それを聞いた覇王は愉快そうに首を鳴らし、冷笑のシルエットを深めた。

 

『そうか。あの愚王をな……ご苦労なことよ』

 

片腕は強者との戦いを何よりも好む戦闘狂として知られる。その実力自体は本物で、飼い犬として魔王や羅王との覇権争いでも存分に力を振るったものだ。

逆に言えば戦うことしか能が無い故に、参謀たる腹心の賢者達と異なり戦乱以外では何の役にも立たない。

 

『奴を我が元へ呼び寄せろ。死に損ないの力をどれだけ得られたか、確かめてやる』

「「「御意」」」

 

姿を消した賢者達を見届け、覇王は引き続き虚空に浮かぶ映像を眺める。

 

『人間風情に魂を奪われるか。恥さらしよな……』

 

嘲笑する覇王が見るのは、腹心の代わりにベオウルフを討ち取った一人の男。

 

『見るが良い。貴様を殺した兄はまたも新たな力を手に入れた』

 

手を前にかざし、浮かべる弱々しい小さな光球に語り掛ける。

 

『貴様も大人しく、我に全てを委ねていれば今頃は虚空の玉座を手にすることができたのだ。自らそれを望んでおきながら、それを拒むとは……』

 

呆れるように冷笑する覇王は光球を収め、映像を眺める。

三つの魔具を身に着けたその男の姿は、まるで自分達と同じ悪魔そのもののように見えた。

 

『無能王よ。貴様がどれだけその無力を高められるか……じっくり見物させてもらおうか。退屈凌ぎにな』

 

憎悪――倦怠――破滅――渇望――虚無――

映像を通して男から感じられるあらゆる負の感情に、覇王は酷薄な笑みを浮かべていた。

 

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  • 登場人物
  • 世界観
  • 読みやすさ
  • 話の展開
  • 戦闘シーン
  • 主人公の描写・設定
  • 悪魔の描写
  • 脚色したオリジナル描写・設定
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